ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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これまでは過去のストックで毎日投稿が出来ていましたが、今後は更新ペースも落ちつくと思います


幕間:償いの代価

 アインクラッド第54層──攻略の最前線が69層となった今、中層ゾーン化の一途を辿りつつあるこの層で、クエスト攻略に必要なアイテムを集めている最中の事だった。

 

「──おりゃあッ!」

 

「ナイスヒット!その調子だ!」

 

 54層の端の方にあるフィールドで、獣人型Mobと戦闘を行う4人組のパーティに遭遇した俺は、木の陰に身を隠して様子を伺う。

 

 懸命に声がけをするリーダーらしい片手剣使いと、タンクらしい盾と槍で武装した男。メイスとバックラーを装備したメガネの男に、曲刀使いの女が1人──内訳としては悪くない。彼らが戦っている獣人Mob《クレセント・ウェアウルフ》は、逞しい腕と鋭い爪、そして獰猛に剥き出した牙での攻撃が特徴だ。盾持ちが防御→スイッチして攻撃というローテーションを組み易いこの編成なら、そう手こずる相手でもない。のだが……

 

「グルァ──ッ!」

 

「うわぁッ──!?」

 

 タンクが噛み付き突進攻撃を受け損ね、体勢を崩す。そのままマウントを取られて首元にガブリと行かれそうだった所を他の3人が同時攻撃で引き剥がしたが……

 

「(その位置取りじゃダメだ!巨大なフロアボスじゃないんだぞ!?)」

 

 オオカミ男を取り囲んで反撃のソードスキルをお見舞いしようとしているらしい4人だが、その中の隣合った2人が発動しようとしているのは横薙ぎ系のスキルだ。相手を取り囲んだ際は揃って縦斬り系のソードスキルを使うか、そもそもスキルを使わずに攻撃するのがセオリー。でなければ、最悪ソードスキル同士が衝突してアバターが硬直してしまうからだ。

 

「ああクソ──ッ!」

 

 小さく毒づいた俺は最早居ても立ってもいられず、背中の槍を抜くなり両手槍直線突き《スイフト・ランジ》を発動させる。全ソードスキル中最速と名高い突きは彼らのスキルが発動するより先にオオカミ男の喉元を貫き、無数のポリゴン片へ変換していく。

 

「──ちょっと!Mobの横取りはマナー違反よ!」

 

「それについては謝る。けどあんた達の戦い方が危なっかしくてみてられなかったんだよ」

 

「はぁ……!?」

 

「まぁまぁ。助けてくれたみたいだし」

 

 憤慨する曲刀使いの女プレイヤーを宥めた片手剣の男。

 

「えっと、助けてくれてありがとう、でいいのかな?俺は《リューゲ》。このパーティのリーダー…的な事をやらせてもらってる」

 

 リューゲと名乗った片手剣使いが気のいい笑みを浮かべて手を差し出してきたのを見て、俺は本能的に理解した。この男、俺とは対極に位置する──陽の者であると。

 

「的な、って…リューゲさんは俺達のリーダーじゃないですか」

 

「そうだよ。僕らのパーティはリューゲのお陰で成り立ってるようなもんじゃない」

 

「変に持ち上げないでくれよ。皆だって頑張ってるじゃないか。この層のMobとも渡り合えてるのがその証拠だ」

 

「この層……って、失礼を承知で聞くがあんたらレベルいくつだ?ちゃんと安全マージンは取ってるんだろうな」

 

「ホント、つくづくマナーのなってない奴ね。見たとこ結構いい装備持ってるみたいだけど、上層(うえ)にはあんたみたいなのしかいないの?」

 

「おいシグレ、そうすぐ喧嘩腰になるなって。彼だって悪気があるわけじゃないんだろうしさ」

 

《シグレ》と呼ばれた紅一点の曲刀使いが不機嫌そうにそっぽを向く中、リューゲは他の2人──タンクを務める柔和な顔つきの男《ロットン》と、メイスとバックラーが特徴的なメガネの男《ハベル》に了承を取ってから、自分達のレベルを明かした。

 

 リューゲ:レベル60

 シグレ:レベル54

 ロットン:レベル51

 ハベル:レベル53

 

 彼らのレベルを聞かされた俺は、立ち眩みのような感覚に襲われた。

 低い…低過ぎる。4人中3人は適正レベル帯と言えなくもないが、1番高いリューゲのレベル60ですら、現在のアインクラッドで必須となる《階層+10》の安全マージンを満たしていない。何より、最もレベルが低いのがよりによって防御の要であるタンクとは一体どういうことなのか。

