人前でピトーをボッたり筋斗雲したりして、スクランブル交差点に着地。その場にいた【宵崎奏】や【東雲絵名】とその他大勢を恐怖させるが、マホロアが取り出した【黄金の時計】の効果によってその騒動は鎮火。だがその鎮火の方法に二人は疑問を抱きながらも、目の前のゴンさんで頭がいっぱいだった。
そんな中黒竹たちは絵名から【変人ワンツーフィニッシュ】の情報を聞き、マホロアたちの音楽ショップ到着とともに、ピトーをボッて、黒竹とともにアカンパニー(物理)を行い神山高校へ向かった。
見事神山高校正門前へと着地したゴンさんと黒竹、周りが騒がしい中現れたのは、ゴンさんのことを【ゴン】と呼び捨てにする青年、【天馬司】であった――。
「久しぶりだな、ゴン!」
「久しぶり…司」
学校の敷地内を隔てる正門を境目に、固く握手をするゴンさんと男子生徒――天馬司。大丈夫?手の骨全部折れてたりしてない?
だがそんな心配は杞憂で手を離したら司は大きな声で笑う。
「ハーッハハハハハ!!それにしても来てくれるとは思ってもいなかったぞ!!わざわざ遠いところから済まないな!!」
「―――(声大きいな、この人)」
黒竹の中で司はすでに、『声の大きい人』と言う印象が定着していた。
ある程度笑った後、司の視線は黒竹の方を向いた。
「ん?初めて見る顔だな?ゴンの友達か?」
「この人は黒竹さん。新しく入った仲間だよ」
「そうか!!初めまして、俺は【天馬司】!!天翔けるペガサスと書き、天馬!世界を司ると書き、司!その名も――【天馬司】!!」
「――――」
二回言った。今この人自分の名前を二回言ったよ。声デカイな。それにコミュ力が高すぎる。
だが同時にある程度納得もしていた。こんな見ただけで分かるバk――コミュ力の塊にして陽キャの権化のような人物であれば、ゴンさんとも仲良くなれて呼び捨てもできなくもないが……それにしたってゴンさんを呼び捨ては恐れ多すぎる。
この時点で黒竹は【天馬司】を猛者認定した。
「ど、どうも、黒竹です…」
「黒竹さんか!……名前はなんなんだ?」
「―――悪いが、黒竹で固定してくれ」
「……分かった」
司は少し考えたあと、飲み込んでくれた。
この質問は、いずれ必ずされるだろうとは思っていた。『黒竹』と言うのはどう考えても名前ではなく苗字であり、当然下の名前も聞かれてもおかしくはない。今は『黒竹』だけでいいだろうが、いつかは必ず下の名前も決めなければいけない。
少しの沈黙の後、空気を呼んだのか読まないのか、ゴンさんが声を上げた。
「そうだ、コレ…」
「ん?なんだ?……こ、コレはぁあああああああああ!!!」
ゴンさんの左手に握られていたケーキボックスを見た途端、司は爆音を響きわたらせながら驚いた。その大声に黒竹は咄嗟に耳を塞ぎ、隣にいた類もビクッと驚いていた。
「このロゴは、あの超有名店のケーキではないか!!どうしてコレを!?」
「今日は司の誕生日でしょ?だから買ってきたんだ」
「ゴ、ゴン…!!俺のために、わざわざ……!!」
声を震わせながら司は感激する。ていうかそのケーキそんなに有名なところから購入したのか。司が驚いているところを見るにこのケーキを作ったケーキ屋はこの世界に存在している店。そしてこのケーキを買ったのはマホロアだ。マホロア、まさか一度この世界に来ていたとは――。
ていうかそんな簡単に行けるならわざわざローアで来る意味ィ…。
「ほ、本当に貰っていいのか?この店は確か品質が良い分値段も結構張っていたはずだが…」
「―――大丈夫」
「いや、泣きながら言われても説得力がないのだが…」
ゴンさんは瞳から涙を流しながら一言言った。それはまるで片腕を失いつつも相手をボコボコにする前の表情をした後、司は心配そうに言葉を続ける。
「お前の年齢でコレを買うのは厳しかっただろう?親御さんにも手紙とともに、お返しをしなければ…」
「大丈夫。ミトさんからお金は貰ってないから。全部俺の金で買った」
