ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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愛のカタチ

 このアンダーワールドは、「外の世界」の人間によって造られた世界。

 全てはデータとして解析でき、システムコマンドを用いて操ることが出来る。

 そんな神の御技の頂点に位置する管理者権限を有し、この世の全てを意のままに出来るはずだったアドミニストレータの力と拮抗しうる存在が1つだけあった。それは、人の心──心意の力である。長らく幾多のフラクトライトを解析してきた彼女にも、その力の根本的な原理を真に解き明かすことは出来ていない。

 

 そして……不安定でありながらも時として管理者権限すら上回る危険性を秘めたその力によって、アドミニストレータの思惑の1つが頓挫した。

 一切のコマンドを用いずに心意の力のみで、フラクトライトに挿入された《敬神モジュール》を摘出してみせたアリスに、アドミニストレータはこう零さざるを得なかった──

 

 

「本当に……人の心というのはままならないものね──そうは思わない、アリスちゃん?」

 

 

 管理者権限を使って99階から転移させられたアリス達は、カセドラル最上階《神界の間》の中央に鎮座するベッドから響く声に身構えた。甘く蕩けるようでいて、どこか無機質な冷たさを感じるこの声を、アリスとミツキは聞いたことがある。

 

「最高司祭、様……」

 

「下で何があったのか、一通りは見てたわよ。後ろの坊や達が来るだろうというのは予想の範疇だったけれど、まさかあなたまで一緒だなんてね。イーディスやベルクーリみたいに勘違いしてるわけでもなさそうだし、論理回路にエラーが起きてる様子もなさそう。モジュールもちゃんと機能してる……となると──アリスちゃん、あなた《封印》を破ったの?」

 

 アリスはふと疼いた右眼を眼帯越しにそっと押さえてから、緊張の面持ちで口を開く。

 

「……仰る通りです。私はもう、あなたの意のままに動く傀儡ではない」

 

「ふぅん……まぁそれはいいわ──それで?さっきから何か言いたげね。怒らないから言ってごらんなさい」

 

 天蓋から垂れる布が捲れ、薄衣に身を包むアドミニストレータの姿が顕わになる。ベッドの上を1歩、また1歩と歩いてくる彼女にアリスは反射的に後退りそうになるが、不意にその肩を後ろから支えられた──置かれた手の主であるミツキの顔を見たアリスは、気力を振り絞り、胸を張ってアドミニストレータに向かい合う。

 

「……最高司祭様。我ら栄えある整合騎士団は、この日を以て壊滅いたしました。たった2人の反逆者達と、あなたがこれまで積み上げてきた大いなる欺瞞故に……!」

 

 アドミニストレータは無言で続きを促す。

 

「我らの究極の目的は、人界の安寧とそこに生きる数多の人々の健やかなる営みを守る事──人々から力を取り上げ、愛玩動物のように飼いならすあなたの行いは、結果的に人界の未来を閉ざすものです」

 

「ならどうするというのかしら?」

 

「……形こそ歪ながらも、あなたとてこの世界の秩序を守ろうとしてきたのは事実です。今からでも、本来あるべき世界を取り戻す為に──」

 

「それは出来ない相談ね。あなただって知ってるでしょうアリスちゃん、地上を支配する皇帝や貴族がどんな連中か、それに虐げられる民達がどんな思いをしているか……今、この世界に生きる全ての者に剣を持つことを許可すれば、あっと言う間に殺し合いが始まるわよ」

 

「それはあなたが築き上げた支配の為の支配によるものでしょう!あなたには、それを正常に戻す義務がある筈ですッ!」

 

「私は別に異常だなんて思っていないもの。事実、みんな禁忌目録をちゃあんと守ってるじゃない、殺人事件なんて1度として起きていないでしょう──直近の例を除いて、ね」

 

 全てを反射する鏡の如き瞳が、アリスから少しズレた場所へ向く──ミツキは、その瞳を真っ向から受け止めた。

 

「私のあげた愛の証が抜けてしまったのね……正直残念だけれど、その方があなたらしいと言えるかしら」

 

