ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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祝・第100話!


君の言葉

 出来上がった剣を受け取った俺とキリトが学院に戻って最初に向かったのは、初等練士寮監のアズリカ先生の所だった。

 

「──ミツキ初等練士、並びにキリト練士、入ります」

 

 ドアをノックし、挨拶をしてから事務室に足を踏み入れる。安息日にも関わらず事務仕事に勤しんでいたアズリカ先生に私物の剣の持ち込み許可を貰いに来た旨を伝えると、彼女は棚から2枚の書類を抜き取って差し出してきた。

 

「そこに必要事項を記入しなさい」

 

 設けられた記入欄は3つ──名前と生徒番号、そして剣の優先度(ブライオリティ)だけで、保護者の同意などが無くて良かったと安堵する。

 2人揃ってスラスラと名前と番号を記入し、剣の優先度に差し掛かった所でペンが止まった。俺もキリトも、剣の優先度を確認していなかった事に気付いたのだ。

 

 そそくさと剣の柄にS字の印を描き、ステイシアの窓を開く。確か素材の時点では《青薔薇の剣》を超える優先度だった事は覚えているが、サードレ氏は「剣になった途端一際重くなった」と言っていた。高優先度のオブジェクトは往々にして凄まじい重量なので、スペックに変化が生じている可能性もある。

 

「………」

 

 いざ窓を見た俺は絶句した。

 

 

【Crass ■■ Object

 

 

 優先度を示す数値が全て文字化けして判読不能になっている……一瞬でも見えないかと目を凝らして待ってみるも、数字らしい文字は見られなかった。

 こうなれば仕方ない。と、俺は記憶を探って素材時点での優先度──【48】と記入。実際に窓を確認される事さえなければ、恐らく大丈夫……な筈だ(見られたら見られたで事情も理解してもらえるだろうが)。

 

 緊張の面持ちでペンを置いた俺がアズリカ先生の様子をチラリと伺うと……

 

「………」

 

 彼女もまた、言葉を失った様子で目を見開いていた。ただしその視線は俺の書いた書類ではなく、俺とキリトの剣に向けられている。

 

「……あの、何か……?」

 

 俺の言葉に誘発されたように、アズリカ先生は言葉を零す。

 

「……あなた達には、その剣の記憶が……」

 

「は……?」

 

 剣の記憶──その言葉の真意を聞き返そうとした俺だったが、それより先にアズリカ先生は頭を振っていつもの様子に戻った。

 

「……いえ、何でも──申請は確かに受け取りました」

 

 最後に実剣を持ち込む際の注意事項を念押しされた俺達は、それぞれの剣を抱えて事務室を後にする。先の言葉がどういう意味なのか問い質したい気持ちもあったが、アズリカ先生の様子からして質問を受け付けてはくれなさそうだった為、大人しく退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトは早速剣の試し振りをしてくる、と外へ向かった。俺も同行しようかと思ったが、生憎安息日に稽古を行うことは学院則で禁止されている。あくまでも「試し振り」という体裁が崩れるリスクを考えれば、俺はいない方がいいだろう。

 

 キリトを見送り、俺は自室に戻る。部屋で自習をしていたメディナに、無事剣が仕上がった事を報告した。

 

「──見ただけで分かる。見事な業物だな。流石と言う他ない」

 

「……珍しいな。メディナが素直に褒めるのは」

 

「何を言う。誇り高きオルティナノス家の者として、賞賛すべきものを賞賛するのは当然だろう」

 

「……の割には、俺あまり褒められた記憶がないんだが……そりゃつまりそういう事か?」

 

「さて、どうだかな──まぁそれはさておき、だ。お前達の剣を手掛けたサードレという職人は、一級工匠に名を連ねる北帝国でも有数の細工師だ。そんな大物に剣を仕立てて貰い、あまつさえ工賃をタダにまでして貰ったのだから、精々大切に扱う事だな」

 

「分かってるよ──剣の手入れの詳しいやり方、教えてくれ」

 

「……全く、仕方のない奴だ」

 

 ひとつ嘆息したメディナは、引き出しから剣の手入れに使う道具を持ってきて、手入れの方法を一から説明してくれた。

 

 一通りの手順を頭に入れた所で、部屋の外が妙に騒がしくなっていることに気付く。一体何事かと窓の外を見てみると、寮にいた初等練士達が挙ってある方向へ移動していた。

 

