ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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遅くなりましたー!


整合騎士

 ミツキがアドミニストレータと話をしている頃──キリトとユージオは、カーディナルの協力を得てカセドラルの最上階を目指していた。

 今は、50階で待ち構えていた整合騎士団副長ファナティオ・シンセシス・ツー及びその配下達との激戦を切り抜け、昇降盤で一気に80階まで移動している最中だ。

 

 キリトは自分の《黒いやつ》とは逆側の腰に吊り下げた灰碧の剣──持ち主も呼び方が一貫してなかったので仮称《灰色の剣》とする──をそっと撫でる。

 

 3階にある武器庫から一緒に回収したこの剣は、確かキリトやユージオの剣よりも優先度が高かったはずなので、各々愛剣と一緒に持とうとすると凄まじい重量になるのは自明の理。

 事実、最初は歩くのがやっとで、武器庫の外でキリト達を出迎えた整合騎士デュソルバート・シンセシス・セブンとの戦いでは一旦手放していたのだが……どういうわけか、ファナティオとの戦いを経た今では《黒いやつ》1本分と大差ない程度の重量しか感じられなかった。

《窓》を開いてみても、いつぞやミツキが言っていたように優先度の値は文字化けして読めず、キリトの《オブジェクト操作権限》が上昇したわけでもない。ユージオが持ってみると重そうにしていたことから、剣そのものの優先度が変化したわけでもなさそうだ。

 

 何か関係があるとするなら、あの時──この剣を回収した時キリトの脳裏に流れ込んできた、とある情景だろうか。

 

 

 暗闇の中を、何かに引き寄せられるように凄まじいスピードで落ちていく。

 熱に焼かれる体はひび割れ、砕け、共に在ったモノ達と分たれる。彼らが跡形もなく塵となって行くのを尻目に、1人孤独に、墜ちていく──。

 

 

 恐らくあれは、この《灰色の剣》が有する記憶なのだろう。賢者カーディナルは、剣に蓄積された《記憶》の力を用いて戦う術式をキリトとユージオに託してくれた。いずれも強敵だった整合騎士達を破ってこれたのも、キリトの《黒いやつ》とユージオの《青薔薇の剣》に宿る記憶を攻撃力へ変換する秘術《武装完全支配術》に助けられた部分が大きい。

 

 カーディナル曰く、完全支配術には2つの段階があり、上位術式である《記憶解放術》を使いこなすには武器と心を通わせる事が重要だという。

 まだ断片的ではあるのだろうが、この《灰色の剣》の記憶に触れた事で、所謂「剣との信頼度」的なパラメータが上がった結果、鞘に納めて持ち運ぶ分には軽くなった──とかそんな所だろうか。

 試しに鞘から抜いた瞬間、重みが増していくような感覚があった為、二刀流の片割れとして使う事は出来ないだろうが、こうして問題なく運べるようになっただけでもありがたい。

 

「──お待たせ致しました。80階《雲上庭園》でございます」

 

 昇降盤を動かしていた少女に一言礼を言って降りた2人は、彼女の天命を凍結し100年以上もあの昇降盤の上に縛り付けるアドミニストレータを打倒する決意を新たに、80階の扉に向かう。

 

「最上階まであと20か……やっぱり、アリスはどこかで僕らを待ち構えてるのかな?」

 

「エルドリエも、庭園に待機するようアリスに指示されたって言ってたし、多分な──アドミニストレータと一緒に相手する事にならなきゃいいんだが」

 

「そうだね……整合騎士は僕らが思ってたよりずっと強い。1対1で短剣を刺せる自身は無いな……」

 

 ユージオはそう言って、胸の辺りをそっと撫でる。剣と一緒に武器庫から失敬してきた服の下には、手の平サイズの十字型の短剣がぶら下がっていた。

 

 

 ──この短剣は攻撃力こそ皆無じゃが、刺した瞬間、対象とわしの間に切断不可能な経路(パス)が接続される。即ち、わしのあらゆる術式が必中となるわけじゃ。

 

 

 カーディナルはその短剣を3本、キリト達に託した。1本はアドミニストレータを倒す為、もう1本はシンセサイズされたアリスを眠らせて無力化し術式を解除する為、そして最後の1本は──

 

