四輪駆動の力強いエンジン音がけたたましく響き渡る。
現在、私・キルスティン・シンシアの三人を積み込んだこの軍用車は、作戦領域へ向けて猛スピードで突っ走っていた。
ガタガタと体が激しく揺さぶられ、時折岩でも踏んだのかガタンと車体が大きく跳ね上がり、勢いよく天井に頭を打ち付ける。私は半泣きで運転席に陣取る危険運転の現行犯に叫んだ。
「キルスティン! これ本当に大丈夫なんですかぁ!?」
「大丈夫よ、私を信じろ! これまで撥ね飛ばしたELIDや自律人形は数知れず、たとえマンティコアを足蹴にしようとも無事故無違反でキルレシオが青天井なのがこの私よ!」
「まるで安心できないんですがぁーっ!?」
それは無事故無違反とは言わねぇよ! 無慈悲無規範だわふざけんな! そう抗議しようとしたが、ガタンと再び車体が大きくはねたことで危うく自分の舌をかみちぎりかけ、押し黙ることを余儀なくされる。見れば、助手席に座っているシンシアは合掌しながらひたすら念仏を唱えていた……もう拷問じゃん。扱いが苦行とかのそれなのよ。
「──見えてきた! パラデウス共の防御陣地よ! 塹壕なんて掘ってやがる、腹立つわね!!」
「もう怒りのツボが分からなっ、ひえぇ跳ねた! 浮遊感が! 浮遊感がすごい!?」
「自分の舌をかみちぎりたくなければ黙ってなさい!」
「いくらなんでも忠告遅すぎません!?」
ガオン!! とひときわ激しく車のエンジンが吠え、ただでさえ時速100キロは下らなかったであろうところをさらに加速する。外の風景はもはやただの横線の集合体に片足を踏み込みかけ、ロールシャッハテストめいてそれを涙目で見つめる私に多種多様なイメージを押し付けてきた。
「突っ込むわよ! 姿勢を低くして対ショック姿勢!!」
「え゛っ!!?」
運転席から飛び込んできたおおよそ自称無事故無違反のものとは思えない発言に、泡を食って体を折り曲げ、浮いた頭を両手でかばう──次の瞬間、もはやこの世のものとは思えない振動と破砕音、何か液体のようなものが撒き散らされるビチャビチャという音が響き渡った。何が起きているのか想像したくはないがあまりにも事態を雄弁に語る音の数々に、思わず表情が歪む。
ギャリギャリギャリ!! と甲高い音を立ててタイヤが地面を噛み砕き、車体を大きく横滑りさせながら減速していく。
体を起こすと、片手で小刻みにハンドルを動かしながら器用にシートベルトを外してキルスティンが言い放った。
「この車が完全に止まったら3カウントで飛び出すわよ! 思ったよりも数が多い、先に行ってた連中は何をやってたの! シンシア、あんたも! ……シンシア!?」
「……、」
「……あっ、こいつ気絶してる! なんて根性なしなの!」
「あの運転を助手席で体感して無事でいられるとでも……!?」
「はやく起きろ!」
「あまりにも情け容赦がない!?」
びびびびびびび、無慈悲な往復ビンタがシンシアを襲う。っていうかあの、減速しているとはいえ思いっきり横見運転なのは大丈夫なんですかね……。
とはいえ彼女もこの手の危険運転致死傷は慣れたものなのか、ガッツリ助手席に意識を向けながらも巧みな右手と両足の捌きで車を止める。直後、パラデウス勢力と思しきフルフェイスのヘルメット軍団とELIDの混合部隊が暴走車両、まあつまるところ私たちへ向けて一斉に進軍を開始した。アサルトライフルを構えながら一定のペースで整然と歩くヘルメット軍団に対し、その行進の隙間隙間を通るELIDの足取りはどこかフラフラとしていておぼつかない。……まあゾンビに片足突っ込んでるような存在だし、どうしても挙動は似通るのだろう。たぶん。
「ま、前が見えない……」
「起きたわねシンシア! いい、3カウントでこの車を飛び出して戦闘に突入するわよ! 分かったらさっさと準備して!」
「えぇ……」
いっそすがすがしいまでの横暴さ。たとえどこかの部隊に配属されることになったとしてもこの小隊には入りたくないな、と切に思った瞬間だった。
とはいえ、車は完全に停車した。となると、次は外に打って出ることになるのか。大型ライフルを構え、ちらりと窓の外に視線を向ける。しっかしあのヘルメット軍団、パラデウスの下っ端兵器のようだけど……本当に人形か、あれ? だとしたらなんでELIDと同士討ちをしない……?
