勘違いから始める物語 作:影後
「なんだ、監視カメラが撤去されるだ?随分と」
「私が進言しました」
「…ナイチンゲール先生」
レンジにとってナイチンゲールは正に信頼のおける人間だ。
サーヴァントだろうと関係ない、目の前の看護婦は医師であり、自分はその患者という認識があるからだ。
「はじめに言います、貴方のカウンセラーにもう一人付きます」
「えぇ、嘘で塗り固めたその身体。何度も焼き払おうかと思いましたが……なんでしょうか。可愛そうだと思いましたの」
清姫は悲しいものをみるかのようにレンジの前に立つ。
「貴方の発言一つ一つを聞きます。正直に話してください」
「俺は何一つ嘘はつかない」
「えぇ、嘘ですね」
「違う!嘘なんて」
「えぇ、本当ですね。では…何が嘘なのか。ナイチンゲールさん」
「思い出して下さい、目をつむり……深く」
思い出されるのは家族との会話、声、懐かしい日々だった。
「僕は……なんで………なんでこんな事に」
俺ではなく、僕という一人称に変わる。
レンジの心枷が解かれ、かつての存在が見え隠れする。
「違う…俺は…戦う……それが僕に遺された最後の」
一人称が安定しない、錯乱しているようにも見える。
ナイチンゲールが水を飲ませようとした時、頭を机に何度も当てていく。ナイチンゲールはレンジを抑えるが、サーヴァントさえ振り解かんとする謎の力がある。
「違う…父さん……母さん……そうだ……俺は殺す。奴等を…俺から全てを奪った奴等を!!!!」
「落ち着きなさい」
「ん!!!」
転身火生三昧によりレンジは炎の鞭に締め上げられ、意識が段々と薄くなっていく。清姫も抑えているが、レンジは燃えていない。
「……ウォォォォォォ!!!!」
「キャぁぁぁぁ!!!!」
振り解かれ、清姫にレンジが迫る。その首を圧し折らんと自分の手を……
「……違う…僕は………違う、違うの……違うんだ」
その場にうずくまり、何度も違うとだけ話すレンジ。
その姿をナイチンゲールは優しく撫でながら清姫に声を掛ける。
「大丈夫ですか、清姫さん」
「えぇ、まさか私の宝具を振り解くとは思いませんでしたが。
これは……ダ・ヴィンチさんも連れてきて検査したほうが宜しいかと」
「……わかりました」
ナイチンゲールは一度清姫と共に部屋を出る。
監視していたエミヤに対して、何もするなと厳命する。
「…わかっている。だが、彼の精神は既に」
「患者です、私は看護師。ならば救うのみ、生前、狂乱する兵士も診てきました。彼は、兵士達と同じです」
ベッドの上で死んだように眠る姿、ソレを救えるとはエミヤは到底思えなかった。
「それで、私もかい?」
「えぇ、睡眠薬を投与した後彼の肉体の検査を。サーヴァントの筋力を振りほどけ、なおかつ宝具も無効化した。調べる必要があります」
レンジは寝ている状態でさらに睡眠薬を投与され、肉体を検査された。そして、パトロクロスとアキレウスが呼び出された。
「パトロクロス、君は彼との記憶があると言ったね」
「あぁ、何故かは判らないが……それが一体」
「アキレウスも彼を知っていたんだよね?」
「うっすらとな、何処かであったと。ダ・ヴィンチ、それで」
「はっきり言います、アキレウス。彼に血を与えましたか?」
「婦長、どういう事だ?!」
ナイチンゲールはアキレウスにカルテを向けてそう言い放つ。
パトロクロスも何が何だか判らないのか、疑問を即座に口にした。
「待ってくれ、なんでアキレウスが」
「彼の肉体を検査したところ。サーヴァントに近しい力を有しています。いえ、魔術的に言うなれば神秘。清姫の転身火生三昧を受けてもその身体に火傷の痕はない」
「まて、どういう意味だ。戦友は」
「アキレウスの肉体に近しい。いや、似て非なるものと言ってもいい。現代の神秘かな?むしろ、気付くべきだった。彼は身体強化なんて魔術は使用してない。今までのアレは全て自分の肉体で出来たこと、つまりフィジカルなんだよ」
「んで、なんで俺の血……俺の血?」
「君は記憶が曖昧かもしれないが、彼が両親を失った時最後君が召喚されたらしい。もしだ、君が聖杯に辿り着つまでに彼を救っていたら?」
