オーバーロード~至高のもう一人は救済を望む〜 作:アバダケダブ郎
ピピッ ピピッ ピピッ
機械的なアラーム音に、微睡んでいた意識を引き戻される
うるさい…今何時だっけ
斜めに傾いた狭く低い天井を呆然と見上げながら
回らない思考で今日のスケジュールを纏めようとする
スケジュール…今日のスケジュールなんだっけ
!!?! 何も思い出せない!?
え、まって OK落ち着け、ゆっくり思い出そう
たしか、ユグドラシルがサ終するからネカフェに泊り込みでログインして
それから何故かゲームの世界に転移して…?
いや、何言ってんだメルヘンじゃあるまいし
じゃあ今はネカフェの個室の中か?どれぐらい寝てた?仕事は!?
さっと血の気が引いていくのを感じながら、急いで身を起こすと
「おはようございます…というほど、まだ日は昇ってないですけど
そろそろ交代の時間ですよ」
テントの垂れ幕から少年――ニニャがこちらを覗き込んでいた
手元を手繰れば、護身用に枕元に置いた、日本では有り得ない鞘入りのダガー
「ニニャ君、分かったから それ閉めて?
着替えるから」
「あっ、ごめんなさい…」
指摘され、逡巡して、やっと気付いたように慌てて出て行くニニャを見送り、ホッと息をつく
よかった、夢じゃなかった――少なくともまだ、夢でいられる
急いで着替えを済ませてテントを出ると
大分弱くなった焚き火に薪をくべるルクルットが手を振ってきた
「よっ、眠り姫のお目覚めか、それじゃ見張り頼むわ
食べ過ぎたからか、眠気がヤバくて…でもフーリンちゃんが膝枕してくれるならこのまま一緒に当番するよーん」
「馬鹿言ってないでさっさと寝ろ」
相棒の耳を抓ったままこちらによろしく、と手を振り、テントに引きずり込むペテル
夜の見張り番はまずモモンガとダイン、次にペテルとルクルット
最後に私とニニャだ
途中で一度起きないといけない真ん中の番を二人は買って出、
最初の番を希望するモモンガと同じにしたかったけど、
子供と女性に夜更しは良くないと、一番楽な夜明けの番を任せられた
「さっきのピピピッって音って…」
「ああ、生活魔法のアラームですね
どうでした?キッパリ起きれたでしょ」
「そ、そうですね…音が、心臓に悪かったけど」
なんでデジタル音?寝ぼけ頭でてっきり現実に引き戻されたかと焦った
「さあ…口だけの賢者が考案した魔法なので、ミノタウロス独自の文化じゃないですかね」
「ミノタウロス…」
寝起きで回らない頭ではオウム返しが精一杯
どうぞ、と差し出されたお湯をちびちび飲み、頭に血が回るのを待っている間
口だけの賢者について教えてもらえた
曰く、200年前に生きたという口だけの賢者はミノタウロスでありながら、革新的なアイデアをたくさん提言し
そのアイデアを元に作られた道具は今でも広く使われているとか
例えばエ・ランテルの宿にもあった水道や水洗トイレ、部屋の照明などがまさにそれで
”口だけ”というのはそれらのアイデアを出せても、作り方は知らないかららしい
「なんだかアホ可愛いですね」
ユグドラシルを始めたばかりの頃、よくパーティーを組んでいたミノタウロスの事を思い出す
敵と見れば即座に突進を仕掛け、大量のモブを引き寄せては全滅を繰り返す狂牛病持ちの闘牛で
新人にありがちなミスは当たり前、何をどうやったらそうなる!?というレベルのトラブルを色々起こしてくれる愛すべきバカで
…そういえばPKに目を付けられたのも、名前が赤いからとそいつが脊髄反射で突進かましたせいだったな
などと懐かしんでいると、ニニャの冷たい声に現実に引き戻される
「ミノタウロスが可愛いだなんて、余程食べられない自信があるんですね
羨ましい、さすが第六階位の信仰魔法が使える、神様に寵愛された申し子です」
「え!?人食べるんですか?」
「…ああ、知らなかったんですね、すみません
ミノタウロスに限らず、殆どの亜人は人間を食料とみなしますよ
