オーバーロード~至高のもう一人は救済を望む〜 作:アバダケダブ郎
昇りゆく朝日を受けて、そびえ立つ城壁が落とす影に沈むように勢いを落とし、巡回し始める馬車。
主線路を外れ、ガタゴト揺れること数刻、ひと際激しい振動と馬の嘶きと共に不意に馬車が停まった。
カーテン越しに聞こえる男たちの会話に耳を立てれば、
どうやらクレマンティーヌの売価について奴隷商と揉めている最中らしい。
「あら、あなた達が売ってくる子にしては中々上玉じゃない」
パッとカーテンを引かれ、髭の跡が青く残る身なりだけは良い不細工な小男が値踏みしてくる。
作戦通り、わざと騒ぎを大きくして責任者をおびき出せたようだ。
「だから言っただろう、今回のはそこらの村娘じゃない、帝国の没落貴族の娘だ」
「鮮血帝の改革で身分を失って王国に逃げてきた、後ろ盾のない小娘というわけね。
ちょうどクソ王女のせいで下手に奴隷を拐えなくなってるから、
こういった後腐れのない商品は助かるわ」
「じゃあ…」
隅から隅まで、嬲るようにクレマンティーヌを品定めし、満足そうに頷く小男
思わず顔を綻ばせ――勿論、疑われないための演技――詰め寄ったロンデスに、小男は氷のように冷たい視線を落とす
「金貨1枚ね」
「なっ!それは買い叩きすぎだろう!俺たちをコケにする気か?」
「ええ、してるわよ
私も見くびられたものね。死を撒く剣団が壊滅したの、知らないとでも思ってるの?
後ろ盾もないあんた、ここで一緒に奴隷にしても良いのよ?」
!?
壊滅、という言葉に驚きを隠せないロンデス
完全に想定外のことらしい
まずい…多勢に無勢、無法者相手に優位を保てる重しであるはずの剣団がなければ、圧倒的にこちらが不利になる
特に相手が奴隷商で、後ろ盾もないなんてネギを背負った鴨だ
法を守らない闇の住民を、法が守るはずもない――この国に限っては、法を守っても守られはしないが。
「チッ…金貨2枚だ、帝国まで逃げるだけの金が欲しい」
「1枚で十分じゃない?強欲は身を滅ぼすわよ」
最悪、奴隷商の護衛を占拠<オーバーライド>して返り討ちにしようかと考えてる間に
上手く話が纏まったようで
足元に金貨を投げ込まれ、忌々しそうに拾い集めるロンデスをよそ目に、オカマ口調のブ男の手下が無遠慮に牢を開けてくる。
「このっ!触んな!」
『抵抗しないでください』
身構えたクレマンティーヌに伝言<メッセージ>を飛ばすと、目に見えて震えだし、
その隙に慣れた手つきの男に手を後ろにねじ上げられ、手錠を掛けられた。
「こっちに来い」
「い、嫌…!離して離して!もう嫌だああ!!」
首筋を掴まれた途端、ビクッと震えヒステリーを起こすクレマンティーヌ
さっきまでスキあらば寝首を掻こうと伺う狼のような眼光はなく、ただただ怯えているだけ
さすがに気の毒で、占拠<オーバーライド>して変わってあげたい気持ちになるも、
あんなリアクション、私の演技力ではとても再現できる気がしない。
それにここに来た目的は、などと躊躇しているうちに縄を引き立てられ、屋敷の中に引きずり込まれるクレマンティーヌ。
ちょっとだけ気がかりだが、さすがに殺されたりはしないだろう。
補助隠密化、補助持続時間延長化、魔法持続時間延長化、上位生命力持続回復<インビジブル・エクステンド・エイド・マジック・グレーター・リジェネレート>
万が一の保険に、死なないように回復バフをクレマンティーヌに掛けてから、先ほどロンデスと交渉していた小男に騎乗<ライド>する。
「良いんですかボス?金貨なんか払って…
捕まえて鉱山にでも売り飛ばせば金になったんじゃ」
「しょうがないわよ、クソ王女が法案を通してくれちゃったせいで、
街中で囲っておける女はともかく、
鉱山に売り飛ばすとなると、検問に引っかからず街から出すだけでも金貨10枚じゃ足りないわ