「なんだとォ!!?小遣いを使ってまで、買わなくてもよかったんだぞ?」
司の反応から見るにそのケーキ屋の値段はとてもじゃないが普段手が出せないレベルのものなのだろう。それこそ、今回のような誕生日などで買うような場所だと想定できる。
そして司は「小遣い」と言う単語を使っているところを見るに、ゴンさんの年齢が13歳であることを把握しているのであろう。出なければ子供や既婚者しか貰うはずがない「小遣い」と言う単語を使わない。
それを不思議に思ったのか、隣にいた類が司に声を掛ける。
「いや、司くん……流石に大人にその言い方はないんじゃないかな…?この人、指輪もしてないから既婚者ではないだろうし……」
「なにを言うんだ類!!ゴンはまだ13歳なんだぞ!!」
「へぇ13歳……じゅうさんさい!!!??」
この時、類は己のキャラに似合わず大声を上げた。まぁこんな筋骨隆々の髪オバケの実年齢が13歳(中一)だと知ったら当然の反応だろう。
周りにいた人間も、
「年下ァ!?」
「え、13歳?」
「最近の中学生は、成長が早いんだな…」
「嘘でしょ…?」
「どう見ても13歳には見えないんだけど…」
などなどである。あとなんか一人だけ的外れな回答してた人がいた。
「大丈夫だよ。俺結構稼いでるし」
「そうか…?でも、お礼はさせてくれ!じゃないと俺の気が済まない!」
「……分かった。はい、コレ」
ゴンさんはケーキボックスを差し出し、司は感謝を述べながらそのケーキボックスをその手に持った。その時気付いた――小さな違和感に。
ゴンさんがケーキボックスを渡す際、ゴンさんが持っているのは取手の部分だ。つまり司は必然的に底の部分を持つ必要がある。それで気づいたのだ。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや、手にクリームが…」
よく見ると確かに司の手にはクリームがついていた。状況からして、このクリームはこのケーキボックスの中身で間違いないだろう。だが、クリームが外に洩れるというのは普通はないはずだが――。
「――あ、もしかして」
この時、黒竹は気づいた。気づいてしまった。
「ちょっと貸してもらっていい?」
「構わないが…」
司からケーキボックスを受け取った後、ケーキボックスが地面に落ちないよう左腕で固定して、右手で慎重にケーキの底を取り出した。
――グッチャァ…
グチャグチャになったケーキとともに。
「―――――」
「―――――」
「―――――」
「―――――」
その場にいた全員が沈黙する。遠目で見ていた生徒たちも、グチャグチャになったケーキを見て「あ…」と言う表情を浮かべた。
この結果は必然だった。ゴンさんはこの世界についてからケーキボックスを持ちながら4回、大きく動いた。ピトーをボッて筋斗雲して、ピトーをボッて神山高校に行くためのアカンパニー(物理)。これだけ派手に動けば、中身のケーキもグチャグチャになるのは自然の理。当然の結果であった。
しばらくの沈黙のあと――事態は動いた。
その瞬間、ゴンさんの怒りで発動した『練』によって生み出された圧倒的にして爆発的なまでの漆黒のオーラが神山高校正門前を中心に広がった。それによって周りに広がる衝撃波はありとあらゆるものを蹂躙し、暴風を生み出した。木々は悲鳴を上げ、タイルは剥がれ、備え付けの時計のガラスが割れた。
「ゴンさぁああああああああん!!!???なにやってんのぉおお!!??」
これは、これだけは何度受けても慣れない。悪意あるオーラは強烈な殺気の塊みたいなものだ。それがゴンさんのものとなったら被害は尋常じゃない。黒竹はまだ耐えられる。同じ念能力者だから。念によるガードが可能だ。だが、司や類などの非能力者は話が別だ。
暴風に耐えながら彼らを見ると、悲鳴を上げるもの、放心するもの、失神するものなどが大多数だ。――アレ、被害少なくね?
