今は無き浮遊城アインクラッド──かの世界に存在していたあの城の中で、2人は初めて直接剣を交えた。
ずっとずっと後になって思い返せば、あの時の戦いは我ながら子供じみた理由で挑んだっけ。とアリスは思う。単に彼としっかり手合わせをしてみたかった、というのも勿論あるが……それ以上に、「自分の相棒はこんなに強いのだ」「彼はとても凄いのだ」と周囲に見せてやりたかったのだ。
カーディナルの手で取り戻せた記憶──あの指輪に内包されていた記憶は、SAOで過ごした2年間の内の最終盤。極めて断片的なものだ。克明に思い出せるのは、ミツキへ想いを伝えたあの日の夜以降の事だけ……欠けている部分は、恐らくアドミニストレータの手中にある。
それでも、かつての自分が彼に対しどんな想いを抱いていたのかは少々朧げながらも分かる──道標であり、憧れであり、相棒であり、希望である、かけがえの無い大事な人──そんな相手に、アリスは嘘をついてしまった。それが結果的なものであるとは分かっている。第三者的介入があった結果だというのも理解している。だがあの日、あの夜に彼へ誓った言葉が嘘となってしまったのもまた事実だ。ほんの数分前まで、アリスは彼の事を綺麗さっぱり忘れていたのだから。
だから、これは自分が果たすべき贖いであると同時に、背負うべき罪であり、罰なのだ。
今度こそ彼を救ってみせる。今度こそ彼と共に生きる──カーディナルの警告通り、迷いはあった。決して小さくない後悔もした。それでも……アリスはあの日、彼を誰よりも近くで支えると決めたのだ。彼を守ると決めたのだ。決断の先に待ち受ける大罪の1つや2つ、背負えずして何とする。
何とも救いがたい愚行だと糾弾されるかもしれない、いずれは切り捨てたモノの恨みに飲み込まれるのかもしれない。それでも──愛しき相棒を取り戻し、あの時の約束を果たすべく、アリスは整合騎士であると同時に、あの城で解放の為に戦った《姫騎士》として剣を振るう。
それが例え、傲慢なる悪だと罵られることになろうとも。
「せ…ヤァァァッ!」
気合と共に黄金の軌跡が奔る──
「ッ……ハァァッ!」
──その度、色褪せた旗槍が閃く。
自分を含め、キリトやイーディスをも退けたミツキにアリス1人で敵うのか──そう思っていたユージオだったが、その心配は全くの杞憂であったとすぐに思い知った。
ミツキの槍が、明らかに勢いを減じている。一方的にアリス優勢という訳でこそないが、直接相対した時は勿論、キリトとの戦いを見ていてもひしひしと伝わってきた殺気が、今は全くと言っていい程感じられない。
「(ミツキが、手加減を……?)」
ユージオの心の声が聞こえていたとでも言うように、横でキリトが口を開く。
「ミツキは別にアリスを傷つける目的で戦ってるわけじゃないからな……俺達の時みたいに遠慮なしでボコボコに出来ないって縛りがついてる状態だ。まぁ、見ての通りそれでも普通に強いのがアイツなんだが──
アリスを一時退避させた直後、キリトが挑発として口にした「今のミツキの槍は予想より大した事ない」という言葉……あれは単なる煽り文句ではなく、実際に戦って感じた事実でもあった。
カーディナル曰く、フラクトライトの記憶同士は複雑に絡み合っていて、慎重に編集しなければ記憶と一緒に、そこに付随する技術や知識も失われてしまう。故に、《シンセサイズの秘儀》で摘出する記憶は最小限に止め、そこへ《敬神モジュール》を挿入することで、過去の記憶が現在のそれと結びつくのを阻害しているのだ。
ミツキの場合、恐らく摘出されたのはキリトやユージオを始めとする「アリス以外の仲間の記憶」だろう。つまり、今のミツキはSAOでキリトやアスナと戦った記憶も、ALOで共に戦った記憶も、GGOでシノンを救った記憶も封じられているということ──その中にはきっと、今や懐かしきSAOベータテスト時の記憶も含まれている。