「何だ──メディナ、今日って何かあったか?」

 

「いや、何か催しのようなものがあるとは聞いていないが……」

 

 真相を確かめるべく、俺とメディナも人の波に乗って移動を開始。どうやら大修練場へ向かっているようだった。

 

 たどり着いた先に飛び込んできたのは、驚くべき光景だった。

 

 修練場の一角で、腰にあの黒い剣を吊り下げたキリトが誰かと向かい合っている──正面にいるのは、上級修剣士主席、ウォロ・リーバンテイン。

 

「……おいおい、どういう状況だこれは」

 

「いつかのお前に言ってやりたい言葉だったな──ともかく、行くぞ」

 

 観覧席に収まりきらない群衆の間をかき分け、中央にいるキリトの元へ。先んじて騒ぎを聞きつけていたユージオと共に、ことの経緯を問い質した。

 曰く──人気の無い林で剣の試し振りもとい発動可能なソードスキルの限界を試していた所、ひょんな事故によってウォロ主席の制服に泥を跳ね飛ばしてしまったのだという。「これは稽古ではなく剣の試し振り」という言い訳こそ理解してくれたものの、跳ね飛ばした泥までは見逃してくれず、上級生に対する逸礼行為として懲罰権を行使。実剣を用いた1本先取の立ち会いを要求されたそうだ。

 

「──キリト!これは一体どういう事だ」

 

 少し遅れて到着したリーナ先輩にも同様の説明がなされ、この戦いがもう避けようのないものである事を理解した彼女は、キリトに詰め寄る。

 

「……一応確認だ。キリト、立ち会いの()()はどうなっている?」

 

「決め、ですか?今回は双方実剣ですし、寸止めの筈ですが──」

 

 キリトの呑気な返答を聞いた俺とリーナ先輩は、揃って盛大に溜め息をついた。

 そういえばキリトは知らないのだ。ウォロ主席は、基本的に実剣を用いた立ち会いに拘る武人であり、決着方法もまた寸止めではなく1本先取──即ち、刃を以て一撃を入れる事なのだと。

 

「──そういう事だ。尤も、実剣を用いた立ち会いは双方の合意がなくては行えない。禁忌目録は全てに於いて優先されるものだからな。お前がどうしてもというのであれば、木剣使用もやむ無しといった所だ」

 

 こちらの様子を伺っていたらしいウォロ主席はあくまでもキリトに選択を委ねる。一見譲歩しているように見えて、その実これは挑発だ。

 

 まさかここに来て怖気づいたりはするまい?──と、ウォロは言外にそう言っている。彼の目からは、キリトを試しながらもどこか親近感を覚えているような雰囲気が感じられた。

 

 案の定、とでも言うべきか、キリトはこれを了承。予定通り双方実剣による戦いを行う運びとなった。リーナ先輩は、キリトに1つだけ忠告をする。

 

「リーバンテイン家には、秘めたる家訓がある──『剣を強者の血に濡らせ。されば強さは我がものとならん』──奴は入学以前から、実剣を用いた1本先取の試合を幾度となく行ってきている筈だ。そしてその全てに勝ち続けてきた。自らの手で鍛え、戦ってきたという経験こそが、ウォロの剣力の源となっているのだ」

 

 心意の力──キリトは勿論、俺もまた心意というものについて1つ推論が立っていた。

 

 イメージの力による事象の改変……一見簡単なものに思えるが、実際はそんな易しいものではない。キリトが熱心に育てているゼフィリアの花を見れば分かるように、心意に於いて重要なのは「イメージの強度」なのだ。

 

 こう出来たら、こうなれれば──そんな程度では話にならない。

 極論、「こうあって当然」と言えるくらいに強固なイメージを抱かなければ、心意の力は働いてくれないのだ。そこには一片たりとも迷いや揺らぎがあってはならず、だからこそ、現実を改変しうる程の強大な力を発揮する事が出来る。

 

 そしてそんなイメージを固く補強するのに効果的なのが、積み上げてきた過去ということなのだろう。ウォロの場合、代々凄まじい剣を振るってきたリーバンテイン家の生まれである事実と、家訓に従い入学以前からずっと行ってきた実剣の戦いに勝利してきた実績。そこに次期当主としての誇りや重責等も上乗せされ、ウォロのイメージを一層強固にしている。