その時黒竹は、率直にそう思った。
念能力者の、それもゴンさんの殺意にまみれたオーラを至近距離で直接受けてこの程度の被害しかでていないなんて、あまりにも異常すぎる。いや今この状況も十分異常事態なのだがそれでも被害が少なすぎる。この場にいる人間全員が念能力者でゴンさんのオーラを直に受けて失神や方針程度で済むレベルの強靭な精神を持っていない限り、あり得ない。
だが今はそんなこと考える場合ではなく、今すぐにもゴンさんのオーラを止める必要があった。
ていうか今気づいたけどゴンさん「ピトォオオオオ」って言わなかった?え、アイツのせいなの?ケーキがグチャグチャになったのアイツのせいなの?いや絶対違うよね?(ちなみに本人は未だに空の旅)
「いやゴンさん!ソレ本当にアイツのせい!?」
「ピトーのヤツ……今度会ったら新しい技で八つ裂きにしてやる!!」
その肝心のピトーは空の旅真っ最中なんですが。
ゴンさんは右手の人差し指と中指を立てて、そこから刃の形へと形状を変化させたオーラを噴出させた。
「この……“グー”のパワーで“チー”の剣を作り“パー”みたいに放出する技で!!」
「封印しろ封印!!そんな危険な技!!」
黒竹は敬語を忘れてゴンさんに向けて声を荒げる。ゴンさんの攻撃一つ一つがヤバイのにそれの合わせ技になったらそれこそ被害が予想できない。
「ウォオオオオオ!!ゴン!!気にするな!!俺は全然大丈夫だぞ!!」
ゴンさんのオーラを一番間近で受けたにも拘わらずピンピンしている司は大声を上げて気持ちを整えたあと、ゴンさんに気遣いの言葉をかけた。だが、それでもゴンさんは止まらない。
「ありがとう司……。でもこれは俺の問題なんだ…。ピトーを…ヤツにトドメ――刺さないと」
「刺さなくていい!!刺さなくていいから落ち着け!!」
「ゴンさん!!ゴンさん!司さんもそう言ってるんだからソレでいいじゃないか!!バトルする必要ないから!!」
「――司…」
ゴンさんは瞳から涙を流しながら司のことを凝視する。ゴンさんから出るオーラは穏やかなものに戻り、ようやく平穏が戻ってきた(正直に言ってゴンさんがいる以上その場所は平穏とは呼べないが)。
黒竹は周りの残状を確認する。相変わらずの大惨事だが、何故この程度で済んでいるのかが不明だ。
「つ、司くん……なんなんだいこの人…?」
不意に声が聞こえた方向を見ると、腰を抜かしてプルプル震えている類の姿があった。ていうか司もそうだがこの人も異常すぎる。なんでゴンさんのオーラを至近距離で受けて腰を抜かしている程度で済んでいるんだ。
類は指し延ばされた司の手を掴みながら、ゆっくりとその体を起こしながら思った疑問を率直に聞いた。
「ゴンか?ゴンは“プロハンター”らしいぞ!!」
「プ、プロハンター…?」
「俺も詳しいことは知らないが、狭き門らしい!その試験に一度で合格したようだ!流石だな!!」
「ありがとう」
ちなみに【プロハンター】とはゴンさんの世界の職業――のようなものである。そのハンターになるための試験に合格すれば【ハンターライセンス】を取得でき(再発行は不可能)、そのライセンスには以下の効力がある。
・民間人の入国が禁止されている国の約90パーセント、立ち入りが禁止されている地域の約75パーセントまで入れる。
・公的施設の95パーセントを無料で利用できる。
・ハンターライセンス保有者専用の高度な情報サイトを利用できる。
・銀行からの融資を一流企業並みに受けられる。
・売れば人生7回くらい遊んで暮らせる。
などなどの優遇が受けられるとんでもない資格だ。無論この世界の話ではないためいくら調べようとヒットすることもない。
話を戻し、場も少しずつだが収まってきている。腰を抜かしているもの、悲鳴を上げていたものは徐々に落ち着きを取り戻した、失神した人間に関しては周りが必死に起こして徐々に目を覚ます人が増えてきた。
(いや…失神してから目を覚ますの早すぎだろ…?こいつらがおかしいのか?それともこの耐久力がこの世界じゃ普通なのか?)