ミノタウロスに限っては、口だけの賢者の働きで、家畜じゃなく奴隷として扱いますけど」
「奴隷…」
嫌なワードだ。それに、こちらを試すようなニニャの目も
「ショックですか?」
「ええ、同じ知性がある。言葉が通じる相手なのに
どうして食料や奴隷として見れるんでしょうか」
「食料はともかく、人間の国にも奴隷はありますよ
犯罪奴隷なら自業自得ですが、中には偶々貴族の目についただけで無理やり攫われ
尊厳を踏みにじられ…飽きたからと奴隷として売られた人もいます」
「…最悪」
あまりにも胸糞悪い話についニニャに当たってしまう
貴族嫌いを拗らせた子供の妄想であって欲しいと、批難の視線を込めて
「…僕の姉がそうでした」
「え」
「領主に無理やり…僕が冒険者になったのは、力を付けて、お金を稼いで
姉を助けるためなんです」
血の気が引くほど強くギュッと拳を握り締め、焚き火を睨みつけるニニャ
「…だけど二年
もう、二年も経ってしまいました…今、こうしてのうのうとしている間にも、姉は…!!」
バチッと薪が爆ぜる
飛び散った火の粉がか細い腕を焦がすのも気づかず、悔しさに焦燥に震えるニニャ
その手を取り、回復魔法を掛ける
触れただけで、心が痛むほど細く痩せこけ、それでも筋肉をつけようと歪に硬張った腕には
この子が今まで耐えてきた苦労が傷跡として無数に刻みつけられていた
…すごいなぁ、この子は
父さんがいなくなって、母さんと二人っきりになったのが丁度この子と同じぐらいだった
学校に通わせようと、無理する母さんに――私は何もしてあげられなかった
学校を中退してしまったら、今まで二人が犠牲にしてきた全てを無為にしてしまうからと
そう言い聞かされ、そう自分に言い聞かせ
文字通り身を削って、日に々に衰弱していく母さんをただ見ていることしかできなくて
近づいてくる破滅の足音に怯え、決して聞き届けられない祈りを捧げた
その結果が、今の私だ。
学がないと仕事につけない?だからなんだ
何を投げ打ってでも、母さんを助けるべきだった
世界で一番幸せになって欲しかった人たちを犠牲にして得た明日に、幸せなんてありはしないのに
「お姉さんの名前は――なんて言うんですか?」
「…ツアレ…ツアレニーニャ・ベイロンです」
この子が、妬ましいよ
逃避を選んだ私とは違い、立ちはだかる運命に抗うことを決めた。その勇気が
絶望するだけで、何もしなかった私とは違う。
「攫ったのは、どこの領主?」
ニニャの瞳がこちらを捉える
どんなに願っても私を助けてくれる人は現れなかった
だけど、助けられる立場に私は今いる
だから、救いを求めるその手を私は絶対に離さない
『デミウルゴス、聞こえますか?
急なお願いで悪いですが、――領にシャドウデーモンを送ってくれますか?
急ぎ調べて欲しいことがあります』
降って湧いた権力でも、虎から借りた威でも構うものか
『勿論です、ウール様!すぐさま手配致しましょう
して、調べたいこととは何でございましょうか?』
『それは―――
最後に、デミウルゴス
生命の女神、ウールの名において命じます
悲劇は、許可しません。』
『御意。全ては至高の御身の望むがままに―――』
■■■■
その後
泣き疲れたニニャを膝に寝かせ、伝言<メッセージ>でデミウルゴスと詳細を詰めながら日が昇るまで焚き火の番をし
ぞろぞろと起き上がった仲間たちと野営道具を片付けて道を急ぐ
『モモンガさん』
『? どうしたんですか、ふうかさん?』
『……
…あー、その 昨日のゴブリンが例のンピニャッコ落としたので
ちょっと味見——じゃなくてMVP賞にどうぞ
今なら口元まで運ぶサービス付きですよ』
ニニャの姉のことは、モモンガさんには言えなかった
…言って、もし拒絶されたら
ただでさえここ数日私のわがままに巻き込んでばかりなのに
『毒味させる気満々じゃないですかヤダー!
