PROJECT NIYARI 始まりの軌道   作:龍狐

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 前回、再開を果たしたゴンさんと天馬司。
 いろいろトラブルがあったりもしたが、無事司にケーキを渡すことができた――と思いきや、中身のケーキは撃沈。それを知ったゴンさんは怒りをピトーに向け、怒りによる『練』で神山高校が大変なことに。
 そしてその余波で、仲間のことが心配で神山高校に向かっていた【小豆沢こはね】が気絶し【鳳えむ】によって担がれる状態で登場する。
 こはねを救うべく、ゴンさんは空の旅真っ最中だったピトーを一瞬のうちに捕獲。こはねを治すように促すがピトーがふざけたことによってゴンさんの拳がピトーに炸裂。
 紆余曲折ありながらも一同は再び司たちと会う約束をし、神山高校を後にする。

 だが、一件落着かと思いきや、今度はクロスのカードを落としてしまい――!!


クロス捜索開始

 【VividBADSQUAD(ビビッドバッドスクワッド)】、通称ビビバスの四人【小豆沢こはね】【白石杏】【東雲彰人】【青柳冬弥】は団体行動をしながら帰路――と言うよりは歌の練習のための場所へと向かっていた。

 だが、一同の表情は決していいとは言えない。なんというか――げんなりしていた。

 

 

「全く、今日は散々な一日だったな…」

 

「ほんとにね…。死ぬかと思った…」

 

 

 彰人と杏の口から零れるため息。理由なんて単純である。あのこの世の者とは思えない髪の長さとオーラを保有したゴンさんの存在である。明らかに別次元の強さを保有しているあの人のことを思い出すだけで身震いが止まらない。

 

 

「でも、みんな無事で本当に良かった!」

 

「いや、俺としては小豆沢が一番心配なんだが…体の方は大丈夫なのか?」

 

 

 冬弥はこはねのことを心配そうに見る。実はなのだが、別の学校の生徒であるこはねがわざわざ神山高校にまで来た理由は杏から来た「ごめんこはね、もうそろそろ私死ぬかもしれない」と言うメッセージを受けえむとともに神山高校まで走った。――天を貫く黒い縦線がある場所まで。その途中で、ゴンさんのオーラを身に受けて気絶したこはねが、この四人の中で一番の被害者と言えるだろう。

 

 ゴンさんが神山高校からある程度の距離を取った後、あの場にいた神山高校の生徒たちは物凄い勢いで一斉下校を始めた。理由など無論、少しでもゴンさんから離れるため、蜘蛛の巣を散らしたように神高生徒は散っていった。

 

 ゴンさんの位置から鈍い音なんて、聞いてない。聞いてないったら聞いてない。

 

 

「うん。心配してくれてありがとう。それにね、体がとても軽い気がするんだ」

 

「それはきっとあの女性のおかげだろう。気絶した小豆沢の治療をしてくれたからな」

 

「方法はとても言葉で言い表せなかったけどな…」

 

「だね…」

 

 

 気絶していたこはねを除いた三人は見ていた。治療の過程から結果まで。それは既存の技術や方法では考えられないものだった。女性が突如座り込んだと思ったら、女性の背後の上空に気味の悪い人形が出現し、こはねの治療をし始めたのだ。あの光景は明らかに異端だった。

 

 

「俺らの住んでる世界って…異能バトルの世界だったのか?」

 

「普段ならそんなこと全然思わないのに……アレ、見ちゃったらねぇ…」

 

「だが、あの人のおかげで小豆沢が治ったのは事実だ。お礼を言いたかったのだが――」

 

「言う暇なんてなかっただろ。あの髪オバケにぶっ飛ばされてたからな。ソレの治療で忙しそうだったし…」

 

「え、ぶっとば…?」

 

 

 こはねは自分の耳を疑った。確かに自分が起きたときにはあの女性はよく分からない不気味な人形に治療されていたが、まさか顔面を殴られていたなぞ思うまい。この国日本は統治国家。武力がものをいう世紀末などではない。ゆえに暴力などとは疎遠なこの国で生まれ育ったものにとって今の言葉は耳を疑うものなのだ。