「愛……あんなものが──大切な記憶を奪い、偽りのそれを植え付けるばかりか絶対の服従を強いる《敬神モジュール(あんなもの)》が愛だと、本気で仰っているのですかッ!?」

 

「えぇそうよ。あのモジュールを埋め込まれれば、もう余計な事を考える必要はない、ずっと私のことだけを考えていればいいんだもの──特に、ミツキにとってはそれが何よりの救い足り得るものだと、アリス(あなた)なら理解しているものと思っていたのだけど?」

 

「冗談ではないッ!そんなものが救いであるはずが無い!」

 

「じゃあ何が救いだと言うのかしら?──等しく大事なものに優先順位をつけて切り捨てる事?──自分が得られなかった幸せを間近で謳歌する者を見て惨めな思いをすること?──助けられたかもしれない人々の死を『仕方ない』『自己責任』の一言で片付ける事?──何も考えず、ただ盲目に正義の刃を振りかざす事?──自分の心に嘘をついてでも誰かの幸せを守る事?──大事なものを守れなかった自分自身をひたすらに罰する事?──それとも……そんなことばかり考える自分を()()()()()しまう事?」

 

 アドミニストレータが挙げ連ねたものが何なのか、アリスはすぐに理解した──少し遅れて、キリトも。理解できたからこそ、すぐには言葉が出てこない。

 

「……ねぇミツキ。あなた、記憶を取り戻す為について来たのよね?」

 

「ああ」

 

「まぁ、こうなってしまった以上はそうするのも吝かじゃないわ。だけどよく考えて──元の記憶を取り戻したからといって、今のあなたの記憶が消えるわけじゃない。記憶が戻った瞬間、あなたを待ってるのは苦しみだけ……シンセサイズされる前のあなたの苦しみ様はよく覚えてるわ──それでも、記憶を取り戻したい?別に今のままでも支障は無いとは思わないかしら?」

 

「確かにその通りだ。正直俺としちゃ、今のままでもこれといって不都合はない」

 

「そうでしょう?なら──」

 

「──だがアリスが望んだ事だ。彼女が言うなら、それはきっと俺に必要なものなんだろう。だから……返してくれないか。俺と、彼女の記憶を」

 

 続く言葉に、アドミニストレータは言葉を途切れさせる。

 

「……この際ハッキリ言うわ、ミツキ──あなたは決して強い人間じゃない。沢山のものを抱えて生きられるような人間じゃない。抱えたものを都合よく棲み分け出来るほど器用な人間じゃないの。記憶を取り戻したら、きっと後悔するわよ」

 

「あんたの話を聞く限り、そうなんだろうな……けどまぁ、何とかやるさ」

 

 さらりと答えてみせたミツキ。それを聞くアドミニストレータとアリスの脳裏には、ある過去が浮かんでいた──あの浮遊城にて、彼が被った最初の泥が。

 ずっと後になって彼は言った──決して楽な道ではないと覚悟していた。事実、途中までは上手く折り合いをつけられていたのだ──と。当時の彼も、今と同じ事を思ったのではないだろうか。「上手くやってみせるさ」と己を奮い立たせ、茨の道を進んだ先で、少年は……

 

「……最高司祭様、あなたは…──ミツキの事は、生涯を賭けて私が支えてみせます。ですからどうか、あなたが私達から奪った記憶の欠片を返していただけますか。大事な、思い出なのです」

 

「………」

 

 暫し瞑目したアドミニストレータは、突如、引き結んでいた口元を釣り上げた。

 

「ふ……ッフフフフ──アッハッハハハハハハ!──アリスちゃん、あなた一体何を勘違いしてるのかしら!まさか、私が本当にその坊やを心配してるとでも思ったの?この私が?ふふっ、そんな訳ないじゃない!丁度良さそうな手駒が転がり込んできたから、実験がてらシンセサイズしただけのことよ!」

 

 一頻り笑ったアドミニストレータは、持っていた《青い欠片》を無造作に投げ渡してくる。ミツキはそれをキャッチした。

 