 

「──だが、私はお前を信じている。奴に容易く喰われるような剣士ではないとな。昨日の約束、今ここで果たしてみせろ」

 

「……はいっ!」

 

 試合場の中で向かい合い、互いに礼を交わす。そして抜剣──観衆達が磨き上げられたウォロの剣に息を呑む一方、柄から刀身まで黒一色なキリトの剣に対しては、今回も見物に来ていたライオス達が嘲笑の声を放り投げた。

 それもウォロが剣を持ち上げた途端ピタリと止まり、濃密な緊張感が大修練場を満たしていく。キリトもまた剣を持ち上げ、ソードスキルの構えを取る。

 

《天山烈波》の構えを取るウォロに対し、キリトは単発縦斬り《バーチカル》──ではなく、垂直4連撃《バーチカル・スクエア》の構え。回避から入るつもりなら一気に距離を詰められる突進技を選択するはずなので、キリトは4連撃を以て真っ向からウォロの剣を打ち破るつもりのようだ。

 

 先に動いたのは、やはりというべきかウォロ。

 凄まじい気合と共に振りかぶった剣を振り下ろす──実剣だからか、鋼色の刃に灯る輝きは木剣の時よりも力強かった。

 

 対するキリトもまた、ウォロに合わせる形でスキルを発動。飛び込み気味に繰り出された初撃は敢え無く叩き落とされ、2撃目も弾かれる──続く3撃目でようやく、ウォロの刃が止まった。しかし押し返すには至らず、異なる光を湛えた2つの刃がギリリとせめぎ合う。

 

 鍔競り合いに持ち込んだ時点で、戦いは腕力ではなく心意の力──イメージ同士の押し合いにシフトした。直接刃を交えているキリトにはウォロの心意の力が認識出来ているのだろう、徐々にウォロの剣が優勢になり始める。

 

「キリト……ッ!」

 

 俺の横で戦いを見守るユージオの口から溢れた言葉。まるでそれが呼び水となったように、キリトの剣が息を吹き返した。それだけに留まらず──

 

「(……何だ、アレは……?)」

 

 キリトの握る黒い剣が、少し……僅かながらに()()()。片手剣の名の通り少々短かった柄も延伸し、キリトは両手でしっかりと剣を握り込む。SAOやALOでこんな真似をすれば直ちにソードスキルが停止してしまうが、刀身には相変わらず水色の光が点ったまま──消えるどころか、一層力強く輝きを放つ。

 

 膨れ上がった力が弾けたように、両者の距離が開いた。ウォロの《天山烈波》はこれで終了だが、キリトにはまだ最後の4撃目が残っている。踏み止まったキリトは技が終了しないギリギリの全力で床を蹴り、一気に距離を詰めて最後の一撃を繰り出す。しかしあと数ミリばかり届かず、黒の刃はウォロの制服のみを掠めた。

 

 至近距離で互いの視線が交錯し、全く同時に剣が振るわれる。これでは相討ちになるかと思われたその時だった──

 

 

「──そこまでッ!!!」

 

 

 突如として飛んできた制止の声。学院の顔とも言える主席上級修剣士の課した懲罰であるこの戦いを止められる者など決して多くない筈だが……以外にもウォロは素直に剣を引いた。

 

 果たして、その声の主は……なんと、初等練士寮監のアズリカ先生だった──後になってキリトから聞いたことだが、何でも彼女、7年前にノーランガルス北帝国の第1代表剣士として四帝国統一大会に出場した経歴があるのだという。ウォロが彼女の意向に従ったのは、剣士としての尊敬から来る礼だったのだろう。つくづく人は見掛けに拠らないものだ。

 

 ウォロは何やらキリトに小声で語りかけた後、

 

「キリト練士の懲罰はこれにて終了とする!──今後は、誰かに泥を跳ね飛ばさぬよう気をつける事だ」

 

 そう高らかに宣言し、剣を収めた。

 

 次の瞬間、修練場は大きな声援と拍手に満たされた。実剣使用という紛うことなき本気の主席と戦い、絶対無敵と思われた秘奥義を凌ぎきってみせたキリトの実力は最早誰も疑う所はなく、初等練士だけではなく高等練士までもが賞賛を送っていた。その中には当然、俺とユージオとメディナもおり、惜しみない拍手を送る。

