夢を見た。
十字架に磔にされる夢だ。
両手両足はロープで固定され動かす事が出来ない。
なんとか抜け出せないかと腕や足に力を込めてみようとするが、何故だか力が入らなかった。
ここは何処だろう。いつの間に縛られたんだろう。
そんな事を考えながら色々と試していると、何処からか怒りに満ちあふれてた声が聞えてきた。
「裁きを受けろ魔女め!」
同時に何かが私の下に落下する。
その何かを私が認識して直ぐに地面にぶつかると、私の体は大きな炎に包まれた。。
「いやあああああっ!!!!」
それは火炎瓶だった。
服や髪、翼といった燃えやすい場所が激しく燃え上がる。
それを皮切りに皮膚はみるみると焦がされ、身につけている金属は熱を帯び始め焼印が身体に刻まれていく。
夢の中の私には、これが夢だと自覚なんて無くて。
見るたび私は、泣きたくなる程辛くて、耐えられないような痛みを感じてしまう。
「だ、誰か…誰か助けて…」
死にたくない。その一心で私は何度も叫んだ。枯れる程声を上げて。
何度叫んだだろうか、その回数すら忘れた頃だった。
「あははははっ」
嘲笑うような甲高い笑い声が聞えてきた。
私が苦しむ姿がそんなに面白いのか、愉快そうに笑う少女の声だ。少女の笑い声は暫く続いていたのだが、ゆっくりと喉を絞められているような気味の悪い声に変化していく。
気がつくと、笑い声は私の横や後ろからも聞えてきていた。
それは複数に重なり合い、調律の乱れた演奏のようだ。
私は怖くて目を閉じていたが、恐る恐る目を開いた。
あぁ、やっぱり……あの子達だ。
私を慕い、敬い、信頼してくれていた可愛い私の後輩や元クラスメイトたち。
「よくも騙してくれたわね! この魔女」
「早く死ね!」
「あんたのせいで……絶対に許さない」
「あ……あぁ……」
私のせいで彼女たちは苦しんだ。
辛かっただろう。憎んだだろう。
もう一緒に笑いあう事は無いのだろう。
その気持ちから逃げ出そうなんて。都合がよすぎる話だ。
この炎を。罪を受け入れ私は消えるべきなんだ。
「みん……な、ごめ……ん……ごめんね」
再び目を閉じる。もう疲れた。
これ以上生きていても仕方がないじゃないか。
そう思って全てを捨てようと思っていた時、光る何かが私に声をかけてきた。
「ミカ」
「だ……誰?」
「私だよ」
「せ……せんせ、い?」
「君は一人じゃない。だから――」
そこで私の意識は途切れた。
▽
『先生おはよー☆』
『どうしたの?』
『なんだか、先生に会いたいなーって思ってさ。今日の午後って空いてるかな?』
『ごめん、今日は忙しくて』
『あー……ううん!気にしないで』
『忙しいのにごめんね先生。また今度』
「はぁー…」
ベットに腰掛け、ため息を吐いた。
息は白い霧となり一瞬で消えたが、このモヤモヤとした気持ちは一向に消えそうにない。
「また、今日も見ちゃったなぁ……」
最近、私はある夢に悩まされていた。
私を慕ってくれていた子達から断罪されてしまうというもので……まさに悪夢だ。
ほぼ毎日見るこの夢で私は何度も処刑され、そして目が覚める。
当然迎える朝は最悪そのもので疲労が取れる事は無く常に寝不足だ。
「我ながらいじわるな夢を見せてくれるよ……」
自身に悪態をつきながら、桶を持って廊下に出る。悪夢のせいで大量にかく寝汗を拭くためだ。
本当はお風呂に入って隅々まで洗いたい所だが、今の私にそれは許されない行為だ。
桶に水を張らせて、急ぎ足で部屋に戻る。
季節的にはお湯を使いたいが、この寮は古い建造物で給湯器は1Fにあるお風呂場にしか存在せず入室出来る時間も制限されているので水しか使えない。
寝間着を脱いで濡らしたタオルを身体に滑らせる。
「ひゃっ、やっぱり冷たい……」
冷たいのは最初だけ。
脇や胸元、それから首、次に腕、足――
下着を付けている部分は特に蒸れやすい。ブラジャーの下からタオルを這わせて丁寧に拭いていくと、先ほどまであった気持ち悪さが消えていく。
「フンフン~♪」
少し気分が落ち着いてきた。
ベッドに置いていたスマホを拾って画面を開くと、先生とのトーク画面が映った。
最新のメッセージは私で終わったままだ。既読はついている。
「先生……今日も駄目なら次いつ会えるの?」
都合の良い日を教えて欲しい。
それがわかるだけで心持ちが違うから。