「どうぞ、お望みのあなたの記憶(もの)よ。どうせあの図書室のちびっこが協力してるんでしょう?あの子なら元に戻せるわ──尤も、それまで無事でいられればの話だけど」

 

 彼女の纏う空気が剣呑なものへ変わっていく。先程まではほんの少しだけ見えていた、対話による解決の可能性が消えた瞬間だった。

 

「あなた達全員、私のお人形にしてあげる。何も言わず、何も考えず、ただ私の意のままにカタカタ動く健気な人形にね。この世界で生まれたヒューマン・ユニットじゃなくても、ちゃんとシンセサイズが可能になっているのは分かったし、あなたももう安全圏にはいられないわよ──()()()()から来た坊や?」

 

「向こう側……?」

 

 ユージオは疑問符を浮かべながら、アドミニストレータの視線を追う──自分と少しばかりずれたその場所には、黒衣の相棒がいた。

 

「正直驚いたわ。ミツキ(その子)だけじゃなくて、まさかもう1人いたなんてね。ユニットの詳細プロパティを確認できないのも納得だわ」

 

「……そうだな。確かに俺とミツキはこの世界で生まれ育った人々とは少しだけ違う立ち位置にいる。けど本質的な所じゃ同じだよ。権限レベルもあくまで一般的なもので、あなたのそれには遠く及ばないしな。アドミニストレータ──クィネラさんって呼んだ方がいいか?」

 

「……やめてくれるかしら。あなたにその名を呼ばれるのは不愉快よ──それで?あなた達は一体何をしに私の世界へ転がり込んできたのかしら」

 

「正直、そこは俺達としても分からない。けど今は目的が出来た──アドミニストレータ、あなたはそう遠くない未来、あなた自身の手でこの世界を滅ぼす」

 

「滅ぼす……この私が滅ぼすの?」

 

「ああそうだ。あなたが永い時をかけて作り上げた整合騎士団だけじゃ、来るダークテリトリーの総侵攻に打ち勝つ事は出来ない。自分以外の全てを信じず、力の全てを独占したあなたの選択が、この人界を滅びに導くんだ──俺はそれを止める為に、今ここにいる」

 

「いかにも、あのちびっこが言いそうなことね。いっそ不憫にさえ思えるわ……そうまでして私を追い落とそうとするあの子も、それをホイホイ鵜呑みにする坊やもね」

 

「……お言葉ですが最高司祭様。騎士団長ベルクーリ閣下も、副長ファナティオ殿も、予てより彼と同じ意見をお持ちでした。そして私自身も。──あなたは騎士団亡き後、無辜の民を守る手立てをお持ちだったのですか?」

 

 アリスは続ける──整合騎士達の記憶から家族や恋人、友といった大切な相手の記憶を奪うだけではなく、あまつさえ服従を強いる術式を埋め込んだのは何故なのか……どうして、自分達の忠誠と敬愛すらも信じてくれなかったのか──と。

 

「何故って?さっき言ったことをもう忘れちゃったのかしら──心というのはとても不安定なものよ、野放しにしていたら、いつどこで何をきっかけに揺らぎ、壊れてしまうかも分からない……今のあなたが悲しそうにしてるみたいにね──この《敬神モジュール》があれば、そんなくだらない事に振り回されずに済むのよ。つまらない理由で苦しんだりする必要はないの。これこそ、私の愛の証なのよ」

 

「嘘だ……騎士長閣下が300年に渡り戦い続ける中で、一度として悩み、苦しんだことがないと……?あの方は教会への不信感だけでなく、右目の封印のことすらも気づいておいででした。その上であなたに従い続けた小父様が心中に抱き続けた苦しみを、あなたは知らないとおっしゃるのですか!?」

 

「嫌ねぇ。知ってたわよ、勿論。──実を言うとね、ベルクーリがそうやってつまらない事でうじうじ悩むのは別に初めてじゃないのよ。確か100年くらい前だったかしらね……ベルクーリの記憶を覗いて、そこに詰まってた悩みだの苦しみだのを全部消し去ってあげたの──さっきのミツキ(その子)と同じようにね」

