血盟騎士団は第20層フロアボス攻略で参戦してきた、少数精鋭の新興ギルドだった。
団長である片手剣使い《ヒースクリフ》を筆頭に、いずれも当時のトッププレイヤーと同等以上のレベルと装備を持っていた。構成員の練度も勿論だが、KoBがトップギルドの座を手にした大きな要因はヒースクリフの類稀な指揮能力にあるといっていいだろう。
かつて第1層ボス戦にてレイドを率いた──今は亡きディアベルをも超える的確な指揮と、常に大局を見据える戦術眼。そして周囲の人間を惹きつけるカリスマ性。
どれを取っても、俺には無いものだ。終いにはアリスも取られてしまった……などとは思っていない。
何故なら、彼女にKoBへ入るよう勧めたのは他ならぬ俺自身なのだから。
第1層攻略以降、アリスは俺と同じくソロでの攻略を続けていたらしい。そしてフィールドボス戦などで顔を合わせる度に、彼女がどんどん強くなっているのを感じていた。恐らく単純な真っ向勝負ではもう彼女に勝てないのではないだろうか。
それほどに、アリスの成長速度は凄まじいものだった。
そして25層ボス戦の直後だったか──ヒースクリフが直々にアリスとアスナをKoBに勧誘したのは。
一応、彼に声をかけられた経験は俺もキリトもある。しかし俺達《ビーター》には、もうパーティーを組んで助け合うなんて真似ができるはずもない。その時は丁重にお断りしたのだが……
アリスたちが勧誘されている時── 一瞬だけ、あの美しい碧眼が俺を見た気がしたのだ。明らかな迷いを込めた瞳で。
次の瞬間、俺はアリスの元へ歩み寄り、勧誘を受けるよう勧めていた。
元より1層攻略の時から大衆への指揮能力を垣間見せていたのだ、それを腐らせておくのは勿体無い。彼女は俺1人の横ではなく、もっと多くの人々の中で輝くのが相応しい。
アリスが俺の足を引っ張る?──馬鹿を言うな。寧ろ俺の存在が彼女をここまでソロプレイに縛り付けていたのではないのか。
ならば暫くの間とはいえパートナーだった者の務めとして、背中を押してやるべきだ。
そう自分に言い聞かせ、納得したはずだった。そのつもりだったのだ。
だがそれ以降、俺の胸中には正体不明の何かがずっと燻っている。
「──以上が、今回のフロアボス《ザ・リヴァイアスサーペント》の情報です。名前からして、恐らく今回の敵は水中から攻撃を仕掛けてくるタイプであることが予想されますが、偵察隊の報告では、サーニャさんたちのクリアしたボスクエストの影響でこの層の水源が復活したことにより、ボスの動きを大きく制限することに成功しています。各自連携をしっかりととった上で挑めば、死者を出すことなく倒せるはずです。──それでは、質問がなければ今日はこれで解散とします。明日の朝10時に迷宮区へ出発するので、遅れないように」
第60層フロアボス攻略会議は、そんなアスナの言葉で締め括られた。
攻略に参加する面々がゾロゾロと会場を後にする中、俺は人の合間を縫ってそそくさと立ち去る。
入口に隠れて中の様子を伺うと、俺を探しているのだろうか──周囲をキョロキョロと見回すアリスの姿が。そんな彼女に申し訳なさを感じながらも、俺は黙って60層の転移門広場へ向かった。
「はぁ……何やってんだか俺は」
我ながら心底そう思う。明日にはボス戦が控えているというのに、よくわからない理由で一方的に壁を作ってどうなるというのか。
……そう、思ってはいるのだが。同時に、そのよくわからない理由を肯定する自分が存在しているのも確かだ。
そもそも──俺は第1層攻略後のあの時に、彼女への未練はもう断ち切ったはずだ。伝えたかったことは全て言ったし、ソロでの攻略をここまで貫いてきたではないか。
過去のボス戦などで会った時も、従来の距離感を保ってきた。なのに、何故今になってこうも彼女との距離感を掴み倦ねている?
思い当たる理由があるとすれば……やはりあのボスクエストの時だろうか。
ギリギリでボスのHPを削りきれず、危うく丸呑みにされそうになっていた所を彼女の《ヴォーパルストライク》に救われた。
その事実を今更否定する気はない。俺がしくじったことも、俺が彼女に助けられたことも、紛れもない事実だ。
ビギナー出身の彼女に助けられたことが気に食わない?──違う。俺はそんなにプライドの高い性分ではない。ましてや今は前人未到の60層、ここまで来ては《ビーター》のアドバンテージもなにもあって無いようなものだ。
クエストボスの
だがそうではないだろうと、頭の中でもみ消す。……きっと、本当の理由は──
「(最初は俺がアリスを助けることが多かったのに、今じゃあのザマか……情けないな)」
そう──極端な話、理由はアリスに対する劣等感だろう。今さっき脳内で「自分はプライドが高くない」などと宣っておきながら、心の底ではこんな事を思っていたのだから救いようがない。
今やアリスは、アスナと並ぶKoBの副団長で、紅白カラーの装備がユニフォームとなっているあのギルドで唯一、白を基調に青の差し色が入った鎧、そして群青色のマントを羽織る豪胆さも見せている──何でも、団長に直訴して特例を勝ち取ったのだとか。
一方、俺とて日々のレベリングや武器強化・更新は怠っていない。客観的に見て、攻略組の中で少なくとも上の中以上に位置するのは間違いないと自負しているし、先日サーニャからもトップクラスとまでのお墨付きを頂いた。
だがそれでも……
レベルやステータスといった数値的・システム的なものではなく、もっと抽象的な──概念めいたなにか…とでも言えばいいだろうか。