と、疑問に思う黒竹であったが理由はあるっちゃある。絵名が言っていた通りこの学校、よく“爆発”が起きているのだ。もう一度言おう。“爆発”である。
事の発端は“変人ワンツーフィニッシュ”である司と類である。と言っても、ツーである類が単独で騒ぎを起こし司がとばっちりを受けているだけなのだが(そしてソレを受け入れる司もやっぱり変人である)。そんなこんなでこの学校の生徒は爆発が日常茶飯事と言っても過言ではないため、普通の人間より精神が強靭である。
理由はそれ以外にもあるのだが
「とりあえず、場所だけ移動しないか?正門前ではみんなの邪魔になってしまう。途中まで歩きながら話そう」
「分かった」
この時、全員が司に対し「天馬(先輩OR司ORくんOR司くん)、ファインプレー!!」と心の中で賞賛した。これであの髪オバケの脅威から逃れることができる!と全員が心の中で歓喜した。
それで一件落着――と思いきや、だった。
「司くーん!!類くーん!!寧々ちゃーん!!――ヒィ!!?」
突如知らない少女の大きな声が背中側から聞こえてきて、三名ほどの名前を呼んだあとに小さな悲鳴を上げた。
黒竹が後ろを見るとそこにはピンク色の一部がはねたショートヘアーに同色のぱっちりとした瞳を持ち、セーラー服の上にロゴ入りサーモンピンクのカーディガンを羽織った少女が、クリーム色の短めの髪を2つ結びにしている同じくセーラー服を来た少女をおんぶして固まっていた。
「こ、こはね!?」
「小豆沢!?」
「おい、どうしたんだよ!?」
すると今度は学校側から男女三人の驚く声が聞こえた。また振り向くとその声の発生源は上から順に黒髪の青のグラデーションが入ったロングに、橙色のつり目を持った少女【白石杏】に、濃紺と暗めな水色の半分に分かれた短髪に灰色の瞳を持った青年【青柳冬弥】、オレンジ色に黄色のメッシュが入った髪をしている青年【東雲彰人】だ。
その三人の問いかけに、ピンク髪の少女――【鳳えむ】は焦った声色で叫んだ。
「こはねちゃんと一緒にここまで来る途中で、急にどかーん!!ってなって、こはねちゃんが倒れちゃったー!!」
どかーん。間違いなくゴンさんの『練』による余波である。全員の視線がゴンさんに集中するが、ゴンさんはいつも通りのすまし顔だ(無表情とも言う)。ここでゴンさんを責める者など誰もいない。無論、非は完全にゴンさんにあるがここで何か言えば「殺される」と確信しているからに他ならない。
「なんだとぉおおお!!大変ではないかァ!!」
「まぁあんなのを身に感じたら無理もないね…」
隣で司が慌て、類がそう答えるが、そういうお前はなんなんだ。一番近くにいただろう。遠くにいた少女が気絶して近くにいた君が腰を抜かす程度で済んでるってなに?