 

 

「ホントだよホント!!ボクは遠目からしか見てないけど、アレはヤバかったね!」

 

「……なんでお前がいるんだよ、暁山」

 

 

 四人以外の声が後ろから聞こえ、だがそれはとても聞き覚えのある声で。全員が後ろを振り向くとそこにはゆるく巻いたピンクの髪をサイドテールに纏め神山高校の女子制服を着た人物がいた。

 その人物の名は【暁山瑞希】。あの場にいた神高生である。

 

 

「ひっどいなー、弟くん。ボクがいちゃ悪いかい?」

 

「いや、別にそういうんじゃねぇよ」

 

「そっか。よかったー」

 

「瑞希さん、お久しぶりです」

 

「やっほーこはねちゃん!大丈夫だった?」

 

「はい。今はなんともありません」

 

「ほんと?良かったー。遠目からしか見てなかったけど、本当にドキドキしたよ」

 

 

 瑞希はゴンさんとは直接関わってはいないが、ゴンさんの『練』によるオーラを直で受けた被害者の一人でもある。そしてゴンさんのオーラを受けてピンピンしているのだからかなりすごい。

 

 

「アレはドキドキで済ませられないだろ。ていうかなんでついてくんだよ」

 

「いいじゃん別に―。ボクのこと嫌いになっちゃった?………って、言いたいところなんだけど、さ」

 

「な、なんだよ」

 

「正直に言うとさ……誰かと話してないと、止まらないんだよね、体の震え

 

「「「「あぁ…」」」」

 

 

 瑞希の体は、震えていた。片手で二の腕を抑えながら、体は寒風を素肌に受けたかのように震えあがっている。会話で恐怖を緩和しているということなのだろう。

 無理はない。あの髪オバケ(ゴンさん)の圧倒的なオーラを受けた同士として、その気持ちは痛いほど共感できた。こはねに至っては気絶しているから余計に。

 

 彰人はある方角を見上げる。―――その方角には、一直線に(そび)え立つ黒い縦線。実際に近場で見なければアレが猛烈に長い髪の毛だなんて考えることもできない。

 あの縦線はゴンさんの位置を指し示しており、幸いながら彰人達とは距離は遠い。だがそれでも存在感が半端なく、すぐ隣にいるかのような錯覚に陥る。ていうかこの距離から見ても頂点が全然見えない。雲を突っ切ってる。どこまで伸びてるんだあの髪は。

 

 

「無理もない。事実俺も生きた心地がしなかったからな。暁山、今日はもう家に帰った方がいいと思うぞ」

 

「そうだね…。いやぁ………それにしても司先輩、凄かったなぁ。あんな凄みのある人に説教するなんてさ」

 

「そうだな。知人だと言うこともあるだろうが、普通の人にはできないことをやってのけてしまう。流石は司先輩だ」

 

 

 冬弥が瑞希のことを心配し声をかける。ていうかこの場にいる全員今すぐ帰った方がいいだろう。こんな雑談してる場合じゃなくて。

 だが話は変わってしまい、瑞希と冬弥は司のことを褒め称えた。瑞希に関しては単純に「すごいな」程度の感覚だが、冬弥の方は元からある尊敬の念と合わさってどんどん美化されていってる。

 そんな二人の会話を聞いて彰人は、心の中だけですごく同意した(ゴンさんに説教にしたところだけを)。

 

 

「それにしても、警察とか呼ばなくてよかったのかな…?」

 

「あぁ……学校とか滅茶苦茶になってたしね…普通は呼ぶべきなんだろうけど…」

 

 

 あの時、ゴンさんの『練』によって学校の備品は滅茶苦茶になった。木々は悲鳴を上げてタイルは剥がれ時計のガラスや窓ガラスが割れて、あの場にいた生徒は失神、気絶した。

 彼はなにもしていない、ただそこに立って怒りをまき散らしただけである。だがたったそれだけで暴風と衝撃波が辺り一帯を蹂躙するなど夢にも思わないだろう。先ほど彰人が言ったようにこの世界が異能バトルの世界だと思ったくらいだ。