全てが0と1で構成されるこのSAOで何を言うかと馬鹿にされるかもしれないが、しばらく彼女と共に戦い、成長を見届けてきた俺には、なんとなくではあるが分かるのだ。
彼女は確かにこの世界に存在しているが、しかし俺たちとは違う世界を生きているのではないか──と。
「……止めだ止め。こんなこと考えたって何にもなりゃしない」
このまま考えていては、思考の中で1人勝手にど壺に嵌っていきそうだ。
無理矢理思考を打ち切った俺は、明日に備えてとっとと眠るべく寝床へ急いだ。
「──はぁ!?」
翌日、俺が一番最初に発した言葉がそれだった。
時間の30分程前に60層に到着した俺は、接近に気付けなかったアリスに捕まり、パーティーメンバーの元へ連行されたのだが……
「なんでこの面子なんだよ!?昨日の振り分けじゃ違うメンバーだったろ」
「ですから、あの後アスナと相談して決めたと言ったでしょう。どこぞの槍使いがさっさと帰ってしまったせいで、情報の伝達が遅れただけです。言っておきますが、しっかりメッセージも送りましたよ」
そう言われてメニューを開けば、確かにアリスからのメッセージが未読状態で残っており、黙って帰った事といい、悪いのは明らかに俺なのでぐうの音も出ない。
ガックリと肩を落とす俺の周りには、黒いロングコートに同色の片手剣を装備した馴染みのプレイヤーであるキリトと、今回のボス戦の指揮を担当するアスナの姿が。要するに、久しぶりに「あの頃メンバー」でパーティを組もうという事なのだろう。
「ここ最近のボス戦で、お前は独断先行が目に付きます。それが結果的に勝機となる事もありましたが、それはアスナの采配があってこそ──今回は勝手な行動をしないよう、私が直接お前を見張ります」
「お前は俺の母親か何かか。言ってくれれば大人しくする、こんな事する必要は無い」
「……ミツキ君、何をそんなに嫌がってるの?アリスと喧嘩でもした?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ええ。避けられ過ぎて喧嘩などする暇もありませんでしたから」
「こりゃ中々に重症だな……」
「もう……今更言うまでもないけど、ボス戦は連携が大事なんだから。何かわだかまりがあるなら、早く解消しておいてね」
嘆息したアスナが他のパーティへ挨拶に向かったのを見送り、俺とアリスとキリトの3人になる。
「──えっと、アリス。悪いんだが、ちょっと外してくれるか?」
「キリト……私がいてはマズい事でも?」
「マズいっていうか……ほら、男同士の方が──もとい、男同士だからこそ話せる事ってのもあるしさ」
「……つまり、ミツキが私を避け、その理由すら教えてくれないのは、私が女だからだと……?」
「いやいや、そうは言ってないだろ!?」
これでもアリスとはそこそこ長い付き合いであるはずのキリトだが、まだ彼女の地雷を把握していなかったらしい。即ち、アリスは女だからという理由で侮られたり、除け者にされるのを滅法嫌うのだ。尤も、今のはアリス側がキリトの言葉を拡大解釈した側面もある為、一概にキリトに非があるというわけでもないのだが。
何はともあれ、アリスがキリトを詰問している今がチャンスと、俺はこっそりその場を離れようとする。が、背中を向けた瞬間に背後からジャケットの襟首をむんずと掴まれてしまった。
「──逃がしませんよ。アスナも言っていた通り、ここで一切合切吐いてもらいます」
「ッ……だから、そんな事しなくてもボス戦はちゃんとやるって。それでいいだろ?」
「お前は良くても、私は──ッ!」
「──おぅおぅ、ボス戦前でも夫婦喧嘩たァお熱いねぇ」
冗談めかして声をかけてきたのは、今回もボス戦に参加するギルド《風林火山》のリーダー、クライン。どうやらアスナに聞いてこちらにも挨拶に来たようだ。
「だッ、誰が夫婦ですかッ!」
「誰がってそりゃ、痴話喧嘩で場の空気をいい感じに解してくれてるお2人さんしかいねぇだろって。なぁ、キリトよ?」
「お、俺に振るなよ……」
暫く疎遠になっていたというクラインに、キリトはまだ気まずさが抜けきらないのか、少々歯切れの悪い言葉を返す。それを見て、どうやら険悪な仲になったわけではないようだと内心胸を撫で下ろす一方、アリスはというと、クラインの痴話喧嘩というワードを受けてキョロキョロと周囲を見回していた。俺もそれに倣って辺りを見てみると……確かに、いくつかのパーティが何やら微笑ましそうな顔でこちらを見ていた。中には見知った顔もいくつかある。
「っ……場の空気を乱していた事は認めます──が!私達は夫婦ではありません!そこは勘違いしないように!」
「そうだ。大体、俺じゃアリスには釣り合わな──」
そこまで言って、しまった。と口を噤むが……
「ミツキ、お前……」
……遅かったようだ。次の瞬間、グイと腕を引かれて広場の隅へ連行される。視界の端に、相変わらず面白そうに笑いながらひらひらと手を振るクラインと、どこかシンパシーを感じているような顔のキリトが一瞬だけ映った。
「──先程の言葉、あれはどういう意味ですか」
「どういう、って……言葉通りだろ」
「……本気で、そんな風に思っているのですか」
「本気も何も事実だ。アリスはもう──いや。多分、最初から俺よりもずっと強かったんだよ。俺がアリスに色々教えられたのも、単にアリスがこの世界に疎かったってだけで、何も実力で勝ってたわけじゃない。極論、例え俺と出会ってなくたって、アリスは──むぐッ!?」
不意に口を塞がれ、反射的に逃れようと藻掻く俺だったが、
「……やめて」
「っ………」
