それからよくモブ子ちゃんと私は会うようになった。
学年は2つ離れているが、趣味も似ていたので一気に仲良くなっていった。
あの日を境に夢も見なくなってきていて、段々と昔の自分を取り戻しつつある。
「今日の家庭科の授業でミシンを始めて使ったんですけど、難しくて何度も糸が絡まっちゃいまして……」
「わぁ~懐かしいな。私もその授業苦手で、ナギちゃんに頼んでやってもらおうとしたの。でも実はナギちゃんも苦手だったみたいで――」
「あはははっ、あのナギサ先輩がそんな……ぷぷ」
「ふふっ、その後大変だったんだよ?でも二人で沢山練習してね――」
他愛も無い会話が楽しくて心地よい。
モブ子ちゃんはよく笑う子で、一緒にいるとこっちも楽しくなる。
先生、私素敵な子と友達になれたよ。
「そう言えば前から気になってたんだけど、モブ子ちゃんが付けてるそのブレスレット可愛いよね。どこで買ったの?」
「こ、これですか?」
モブ子ちゃんの身に着けていたブレスレットはカラフルな彩りでありながら主張しすぎない色合いをした5つの花弁の形をした見事なものだった。
「とっても綺麗……きっと高かったでしょ?」
「いえ、その。これ、実は私の自作で……」
「えっ、これモブ子ちゃんの自作⁉」
「は、はいっ実は私、アクセサリーを集めるのも大好きなんですが、作ったりもしていて……あはは、変ですよね」
「そんなわけ無いっ凄いよモブ子ちゃん! 私、こんな素敵なブレスレット初めてみた」
「本当ですか?」
「そうだっ、良かったら今度私にも作ってくれないかな?」
「えええっ、私がミカ先輩のをですか⁉」
「うんっ、モブ子ちゃんが良ければだけど……ダメ、かなぁ?」
「いえ、是非作らせてください! ミカ先輩の為に寝る間も惜まず作ってみせます!」
「あはは……そこまでしなくてはいいよ?」
そこまで意気込まなくても、と言う私にモブ子ちゃんは最高傑作を作って見せます! と意気込んで両腕を上げて見せた。すると、袖が捲れて何かが見えた。
「……あれ、モブ子ちゃんその腕どうしたの?」
それは包帯だった。
こんなもの、前からしていただろうか。
肘から肩にかけて続いて巻かれているようだ。
「大丈夫? どこかでぶつけたりし」
「なんでもないですっ!」
悲鳴のような声で私の質問はかき消された。
辺りが静まり返る。
環境音すらしなくなったかのようだった。
それから暫く沈黙が続いて、モブ子ちゃんはしゃがみ込んでしまった。
どうやら、触れてはいけないものに触れてしまったようだ。
「モブ子ちゃん……その、ごめ」
「すいません、私そろそろ教室に戻りますねっ」
「あっ、待って……」
「失礼します」
そう言って彼女は走って行ってしまった。
風がその場に吹く。刺されるような冷たさだった。
恐らく私は選択肢を間違えてしまったみたいだ。
どうしよう、今からでも追いかけるべきか。
だが追いかけて何て声をかければいい。
迷っていると、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴りだした。
「明日も、会えるよね……」
そう信じて私は教室に歩き出した。
人には触れてほしくない部分が必ずある。私はきっとそこに触れてしまったのだろう。
次に会ったら必ず謝らないと。
肩を抱きしめ歩く廊下は、静かで暗くて、とても寒かった。
▽
朝、私は鏡と格闘していた。
今日は待ちに待った先生とのデートの日だ。
早朝4時には目を覚まし、パックをして髪をとかしてウェーブを作る。
この日の為に服を買い化粧品も流行ものを取り寄せた。
あと、万が一に備えて可愛い下着も買ってある。
全体的に値は張ったが、妥協は許されないのだ。
後ろ髪を持ち上げてお気に入りの香水を振っていく。
このクリスタル硝子の容器に入った香水は毎日のように通った香水店で念入りに調べて購入した一品で、少女から大人の女性へと引き上げてくれる魔法のアイテムだ。
イヤリングを取り付けてシェルピンクのネイルを薄く塗る。
「ふんふふふーん」
鼻歌を歌いながらメイクしていてく。
寮の壁が薄いのは理解しているがこの高鳴りを抑えておく事が出来ない。
今日だけだから、ごめん許してね。