司も類もえむに向かって走り出し、背負っている少女――【小豆沢こはね】のことをどうしようかとてんやわんやだ。
―――そんなとき、ゴンさんの呟きが響いた。
「大丈夫」
ゴンさんの呟きが耳に届き、全員の視線がゴンさんに集中する。「なにが大丈夫なんだ」と誰かが言いかけたとき、ゴンさんの姿が搔き消えた。
黒竹「!?」
司「ゴンが消えたァ!?」
えむ「うえぇえ!?」
類「な、なにが起こったんだい?」
彰人「嘘だろ…?」
冬弥「マジックかなにかか…?」
杏「どこ?どこいったの?」
「「「「「「「!!!!????」」」」」」」
――ゴンさんの声が聞こえた。場所は――えむのすぐ後ろ。
全員がその方角を振り向くと、そこには銀髪の女性の襟を持って立っているゴンさんの姿があった。ていうかその女間違いなくピトーだよね?え、捕まえてきたの?あの一瞬で?ていうかどこにいたんだよ。
全員の驚きと唖然を無視し、ゴンさんは気絶中のピトーを振って無理やり起こす。
「おいピトー」
「げふっ……、――!?ゴ、ゴンさん…!?なんで!?ボクはさっきまで空の旅をしていたはずじゃ――」
「この人を治せ」
「えッ――」
ピトーの視界に映るのは、ピンク髪の人間に背負われている一人の人間。
―――ゴンさん。
ピトーは恐る恐るといった形で頷き、解放された。空中にブラブラしている状態で離されたため、尻もちをついて痛そうに尻をさすった後、立ち上がって、ピトーは能力名を叫ぶ。
それは一瞬の出来事だった。ピトーの背後にとてもよく見覚えのある二、三頭身ほどの少女の影が現れた瞬間にゴンさんの拳がピトーの顔面に炸裂。回転が加えられていたのかピトーの体は顔面を中心に180度回転し、そのまま一直線に吹っ飛ぶ。ピトーの体はその直線状にある障害物を破壊しながらそのまま一直線に地面を砕きながら進んでいく。
「――――」ヒュン
「また消えた!?」
絶句。もう言葉が出ないままピトーが吹っ飛ぶさまを全員が見届ける中再びゴンさんがその場から姿を消す。最初に気付いた黒竹が声を上げるころには、再びその姿を表していた。――顔面が軽く腫れ上がり血を流しているピトーを持って。
「ヒィ!」
「ち、血が!!」
女子二人がゴンさんに掴まれてるピトーを見てそう叫ぶが、当のゴンさんはそんなこと気にせずピトーに言葉をかける。
「今度はちゃんと治せ」
「わ、分かったから手を離して…」
今一番治療が必要なのは、あなたなのではないだろうか。そう思う一同であったが、ゴンさんの圧になにも言えなかった――。
* * * * * * * *
特質系念能力者である【ネフェルピトー】が持つ能力の一つ。外科医姿の念人形を具現化し肉体の修復と改造を可能とする能力だ。これにより失った四肢を再生させることもできる。しかし、使用中は全オーラを集中させなけばならないためこれを発動している間は他の能力を使う事が出来ず、ピトー自身がオーラを纏うことすらできなくなるという
そしてそれにかかる時間もとても長く、再生にかかるエネルギーは相当なものである証拠であると同時に、慎重さが売りの一つでもある。
そしてそれゆえに、ゴンさんによくこき使われる
「――――こ、ここは…」
「こはねー!」
「あ、杏ちゃん!?」
小豆沢こはねはゆっくりと目を覚ます。疑問の言葉を口に出した瞬間、相棒である杏に抱き着かれた。自身の状況が飲み込めず、困惑している最中、杏の背中側――要するに自分の目の前の状況を見て、更に困惑した。
一言で言えばカオスだった。
(―――なにこれ)
「こはねちゃーん!」
「わっ!」
小豆沢こはねの思考は停止した。――が、杏の隣にいたえむがこはねの後ろから抱き着いてきたことで思考能力が戻って来た。そのことで目の前の会話が耳に入ってくる。
「ゴン!いいか、女性の顔を殴るのは駄目だ!」
「――――」シュウ…
「あの
「――――」シュウウウウウゥゥウウ…
「ケーキが崩れたのもあの人のせいではない!分かったかゴン!!」
「なるほど。つまりピトーを殺せば全て解決するのか」
「なぜそうなる!?」
いやなんで本当にそんな思考に至ったのだろう。縦線が横でビクッと肩を震わせている女性を睨む。どうやらあの女性が【ピトー】のようだ。