この距離でなければ聞こえないであろう、消え入りそうな声。今にも泣き出しそうな──まるで何かに縋るような彼女の目を見た俺は、ピタリと抵抗を止めていた。
「……一度しか言いません、よく聞きなさい」
俺の口元を抑えたまま、アリスは言葉を続ける。
「私はずっと、お前のようになりたいと思っていました。今だってそうです。お前と対等でいられるように、お前と並び立てるように──お前の背中を、預かれるようにと」
「アリス……」
口元を押さえていた手は次第に緩み、俺の胸の前でキツく握り締められる。
「それだけを……お前の背中だけを追いかけてきたんです。だからっ……」
そこから先に言葉が続く事はなかったが、彼女が何を言いたいのかは察せた。
アリスは俺に追いつこうと頑張ってきた。俺の助けを借りず、自分で考え、時には他者を頼り、己を磨いてきた。全ては俺と一緒に戦えるように──攻略組の中でも溢れた存在である俺を孤独にしないように。
しかし当の俺が彼女を遠ざけてしまっては、全ては本末転倒になってしまう。
自分の努力を、目標を、今に至るまでの全てを否定しないで。と、そのような事を言いたかったのだろう。
ならば、俺はどうするべきだろう。
目の前で顔を俯ける姫騎士の思いに、どう応えるのか──その回答に辿り着くのに、時間はかからなかった。
「──ありがとう、アリス。まさかそこまで買って貰えてたとは、素直に嬉しいよ」
目元を微かに赤くしたアリスの目をしっかりと見て、俺は言葉を続ける。
「けど正直な所、俺がアリスより強いって実感は無い。この前だってカッコよく助けられちゃったしな」
「それは……」
「だから、ちゃんと実感することにするよ──今回のフロアボス、LAは俺が取る。タッチの差でも、どさくさ紛れでもない。誰が見ても文句の言えない完璧なトドメ、見せてやるよ」
勿論、ちゃんとHP削りにも参加するからな。と付け加えた俺を見て、アリスはようやく口元を綻ばせた。
「全く……本気になるのが遅過ぎます」
「……一応、これまでも本気ではあったんだけどなぁ」
本人には絶対言えないが、ここ数層に渡るフロアボス戦で、俺はどうにかLAを取ろうと躍起になっていた自覚がある。報酬のレアドロップは勿論だが、どんどん強くなっていくアリスに、自分だって負けてはいないと──少しはカッコいい所を見せたかったという理由も多少ながらあった。本人には、絶対に、言えないが。
結果から言えば、かれこれ5連敗の記録を打ち立てている。理由が理由なだけに、流石にちょっと凹んでしまう男心を理解して欲しい所である。
斯くして場所は移り、60層迷宮区最上階──緊迫した空気で満たされるボス部屋の扉が重々しい音を立てて開いていく中、攻略組の面々は各々の武器を抜き放つ。俺も背中から愛槍である《アクア・オーラ・スピア》を抜き、確かめるように握り締めた。
そんな俺の隣に並び立つアリスも、腰から銀色の片手剣を抜くと、
「行きますよ、ミツキ」
「……ああ。
俺の言葉にアリスが何か反応を示すより先に、扉が開ききる。そして──
「始めましょう──戦闘開始ッ!」
アスナの号令で一斉にボス部屋の中へなだれ込んでいくプレイヤー達。ボス部屋内部は薄暗く、至る所に生えた苔が3色の光を放ち視界を確保してくれている。そして真っ先に目を引いたのは、中央にある大きな円形の水溜り──否、湖と言った方が正しいか──があり、その外周をグルリと囲むように岩の足場が設置されている。
偵察隊が最初にこの部屋を訪れた時は、プレイヤーが地に足着けて戦えるのはこの狭い外周部だけだったのだが、以前俺がサーニャやクライン達と共にボス攻略クエストをクリアしたことで、この部屋に溜め込まれていた大量の水がフィールドへ放出。それにより水位が下がり、外周部から1段下に降りた、より広いフィールドで戦えるようになった。同時に──
「──来るわ!総員警戒ッ!」
「シャアアアアアアアアッッッ───!!!」
盛大な水飛沫と共に、湖の中から顔を出した巨大な海蛇のフロアボス《リヴァイアスサーペント》の行動可能範囲も狭まっている。自分のテリトリーを侵されたことで気が立っているのか、サーペントは挨拶とばかりに、陸に乗り上げた身体を大きくしならせた。
「叩きつけが来る!散開ッ!」
ボス攻略クエストで戦った《ポイズン・シーサーペント》の情報を共有していたお陰で、アスナは冷静に指示を飛ばす。迅速にサーペントから距離を取ったプレイヤー達の前に、蛇の顎が空を切って叩きつけられた。
その隙を逃さず、付近のアタッカー達が小手調べの単発ソードスキルを発動。湿り気を帯びた鱗に4つの刃が食い込み、4段あるHPバーの最上段が僅かに削れる。
「流石に硬い……各自、連携して攻撃を加えつつ攻撃パターンの把握に専念してッ!」
大まかな戦闘の方針が定まり、ここからパーティ単位での行動となる。
どのパーティもタンクを主軸として慎重に削りを入れているのに対し、ズバズバと攻撃を加えるパーティが1つだけ──言わずもがな、俺達のパーティだ。
「──今の所、噛み付きと叩きつけがメインって感じか!?」
「ああ!クエストボスの方は毒のブレスと薙ぎ払いもあったが、ゲージ2段まではこれが続くと思っていいはずだ!」
恐らく俺が戦ったクエストボスは、このリヴァイアスサーペントの幼体だったのだろう。であれば、成体であるこのボスもそれに準ずる攻撃手段を備えていると考えるのが自然だ。ゲージの3段目──HPが丁度半分になったタイミングと、最後の1段。ここでフロアボス特有のパターン変化が待ち受けているはず。
