気絶した黒竹が次に目を覚ますと、そこには謎の美少女が黒竹のことを看病していた。黒竹は二か月間に渡る修行でその少女が『念能力者』であることを見抜いたが、その直後にゴンさんによってその少女が【マホロア】であることが明かされる。
どうやらマホロアも『念能力者』であり、ゴンさんにボられたことで『念』と『前世の記憶』が覚醒した過去を持つらしい。
そして黒竹は擬人化したマホロアへ向かって言い放った――「星のカービィのキャラ擬人化はなんか解釈違いである」と。
「ナニが解釈違いなのサ。アノ可愛らしいフォルムのキャラがこんな美少女になったんダヨ?オォ…とか反応を示すノガ普通ジャないノ?」
「イヤそれが当然じゃないから。擬人化とか受け付けないヤツいるから。俺はね、星のカービィのキャラたちのあの可愛らしいフォルムが大好きであって人間になっちゃったら萌える要素が逆に減るんだよ。ドゥーユーアンダスタンド?」
「ク、クソ!なんとなく分かるカラ反論デキナイ…!」
「ハイ論破、ハイ論破!!」
「楽しそうだね」
「コォン……」
部屋の中で議論を交わし、論破と豪語する黒竹に悔しがるマホロア。その光景を常に変わらないレイプ目で見ているゴンさんと、この騒動で目が覚めたクロスが近くで見ていた。
ちなみに、この議論が始まってまだ1分も経っていない。すぐに終わった。だからクロスは今とても眠たそうだ。
「ていうかなんで人間になってんの?」
「いや、いろんな世界にいく都合、上人間の姿の方がいいときだってあるし…」
「なるほど。で、なんで女なわけ?マホロアって確か男だったよね?アレ、おかしくない?もしかしてお前前世女だったりする?」
「失礼ナ!シッカリと前世も今世も男ダヨれっきとシタ!」
「じゃあなんで女になってんだよ」
「ダッテ、男ヨリ女の方がウケいいシ」
「――――」
議論が進むにつれて経緯が明らかになっていく。
マホロアが『発』に『魔術』との複合で人間の少女へと変化する力を選んだのは、人間の姿の方が都合がいい時があるから。確かにコレは分かる。木を隠すなら森の中がベストだし、人間の中に紛れ込むなら人間の姿の方が良いに決まっている。
だが、一番不可解なのが何故よりにもよって男性ではなく女性の姿なのか。マホロアは確か公式でも男性ぽかったし、黒竹も男性だと思っている。何よりマホロア自身が前世も今世も男性だと言っている。なのになぜ女性?
そしてその答えが「ウケがいいから」らしい。
「よく見てヨ!コノ可愛らしい見た目!綺麗ナ黄色ノ瞳!グラデーションのかかった絹のヨウな髪!スタイルもボンキュッボンでマサに絶世の美少女ダロォ!?」
「自分で言うかソレ?」
普通ソレを自分で言うだろうか。自信がありすぎる。
確かにマホロアのいう通り人間の少女と化したマホロアの姿は美しく可愛らしい。恰好は奇抜だがソレを帳消しにするほどに美しい。それに加えて絹のような髪に半袖短パンと言うことで大胆に曝け出している滑らかな肌。そして中間より大きめのバストにくびれた腰など、確かにマホロアが自信をもって言うだけある。
「ゴンさん!ゴンさんはドウ思うんダイ!?」
「え、俺?」
けちょんけちょんに貶されたマホロアは、ゴンさんに意見を求めた。流石のゴンさんもここで話を振られるとは思っていなかったのか少し驚いていた。
「――それよりさ、ごめんね黒竹さん。いきなり蹴っちゃって」
「え、無視?ボクの話ガン無視!?」
「え、あぁ…はい。今もジンジン痛みますけど、なんとか…」
「そっか。良かった。ごめんね。あのまま続けてたら周りの森が焼けてたかもだからさ」
「あぁ…」
確かに、あの武器の必殺技は炎と電撃の斬撃。通常の状態でも大岩を豆腐のようにすんなり斬れる代物だ。それを必殺技、それもヤケになって5回分チャージして一気に放てばその影響は計り知れない。