それに、
「――俺は、なにか難しいことを言っているのだろうか…?」
「大丈夫ですか、司先輩…?」
頭が痛いのか、右手で頭を抑える司に、それを心配する冬弥。
ちなみにこの時彰人は普段は変人扱いしている
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「司たちはコレからどうするの?俺は新しくケーキ買いに行くけど」
ゴンさんは左手に持っているケーキボックスを上に掲げる。そのケーキボックスの中身はグチャグチャになっており、とても人にあげられるものではない。
「俺たちはこれからフェニランに行くが……わざわざ構わないんだぞ…?それではお前の負担が増えてしまうだろう」
「大丈夫。友達を祝うためならこのくらいどうってことない」
「ゴン…」
「――――」
その光景を、自身の治療をしているピトーを眺めていた黒竹は視線を外して見ていた。
ゴンさんはあの風貌とピトー限定の理不尽な暴力で誤解されがちだが仲間思いの善人なのだ。ピトーへの暴力が目立つが、ゴンさんは仲間を想い、仲間のために怒れる心優しき人間なのだ。――ピトーへの暴力がなければ…。
「ケーキ買ったらまた来るよ。行こう、黒竹さん、ピトー」
「あ、はい」
「え、ちょっとまだ治療が終わってな――」
「来い」
「わ、分かったよ!!」
そしてようやく、時間にして約15分。神山高校を脅かしていた厄災が自らその足で遠ざかっていく。生徒や教師たちは、嵐が過ぎさり心の底から安堵した。
「……嵐が過ぎ去ったな…」
「なんか……滅茶苦茶な人だったね…」
「悪い人ではなさそうだったけど…」
「大丈夫だろう。司先輩が信頼している人だ。きっと悪い人ではないはずだ。きっと…」
こはね、杏、彰人、冬弥の四人はそれぞれの感想を口にする。
彰人に関しては安堵の言葉だが、その言葉が出るのは無理はない。ゴンさんクラスの強者を前にしオーラを直に受けるという被害を受けたのだから当然だ。
こはねと杏に関しては率直な感想であり、これ以上何も言うことはない。
冬弥の感想については、司への尊敬が関係している。司は冬弥にとっては人生の恩人であるため、尊敬している。そのため尊敬している先輩が信じているなら自分も信じるといった心境だ。まぁゴンさんの拳がピトーに炸裂する場面を見てしまったため「きっと」が最後についたが。
「あの人、髪の毛、ブワーッ!!ってなってるけど、どうやってるんだろう…?」
「どう考えても既存の物理法則をまるっきり無視してるよね…?とても気になるところだけどパンドラの箱を開けてしまいそうな気分だからやめておくよ」
「いやもう既に手遅れな気がするが…」
ゴンさんの髪の毛がパンドラの箱レベルでヤバイと類は言うが、明らかにパンドラの箱はゴンさん自身だろう。人間じゃあり得ない身体能力を駆使している時点でおかしい。
それに誰一人としてピトーの心配をしていなかった。
「寧々!!いつまでそこにいるんだ!?」
「……もう行った…?」
司は大声を上げ、学校の敷地内にいた灰色がかった緑色の横髪を結んだ腰まであるロングに、紫色の無気力そうな瞳を持った少女――【草薙寧々】が小さく声を上げた。
実は彼女、最初から最後まで傍観に徹していた。理由は単純に生存本能である。戦闘力などの単語と無縁な人生を生きてきた少女にとってゴンさんの存在はあまりにも過激すぎた。それゆえに、自身の身を守るために彼女は傍観に徹していた。その選択を責めるものなどいないだろう。だって大半の人間がそうだから。
寧々はゆっくりと歩き、自らの足で校門を出た。その視線の先には、色濃く空を一直線に浸食する縦線。
「まだ縦線が見えるんだけど…」
「ゴンの髪は長いからな。少し離れた程度では視界からは消えん」
「いや、長いで済ましていい
「すごい人だったねー」
類のツッコミに校内にいる生徒たちが一斉に心の中で同意した。ゴンさんの髪は天を衝いている。長いで収まるレベルの長さではない。
一同は遠く離れていく縦線を見ながら無言を過ごす。
――嵐が過ぎ去り、神山高校には静寂が訪れた。
