その後、サブリナに自分について来るように言われたため、彼女の後を白鳥の後をつけるアヒルのようについていく。特にやる事もないのか、キルスティンとシンシアもそんな私の後についてきていた。
カツカツ、ペタペタとリノリウムの床から聞こえる多種多様な音が辺りに響く。
私の前を歩くサブリナは手元の資料に視線を落としながら、
「──さて、歩きながらでいいから聞いてちょうだい。臨時基地に所属するにあたって、いくつかのレクリエーションみたいなものをやっておくわ。部屋に到着し次第資料も配るけど聞いておいて損はないわよ……多分」
「ちょっと不安になる言葉付け足さないでくれませんかね……?」
「大丈夫よ、今からする説明を聞けばきっと今の比じゃないくらい不安になるわ」
それもう恐喝とか脅迫とかその辺なんじゃないの? 後ろをちらりと見ると、二人も何とも言えない曖昧な表情を浮かべて沈黙している。肯定も否定もする様子がない……噓でしょ?
未知の恐怖にプルプル震えながら歩いていると、たどり着いたのはやや小さめの会議室だった。
促されるままに適当な席に座ると、何枚かのコピー用紙をホチキスで留めた簡素な冊子を投げ渡される。受け止めてみれば、どうやらそれはパンフレットのような物のようだ──タイトルに曰く、『自律人形がアンダーエデンで気を付けるべき200那由他飛んで3万個の注意点 ~人格改変奴隷改造からバラバラ殺人パーツ取りまで~』。
「さて、それじゃあ早速始めましょう。この悪徳と淫蕩の世紀末都市を生き抜くためのレクチャーを。講師は私、サブリナがお送りするわ」
「副講師のキルスティンとシンシアもいるわよ」
「よろしく……」
「なんかもう既にこの都市に亡命したのは間違いだったような気がしてきたんですが」
「残念だったわね、大正解」
「ちくしょう!」
悪態を吐く。事実上選択肢がなかったとはいえもうちょっと考えてから契約書にサインすればよかった!
今更のように後悔を抱きながらも、自分の意思で決めた以上引き下がるわけにはいかないので覚悟を決めて話を聞くことにする。
……彼女達の口から飛び出してきたのはげんなりを通り越してどんよりしてくる自律人形に対する悲惨な扱いの数々だった。メンタルやボディを好き放題改造されて娼館送りにされるのはまだいい方で、個人所有の道具として半年と持たずに『壊される』かスクラップにされて使えそうなパーツだけ持っていかれるかが大半らしい──しかも理由は知らないけど3人揃ってそういうケースにやたらめったら詳しいせいでいちいち詳細な説明とか実例の解説を交えてくるから、気分は崩壊液の漏出が発覚した時の景気よりも際限なく落ちまくっている。そして、渡された冊子の方にはそんなMIAの人形が発見されたときの写真がやたら高画質で掲載されているせいで最悪さが倍プッシュ。なんだよこれ、胸にバランスボール2つくっついてんだけど。
……そんな世紀末都市で何をしてるんだ、この基地?
戦々恐々の思いでそう聞いてみれば、
「まあ『基地』っていうのがそもそも言葉の綾ね。言ってしまえばここはギルドっていうのが正しいかしら──外部から依頼を請け負って、それを所属人員が受託して出稼ぎに行くのよ」
「受ける任務の方向性こそあれ、ここに所属している人員はそこのサブリナ含めて全員が独立傭兵ってことね」
「独立傭兵の人形たちの"巣"、だからこの臨時基地は通称"
「本当に冒険者ギルドだとは思わなんだ」
「実際任務の危険性とか考えると冒険者の集いってのが適切なのよね、本当に」
「それと。さっき説明したような行為をしてくる、所謂『やってる』依頼主は依頼書にもそれとなくそういう文言を混ぜ込んでることが多いから、慣れないうちは依頼書を百万回は読み返すことを薦めるわよ。不安なら他の傭兵に確認をとってみてもいいかもね、ほらちょうどそこに二人」
「私たちに投げるつもり? まあ助けた相手に野垂れ死なれても寝覚めが悪いし、やれって言うならやるけれど」
「ち、調子に乗って喜び勇んで向かったはいいけどMIAになって、後日娼館でセクサロイドとして働いてるのが見つかったり、ただのスクラップになって送り返されることとかザラですから……」
「どうしてそんな有様で人員が足りてるんですか???」
「簡単よ、消費される先から駆けこんでくるの。ちょうど今のあなたみたいに」
「ホーリーシット!」
どうやら『こんなソ連は嫌だ』を地で行くような地獄ローテのようで。畑からとれる兵士を畑に撒いて肥料にするような所業にシンプルにドン引きしている間にも、耳を疑いたくなる怒涛の事実陳列罪の数々が目の前で展開されていく。
詳細かつ凄惨な事例をいくつもいくつも耳にした結果、私は机に突っ伏してすっかりグロッキーになっていた。