 

 見たところ不足ステータスを装備で補っているようだが、その装備だってギリギリ通用するか怪しいものだ。

 

「……この層でレベリングをやろうと言いだしたのは誰だ?」

 

「俺だけど──ほら、強いMobと戦った方が経験値も美味いだろ?」

 

 リューゲの言ってる事は間違っていない。だが適正レベルジャストのフィールドでレベリングを行う際は、最前線の攻略組でさえしっかり準備をしていくというのに、このパーティと来たら……

 

「……悪いことは言わない。もう少し下の層──せめて50層でレベリングした方がいい。《クレセント》1体にあそこまで手こずってる様じゃ、リスクとリターンが見合って無さ過ぎる」

 

「言いたいことは分かりますが、それでは遅いんです」

 

「遅い……?」

 

 メガネをクイと持ち上げたハベルは、真剣な表情で語り始める。

 

「あなたもご存知でしょう。《ビーター》という連中を」

 

「ッ……ああ、知ってる」

 

「このゲームが始まって暫く……そいつらのせいで、俺の友達が死にました。奴らが情報を独占していなければ、きっと死ななかったはずのプレイヤーです」

 

「僕も……《ビーター》が放置してたダンジョンのトラップに引っかかって、死んだ知り合いがいるんだ。ちゃんと《危ない宝箱ですよ》って教えてくれてれば……」

 

「──この通り。このパーティは皆《ビーター》のせいで、友人とか、大切なものを失った集まりなんだ。最前線では《ビーター》が今も大暴れしてるって聞いてるし、そんな状況放っておけないだろ?」

 

「あ、何も仇討をしようとしてる訳じゃないよ?ただ《ビーター》がデカい顔をしてるのは、やっぱり強いからだと思うんだ」

 

「だから私達も強くなって、最前線であいつらを見返してやるの。もう《ビーター》の力なんか必要ない、ってね」

 

「KoBや聖竜連合(DDA)が攻略を牽引している現在、以前よりも上層へ上がるペースが格段にアップしています。下層でチマチマやっているようでは、いつまで経っても攻略組には追いつけません」

 

 だから、危険を承知でこんな所でレベリングを行っていたわけだ。普通なら「そんな事はいいからとっとと下層へ降りろ」と言うところだが、喉を塞ぐようにしてその言葉を押し留めるものがあった。

 

 彼らがこんな危険な行為に走るきっかけとなった《ビーター》──俺のせいでこの状況が作られたというのなら、せめて彼らがこの層でも問題なく戦えるようになるまで面倒を見るべきなのではないか。そんな考えが浮かんだのだ。

 

「……事情は分かった。ならせめて俺も付き合わせてもらう。さっきも言ったが、戦い方が危なっかしいからな。それを直して、全員レベル60以上に到達するまでの暫定加入だ。構わないな?」

 

 シグレは明らかに嫌そうな顔をしていたが、リューゲはこれを歓迎。それに乗っかるようにして、ハベルとロットンも俺のパーティ加入を了承してくれた。

 

 俺の《ビーター》としての新たな償いが、ここから始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから数日──俺は最前線の攻略と並行しながら、リューゲ達のパーティの特訓に付き合うようになった。リューゲというリーダーがいることで、俺が不在の間もしっかり課題の克服に努めてくれていた。

 

「──むんッ!」

 

「よし、その調子だ。いいか、タンクは謂わばパーティの生命線だ。持ってる盾は自分の身だけじゃなく、仲間を守る為にある。だから盾を構える時は、しっかり前に突き出すこと。じゃないとこの前みたいに、突っ込んで来られたら押し負けるぞ」

 

「スゴイや……ミツキに言われた通りやったら、前よりも防御が安定するようになった」

 

「度胸のあるタンクは前線でも重宝されるはずだ、頑張れ」

 

 まず、1番の問題点だったタンクのロットン。

 タンクでありながら自分の身を守る事を意識し過ぎ、盾を引き気味に構える癖を矯正した。それと槍の使い方を少々。

 

「──バックラー最大の利点は、盾でありながら身軽で小回りが利く点だ。つまりMobの攻撃に対してカウンターが取りやすい。ロットンがいる以上、率先して前に出ることは少ないだろうが、攻撃を防ぐ時は、返しのソードスキルを意識した体勢を取っておくといい」

 

「ふむ……思ったより勉強になります」

 