 

 そんな中──ふと俺がウォロ主席に目を向けると、彼もまた真っ直ぐ俺を見ていた。

 

 

 ──次はお前だ。

 

 

 そう言わんばかりの鋭い眼光を受けた俺は、同じく真剣な眼差しを以て返す──望むところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拍手の嵐も程なくして止み、俺達はリーナ先輩の部屋に招かれて祝杯を上げる事に。キリトとユージオ、俺とメディナにリーナ先輩。そこへ彼女の厚意で各指導生であるゴルゴロッソ先輩とベル先輩までも交えた7人で酒と料理を楽しんだ結果……

 

「……まぁ、こうなるか」

 

「無理もないさ。リーナ君秘蔵のワインが美味し過ぎるのが悪い」

 

「私のせいだと言う気か、ベルグリッド?そもそも、お前やゴルゴロッソを招いたのも私なりの気遣いだったのだがな」

 

「おっとこれは失敬。では、ありがたくご相伴に預からせてもらったせめてもの返礼に、ゴルゴロッソ君は僕が運ぶとしよう」

 

 そう言って、ベル先輩が向かう先にはソファの上で見事に酔い潰れたゴルゴロッソ先輩。横ではこちらも酒が回って寝息を立てるユージオがおり、向かいではメディナがうつらうつらと船を漕いでいた。明確に覚醒状態なのは鋼の意思で量をコントロールしていた俺とキリトに、飲み慣れているのかしっかり加減を心得ていたリーナ先輩。そして表向き平静ながらもほんのり顔を赤くしたベル先輩だけだ。

 

 キリトがユージオ、俺がメディナと、それぞれ同室の者を連れ帰る準備をしていると、

 

「ミツキ、悪いんだけどユージオのこと頼めるか?俺、門限になる前にアレの様子を見てきたくてさ」

 

「任された」

 

 アレというのはゼフィリアの花のことだろう。少しふらつきながらも何とか自力で歩けそうだと判断したユージオを俺に任せ、キリトは一足先に上級修剣士寮を後にした。

 

 ユージオとメディナを各々の部屋に戻した後、俺もまた花の様子を見に行こうと中庭へ足を向ける。冷たい夜の風が頬を撫で、花壇に咲く花達の香りを運んで来る──その中に、異質な香りが混じっていた。このあからさまな匂いは……()()()()がよく付けている香料のものだ。

 

 予想通り、花壇に続く道をこちらへ歩いてくるライオスを見つけた。後ろにはいつも通りウンベールとラッディーノを連れており、3人揃って下卑た笑みを浮かべている。

 

「──おや、ミツキ練士。ごきげんよう」

 

「……ああ」

 

「挨拶すらまともに返せないとは、無礼もここに極まれりですね。そうは思いませんかライオス殿?」

 

「言ってやるなラッディーノ。開拓農民の間ではこれが最上級の挨拶なのだろうよ。心を寛容にして流してやろうではないか。何せ今は気分がいい」

 

「……何だと?」

 

 正直無視しても良かったのだが、奴らのやってきた方向が気がかりだ。あの先で生徒が立ち入れる場所は花壇しかなく、アイツらが日頃から花を愛でるような品のいい人間じゃないことは分かっている。何かしら目的があったと見るべきだろう。加えて今の言葉……まさか──

 

「お前ら……一体この先で何をしていた」

 

「何を、とは妙な事を聞く。貴族たるもの、時には花を愛でたくなる事もある。あの場所は初等練士であれば誰でも出入り可能だ。当然、私達にも立ち入る権利があるだろう」

 

 当然ながら、素直に答える気はないらしい。時間を無駄にしたと内心舌打ちしつつ横を通り過ぎようとした俺に、ライオスが声をかけてくる。

 

「本日のキリト練士の立ち会い……あれは見事なものだった。さしもの主席上級修剣士殿も、あのような曲芸じみた剣を前に多少面食らってしまったようだ」

 

「そういえば、ミツキ練士も以前珍妙な剣技で主席殿と立ち会っておられましたなぁ。優美さも何もありはしない、酷い戦い方だった」

 

「全くだなラッディーノ。ミツキ練士はそれで敗北。キリト練士は引き分けた。とするとつまり……ミツキ練士はキリト練士にものの見事に追い抜かれてしまったという事ですかなぁ?どう思われますかライオス殿?」