ミツキの得意とするカウンター戦術及び奇策を捻り出す悪知恵は、ベータテスト時代から続く努力と工夫によって磨き上げられたものだ。その過程となる当時の記憶を取り上げては、残るのは僅かな上澄み部分だけ──型落ちながらもカウンターを使えているのは、恐らく摘出を免れたアリスとの記憶……SAOで彼女とデュエルを行った時の記憶が残っているからだと考えれば辻褄は合う。
十全な状態のミツキと引き分けた《姫騎士》としての記憶を取り戻した今のアリスならば、技術の欠けた今のミツキを止められる筈だ。
「……ねぇキリト。アリスはさっき、ミツキのことを相棒って呼んでたけど……やっぱり、ミツキがアリスを求めていたのはアドミニストレータにそう仕組まれたから、って訳じゃないんだね」
「……ああ……黙ってて悪かった。正直、どこからどう話せばいいのか、分からなくて……」
「……ううん。今はとにかく、ミツキを正気に戻すことに集中しよう。僕にとってもミツキは大事な友達だ、アリスに任せきりにするわけにもいかないからね」
「……ああ。そうだな」
ユージオの言葉を受け、キリトは目の前で繰り広げられる2人の戦いに意識を戻すのだった。
「──どうしたのですッ!私の知るお前の槍はこんなものではなかったッ!」
「くっ……やめろアリス!俺は君と戦うつもりは──!」
「私の知るお前は、決して仲間に槍を向けるような男ではなかったッ!」
「俺に仲間なんていない!俺の中にいるのは君だけだ!」
「ッ──!」
最初こそ拮抗していた両者の攻防は、次第にアリス優勢へと傾きつつあった。
金色の剛剣を懸命に捌き続けるミツキだが、そこにカウンターが挟み込まれる回数はどんどん減っていく。アリスの記憶では、ミツキならその気になればどんな方向から攻撃を仕掛けてもカウンターで返してくる程に堅牢且つ柔軟な技を誇っていたものだが、今目の前にいる彼はその面影こそ残しつつ、技よりも力の方へ比重が割かれているように思えた。
やがてアリスの剣がミツキを捉え始め、切っ先を掠めた頬を紅い雫が伝う。
「どうして──」
横薙ぎの一閃を防いだ事で後退したミツキを逃すまいと、アリスは更に踏み込んで畳み掛ける。
「どうしてッ──」
苦し紛れのミツキの反撃を屈んで躱し、旋回の勢いを乗せた斬り上げを繰り出す。ミツキは再び後ろへ下がってこれを回避。アリスは即座に刃を返し、突進気味に斬りかかった。
「──どうしてッ!」
振り下ろされた刃をミツキの槍が受け止め、鍔競り合いに持ち込まれる。しかし腕が曲がりきったこの状態ではカウンターの為に槍を回せるスペースが無く、また片足をアリスに踏みつけられているせいで体ごと逃げることも出来ない。この拮抗も程なくしてアリスに押し切られるだろう事は容易に想像出来た。
「どうしてっ……何故、私を見限らなかったのです……っ!?──私はお前を独りにした!お前に嘘をついた!無責任に一時の甘言だけ残して消えた私を!何故ひと思いに忘れ去らなかったのですかッ!?──私のいない間、お前に寄り添ってくれた者だっていたはずですっ。私とは違い、すぐ傍でお前を支えようとしてくれた者がいたはずです……!私の事など、自分を騙した愚かな女狐と切り捨てていれば、お前はッ──あなたは、幸せな未来を歩めたはずなのに……どうしてッ──!」
サファイアの瞳に涙を滲ませるアリスの顔を間近に見たミツキは、目を逸らすように顔を俯けると、
「見限るとか、忘れるとかッ……いい加減にしろッ!」
強引にアリスを押しやったミツキは、前に掲げた左手に5つの《風素》を無詠唱で生成する。
「──バースト・エレメントッ!」
荒れ狂う突風に吹き飛ばされたアリスは、受身を取ってから床に剣を突き立てて踏ん張った。
「忘れるわけ無いだろッ……君は……君は俺を、救ってくれたんだ──
「ミツキ……!?」
突如、ミツキが頭を押さえて苦しみ出す──指の間から覗く額に、紫色の三角形の光が見えた。
「(アレが、カーディナル様の言っていた──)」