 次いでハベル。防御と攻撃どちらか一辺倒になりがちな立ち回りを直す。俺が得意とする対人戦と対Mob戦では勝手が異なるが、カウンターの基礎を伝授した。

 

 そしてシグレだが……

 

「私、リューゲ以外から何も教わる気ないから」

 

「……ソードスキルを使う時は、周りに注意してくれ」

 

 以前Mobを包囲した際、横切りソードスキルを使おうとしていた時の事をそれとなく指摘しておく。

 

 残るリューゲはリーダーだけあって然したる問題は無い。

 元々素養はあったということなのか、このパーティの戦い方は僅か数日で見違える程成長した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫く経った頃──第50層主街区《アルゲード》に足を運んだ俺は、今回の特訓兼狩りで手に入れた素材を売却すべく、エギルの店に向かっていた。

 

 進捗としては、今日でロットンがレベル58に到達。他2人も先日60のボーダーを無事に越えた。

 

「(もうひと踏ん張り──か)」

 

 全員がレベル60以上に達するまで──それが彼らのパーティとの約束だ。ロットンがレベル60になれば、俺も晴れて攻略に集中できる。

 そんな事をぼんやりと考えながらエギルの店の扉を開いた俺は、意外な先客を目にした。

 

「──珍しいな、アリスがこんな所に」

 

「ええ、少し所用があったものですから。お前も相変わらずのようで…──?」

 

「……アリス?」

 

 急に言葉を途切れさせたアリスは、ジッと俺の顔を覗き込む。

 

「な、なんだよ?」

 

「……どこか疲れた顔をしているように見えます。最近顔を合わせる事も減っていますが、1人で無理をしているのではありませんか?」

 

 アリスの言葉に、内心でドキリとする。確かに、ここ最近はリューゲ達の特訓と攻略の二足のわらじ状態だった。適宜休息は取っていたつもりだが、やはり疲労は溜まっていたようだ。

 

「──そうだな、最近少し疲れてるのかもしれない。今度、しっかり休みを取るよ」

 

「ダンジョンや迷宮区の攻略なら、私も一緒に──」

 

「大丈夫だよ。アリスだって忙しいだろうし、こっちもあと少しって所だからな」

 

「……なら、いいのですが。くれぐれも無理はしないように」

 

「肝に銘じておく。──それはそうと、用ってのは何なんだ?」

 

「……そうですね。エギル殿だけでなく、ミツキにも知らせておいた方がいいでしょう──最近、中層から前線レベルにかけて、プレイヤーが立て続けに死亡する事件が起きているのです」

 

 アリスの言葉を聞いて、俺とエギルに緊張が走る。

 

「事件ってことは……そりゃPKって意味か?」

 

「KoBはその可能性が高いのではと睨んでいます。エギル殿は中層ゾーンのプレイヤーの育成に注力していると聞いたので、警告すべくここに来た次第です」

 

 SAOがデスゲームと化して1年が経とうとしていた頃だろうか。まだ踏破済みの層が1桁台だった頃から一定数存在したP K(プレイヤーキラー)。攻略そっちのけで積極的にPK行為に手を染める奴らは少しずつ数を増やしていき、今では殺人ギルド《ラフィン・コフィン》として多くのプレイヤーから恐れられている。

 

 今回の件は具体的な手口もまだ明らかになっていないが、KoBからも被害者が出ているらしく、ボス戦などの攻略に参加する1軍メンバーでこそないものの、レベルや装備的に考えてまず死亡する恐れの無い層で死亡していたのが《黒鉄宮》で確認されたのだという。

 

「PKにしちゃ、随分とターゲット層が広いな……こう言っちゃなんだが、中層レベルのプレイヤーが狙われるのは今に始まった事じゃない。だがここに来て、急に前線レベルの奴らが狙われるってのは……」

 

「攻略組への妨害が目的なら、死亡場所も前線に固まるはずだ。別件と分けて考えるのが自然ではあるが……」

 

「あまりにも急激に死者が出過ぎている。──KoBも、他のギルドと連携して調査を進めている最中です。2人もどうか、注意してください」

 

「分かった。店に来る連中にも伝えておこう」

 

「助かります。──ミツキ、お前も警戒はしておくように。実力を疑うわけではありませんが、卑劣なPK集団にとってソロプレイヤーは恰好の獲物ですから」

 

「ああ。アリスも気をつけろ」

 

「ええ。進展があればまた報告します。ではまた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日──特訓の総仕上げということで、俺達は54層のはずれにあるダンジョンに潜っていた。

 

「ふんッ!──ハベル、スイッチ!」

 