白のコートを羽織って鏡の前で回転してみると、翼に着けたアクセサリーがしゃらんと鳴った。
背中の羽も何度もブラッシングしてあるので毛並みは完璧だ。
最後に鏡に笑って見せる。
「うん、バッチリ」
スマホを開いてみると、先生とのトークが映った。
先生からの『私も楽しみにしているよ』のメッセージで止まっている。
スライドして一つ戻ると先生の下にモブ子ちゃんの名前が出てきた。
「モブ子ちゃん……」
あれから、モブ子ちゃんと会う機会が少なくなっていった。
会っても常に何かを隠しているような表情をしていて、聞いても教えてくれない。
どうにか私も力になりたかったが、この間のように強く断られてしまうかもしれないと思うと怖くて言い出せなかった。
画面を閉じて時計を見る。まだ9時のようだ。
今から出発しても、約束の1時間以上前に着いてしまうだろう。
でも私は、じっとしていられなくなって早めに隣町へ向かう事にした。
▽
「やぁ、ミカ」
「ふぇっ? なんで先生がここに……。まだ集合時間じゃないよね」
「ミカなら早く来ると思ってたんだ。こんな寒い日にお姫様を待たせるわけにはいかないでしょ?」
「うぅ、またそんな事ばっか言って……。こんな事ならもっと早く来れば良かった」
「あははっ、でも丁度よかった。私も実はさっき来たばっかりなんだ。お互タイミングバッチリだね」
そいって笑う先生の耳や手は少しだが赤くなっていた。
きっともっと前から待ってくれていたのだろう。
大人ってずるいよ。
私が必死に背伸びしてるのに、全然追いつけないんだもん。
「そういえば、今日は制服じゃないんだね」
「うん、だって先生と久しぶりに会うしデートだと思ったら嬉しくて。だから今日の為に服も買って美容室も行って、ネイルもしてそれから……あっ、ごめん先生。重いよね」
やっちゃった。
私、また一人で勝手に盛り上がって。
先生引いちゃってるよ……。
「そんな事ないよ。凄く似合ってる」
「……本当?」
「嘘なわけない。本当だよ、今日はいつもの何倍も可愛い。別人みたいだ」
そう言うと先生は優しく頭を撫でてくれた。
…ずるい。
本当にずるいよ先生。
私が言って欲しかった言葉、知ってたみたいに当てちゃうんだもん。
そしてその度に。
先生を好きになって良かったって思わせてくれる。
「ありがとう……」
好き。
「ん、何か言った?」
「な、何でもない! それより早く行こうっ」
それから私達はショッピングを楽しんだ。
二人で歩くショッピングモールは何もかもが新鮮で幸せな時間で、あっという間に日が落ちて、近くのイタリアンで夕食を取る事にした。
「ここのパスタすっごく美味しい~!」
「喜んでもらえて良かったよ。この店、実はナギサから教えてもらってね、たまに息抜きで来るんだ」
「ふ、ふ~ん、ナギちゃんに……そうなんだ」
確かに美味しかった。
雰囲気も良いし、先生のお気に入りのお店にお呼ばれして幸せだ。
でも、私よりも先にナギちゃんとご飯に行ってた事実にモヤモヤしてしまう。
あとナギちゃんの事は私も好きだけど、デート中に他の子の名前を先生から聞きたくない。
ごめんね先生、私やっぱり重い女だよね。
「ところで、話は変わるんだけど……学校生活は大丈夫?」
「えっ……?」
ドキッとした。
色々な記憶がフラッシュバックする。
何て答えたらいいのだろうか。
正直に言えば辛い。
だが、先生を心配させたくないのも本音だ。
「急にどうしたの先生?」
「……実は、最近ミカに関する噂話が他の学校にまで出回っているらしくてさ」
「何……それ」
「内容は噓と事実を織り交ぜた極めて悪質な記事がベースとなっているみたいで、わかる人には間違っていると直ぐにわかってしまうチープなものらしい。現在ティーパーティーや正義実行委員会が必死に調査中している最中なんだ。私も犯人特定の為に動いているんだけど、昨日の夜シャーレの郵便ポストにこれが入っていた」
そう言って先生が取り出したものは折りたたまれた1枚の紙だった。
思わず呼吸が止まる。
何故ならその紙は見覚えのある記事だったからで。
「そ、その記事は……」
私が先生を利用する。
もし、先生がそれを信じたら、絶対に嫌われる。
そしたらもう一緒にいられなくなる……?