「セァ──ッ!」
サーペントの噛み付き攻撃を、アリスが下段から斬り上げる《スラント》で迎撃。一瞬怯んだ所へ、スイッチした俺とキリトのソードスキルが同時にヒット。クリティカルだったらしく、HPバーがガクンと目に見えて減少した。
タンクを擁さない俺達のパーティは必然的に防御と攻撃を同時進行する形になっているが、ダメージを欲張らず、攻撃後の隙にきっちり1撃を見舞うというローテーションさえ守れば、他のパーティでも安定してダメージを重ねていけるだろう。
──そのまま戦闘を続けること30分程が経った頃だろうか。単調な攻撃だったこともあり、程なくして動きに慣れてきたプレイヤー達の猛攻によって、ゲージの1本目が削りきられた。ここで、ボスに変化が訪れる。
サーペントが鎌首を擡げ、咆哮するかの様に口を大きく開く──すると湖の水が巻き上がり、海蛇の後方に4つの水柱を形成した。
「まさかもう……!?」
「ッ──アスナ!」
「パターン変化よ!全員タンクの後ろに!」
アスナの鬨の声に従い、大盾持ちの背後にプレイヤーが密集する。しかし反応が遅れたり、距離的に間に合わなかった者もおり──
「──ブレス来るぞッ!!」
という俺の言葉が引き金となったかの様なドンピシャのタイミングで、サーペントの口から噴射された見るからに毒々しい紫色の高圧水流が、逃げ遅れたプレイヤー達に襲いかかった。
幸い、既に退避が完了していた者が手を引いたお陰でモロに直撃を食らった者こそいないが、数人は身体の下半分にブレスを浴びてしまったらしい。HPが減少すると共に、彼らのゲージ上には見慣れた黄色いアイコンが表示されていた。
「よりによって麻痺毒か……ッ!」
現実世界に於ける海蛇は基本温厚でこそあるものの強力な神経毒を持っているとされており、噛まれた場合は医療機関で適切な処置を施さなければ全身麻痺で死に至る危険性もある。
温厚かはともかく、その身に秘めた毒性はこのリヴァイアスサーペントも例に漏れなかったらしい。脚だけとはいえ、かなり高レベルな麻痺を付与する毒ブレスを浴びたプレイヤーは、麻痺が解けるまでまともに立つ事も出来なくなってしまう。
そんな彼らを後方へ下げる為の人員も割かねばならない以上、今後毒ブレス攻撃は完全回避か防御が絶対条件となる。タンク隊の重要性が一層高くなったというわけだ。
しかもそれだけではない。パターン変化の際に出現した4つの水柱──あれからも時折水のレーザーが発射されるのだ。発射直前になると柱が激しく渦を巻く為、攻撃に備えるまでは簡単だが、何分向こうはレーザーだ。ブレスとは弾速がまるで違う。空を切ったレーザーが地面に刃物の様な跡を残しているのを見るに、恐らく当たれば部位欠損ないし出血状態は避けられないだろう。こちらにも注意せねば。
するとどうなるか──
「……マズイな。どんどん陣形が乱れ始めてる」
「無理もありません。こうも絶え間なく散開と密集を繰り返していては……!」
サーペントが遠距離攻撃を行う際は、とにかくタンクの背後に隠れなければならない。特にブレスがかなりいやらしい。1人ではギリギリ防ぎきれなさそうな効果範囲を有するブレス攻撃は、大盾持ちを複数並べて壁を作ることで対抗している状態だ。
今回のボス攻略レイドはポジション別ではなく、連携面を重視したパーティ編成となっているのだが、一度大量のプレイヤーが入り乱れてしまうと、従来の物理攻撃に加えてレーザーへの警戒もしなくてはならず、元のパーティで陣形を組み直す暇が無いのだ。当然、面子の入れ替わった寄せ集めのパーティでは十分な実力を発揮できず、HPを削るペースも一気に落ち込み始めた。
最後方で指揮を執るアスナもこの状況を認識しているようだが、散り散りになったパーティを下がらせて再編成しようにも、中にはタンクがごっそり欠けている一団や、複数のタンクが集まった結果、遠距離攻撃への対応で手が離せなくなってしまった者もいる。HP管理もバラけており、安易にプレイヤーを入れ替えられない。このままではレイドが崩壊するのも時間の問題だ。
「ッ──キリト、アリスッ!」
「ああ、分かってる──!」
「アスナ!5分は抑えてみせます、その間に立て直しをッ!──HPに余裕のあるタンクはこちらに!」
アリスの呼び声に応じ、KoB所属の盾持ちが2人、俺達に合流する。
現状敵のHPは2段目が3割弱削れている。まだまだ長丁場が予想される以上、こちらとしても無茶は出来ないが……
「今のままではアスナの負担が大き過ぎる、私達で少しでも敵を弱らせます!」
「ゲージ2段目からこれって事は、1本削れる度に攻撃パターンが変わる可能性もある。もし広範囲攻撃なんぞ来ようもんなら、流石にこの数じゃ耐えられない。せめてタンク入りのパーティが1つ復帰するまで、削りきる寸前で耐えるぞ」
「ダメージディーラーには難しい注文だな……出来るだけ早く復帰して欲しいもんだが、そこはアスナの手腕に期待するとしようか」
作戦を示し合わせている内にまたもブレス攻撃が襲いかかるが、流石はKoBというべきか、タンクの2人は臆することなくしっかり防御してくれている。
「ッ……このブレスを防いだら動きます、用意はいいですね?」
「ああ──行くぞ、スイッチ!」
ブレスが止むと同時に俺達はタンクの後ろから飛び出し、ボスに対し僅か3人での耐久戦が始まった。
「レーザー攻撃は各自で避けろ!タンクを出来るだけ持たせるぞ!」
「簡単に言ってくれるな──ッ!」
