ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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アインクラッド編
はじまりの日


 2022年。人類は、完全なる仮想空間を実現した。

 そんな中、1つのゲームタイトルが発表される。名前は、《ソードアート・オンライン》

 全国のゲーマーたちが誕生を待ち望んでいた、世界初のVRMMORPGだ。

 ナーヴギアというヘルメット型の専用ハードを用いた《フルダイブ》技術を用い、脳から発せられる信号を変換することで仮想空間内のアバターを動かせる。

 プレイヤーたちはそれぞれオリジナルのアバターを駆り、手にした1つの武器と己の技術を頼りに冒険する。

 さらに仮想空間という特徴を活かし、ゲーム内で《生活》を送ることも可能となっているらしい。

 

 こういった情報が解禁されていく度に、全国のゲーム好き~ネトゲ廃人は新たな世界への期待を膨らませ、その開闢を指折り数えて待ち続けた。

 

 そんな中、MMORPGにはお約束のβテストが予告される。テスターとなるプレイヤーは抽選で選ばれるのだが……募集人数は僅か1000人──数字だけ見れば結構な人数かもしれないが、ゲーマー達からしてみれば悲しくなるほど少ない。

 

 なにせ世界初のVRMMORPGなのだ。βテストとはいえそれを世界中の誰よりも早く体験できる上に、製品版の優先購入権も付いてくるとあらば、応募が殺到しないわけがない。

 

 そして何を隠そうこの俺──三島 翠月(みしま すいげつ)もまた、自他共に認めるネットゲーマーなわけで……幸運にもベータテストの抽選に当たったと知った時にはそれはもう天にも昇るような気持ちだった。

 

 それ以降は寝ても覚めても、学校に行っている間でさえSAOのことしか考えられなくなっていた。

 

 学校から帰るなりトイレを済ませて自室へ。すぐさまナーヴギアを被って別世界へとんだ。

 

 しかし所詮はベータテスト──正式サービスに向けての試験運用でしかない。終わりの時がやってきたのだ。

 

 

 

 あの世界との暫しの別れをなんとか乗り越え──―ようやく今日という日を迎えた。

 

 

 

「開始時間は12時。トイレは済ませた。着替えも済ませた。──準備万端。いつでも来い」

 

 時刻は11時55分。俺は必要な準備を全て終わらせ、いつでもフルダイブできる状態にある。

 

 ナーヴギアを被ると、今となっては懐かしいβテストの時のワクワク感が思い起こされて思わず口元がにやけてしまう。

 現在家には俺1人だけ。親は仕事で忙しく、普段家に入り浸っている伯母も今日は1日遊びに出かけている。つまり今日は絶好のゲーム日和というわけだ。

 

 ……時は来た。

 

 

「──リンクスタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 瞳を開けば、そこはもう別世界。踏みしめているのはアスファルトではなく石畳。見上げれば自宅の天井ではなく青い空。

 

「ようやく戻って来れた……!この世界に」

 

 俺たちプレイヤーの冒険の舞台となるのは、浮遊城アインクラッド──全100層で構成される巨大な鋼鉄の城だ。

 

 今俺たちがいるのはその一番下。第1層《はじまりの街》。

 

 他にも次々とプレイヤーたちがログインしてくる中、俺は始まりの街を一目散に駆け抜ける。

 

 このゲームを攻略するにあたり、街周辺の雑魚を相手に戦いの勘を取り戻す必要がある。

 

 まずはベータ時代に世話になった武器屋へ赴き、ステータスを確認してから初期装備の槍を購入。

 残った(コル)でポーション類を買い、街の外──圏外に出る。

 

 

 

 

「──セァッ!」

 

 俺の振るった槍が青いイノシシを弾く。そこに生まれた隙を突いて、槍カテゴリ単発ソードスキル《シャフト》を発動させた。緑のライトエフェクトを纏った槍の穂先が、青いイノシシモンスターの体を抉る。この一撃でHPが0になった青イノシシは、その体をポリゴンへと変えて消滅する。

 