 

 

「おい杏。アレを警察がどうこうできると思ってんのか?」

 

「うん無理だよね分かってた」

 

 

 杏の瞳からハイライトは消滅した。アレは警察の――と言うか人類の手に負えるモノだとは到底思えない。そもそもアレは人間なのだろうか、髪の長さから考えても人間とはとても思えない。

 

 

「あぁ言うのには極力関わらねぇ方がいいんだよ」

 

「しかし、彼は13歳なんだろう?法的には裁けないんじゃないか?」

 

「いやアレはどう考えても13歳のガタイじゃねぇだろ」

 

 

 彰人は顔を顰めながらゴンさんの実年齢を否定した。無理はない。

 

 ゴンさんは13歳である。

 二メートルの巨体であるが13歳である。

 筋肉ムキムキのマッチョだが13歳である。

 髪が天を貫いている(約1,800メートル以上ある)が13歳である。

 

 この事実は変えられない。

 

 

「あの人、前から頭がおかしいとは思ってたが、更年期障害でも患ったか?」

 

「彰人、それは司先輩に失礼だぞ」

 

「いやだってよ、あり得ねぇだろ。アレで13歳って。一体どんな生活してたらあんな風になるんだよ」

 

 

 持ちうる天賦の才を捨てて命を極限まで圧縮したらああなります。ただその状態が固定(デフォルメ)化されているだけである。

 

 

「そりゃ童顔だったけど、30歳とかそこら辺って言われた方が信じられたわ」

 

「しかし、司先輩は嘘を付くような人ではない」

 

「じゃあ司先輩が嘘つかれてるとか?」

 

「あぁあり得るかもな…。センパイ、真っすぐすぎるしな…」

 

 

 彰人からすれば司はバカ真っすぐすぎるので、そういうのを素直に信じてしまっていてもおかしくはない。

 

 

「まぁこの話はいくら話しても全然終わりが見えないから終わりにするとして、ボクが一番気になっているのは、絵名のことだよ」

 

「……そういえばそうだったな」

 

 

 瑞希に言われ、ようやく思い出した彰人。あの時ゴンさんと黒竹が【変人ワンツーフィニッシュ】について知っていた理由が「絵名さんから聞いた」と言うものだったことを思い出した。

 同名の他人かとも思ったが、現状知っている【エナ】と言う名前の人物は彼の姉である【東雲絵名】しか思いつかなかった。

 

 

「絵名のヤツ、あんなバケモンといつ知り合ったんだよ…」

 

「彰人、陰口は良くないぞ」

 

「あぁ、悪ィ…」

 

「それに名前だけが同じで、俺たちの知っている絵名さんとは別人かもしれないだろう?」

 

「まぁそこら辺は絵名に聞いてみるしかないよね…」

 

「そうだな……。ていうか、お前ら、やけに静か――」

 

 

 彰人はさっきから声が聞こえないこはねと杏を不思議に思い、後ろを振り返ると――そこには二人はいなかった。

 

 

「どこ行きやがった?アイツら…?」

 

「さっきまで後ろにいたのに…」

 

「――あ、いたぞ。どうしたのだろうか…?」

 

 

 冬弥が二人を見つけて指さした方向に彰人と瑞希が振り向きと、そこには確かに二人がいた。だが、二人の視線は彰人たちの方ではなく、全く別の方向に向いていた。その表情を見ると、杏は思いっきり顔を顰めてこはねはオロオロと誰かを心配するかのような素振りを見せた。

 それによく見てみると、他の通行人たちも杏とこはねたちの見ている方向に視線を向けていた。

 

 

「――!!」

 

「――!!」

 

 

「あ、なんだ…?」

 

 

 彰人達は、杏たちが向けている視線の先から怒号が聞こえているのが分かった。観客と言うか野次馬が結構いてかなり目立っているが、彰人たちは会話に夢中でどうやら気づかなかったようだ。