あの森くらいなら、一気に破壊できてしまうだろう。
「……あ、でも必殺技は解除してないはずだけど、それは…」
「大丈夫!“チー”で相殺したから!」
そういいゴンさんは右手の中指と人差し指を突き出し、そこからオーラが噴き出し刃を形をとっているのが分かる。だがゴンさんの右腕にオーラが集中して極太のオーラの刃が完成している。なるほど、確かにアレなら相殺――と言うか圧倒できていてもおかしくない。
「そ、そうですか…」
「うん、だから気にしなくて大丈夫!」
「ネェちょっとってバァ~!コノ耳ツンボメェ~~!!」
「なんだと」
「ナンデモナイデス。スミマセン」
うるさかったマホロアがゴンさんの一言で黙った。流石ゴンさん。すごすぎるゴンさん。言葉一つでマホロアを封殺した。
ちなみに『耳ツンボ』のツンボとは漢字で『聾』と書き「耳が聞こえないこと」と言う意味――【聴覚障害者】を意味する言葉であり差別的な表現である。方言みたく聞こえるが知ってる人からすれば不快に感じさせるので現実では安易に使わないようにしよう。
ゴンさんがこの意味を知っているかどうかは分からないが少なくとも悪口だということは感じ取ったらしい。
ここで議論が完全に終了したと思ったのか、クロスはベットの上に飛び移って黒竹の膝を枕にしてスヤスヤと再び寝始めた。
「コ~ン…」
「俺の膝は枕じゃないんだが…」
「マァ許してあげなヨ、可愛いんダカラ」
「まぁ別に構わないけど…」
クロスの一連の行動に、場は
「ところで、なんでここに来たんだ?『研修』はまだ終わってないんだが…」
「ン?『研修』自体はトックに終わってるヨ?」
「は?」
「エ?」
互いに首を傾げる。
黒竹とマホロア。互いの認識が合っていない。黒竹はまだ『研修』の途中のつもりだが、マホロアからすれば『研修』はとっくに終わっているらしい。
「え、いや、おかしいだろ。だってまだ応用技も『発』も習得してないんだぞ?」
「イヤ、『研修』ノ内容ハ『発』ヲ除いた四大行だけだヨ?他の応用技術ハ順次習得してくれればイイシ…」
「―――?」
「―――?」
互いに嚙み合わない会話。少しの沈黙が続き――二人の視線は、ゴンさんに向かった。
「ん?どうかした?」
ゴンさんは【HUNTER×HUNTER】の漫画を読んでいる最中であった。ゴンさんは視線に気づいて漫画から目を離し、二人の顔を向ける。相変わらず怖いのはもはや言うまでもない。
「ゴンさん。なんかマホロアと会話が嚙み合わないんだけど…」
「――ゴンさん。もしかして言うノ忘れてタ?」
「……なにを?」
「イヤ、アノ、『研修』の範囲ダヨ」
「………あ、忘れてた」
「「――――」」
黒竹とマホロアの間で、沈黙が訪れた。やはりと言うかなんというか、やはりゴンさんはゴンさんであった。
マホロアの話から察するに黒竹とクロスの『研修』は既に終わっていてゴンさんはその先をやろうとしていたのだ。
「マァ、忘れてたナラ、仕方ない、カ…」
「いやいいのかよ……まぁアンタがそういうんだったら、俺も別にいいんだけどさ…」
渋りながらも、マホロアも認めた。ソレでいいのかと思ったがゴンさんと言い争いからリアルマッチに勃発する可能性を考えれば妥当な選択だろう。黒竹もそれを分かっているから余計な追及はしない。
「でも、なんで『発』と応用技術は『研修』に含まれてないんだ?どうせやるなら最後までやればいいのに」
「キミも分かっているだろうケド、『発』は集大成ナンダ。ツマリ自分の修行の成果ソノモノ!大学ノ卒業論文みたいなモノだヨ。ソレを『研修』に組み込んダラ急かすヨウになっちゃうシネ」
「まぁ…」