ぼやきながら、キリトもアリスも水柱から放たれる水流レーザーを躱していく。レーザーは確かに脅威ではあるが、線は細いお陰で軌道さえ見切れれば回避は容易だった。しかしそのレーザーも、2本同時となれば話は別で……
「クッ──!」
襲いかかる2条のレーザーを、俺はジャンプからのローリングで回避する。まるでスパイ映画のワンシーンをやっている気分だ。サーペントの周りを駆け回る俺達が3人なのに対し、レーザーを撃つ水柱は4本。さっきも言った通り、タンクは出来るだけ温存しなくてはならない以上、ブレス攻撃の時以外は頼りたくない。であれば必然、誰かがレーザー2本分のターゲットを引き受けなくてはならず、その役目を俺が負っているという訳だ。
幸い、持ち前の動体視力のお陰で軌道を見切るのは難しくない。集中さえ切らさなければ問題ないはずだ。
「っ──叩きつけ、来るぞ!」
「回避ッ──!」
ターゲットとなっていたキリトが飛び退き、サーペントの顎が叩きつけられる。間髪入れず、俺達3人のソードスキルが顔面に食い込んだ。ボスのHPゲージが2割程減少する。
「──《風林火山》、部分的にだが復活だぜェ!」
ここで、早くも回復と再編成を終えたらしいクラインのパーティが戦線に復帰。だがクラインの言の通り、全員ではない。クライン本人と、大盾とハンマーで武装した《風林火山》のメインタンク、トーラスだけが先んじて戻って来たようだ。
あの状況でもしっかりと戦況を見て、迅速なタンクの復帰を優先する判断を下したのであろうクラインの采配もそうだが、何より盾持ちが1人増えたのがかなり大きい。これならブレスは勿論、ゲージ移行時のパターン変化にも耐える算段がついた。
俺はアリスとキリトに目配せし、2人の了承を得る。丁度同じ考えに至っていたらしく、陣頭指揮を執るアリスが指示を飛ばす。
「──次の噛み付き攻撃で、タンクは一斉にシールドバッシュ!即座にスイッチして、連撃技で一気に2段目を削り切ります!」
「3段目に入った瞬間、またパターン変化が来る可能性が高い。忙しくて悪いが、タンクはディレイ中のフォロー頼むぞ!」
連撃技のソードスキルは、往々にして発動後の硬直時間が長い。タンクはそこのフォローもせねばならず責任重大だが、3人は心強い頷きを返してくれた。
「来るぞッ、迎撃準備!──今だッ!」
キリトの合図で、タンク隊は持っている盾を迫り来る蛇の顎に叩きつける。
ボスモンスターは通常のモンスターよりも状態異常に掛かりづらくなっているのが通説だが、スタン率の高いシールドバッシュスキルを3人分一気に喰らえば、流石のフロアボスとて目を回す。
頭上にスタンエフェクトをチラつかせるサーペントに、4つの刃が殺到する──!
「ハァ──ッ!!」
俺の両手槍8連撃技《スプレッティング・スタブ》が奔り──
「セャァッ──!!」
アリスの片手剣7連撃技《デッドリー・シンズ》が唸る。
「オオオオ──ッ!!」
キリトは片手剣最上位剣技、10連撃《ノヴァ・アセンション》を炸裂させ──
「オルァァ──ッ!!」
クラインがカタナ最上位剣技《散華》を叩き込む。
いずれもトップクラスのソードスキルを同時に4つお見舞いされたサーペントのHPは予想よりも大きく減少し、3段目の頭を1割強削る。一瞬怯んだかの様に頭を引っ込めたサーペントは、憎々しげに俺達を見下ろすと、身体を反らし、口を大きく膨らませる──ブレス攻撃の予備動作だ。
すぐさまタンク3人が俺達の前に出て盾を構えるが、覚悟していたブレスが放たれたのは俺達ではなく──
「……お、おい。アイツ何やってんだ?」
「自分のいる湖にブレスを……?」
現在、サーペントは溜め込んだブレスを敵であるプレイヤーではなく、自らのテリトリーである湖に向かって吐き出している。不可解なこの行動の意味は、すぐに分かった。
「っ……アレをッ!」
硬直の解けたアリスが指差す方へ目を向けた俺達は、揃って息を呑む。
「おいおい……何してンだあの野郎……ッ!?」
「マズイ……ッ──アスナ!パーティの復帰は一旦待ってくれ!」
キリトの声を聞いたアスナも、即座に状況を理解したらしい。今まさに復帰しようとしていたパーティを制止した。
俺達の視線の先──サーペントの背後にあった4本の水柱が、
この状況から導き出される、奴の次なるパターン変化──あの水流レーザーにまでも毒属性が付与されたと見るのが妥当だろう。それだけならばまだ良かった。それだけならば。
新しい力を見せつけるかの如く、水柱が4つ揃って渦を巻き──毒を湛えたレーザーが襲いかかる。
「……速度が落ちている?」
「弱ってるって事か?さっきのに比べりゃ、アクビが出ちまうぜ──」
ジジジ…と地面を削りながらゆっくり近づいてくる毒レーザーを、クラインは余裕の表情で躱す。が──
「──横に跳びなさい、クラインッ!」
「うおッ!?──っと」
アリスの激で反射的に飛び退いたクライン。そのクラインが今の今まで居た場所を、あの毒レーザーが灼いていた。驚愕に目を剥くのも束の間、レーザーはクラインの方へジリジリと接近してくるではないか。
「イッチョ前にホーミングだァ!?メンドくせぇな、ッたくよォ!」
これはほんのデモンストレーションだとでも言わんばかりに、更なる3本のレーザーが照射。近くにいるプレイヤーの追跡を開始した。
「毒属性とホーミングだけじゃない、照射時間も伸びてるのか……ッ!」
「くそ、この分じゃ毒のタイプが増えててもおかしくないぞ!」
これまで毒の効果は麻痺だけだった。それだけでも十分過ぎる程厄介だが、もしこれにダメージ毒まで追加されていたとしたら……麻痺による行動不能+ダメージ毒+レーザーによるダメージ及び部位欠損ないし出血効果による持続ダメージ+サーペントの物理攻撃と、このレーザー攻撃だけで、最悪の即死コンボが組み上がってしまう。