 

「クク、分かりきった事を聞くなウンベール。ここは栄えある修剣学院、実力と結果が全てだ。いくら入学試験の成績が良かろうと、日々の鍛錬を怠っては腕も鈍るというものだ。ましてや──ミツキ練士はあの《欠陥品》と随分仲がいい様子、同室のユージオ練士と切磋琢磨し合うキリト練士とでは、実力に差がつくのも無理はない」

 

「試験では上手く騙せているようですが、それすらも実力かどうか怪しいものです」

 

「……終わりか?なら失礼する」

 

 ラッディーノの言葉を最後に一旦の区切りを見せた隙を見計らい、応じた自分が馬鹿だった、と今度こそ奴らを通り過ぎる。

 

「次はいよいよ進級試験──そこでこそ、貴殿の本当の実力とやらを見せてもらいたいものだな」

 

 背中に投げつけられたライオスの捨て台詞にも耳を貸さず、俺は花壇へ急いだ。

 

「キリト──」

 

 果たして、たどり着いたそこで──俺は、驚くべき光景を目にした。

 

 花壇に植えられた四大聖花──潤沢な空間リソースを生み出す花々達から緑色の優しい光が溢れ出し、キリトの足元にあるプランターへ流れていく。リボン状に寄り集まった光がふわりと弾けると、プランターの中で無残な姿になっていたゼフィリアの花達が見る見る息を吹き返していく。乱暴に踏み荒らされ、茎が途中から断ち切られていたゼフィリアは、やがて昨日見たのと寸分違わない──それどころか少し大きく膨らんでいるようにすら見える蕾へ再びの成長を遂げたのだ。

 

 恐らく……今のは何かの術式によるものではなく、心意の力。

 ライオス達によって傷つけられたゼフィリアを、キリトがイメージの力で蘇らせたのだ。もしかしたら、ウォロ主席との立ち会いの際、剣が伸びたように見えたのも……

 

 ユージオとメディナは既に心意の土壌となる強い意志を秘めている。そしてキリトもまた、完全ではないにしろこうして心意の力を発現させた。一方俺はというと、まだスタートラインに立つ為の準備すら出来ていない。

 

 気付けば、俺は足早に中庭を立ち去っていた──胸の中に、確かな焦燥感を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日の放課後──遂に、その日が訪れた。

 

「──来たか。ミツキ練士」

 

 上級修剣士寮の修練場にて、俺は再び、ウォロ・リーバンテインと相対する。手には先日キリトとの戦いでも使っていた実剣。そして俺の手にもまた、あの灰色の剣があった。

 

「……ミツキ君。大丈夫かい?」

 

 立会人として同行してくれたベル先輩が気遣わしげに聞いてくる。

 特別緊張しているわけではない。恐怖は──全くしてないわけではないが、いざ戦いになれば収まるだろう。ただ1つだけ……勝ってやるという自信が、俺の中で急速に輝きを失いつつあった。

 

 まだ片鱗とはいえ、心意の力を発動させたキリトと互角の相手に、ただ手先が器用なだけの俺が勝てるのか?現に今の俺はまだ心意の入口にすら到達出来ていない。かと言って勝負を先送りしてもらうわけにも行かず、こうして何の進歩も得られないままここに立っているわけだ。

 

「……ミツキ練士。戦いの前に言わせてもらう──昨日までのお前はもっと斬りがいのある剣士だと思っていたのだが……たった1日で随分と萎れたものだ。お前もそう思うだろう、ベルグリッド?」

 

「……ああ、そうだね。ハッキリ言ってこのまま戦えば──ミツキ君、君は間違いなく敗北するだろう。二度と剣を握れなくなるどころか、最悪命の危険があるのは分かっているね?」

 

「……はい」

 

「出来る事なら、君の剣気を弱らせている原因を取り除いてあげたい所だけど……君のことだ、聞いた所で素直に教えてはくれないんだろう。だから、助言を1つだけさせてもらうよ──」

 

 先輩は俺の肩に手を置き、相変わらず見えているのか分からない細い目で、はっきりと、俺を見た気がした。

 

 

「──信じなさい。僕じゃなくていい、君自身じゃなくたっていい。たった1人でもいい──君を信じてくれた人の言葉を、信じるんだ。そしてそれを嘘にしない為に、勝ちたまえ」