《敬神モジュール》──過去の記憶を封じる要となっている、アドミニストレータの支配の軛。アレを取り除けば、ミツキは正気に戻る。すぐさま駆け出したアリスだったが……
「ょ…せ……ッ、来るな──!」
ミツキは苦しみながらも、アリスを追い払うように槍を振るう──その視界の端で、何かが小さく煌めいた。
「──エンハンス・アーマメントッ!」
黒い輝きを湛えたキリトの剣が秘めたる記憶を呼び起こし、黒い剣のかつての姿である悪魔の樹《ギガスシダー》を彷彿とさせる頑強な漆黒の奔流を繰り出す。それを見たミツキもまた旗槍を握り締め──
「──アブソーブ……リコレクションッ……!」
カウンターで発動された記憶簒奪術により、黒い剣に宿っていた記憶が一時的に奪われる。発動しかけたキリトの完全支配術は不発となり、窮地を脱したかに思われたが──
「──エンハンスッ……アーマメントッ!」
一瞬遅れて、今度はユージオの完全支配術が発動する。床に突き立てられた青薔薇の剣から凍てつく冷気が放たれ、地を這う氷がアリスを避けるようにしてミツキに襲いかかる。
「ッ……エンハンs──」
詠唱が完了するより、ユージオの氷の方が早かった。氷がミツキのつま先に触れるや否や、見る見る体を飲み込んでいく。やがて全身を氷の檻に閉じ込める事に成功した。
直接的な物理攻撃を叩き込むキリトの完全支配術を餌に簒奪術を使用させ、タイミングをずらしてユージオが術を発動する──相手が完全支配術を発動しないと使用出来ない。奪える記憶は1度につき1つのみ。奪った記憶で完全支配術を発動しない限り、あの旗槍のキャパシティは埋まったままになる──ユージオの証言と、ここまでのミツキの動向から記憶簒奪術の弱点を推測したキリトの機転による同時攻撃。咄嗟の賭けにしては上手くいった、と息をつく2人を他所に、アリスは金木犀の剣の花弁を操ってミツキを閉じ込める氷を一部分だけ削り取り、顔を露出させた。
「ミツキ……」
キリトとユージオが見守る中、アリスはミツキの薄らと霜の張り付いた頬に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、彼も意識を取り戻した。
「アリ…ス……」
「お願い……私の知るあなたに戻って。私が愛したあなたに──」
そんな言葉と共に、アリスはそっとミツキと唇を重ねた。そこからありったけの
繋がった場所から、ミツキの魂の奥底にある想いもまた伝わってくる──そのどれもが、アリスを始めとする他の誰かの幸せを願うものばかりだった。自分が幸せになることで大事な誰かの幸せを奪ってしまうくらいなら、自分は幸せにならなくていい。そんな幸せを求める権利も資格も、自分にはないのだから──そんな考えに真っ向から否を突きつけるように、アリスは念じ続けた。
「(……私じゃ、あなたの在り方を変えられない。だからせめて、あなたが手放したのと同じ……いいえ、それ以上に私があなたを幸せにしてみせる。あなたが背負う罪を、責任を、私も一緒に背負うから……だから──!)」
口を離すと、ミツキはガクリと項垂れる。
「ぁ……ぅ──っ」
俯いた顔から、小さな嗚咽と共にぽたり、ぽたりと雫が落ちる──同時に、額から紫色の
「……これで、ミツキは正気に戻った、のかな……?」
「多分──奪われた記憶の欠片は戻ってないけど、《敬神モジュール》を摘出できた以上、少なくともアドミニストレータの命令に強制的に従わされる、ってことは無いはずだ──まぁ、全部が全部アドミニストレータの命令によるもの、ってわけじゃ……ないだろうけどな」
「うん……2年も一緒にいたのに、僕はミツキがどんな人間なのか、全然分かってなかった」
「ユージオ、それは──」
「──大丈夫、分かってるよ。さっきまでのミツキが本当の彼なんだとしても、だからってこれまで見てきた、僕の知ってる優しいミツキが嘘になるわけじゃない。キリトと一緒に僕を鍛えてくれて、学院ではメディナや後輩達を助けていたミツキだって、きっと本物だ──本物だから、苦しんでたんだ」