やだ。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!!
「私先生をだまそうなんて思ってないっ! 本当に私は先生の事が大好きで一緒に居たくているのに! 信じて先生‼ あんな奴らに騙されないで‼」
「ミカ! 落ち着いてくれっ! 大丈夫、大丈夫だ……」
気がついたら、私はパニックになってしまっていた。
勢いよく立ち上がったために皿が落ち、割れた破片が床に散乱する。
感情の蓋が壊れたかのように噴き出して、先生に嫌われたくなくて、必死に弁明した。
私が世界に残した傷跡はいつ癒えるのだろう。
いつまで堪えていればいいのだろう。
必死に抱きしめてくれる先生を無視して私はその場で泣き崩れた。
▽
暫く先生に抱きしめてられていた私が冷静になった後、先生と一緒にお店に謝罪して外に出る事にした。
きっと先生はもう、あの店には行けないだろう。
私のせいで……。
「……ミカ、落ち着いた?」
「ごめんなさい先生、私……」
「ミカのせいじゃない。私がもっと気を配っていれば……」
謝らないで先生。
もとはと言えば私があんな事したのが原因なんだから。
これは私が罪を精算する為の贖罪だ。
私が耐えて。耐えて。耐え続ければ解決する話なんだから。
先生に落ち度なんてあるわけない。
「……ミカ」
「あーあ。沢山準備してきたのに涙でメイクぼろぼろ……お店にも迷惑かけちゃったし、今日はもう帰るね」
「待ってくれ!」
「ごめんね先生、一人になりたいの……」
そう言って私は振り向かずに歩き出した。
これ以上先生に迷惑はかけられない。
会うのも今日が最後にしよう。
学園も退学して、全部捨てて旅にでもでよう。
昔読んだ絵本みたいでいいじゃないか。
悪い魔女はこうして居なくなりましたとさ……ってね。
でも、もし……もし何かが違っていればきっと――
「あーあ。お姫様になりたかったなぁ……」
▽
昨日先生と別れてから先を覚えてない。
ただ、自室の天井が見えるので恐らく無事帰ってきたのだろう。
いつも通り身体清めて、制服に着替える。
「ふぅ、今日でこれも見納めか」
正直このまま荷物を持って何も言わずに去ってもいい。
ただ最後に、お世話になったモブ子ちゃんに感謝を伝えるべきだと思ったのだ。
そう決めて学園に行くことにした。
行くと言ってもモブ子ちゃんと話すだけだ。授業は受けず、そのまま帰る。
そして荷物を持ってキヴォトスを去るのだ。
もう戻る事は無いだろう。
そう思うと気持ちが楽になってきた。
「よし、少し早いけど出発しよう」
寮を後にして学園まで歩いていく。
まだ早朝という事もあり、生徒の数はいつもの時間帯より大分少なかった。
私は教室へ向かわず食堂横にある休憩スペースに歩いて行く。
ここはモブ子ちゃんと会った日から、毎日のように一緒に話をしていた場所で、きっと私がここにいたら彼女も来てくれるだろう。
そう願いを込めて。
食堂入口を過ぎた時、休憩スペース付近から話し声が聞えてきた。
3,4人くらいだろうか。
今日はモブ子ちゃん以外の生徒と話したくないので隠れて覗いてみると、そこにはモブ子ちゃんを含む生徒達がいた。
「何で魔女の手先がここにいるのかしら?」
「そうよ、汚らわしいから早く消えなさい」
どうやらモブ子ちゃんも私に会うために待っていてくれたようだった。
だが、私と一緒にいる事でモブ子ちゃんにも被害が出ているようだ。
胸が痛くて仕方がない。
「ここはトリニティの生徒なら誰でも使える筈です。貴方達に邪魔される筋合いはありません」
「うるさい、手先の癖にっ!」
「きゃぁっ」