 

 

「人だかりができているが…どうしたのだろうか?」

 

「なんかイベントとかあったっけ?」

 

「まぁ見てみりゃ分かるだろ…」

 

 

 三人は振り返って杏とこはねたちのところに駆け寄った。

 

 

「小豆沢、白石、なにがあったんだ?」

 

「――あんま見ていていい気分になるヤツじゃないよ」

 

 

 彼女らの視界に映っている光景を、杏が率先して言った。その顔は女性がしていいようなものではないほどのしかめっ面で、汚物を見る目だった。こはねの目を両手で隠し、保護者感が凄い。

 3人も気になり、二人が見ている光景を目にした。そこには――

 

 

「だから!何度も言ってるの分かんない!?私たちアンタなんかに構ってる暇ないんだけど!?」

 

「分からず屋はキミたちだ。せっかくこのボクが誘っているというのに、誘いに乗らないのはおかしいだろう?」

 

「はぁあ?あんたが自分にどれだけ自信持ってるか知らないけどね、アンタの都合コッチに当て嵌めてもらっちゃ困るワケ!」

 

「――チッ、何故効かない…?

 

 

 良く整った容姿を持った金髪のナンパ男と、二人の少女の姿だった。

 男の方は自意識過剰とでもいうのか、自分の誘いに乗るのが当然と言わんばかりに二人の少女を口説いている。だが少女の方に至っては完全に警戒しており、話が平行線のようだった。

 

 ナンパ男に迫られている二人の少女は、茶髪の少女と星空のようなグラデーションを持った髪の美少女だった。美少女の方は、確かに誰もが見惚れるような美顔だ。だが問題は、ナンパ男と言い争っている茶髪の少女の方だった。その少女は彰人と瑞希にとって、途轍もなく見覚えのある人物だった。

 

 

「あれ、絵名だよね…?」

 

「あぁ。アイツ、面倒なのに絡まれやがって…」

 

 

 茶髪の少女は、【東雲彰人】の実姉にして【暁山瑞希】と同じサークルメンバー、【東雲絵名】であった。絵名は星空髪の少女を守るように立ち、ナンパ男に対して勇敢に立ち向かっていた。

 彰人は心の中で「相変わらず面倒な姉だ」と文句を垂れながら、頭を搔きむしった。そんな彰人に、隣から冬弥が声を掛ける。

 

 

「彰人、どうする?」

 

「どうするもなにも、助け船出してやるしかねぇだろ。あとで見てたのになんで助けなかったとか、どやされたくねぇしな」

 

「なら俺も手伝おう」

 

「あぁ、サンキューな」

 

 

 

 彰人と冬弥は互いの目を見つめ合った後、こはねたちに声を掛ける。

 

 

「お前ら、(ワリ)ィが先言っててくれ。アレ、片づけてくる」

 

「小豆沢と白石は、先に行っててくれ」

 

「え、ちょっと彰人!冬弥!」

 

 

 二人は自分たちの名を呼ぶ二人と緊迫した面持ちで二人を見届ける瑞希を尻目に、群衆の中歩みを進めた。そして、二人はナンパ男と絵名の間に割って入った。

 

 

「――あん?」

 

「――彰人!それに冬弥くんも…」

 

「よぉアンタ。ウチの姉貴に何の用だ?」

 

「これ以上の狼藉は、やめてもらおうか」

 

 

 二人は厳ついナンパ男に物怖じせず、勇敢に立ち向かう。周りに複数の人間(やじうま)がいるにも拘わらず、だ。だが二人はこんなのもろともしない。ビビバスの目標は高い。そして、大勢の観客を相手にすることが前提だ。こんなところで怖気づいているようでは、夢を叶えるなど、夢のまた夢だ。

 それに、本来彰人は初対面の人間には低姿勢かつ優しい物腰で接するのだが、こういった相手に低姿勢は逆効果。相手をつけあがらせることに繋がる。ならば最初から強気の態度で相手を威圧する。