「……そうだな……ここだけの話さ──俺も正直、ミツキを見てるのが辛いって思うことがあったんだ。さっき本人に言われた通り、口では『絶対助ける』とか『諦めない』とか言っても、それ以上の事は何も……アイツを助ける為の直接的な方法が何も思いつかなかった。友達なのに、そんな自分がどうしようもなく無力に思えて、情けなくて……」
「キリト……それは、僕も同じだよ。──ずっと感じてたんだ、ミツキは君と違って、誰に対してもどこか一線を引いてるな、って。どんなに親しい人でも、その一線だけは絶対に踏み越えさせないようにしてるように見えた。でもそれは、誰かを拒絶する為のものじゃなくて──誰かを、守る為のものだったんだ。全てを曝け出した結果、誰かを傷つけてしまわないように」
そして……その一線を超えられた数少ない人間こそが、今目の前にいるアリスなのだろう。彼女とミツキの間にどんな過去があるのか、ユージオには分からない。だが2人の間に固い信頼が結ばれている事はハッキリと分かった。
同時に……ユージオは、今までの自分の考えの浅さを恥じていた。
整合騎士はアドミニストレータによって作られた仮初の人格。これまでユージオ達が戦い、勝利してきた騎士達も全て偽物なのだと──事実としてそれは正しい、だがユージオの認識から漏れていたのは、今の整合騎士達とて生きているという事だ。
例えそれがアドミニストレータへ服従を強いられた仮初の魂なのだとしても、命令が絡まなければ、彼らもかつてのユージオ達同様に日々修練を重ね、仲間達と未来について語らい、笑う──普通の人間と同じ感情が、心がある。目の前のアリスにだって。
カーディナルは言っていた──記憶の欠片を元に戻せば、整合騎士としての人格は消え、元の人格が帰ってくる──と。
それは即ち、ユージオが幼馴染を取り戻した暁には、今目の前で氷から解放されたミツキを抱きしめているアリス・シンセシス・サーティは消えてしまうということ──その結果を、今までのユージオは心のどこかで正しいことなのだと考えていた。あるべきものがあるべき場所に戻る、それは何ら間違ったことではないのだと。
きっとキリトも同じ事を言うだろう。ミツキも、整合騎士アリスも──「それは間違っていない」と言うだろう。だが、それはただ「間違いじゃないだけ」ではないかと、今は思えた。
間違いじゃないだけで……正しいわけではない。正しいのだとしても、その正しさは唯一絶対のものではない。数ある正しさの内の1つでしかない。
その中から1つを選び取った結果、他の正しさを全て切り捨てる──幼馴染のアリスと引き換えに、整合騎士アリスを犠牲にすることの罪深さが、今になってユージオの肩にのしかかる。
「ユージオ──」
「えっ?──あ、っと……何だい?」
不意に名前を呼ばれたユージオは、キリト共々その声の主──アリスの元へ歩みを寄せる。
「……私は、あなたに謝らなければならない」
意識がまだ戻らないミツキをキリトに預けたアリスは、立ち上がって真っ直ぐユージオに向き直る。キリトはアリスの意図を察してか何か言いたげだったが、自分が口を挟むべきではないと思い直したようだった。
「私は……キリトとカセドラルの外壁を登っている最中、この人界の真実を知りました。この身が、アリス・ツーベルクという幼気な少女の体を不当に奪ったものであり……今の私の人格も、最高司祭様に作られた仮初のものなのだと──ならば、元の持ち主へ全てを返すべきだと、そう考えていました──」
ユージオはアリスが何を言いたいのか、この時点で察しがついた。
「ですが……っ──私は、その決断を、反故にする覚悟でここに戻って来ました。私はミツキに約束したのです──独りにしない、ずっと傍にいる──と。その約束を2度も違えるわけにはいかない」
「アリス……」