 SAOの戦闘システムには、RPGの醍醐味とも言える《魔法》が存在しない。かわりに、各武器カテゴリに応じた《ソードスキル》という必殺技のようなものが無限に近い数設定されている。

 

 指定された攻撃モーションを起こすことで、システムがアバターの体を動かし、普通ではありえないような速度と威力の技が繰り出せるソードスキルは、今俺が使ったような単発技もあれば連撃技もある。

 

「ふぅ……大分勘も戻ってきたか。もうちょいでレベルアップか?」

 

 かれこれ1時間ほど怒濤の狩りを続けた結果、没頭しすぎてかなりの数を狩っていたようだ。

 

 SAOでのステータスビルドは、従来のMMOのように複雑ではない。

 レベルアップによって得られるスキルポイントを筋力値(STR)敏捷値(AGI)のどちらかに振り分けてアバターのステータスを変動させる。

 体力とか防御力といったオーソドックスなステータスは自動的に上昇するため、攻撃力重視なら筋力値。手数で攻めたり、ヒットアンドアウェイに重きを置きたいのなら敏捷値。という具合に、あまり難しく考える必要がない。要はプレイヤーの好みだ。ステータスアップの方向性を決めるのに結構な時間悩んでしまうタイプの俺にとって、この仕様はありがたかった。

 

 その後もしばらく雑魚相手に肩慣らしを続けたあと、町に戻って一度ログアウトするため、右手を振ってステータスウィンドウを呼び出す。

 

 そして、ここで初めてある異変に気づく……

 

「ログアウトボタンが……無い!?」

 

 本来はメインメニューの一番下に配置されているはずのログアウトアイコンが無い。正式サービスで配置が変わったのかと思ったが、どこを探しても無い。

 

「バグ…なのか?初日で?」

 

 確かに、正式サービス開始初日でこのようなバグが発見されることは然程珍しいことではない。むしろ初日だからこそ、起こりうる可能性も十分にある。しかしこれは、バグの一言で片付けるには些か質が悪いというか…よりによってフルダイブゲームに於いて無くてはならないログアウト機能にバグが生じるということがあるのだろうか?

 

 周りにいる他のプレイヤーたちも異変に気づいたのか、街の中がざわつき始める。そして──

 

「っ──―!?」

 

 急に視界が青い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 眩しさに目を瞑った俺が次に見たのは、ログインした時にも通った《はじまりの街》の中央広場。

 

 俺の他にも、ログアウトできなくなったプレイヤー達が広場内でひしめき合っている。その中に、見覚えのある顔を見つけた。

 

「おい、お前キリトだよな?」

 

 振り返った勇者顔のアバターは、俺の顔を見ると…

 

「お前……ミツキか?」

 

「久しぶりだな」

 

 ミツキというのは俺のアバターネームだ。単純に本名の上と下をくっつけただけのお手軽生産な名前。

 

 このキリトとはベータテストの時によくパーティを組んで戦った仲だ。筋力要求の高い重い片手剣を好んで使い、ベータ時の最高到達点である第10層までいった数少ないプレイヤーの1人。その中には俺も含まれている。

 

「で、そいつは?」

 

 キリトによると、一緒にいる赤いバンダナの男はクラインというらしい。キリトのベータテスターという立場を見込んで、SAOの戦闘に関する諸々をレクチャーしてもらっていたそうだ。

 

「お前たちも気づいてるだろ?ログアウトボタンが消えてることに」

 

「あぁ……ログインしてるプレイヤー全員がここに強制転移させられたなら、もうすぐ運営側からアナウンスか何かあってもいいと思うんだが……」

 

「おい、上見てみろよ!」

 

 クラインの言葉に、俺とキリトは広場上空へ目を向ける。そこには不安感を煽るような真っ赤なフォントで《Warning》《System Announcement》と表示されている。

 

 ようやく運営からのアナウンスかと思った矢先──警告表示が瞬く間に広がり、広場上空を真っ赤に染め上げた。

 

 そこからまるで血液のようなドロドロした液体が滲み出し、宙で凝集する。

 

 やがて液体は巨大なローブを形作り、袖の部分から白い手袋を覗かせるアバターとなった。しかし……

 