 

 

「誰が来たと思えば…弟くんか。俺は今からキミのお姉さんとその子とで出かけるんだ。邪魔しないでもらえるかな?」

 

「はぁ!?アンタが一方的に誘ってきたんでしょうが!」

 

「――って、ウチの姉貴もこう言ってるんで、引いてくれないっすかねぇ」

 

 

 倫理的に、尚且つ正論を相手にぶつけてナンパ男を黙らせる。そのことにナンパ男は憤ったのか片手で乱暴に頭を掻きむしった。

 

 

「あ~!!何故だ!!?何故俺の思い通りにならない!?俺の!!俺のこの力は、俺の思い通りになるはずだろ!?」

 

 

 すると突然、男は子供のように喚き散らした。その光景に彰人や冬弥、絵名はもちろん周りの野次馬も顔を引き攣らせた。この男、確かに顔は良いのだがいかんせん性格がゴミすぎる。出会って10秒ほどで分かってしまった。

 

 

「この世はあなたの思い通りにはできてはいない」

 

「自分の思い通りにならなかったから喚き散らすって…子供(ガキ)かアンタ?」

 

「うるせぇ!何故だ!?俺の思い通りになるはずなのに――」

 

「ネェ、さっきカラ喚いテルところ、申し訳ないケドサ」

 

 

 男が叫ぶ中、今まで黙っていた星空色の髪の少女が口を挟んだ。少女は彰人と冬弥の前に出ると、身長差もあってか顔を下に向けたまま視線だけで男を見上げた。

 

 

「キミのさっきから言っテル“俺の思い通り”ッテ、キミの周りに漂ってるイヤなオーラ(ヤツ)のせいカナ?」

 

「なッ…!?」

 

 

 少女が男に問うと、男はあからさまな動揺を見せた。言葉の意味は彰人たちには分からない。だが、会話から目が離せなかった。

 

 

「キミのソレ、メチャクチャウザかったカラ、ずっと阻害(ブロック)してたんダヨネ」

 

「は!?……お、お前まさか――」

 

「アー、皆マデ言わなくてイイヨ。モウ終わりダカラ」

 

「なにを言って―――」

 

 

 

 

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

 

 

 

 

「「「「――――!?」」」」

 

 

 

 

 

 その瞬間、この場にいた全員が猛烈な悪寒に襲われた。だがその原因が分からない。例えるならば、極寒の雪山に裸で放り出されて“何故寒いのか”を理解していないかのような感覚だ。だが、その悪寒の原因を次の瞬間、全員が悟ることになる。

 

 

 

 

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

 

 

 

 

「え、嘘…」

 

「何故あの人が…」

 

「おかしいだろ…?だって、アソコに…」

 

 

 彰人や冬弥たちの真正面――ナンパ男の背中側から、悪寒の発生源は歩みを進めていた。野次馬やナンパ男もその一点の方向を振り向いて悪寒の正体を確認した。それの正体は天を貫く縦線だった。漆黒の遥か彼方まで伸びている縦線が、徐々にこちらに向かってきていた。

 

 

「なんだよ、アレ…?」

 

 

 ナンパ男も、突然の悪寒に後ずさる。

 

 

「あり得ねぇだろ…。だって、アレは、まだ、アソコに…」

 

 

 彰人は体中から冷や汗を流しながらもとある方向を向いた。そこには、一番最初に見た天を貫く縦線があった。目の前と、遠くに存在している縦線。あの縦線は、とある人物の居場所を示している。それが二つ、同時に出現した。

 異常事態であることは、誰もが感じ取っていた。やがて、縦線の真下が見えてきた。

 

 

 

 

ゴンさん

 

 

 

 

 筋骨隆々の髪オバケ、ゴンさんが真正面から姿を表した。ゴンさんは堂々と、かつゆっくりと歩みを進め、何も映さないその瞳でとある人物を捉えていた。それは――ナンパ男。

 

 

「ヒィ…!な、なんだよあの化け物!?に、逃げ――」

 

 