「一方的に体を乗っ取っておきながら、この上何かを望む権利など私には存在しないと承知しています。一度決めた事をいとも容易く翻すのが、騎士である以前に人としてどれ程浅ましく恥ずべき事かも、重々理解しているつもりです。それでもっ……私は消える訳にはいかないのです。だからっ──どうか、私を彼の傍に居させてください──彼と共に、生きさせてください……っ」
そう言ってアリスは跪き、深々と頭を下げた。
「如何様な罵倒も、罰も、『死』以外であれば何だろうと謹んで受け入れます。だから──ッ」
これが、アリス・シンセシス・サーティが背負うと決めた罪。
2人のアリスの内どちらかしか存在出来ない以上、どちらかを生かす事はどちらかを殺す事と同義。カーディナルの手で《姫騎士》としての記憶を取り戻した瞬間──アリスの中に生まれたのは凄まじいまでの迷いと、罪悪感だった。アリス・ツーベルクがユージオの大切な幼馴染である事はキリトから聞き及んでいる。彼女が生きるはずだった──ユージオが彼女と生きるはずだった未来を奪う罪の重さは計り知れない。それはきっと、アリスの一生をかけても償いきれるものではない。
それでも、アリスはその罪を一生背負うと覚悟して戦いに舞い戻った。ミツキの相棒として、彼を守り続けることを選んだ。例えユージオからどれ程口汚く罵られ、己を否定されようと。
「……アリス、頭を上げて」
ユージオは自らも膝をつき、おずおずと頭を上げたアリスに目線を合わせる。
「僕は……僕の知るアリスを、諦めることは出来ない──」
予想していた返答にアリスの表情が強張っていく。だがユージオの言葉はまだ終わっていなかった。
「だけど……僕は、君が生きる事を──生きたいと思う事を罪だとは思わない。それはきっと、
「ユージオ……しかし──」
「寧ろ、謝らなきゃいけないのは僕の方だ──僕は、心のどこかで君達整合騎士を人間ではないと考えていた。だから、元の人格に戻す事で君達が消えるのは当然のことなんだ、って──自分でも最低だと思うよ──もし君が自分の決断を罪だと感じてるなら、これでおあいこって事でどうかな?」
立ち上がるユージオに、アリスは尚も目で訴える──「本当にそれでいいのか?」と。
「何か勘違いしてるみたいだけど──最初に言った通り、僕はアリスを諦めるつもりはないよ──ただ、順番が変わるだけだ」
「順番……?」
「うん──きっと、君とアリスがどちらも消えずに済む方法が見つかる。未来はどうなるか分からないからね、その可能性を信じる──そうだろ、キリト?」
「ユージオ……お前、ほんの少し見ない間に随分とでっかくなったな」
「え?そうかな……特に背が伸びたような感じはしないけど……」
キリトが言ったのは器量──精神面の事なのだが、天然な反応をするユージオに思わず吹き出す。
「ユージオ……2人共、ありがとうございます……っ」
小さく笑うキリトとそれを見て首を傾げるユージオに、アリスは心からの感謝の言葉を送るのだった。
「(……これで良かったよね、アリス。君はあの時も──)」
幼馴染の顔を思い浮かべながら、そう胸中に零すユージオ──不意に、その脳裏に電流が走ったような感覚を覚えた。
「ッ……?」
一瞬だけ顔を顰めてから、今しがたの感覚に──脳裏を一瞬で駆け抜けていった光景に目を丸くする。
あれはそう……まだアリスが連れ去れられる前──天職を授かってそう経っていない頃のユージオが、いつものように
確か、アリスが昼に持ってきたパンが1つ足りなくて……■■■が「自分はいいから」とユージオ達が食べるよう遠慮したのだ。だがアリスは「そんなのダメよ」と、自分のパンを半分分けた。それを受けて、ユージオもパンを半分ちぎって渡し……
懐かしいな、と口元を緩ませたユージオだったが、それもすぐに浮かんだ疑問に塗り潰される。
──僕、木こりの仕事に他の子供を誘ったことなんてあったっけ……?
──■■■って、誰だっけ……?
──「もう1人の少年」って……?