「この間みたいに、殴られたいの?」
強気に出たモブ子ちゃんに彼女たちは平手打ちをかました。
許せない。それに、またって……。
以前のモブ子ちゃんの包帯を思い出す。
もしかしてあの怪我はあいつらが……。
そう思った立ち上がった時、中の一人が口を開いた。
「ここで魔女を待ってるようだけど、あいつはもう来ないわよ」
その言葉を聞いて、足を止める。
モブ子ちゃんには悪いけど、何故そう言い切れるのかが気になるのだ。
「ど、どういう事」
「ふふっ、教えて欲しい? あいつ昨日、先生とデートしてたらしいんだけど、この間の記事の事が先生にばれちゃったらしくてさぁ……聞かれてどうなったと思う? あいつ店の中で発狂しちゃったの‼ あははははっ滑稽で笑っちゃうよねぇ」
なんでそれを知って――
昨日の記憶がフラッシュバックして、膝に力が入らず崩れ落ちてしまう。
「随分と詳しいみたいですね、まるでそうなると予想してたみたい」
「あはっ、やっぱりわかる? だって……先生にその記事を送ったのは私だもの」
「っ⁉」
「なんですって」
「私はねぇ……あんな事件を起こしといて、のうのうとまだ学園の門を跨ぐ魔女を皆の代わりに成敗してあげてるの。感謝して欲しいくらいだわ」
「まさか、あの記事を書いたのもっ……‼」
「そう、私。本来あそこで魔女は消える予定だった。でもイレギュラーが発生しちゃってね……あんたのせいでっ」
「うぐっ」
「あんたのっ! せいでっ! 時間がっ! かかっちゃって! 大変だったのっ! よ
っ!」
彼女たちはモブ子ちゃんが背中を丸めて蹲っているのに漬け込み蹴りを入れ始めた。
今まで私に手を出さなかったのは反撃を恐れていたからだろう。
だがモブ子ちゃんは普通の一般生徒だ。力も学園内政治力も持ち合わせていない。
その光景を見て、堪えきれないような感情が押し寄せてきた。怒りだ。
今からあいつらを全員倒せば――
ダメだ。
ここで彼女たちを攻撃したら、ナギちゃんやセイアちゃん、そして先生にも迷惑がかかってしまう。
でもモブ子ちゃんをこのままになんて出来ない。
「どうしたら……私はどうしたらいいの?」
その時、モブ子ちゃんの服から何かが落ちた。
リング状のキラキラした何かで、主犯の一人がそれを拾い上げた。
「何かしら…これ」
「あぁ、返してっ! それはミカ先輩の為に作った大事なっ」
「そっかぁ~……でももう魔女はこの学園に居ないんだからぁ……いらないよね?」
「やめてっ! そんなに引っ張ったら……」
ぶちっ、っと切れる音がした。
それがブレスレットからしたのか、私からか、何もわからなくなって。
ずっと頭の中がぐちゃぐちゃで。
とりあえずあいつら全員に――
この感情をぶつける事が出来れば後はどうでも良いとしか考えられなくなった。
▽
「ねぇ……そこで何してるの?」
「なっ、何でお前がここに……」
「質問に答えて。ここで、モブ子ちゃんに、何をしてるのかなぁ」
「ひぃぃ」
「まずい、あいつキレてるぞ」
「み、皆落ち着きなさい。あいつは、私達に手出し出来ないわ。だって、あいつが手を出せば先生が」
彼女が言い終わる前に突然、鈍い音がその場一体に響いた。
同時に何かが壁に衝突する。
その勢いで壁は大きく凹み全体にヒビが入り凄まじい衝撃だった事を物語っていた。
「あっ……あが……」
「聞こえなかった? モブ子ちゃんに、何をしてるの、ってさ」
「に、逃げなきゃっ」
「ひぃぃ誰か助け」
「誰が逃げるって?」
一斉に逃げようと走り出す彼女達を先回りする。
逃がしてなるものか。
一番近い子の首を掴む。
「先生の前で発狂した私を見れて満足した? ねぇ、答えてよ」