 

 

 それだけ言った先輩は俺とウォロの中間地点に移動し、手を掲げる。抜剣の合図だ。双方剣を抜き、構える。

 

「言うまでもない事だが、私は全力でお前を斬る──くれぐれも失望させるな」

 

 勝手に目をつけておいて何を……と、そんな言葉が胸中を過る。

 以前にも誰かに言った気がするが、俺は周囲に持て囃されるような英雄じゃない。俺は英雄と呼ばれるには弱過ぎる。出来るのは英雄の真似事が精々で、それも相棒が──彼女がいてくれなければ、脆くて打たれ弱い。

 

 思い返せば、誰よりも俺の強さを信じてくれたのは彼女だった──

 

 

 

 ──私は、ずっとお前を追いかけてきたんです。

 

 ──誰に向かって言っているのです……私は、お前の相棒です……ッ!10秒持ち堪える程度、造作もありません!

 

 ──今更《片手剣》スキルを?…無用でしょう、お前には剣に勝る最速の槍があるのですから。移り気していては《裂槍》の名が廃りますよ。何より剣なら…わ、私がいるではありませんか。それでは不足ですか?

 

 ──大丈夫。だって、あなたの中には私がいるでしょう?そして、私の中にもあなたがいる。

 

 ──信じていますよ。ミツキ。

 

 

 

 ……ああ──君の言葉は、いつだって俺に光をくれた。君の言葉なら、無条件に信じる事が出来た。

 

《黒の剣士》や《聖騎士》、《閃光》──名だたる強者達の実力を知っていて尚、君は言ってくれた。「ミツキ()が最強だ」と。誇らしげに、嬉しそうに、胸を張って。その笑顔が堪らなく好きだった。その笑顔を、曇らせるわけにはいかない。

 

 事実として、俺よりも強い剣士は数多いるだろう。アリスを始めキリトにユウキ、リーナ先輩、そして今目の前にいるウォロ・リーバンテイン。

 

 だが……劣っているからといって、端から負ける気で戦うのは違う。そんなことをしては、アリスに大目玉を食らうこと間違いなしだし、何よりそんな様では彼女に──彼女が誇れない。

 

 勝つ──アリスが誇れる俺でいる為に、負けるわけにはいかない。俺が負ける事で彼女の言葉を嘘にはしたくない……!

 

 

「──始めッ!」

 

 

 勝負開始の一声を耳にした瞬間、ウォロは《天山烈波》を発動させる。周囲の空気すら揺らめかせる輝きが刀身を包み込む──よりも一瞬早く、それとは異なる赤い光がウォロの剣を撃ち抜いていた。

 

「な──ッ!?」

 

「これは……!?」

 

 ウォロは勿論、審判を務めるベル先輩も驚きの声を漏らす。両者の視線の先には、得物を限界まで前に突き出した俺の姿があった。

 

 片手剣スキルには幾つか突進技が存在している。

 

《レイジスパイク》

《ソニックリープ》

《ヴォーパル・ストライク》

 

 これら3つが代表的な所だが、そのどれを使ってもウォロの剣には勝てない。各種技の性質もあるが、何より勝てるビジョンが湧かなかった。

 キリトが《バーチカル・スクエア》でウォロの剣に対抗できたのは、SAOの頃から長らく使い慣れている技である事が理由の1つだろう。俺は片手剣の技にそこまで強固なイメージを抱けない。

 

 俺がウォロにも、キリトにも、リーナ先輩にも絶対負けないと強固なイメージを固められる技──そんなの、1つしかない。

 

 

()()()()()()()()()《スイフト・ランジ》──全ソードスキル中最速且つ長射程の刺突技で、ウォロの秘奥義が発動するよりも疾く奴の剣を叩き落としたのだ。

 

 

 邪道と言われるかもしれない。卑怯と罵られるかもしれない。

 

 それでも、これが俺の──《裂槍》の戦い方だ。

 




ライオス達にキリトとの実力差をなじられた直後に、まさにキリトが心意で花を修復している場面を目撃。4人の中で1番遅れを取ってしまったミツキ。
ちょっとメンタルきてる状態で主席と再戦しなきゃいけなくなった彼を助けてくれたのは、ベル先輩とアリスの言葉でした。ミツキ、心意ブーストを会得!
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