「制限時間ヲ設けて中途半端ナ『発』ヨリじっくり時間をかけて考えて決めた『発』の方がイイに決まっているダロウ?」
「……確かに」
『発』が『研修』に組み込まれていない理由は理解した。確かに『発』は念能力の集大成。中途半端なものより自分にあったものの方が断然いいに決まっている。ソレを言われて黒竹はなにも言えなくなった。
理解と納得による思考の停止の間をかいくぐって、ゴンさんが話に入る。
「それに『発』って、習得できる量に限りがあるんだよね。一度決めちゃうと他の能力を覚えられなかったりするんだ。考えなしに憶えると後で後悔するし、確かヒソカはコレを『
(ヒソカって誰だ…?いや、考えるだけ無駄か…)
ゴンさんの漫画を読みながらの解説の中に全然知らない人物の名前が出てきたが、それは軽くスルーした。
それにしても、『
「念能力ってフィーリングが大事だって俺の師匠も言ってたから、どんな能力にするかは慎重に選んだほうがいいよ」
念能力に欠かせないもの、フィーリング。直観的に抱く感情。自分の系統にあったもの
黒竹は少し考え込んだ後、顔を上げてもう一つの疑問を口にする。
「じゃあ……応用技術をやらない理由は?」
「『研修』でヤルのは『基本』だけダヨ?基本も中途半端ナノニ応用をするワケないじゃないカ」
「あぁ、うん…」
『研修』でやるのは基本的な部分、『発』を除いた『四大行』のみ。『研修』は企業において基本中の基本を学ぶ時間。確かに『発』と応用が『研修』に入ってないのも納得だ。
「俺たちの研修は、もう終わりってことか?」
「ウン!そろそろカナと思って迎えにキタんだケド……まさかボられて撃沈してるトコロでクルとは思わなかったヨ。イヤ、一回クライはボられてるだろうナとは思ってたケドサ…」
「……おい、一発殴らせろやコラ」
黒竹は、純粋にマホロアに対して怒りを感じた。なんの話もせずに強制ワープされて大岩で死にかけたことも含めて、マホロアのことを一度だけでも殴らなければならないと思った。
「ワーワーワー!待ってマッテ!こんな美少女のカオを殴るのカイ!?鬼畜にもホドがあると思うヨ!!」
「うるせぇお前男だろうが」
「
「――――」
「ソ、ソレニ!同じくゴンさんにボられた仲間として歓迎したいんダ!」
「なにその嫌な枠組み。……ていうかお前もボられたの?」
言い訳にしか聞こえないマホロアの言葉の中に、気になる言葉があり聞いてみた。どうやらマホロアもゴンさんにボられた過去があるらしい。
「え、いつだったっけ?」
「エ~覚えてナイのカイ!?ホラ、初対面の時ダヨ!ゴンさんが
いやどんな時だ。一体どれほどの脚力で跳んだら大気圏と無重力空間を超えて別の星に不時着できるんだ。できるはずないだろ。あり得ないだろ。そう思いたいが、
(いや、ゴンさんだからな…)
と、黒竹は根拠のない納得をしていた。黒竹は徐々にゴンさんとの関わり合いの仕方を熟知して言っている。伊達に二か月間ともに過ごしていない。これを思考停止とも言う。
「あぁあったねそんなこと」
「ソウダヨ~。イヤ~あの時は驚いたネ。凄くビックリしたヨ」
ビックリで収めていいのだろうか?突如宇宙から飛来したゴンさん。圧倒的パワーを見ただけで感じさせる強烈な存在感を持つ存在を前にその程度の感想で済むのだろうか。だが、黒竹はなにも考えない。
「最初はミンナ侵略者かと思ってたケド、徐々に打ち解けて仲良くなってたヨネ」
「うん。皆いい人だったよ。また会いに行こうかな」
「ソウダネ。きっとカービィたちも喜ぶヨ。……アァ、話ノ途中だったネ。ソレで、プププランドの地面にはヨク謎のオブジェが生えてるんだけどサ」
「……アレか」