「うぐぅ……あっ、かはっ……」
「やめてっ、それ以上したら死んじゃう!」
「じゃあ貴方に聞くね。満足した?」
「私は……そのっ、そう! 脅されて仕方がなくやっ」
再度鈍い音が木霊する。
耐久性を失った壁は脆く崩れ落ちた。
「ミカ、せんぱ……い」
「ごめんモブ子ちゃん……今、自分を抑えられそうにないの。このままだと貴方にも危害を加えちゃいそうで……。だからもう行くね。……ブレスレット作ってくれてありがとう。モブ子ちゃんに会えて私、幸せだったよ」
「ま、待って……せんぱ、い……」
私はモブ子ちゃんを置いてその場を後にした。
彼女は光の世界の住人だ。
闇に落ちた私と一緒にいたら、危険な目に合わせてしまう。
それにもう3人に手を出してしまった。後戻りなんて出来ない。
でもまだ怒りの熱は一向に収まりそうもなくて、全てぐちゃぐちゃにしてやりたくて……。
誰にぶつけてやろうか。
そうだ、私を虐めてきたクラスの子達にせっかくだからお別れを言ってあげよう。
私
そう思って教室へ歩き出した時だった――
「待ってくれ!」
気を抜いていた瞬間を狙ったのか、私は何者かに後ろから抱きしめられた。
早く振りほどかないと……。
そう思って力を込めようとするが何故か力が入らない。
くっ、どうして入らないの。
見知らぬ奴なんかに私が……いや違う。……知らない訳が無い。
だって。だってこの声は――
「先生、どうしてここに」
「昨日はあんな状態で帰してすまなかった! ……あの後ずっと考えてたんだ。何でもっと気にかけられなかったんだって。馬鹿だよな……大人になったつもりで余裕ぶって。自分の気持ちを押し殺してた」
「離して先生……。ダメ、だよ。こんな不良生徒抱きしめちゃ」
「……行かせない。行かせられるわけがない……」
「……そっか」
どうして離してくれないの。
私は、魔女なのに。
皆から恨まれる存在なのに。
私に生きる価値なんてないのに。
「今までごめん……こんな状態になるまで放っておいて」
「……うん」
「本当は前から知ってたんだ。ミカが学園で困ってるって……」
「……うん」
「今すぐにでも解決してあげたかった。でもトリニティは今不安定な状況で、一人の生徒に肩入れしすぎると怪しまれるんじゃないかと思って言い出せなかったんだ……」
「……」
ごめんなさい先生。
私の為にずっと悩んできたんだね。
でももう大丈夫だよ。
私が消えればもう悩まなくて済むはずだから。
「先生、私ね。あんな事件を起こしたのに皆のお陰でまだ学園に残っていいって言われた時、本当に嬉しかったの。何があっても頑張ろうって本気で思ってた。……でも今は違うの。学園に通うのが辛いんだ」
「……」
「水かけられたり、靴隠されたり、教科書捨てられたり……。でも、私絶対に泣いたり怒ったりしないの。だって、それが贖罪だから」
「……」
「我慢して我慢して我慢して我慢して……いつになるかわからないけど、許してもらえる日が来るんじゃないかって思って毎日過ごしてた」
「……」
「でも、もう限界がきちゃったみたい」
「……ミカ」
「ナギちゃん達には悪いけど、学園辞めるよ。だって、これ以上皆に……先生に迷惑かけたくないから」
私の言葉を聞いた先生の手はブルブルと震えていて、より一層力が増した。
痛いくらい抱きしめられて苦しいけれど、それぐらい思ってくれてると思うと嬉しく思えて。
やっと言えた。私の本音。
それも大好きな人に。
これ以上の幸せがあるのだろうか。
もう思い残すことなんて――
「ミカ、結婚しよう」
「ふぇ?」
ついに幻聴が聞えてくるようになったのだろうか。
もしかしてこの先生は幻なのか?