 

 ベルクーリだけではなく、ファナティオを始め100年以上活動している騎士達は全員、アドミニストレータによって何度か記憶の調整を施されている。ミツキのように記憶と共に摘出するのではなく、綺麗さっぱり抹消するという形で。

 

「かわいそうなアリスちゃん。辛いわよね?悲しいわよね?安心して、私は少しおいたをしたくらいじゃ怒ったりしないわ──また綺麗なお人形に戻るよう、全部忘れさせて直してあげるから」

 

「……確かに、私は今、胸を引き裂かれるような痛みと苦しみを感じています。しかしこれを消し去ろうとは思いません。何故なら──この痛みが、苦しみが、私が物言わぬ人形ではなく、1人の人間なのだということを証明してくれるからです──最高司祭様、私はあなたの愛を望まない!あなたに直してもらう必要はありません!」

 

「残念だけど、あなたがどう思うかなんて関係ないのよ。私が再シンセサイズすれば、今のその感情も、記憶も、何もかも忘れちゃうんだから」

 

「──かつてのあなたが自分にそうしたように、か──クィネラさん?」

 

 挟まれたキリトの声に、アドミニストレータは不快そうに眉を寄せる。

 

「……つまらない昔話は止めてもらえる?」

 

「止めた所で事実は変わらない。いくら神様じみた管理者権限を持っていても、過去を好き勝手に編集できるわけじゃないんだ──あなたもまた人の子として生まれた1人の人間だという事実は」

 

「だったらどうだというの?」

 

「あなたも人間である以上、完璧な存在じゃないってことさ──人間は、過ちを犯す生き物だ。そしてその度に同じ過ちを繰り返すまいと努力し、成長していく。だがあなたはそうしなかった。自分の行いが絶対的に正しいと驕り、ここまで来てしまった──あなたの過ちは、既に修正不可能な所まで来ているんだ。こうして整合騎士団が半壊状態になった今、もしダークテリトリーの侵攻が始まったら、戦う術を持たない人界の大半はあっという間に蹂躙されるぞ」

 

 いつの日か来るダークテリトリーの侵略──その正体は《最終負荷実験》という、ラースが仕組んだシナリオの1つだ。何年先になるかまでは分からない、10年後かもしれないし、或いは明日かもしれない。しかし世界の創造主であるラースが定めた以上、確実にその時は訪れる。

 

「騎士団を半壊させた張本人であるあなたがそれを言うの?」

 

「例え人界が滅んでも、あなた1人さえ生き延びればまたやり直せる──そう思ってるんだろうが、そうはならない。あなたの言う《向こう側》には、この世界に対して真に絶対の権限を持つ者がいるからだ。彼らはこう思うだろう──今回は失敗だった、また最初からやり直そう──ってな。彼らがボタン1つ押すだけで、人界もダークテリトリーも関係なく、文字通りこのアンダーワールドそのものが、そこに生きる全ての命諸共に跡形もなく一瞬で消えるんだぞ!」

 

 キリトの言葉の意味を、アリスは朧げながらに理解する。唯一それが出来ていないユージオだったが、キリトの表情から、決して冗談を言っているのではないという事だけは伝わった。

 

 そして、アドミニストレータはというと……

 

「……それは流石に愉快じゃないわね。私の世界が、私以外の存在の意のままに操られる箱庭だ、なんて。逆に聞くけれど──あなた達《向こう側》の人間はどうなのかしら?」

 

「何……?」

 

「自分達の世界が、より上位の存在によって創られ、管理、監視されているのかもしれない……日頃からそんなことを考えながら生きているの?そうだと知ったら、世界がリセットされてしまわないよう、自分の意思をねじ曲げて、どんな不都合が生じても創造主の望む方向へ世界が進むよう努力するのかしら?」

 

「それは……」

 