それに男奴隷なんて元々大した額にもならないし」
「さっすがコッコドール様、抜け目ないッ!」
煽てる部下にふっと笑い、それに、と視線を細めるコッコドールと呼ばれた小男
「それに、そろそろこの国も潮時だしね
クソ王女のことがなくたって、いつ国が傾いてもおかしくない状況
そうなった時に、帝国で使えるコネが多いに越したことはないわ。まあ、あの男が帝国まで逃げ延びれたら、の話だけど」
そんなことないと思いますけど、と笑い飛ばす部下に肩をすくめ、豪華な扉を開き、執務室のような部屋に入る二人
机に積まれた羊皮紙の束をみやり、やれやれと悪態づくコッコドールは、一番上の羊皮紙を部下に投げ渡す
「地下からのリクエストよ、今度は三人、すぐにバテるような子じゃなく、ちゃんと走れる体力のある子を選んでちょうだい」
「うげえ、またあそこに送るんですかい…勿体無い」
「全くもって同意だわ。
金の卵を産む鶏を売り飛ばすような愚行ね
でもしょうがないでしょ、クソ王女のせいでこうでもしないと、今ある客まで失う事になるもの
…まあ、送り出す前にあなた達の好きなようにやっちゃっていいわよ。どうせ、あの化け物たちは気にしないでしょうから」
「さっすが~コッコドール様は話がわかるッ!」
手の平を合わせゴマすりする部下、だらしなく下がった目尻の意味を汲み取ったのか、クスリと嗤って承諾するコッコドール
何を汲み取ったのか知りたくもないけど、俄然やる気が沸いた部下の男がよからぬことを企んでるのは考えるまでもなく
ウキウキと退室するそいつの背中に今度は騎乗<ライド>した。
――――
奴隷商人の館という割には鉄格子のようなものもなく、ともすれば高級ホテルのような廊下をスキップしそうな勢いで進む男。
なんとなく、嫌な空気を感じて生命探知<デテクト・ライフ>を発動すれば個室の中に重なるような二人分のシルエットが。か細いシルエットにのしかかる、太いシルエット。
どんな逢瀬が行われているのか、考えたくもない
壁越しに行われている悍ましい行為、すぐにでも止めに入りたいけど
それではこの男を止める事が出来ない
——どうするべきか逡巡してる間にも
男はどんどん進み、階段を下り、隠し通路を開き
さらに下の階に降りていく
そこは、牢獄だった。
薄暗い地下室になけなしの暗い照明、その奥の鉄格子の向こうにひしめく複数の女性たち
その誰もが碌な衣装を与えられず、ボロ切れのような布と、鎖に繋がれ
生気のない視線で、牢獄の中心のそれを案じている。
そこには体中に赤いミミズ腫れを後引いた、虫の息のクレマンティーヌがボロ雑巾のように打ち捨てられていた。
「おいおい、新商品にいきなり何やってんだ」
「しょうがねぇよ、いきなり暴れだして手に負えなかったんだから」
肩で息をするバンダナの男に応じる様に、返り血のついた鞭を巻き取っているもう一人の男も頷く
どうやら暴れて折檻されたらしい。こうなるから、抵抗するなと釘を刺したのに
「まあいい、」
まあいい。
占拠<オーバーライド>
羊皮紙を取り出そうとした男の体を乗っ取る
「全員集まれ!コッコドール様がお呼びだ!」
そのまま声を張り上げ、地下にいる全員に聞こえるように叫ぶ
「なんだなんだ!?何が起きた!?」
「まさか憲兵か!?」
声を聞きつけ、ピリピリした雰囲気で武装した男たちが慌てて集合する
「知らん。俺も集まるように命令されただけだ
これで全員か?」
「なに言ってんだよ、そんなのリーダーが一番わかってるだろ
全員だよ」
軽口を叩くバンダナの男に他の男たちもそうだぜ、と笑い飛ばす
「そうか、集団睡眠<マルチスリープ>」
なにを…と声を発する間もなく眠りに落ちた男達を踏み越え、鉄格子の牢に近づく
「ツアレニーニャ・ベイロン!