無論、あくまで仮定の話だ。毒はこれまで通り麻痺だけかもしれないし、レーザーを食らっても部位欠損には至らないかもしれない。だがこの希望的観測を胸に戦うのは危険だろう。考え得る最悪を想定して立ち回らねば。
「ッ……しつこいですね」
「見た感じ、レーザーは特定の誰かをターゲットしてから撃つんじゃなくて、1番近いプレイヤーをホーミングするタイプみたいだ。照射時間は……大体20秒ってとこか」
最寄りのターゲットをホーミングするタイプの攻撃に関しては、硬い誰かが受けるか、或いは複数人で引っ掻き回してタゲを定めさせないといった対策が定石とされている。しかし数が4本である事と、大盾でシャットアウトするか完全回避をしないと麻痺を貰うのがネックだ。
加えて、この手の攻撃を回避するにはフィールドを大きく動き回らなければならず、レイドの全パーティが復帰すると却って身動きが取りにくくなってしまう。
「──皆、一度下がって回復して!」
背後からの声に振り向けば、復帰準備を終えたパーティが2つ、こちらへ向かってきていた。どうやらアスナは少数のパーティをどんどんスイッチして戦う方針に切り替えたらしい。
現状のボスの特性を後続のパーティに伝えた俺達は、一度ボスのアグロレンジから離脱した。
「はぁ…はぁ……今回のボス、相当厄介だぞ」
「えぇ……本当に、アスナはよくやっています」
60層──5の倍数の層ということで、一際強力なボスであろう事は予想していたが、これはとにかく意地が悪い。
「指揮官泣かせ」とでも言えばいいだろうか。従来のボス戦のセオリーをかき乱すあの海蛇は、レイドの指揮を執る者に多大な負担を強いてくる。これを定石通りに相手するなら、戦力を平坦に統一して絶対的な統率力を持つ──軍隊のようなタイプのレイドが最適解ということになるだろう。
それでも、統率を取りながらしっかり戦況を見て最善の判断を下すアスナは、アリスの言う通り本当によく戦っている。
「──ありがとう。アリス達のお陰で、何とか立て直せたわ」
「礼には及びません。アスナこそ、こちらの意図を汲んだ見事な采配です」
少し余裕のできたらしいアスナが、ポーションをがぶ飲みする俺達の元へやって来る。
「分かってると思うけど、もう数で押し切るのは無理だわ。きっとかなりの長期戦になって、皆疲弊していくと思う。そうなったら、またキリト君達に頼らないといけなくなるかも……」
「何言ってんだよ。俺達はアスナに頼って貰う為にここにいるんだぞ?」
「その通りです。指揮官はあなたなのですから、我々を存分に使いなさい」
「ミツキ君、アリス……」
飲み干したポーションの瓶を投げ捨てたキリトは、アスナの肩をポンと叩く。
「そういう事だ。俺達はアスナを信じて指示に従う。だからアスナも、俺達を信じて無理難題を吹っかけてくれよ」
「キリト君……うん、3人共ありがとう。──とにかく今は回復に専念して。HPバーが最後の1段になったら、どんな攻撃が来るか分からない。3人の対応力が必要になるわ」
どこか吹っ切れたような表情のアスナに、アリスは頷きを、俺とキリトはサムズアップを返した。
3段目のゲージを削りきったのは、あれから2時間と半分が経つかという頃だった。
ソードスキルを繰り出すチャンスである物理攻撃直後の隙を埋めるかのように迫るレーザーのせいでダメージペースは驚く程落ち込んだが、それでも誰1人諦めず、地道に攻撃を続けた結果だ。
「──さて、何が来る」
ケージを削りきる直前で戦線に復帰した俺とアリス、キリトの3人は、パターン変化に備える。
次は何だ?──レーザーの数が増える?ブレス攻撃に変化が?考えたくないが、レーザーのホーミングはそのままに速度が元に戻るのだろうか。
固唾を飲んでボスを注視していると、サーペントは突然湖へと潜っていった。中で暴れているのか、地響きが部屋を揺らす。やがて、サーペントは再び姿を現した──先程とは異なる色の身体で。
「何だ……どうなってる!?」
「所謂本気モードってやつか?……いや、そういう事か!」
サーペントの足元──湖の水面に、何か白い破片のようなものがいくつも浮いている。恐らく──あれはサーペントの皮。
奴はこの土壇場で脱皮したのだ。見れば、身体も一回り大きくなっているように思える。
「キリト……これ系の敵が脱皮した後って、どうなると思う?」
「そうだな……よくある所じゃ、まずでっかくなるのと、脱皮してすぐは防御力が低い」
「だよな。それと──」
俺の言葉を待つことなく、サーペントがでっかくなった顎を叩きつけてくる──それを回避した俺は、顎を打ち付けた地面が大きくひび割れているのを目にした。
「やっぱり、攻撃力も上がってるぞコイツ……!」
「ッ──次、ブレスが来ますッ!」
アリスの声を受け、俺達は挙って盾持ちの背後に退避する。サーペントは大きく膨らませた口から、あの毒ブレスを──
「──シャッ……アァ……ッ!?」
「ブレスが来ない……?」
サーペントは咳き込むように毒液を吐き出すが、あの恐るべき勢いは見る影もない。
「……そういや聞いたことあるな。脱皮って結構体力使うらしいぞ」
「つまり、奴は今消耗してブレスを撃てる状態ではないという事ですか?」
「多分。けど時間が経てばまた撃ってくるはずだ」
「なら──やる事は決まったな」
ブレスを封じられ、且つ防御力が落ちている今──全力で奴を叩く!