「わかってます!──たぁッ!」

 

 ロットンがラミア型Mobの槍攻撃をしっかり盾で受け止め、後ろに控えていたハベルとスイッチ。反撃のソードスキルが下半身に叩き込まれる。

 直後、2人は左右にステップを踏んで散開。その後方では、曲刀を構えたシグレが攻撃準備を終えていた。

 

「やぁ──ッ!」

 

 大きく踏み込んでの3連撃に続き、突進を交えた突きがラミアを貫く。曲刀カテゴリ4連撃《レイジング・チョッパー》が、残っていたラミアのHPを全て奪った。

 

 同時に──

 

「──やった!今のでレベル60だ!」

 

 このパーティの中で1番レベルの低かったロットンも無事にレベル60へ到達。厳密にはまだ安全マージンに届いていないが、彼と並行して他の面々もレベルアップしている。ロットン1人なら十分カバーできるはずだ。

 

「やったじゃないか、おめでとう!」

 

「ありがとうリューゲ!──ミツキも、本当にありがとう!」

 

「頑張ったのはロットンだ。おめでとう」

 

 当面の目標だったレベル60に達したのが余程嬉しいのか、ロットンは他の2人とも握手を交わし、ありがとうと感謝の言葉を口にしていた。

 

「──さて、目標も無事達成したことだし、引き上げよう」

 

「もうかい?もう少し奥まで行ってもいいんじゃ……?」

 

「……正直、今はレベルアップで気持ちが浮ついてる部分もあるだろうからな。ロットン自身は安全マージンに達してないから、日を改めた方が良い」

 

「……なる程、確かに」

 

 小声での説明に納得したらしいリューゲは、ダンジョンからの離脱を提案。皆まだやれるといった顔だったが、リューゲの判断という事で従ってくれた。

 

 その帰り道──

 

「──ねぇ、あれって宝箱じゃない?」

 

「あら、本当。このダンジョンはもう全部取られてると思ってたのに」

 

「待った」

 

 偶然見つけた宝箱に駆け寄ろうとするロットン達を、俺は制止する。

 

「……この中に、《開錠》スキル持ちは?」

 

 既に完全攻略されているはずのこのダンジョンで手つかずという事は、罠の可能性が高い。ある程度熟練度の上がった鍵開けスキルがあれば、罠を起動させずに開けられるのだが……

 

 ロットンはもちろん、シグレもリューゲも首を横に振る中、ハベルは得意げにメガネを持ち上げる。

 

「ご心配なく。鍵開けスキルなら俺が持っています」

 

「熟練度は?」

 

「流石に完全習得(コンプリート)とまでは行きませんが、少なくとも40層台の宝箱の開錠は失敗したことがありません」

 

 ハベルの言を受け、少し考える。49層までの宝箱をノーミスで開けられるなら、50層台序盤であるこの層でも通用する可能性は十分ある。万一の撤退手段さえ用意しておけば問題はなさそうだ。

 

「分かった。念の為、全員《転移結晶》を持った状態で行く事」

 

「もし罠だった場合、退路の確保も必要かな。俺とミツキで見とくから、3人で行ってくるといいよ」

 

 もし出口を塞がれた場合は即座に転移するよう念押しされたハベル達は、慎重な足取りで宝箱へ向かう。残った俺とリューゲは、周辺を警戒しながら壁に背を預けて、他愛ない話をしていた。

 

「──じゃあ、リューゲはあの3人と初めから組んでた訳じゃなかったのか」

 

「うん。丁度ミツキと同じような感じで、彼らを助けるつもりでパーティを組んだって感じかな」

 

「他に誰か誘わなかったのか?元のパーティメンバーとか」

 

「ああ……うん、ちょっとね」

 

 意味有りげに口ごもるリューゲ。そこで俺は「このパーティは皆《ビーター》のせいで何かを失った」というリューゲの言葉を思い出した。もしかしたら、彼の仲間も……。

 

「……悪い、詮索し過ぎた」

 

「いや、気にしないでくれ。そうだ、俺からも聞きたい事が──」

 

 不意に、俺の視界にシステムメッセージが浮かび上がる。

 

「──っと、悪い。知り合いからのメッセージだ」

 

 断りを入れてから開封すると、アリスからのメッセージだった。どうやら例のPKの調査に進展があったらしい。

 

 

《調査報告》

 

 PKを行っているプレイヤー及びその手口は未だ不明ですが、DDAの情報網から、被害者と知り合いだったというプレイヤーの話を聞けたとの事なので、念の為共有しておきます。