あの模様と形がフランスパンを連想させるアレである。確かにゲームのムービーでもあちこちに目にするのをなんとなく覚えている。
「ソノ日はちょうどエイプリルフールだったからサ。【マルク】と一緒にゴンさんに嘘をついたんダヨ。「アレ」の周りに25周すると、チョコレートになって食べられるようになるっていうネ」
「あぁ…」
黒竹は、この後の“オチ”がなんとなく予想できてしまった。
「それでやってみたんだけど、全然変わらなかったから、嘘つかれたのに気づいてさ」
「ソウソウ。ソレで必死に笑い堪えてたらサ…ソノ次ノ瞬間【マルク】とイッショにボられてたんだよネ…」
「――――」
「ア、ちなみにその時ニ『念』と『前世の記憶』が目覚めたんダヨ!」
「―――ソッカ」
黒竹は思考を放棄した。
* * * * * * * *
「そういえば結局、お前なにしに来たんだ?」
「エッ、酷くナイ?」
「いや酷くない。単純な疑問だ。お前仮にも商団のトップだろ。忙しいはずじゃないのか?」
「イヤ“仮”ッテ言ってる時点でボクのことバカにしてナイ!?」
「――――で、なんで?」
「話キケ!!」
黒竹はマホロアの反論は軽く
さらにはこの二か月間でゴンさんに聞いたことだが、マホロアは【わいわいマホロアランド】と言うテーマパークの経営もしているらしい。この前言ってた【マホロアランド】の従業員がうんたらかんたらとか言っていたが確実にそのテーマパークのことだろう。ゴンさんも行ったことがあって鮮明に覚えているらしい。
だがこの時、黒竹は思った。
と。普通に考えてテーマパークと商団の経営なんて大変すぎる。どちらも大きすぎるし従業員がたくさんいるとはいえ掛け持ちは常識的に考えてもあり得ない。その当時は『念』の修行で深く考えていなかった。そんなただでさえ忙しいマホロアがわざわざ出向くのは、なにかあると思ったのだ。
「――ン~~!!……黒竹クンとクロスを迎えにきたんだヨ。『研修』も終わってるダロウと思ってネ。デモそれとは別ニ要件ハ二ツ。黒竹クンとゴンさんに一つずつ話があってキタ」
「え、俺も?」
マホロアが不満そうな顔をしながらソレを飲み込み、落ち着いて概要だけ話すと再び漫画を読み始めていたゴンさんがガバッと顔を上げた。どうやらゴンさんはマホロアが来た理由が黒竹を迎えに来ただけと思っていたのかもしれない。
「エット、まずは黒竹クンになんだケド…」
マホロアは短パンのズボンのポケットをガサゴソと漁ると、一枚のカードを取り出した。それを黒竹に手渡すと、そのカードの表裏を見る。表はカードゲームよろしくなにかしらの絵柄が描かれていると思っていたがほとんどなにも描かれておらず、裏面は下に向かって矢印が続いていた。
「――コレは?」
「【ブランクカード】。コレを使うと【ケミー】をカードの中ニ封印スルことがデキル」
「――――」
ケミーを封印。このカードの用途を聞いたとき、黒竹は真っ先にクロスの方へと視線が向かった。そのクロスは今も黒竹の膝を枕にして眠っており、その顔はとてもだらけきっている。
「封印……」
「封印と言ってもキミが使う場合はクロス君が目立たないヨウにスルためカナ。アル程度はケミーの意思デ出入りが可能ダシ」
「それを封印と言っていいのか
出入り可能な封印ってそれはもはや封印ではなく家のようなものだと思うが、深くは考えない。それにクロスを連れて行動する上で一番の懸念が解消された。この大型犬ほどの大きさの狐を連れて歩くのはどう考えても目立ちすぎる。それに加えて九尾の狐だ。伝説上の存在がポンと出てきたら騒ぎどころではなくなる。最悪研究所行きは免れない。
(コイツと一緒に行動する上で一番の懸念が解消――――………まて。なんでおれは、コイツといっしょにこうどうすることがぜんていになってる?)