ユージオの視線が、無意識にキリトとミツキへ吸い寄せられる。そんなはずは無いのに、彼らをジッと見ていると、なんだか郷愁にも似た気持ちになるような……
「んっ……」
「お──ミツキ」
「ミツキ、気分はどうですか?外傷の治癒は済ませましたが、どこか痛い所や、意識に違和感があったりは──!?」
狼狽するアリスをぽけーっと見ていたミツキは、ゆっくりと体を起こす。
「アリス、俺……どれくらい寝てた」
「……ほんの数分です。一応確認ですが、彼らの事は分かりますか?」
アリスが指し示したキリトとユージオの間で視線を行き来させたミツキだったが……
「……まぁ、ついさっきまで殺り合ってた相手だしな──そうだお前ら、アリスを──!」
モジュールを取り除いたとはいえ、依然として記憶は奪われたまま。
確かカーディナルは、シンセサイズされた者はモジュールを取り除いた記憶の穴に元の記憶を埋め直さなければ目覚めない、というような事を言っていたはずだが、ミツキに施されたシンセサイズは何から何までレアケースのようだ。
「どうどう、俺達はもうお前と戦う気は無いよ、さっき話して同意した──肝心なのは、これからお前がどうするかだ」
「……どういう意味だ」
キリトやユージオでは疑心暗鬼でまともに取り合ってくれなさそうなので、アリスが今ミツキの置かれた状況を手短に説明した。
「──と、今のお前はこのような状態にあります」
「お前が記憶を取り戻したいって言うなら、それは俺達としても望むところだ。協力する」
「……アリス。君が取り戻した記憶っていうのは一部分だけなんだな?」
「はい。私が最高司祭様と戦う理由は、あの方が築いた歪な支配体制を破るだけではなく、残る記憶を全て取り戻す為でもあります」
「……君は、俺が全ての記憶を取り戻すことを望むのか?」
これには、アリスも少しばかり考えた。考えた末に──
「──はい。記憶を取り戻すことで、必ずしも良い影響ばかりが起きるわけではありません。しかし……私が愛するミツキには、不可欠なものです」
「……そうか──なら、分かった。協力する」
ミツキの返答にユージオ達が顔を輝かせる。
「勘違いするな──今の俺にとっちゃ世界なんぞ大した問題じゃない。アリスの望みだから、そうするだけだ」
「分かってるよ──それでも、またお前と一緒に戦えるんだぜ?ちょっとくらい感慨に浸らせてくれよ」
そう言いながら、キリトはあるものをミツキに差し出す──灰色の鞘に収められた、ひと振りの片手剣を。
「……武器なら間に合ってるぞ」
「覚えちゃいないだろうがお前の剣だ。ここまで持ってくんのに苦労したんだぜ」
「……そりゃごくろーさん」
剣を受け取ったミツキは抜刀して数回試し振りをすると、怪訝そうに灰色の剣をジッと凝視する。
「……コイツを振るのは初めてのはずなんだけどな。にしちゃ妙に馴染む。──記憶を引っこ抜かれたってのは本当らしい」
「納得してもらえたようで重畳──ところでアリス、彼女はどうする?」
キリトが目線を向けたのは、未だ意識を失ったまま壁際で休ませているイーディスだ。正直、彼女にも協力を仰げれば心強いのだが……
「……イーディス殿はまだ封印を破れていません。最高司祭様と戦えないどころか、逆に我々と敵対させられてしまう恐れがあります。心苦しいですが、このまま置いていくしかないでしょう」
「なら、目ェ覚ます前にとっとと行こう──あー…アリス、
「ええっと、確か……」
「光素で動かすみたいだよ。イーディスさんがやってた」
ミツキの質問に言葉を詰まらせたアリスに代わり、ユージオが答える。
「……と、いう事です」
「……知らなかったのか。整合騎士なのに」
「し、仕方がないでしょう!正式に騎士となって以降、95階より上に訪れる機会は殆ど無かったのです──」
アリスがそっぽを向きながら光素を生成するべく詠唱を開始しようとした瞬間──ここにいる4人の背筋を何かぞわっとしたものが駆け抜けた。
何事かと周囲を見回してみれば──周囲の風景が変わっていた。
昇降盤以外何もなかった99階と違い、周囲は窓に囲まれ、柱には武器を模ったオブジェが設置されている。何より目を引くのは、中央に鎮座する巨大な円形のベッド──天蓋から垂れる薄布の向こうに誰がいるのか、最早考えるまでもない。
「本当に……人の心というのはままならないものね──そうは思わない、アリスちゃん?」
《今現在のアリスの状態》
・ベースはサーティであり、整合騎士としての記憶有
・そこへカーディナルにより、SAOでミツキに告白して同棲を始めた以降の記憶のみ保持
・キリトに関してはUWで交流して感じた以上の事は知らないが、漠然と「ミツキの大事な仲間だった」という程度に認識してる
・アスナに関してはどんな関係だったか思い出せない。集中すれば顔と名前がぼんやり浮かぶ程度
《アリスが持ってた指輪の正体》
SAOの記憶を急にぶち込まれたアリスが凍結される瞬間、意識がグチャグチャになりながらも、執念による心意で「ミツキとの最も幸せだった記憶(告白、同棲開始~)」を切り離し、指輪としてオブジェクト化したもの。指輪を握り込んだ状態で凍結された為、摘出処置中のアドミニストレータには気付かれなかった。
状況が状況だけにミツキのことしか考える余裕がなかった事もあり、指輪の記憶単体では当時のキリトやアスナ、ユイの事は朧げにしか思い出せない。