 

 結果から言えば、被害者には以下の共通点がありました。

 

 ・死亡した前線プレイヤーと同じ日に、複数の中層プレイヤーが同じ場所で命を落としている。

 

 ・死亡した中層プレイヤーの知り合い曰く、被害者達は死ぬ数日前「親切なプレイヤーと一緒にレベリングする事になった」と話していた。

 

 ・同時に、その中層プレイヤー達は、いずれもビーターに対し少なからず恨みを持っていた。

 

 

 メッセージに目を通していた俺は──反射的に背中の槍へ手を伸ばした。

 

 穂先に近い柄を握り、片手剣の抜き打ちの要領で前に引き抜く。両手槍は長さの都合、俺の肩を支点としてグルンと跳ね上がり──槍の石突が、今まさに俺を斬り裂こうとしていた刃を弾いた。

 

 槍を構えた俺は、俺を攻撃しようとした襲撃者を真っ向から睨みつける。

 

 

「一応聞いとくぞ───どういうつもりだ、リューゲ」

 

 

 襲撃者──リューゲは俺の問いに答えず、今までとはまるで違う俊敏な動きで再び襲いかかってくる。片手剣と槍が打ち合わされ、剣撃音が鳴り響く。至近距離で鍔競り合いながら、俺はもう一度問いかける。

 

「どうして本当のレベルを隠してこのパーティにいたッ!?あいつらにも手を出すつもりかッ!?」

 

 尚も、答えはない。歯噛みした俺は筋力ステータス全開で槍を押し込み、火花を散らしていた剣ごとリューゲを突き離した。

 すぐに槍を構え直す俺に対し、リューゲは勢いのまま後ろへ倒れ込む。得物の片手剣も手を離れてしまった。

 

 今の俺はレベル86。そんな俺と数秒間でも鍔競り合えるステータスとなると、最早中層プレイヤーの枠には収まらない。リューゲは少なくともレベル70以上──最前線でも通用する程のステータスを有していると見るのが妥当だろう。

 果たしてそれを無傷で無力化できるかどうか……武器を打ち合わせた程度ではカーソルはオレンジにならず、リューゲは未だグリーンのまま。事と次第では、俺がオレンジ化する必要が出てくるかもしれない。

 

「──どうしたのッ!?」

 

 そこへ、騒ぎを聞きつけたらしいシグレ達が戻ってくる。いきなり目に飛び込んできた光景に、彼女達も困惑している様子だった。

 

「皆逃げ──」

 

 

「来るなッ!」

 

 

 俺が3人に早く避難するよう伝えるより先に、リューゲの声が木霊する。

 

 

「早く逃げるんだッ!こいつはッ──()()()()()()()()()ッ!!」

 

 

「なッ……!?」

 

 突然の展開に俺は驚くことしか出来ず、その間もリューゲは喋り続ける。

 

「皆を待っていたら、急に襲いかかってきた!きっと、ここで俺達から金やアイテムを奪う気なんだッ!」

 

「何を馬鹿なことを……ッ!」

 

 リューゲの言葉はいくらなんでも暴論が過ぎる。

 出まかせか確信を持ってかは不明だが、俺が本当に《ビーター》であるという事実を差し置いても、わざわざ中層ゾーンのプレイヤーを騙してまでアイテムを強奪するメリットはほぼ無いに等しい。最前線で普通にMobと戦った方が良質なアイテムや金が手に入るし、経験値だって美味い。ここ数日のレベリングに付き合う必要だって無いではないか。

 

 所詮は苦し紛れの言い逃れ、少し考えれば嘘だとバレる──そう、思っていたのだが。

 

「ビー、ター……ッあいつらと、同じ……ッ!?」

 

「《ビーター》……お前のせいで……ッ!」

 

「シグレ、ロットン……!?」

 

 あろう事か、2人はリューゲの言葉を信じてしまったらしい。残る希望はハベルだ。理知的な彼であれば、仲裁に入ってくれるはず──

 そんな淡い期待を込めた俺の目には、冷ややかな目でこちらを見るハベルが映った。

 

「待て皆、いくらなんでも話が変だろ!どうしてリューゲを信じる!?」

 

「……そういえばまだ知らないんでしたね。シグレさんが《ビーター》を憎む理由を」

 

「彼女はね、まだSAOが始まってすぐの頃、元ベータテスターを名乗る数人のプレイヤーに暴行を受けそうになったんだ……()()()()()()()()()()()()にだ──ッ!」

 