「そんな訳無いわよねぇ?戯れに世界と生命を創り、都合が悪くなったら消し去ろうなんて考える連中ですもの──そんな世界からやってきた坊やに、私の選択をどうこう言う権利があって?」

 

 そんな人間ばかりではない──そう返すのは簡単だが、外の世界を知らない彼女に言っても詮無きことだ。もっと言うなら、この世界を管理しているのがラースのスタッフである以上、アドミニストレータの見立ても間違ってはいないのだから。

 

「私は御免だわ。創造神を気取る連中におもねって、存在し続ける許しを乞うなんて惨めな真似は──ちびっこから昔話を聞いたのなら知っているでしょう?私の存在証明は……ただ、支配する事()()にある。その欲求()()が、私を動かし、私を生かす……っ──私のこの足は踏みしだく為にあるのであって、決して膝を屈する為ではない──ッ!!」

 

「ならばッ──ならばこのまま人界が蹂躙されるに任せ、民無き世界でハリボテの玉座に座り、ただ滅びを待つつもりだっていうのか!?」

 

「あなたの考えは前提(そこ)からして間違ってるのよ、坊や──私はこの世界のリセットは愚か、《最終負荷実験》すらも受け入れるつもりはないわ。その為の術式だってもう完成しているの。喜びなさい、誰よりも最初に、あなた達に見せてあげるから」

 

「術式……?この状況で制限だらけのシステムコマンドに頼るっていうのか。それで俺達を倒せると?」

 

 神聖術を始めとするシステムコマンドは、効果が複雑だったり強力なものになる程、要求されるコマンドの数が増える──率直に詠唱が長くなるのだ。逆に言えば、攻撃術式であっても短い詠唱のものは大した威力ではない(それでも当たれば相応に痛いのだが)。

 短い詠唱の攻撃であれば無論の事、強力なものであってもアリスの《金木犀の剣》なら数秒は防御できるし、その隙にキリト、ミツキ、ユージオの3人でアドミニストレータを斬り伏せる事が出来る。裏をかいてキリトら3人に直接接触による何らかの術式を作用させようとしても、ミツキの投擲技で遠距離から仕留めることも可能だ。

 如何に強力な術を使えようと、前衛(タンク)に守られていない後衛(メイジ)単身で複数の剣士を相手取るのは不可能といっていい。それはゲームに限らず、現実でも同じことだ。

 

「そう……結局の所、重要なのは『数』なのよ。少なすぎれば負荷実験に耐えられない、かと言って多すぎても制御できなくなる……整合騎士団はそのバランスの中で少しずつ数を増やしてきたわけだけど……答えそのものは単純だったのよ。実現するのに少し手を焼かされたけれどね──」

 

 何らかの術式によるものか、アドミニストレータの体がふわりと宙に浮かび出す……その手には、どこから取り出したのか、紫色の水晶──《敬神モジュール》が握られていた。

 

「本当のことを言うとね、騎士団はただの繋ぎだったの。私が真に求める《武力》には、記憶も、意思も、感情も、何かを思考する力すらも必要無い──ただひたすら、私の命ずるままに目の前の敵を屠り続ける存在であればいい──つまり、わざわざ()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

「何を言って──」

 

「ふふ──さぁ目覚めなさい、私の忠実なる僕!魂無き殺戮者よ!!」

 

 アドミニストレータの掲げた《敬神モジュール》が一際強い輝きを発すると、それと呼応するように周囲の柱に飾られた様々な武器達が震え出す。

 

 

「──リリース・リコレクション!!」

 

 

 最後に彼女の口から放たれた解放の言葉が、実に30にも上る大量の武器達を一斉に目覚めさせた。柱の鎖から抜け出した武器達は宙で凝集し、ガキン、ガキン、と音を立てながら組み合わさっていく。刃の集合体に、アドミニストレータがモジュールを差し出した──その瞬間、

 

「──ディスチャージ!!」

 

「ッ──!!」

 