目配せだけで意思疎通した俺達は、すぐさま飛び出してサーペントへ向かっていく。
「──タンク隊ッ!レーザーは俺達で引き付ける!物理攻撃の受けにだけ集中してくれ!」
そう言うなり放たれたホーミング毒レーザー。幸い速度は変わっていない。キリトと俺はレーザーを振り切らないギリギリの距離を保ちながら別のレーザーへ接近し、各2条ずつレーザーのタゲを引き受ける。
残るアリスへサーペントの顎が迫るが、そこはタンクがしっかりガード。すぐさまアリスが反撃のソードスキルを叩き込み、サーペントのHPが2割程削れた。
「──やはり防御力が落ちています!このまま攻めましょうッ!」
アリスが離脱し、レーザーを誘導。入れ替わるようにしてボスの前に躍り出たキリトは、先程と同じ手順でサーペントを攻撃する。タンク隊が気を利かせてシールドバッシュを行った事で大きな隙が生まれ、片手剣4連撃技《バーチカル・スクエア》がサーペントの顔面に深々と傷を残した。HPが3割減少し、イエローに染まる。
そこへ更に、レーザーの照射が終了してフリーになった俺が仕返しとばかりに両手槍単発技《スイフト・ランジ》を発動。全ソードスキル中最速クラスの直線突きがサーペントの目を抉り、更にHPが2割減少、遂にレッドゾーンへ突入する。
「シャアアアアアアアッッッ──!!!」
先程まであの鬱陶しいレーザーを撃っていた4つの水柱がうねり、寄り集まって大きな渦となりサーペントを覆い隠す。そして──
「シャアアアッッッ!!!!」
あの巨大な渦から4つの竜巻が出現し、陸の上を駆け巡った。
「全力回避──ッ!」
ここまで幾度となくサーペントの攻撃を防いできたタンク隊も、これは逃げるしかない。どうやらレーザーの時のようなホーミング性能は無いようだが、代わりに軌道が不規則で読みづらい。加えて、竜巻に巻き上げられた石や岩が礫となって降りかかる。盾持ちならば耐えられるだろうが、防御全捨ての俺やキリトは当たればひとたまりもない。
「くそッ……ここで時間を食ってる場合じゃ……ッ!」
竜巻を回避しながら、キリトが毒づく。
俺達が攻勢に踏み切ったのは、ブレスが来ない事と、敵が柔らかくなっていたのが理由だ。そして勝負を急いだのは、それらに時間制限があると踏んだから。
それらの前提が崩れてしまえば、攻撃力の上がったボスの物理攻撃を捌きながら、陸上を徘徊する竜巻を避けつつ、あの毒ブレスに対処しなくてはならない。付け加えるなら、竜巻とレーザーが同時に襲いかかるという悪夢まで想定される。
そこまでされては少数パーティで戦線を支えるのも限界だ。さりとて総力戦を挑むなど以ての外。
即ち、ここで奴を倒しきる他に道は無い。
「っ……」
8割程残った自分のHPを見てゴクリと息を飲んだ俺は、腰のポーチに手を突っ込んで2つのアイテムを取り出す。
そして──
「っ──ミツキ何をッ!?」
アリスの声を尻目に──俺はボスに程近い竜巻へ飛び込んだ。
「うっ──ぐっ…ゥゥゥ──ッ!!」
荒れ狂う水流に振り回される俺のアバターは、麻痺毒によって動かすことが出来ない──どうやら毒の種類は増えていなかったようだ──加えて、一緒に巻き上げられていた岩や石とぶつかる度にHPもガリガリ削れていく。
やがてHPバーがイエローを下回り、レッドゾーンへ突入した瞬間、
「──
口に咥えていた《回復結晶》を使用し、HPが瞬時に満タンまで回復する。しかしそれも再び減少を始めた。
「(もう少し……もう、少しで……ッ!!)」
そう。あと少しで───
浮遊感を感じながら、視界にボスの姿を捉える。下からではあの渦が邪魔でまともに攻撃できなかったが、上からなら──!
俺は咥えていた2つ目のアイテム──《解毒結晶》を使用し、身体を蝕んでいた麻痺毒を解除。一緒に飛ばされていた岩を蹴って、ボスの真上へ到達する。
「──ミツキッ!!」
「──!?」
アリスの声と同時に、サーペントも頭上の俺に気づいたようだ。ロクに身動きも取れない無防備な俺を丸呑みにしようと、大口を開けてこちらに迫ってくる。
当然、餌になってやるつもりなど毛頭無い──ッ!!