「……とまぁあれこれ話してきたけど、要約するなら『人の話はしっかり聞きましょう』『渡された書類はしっかり確認しましょう』『自衛手段は常に確保しておきましょう』に尽きるわ。私たちがさっきまでさんざん話してた事例の一つになりたくないのなら、ね」
「肝に銘じます……」
突っ伏したままうめく。
あまりにも地獄すぎる……まだ実際にその姿を見たわけじゃないけど、今からでも元居た場所に帰りたい。……帰る場所ねぇや、ウラシマ・ファーストマンみたいに気付いたら10年経ってんだもん。畜生め。
だって想像以上に現実が重たいんだもん……新ソ連が出した自律人形の自由意思云々の法律はどこに行ったのさ……。え? 洗脳してはいるけどあくまで当人の意志で娼婦堕ちしてるし機能を喪失したスクラップに法律は適用されない? そもそもこんなスラム街に人道的な法律を期待するな? そんなぁ。
「……さて、そうこうしてる間にもういい時間ね。夕食にしましょうか」
「……ごはん……?」
「ええ。掃き溜めみたいな都市だけど食事のクオリティは保証できるわよ。ほら、食事は重要な娯楽だからいの一番に発展していったの。ろの二番は風俗ね」
「あら、じゃあ今日はサブリナの奢りかしら?」
「貴女は自分の稼ぎがあるでしょう。……シンシア、その手は何?」
「ご、ごちそうさまです……」
「……貴女たちねぇ……」
たかる気満々の二人に対して呆れたような視線を向けるサブリナ。当の二人はそんなことどこ吹く風で、どこの店に行くかの議論を始めている。
私は顔を上げ、虚ろな目でそんな彼女のほうを見て問いかけた。
「……ごはん……保存食生活とはもうオサラバ……? もうあの残飯にすら劣る味のパサパサエナジーバー食べなくていいの……?」
「……大分重症ね。っていうか貴女今まで何食べてたの? キルスティン、その辺知ってる?」
「知らないわよ、私が救助した時には特に食料の類は持ってなかったし」
「……一日三食エマージェンシーバーで生活してて……それでも後半はそれすらなくなっちゃって水だけでなんとか持たせてて…………」
「……噓でしょ」
「そんな、ひどい……」
「……なんて惨い……」
3人が絶句する。
と言うのもその某社謹製エナジーバー、正式名称"エマージェンシー・パーフェクト・エネルギー・バー"は栄養を極限まで突き詰めた結果、「ありとあらゆる食に対する冒涜」「作った奴は人の心がないし常人の味覚じゃない」「その辺の土の方がまだ美味い」「ELIDの口に突っ込んだら悶え苦しんで絶命した」とかいうヤバい評価の塊になった曰く付きの代物なのだ。なお、私はそんなろくでもない噂をあてどもない旅を始めてから数日で思い出し、その時は怒りのあまり手に持っていたエナジーバーを衝動的に地面にたたきつけた。
で、それが自走ドローンに満載されていた私は有無を言わさず拷問のような一日三食を強いられながらどこが目的地なのかもわからない旅をする羽目になったのだ。私はなんとか耐えれたけど、人間にこれをやらせれば多分一週間と持たずに狂死するだろう。ウィリアムの野郎マジで許さねぇ。
思い出すだけで口の中に広がるもちゃもちゃとした触感とこの世の全てを呪いたくなる味にビクビクと悶える。
それを見かねてか、サブリナは私の腕を引っ張って無理やり立たせ、
「……見てられないわね。私が人としての食事が何たるかを思い出させてあげるわ」
「あら、私たちにはなし?」
「……今回だけは出してあげる」
「ラッキー♪」
──
「おいひぃ……♡」
数十分後。
私は某所のチェーン店にて頬一杯にハンバーガーを貪っていた。あ゛ぁ~五臓六腑にジャンクな味が染み渡るぅ……。
何週間ぶりだろ、こういう人並みの食事ができるの……やっべ、涙出てきた……。
ぼろぼろと涙をこぼしながらかぶりつく私を見て、同じくハンバーガーを食べているキルスティンが若干引き気味に言う。
「泣くほど美味しいのね……」
「もぐもぐ、はむっ……あんな食べられる崩壊液に比べりゃなんだっておいしいですよぅ」
「全くもって否定できないのが辛いところだわ。本当、なんでこんな特級呪物出してるのに潰れないのかしらあの会社」
そらもう食料ビジネスは趣味だからよ。あの会社他でガッツリ利益出してるからあのゲロマズエナジーバーは売れても売れなくても大して関係がないのだ。
……ウィリアムのクソ親父が私の懐にしこたまこれ詰め込んでたのも単純にどこの店でも過剰在庫が投げ売りされてるせいで楽に仕入れられたからなんだろうなぁ。マジ許さねぇあのカス。
頬についたソースを指先で拭いながら決意を新たにした。克己心、俺の心に、克己心。
ずごごごご、とストローからコーラを吸い込む私に、コーヒー一杯だけで優雅に過ごしていたサブリナが声をかけてくる。