「なんで中身がねぇんだ?」

 

 クラインの言うとおり、空中に出現したローブを着ているはずのアバターの顔が見えない。俺とキリトは、ベータテスト中にこのローブと同じものを見たことがある。

 

 ゲームマスター用のアバターとして使われているあの赤いローブは、本来ならば顔の部分には運営であるアーガス社員の髭を生やした老人か、メガネをかけた女の顔が覗いているはずなのだ。

 

 俺とキリトが脳裏で数々の疑問を浮かべる中、突如ローブから声が発せられる……

 

 

『プレイヤーの諸君、ようこそ。私の世界へ──―』

 

 

「私の世界…ね。事実とは言え随分と大仰な言い方だな」

 

 確かにゲームの運営であるアーガス本社の人間ならば、その言い方もあながち間違いではない。

 

『私の名前は茅場 晶彦(かやば あきひこ)。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

「「!!」」

 

 雑誌で読んだことがある。

 

 茅場晶彦──小さな制作会社だったアーガスを大きく成長させる原動力となった天才デザイナーであり、量子物理学者。SAOを作ったのは紛れもなく彼であり、それどころか俺たちがフルダイブに使用しているナーヴギアを設計したのもまた茅場だった。

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消失していることに気づいていると思う。しかし、これはゲームの不具合ではない。──繰り返す、不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

「仕様……だと!?」

 

 ならば、このゲームはもとより現実世界からの一方通行ということになる。そんな危険極まりない代物をなぜ……!?

 

 驚愕に見舞われるプレイヤー達を他所に、茅場は淡々と言葉を続ける。

 

『諸君は自発的にログアウトすることができない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止・解除もありえない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる──』

 

 なんとも馬鹿げた話だ。と、普通の人なら一笑に伏すだろう。だが可能だ。茅場の言う「信号素子によるマイクロウェーブで脳を焼く」という現象は、原理としては一般家庭に置かれている電子レンジと同じ。十分な出力があれば、信号素子を高速振動させる摩擦熱で脳を蒸し焼きにすることができる。

 

 同じ結論に至ったらしいキリトが、呻くように口を開く。

 

「でも…無理だ。電源コンセントをいきなり引っこ抜けば、ナーヴギア単体でそこまでの出力を出せるはずがない。大容量のバッテリーでも搭載されてない…限り……」

 

「……ギアの重さの3割はバッテリセルだって聞いたことあるぜ。でも…でも無茶苦茶だろ!瞬間停電でもあったらどうすんだよ!?」

 

 クラインの言うとおりだ。ギアの電源を切っても内部バッテリーで脳が破壊されるのだとしたら、停電等の不可抗力で死ぬプレイヤーも出てしまうことになる。

 

『より厳密には、10分間の外部電源切断。2時間のネットワーク回線切断。ナーヴギアのロック解除・分解・破壊が試みられた場合、脳破壊シークエンスが実行される』

 

 茅場の言葉から、不可抗力で死亡してしまう可能性が低くなったことに安堵の息を漏らす。だが問題の解決にはなっていない。

 

『残念ながら、現時点でプレイヤーの家族・友人が警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようとした例が少なからずあり…その結果、213人のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

「213人も……!?」

 

『ご覧のとおり、多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、既にナーヴギアが強制的に解除される恐れは低くなっていると言ってよかろう。諸君らには、安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

 ローブの周囲に、複数のウィンドウが表示される。どれも有名なニュース番組の画面だ。これはそのスクリーンショットらしい。

 見出しには『オンラインゲーム事件、被害者続々と』と書かれている。他の番組も似たり寄ったりだ。

 

「ふざけるな!ログアウトできない状況で呑気に遊べってのか!?こんなのもうゲームでも何でもないだろうが!!」

 

 遂に耐えられなくなったキリトが叫ぶ。だがその言葉は茅場には届かず、どこ吹く風とばかりに話を続ける。

 

『しかし、十分に留意してもらいたい。今後、ゲームに於いてあらゆる蘇生手段は機能しない。HPが0になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に──』

 

 短い間

 

『──諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 ……つまり。HPが0になる──ゲームオーバー=「死」、というわけだ。