「おい…それって」
そのときだ、ダ・ヴィンチ達に急遽連絡が入る。
「おい、不味いことになった!レオナルド!いないのか!」
「は?エミヤ、一体何が」
「レンジ!レンジ!!」
「医務室へ!ナイチンゲールも!!」
ダ・ヴィンチの前では泣き崩れるリッカとソレを慰めているレンジがいる。だが、普段の目ではない。慈愛に満ちた目だ。
「あの……大丈夫ですか?リッカさん」
「……ごめん、ごめんね……私の私のせいで」
「リッカちゃん、何があったか話してくれないか?」
リッカは事の発端を話し始めた。
リッカにとってレンジは親友であり、唯一心を許せる人間だった。だからこそ、一緒に居てほしかった。
だが、レンジの過去を知らず苦しめたことをただ、謝罪したかった。
「レンジ、いる?」
「…違う……俺は……僕は間違ってない……俺は殺して」
その時のレンジは錯乱した状態であり、近付いて来たリッカの首を締め上げた。
「マスター!」
「大丈夫……エミヤ……レン…ジ…ごめん……苦しかったんだよね……辛かったよね………」
「…リッカ………違う……僕は……何で……何で」
「よせ、少年!」
レンジは隠し持っていたのかナイフらしき物を自分の喉に突き立てた。
「……レンジ……ねぇ……起きてよ」
「…リッカ」
「私が……私が連れてきたから?なんで……こんな」
「俺が消えてないから生きてる。ナイチンゲール、頼むぞ」
パトロクロスはレンジの首に刺さっている尖った物体を引き抜く。どうやら槍の破片のようだ。自害用に持ち歩いていたのだろうか。だが、あり得ない事に傷口は少しずつだが、あり得ない速度で治っていく。
「不死身の肉体じゃねぇな。なら、そもそも傷付かねぇ。多分、ダ・ヴィンチの言う通りだ。バーサーカーだった俺がコイツに血をやったんだ。だから、再生能力だけ手に入れた」
「ん……あれ、何処ここ?」
「レンジ?!」
「あれ、リッカ?どうしたの、何ていうか……凄い成長してるね。色々と」
レンジは頬を赤らめながら視線を逸らす。
「へ?」
「…清姫を呼ぶんだ」
ダ・ヴィンチは清姫を呼び、レンジの前に座らせた。
「先程ぶりですね」
「あの…ごめんね……僕、君みたいな娘は知らないんだけど?」
「……巫山戯ないでもらえますか?」
「いや……ごめん、本当に分からないんだ」
「……何一つ、嘘はありません」
「すみません、貴方の名前と歳をお願いします」
ナイチンゲールが話し始める。
「フジワラ・レンジです。年齢は13歳1997年8月9日生まれです」
「……少し時間をください」
ナインボールからの問診を受けたレンジは酷く泣き叫んだ。
「そんな……じゃあ僕は……5年も意識不明で」
「えぇ、身元引受人として現在は藤丸立香さんが貴方の保護者にあたります」
レンジは自己防衛な一環で5年間の苦しい記憶を全て封じ込めた。それがナイチンゲールの出した結論だ。
カルデアは藤丸立香の勤務先の医療研究施設。
レンジを助ける為に人体実験の被験体にしたとも話された。
「大丈夫、リッカが間違えた事無いでしょ?
僕もリッカを信頼してるから!」
抜き身のナイフではなく、少年のような笑み。
リッカはまるで弟のようにレンジを可愛がっている。
「えと……何か?」
「いえ、嘘をついていませんね」
「嘘をついたことのない人なんて居ないよ。
僕だって嘘つきだよ」
レンジは時間を取り戻そうとダ・ヴィンチ、ケイローン、
スパルタクスを教師代わりに勉強する日々が始まった。
その傍らで、ナイチンゲールの下で医療を学んでいる。
「……なぁ、パトロクロス。お前は」
「戦友は、俺の近くに居ないほうが良いだろ」
記憶を喪って以降、
パトロクロスは自らレンジの前に現れることをしなかった。
それは、不意に記憶が戻ってしまう事を恐れての事である。
自殺未遂に終わったが、一度は自害しようとした相手に、
パトロクロスとの記憶は辛く苦しいものだ。
「俺は陰ながら護るさ、親友も……気に掛けてやってくれ」
「……わかった」