ブランクカードを握りしめながら膝上で寝ているクロスを凝視する。何故自身が
だが、「コ~ン…」と寝言を言いながら寝ているクロスを、これを見ているだけでなんとなくその理由が分かる気がしてしまった。
(俺も知らぬ間に……コイツに骨抜きにされたってことか?警戒してた俺はどこにいっちまったんだか…)
多分、最初の一週間がきっかけだと黒竹は考える。精孔が開いた状態のまま『
(……ていうか、こんなこと考えている自分の方がバカらしくなってきた…)
「ウン?どうしたんダイ?」
「え、あ、いや、なんでもない」
「…ソッカ。じゃあツギにゴンさんになんだケド、そろそろ
「――あぁ、もうそんな時期か。プレゼントなにがいいかな…?」
「ケーキでいいんじゃないカナ?」
どうやらゴンさんへの用と言うのはゴンさんの知り合いが誕生日だということの報告だった。もうすぐツカサと言う人物の誕生日らしい。でも知り合いの誕生日忘れるとかあり得るだろうか?……そんなこと言いながら黒竹自身も孤児院の元仲間たちの誕生日など全員分覚えてもいないが。孤児院内で告知されたときに「あ、そういえば今日だった」と思う程度だ。
「ケーキか。ツカサの家族の分まで考えると四人分買わないと」
「ナラ一括でホールケーキとかどうだい?」
「うん。ソレでいいよ」
「OK!ソレで注文しておくネ!」
「ありがとう、マホロアさん」
どうやらこの話はここで完結したようだ。マホロアはポケットから星の模様のスマホカバーが使われているスマホを取り出すと、画面を操作し始めた。今言った注文を行っているのだろう。
「ヨシ、これで注文完了!それでなんだケド、ケーキの完成と目的地までの距離と時間を考えるト、明日出発しないと間に合わないんだヨネ」
「え、そうなの?それじゃあミトさんに言っておかないと。ちょっと言ってくるね」
そういうとゴンさんは立ち上がってドアから出ていった。ドアが閉まるのを見届けると、マホロアは黒竹の方へと向き直った。
「ア、そうだ。黒竹クンにコレ、渡しとくネ」
マホロアが何もない空間に手をかざすと、そこから空間に波紋が広がり一冊の本が出てきた。その本が半分ほど姿を見せた状態でマホロアが空間から引っ張り出した。
「……魔術ってスゲー」
「
「あー確かに。持ち歩きとか便利だしな」
「事実助かってるヨ。重要なモノを落とすコトもないしネ。はいコレ」
取り出した本を黒竹に渡すと、黒竹はその本の表紙を見る。そこには【ケミー図鑑 これでキミもケミーとガッチャ!】と言うなんとも奇抜なタイトルだった。背表紙を見ると著者は【
「【一ノ瀬 宝太郎】…。この人がこの本を?」
「そうダヨ。ちなみに、カードをくれたノモそのヒト」
「へぇ…」
「暇なトキに読んでネ。じゃないと貰った意味がナイからサ」
「あぁ。ちゃんと読むよ」
「デモ、明日以降ネ。まだゴンさんにボられて一日も経ってないからダメージが残ってるだろうシ、寝て回復シナ」
「まぁ…うん。そうする」
「それじゃあマタ明日ネ。ボクはマダやることがあるからサ。ソレジャ」
一言挨拶すると、マホロアは手を振りながらゴンさんと同じ扉から出ていった。それを見送ると、黒竹はケミー図鑑を枕の隣に置き、未だに寝ているクロスの頭を撫で「コ~ン…」という鳴き声を盛れてきた。
黒竹は、マホロアの言葉を肯定したが、実はゴンさんにボられたダメージなど、ほとんど残っていなかった。
「―――」
黒竹は自身の拳を開閉し、腹をさすって痛みを確認するが、先ほどのような痛みはない。むしろどんどん治ってきている気がする。だが、黒竹はソレが異常なことであると分かっていた。
黒竹は『念』と言う特別な技術を習得して人間離れした力を手に入れたことは自覚している。だからと言って、ゴンさんにボられて1日も経っていないのにこの回復力は不自然すぎる。自分の体だというのに、分からない。
「ゴンさんにボられて、一日経たずに回復って、あり得ないだろ…」
一言で言えば、ゴンさんは異常なまでに強い。それは見た目から既に分かっていたことだが実際にその力を目の当たりにしたときに確信はさらに強くなった。そんなゴンさんにボられてからの回復スピードが異常なまでに早すぎるのはあり得ない。ゴンさんの見た目(二m越えムキムキ、天を衝く髪)と年齢(13歳)が反比例しているのもおかしいが。
「“強化系”の回復力?いや、そもそも俺は“放出系”だぞ…」
“強化系”の能力者は戦闘において最もバランスのいい系統だ。攻め、守り、癒しの全てを効率よく強化できるのが“強化系”。自信の系統が“放出系”の黒竹は“強化系”と相性がいいとはいえソレでもこの異常な回復力の説明ができない。
「“強化系”……」
“強化系”の能力者、ソレを思って真っ先に思い浮かんで視界に映ったのが、クロスだ。クロスは強化系の能力者。それに加えて習得も覚えも早い。それがケミーの特性なのかは分からないが、それでもすごい。だが、クロスの力が自分にも影響を及ぼした。そんなこと、あり得るのだろうか。―――結論は、あり得る。
(コイツの『纏』が俺と連動したように…コイツの“強化系”能力が連動してたら…一応、辻褄は合う)
実際、気絶して起きた際には痛かったはずの腹部の痛みが、急激に収まっている。そのタイミングは、クロスが自身の膝を枕にして寝始めたときから。最初に戻れば、黒竹が目覚めたときはクロスと密着した状態だった。それが、急激な回復の要因だとしたら?