 茅場の言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に1つの感覚が蘇る……

 

 そう…あれはベータテストの時だ。第1層にて単独(ソロ)でレベリングをしていた際、まだソードスキルに慣れていなかった俺は、青イノシシの突進攻撃を食らってHPバーを0にした。

 一瞬の間を置いて俺のアバターはポリゴンの欠片に分解され、第1層の《黒鉄宮》にて蘇生される。

 そして「今度は突進攻撃を食らわないように…」とか、「もう少し手数を増やして…」とか考えながら、同じ場所へ向かってリベンジをする。

 

 RPGというゲームジャンルは、トライ&エラーが基本だ。『失敗は成功の元』という言葉通り、何度も何度も挑んでは敗れを繰り返し、その末に撃破という結果が待っている。

 

 しかしゲームオーバーと同時に現実の肉体が死に至ってしまうこの状況では、それができない。

 

『諸君らが解放される条件はただ1つ。このゲームをクリアすればよい。現在君たちがいるのはアインクラッド最下層の第1層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒すことで上の階に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ』

 

「クリア…第100層?できるわけねぇ。ベータテストじゃロクに上がれなかったって聞いたぞ!!」

 

 俺やキリトを始めとするベータテスターたち1000人は、他にいる9000人のプレイヤーたちより一足早くこの世界を体験している。

 一ヶ月という時間制限があったものの、着実にボスを倒して上層へと上がっていった。最終的には第10層まで到達したところでベータテストが終了してしまったのだが。

 

 一ヶ月で10層上れたのなら、10ヶ月あればクリアできるのではないか?

 

 答えはNoだ。

 

 確かにベータテスターたちはモンスターの弱点や美味しいクエスト、更には主街区までの安全な道なんかも知っている。新規プレイヤーたちなんかとは比べ物にならないほどの知識と経験を持っているのだ。

 

 だからクラインはキリトに戦い方のレクチャーを頼んだ。

 

 しかしそれが通用するのもベータテスト時の最高到達点である第10層まで。それ以降は事前情報が一切無い。もっと言えば、俺たちが知っているのはあくまでもベータテスト時の知識であり、正式サービスを開始するにあたっていくつかの修正が行われているはずなのだ。

 

 街の構造や店頭に並んでいるアイテムの値段程度ならまだしも、Mobやフロアボスのステータスが上方修正されているとしたなら…ベータ時の知識も鵜呑みにはできなくなってしまう。

 

 結局は死と隣り合わせの状況下で、地道に探索を繰り返していくしかないのだ。

 

 そんなことをしていては、ゲームクリアなど程遠い。おそらく年単位の時間が掛かるだろう。

 

『最後に──この世界が諸君らにとってもう1つの現実だという証拠をお見せしよう。諸君らのアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』

 

 茅場が言い終わるよりも早く右手を振ってメニューウィンドウを開く。アイテムストレージに移動すると、見慣れないアイテム名があった。

 

「《手鏡》……?」

 

 試しにオブジェクト化してみる。手の中に現れたのは、本当になんの変哲もないただの手鏡だ。

 鏡面には、ミツキがベータテスト時から使っているアバターの顔が写っているだけ。

 

 キリトやクラインも同様らしく、首をかしげたり眉をひそめたりしている。

 

「────ッ!?」

 

 直後、広場が青白い光で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「──っなんだ……?」

 

 恐る恐る目を開けると、視界に広がるのは先程と同じ中央広場……しかし何か妙な違和感を感じる。

 

「「お前がキリト(クライン)か!?」」

 

 背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはついさっきまで一緒にいたはずの勇者然としたアバターでも、渋い浪人面のアバターでも無い、見ず知らずの男たちの顔だった。

 

 キリトらしい片手剣使いは、身長こそ変わってないものの俺が見慣れている勇者顔ではなく、俺と年もそう違わないであろう中性的な印象を受ける少年の顔に。

 

 そしてクラインはというと……あの渋い顔とは真逆といっていいほどの変容ぶりだった。

 キリっとしていた瞳はぎょろりとしたモノに変わり、鼻だちも鷲鼻に、そして顎には無精ひげを生やしている。これでは浪人というより野武士だ。

 

「じゃあミツキは……」

 

 と2人の視線が俺に向けられる。そうだ、俺の外見も変わってしまっているのだろうか?