それか夢……?
突然の話に理解が追いつかなかった。
「えっと、先生……今何か言った?」
「ミカ、結婚しよう」
幻聴ではないみたいだ。
一度冷静になりたくて離れようとすると、再度先生の腕に力が入って抜け出せない。
「こんな時に冗談、言わないでよ」
「本心で言っているんだ」
「そんなわけない! だって先生、今までそんな素振り一度も見せてくれた事なんてなかったじゃん!」
「今まで突き放すような事してすまなかった。私は……ミカが好きだ。でも私は先生だ。生徒に手を出す事は出来ない。だからこの気持ちをずっと隠してきた」
「噓つきっ‼」
「うぐっ」
「離してっ、私はそんな言葉に騙されるほど子供じゃない!」
「噓なんかじゃない……私は」
「じゃあ証明してよ先生、私が好きだって。言っとくけど私、めちゃくちゃ重いから! 他の子と話すの禁止だし、連絡はマメにして欲しいし、スマっ――」
私の声は途中で何かにかき消された。
柔らかい何かに。
振りほどこうとしていた腕から力が抜けて一粒の涙が零れた。
まさか今も夢の中なのだろうか。
「これが私の答えだよ」
「なん、で……」
「噓なんかじゃない。私はミカが好きだ。いつも元気で明るくて、凄い強くて頼りがいがあるのに、本当は誰よりも優しくて、泣き虫で寂しがり屋な可愛い女の子」
「……」
「私はいつからか、そんな君に惹かれていた……。でも大人は本心を見せてはいけない。それが大人の世界のルールだからね、ずっと我慢してた」
「なら、どうして……」
「私の好きな人が、大切な人がこれ以上傷つくのが許せなかった……。ルールを破ってでも守りたいと思ったんだ」
「……いいの? こんな、最低な私でも……いいの?」
「ダメなわけないじゃないか。だってミカは、私のお姫様なんだから」
「わ、わたし……先生と一緒に居てもいいの?」
「もちろん。……ミカ、手を出して」
「……うん」
そう言って先生は私が差し出した手を受け取ると片膝をついた。
そしてこちらを見上げるとゆっくりと口を開いた。
「私はミカに永遠の愛を誓います」
「せんせい……」
「ミカ、良ければ君の答えを教えてもらえるかな……」
ずるい。
ずるいよ先生……。
こんな状況で私が言える事なんて、一つしかない。
私は、大粒の涙が止まらなくて鼻水も出てて、顔を見せれないくらい、くちゃくちゃにしながら答えた。
「こちら……こそっ、……よろじくっ……お願い、します……」
答えを聞いた先生は私を再度抱きしめてくれた。
私が抱きしめ返すと、もっと強い力で抱きしめてくれて。
魔女の私がこんなに幸せになっていいのだろうか。
もっと苦しまないといけないはずなのに……。
でも、今だけは……今日だけは――
「先生、耳貸して……」
「はい、どうしたの?」
「一回しか言わないから、ちゃんと聞いててね」
「うん」
「私が先生のものだって、証を体に刻んでください。何度も何度も愛して下さい」
今日だけは、神様にだって譲らないんだから。