「……ねぇキリト。ミツキ、大丈夫かな?アドミニストレータは、僕らをアリスと同じようにシンセサイズ……して整合騎士に仕立て上げるつもりだろう、ってカーディナルさんは言ってたけど……僕らが本格的にカセドラルを上り始めてから、もう結構経つし、それに──」

 

「分かってる……けど、ミツキならきっと大丈夫だ。あいつは……そう簡単に取り込まれるような奴じゃない」

 

 3本あった短剣だが、その内の1本はつい先程、自分達との戦いで瀕死の重傷を負った整合騎士ファナティオを救う為に使ってしまったのだ。

 残る短剣は2本。先んじて連れて行かれたミツキが万が一敵となって現れた場合、アリスと同様に眠らせて術式解除の処理を頼むつもりだったのだが、その必要がない可能性に賭ける他無くなってしまった。

 

 しかしキリトとて全く根拠のない希望というわけでもなかった。ミツキは自分よりもずっと計算高いし、勘もいい。無理矢理記憶を引っこ抜かれるような仕打ちを大人しく受け入れるはずがない──それは即ち、アリスとの記憶を忘れるということなのだから。

 

「……ユージオ、あのさ──」

 

「なんだい?」

 

 話すべきだ──アリス・ツーベルクがユージオにとって大切な存在であるように、アリス・シンセシス・サーティもまた、ミツキにとって大事な存在なのだと……だから、短剣でカーディナルの元へ送った後、記憶を戻すのは少し待って欲しいと──だが、いざ言おうとすると口が動かない。それは裏を返せば、ユージオに「事と次第ではアリスを諦める覚悟をしておいてくれ」と言うようなものだからだ。

 

 カーディナルには「最後まで諦めない」と啖呵を切ってみせたキリトだが、今に至るまでに何か妙案が浮かんだわけでもない。結局の所、カーディナルが言っていたように選択を先延ばしにしただけなのだ。

 1つ歩みを進める毎に猶予が無くなっていくのを感じる。流石に戦いの最中に考え事をする余裕は無く、実際に残された時間は想定より少ない。それでも立ち止まる事は出来ない──立ち止まったとしても、向こうの方から近づいてくる。その重圧が形を得て、キリトの喉を塞いでいるかのようだった。

 

「キリト……?」

 

「っ……悪い、何でもない──行こう」

 

 ミツキもこんな気持ちだったのだろうか──そんな事を考えながら、80階の扉を押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カセドラル80階《雲上庭園》。

 床一面に広がる芝を貫く、舗装された煉瓦の道の先──小高い丘の頂上に、その姿はあった。燦燦と降り注ぐ陽光と、それを遮る小さな1本の樹……その木陰に腰を下ろしている少女が誰なのか、ここからでも分かる。

 

「アリス……」

 

「噂をすれば、か──行くぞ」

 

 煉瓦の道を踏みしめながら、1歩1歩と近づいていく。やがて丘に差し掛かると、黄金の鎧に身を包む騎士はキリト達を手で制してきた。

 

「──もう少し待ってください。折角のいい天気ですから、()()()にたっぷりと日差しを浴びさせてあげたいのです」

 

 それだけ言って瞑目するアリスを、キリトとユージオは怪訝な表情で見上げる。しかし呆けている暇はない。

 

「……ユージオ、お前はアリスと戦うな。カーディナルの短剣を確実に刺す事だけを考えるんだ。彼女の攻撃は、俺が何としてでも止めてみせる」

 

「け、けど……!」

 

「それしかないんだ──彼女は強い。正直、全力のひと太刀は俺でも完全に受けきれるか怪しい。初撃を凌いだらそのまま彼女を拘束するから、その隙に短剣を使うんだ」

 

 あくまでもSAOでの記憶だが、アリスはキリト同様に筋力優先のステータスビルドをしていた。彼女と直接戦った経験こそ無いものの、その剣の凄まじさはよく分かっているつもりだ。あのアリスが整合騎士である彼女と同一人物なら、剛剣も同じだと考えておくべきだろう。

 

 何より……ユージオに、幼馴染へ剣を向ける真似はさせたくない。

 

「……分かった、気をつけて」

 

 見たところ帯剣はしていないようだが、どこかに隠しているのだとしても、先手を取れれば完全支配術の長い詠唱が完了するより先に押さえ込める筈だ。

 

 慎重に近づく2人に、立ち上がったアリスは問いかける。

 