「それ食べたら、次は服かしらね。いつまでもそのローブだけってわけにもいかないでしょう」
「そんな、そこまでされちゃ悪いですよ」
「気にしないでいいわよ、こいつそこらの軍属よりもよっぽど金持ってるし。就職祝いって事にしておきなさい」
「そうね、どうせ人のとこに所属してる人形寝取ったクソ野郎どもから違約金兼謝礼金がたんまり来てるから懐なんてこれっぽっちも痛まないもの」
その一言がなければ理想の上司だったんだけどなぁ。
そろそろ本格的に痛い目を見せた方がいいかしら、と暗い笑みを浮かべるサブリナを見ながら何とも言い難い表情になる。っていうか解ってるなら対策とかしないんですかね……え、居なくなる先から補充されるから新人管理で手が回らない? そうですか……。
「っていうかかくいうサブリナさんは何もされてないんですね」
「これでもバカ丸出しの罠に引っかかるほどバカじゃないもの。人の事を罠にはめようとしたクソ野郎を逆にはめ返したこともあるし」
「あまりにも手慣れすぎてる」
「ここだけの話ここにきて1週間くらいで今の地位は確立したわ」
「生まれながらの世紀末覇者であらせられる?」
「実際間違ってないわね。私もこいつの手腕を見た時は背筋が凍ったわ」
「あ、あんまり好き好んでみたいものではないですね、はい……」
実は思ってたよりも大分ヤバい人に拾われたのかもしれない──一連の言動を鑑みて、私はしみじみとそう思った。
そして食べ終わるや否やその足で服飾店に連れ込まれ、有言実行とばかりに3人がかりでああでもないこうでもないと着せ替え人形にされる。上下セットを両手に持って見比べながら、あっさりローブをひん剥かれて下着姿になった私をじろじろと観察してくる。あの、今は同性とはいえさすがにちょっと恥ずかしいんですが……。
「……しかし、あれね。デカいわね」
「大きいですね……」
「まじまじと人の胸を見ながら言わないでくれます?」
「……うーん、やっぱり胸が邪魔ね。ちょっと切り離してみる?」
「怖いこと言わないでくれますぅ!?」
これでもかってくらいにまじまじと人のことを観察しながら、シンシアとキルスティンがそんなことを宣う。さらにはその後ろでサブリナがボソッと恐ろしいことを言い出し、泡を食って抗議する。
冗談よ、とサブリナはクスクス笑うが、その目は微塵も笑っていなかった。本気と書いてマジと読む、そんな目をしていた。くそぅ、やっぱりヤバい人に拾われてるじゃないか!
ともあれそのヤバい人が恩人であるのもれっきとした事実、ここは大人しくしておこう。
そのまま着せ替えられてお人形遊びに興じられること暫し。
「ま、こんな感じかしらね」
「ふぅん、いい塩梅じゃない?」
「さすがです」
「……これが、私……?」
先ほどまでの洒落っ気も何もない量産型めいた少女はどこへやら、鏡に映るのは美少女と言っても差し支えないレベルにまでドレスアップされた私の姿。
頭にはハンチング帽を乗っけて、灰色を基調にしたタクティカルとカジュアルを両立させたような服装をしている。その上からは今まで纏っていたローブによく似たもの──ただしあっちに比べると柄とか色とかがついている分カジュアルさが増している──を前開きの構造を利用してマントのように纏っていた。
……うん、若干他人事っぽい言い方にはなるけど随分と似合っていると思う。強いて気になる点を挙げるとするなら、ズボンがやたらぴっちりした素材なのと、胸のベルトのせいでただでさえ大きい胸がより強調されてる点だろうか。この胸ベルト何の意味があるんだ。
「意味があったらそれはファッションじゃないのよ」
「さいですか」
特に意味はないらしい。まあ実用上の意味もほぼないし本当に飾りなんだろう。
自分の身なりを鏡を通して観察していると、サブリナは大量の商品とともにレジに向かっていく……っていうか待ってそんなに買うの? 両手いっぱいに袋持ってるじゃないですか。え゛っ、年頃の女の子ってそんなファッションに金使うの……?
人間時代……というか男時代では想像もつかないようなあまりにも莫大な物量を前に目をぱちぱちと瞬かせる私に、タワーのように積み重なった箱を抱えて両手に提げた袋を揺らすシンシアとキルスティンを侍らせたサブリナは言う。
「さて、それじゃあ基地に戻りましょうか」
「ちょっと、重いんだけど! 私達も乗ったのはあれだけどこんな買う必要あった!?」
「うるさい、人に昼代出させたんだからそれくらいは働きなさい。……初心者でもできる安い報酬の奴になるけど、確かまだいくつか採れる依頼が今日は残っていたはずよ。仕事始めと行きましょう」
──2度目の人生にして人生初の傭兵家業が幕を開ける。