 

 手に持つ鏡にもう一度目をやると、そこには思ったとおり、ミツキではなく三島翠月の顔が写し出された。

 

「どうやらここにいる1万人のプレイヤーたち全員が、キャラクリで作ったアバターの顔から現実世界のそれに変わったみたいだな」

 

「お、おう。お前妙に落ち着いてんな」

 

「そうでもないさ。スゲー驚いてるよ。でも、顔はともかくどうやってこんな……」

 

 ナーヴギアはその構造上、高密度の信号素子で頭部をすっぽりと覆っている。その為輪郭から各パーツの詳細な形まで精細に再現できるのだ。

 

 しかし体格はどうなのだろう。俺やキリトは身長の変化による違和感をなくすため、現実世界のそれと同じ身長に設定していたようだが、周囲にいる他のプレイヤーたちは大半が10~20センチほど上乗せしていたらしい。

 

 さらに…これは余談だが、性別を女と偽ってネットゲームをプレイする者──俗語でネカマと言う──もいたらしく、絵的にひどい状況になっているプレイヤーも少なからず見られる。

 

「俺最近ナーヴギアを買ったから覚えてるけどよ。キャリブレーション…だっけ?自分で身体をあちこち触ったじゃねぇか」

 

「なるほど。だったらこの状況にも説明がつく」

 

「でも…でもよ…あぁ何でだ!?そもそも何でこんな事を……」

 

 頭を抱えて混乱するクラインに、キリトが上空のローブを指し示してみせる。どうせすぐに答えてくれる。という意味だろうか。

 

『諸君らは今、「何故?」と思っているだろう。ナーヴギア開発者である茅場晶彦は、何故このような事をしたのか、と。──私はこの世界を創り、鑑賞するためだけにナーヴギアを、そしてSAOを作った。そして、全ては達成せしめられた』

 

 俺は無意識に拳をキツく握り締めていた。現実世界ならば爪が食い込んで血の2~3滴も垂れているであろう強さで。固く。

 

『以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する──プレイヤー諸君の、健闘を祈る』

 

 真紅のローブはその形を崩し、出現時の様子を逆再生するように宙へと吸い込まれていく。やがてローブは完全に消滅し、赤い警告表示も一瞬で消えた。

 

 静まり返った広場に、《始まりの街》商業区のBGMだけがひっそりと流れる。

 

 数秒間の沈黙の後……限界に達していたプレイヤー達の感情が、一斉に弾けた。

 

 

 ──「ふざけるな!ここから出せよ!」「こんなの困る!このあと約束があるのよ!」「出して!ここから出してよぉ!!」──

 

 

 そんな中、俺の脳裏にはある一節が浮かんでいた。

 SAOにログインする直前に読んでいた雑誌に書かれていた、茅場の言葉だ。

 

 曰く、『これはゲームであっても、遊びではない』…と。あれは比喩でもなんでもなく、言葉通りの意味だった。今この瞬間、SAOは命をかけたデスゲームへと変貌したのだ。

 

「……キリト」

 

「あぁ。急ごう」

 

 1万人の悲痛な叫びが響き渡る広場を、俺と、クラインの腕を掴んだキリトは足早に抜け出した。

 

 

 

 

 

「クライン。俺たちはすぐ次の村へ向かう。お前も一緒に来い」

 

 疑問符を浮かべるクラインに、俺はメニューウィンドウを可視状態にして説明してやる。

 

「もし茅場の言っていたことが全て本当だとするなら、この世界で生き残っていくためにはひたすら自分を強化していかなきゃならない。今はまだ大丈夫かもしれないが、始まりの街周辺のフィールドは同じ事を考えた連中にすぐ狩り尽くされるはずだ。そうなったら、モンスターの再湧出(リポップ)を探し回る羽目になる。だから今のうちに街を出て、次の村を拠点にする」

 