そういう卑怯なのは良くないと先生は思います!
どーしてもって言うならふうかさんも一緒に食べてくださいよ』
『アナフィラキシーショックで死んでも問題ない穴の体と違って、
こっちはナーベラルの体なんですよ』
ああ、どうせ私は卑怯だよ
断られるのが怖くて、勝手にデミウルゴスを動かして
『とにかく食べれ、馬鹿』
百面相しながら無言でゴブリン料理を押し付けあう二人に一同がポカンとしたのは、記憶にございません
昨日逃げたゴブリン達が広めたのか、遠巻きにこちらを警戒することはあっても襲撃を受けることはなく
拍子抜けなほどあっさりとカルネ村までたどり着けた
「あれ、変だな」
「どうしました?」
「あんな立派な建物、前はなかったんですけど
それにこの柵も…」
丸太を並べたような壁の上から影を落とす木造のパンテオンに気圧されつつ、手を掛けようとしたンフィーレアの前でバタンと正門が閉まる
「おい、急いで姉さん――いやシスターを呼んで来い
ばか、お前も来るんだよ!俺たちの姿を見られたら姉さんに迷惑だろ!」
小さな赤いシルエット達がとっとこと村の奥に消えて行き、入れ替わるように青いシルエット達がゾロゾロとやってくる
「ようこそカルネ村へ!入信希望者ですか?…ってンフィ!?」
重い音を立てて再び開いたゲートから姿を見せたシスター服の少女は慈愛に満ちた笑みで口上を述べ、そして相手の姿を認めてポカンとなった
「え、エンリ…?エンリ!」
一瞬呆気に取られ、しかしすぐに嬉しそうに破顔したンフィーレアにダイン達が何やらうんうんと頷き
二人が再会を祝う間に黄色いシルエットが人ごみを縫ってくる
「シスター・エンリの知り合いっすか?って、アイン――」
沈黙<サイレンス>
制縛<バインド>
太ももにスリットの入ったシスター服を着た赤毛の少女…というかルプスレギナはこちらの姿を見た途端平伏しようと構えたので
即座に言動を封じる
『今の私たちはただの冒険者、イイネ?』
『アンダーカバーってヤツっすね!了解っすウール様!』
ぱちっ、と明るい声でウィンクを飛ばしてくるのを見て、一抹の不安を覚えながら束縛を解く
「ようこそ旅の方達。あたしは偉大なるアインズ・ウール・ゴウン教団よりこの村に派遣された司祭のルプスレギナっす
気軽にルプーって呼んでくださいっす」
「はいはい!ルプーちゃん
アインズ・ウール・ゴウン教団ってなんなのかな?」
「あ゛?誰が気安く愛称呼んで良いつった?ぶち殺されたいんっすか人間?」
気軽に愛称を呼んでねと言われ、気安く声を掛けたルクルットに射殺さんばかりの眼光が突き刺さり
フ、フーリンさんに比べたらまだまだだね、とうわ言を繰り返し自我を保とうとしている
後で覚えてろよ。
「ルプー…さん、アインズ・ウール・ゴウン教団について教えて貰えないか?」
「はい!漆黒の鎧を纏いし強くも高貴な冒険者様!
アインズ・ウール・ゴウン教団とは至高の御方々であらせられるアインズ様、ウール様を崇め称える最高に素晴らしい教団っす!
至高の御方の考えを汲み取り、最高に完璧にご奉仕することこそ至上の使命であり
そのためには我々の持ちうる力の一片の一片、その全てをすべからく御身に捧げる所存っす!」
どこの奉仕種族だ
恐ろしいことに陶酔しきった目で村人達がうんうんと頷いている
『誰ですかルプスレギナはクレリックだから適任って言ったの』
『誰ですかね』