「……考えれば考えるほど、謎が増えるな…」
「コ~ン…」
「……ま、そうだったらちゃんと寝れば治るか…」
黒竹はこの現状を思いのほか早く受け入れ、クロスを持ち上げて共に横になる。
「コォン…?」
その行動で流石のクロスも起きたが、目の前に黒竹の顔があることが分かるとすぐに目を閉じて再び寝始めた。そして、黒竹も眠りにつくのであった。
「ねぇ、俺が寝れないから移動してくれない?」
「わっぷ!」
「コン!」
ちなみにこの後、ゴンさんの声で起きた二人(一人と一匹)はゴンさんの真顔を見て衝撃のあまり完全に目が覚めてしまった。黒竹が寝ていたベットは、ゴンさんのものだった。
* * * * * * * *
「――――ナニコレ?」
「コォン…」
朝。ついに旅立ちの日が来た。マホロア、ゴンさん、ミトさんとともに朝食を食べ、島の港へと来ていた。そこにはマホロア所有のエンジン付きボートが海に浮かんでいた。室内にはソファーやテレビ、マップなどがありかなり設備が充実していることが伺えた。
二か月間お世話になったミトさんに別れの挨拶を告げたあと(ちなみにマホロアがミトさんに菓子折りを渡していた)、ミトさんとゴンさんの曾祖母、島の住民たちから見送られて海へと出ていた。どうやらこの船である程度移動した後にローアに移動するらしい。ちなみに運転はマホロアである。
そして海に揺られながらクロスとともに10分ほどで終わる船内探索をしている最中に、とあるものを見つけた。
人一人入る大きな麻袋に詰められてその中で激しく
そして最初の言葉に戻る。
「いや……マジでナニコレ」
「ム゛~!!ム゛~!!」
「中になにかいるな…」
「コォン…」
麻袋の中身が外に誰かいることを認識したためか、より一層動きが激しくなり声が聞こえてくる。確実に助けを求めているパターンだ。
「――――」
黒竹は恐る恐る、麻袋の口の部分に手を触れ、まるで危険物に触れるかのような慎重さでゆっくりと口を開けていった。口が緩くなり、黒竹はソレを、ゆっくりと開いた。
―――そこには…
「ム゛~!!ム゛~!!ム゛ム゛~~!!」
「……誰ですか?」
パーマっぽい銀髪に、頭に猫の耳が生えた謎の女性が涙目になりながら
黒竹は戸惑いながらもそれに従い、女性の猿轡を外した。
「プハァ~!!た、助かった~!!」
「えぇ…?」
「キ、キミ!誰だか知らないけど今すぐ!今すぐにボクをここから解放してくれ!!」
「え、あの、え?」
「早く!早くしないとあの悪魔が!!」
「ダ~レが悪魔ダッテ?」
「ヒィ!!」
女性の小さな悲鳴とともに、黒竹とクロスは後ろを振り返った。そこには、満面の笑みのマホロア(人間態)がいた。マホロアは笑みを崩さず、黒竹たちの方へゆっくり歩いてくる。
「黒竹クン。クロス君。駄目ジャないか、ソノ子を
「……マホロア。お前……なんだコレは?」
黒竹は、マホロアに対してトーンを低くして喋る。目の前にいる捕縛された女性、そしてその場所はマホロア保有の船の上。さらに、この状況で不適に笑うマホロア。関係ないと思う方がおかしかった。
「ナニって……昨日の用事ダヨ。昨日ネ、ソノ子を捕まえるタメに外してたんダァ」
「
ノータイムで放った一言。それはとても恐ろしい一言。スケープゴートに使うために攫った女性、だが、一体なんのために?