逆手に持ち替えた槍を肩の上で大きく引き絞ると、美しい真紅のライトエフェクトに包まれる。
このアインクラッドに於いて、全武器カテゴリの中でも限られた数種にのみ許された、
「これでッ……終わりだあああああああァァァ──ッッッ!!!!」
両手槍投擲技《メテオ・インペイル》──この時、この場にいた全てのプレイヤーは、ボスを真っ二つに斬り裂く紅き流星を目にしたのだった。
身体を2つに切り開かれたサーペントが、声もなくポリゴン片となって爆散していく。
僅か数秒の沈黙の後──俺が湖にポチャンと落ちた瞬間──割れんばかりの歓声がボス部屋に反響した。
「──ミツキ!無事ですかッ!?」
誰もが歓喜に沸く中、アリスとキリト、わざわざ最後方からアスナまでもが湖に駆けつけ、俺の名を呼ぶ。つい先程まで身体に悪そうな色をしていた湖に落ちたのだから心配するのは当然だが、それもすぐに収まる。
「──なる程、この苔が毒を吸収してるのか」
「大自然の自浄作用ね」
呑気に感心するキリトとアスナ。程なくして元に戻った湖に、プカリと人影が浮上する。言わずもがな、俺である。
「ミツキ!生きてるのですねッ!?」
尚も切迫したアリスの声に、俺は親指を立てて無事を示す。それでようやく、彼女も胸をなで下ろした。
バシャバシャと何年かぶりのクロールで陸に上がった俺は、開口一番アリスからキツいお叱りをもらった。「無茶をするな」「これだからお前は」とまぁ、内容はそんな感じだ。
「でもまぁ、無茶した甲斐はあったさ──アリス、ちゃんと見てたか?」
「……ええ、この目でしかと見届けました」
「……何の話?」
「ふふっ、こちらの話です」
事情を知らないアスナは頭に疑問符を浮かべていたが、キリトは詳細こそ知らないものの、どこか安心したような笑みを浮かべていた。
転移門の
「──そういやミツキ。今回のLAボーナス、何だったんだ?」
「ん?ああ、まだ確認してなかったっけか。えっと──」
開いたアイテム欄を入手順に並べ替えると……
「お……マジか、両手槍だ」
「へぇ、どんなの?」
「固有名《ハウヴェード》。日光が無い場所で攻撃力上昇のバフが掛かるのと……低確率でダメージ毒か麻痺毒をランダムに付与するパッシブ効果があるな」
「なんじゃそりゃ、確率とはいえリーチのある毒武器とか反則だろ……!」
「元々両手槍のソードスキルはデバフ効果の付いたものが多いですし、迷宮区は原則屋内ですから、今後の攻略でも役立ちそうですね」
「ああ。ボス素材も結構手に入ったし、これを機に防具を新調するのもいいかもな」
「……防具の素材になるようなアイテム、落ちたか?」
「んー……それっぽいのはあるけど、数は少ないかな。アリスは?」
「私もです。どちらかといえば、武器強化の素材が多い」
「なる程、じゃコレ持ってるのは俺だけってわけだ──」
アイテム欄からオブジェクト化したのは、鱗模様の入った大きな白い切れ端。
「……なんだこれ?」
「リヴァイアスサーペントの脱皮した皮。ほら、俺あの後湖に落ちたろ?そしたらこの皮がそこら中に浮いててさ。毒を吸収するあの苔と一緒に回収しといたんだ」
フロアボスの皮と、フロアボスの毒素をも吸収する苔。大量に手に入ったこれらを使えば、さぞ優秀な防具が作れるに違いない。
「お、俺ちょっとボス部屋まで行ってくる!」
「何時間経ったと思ってるの?もう消えちゃってるわよ」
レア素材に釣られ慌てて席を立つキリトだったが、アスナの尤もな意見を受けて大人しく座り直す。
「……な、なぁミツキ。俺達、友達だよな?」
「……やらんぞ?」
「全くもう、相変わらずレアアイテムに目がないんだから──それはそうとミツキ君。私、今回すっごく頑張ったと思うんだよねぇ?」
「それはそうだが……やらんぞ?」
「ミツキ──」
「あげないからなッ!?」
そんな一幕を経て──アインクラッド第60層の攻略は完了した。
今回フロアボスにトドメを刺した俺は、誰が言ったか、巨大なボスを文字通り真っ二つに切り裂いた槍使い、という意味を込め──
──《裂槍》の名で、アインクラッドのプレイヤー達に知れ渡る事となるのだった。
──打ち上げがお開きになり、各自寝床に帰ろうとしていた最中。俺はキリトに呼び止められ、夜闇の中、2人して中層の辺境フィールドに場所を移していた。
「悪いな、こんなところまで」
「まぁ、別に構わないが……何の話だ?」
「ああ。その、だな……」
何から話したものか、といった様子のキリトは、論より証拠とばかりにステータスウィンドウを開くと、可視状態にして俺に見せてくる。
「スキル一覧のとこ、見てみてくれ」
言われるままにスキル一覧をスクロールしてみると……
「……ん?」
《片手剣》や《投剣》、《索敵》といった各種スキルの中に、見慣れないものが1つだけ。
「何だこれ……見た事も聞いた事もないぞ」
「俺にもよく分からない。確か、50層を攻略し終えた辺りだったかな。いつの間にか習得してたんだ」
「エクストラスキルか……タイミング的に、《カタナ》みたいなタイプとも考えにくいな」
「ああ。それらしい心当たりが全くないんだ」
俗に《ユニークスキル》とも呼ばれる出現条件不明のエクストラスキルは、このSAOが始まってから今に至るまで、たった1つしか確認されていない。その1つが、血盟騎士団団長ヒースクリフの《神聖剣》だ。
「一応、熟練度は600まで上げたんだが、他のプレイヤーと鉢合わせそうになったり、流石に1人じゃ危ない時も増えてきてな……面倒をかけてすまないが、付き合ってくれると助かる。勿論、無理にとは言わない。手が空いてる時だけでもいいんだ」
ユニークスキルはLAボーナスと同様、特定個人のワンオフものということになる。もしそれが周囲に知れれば、どうにかして出現情報を聞き出そうとプレイヤーが大挙して押し寄せるだろう。
ましてや相手は悪名高き《ビーター》だ。また情報を隠していると見なされ、中には強硬手段で無理矢理……なんて過激な者もいるかもしれない。
その点を考えれば、同じ《ビーター》仲間である俺に打ち明けてくれたのは、信頼の証として喜ぶべきなのだろう。何はともあれ、そういう事なら是非もない。
「ありがとう、ミツキ。お礼と言っちゃなんだが、今度飯でも奢るよ」
「いや、飯はいい──」
「……ミツキ?」
キョトンとするキリトの前でステータスウィンドウを開き、同じように可視化する。
「──代わりに、俺にも付き合ってもらうぞ」
俺のウィンドウを見たキリトは、驚愕に目を見開く。
「……マジか」
「ベータテストといい《ビーター》といい、お互い何かと縁があるみたいだな」
個人的に槍は三叉槍とか十字槍よりもスマートな流線型の方が好きです。Fateシリーズのゲイボルグとか最高ですね