「お前達が牢を抜け出すだろうという所までは想定内でした。待機させたエルドリエ1人で事足りると思っていましたが……お前達は彼を退け、あまつさえ神器を携えたデュソルバート殿にファナティオ殿までもを打ち破ってこの庭園の土を踏んだ── 一体、何がお前達にそれ程の力を与えているのです?どのような目的があって、人界の平穏を脅かす挙に及ぶのですか?」

 

 公理協会の間違いを正す為、アリス()を元に戻す為──他にもいくつもの理由が脳裏を駆け巡るが、そのどれもが彼女を納得させる理由足りえないのは明らかだ。

 

「……答えないのですか?あのミツキという少年は潔く自らの罪を受け入れていたと聞きましたが──イーディス殿?」

 

「──うん、そう言ってたわよ。まぁ、協会に対して色々物申したいこともあるみたいだったけどね」

 

 そんな声と共に樹の後ろから姿を現したもう1人の騎士──白い鎧に灰色のマント、その上で揺れる灰褐色のポニーテールが特徴的な女騎士は、アリスの横に並び立つ。

 

「あんた、ミツキと一緒にいたのか!?アイツは無事なのか……!?」

 

「ええ、ちょっと前までね。彼を最高司祭様の所へ連れて行ったの。途中で元老長に引き渡したから、今、無事かどうかは正直分からないけどね──出来れば、あなた達も彼と同じように大人しく投降して欲しいんだけど、どう?」

 

 ミツキは《シンセサイズの秘儀》や公理協会の真実を知らないが、唯々全てを諦めて従ったとも考えにくい。イーディスと呼ばれた2人目の騎士が言っていたように、アドミニストレータとの接触を試みたのだろう。当然、アドミニストレータはミツキをシンセサイズするつもりでいる筈なので、まだその段階には至っていない事を祈る他無い。

 

 であれば──

 

「──悪いが、こっちもこっちで事情がある。大人しく捕まってやるわけには行かないな」

 

 気丈に言い放ったキリト。「えー」と小さく肩を落とすイーディスの横で、アリスが1歩進み出る。

 

「元より禁忌を破る大罪人です。既に決して少なくない数の騎士が倒されている以上、今更言の葉で引き下がるとも思っていません──」

 

 アリスが右手を掲げ、傍らの樹にそっと触れると── 一瞬の閃光を放ち、樹が忽然と姿を消した。同時に、アリスの手には1本の金色の剣が。

 

「──彼らとて剣士の端くれ。ならば、その真意は剣に聞くとしましょう」

 

「ッ──ユージオ!」

 

 本能的に何かを察知したキリトの声で、2人は同時に駆け出す。

 距離は僅か20メートルそこら、学院での修練で鍛えられた2人の脚ならばすぐに駆け抜けられる距離──キリトは腰の黒い剣に手だけ添え、ユージオは首から下げたカーディナルの短剣をいつでも取り出せるよう準備する。

 アリス以外にももう1人騎士がいる以上、当初の予定だった「隙を突いて」というのは難しくなった。しかしどさくさ紛れでもいい、とにかく短剣をアリスに命中させさえすればいいのだ。そうすればユージオにとって最大の目的は達せられる。

 

 手筈通り、アリスの攻撃を受け止めようとキリトが先行する。残り10メートル程に差し掛かった時──

 

「──愚かな」

 

 黄金の十字剣が鞘から引き抜かれると、同じく黄金の刀身をなぞる様に、大小様々なウィンドウが浮かんでは消える。あれは……先の戦いでキリトやユージオの剣にも見られた、剣の記憶を呼び覚ました証……!

 

「──ッ!!」

 

 無声の気合と共に剣が振るわれ──その刀身が、掻き消えた。

 否、違う。彼女の剣の刀身は、その形を無数の金色の欠片からなる黄金の嵐へと変じたのだ。

 

 柄だけとなった十字剣が振り下ろされると、夥しい数の光がキリトへ襲いかかる──!