 SAOは仮想世界だが、中にいるのは人間である以上、様々な問題が浮上する。

 PKや窃盗は無論の事、最も重要なものとしては、プレイヤー同士及びプレイヤーからNPCに対する性的なあれこれだ。

 仮想世界である以上、現実の体には一切の傷が残らない。逆にフルダイブ中は、現実の体を一切動かせない。それをいいことに、卑劣極まる行動に出る者も現れるのではないか。というのは、フルダイブの問題点としてSAOが発売されるより前から度々話題に挙がる事があった。

 当然、SAOにはその対策が用意されている。異性のプレイヤーに過度に接触を迫ったり、NPCに対して妄りな接触を行う、または無理矢理移動させようとした場合など──そういった時に《ハラスメント防止コード》というコマンドが表示されるのだ。

 もし対象がNPCだった場合は警告表示と共に即《黒鉄宮》の牢獄へ転移させられるのだが、これがプレイヤー間となると、少々事情が変わる。

 

 例えば、女性プレイヤーAさんが男性プレイヤーB氏に過度な接触を迫られたとしよう。するとAさんの視界には《ハラスメント防止コード》発動の是非を決めるウィンドウが表示され、《○》ボタンを押せば、B氏は問答無用で牢獄送りとなる。

 

 一見問題ないように見えるこの仕様にも、極めて致命的な穴があった。

 想像するだに悍ましい話だが……コマンドを入力しないと作用しない《ハラスメント報告》を逆手にとって、数人がかりで手足を押さえつけてシステムウィンドウを操作できない様にすれば、あとはやりたい放題というわけだ。

 

 恐らくシグレはその手法で襲われかけた、ということなのだろう。元ベータテスターを名乗る男達に。

 そいつらが本当に元ベータテスターだったのかは正直怪しい。システム的に元テスターを判別出来ない以上、口ではいくらでも素性を偽ることができるし、本当のベータテスターであるなら、そんな事より攻略を優先するはず──いや、これは固定観念だろうか。

 

 ともかく、シグレは過去の恐怖体験から、元ベータテスターとビーターを少々混同している節がある。しかしその誤解を解いたところで、彼女が心に負った傷が癒える訳でもなし、ましてやシグレ以外の2人──ロットンとハベルに至っては知人を失っている。俺が本当に《ビーター》であると正体を明かした上で諸々を説明しても、言い訳や責任転嫁と取られるのが関の山だろう。

 

 それ程までに、彼らの目には《ビーター》への憎悪が渦巻いていた。

 

 第1層のボスを倒したあの日──俺はキリトと共に、全プレイヤー達の恨みつらみを引き受けるのが自分達にできる償いだとして《ビーター》の烙印を受け入れた。

 当然、周囲から白い目で見られることだって何度もあった。しかし攻略が進むに連れて、次第に俺達を信頼してくれる者も少しずつだが増えていったように感じる。だからなのだろうか。俺はいつからか、安心していたのかもしれない。

 

 他者から恨まれる事の意味を、償いの代価として刻まれた《ビーター》という烙印の重さを──この日、俺は改めて思い知ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そこからの事は、長い時が経った後でも鮮明に思い出せる。

 

 リューゲに扇動された彼らは、仇である《ビーター(おれ)》を前に戦闘を開始。防御に徹しながら必死に説得を続けたが、やはり聞く耳を持ってもらえなかった。

 

「──既にKoBの知り合いへ連絡してあります。身ぐるみ剥がされて独房へぶち込まれるか、ここで俺達に殺されるか、選ばせてあげますよ」

 

 どうやらKoBの構成員とパイプがあったらしいハベルの言葉に、俺は一縷の希望を見出した。

 

「……分かった。ならそのKoBのメンバーにこう伝えてくれないか。副団長に知らせてくれ、ってな」

 

 副団長であるアスナかアリス、そうでなくとも1軍のメンバーの中にはボス攻略で顔見知りの者もいる。彼ら彼女らがこの場に来てくれれば、無用な犠牲を出さずに済むかもしれない。

 

「……ふん、いいでしょう。何をしても無駄だとおもいます──が……ッ!?」

 

 ──気づけば、ハベルの首が落ちていた。首無し状態で爆散していくアバターの後ろには、大振りの短剣(ダガー)を振り抜いたリューゲの姿が。

 

「──余計なことすンなよクソメガネ。俺が手間暇かけてお膳立てしてやったのを台無しにする気かァ?」

 

「リ、リューゲ……?何を──」

 