「……まさか俺に、犯罪の片棒担がせようとしてんじゃないだろうな…?」
「マサカ!そんなことするワケないじゃないカ!」
「じゃあ、スケープゴート……生贄なんて穏やかじゃねぇ利用目的をもって攫ったコイツを、どう使うつもりだ?」
「黒竹クン!彼女はネ、黒竹クンを守るタメに
「―――?」
マホロアの言葉の意味が分からない。守るために攫った?自分を、守るために?言葉の意味が全然分からない。何故自分を守るためにこの女性が犠牲になる必要があるのだろうか。その疑問を自身の中で反芻しながらマホロアへの警戒を怠らなかったが――その次の瞬間、マホロアの背面からどす黒い漆黒のオーラが漏れ出た
「―――ッ!!!」
「コォン…!」
そのオーラを浴びて黒竹とクロスが感じたのは、心臓を鷲掴みどころか握りつぶされたかのような感覚だった。その剣呑なオーラを浴びて黒竹とクロスは体が硬直し、全身から冷や汗が止まらない。
目の前にいるマホロアは終始笑顔のままだ。その笑顔から、とんでもない威圧を感じる。だが、分かる。このオーラは、マホロアのものじゃない。
「ホラ、来たみたいダヨ?」
「ヒィ…!!」
マホロアが横に体を退けると、そこには体全体を漆黒のオーラに纏わせたゴンさんの姿だった。漆黒の体に、穴のような光の瞳が黒竹とクロスの後ろにいる女性を、確実に捉えていた。
ゴンさんはゆっくりとこちらに向かってきながら、低い声で宣言した。
「ニャアアアアアア!!お願い!助けて!!」
「あ、どうぞどうぞ」
「こ、この裏切者!薄情者ォオオオオオオ!!!」
黒竹、即座に女性を裏切る。それはクロスも同様だった。二人ともゴンさんに殺されかけた経験がある以上、女性を助ける理由が消滅した。ここでゴンさんに反抗すれば待っているのは確実な『ボ』。もう二度とボられたくない黒竹たちからすれば、女性と『ボ』、どっちの天秤を傾けるかは明白であった。
「テ、
女性がなにか言いかける前に一瞬で移動していたゴンさんによってボられた。黒竹とクロスは、空中に舞った女性をただただ見上げることしかできなかった。あぁ、まるで日食のように女性と太陽が重なって――
「さい しょ は グー… ジャン ケン グー!!」
ゴンさんの拳が女性の顔面に直撃した瞬間、空間が爆ぜ、音が置き去りにされた。
* * * * * * * *
――東京都 某所 とある学校にて
「おはよう
「おはよう
毛先にかけて橙色のグラデーションがかった金髪が特徴的な男子生徒が大きな声で、仲間に声を掛ける。その大きな声で気づいた紫に水色のメッシュが入った頭髪が特徴的な青年が挨拶をし返す。
「そういえば、もうそろそろ司君の誕生日だったよね?」
「おお!覚えていてくれたのか!やはり、俺が日々輝いているという何よりの証拠だな!!」
そう自身満々に言い放つ彼は、学校の敷地内――他の生徒がいる前で堂々と決めポーズをする。だが、周りの生徒は「またかー」みたいな表情で通り過ぎていく。
「ふふっ。プレゼントはなにがいいかなぁ…?」
「おおプレゼントか!楽しみにしているぞ!」
「あぁ。任せてくれたまえ。とびっきりのプレゼントを用意しておくからね…フフッ」
「類、笑顔がちょっと怖いぞ…?」
プレゼントに悩む彼だが、その顔はどう考えても悩んでいる顔には見えず、むしろ嬉々としている顔だ。そんな会話を広げながら、二人は玄関へと足を進めていく――。
だが、二人は知らない。
そしてここの全ての生徒は知らない。
放課後、死にも等しい体験をすることを。
次回、あんまり深い意味はない【プロセカ編】
【プロジェクトセカイ】について知らない人に簡潔に説明すると、音ゲーの世界にゴンさんが
波乱の予感しかしない次回!黒竹の運命は薬局で胃薬を買うことが決定している!頑張れ黒竹!血反吐を吐いてでも!ピトーよりはマシだ!
ネタバレ、あえてね。