 

「ぐぁ──ッ!?」

 

 金色の風がいとも容易くキリトを吹き飛ばすのを尻目に、ユージオは走る。襟元から引き出した短剣を刺す場所を定め──ようとした瞬間、ユージオの体は旋回してきた光の嵐で横殴りに吹き飛ばされた。

 

 敢え無く地面に転がる2人を、アリスは冷ややかな目で見下ろす。

 

「抜刀もせず走り寄るなど……私を愚弄しているのですか?今の一撃は警告として加減しましたが──次は、天命を全て()()()()()()()

 

「ぐっ……ゥ……!」

 

 不意に全身を叩いた衝撃と痛みを堪えながら、ユージオは顔を上げる。

 踏み止まる事さえ出来なかった──アリスの周囲を漂うあの金色の破片は、1つ1つが凄まじい重量を持っている。それを一気に叩きつけられたのだ。学院で何度もゴルゴロッソの剛剣に打たれて痛みには慣れているつもりだったが、衝撃から何まで段違いだ。

「消し飛ばす」という彼女の言葉は、一切の誇張も脚色も無く、文字通りに実行されるのだろう。

 

 また威力もさる事ながら、命中精度も高い。初撃でキリトを跳ね除け、次いでユージオを吹き飛ばす動作に一切の淀みが無かった所を見るに、あの破片達は読んで字のごとくアリスの意のままに動くのだろう。その気になれば、キリトをユージオを同時に相手取るのも容易と見るべきだ。

 

 あの完全支配術を使われている限り、勝機は薄い。であるなら──

 

「……誉れある整合騎士殿に対し、敬意無き振る舞いに及んだ事を謝罪する──修剣士キリト並びに修剣士ユージオ、改めて整合騎士お2方に尋常なる剣の立会いを所望する!」

 

 相棒と視線を交わしてから立ち上がったキリトは、同じく立ち上がったユージオと共に恭しく騎士礼をしてから腰の剣を抜刀する。

 

「……いいでしょう。お前達の邪心が如何程のものか、その剣筋を以て確かめさせてもらいます──イーディス殿、よろしいですか?」

 

「反対すると思う?──(あたし)としても、この子達がどういう剣を使うのかちょっと気になるしね」

 

「では──整合騎士アリス・シンセシス・サーティ並びに──」

 

「──同じく整合騎士イーディス・シンセシス・テン、貴殿らとの立会いを受けて立つ!」

 

 どちらがどちらと戦うかは自然と決まった。キリトはアリスと、そしてユージオはイーディスと──整合騎士と1対1で刃を交えるのは初めてだが、尻込みはしていられない。アリスはすぐ目の前にいるのだ、とユージオは己を奮い立たせる。

 

「(そうだ落ち着け、必ずしも倒す必要はないんだ──)」

 

 ユージオは先程キリトと視線を交わした時点で、既に完全支配術の詠唱を開始している。キリトが隙を作った時を見計らい、術を発動。この場の全員を《青薔薇の剣》の氷で凍結させ、動きが止まったアリスに短剣を使用する。術を解除する頃には数的有利が取れている為、残るイーディスはキリトと2人掛りで押し切る。

 騙し討ちとも取れるやり方に正直思う所もあるが、基礎的な実力で劣っている以上、勝ち方に拘る余裕が無いのも事実だった。

 

「……立会いの前に、1つ教えて欲しい──アリス殿の剣、先程丘の上に立っていた樹が古の姿とお見受けしたが……あのような小さな樹に、何故あれ程の力が?」

 

 ユージオの詠唱待機が完了するまでの時間稼ぎと、少しでも相手の情報を引き出す狙いを含んだキリトの質問にも、アリスは律儀に答えた。

 

 曰く──このカセドラルの建っている場所は、遥か昔、このアンダーワールドが誕生した時代に於ける《始まりの地》だった。原初の民が暮らしたとされる小さな村の中央には、豊かな泉と1本の金木犀の樹が生えていた──

 

「──その樹こそが我が神器《金木犀の剣》の原型……世界創世という神の奇跡を剣としたもの、人界の森羅万象に於いて最も旧き存在なのです。与えられた属性は《永劫不朽》──舞い散る花弁の1枚でさえ、石を割り地を穿つ」

 

「花弁……なる程、つまりさっきの破片は全部金木犀の花びらってわけだ。その1つ1つが《破壊不能オブジェクト》──だからって、怖気付くわけにも行かないけどな……!」

 

 キリトの視界の端で、ユージオが小さく身動ぎをする。術の待機が完了した合図だ。

 

「では、整合騎士アリス。改めて……勝負──ッ!」

 