 キリトが手に生成した《熱素》を追尾性の高い鳥の形へ変化させ、妖しく輝く水晶へ放つ。同時に、何かを感じ取ったミツキもまた逆手に握った旗槍に紅い光を纏わせ、力一杯投擲した。

 

 物理と術式による時間差攻撃──速度的にはミツキの槍の方が速く命中する事になるが、そちらへ対処すればキリトの術式が、逆に術式へ気を取られればミツキの槍が、あの不気味な水晶を打ち砕く──そのはずだった。

 しかし、凝集した剣の一部がアドミニストレータを体ごと覆い隠し、火の鳥も真紅の投槍も遮られてしまう。モジュールは吸い込まれるように武器の塊──その丁度中心部に収まった。次の瞬間、モジュールから放たれる輝きがまるで血液のように武器達へ伝播していく。最後に、塊の中心を真っ直ぐ貫く大剣の鍔だった箇所に、双眸を思わせる2つの光が宿った。

 

 重々しい音を立てて、塊が開いていく──鎌を思わせる鋭く肉厚な刃で構成された2本の腕、同じく鋭い剣先から成る4本の脚。胴体を構成する剣の両脇で、人体の肋骨を思わせる鈎状の刃が不規則に蠢く──おおよそ人型とは言い難い、剣で造られし異形の怪物が地響きと共に降り立った。

 

 無機質でありながらも得体の知れない威圧感を放つ「ソレ」を見て、アリスは掠れた声を絞り出す。

 

「ありえない……記憶解放は本来、長い時間をかけて武器と心を通わせ、深い絆を結ばなければ不可能な術です……それを、30本も同時に──こんなの、術の理に反しています……!」

 

「ふふ、うふふッ──これこそ、私の求めていた『力』……永遠に戦い続ける、純粋なる『武力』──!」

 

 アリス達の反応を愉しむように笑ったアドミニストレータは、眼下に佇む剣の怪物をこう名付けた──

 

「確か坊や達の世界では、こういう存在を《ゴーレム》とか言うのよねぇ?なら──コレはさしずめ《ソード・ゴーレム》とでも言った所かしら……!」

 

ソード・ゴーレム(剣の自動人形)》──安直だが、それだけにピタリと嵌る名称だった。

 

「体を構成する剣の1本1本が神器級の優先度を持つこの《ソード・ゴーレム》に勝てるかしら──私が貴重な記憶領域をギリギリまで費やして完成させた、最強の兵器に」

 

 武器の優先度が齎す利は、80階でアリスと打ち合ったキリトがよく理解している。同じ剣のはずなのに、まるで壁を叩いているかのような手応え──流石に《金木犀の剣》にも勝る優先度ではないと思いたいが──全身がそんな武器で形作られるあの剣の巨人に、正面から挑むのは得策とは思えないが……

 

「──さぁ、戦いなさいゴーレム!お前の敵を滅ぼす為に──!」

 

 悠長に考える暇など与えてくれるはずもなく、アドミニストレータから命令が下され、剣の巨人はその巨体に見合わぬ機敏な動作で歩みを開始する。ユージオは勿論、過去にSAOやALOでこれよりずっとホラーチックな見た目のモンスターと戦ってきたキリトですら、本能的な恐怖を感じずにはいられなかった。無機質な殺意(もの)がそれ単体で無機質なまま迫り来るという、言葉にすれば至極当たり前の光景が、こんなにも恐ろしいとは。

 

 だが──そんな恐怖の中にあって尚、失われない輝きがあった。

 

「やあああああ──ッ!」

 

 凛とした裂帛の気合を発しながら、アリスが前に進み出る。こちら側の有する武器の中で間違いなく最高優先度を誇る永劫不朽の剣が、ゴーレムの剣腕と打ち合わされ──駆け抜けた衝撃が、キリトとユージオを縛る恐怖を拭い去った。

 

「く…ぉおおおおおお──ッ!」

 

 キリトもまた、漆黒の剣を振るいアリス共々剣腕を押し返そうとする。ユージオはというと、アリスが動いた時点で行動を開始していたミツキ共々、術者であるアドミニストレータ本人の元へ向かっていた。

 

 実力で言えばミツキの方が上、即ち、アドミニストレータを倒せる確率が高いのはミツキだ。ならば自分がすべき事は……!