 迫りくるゴンさんに恐怖したナンパ男は逃げるために体を回転させて駆けだした。だが、駆け出した瞬間に大きな壁のようななにかにぶつかった。

 

 

「って…!?おい!どけy―――ヒャアアアアアアアア!!!」

 

 

 男は己の逃亡を邪魔したであろう人物、星空色の髪の少女か、弟君か、またその隣の男かもわからないが、怒鳴った。だが、目の前の景色を見た瞬間に情けない悲鳴を上げた。――回答は、3択ではない。4択だったのだ。

 

 

「――――」

 

「な、なんで…!?」

 

 

 男の逃亡を邪魔したその正体は、ゴンさんだった。ゴンさんは無様に腰を抜かしたナンパ男を見下ろす。だがその瞳は、なにも捉えていない。

 ナンパ男は先ほどまでゴンさんがいたはずの場所を振り向いた。だが、そこには誰もいない。つまりゴンさんは、ナンパ男が振り向いた一瞬の時間でナンパ男と距離を詰めたのだ。

 ナンパ男は顔を青ざめながら、なにかを悟ったかのように声を荒げた。

 

 

「お、お前ら、まさか俺と同じ転s――」

 

 

 

 

ボッ

 

 

 

 

 だがナンパ男の言葉は、最後まで言われることなく途切れた。ゴンさんの振り上げた左脚が、尻もちを着いたナンパ男に見事直撃し、ナンパ男の体は重力に反して空を舞い、宙を舞い、天を舞い、やがて見えなくなった。

 

 

ゴンさん「――――」

 

絵名「――――」

 

彰人「――――」

 

冬弥「――――」

 

 

 ――沈黙が、辺り一帯を支配する。ゴンさんの行う非現実的な行動は、彰人たちから思考能力を奪った。彼ら彼女らはこの光景を見るのは初めてではない。絵名はピトーが頭を地面に埋められる様とボられる光景を目撃しているし、彰人と冬弥はピトーの顔面が殴られる様を直視している。

 

 だが、だからと言って慣れるものではない。

 

 絵名、彰人、冬弥は見た。こちらに向かって歩いてくるゴンさんの姿が一瞬にして掻き消え、次の瞬間には自分たちの視界をゴンさんの背中が占領していたのだ。

 

 

「――お待たせマホロアさん。遅れてごめんね」

 

「いいよイイヨ!チャンと来てくれたワケだシ!」

 

 

 振り上げた左脚を地面につけると、普通に、軽く、会話をし始めた。マホロアとゴンさんの会話内容は、三人には聞こえなかった。あまりにも目の前の光景が衝撃的過ぎたからだ。

 

 

「実は、クロスが行方不明になっちゃったんだ」

 

「エェ!ソリャア大変ダ!ナルホド、だから分身(ダブル)をツカったわけカ」

 

「うん」

 

 

「――いやいや、待て待て待て!!」

 

 

 思考停止の状態から復帰した彰人は、考えるより先に声を荒げた。その声に四人が一斉に彰人に視線を注いだ。――特にゴンさんのハイライトのない瞳に見られた瞬間、彰人は肩を震え上がらせた。

 

 

「ウッ」

 

 

 彰人は不意に絵名と冬弥に目を配らせた。絵名に視線を向けたとき、絵名は速攻で素知らぬふりを決め込んだ。冬弥に視線を向けたとき、どうするべきかとオロオロしていた。

 駄目だ、もう自分でやるしかない。

 

 

「ウン?どうしたんダイ?」

 

「えっと、あの、その……」

 

「アレ、さっきのお兄さんたちじゃん。また会ったね。絵名さんも」

 

「あ、はい…」

 

「先ほどぶりです」

 

 

 絵名と冬弥はしどろもどろな回答をした後、すぐに会話が終了した。再びゴンさんの視線が彰人に向く。

 

 

「それで、どうしたの?」

 

「え、あの…今蹴り飛ばした人って……大丈夫、なんですか?」

 

 