「あーあ、もう仕方ねぇや。お前らが雑魚過ぎてミツキ(コイツ)全然手ェ出してこねぇし──うん、処分決定」

 

 そう言うなり、リューゲはあの俊敏な動きでロットンに近づくと、手にした短剣で猛撃を始めた。

 

「ひっ──やめっ……嫌だァッ!!!」

 

「ロットン!」

 

 助けに入ろうにも、ああもピッタリ張り付かれては手が出せない。加えてパニックになったロットンが滅茶苦茶に槍を振り回しているせいで、近づく事すらままならない状態だ。

 折角の盾と槍も、間合いの内側に入り込まれては意味を成さず、タンクだけあって数撃は耐えたロットンだったが、最後には顔面に短剣を突き刺されて絶命した。

 

「っふふふ……おい《ビーター》さんよぉ。お前のせいで2人死んだぞォ?」

 

「何だと……?」

 

「お前がちゃあんと間合いに入られた時の戦い方を教えてれば、あの肉ダルマはもうちょい長生き出来たかもしれない。そもそも抵抗せず殺されてやりゃあ、あのクソメガネももしかしたら生きてたかもしれない」

 

「……お前のその顔を見る限りじゃ、例え俺が死んだ後、あいつらが生きてるとは到底思えないが」

 

「おお、察しがいいねェ。大正解」

 

 会話で時間を稼ぎつつ、俺は思考を巡らせる。見たところ奴は相当な手練だ。後ろのシグレを庇いながら相手をするのは流石に分が悪い。

 

「──シグレ。俺が合図したら結晶で55層に転移して助けを呼ぶんだ」

 

 丁度1つ上である55層主街区《グランザム》には、KoBの本部がある。シグレを逃すと同時に、応援が来るまでの時間を稼ぐ事は出来るだろう。

 

「……シグレ?」

 

 もしや茫然自失になって動けないか──そう思い背後へ目を向けようとした俺の腹を、背後から見覚えのある曲刀が貫いていた。

 

「はぁ…はぁ──これで、4()()()

 

「何を考えて……ッ!?」

 

 待て、今彼女は何と言った?

 4人目──その言葉が、腹に刃が突き刺さった状態の俺の脳裏を駆け巡る。その末に──結論が出た。

 

 2人組だったのだ。リューゲとシグレは最初から組んでいた。

 最近立て続けに前線プレイヤーが殺された一連のPKは、恐らくこの2人の犯行なのだろう。

 

「悪く思わないでね。これも私が生きる為なのよ──私の為に死んで頂戴」

 

「くっ……!」

 

 俺は強引に体を向き直しシグレを引き剥がすと、刺さったままの曲刀を引き抜き投げ捨てる。

 完全な不意打ちでこそあったが、俺と彼女のレベル差は歴然。装備によるステータスの底上げを加味しても、俺の防具の方が優秀だ。《戦闘時回復(バトルヒーリング)》のスキルもあって、実際に受けたダメージは微々たるものだった。

 

「ちっ、流石に前線プレイヤーは硬いわね。リューゲ、決めちゃいなさい!」

 

 リューゲは手の中で弄んでいたものとは別の短剣を取り出すと──その刃を、シグレの喉元に突き刺した。

 

「そ、な……なん──ぇ!?」

 

 喉元に刃が食い込んでいるせいで上手く喋れないシグレに、小さく笑ったリューゲはこう返す。

 

「立場分かってんのシグレちゃんよォ?俺より弱いクセに俺に指示とか、いつそんな偉くなったわけ?」

 

「あ……が──!」

 

「さァてここで問題です。これまで必死こいて前線プレイヤー3人ハメ殺してきた君を、俺がこのタイミングで切ったのは何故でしょーかッ?」

 

 答えを待たず、言葉は続く。

 

「──ぶっちゃけもう飽きたんだわ。最初はウチのリーダーと似た方法だったから、上手くいきゃテク盗めるかも~なんて思ってたけど…君のやり方めんどくさ過ぎ。リーダーならもっとスマートにやるぜ?」

 

「お前やっぱり──ラフコフの構成員か」

 

「ほんとに察しがいいねェ、大大正解!この馬鹿な女とは大違いだ。でもまぁ──最後にいいカオ見せてもらったし、これで手打ちにしてやるよ」

 

 そう言って短剣を捻ってから引き抜き、シグレの体をこちらへ突き飛ばす。

 

「さァて、これ以上はKoBが出張ってきてもおかしくない頃合だ。俺はお暇するよ」

 

「貴様──ッ!」

 