「……ていうか、また会うことになったね、彼と…」
「あ…」
* * * * * * * *
(散々な時間だったな…)
黒竹は内心で毒づく。時間にしては15分ほどでしかないが、その内容はとても15分で詰めていいものではないほどに過激なものだった。
あのゴンさんを呼び捨てにする男と出会って
ゴンさんの実年齢(13歳)に周りが驚いたり
ケーキがグチャグチャになってゴンさんがピトーにキレたり
その怒りによる『練』で周りが大惨事になったり
ゴンさんの新必殺技お披露目が一歩手前だったり
『練』の衝撃で少女が一人気絶したり
ゴンさんが一瞬で消えたり
ピトーにゴンさんの顔パンが炸裂したり
ピトーが【
司がゴンさんを説教したり
ゴンさんが暴論を言ったり
―――などなどで散々であった。
「はぁ…」
「どうしたの、黒竹さん」
「え、あぁ……ちょっと疲れちゃって…」
「大丈夫、休む?」
「いや、大丈夫です」
正直言って肉体よりも精神の疲弊が凄い。この地に降り立ってからまだ1時間ほどしか経っていないというのに心の方は既に1ヵ月も過ごしたかのような疲弊ぶりだ。
例え今休憩したところで精神的な疲れは全く回復しない。
――何故なら
「え、なにあれ」
「髪なっが!!」
「え、作りモノだよね…?」
「いやそうでしょ絶対…」
「ヤバイ…」
周りの視線があるからね!!こんな衆人環視の中で休憩なぞできるはずもない。
「そっか。ところでこのケーキどうしよう」
ゴンさんの左手には、中身がグチャグチャになったケーキボックスがあった。
「もう原型留めてないし、捨てるしかなくない?」
そのケーキボックスを見ながら、ピトーがそう言う。その時、ゴンさんがピトーの方を振り向いた。ゴンさんのハイライトのない目がピトーの姿を捉えたとき、ピトーの肩は震え上がる。
「な、なんだよ?」
「ピトー、このケーキを治せ」
「はぁ?ボクは生き物しか治せな――」
「理不尽!」
その時のゴンさんの動きを、黒竹程度では捉えることはできなかった。一瞬でピトーを蹴れる距離まで間合いを詰めたゴンさんはその脚力を思い切り使いピトーを天に向かって蹴り飛ばした。ピトーの姿は一瞬で視えなくなる。
華麗なフォームを決め、左足を天に向け右足だけで立つ体の芯は一ミリのズレもなかった。
「キャァアアアアアアアア!!」
「女性が蹴られたぞ!!」
「誰か!!!誰か警察を!」
外野がかなり五月蠅いが、当然の反応のためなにも言えない。黒竹はいつものように思考を放棄する。この一連の動作もかなり慣れてきてしまった。例え警察がこの場にやってきたとしても警察ではゴンさんを前に動くこともできないであろう。最低でも国家を相手できるレベルじゃないと話にならない。
周りが騒がしい中、当の本人であるゴンさんと黒竹は冷静だった。
(俺も随分、心が死んで来たな…)
ゴンさんと出会い『念』を取得し、ピトーがボられる光景を短期間で何度も目にした黒竹の心は既に常人と言えないレベルにまで死んでいた。出なければこんなレベルの思考放棄なぞできるはずもない。
「……じゃあ、そのケーキ、俺が欲しいんだけど、いいですか?」
「え、いいの?」
「原型留めてないとはいえ、味はそのまんまのはずなんで。俺はもちろんクロスも喜んで食べてくれるはず―――ウン?」
クロスの話題を出したと同時に黒竹は己の胸ポケットをまさぐった。そこにはクロスが入っているカードが入っている場所だからだ。――ない。カードがない
「―――!!―――!」
「――?どうしたの、黒竹さん」
もしや、いや、そんなはずがないと黒竹は他のポケットを全てまさぐる。冷や汗が止まらない。だが、全てのポケットはカラでありカードどころかティッシュやハンカチももちろんない。同じポケットを何度も探る。見落としがないか、何度も何度もチェックする。だが、現実は変わらない。
「――――」
「黒竹さん?」
黒竹は現実に直面し、膝から崩れ落ち、オデコをアスファルトの地面に叩き付けて両手で頭を抱えた。
―――次回、クロス捜索
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