でもしつこい連絡は嫌われる可能性があるので我慢する。
「そうえば最後、先生は私に何て言ってくれているんだろう」
悪夢を見た時、最後に必ず先生が現れるのだ。
そして最後に何かを言いかけるが、それを聞き届ける前に私は目覚めてしまう。
きっと私に何か伝えたい事があるのだろう。
先生の事だ、夢の中でも私を助けてくれようとしているのかな。
「ふふっ…」
『私の大切な"お姫様"に何してるの!!』
あの時の言葉を思い出す。
私の立場はエデン条約の一件で大きく変わった。
裏切り行為に加えセイアちゃんへの殺人未遂……本来であればまだ在学している事が不思議なくらいだ。
全てが裏面に出て自暴自棄になりかけていた私を絶望的な状況から助け出してくれた。
私の王子様――
もう一度モモトークを開いて更新をかける。
内容は一向に変わらない。胸が締め付けられる。
今すぐ先生に会いたい。顔が見たい。話たい。抱きしめられたい。
欲望が膨んでいく。
先生が私に罪を償えと言うのならどんな罰でも喜んで受け入よう。
セイアちゃんと仲良くしろというのなら喜んで従おう。
いじめを受けても我慢して見せよう。
「私、先生以外何も要らないよ。だから――」
時計を見ると登校時間が迫っていた。
「……そろそろ準備しなきゃ。」
冷えた身体に鞭を打って制服に袖を通した。
寮から学園まではそう遠くない。
出発してから10分もしない内に私は校舎に着いた。
そのままクラスまで歩いて自分席に座ると、ヒソヒソと周りがこちらを向いて話始めた。
また始まった。飽きないなぁ……
「うわっ魔女だ」
「裏切り者が何でまだこの学園にいるのよ」
「よく登校出来ますわね。やはり頭がおかしいのかしら」
皆、ニタニタと笑みを浮かべ、私に聞こえるか聞こえないか程の声量で話している。
好きに言わせてあげる。
ううん、違う……。
私は否定出来る立場には無いのだから、好きに言ってください。が正解かな?
思わず自傷的な笑みがこぼれ手で口元を隠した。
「ねぇ…何笑ってんの?」
頭に水を浴びせられた。
これで4回目……。
私がやり返して来ないと理解した彼女達は、日に日に行動がエスカレートしきてきていて、この間はノートを切り刻まれた。
黙ってびしょびしょになった服と机を拭く為に席を立つ。
「あれれ~?聖園さ~んwこんなに濡れちゃってどうしたんですかぁ?ここ。トイレじゃないですよww?」
「うわ~wきったね~ww」
「本当に汚らわしい…同じトリニティの生徒とは思われたくないですわ」
気にしちゃだめだ。
何も考えるな。
これは私への罰なんだから……。
いつからか強く握りしめていた拳をゆっくり開いて、大きく深呼吸する。
それから心を無にして掃除用ロッカーから雑巾を取り出した私は周りからの辛辣な視線や言葉を無視して拭き取りる事に専念した。
▽
私は放課後になると学園を飛び出てシャーレに向かって歩き出していた。
『今日は忙しくて会えない』
先生はそういっていたはずなのに。
「何してるんだろう…私」
一目だけでも、先生に会いたい。
そう思うと足が勝手に動いてしまうのだ。
無理に会おうとしている事への罪悪感が浮かんでくるが、それ以上に先生に会える喜びが勝ってしまう。
「先生…先生、先生、先生!」
段々と感情が抑えきれなくなって、気がつけば駆け出していた。
先生に会える。会えばきっと解決する。
今にも爆発しそうな黒い感情も、先生への思いも何もかも。
先生なら私を理解してくれるはず。
だって先生は私の王子様なんだから――
シャーレの建物が見えてきた。
もう少しで会える。
さっきから胸が高鳴ってうるさくて仕方が無い。
大通りを渡る。クラクションを気にする余裕はない。
シャーレに入りボタンを押してエレベーターを待つ。
エレベーターが下にゆっくり降りてくるのがじれったくてイライラしてしまう。
落ち着け……。落ち着け……。
深く息を吸って落ち着かせる。
待ち時間に、横の壁に貼ってある鏡を覗いてみると、制服が乱れていた。
「おっと、危ない危ない…」
王子様に会うんだから、身だしなみはきちんとしないと。
ポケットからハンカチを取り出し汗を拭いて、寄れた制服を直す。
それから、くるりとその場で回ってみる。
良し、問題なさそう。