 彰人はまずナンパ男の無事を確認した。いや天にまで向かって蹴り飛ばされているのだから確実に無事とは思えないが、気になって仕方がなかった。

 彰人の問いに答えたのは、マホロアだった。

 

 

「大丈夫。死んでナイし、死なせないヨ

 

 

 マホロアは、ニッコリと笑う。その光景に、彰人、冬弥、絵名は心の底から震え上がった。ゴンさんを見たときとはまた違う種類の恐怖。彼らは瞬時に悟った。触れてはいけないことだと。 

 マホロアはその沈黙した空間を二拍手で元の雰囲気に戻し、人当たりのいいスマイルを浮かべた。

 

 

「ソレに、キミが本当に聞きたいコトは違うダロウ?そんなコト言って、ホントウはゴンさんが二人にナッテることが不思議で仕方ないンダロウ?」

 

「え!いや、そんな、ことは…」

 

「キミ、視線がサッキからゴンさんとアッチのゴンさんに向いてるカラサ」

 

 

 彰人は「しまった!」と心の中で焦る。あまりにも焦っていたあまり自分の視線すらも気にしていなかったが、彰人の視線は確実にゴンさんともう一つの漆黒の縦線に向かっていた。

 焦り始める彰人たちだったが、マホロアはスマイルのまま、言葉を続けた。

 

 

「今ココにイルのはゴンさん(B)。ゴンさんの分身体ダヨ!」

 

 

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――」

 

 

 

――なんて?

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

―――時は少し遡る。

 

 

 

 

「落どぢだァアアアアアアア!!」

 

 

 

 黒竹は街中であるということを考慮せずに蹲って叫ぶ。だが、そうするほどに今彼の心は焦燥に駆られていた。

 事実、周りの人間の視線が彼に集中していた。元々ゴンさんに視線が集中しておりピトーをボッたことでさらに視線を集める結果になったのだが、今この時だけは全ての人間の視線が黒竹に集中していた。

 

 

「いつだ!?いつ落とした!?――駄目だ、心辺りしかねぇ!!」

 

 

 黒竹は激情に駆られて叫ぶ。彼の言う心辺りとはすなわち―――スクランブル交差点から神山高校に行くまでのゴンさんによるアカンパニー(物理)によるものだ。あの時の黒竹はゴンさんに抱えられて激しく揺れながら移動していた。その際にクロスのカードが落ちていても不思議ではなかった。

 

 

「どうしたの?」

 

「クロスが!!クロスが入ってたカードがない!!」

 

「えっすぐ探さないと」

 

「いやでも、まずどこを探せば…?」

 

 

 一番現実的な場所は、スクランブル交差点から神山高校までの道のりだが、それにしたって範囲が広すぎる。それに移動手段は徒歩でも交通機関でもなくジャンプ。空中で落としたとなれば風に乗って全く別の場所に落ちていても不思議じゃない。

 

 

「うーん、クロスがカードから出てくれてたら『円』ですぐ分かるんだけどなぁ」

 

「―――『円』?」

 

 

 聞き慣れない言葉に、黒竹は首を傾げる。先ほどまであれほど焦っていたというのに、あり得ないくらいにスラスラと二文字が出た。

 

―――『円』。

 念能力の応用技術。オーラの覆っている範囲を広げる技術である。オーラに触れたモノの位置や形状を肌で感じ取ることができる。この『円』の範囲内であれば、舞い落ちる木の葉の数すらも把握することができるのだ。

 ちなみに『円』には特異不得意がある。とある暗殺者は本気を出せば半径300メートル、とある盗賊は4メートル、とあるハンターは45メートルまで広げることができる。そしてピトーは最大2キロメートルまで広げることができるのだ。

 

 ゴンさん?ゴンさんなら大陸覆うくらいよゆーよゆー。

 

 

「うん。『円』を使えばなんとかなるかもしれないけど、クロスがカードに入っている状態だと他のカードも一緒に感知しちゃうんだよね」

 

「あ゛ー…」

 

 