「おいおい、俺を追いかけるのはいいけどさァ。そのバカ女、放っといていい訳?」

 

 ダメージ量を調節する為にわざわざ粗悪品の短剣を使用したらしく、シグレのHPはゆっくりと減少の一途を辿っていた。早く回復しなければ、取り返しがつかなくなってしまう。

 

「……くそッ!」

 

「ハハハッ!それじゃあまた会えたら会おうぜ、《裂槍》さんよォ!──お前を殺る為だけに死んだデブとメガネも、ちゃあんと弔ってやるんだぜェ?」

 

 闇の中に消えていくリューゲの声を耳にしながら、俺はシグレを助け起こす。

 視界の端で、パーティが解散された旨のシステムメッセージが表示された。

 

「シグレ、しっかりしろ!」

 

 彼女のした事は決して許される事ではない。だが一連のPKの考案者として、情報は全て吐いてもらわねばならない。今後の為にも死なれては困る。何より、目の前で死にそうなプレイヤーを見捨てる真似は──もう第1層ボス戦(あの時)のような思いはしたくなかった。

 

「ミ…ツキ──いや、たすけて死にたくない……ッ!」

 

「分かってる。今《回復結晶》を──!」

 

 しかしアイテムを取り出そうとした俺の手を、シグレが凄まじい力で掴んできた。死の淵に立った事でパニックになり、とにかく何かに縋ろうとしているのか。

 ステータス的には簡単に振り解けるはずのシグレの手は中々解けず、その間も彼女のHPは減り続けている。

 

「ねぇやだ…!しにたくない…ッ!なんで!?なんでわたし──ッ!」

 

「頼む、落ち着いてくれシグレ!手を離すんだ!」

 

「やだ…やだやだやだやだやだ……ッ!」

 

「シグレッ!!」

 

 俺が叫んだ瞬間、彼女の動きが、声が、ピタリと止まる。涙を浮かべ、虚空を見つめていた彼女の目が、俺の目と交錯する。

 

 

「───、─────」

 

 

 直後、シグレのアバターは無数のポリゴン片に分解された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KoBの一団が到着したのは、僅か5分後の事だった。

 幸い、中に顔見知りのプレイヤーがいたお陰で俺が疑われる事にはならなかったが、

 

 

 

「死んじまえ、クソビーター」

 

 

 

 シグレが死の間際に遺したこの言葉は、未来永劫、俺の胸に深く深く突き刺さる事となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻略組による殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の討伐作戦が決行されるのは、ここから数ヵ月後になる。

 討伐といっても、あくまで無力化して拘束するのが本懐であり、上手くいけば無血戦争で終わるはずだった。

 しかし、討伐隊に犠牲者が1人出て以降──

 

 

 

 俺は怒りのまま、実に5人ものレッドプレイヤーの命を、この手で奪った。

 

 

 

 そしてその中に──生きて拘束された者の中にも、《リューゲ》という名は存在しなかった。

 




この場を借りて、本文では説明しきれなかった部分をご紹介。

《シグレがPKを行うに至った経緯》
過去に元ベータテスターを名乗る数人の男プレイヤー達に暴行を受けそうになっていたシグレは、リューゲに男共々殺されそうになっていたところを命乞いし、「前線レベルのプレイヤーを5人殺せばPoHに紹介する。できなければ殺す」という条件を提示されていた。当然、レベルの低い自分では真っ向勝負で適わないことが分かっていたので、ビーターを利用した扇動PKを考案。

時期が違うとはいえ、乱暴されかけたのは事実。男達が元テスター(ベータの情報アドが無くても、10層までの貯金がある分他より強い。当然嘘)を自称していた為ホイホイついて行ってしまった。

《PKの手順》
リューゲが標的の前線プレイヤーを、シグレが反ビーターの中層プレイヤーを数人見繕い、パーティを組む。
標的のプレイヤーと偶然を装い接触し、助けて欲しいという名目でパーティに引き入れる。
その後、フィールドを探索する名目で僻地に移動し、リューゲが襲いかかる。
わざと失敗して追い込まれ、他のメンバーに「こいつはビーターだ」と嘘を吐き、そこへシグレが過去のトラウマを口にすることで同情を誘い、標的を孤立させる。
標的を殺す過程でオレンジになった中層プレイヤー達は揃って殺処分。次の面子を探す。

因みにミツキがあの場に現れたのは嬉しい誤算。正体に気づいてたのはリューゲのみ。



幕間というにはかなり長くなりましたが、今度こそ74層に向かいます。
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