 キリトは構えた剣を上段から振り下ろす──が、漆黒の刃は掲げられた黄金の刃に阻まれ、あまつさえ弾き返された。

 SAOに於けるボスモンスターとの戦いで何度も味わった、硬い盾や鎧を剣で叩くあの感覚──こと頑強さという点ではそれらを遥かに上回る《金木犀の剣》は、何よりも頑強な盾となってキリトの一撃を跳ね除けてみせたのだ。

 

 ビリビリと痺れる感覚を味わいながらも武器を握る手に力を入れ直したキリトは再度攻撃を仕掛けるが、先んじて剣を振るっていたアリスに叩き落とされる。

 

「せぇいッ──!!」

 

 返す刃の一撃にどうにか剣を割り込ませたものの、おおよそ少女の細身からは想像出来ない力で身体ごと吹き飛ばされてしまった。

 

「(一撃が、とんでもなく重い……ッ!)」

 

 彼女に限らず、ここまで戦ってきた整合騎士の殆ど全員に共通して言えることだが、彼ら彼女らは決して神器の力に依存して戦っている訳ではない。その性質や能力を最大限活かす為の戦い方を身に着けている。1番最初に戦ったエルドリエ・シンセシス・サーティワンをまともな武器無しでどうにか攻略できたのは、彼がまだ整合騎士になりたてで経験が浅かったのが要因として大きいだろう。要は運が良かったのだ。

 であれば、その1つ前の30番目であるアリスも攻略の糸口が必ずあるはずだと睨んでいたのだが……キリトはここに来て、自らの考えが甘かった事を痛感していた。

 

 強い──率直にその言葉しか出てこない。斬撃の重さ、鋭さ、そのどれもが高次元。斬撃そのものは大振りな為反応できないと言う事はないが、反応出来たとて満足に防御が出来ない。ガード越しに体を叩き斬られないよう衝撃を逃がし次に備えるので精一杯だ。完全支配術無しの純粋な剣技でも、彼女は強い。

 

 これを真っ向から相手取るなら、何者にも負けない鉄壁の盾か、或いは流水の如き柔の業で捌くしかあるまい。そして生憎、キリトはそのどちらも持ち合わせていなかった。

 

 整合騎士の番号は騎士となった順番──先述のエルドリエの件も手伝い、それ即ち強さの序列の裏返しだと勝手に考えていたが、30番目のアリスがこれ程の実力となると、()()()の方も未知数だ。

 

「(やられるなよ、ユージオ……ッ!)」

 

 視界の外で、あちらもまた戦いながら自分が作り出すチャンスを待っている筈の相棒に、キリトは胸の中でそう言葉を投げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お友達が気になるかしら?」

 

「……そりゃあまぁ、相手はあの整合騎士ですから。けど、キリトがそう簡単に負けるとも思っていません」

 

「へぇ、随分信頼してるのね。そういうあなたも実力は結構いい感じだけど──もう少し頑張った方がいいんじゃないかしら?」

 

 キリトとアリスからは少し離れた場所で、もう一方の戦いは静かに進んでいた。

《青薔薇の剣》を油断なく構えるユージオと相対するは、10番目の整合騎士イーディス──ユージオは既に防戦一方だった。

 

「(キリトはまだ……ッ?)」

 

 アリス同様、彼女もまた武装完全支配術を使わずに戦っている。にも関わらず、ユージオはまだ彼女に一太刀すら届かせられていない。逆に彼女の刃はユージオの身体を幾度となく捉え、浅いながらも多数の傷を刻みつけていた。

 

 整合騎士だけあって斬撃の威力もさる事ながら、彼女の剣はとにかく疾くて鋭い。目測ではファナティオと同等以上──ギリギリの所で回避し深手は免れているが、それもいつまで持つか……ただでさえ《青薔薇の剣》の完全支配術を待機状態で保持している都合、ユージオは神聖術によるかく乱や牽制が出来ないのだ。

 今のユージオの実力では、複数の神聖術の同時並行発動は勿論、純粋な剣技のみで彼女を上回る事は不可能だと、剣士としての勘が告げていた。

 

「(くそ、弱気になるな!最初に言ったはずじゃないか、必ずしも倒す必要はないって!)」

 

 そう。今ユージオがすべきは、来る時に完全支配術を発動できるよう、キリトを信じて耐える事だ。まずは何よりもユージオが立っていなければ全て水の泡になる。一方で、ユージオが無様を晒すようでは、キリトもアリスを押さえ込む事に全力を注げない。

 

 考えろ、思い出せ。少しでも長く、少しでも有利に状況を運ぶ術を……!