微かに感じる違和感。しかし、それを明確に問題提起する時間はなかった。
「カウント3秒前、3、2、1──今!」
バンッ!! と車の扉がすべて開け放たれる。そしてその直後、大量の銃弾とともに3つの影が勢いよく躍り出た。──私たちだ。
勢いのままに偏向障壁を起動し、ライフルのセレクターをプラズマに入れ替える。幸いにもこのライフル自体は独自品だったが弾薬は規格化されていたようで、通常の弾薬のみならずレーザー発振器やプラズマ励起ユニットも補給が利いたのだ。自律ユニットは現状だと自衛機能すら持っていないので置いてきたが、これで私は久方ぶりに全力を出せるようになった。
「おらーっ鴨撃ちじゃーっ!!」
紫電の閃光が拡散し、爆風を広範囲にばらまいて範囲内にいた目標全てを平等に切り刻む。ヘルメット軍団は問題なくズタズタにできているが、問題はELID共の方だ……こいつら硬ってぇな! 仮にもプラズマの直撃食らって多少表面に傷が入るだけってどうなってんだ!?
常識外れの耐久性に目を剝きながらも、引き金を引く指は休めない。うーとかヴぁーとか理性も知性も全く感じられないうめき声をあげながらのろのろ近寄ってくるELIDから適宜後退して距離をとりつつ、プラズマの暴威で連中を痛めつけていく。
そんなプライドもへったくれもない偏向障壁頼りの引き撃ちスタイルに徹する私をよそに、キルスティンとシンシアの二人は問答無用で最前線に斬りこんで手当たり次第に敵を血祭りにあげていた。
いや、あの、これだけ頑丈なELIDの連中をどうやって倒してるんですかね……? そう疑問に思ってちらりと横目に見てみれば、視界に飛び込んできたのはヘルメット兵の両足を掴んで超高速でジャイアントスイングしながら近寄るもの全てを平等に薙ぎ払っていくキルスティンの姿。
……よし、見なかったことにしよう!
正面に目を向けなおし、プラズマをばらまいてヘルメット兵を片っ端から抹殺していく。
『──妙だわ』
「うわぁなに!? なんかキルスティンの声がすぐ横から!?」
『おっと失礼、ちょっとどさくさに紛れてインカム付けといたの忘れてたわ』
「どのどさくさにどう紛れたんだよ!? 怖いよ!」
……まさかとは思うけどあのジャイアントスイング乱舞の片手間で正確に私の耳にインカム放り込んだとか言わないよな……? だとしたら怖いを通り越してドン引きする技量なんだけど。
それで、何が妙なのさ?
『先遣隊の姿が一向に見えてこない。雑魚どもも想定より減ってないどころか普通に多いし、もしかして私たちが一番乗りだったのかしら? だとしたらまあ取り分が増えるからありがたくはあるのだけど』
「むしろそんな大回転してる状態で周りの様子が詳細に見えてるなら驚くしかないですよ私」
『見えるけど?』
「うっそだろお前」
冗談みたいな動体視力をしていることをしれっと話され、思わず素の返答を返してしまった。
とはいえ、確かに言いたいことはわかる……私たち以外にこの依頼を受託したと思しき自律人形がどこにも見当たらないのだ。
どれだけ敵を倒しても追加で出てくるのはヘルメット兵とELIDばかり。実弾ではなくEN兵器でまとめてなぎ倒しているから楽とはいえ、この耐久力なら実弾でもそこまで苦労することなく倒せるだろう。だったら普通にある程度数は削られてると思うんだけど……。
「鴨撃ちすぎて弾切れで撤退したんですかね?」
『だといいんだけど、ちょっと嫌な予感がするわね……。シンシア! シンシア、聞こえてる!?』
『そんな耳元で叫ばなくても聞こえてますよ……』
『逆にあんたは何でインカム越しなのにそんな消え入りそうな声のままなのよ? あんたのマイクのゲインどれだけ上げてると思ってんの?』
『私に言われても困る……』
『あんたが原因なんだから自分で対処してよ!』
「あの、間に私挟んでケンカしないでくれません? 普通にうるさい」
ぎゃいぎゃいと耳元でがなり立てる声に半眼で抗議する。さすがにこっちに気を取られて的を外したりすることはないけど、シンプルに鬱陶しいものは鬱陶しいのだ。
……そういえば。ちょっと気になることがあったんだった。
「キルスティン、キルスティン? いやまあシンシアでもいいんですけど」
『なによ』
『ストレリツィアさん、どうかしましたか……?』
「いや、今ふと疑問に思ったんですけど。今ってELID……っていうか、パラデウスの連中をいじめてるところですよね」
『それはまあ見ての通りだけど? あんたにはこいつらが鉄血の部隊にでも見えてるわけ?』
「やかましい。……それでですね。今のところ見えてるのはまあELIDの群れとヘルメットの雑兵軍団だけじゃないですか」
『そうですね……ドッペルゾルドナーやウーランはまだしも、ロデレロの1体も見えてないのは少し不自然です』
「そのドッペル何某とかについては知りませんけど、ちょっと思ったんですよ」
……これ、敵方の指揮官ってどこにいるんです?