ツアレニーニャ・ベイロンはいるか!」
一連の出来事を鉄格子の中で唖然と見つめるボロ切れの女たちに、開口一番そう告げる
自分の名前というのは、急に呼ばれたらつい反応してしまうものなのに
実際は誰も反応せずに、ただ男に怯えているだけ
…目を付けられないようにと、誰もが息を殺して身を隠そうとしている
『…シャルティア、転移門<ゲート>をお願いします。』
『了解でありんす、ウール様!』
伝言<メッセージ>を飛ばした次の瞬間
クレマンティーヌに刻んだ刻印<マーク>を目印に転移門<ゲート>の裂け目が現れ、中から真紅のドレスを纏った白蝋のような少女が優雅に歩み出る
「ナザリック地下大墳墓、第一~第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン
いと尊き御身の前に…って、ウール様…!なんというお労しい姿に…!
そのような身体を使わず、どうか妾の身体をお使いくださいまし!」
「不可抗力だから、気にしないで
それよりシェイプシフターたちは?」
顔を上げ、こちらの姿——いかにもな人相のハゲ男を見た途端、蝙蝠の集団に身を変え、鉄格子の隙間を縫って私の傍に顕現したシャルティアを宥め
「妾達の不甲斐なさゆえに、ウール様にこのような辱めを…!
お前達、早く来るでありんす!」
苛立たしげに叫んだシャルティアに応じるように
亀裂から黒い影が続々と飛び出し、突然の出来事に怯え戸惑う女性達を一人ずつ担いで亀裂に入り
そして入れ替わるように全く同じ女性が出てくる
「ウール様、ご報告申し上げます!
囚われていた女性及び囮計23名、カルネ村近郊に控えるルプスレギナ様率いる聖カルネ騎士団へのへの引き渡し完了致しました!
我々シェイプシフターはこれより、潜伏任務に移行します!」
見るに堪えないボロ切れの布を纏いながら、軍人もかくや堂々とした態度で敬礼するシェイプシフター達に気圧されつつ、息を吸って支配者足りうる態度を繕う
「見事な働きに感謝します
辛い任務になりますが、可能な限り辛抱してください
ただし、命の危機が迫った場合は即座に逃走、もしくは自衛を許可します
…あなた達が誰ひとり欠けることなく、ナザリックに戻ることを私は望みます」
「はっ、必ずや!」
リポップするとは言え、こんな私の我侭に文句一つなく付き従ってくれるNPC達
仲間とはまた違うけど、慕ってくれる相手が傷つくのは見たくない
それが感情的なものなのか、味方ユニットが傷つくのが許せないヒーラーの性か
自分でもわからないまま口にした言葉に
女性の姿に変身したシェイプシフター達は目を潤ませ、敬礼をすると
初めて地下室に踏みいった時と全く同じ配置に着き、囚われた奴隷を演じ始めた。
「本当に、ウール様ご一人で大丈夫なのでありんしょうか…?」
「適材適所、実体のない私の方が、こういった潜入に向いてます
ナザリックが露呈することもですが、あなた達を危険に晒すリスクも、最大限減らしたいのですよ」
「うう、ウール様…そこまで妾達のことを…!
わかりんすえ、では先にナザリックに戻ってるでありんす
…ですがどうか、どうかウール様もご自愛なさってくだしんし」
名残惜しそうにカーテシーをして亀裂に消えるシャルティアを見送り、占拠<オーバーライド>を解く
だからそんな崇高な考えじゃ無いのに
レベル100の守護者だと大量のユグドラシル金貨を使わないと復活できないから勿体無い…というのと、果たして蘇生した後本当に本人かも分からないので
なるべく死んで欲しくないだけ
何が起きたのか理解できず、眠りこける部下たちに怒鳴り散らす男を尻目に、気持ちを切り替え
放逐<エグザイル>で白黒の白昼夢と化した世界を、生命探知<デテクト・ライフ>を頼りに
先ほど部屋の中の男女のシルエットに急ぐ
なぜなら、覆いかぶさった男のシルエットが一方的に行っている行為が、
獣の交わいなどではなく、女の命を脅かすものに変わり始めたのだから。
クレマン視点:
奴隷商たちに暴行されて子供時代のトラウマがフラッシュバック
自分が殺人鬼になったのはもう誰にも奪われないため、奪う側になると決めたから
その無力さを悔しさを思い出させられ、
この場で唯一同情してくれる檻の中の女性達こそが
獲物と格付けし殺してきた存在達こそが自分の理解者だと
なんか目覚め掛けてたりしなかったり