 

 イーディスの動きを注視しつつ、ユージオの脳裏に凄まじい速度で思考が巡らされる。

 

 修剣学院で励んでいた頃、キリトとミツキが教えてくれた──まずは相手をよく観察すべしと。

 

 真っ先に目がいくのは、やはりイーディスの得物だ。確か《(カタナ)》と言ったか──これまでよく目にしてきた直剣とは違い、緩く弧を描く細身の刀身が特徴的な片刃の剣。同じ種類の剣を使う剣士を、ユージオは1人知っている。

 

 メディナは言っていた──刀は直剣とは違い、斬りつける時に独特の動きが必要なのだと。

 ユージオがルーリッドの村でギガスシダー相手に剣の練習を始めた頃、キリトは「斧と同じ要領で振ればいい」と言っていた。つまり、得物の重量を利用して相手に叩きつけるような形で振っていたわけだが、刀の場合、それだけでは十分な切れ味を発揮出来ないのだとか。

 ではどうするのかというと、直剣や斧のように「力任せに圧して斬る」のではなく「引いて斬る」──刀身の反りに加え、腰や体幹を利用して斬り付けるのだと。

 

 勿論、整合騎士の神器ともなれば大抵のものは適当に振るだけでスッパリと斬り裂けるだろうが、今ユージオの手にあるのはその神器にも匹敵する《青薔薇の剣》だ。刃に十分な威力が乗らないギリギリのタイミングを捕まえれば、彼女の剣を押さえ込めるかもしれない。

 

 こちらも多少の傷を負う危険があるが、剣士が傷を怖がっていては何も出来ない──!

 

「……自棄にならないのは良い事だけど、慎重過ぎるのも考えものよ──ッ!」

 

 時間にしてほんの数秒……思考の海から意識を引き揚げたユージオに、イーディスが斬りかかる──ユージオは、彼女の腕の角度に注目した。

 

 中段のやや下、左横薙ぎ……少し逆袈裟気味か。僅かに腕を捻るだけで下段横薙ぎに変更出来る為、剣を立てての防御は難しい──剣を据えた腰にギリリと捻りが加わったその瞬間、ユージオはあらんばかりの力で地面を蹴り出した。

 

「ォ…おおおおおおおォォォ──ッ!」

 

 後ろに跳んで回避するかと思いきや、逆に前方へ突っ込んできたユージオ。イーディスは微かに驚きの表情を浮かべながらも、向かってくるユージオを斬り伏せようと剣を繰り出すが──

 

 

 ──ガギィッ!

 

 

 前に突き出された青薔薇の剣が、振り出したばかりのイーディスの剣──その鍔元を押し止めていた。イーディスは即座に逆方向へ身体を捻り、ユージオの剣を振り払おうとするが、それより先にユージオは、十字状になった青薔薇の剣のナックルガードを使って彼女の剣を上へ押し上げる。半円を描くように剣が流れ、2本の剣の切っ先が地面に突き立てられようとしたその瞬間──

 

 

「ユージオ───ッ!!!」

 

 

 少し離れた場所から自分の名を呼ぶキリトの声。状況を確認する時間すら惜しく、ユージオはこの声を合図と受け取り、万を辞して詠唱を結ぶ──!

 

 

「──エンハンスッ……アーマメントッ!!!」

 

 

 地に突き立てられた青薔薇の剣を起点に、巨大なウィンドウが浮かんで消える。次の瞬間、凄まじい冷気が辺りに広がった。

 

 土も、草花も、レンガも石畳も全て等しく凍てつかせる霜の波は、あらゆるものを白く染め上げながら一直線に突き進む。狙いは壁際にいる2人の剣士──小さく驚きの表情を浮かべるアリスと、そんな彼女に組み付いて押さえ込むキリトだ。

 波はこの場にいる全員の足元をあっという間に飲み込み、そこから伸びた氷の蔦がユージオを除く3人の体に絡みつく。

 

「アリスッ──!」

 

 イーディスは即座にユージオを斬ろうとするも、突き刺さった剣諸共右腕が真っ先に凍らされ、せり上がるように形成されたユージオとを隔てる巨大な氷の壁に半身が飲み込まれてしまう。