 VRMMORPGが供給するリソース──即ち、プレイヤーが獲得できる(コル)や経験値は平等でもなければ無限でもない。

 つまり、一定範囲のフィールドに、常に一定数のモンスターが存在するわけではないのだ。

 モンスターの再湧出(リポップ)は、1個体が撃破されてから一定時間経過することが条件。短時間で大量に倒してしまっては、すぐにフィールドからモンスターがいなくなり、リソースの枯渇が起こる。

 

 そうならないように、誰も到達していないが故に安定した経験値を得られる先の村を拠点にするべきなのだ。

 

「俺もミツキもベータテスターだから、道も危険なポイントも全部知ってる。レベル1の今でも安全にたどり着けるはずだ」

 

 しかし、クラインの返答は……

 

「でも、でもよ。俺ぁ他のゲームで知り合ったダチと、徹夜で並んでこのソフトを買ったんだ。あいつら、まだ広場にいるはずなんだ……置いて、行けねぇ」

 

 となると、また話が変わってくる。クライン1人だけならキリトだけでも十分。俺も入れればより安全だっただろう。しかし、あと1人増えるだけならともかく2人ないし3人増えてしまうと…正直安全は保証し兼ねる。

 

 いくらベータテスターが2人いるとは言え、俺もキリトもプレイヤーだ。当然自分の身も守らなきゃいけないし、レベリングだって必要になる。

 そんな状況で複数人のビギナーたちを守っていく自信は、俺にもキリトにも無かった。

 

 苦い顔をする俺たちの意思を汲み取ったのか、クラインはニカッと笑い

 

「いや、これ以上世話んなるわけにゃ行かねぇよな。お前たちは気にせず、次の村へ行ってくれ」

 

 俺たちに先へ進むよう促してきた。

 

「俺だって前やってたゲームじゃギルドの頭張ってたからな。キリトから教わったテクで何とかしてみせらぁ」

 

「……そうか。なら──」

 

 俺はメニューウィンドウを開き、クラインにフレンド申請をする。フレンド登録をしたプレイヤー同士は、メッセージを飛ばせる上に、同じ階層にいればマップに互いの位置を表示できる。

 

「…じゃあな、クライン」

 

「おう。お前らも気をつけろよ」

 

「お互いにな」

 

 最後に拳をコツンとぶつけ合い、背を向けて走り出す。

 

「キリト!……お前、結構可愛い顔してやがんな!好みだぜ。んでミツキ!お前はイケメンだから、ガールフレンドとか沢山いんだろ?今度紹介しろよな!」

 

 最後に聞いたクラインの言葉は、彼らしいといえばらしい…からかうような言葉だった。

 

「お前もその野武士面の方が10倍似合ってるよ!」

 

「無事脱出できたらな!女友達1人もいないけど!」

 

 口々にそう言い返し、今度こそ俺とキリトは圏外へ向かう。

 

 走りながら後ろを確認してみたが、既にクラインは仲間のもとへ向かったようだった。彼ならきっと立派に仲間を引っ張っていけるだろう。

 

 

 

 そして俺たちは《はじまりの街》を抜け、犯罪防止(アンチクリミナル)コード有効圏外へと足を踏み出した。

 

「キリト。俺はベータん時に世話になった槍を取りに行く。お前はアニールだな?」

 

「あぁ。まずはアレを手に入れないと始まらない」

 

「OK、ここからは別行動だ。方向も逆だしな」

 

「分かった。……死ぬなよ」

 

「お前もな。生きてれば遅くとも1層のボス戦で会えるはずだ」

 

 街道を走りながら交わした会話。これが俺とキリトの今後を大きく左右することになる。

 

 この先でキリトは「彼女」と出会い、俺もまた「彼女」との出会いを果たすことになるのだ。

 




初めまして。
そしてもし、過去にこの作品を読んでくださった方がいらっしゃれば超お久しぶりです。
オリスト部分で完全につまづいてしまった本作でしたが、ひょんな事をきっかけに上手い事書けましたので、一部加筆や修正をしつつ再投稿していきます。
拙い部分もあると思いますが、お付き合い頂ければと思います。
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