私がそういうと、二人は通信越しに押し黙った。あの、何か喋ってくれないと私が不安になるんですよ。
そうして、銃声とプラズマの炸裂音、機械の砕ける音とELIDのうめき声だけがしばらくあたりに響き渡る。いい加減何か言ってくれと口を開こうとした時、鋭い舌打ちとともにキルスティンが吐き捨てた。
『……やられた! そういうことか!』
「え? どういうことですか?」
『なーんで自分でそこまで切り込んでおいて気付いてないのよ! 先遣隊なんて
「噓でしょう!?」
『っていうことは、つまり……』
シンシアが答えを口にしようとした次の瞬間──ドウッ!!!
轟音とともに私の頭上を青白い閃光が通り抜け、遥か地平線のかなたまで飛び去って行った。尋常ではない衝撃波が私の全身を張り倒し、じんじんとした肌の痛みで目の端に涙が浮かぶ。とっさに踏ん張ったことでなんとかすっ転ばずに済んだが、ヘルメット兵やELIDは軒並み衝撃波に煽られてあらぬ方向へと吹き飛ばされていた。
一瞬にして静寂に包まれた荒野に響く、ざり、と砂を踏みにじる音。私たちの視界の先、そこに立っているのは、見覚えのある黒いローブをまとったサブリナに負けず劣らず全身黒づくめの『そいつ』。
それを見ながら、キルスティンは手に持っていたヘルメット兵の頭を踏み砕いて言う。
『……ストレリツィア、あんたの予想は大当たりよ』
「全っ然嬉しくない!?」
『そいつ』はちらりとキルスティンの方に視線をやり、そして私のほうに視線を移す。そして、ぱちぱちと何か変なものでも見たかのように何回か瞬きした後、「はぁ」とため息をついて肩をすくめた。
「……『お父様』の指示だからこんな誰もいなさそーな辺境くんだりまで来たって言うのに……なーんであなたがここにいるのかな……"ストレリツィア"」
『……? なに、あれってあんたの知り合い?』
「あいにくとあんな世を憂いてそうな知り合いに心当たりはないですね! 古巣の人員ですよ、顔つき合わせたことはないですけどね」
『古巣……ってあんたパラデウスの出なの!?』
「元ですよ! 元! 製造されてすぐさま放逐されたし、あんなクソ野郎の下になんぞついてたまるかってんだ! ペッ!!」
たまらず吐き捨てる。あの謎の施設では保身の問題もあってああは言ったが、正直言ってそのあとのあまりの扱いの悪さで愛想は尽きているのだ。なんだよ目を覚ましたら改造済みの状態でどことも知れない荒野に出荷って。ふざけんな。
そんな風に怒り心頭の私を知ってか知らずか、黒づくめの『そいつ』──NYTOはしっぽのようなユニットをふらふらと躍らせ、その先端に設けられた銃口──というかサイズ的にもはや砲口──の照準を気まぐれにずらしながら言う。
「一応名乗っておくよ……私は"アレフティナ"。オリジナルは叛逆小隊とかいうどこぞの自律人形の小隊の指揮官らしーけど、そのクローンが人類の敵をやってるなんて随分な話だと思わない?」
「そのオリジナルが誰か知らないですし。っていうか私だって自分のオリジナルが誰かなんぞ全く聞かされてないんですけど?」
「ははっ、相変わらずだねー『お父様』も」
他の場所にいた連中を一通り片づけたのか、キルスティンが合流してくる。あの、シンシアはいずこに? ほかの所でまだ対応中? あっはい、分かりました。
「ふーん……自律人形は全部片づけたと思ったんだけどな。生き残りがいたのか」
「残念、私たちはこいつのツレよ! 先遣がくたばった分私たちであんたをぶちのめせばこっちの懐が潤うからね、大人しく追加報酬になってもらおうかしら!」
「随分と自信過剰だねー……それは時に自分の身を亡ぼすよ。他の連中みたいに、ね」
そう言って、NYTO──アレフティナは偏向障壁を展開した。負けじとこちらも偏向障壁の出力を上げれば、戦闘準備は万端だ。
衝撃波によってヘルメット兵やELIDも立ち上がりはじめ、あっという間に私たちを取り囲んでいく。
互いに背中合わせの状態で全周警戒の態勢をとりながら、
「私じゃアイツとかあんたのフィールドは割れないから、本命の相手は頼んだわよ! かわりに背中は任せなさい!」
「りょーかい」
ライフルのセレクターをプラズマから実弾に入れ替え、アレフティナへ銃口を向けるように構える。
さーて、偏向障壁同士の不毛な削りあいに興じるとしますかね。