 

「はぁ…はぁ……ッ」

 

 戦いの熱を一気に奪い去った完全支配術を解いたユージオはすぐ横の様子を伺う。広く、厚く形成された氷の壁がしっかりとイーディスを捕らえ、同時に分断出来ている事を確認すると、アリス達の元へ歩みを寄せた。

 

 首に掛かっていた短剣を取り出す。組み付いたキリトごと封じ込めた氷塊からは、剣を握るアリスの腕が僅かに覗いている。そこへこの短剣を刺せば、アリスは眠りに落ちカーディナルの元へ送られる──あの頃の、ユージオがずっと探し求めていた幼馴染のアリスを取り戻すという目的に大きく近づく。

 

 共に氷の中で覚悟の表情を浮かべるキリトに心の中で謝罪と感謝を告げるユージオ──その背後で、短く声が聞こえたかと思えば……次の瞬間、氷の壁が横薙ぎに一掃された。

 

「な──!?」

 

 跡形もなく破壊された氷壁の向こうに立っていたのは、動きを封じられていたはずのイーディスだった。

 

「どうして……剣ごと半身を凍らせたはずなのに……」

 

 青薔薇の剣の完全支配術によって生み出された氷は、術を解除しても暫く残り続ける。表面を凍らせただけならまだしも、あれだけの厚みを有する氷の壁ならば小さく見積もっても30分は持つ筈なのだ。しかしイーディスは現にこうして氷の呪縛を抜け出している。一体どうやって……!?

 

「……今のは流石に驚いたわ。デュソルバートやファナティオを倒したんだから、武装完全支配術くらいは使ってくると思ってたけど……まさかここまでとはね」

 

 ふぅ、とイーディスの口から白い息が漏れる。赤い双眸は鋭く細められ、ユージオの事を明確な敵として認識していた。

 

「正直、案は悪くなかったわよ。けど相手が悪かったわね──私、騎士団でも最強の《闇素》使いなの。これに関しては騎士長にも負けないって断言出来るわ」

 

 イーディスの左手の指先に、無詠唱でいくつかの闇素が生成され、薄く引き伸ばされた闇素が手袋のように腕を覆っていく。その手で触れた氷の破片は、跡形もなく消失した。

 

「《闇素》……」

 

 神聖術によって生成出来る素因は多数あるが、その中で最も扱いが難しいとされているのが《闇素》だ。「触れたものを削り取る」という性質を有する闇素は、1つ間違えれば自らの身体の一部を消失させる危険性を孕んでいる。《フォーム・エレメント》の式句で形を与えることすら一層の注意が必要な代物を、ああも自在に操れるというのか。

 

 呆気に取られるユージオは、すぐ前に迫るイーディスに反応が遅れた。繰り出された剣を咄嗟に掲げた青薔薇の剣で受けようとするが──漆黒の刃は氷の刃を霞のようにすり抜け、ユージオの肩口をしっかりと斬りつける。

 

「がっ……!?」

 

 信じられないモノを見たような目をするユージオに、イーディスが口を開く。

 

「私の《闇斬剣(あんざんけん)》はね、ソルスの光が一切届かない深い湖の底に沈んでいた石から生まれたの。何も見えない、何も聞こえない、自分の存在すら曖昧になっていく……そんな記憶を反映させたこの()の武装完全支配術は、あらゆる障害をすり抜ける事が出来るのよ。盾や鎧は勿論──剣も、氷もね」

 

「そん、な……!」

 

「……あなた、才能はあるけどまだまだ経験不足ね。一々驚いて動きを止めてるようじゃ私には勝てないわよ。それに、ほら──」

 

 イーディスの視線が指し示す先では、腕と一緒に僅かばかり覗いていたアリスの剣の刀身が無数の花弁へ姿を変え、渦を巻いて氷塊を物理的に削り始めていた。程なくして戒めから解き放たれたアリスは、組み付いていたキリトを押しのける。

 

「……『剣の勝負を』と言うからそれに合わせましたが……なる程、これがお前達のやり方というわけですか。ならば、もう容赦は必要ありませんね──」

 

 アリスが金木犀の剣を掲げ、大量の花弁が渦を巻く──永劫不朽の花達の前に防御など意味を成さず、神速の刃を振るう騎士の前では回避など許されない。

 

 これで、終わり──そう思ったのも束の間。

 