着いたエレベーターに乗って執務室まで私は進んで、勢いよく扉を開けた。
「先生、やっほー☆」
「えっミカっ!?」
「ふふっ我慢できなくてきちゃった! 驚いた?」
先生は私がいきなり現れたからか、とても驚いた顔をしていた。
その表情が面白くて思わず笑ってしまう。
先生も驚いたりするんだ。でもそうだよね。こんな可愛い女の子がいきなり現れたんだもん。
動揺しちゃうよね。
でも先生が悪いんだよ?私を散々ほったらかして。
ちょっとでも先生からご褒美もらわないと割に合わないんだから。
その勢いのまま先生の机まで私は駆け寄って腕に抱きつく。
「先生に会ってずっと話したかったのに、全然会えないんだもん☆ だから来ちゃった! ちょっとでいいからお話しよ☆」
「確かに最近会えて無かったよね……でも、ごめん。私もミカと話したいんだけど、最近特に忙しくて他の子達にも会えてない状況なんだ。落ち着いたら必ず連絡するから……また今度でもいいかな」
「あ……そ、う……だったんだ。……ごめんなさい先生」
先ほどまでの熱が一気に冷めていく。
またやってしまった。自分の気持ちを優先して、先生を困らせた。
いつもそうだ。身勝手に動き回って、かき回して、暴走して。
それで一度全てを失いかけたはずなのに――
「本当にごめんなさい先生、私……」
「ミカ、ありがとう」
「えっ……?」
「ずっとミカは元気でやれてるかなって心配してたんだ。メッセージで会話するのと会うのとじゃ全然違うからね。だから顔を見れて嬉しいんだ。わざわざ来てくれてありがとう」
「……先生」
そう言って先生は私の頭を優しく撫でてくれた。
やっぱり先生はずるい。
こんなバカな私に、いつも優しい言葉をかけてくれる。
冷え切っていた心が一瞬にして溶けてまた温かくなった。
どうしてそんなに優しいの?
そんなに優しくされると私、先生から抜け出せなくなっちゃうよ。
「そうだ、せっかくだから何か飲んでいきなよ。って言ってもコーヒーしか出せないけど」
「……うん、色々ありがとうせんせ――」
「話している所すいませんっ! 先生そろそろ仕事に戻ってください!」
突然真後ろから悲鳴のような声が聞こえてきた。
見ると、今日のシャーレ当番であろう少女が必死にパソコンに何かを打ち込んでいた。
制服を見るにトリニティの生徒のようだ。
「ごめんね、今すぐ戻るよ。ミカ、すまないが自分で淹れられるか?」
「う、うん。大丈夫…だよ」
先生はコーヒーメーカーの場所を教えてくれた後、直ぐに仕事に戻ってしまった。
私はコーヒーを注いでソファーに座り少しだけ口に含んでみる。……やっぱり苦い。
砂糖とミルクは置いてあった。けど、私はしたくなかった。
だって先生の机に置かれたコーヒーの色は明らかにブラックだったから。だから我慢して飲む。
マグカップに唇を付けては離すを繰り返し、ちびちびと呑んで、その度――
これが先生の味か。なんて、想像してみる。
マグカップと前髪の隙間から覗く先生は黙々と資料と睨めっこしてはパソコンに打ち込んだり、当番の子と何かを確認しあってる。
対面で見るフランクな先生も好きだけど、真剣に仕事に取り組んでる先生はいつもと違って見えてカッコよくて――
「……ホントにずるいよ先生」
コーヒーを飲み終えた私はそっと退出する事にした。
本当は先生をもっと見ていたいけど邪魔にはなりたくないから。
私、先生のおかげで明日も頑張れそうだよ。
立ち上がってそっと歩き出した時、当番の子が声を出した。
「先生、この資料についてお聞きしたいのですが……」
「うん、どれかな」
「はい。これなんですけど、もう少し予算が――」
話し込んでいる2人を私はじっと見つめていた。
私に出来る事なら協力してあげたい。何だかんだ言って私、ティーパーティーだし……今は形式だけだけど。
今からでも私も混ざって一緒に仕事すればもっと先生と一緒に居られるし、効率も上がって先生もきっと喜んで――
……なーんてね。
当番の子からすれば私は”裏切り者の魔女”だ。
だってさっきから私に反応しないのが答えなんだから。
……何で今日に限ってトリニティの生徒なんだろ。
別の学校だったら……。
私。
――私だって。
――――私だって先生の力になれるのに。
右手に作った握り拳を抑えながら、私はそっと執務室を後にした。