 確かに、カードなんて長方形のもの、この世にいくらでもある。逆にクロスが外に出ている状態だったら、九尾の狐なんてこの世に存在しないためすぐにわかる。

 

 

「とにかく!!やらないよりはマシだ!!頼んだゴンさん!!」

 

「分かった」

 

 

 ゴンさんが『円』を使用すべく、脇を広げて拳を握り締めたとき――『ピロンッ』と電話が鳴った。

 

 

「メールだ」

 

 

 ゴンさんは『円』の動作を取りやめ、ズボンのポケットから【ビートル07型】を取り出してメールの内容を確認した。

 

 

「―――どうしたんだ、ゴンさん?」

 

「マホロアさんたちがナンパにあったっぽい。すぐ行かないと」

 

 

 内容はどうやら、マホロアがナンパにあったというものだった。なんてタイミングが悪い。クロスの行方不明とマホロアのナンパ騒動。その二人がほぼ同時に起こってしまった。

 

 

「あー!なんて間の悪い!!仕方ない!!俺はクロス探してるからゴンさんはマホロアのところ行っててくれ!!」

 

「いや。クロスを探すのも、マホロアさんを助けるのも、同時にやる」

 

「えっ、いや流石のゴンさんでもそれは――」

 

 

 いくらゴンさんがとてつもなく強くてもそれは不可能と言うものだろう。何故なら、ゴンさんは一人しかいないのだから。同時並行は、無理がある。

 ゴンさんはデフォルメのポーズを取りながら、なにかを思案しているようだった。

 

 

「要は、俺がクロスを探すのとマホロアさんを助けるのを同時にやる必要がある」

 

「あぁ、だから――」

 

 

「なら、「俺が二人分になればいい」」

 

 

「――は?」

 

 

 その瞬間、ゴンさんの姿がブレて――分裂した。何言ってるかわからねーと思うが、言葉通りである。ゴンさんが、二人になった。

 

 

「「よし、出来た!!」」

 

「――よし、出来た。じゃねぇわ!!え、なに!?なんなのそれ!?ゴンさんが、二人、え!?えェ!?」

 

 

 突然の出来事―――ていうか光景に、黒竹はクロスのことが一瞬吹っ飛ぶほどに混乱した。

 周りの人間も、突如人間が分裂――分身したことによって開いた口が塞がっていなかった。

 

 

分身(ダブル)って言ってね。前に【カストロ】さんに教えてもらった」

 

「カストロォオオオオオ!!」

 

 

 黒竹はこの時初めて、会ったこともない人物を心の底から恨んだ。お前何やってるんだと。ただでさえ一人でもヤバイゴンさんが二人に、二人になった。一人で国家相手にできるかもしれないゴンさんが、二人、二人である。とんでもなく余計なことをしてくれた。

 

 

「じゃあ俺はマホロアさんを助けに行ってくる」

 

「いってらっしゃい」

 

 

 そう言って、アスファルトの地面を駆けていく分身のゴンさん――ゴンさん(B)。その背中を見送り、髪の毛はここからでも見えるが、とりあえず見送った。

 黒竹はゴンさん(A)の方向に、ゆっくりと振り向いた。

 

 

「それじゃあ俺たちはクロスを探そう」

 

「あ、はい…」

 

 

 絶叫を繰り返す黒竹は、もはや一周回って落ち着いていた。ゴンさん(A)がゴンさん(B)とは真逆の方向に歩き出し、黒竹はそれについていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――なんだったんだろう、アレ)

 

 

 

 

 

 

 

 その光景を見ていた周りの人間の内、一人に部類していた少女が、そう心の中で呟く。紫色の髪をポニーテールで纏めている少女――【朝比奈まふゆ】はゴンさん同様ハイライトのない瞳でゴンさんと黒竹の背中を追っていた。

 

 

 

(今日は、随分変な日だな…)

 

 

 

 そう考えながら彼女は、ここに至るまでの過去の時間、変な出来事を思い出していた。

 

 

 

 

『―――狐?』

 

 

『コーン』

 

 

 

 

 

 

 




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