 

「ッ──エンハンス・アーマメントッ!!」

 

 

「ッ──!?」

 

 突如、キリトが黒い輝きを湛えた剣を繰り出す。完全な不意打ちに思われたが、アリスはしっかり反応し花弁の奔流をキリトへ差し向けた。

 

 片や創世記の樹、片や悪魔の樹──超至近距離で2つの記憶が衝突する。

 

 凄まじい轟音と衝撃が辺りを駆け抜け、荒れ狂う力は、傍らにある壁に亀裂を入れる。

 

 刹那──何人たりとも傷つけられないとされていたカセドラルの外壁が、内側から弾けとんだ。

 ぽっかりと口を開けた穴の向こうには晴れ渡る青空が広がっており、その美しさに惹かれるように、内部の空気が外へと吸い出されていく。

 

「うぉ………ッ!?」

 

「く……ぅァ……ッ!?」

 

 そのすぐ近くにいた2人の剣士は、抗う暇も与えられずにカセドラルの外へと投げ出された。

 

「ぁ……あああああ……ッ!」

 

「そんな、嘘……ッ!?」

 

 遅れて状況を理解したユージオは、イーディス共々穴へと走る。しかし自動修復の術式が働いていたのか、時が巻き戻るかのように大小様々な瓦礫が組み合わさり──やがて、穴など初めから無かったかのように、壁は元の姿を取り戻した。

 

 

「ぁ……キリト────ッ!!!アリス────ッ!!!」

 

 

 ユージオの悲痛な叫びが、庭園の中に木霊した。

 




ゲームアリブレのOPで描かれていながら実現しなかったアリス&イーディスvsキリト&ユージオの戦いでした。完全支配術使わなくても全然強いですね、彼女…


さて、この場を借りて、前回明かされた「アリスがSAOにいた(事になった)経緯」及びその後の動向をかるーく解説させていただきます。

・ラース、《ザ・シード》でUWを試作するも、何度やってもリミテッド版のカーディナルでは心意システム(便宜上)を処理しきれないと困る。そこで重村教授と取引し、旧SAOサーバーからオリジナルのフルスペックカーディナルをサーバーごとコピー。UWの土壌にする。
 ↓(お注射された2人がUWへ)
・アドミニストレータ、見習い騎士だったアリスをサポート役としてSAOログを解析。その最中、アリスの騎士としての使命感から心意が発動。これが中途半端に作用した結果、記憶喪失状態のアリスが当時のSAOにいた事に。この影響でSAOがバグり、ガチの偶然で《双槍》誕生。
 ↓
・SAOクリア後、本来なら消えてなくなる(夢のように記憶がブツ切れになる)ところ、須郷によってALOへ吸われそうになる。この時点で自分がどんな存在かなんとなく察していたアリス、これを利用して銀木犀アリスを錬成、ALOへ送り、ミツキへの伝言を託す。オリジナルの方はそのまま消え、記憶はここで途切れている。
 ↓
・一方UW、整合騎士アリスはSAOの2年分の記憶がいきなり湧いて出てきて(ぶっこまれたとも言う)、意識がぐちゃぐちゃになり崩壊しかける。アドミニストレータによって凍結処理され、記憶摘出。アドミニストレータは内容を確認。

…と、一連の流れはこうなります。
卵が先か鶏が先かはさておき、何故こんなトンデモ設定にしたのか。
それは、ゲーム版SAOがちょい関わってきます。
ゲーム時空ではSAOにシノンが放り込まれたりしてますよね、アレ、カーディナルシステムがエラーを起こしてメディキュボイド経由(ゲーム時空ではシノンも被験者)で彼女を引っ張り込んだのが原因だったりします。
決め手になったのはアクセルとコラボしたお祭りゲームの「千年の黄昏」。
この作品に出てくるアリスとユージオは、仮想世界じゃないガチの異世界「アンダーワールド」から飛ばされてきたとか言い出したワケです。

(千年の黄昏を数えていいのかはともかく)公式がここまでやってるならアリでは?となった結果、本作に於けるアリスの設定が固まったわけです。しかも正史に近い最新作のFDでもなんかすごいこと言い出しましたし。

原作をベースにしつつ、ゲーム、一部web版など、方々から色んな要素を持ってきてはツギハギしている拙い作品ですが、お付き合いいただければ幸いでございます。
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