 

 一瞬の内に考えたユージオは、ここまでの戦いですっかり板に付いた無詠唱による《凍素》の生成を行い、矢の形を取らせてアドミニストレータへ差し向ける。

 

「──ディスチャージッ!」

 

 一直線に放たれた5本の氷の矢。その向かう先に佇むアドミニストレータは防御らしい防御をする素振りもなく、ただ、ふぅ、と小さく息を吹きかけるだけで、ユージオの矢を氷粉へ還してみせた──当然、この程度の術が通用するなどとは思っていない。

 

 アドミニストレータの視線がユージオへ向いた瞬間、視界の外からミツキが仕掛ける──!

 

 最速の直線突きと名高い両手槍単発技《スイフト・ランジ》が、無防備な彼女の体へ繰り出される。赤い光を湛えた穂先が、薄衣に包まれた柔肌を貫く──そう思われた瞬間、ミツキは、ガツン!という予想だにしない手応えを感じた。

 

 アドミニストレータの体……陶器のように白い肌から僅か数センの位置に、半透明の障壁が張られている。その障壁がミツキの槍を阻んでいた。

 

 ──反応したというのか?あの距離、あの位置、あの速さに!?──ユージオは困惑と驚愕に見舞われながらも、すぐさま2の手に踏み切る。ポケットからカーディナルの短剣最後の1本を引っ張り出し、アドミニストレータの足元目掛けて振り下ろした。しかしその短剣もまた、ミツキの槍同様に紫色の障壁に止められてしまう。

 

「ッぐ…ゥ……!」

 

「おおおおお……ッ!」

 

 障壁が齎す反発力に負けじと踏ん張る2人だが、どれだけ力を込めようとビクともしない。それどころか反発力はどんどん増していき……やがて、弾けるような衝撃にユージオとミツキは吹き飛ばされてしまった。

 

「ッ…く……」

 

「ふふ……残念だったわねぇ──」

 

 衝撃でボロボロになった薄衣を煩わしそうに脱ぎ捨て、一糸纏わぬ裸身となったアドミニストレータは、床に転がり呻くミツキの元へ、文字通り滑るように歩みを寄せる。

 

「私の肌はね、一切の金属オブジェクトが傷をつけられないようになっているの。剣も、(やじり)も、槍も──刃を潰した食事用のナイフすらも、私には届かない」

 

 アドミニストレータがクイ、と指を動かすと、倒れたミツキの体が不可視の力で持ち上げられ、膝立ち状態になる。

 

「ねぇミツキ……今からでも戻る気は無い?あなたが戻ってきてくれるなら、あの子達の命までは取らないであげる。あなただって、アリスちゃんが無駄に傷つくのは嫌でしょう?」

 

「無駄……だと……ッ」

 

「ええ。ほら、見てご覧なさい──」

 

 チラと動いたアドミニストレータの視線を追ったミツキは、信じられない光景を目にした。

 

「ぁ……ッ──!?」

 

 先程から少しだけ妙だと思ってはいたのだ。動く度に全身の関節をジャキジャキと鳴らすあの自動人形と戦っている割には、()()()()()と。

 それもその筈──《ソード・ゴーレム》と戦っていたはずの2人は、いつの間にか血溜まりに伏していたのだから。アリスも、キリトも、揃って傷つき倒れている……アリスの実力はこの場の誰よりもよく知っているだけに、ミツキには目の前の光景が現実なのか、すぐには理解できなかった。

 

「私だって、本当はこんな事したくないのよ?だけどあなたの意思を強引に捻じ曲げるようなこともしたくないの。だから、あなたの口から聞かせて頂戴。あなた自身の意思で──戻ってきてくれるなら、あの子達を助けてあげる。罪の意識に囚われる必要もないわ、少し時間は掛かっちゃうかもしれないけど、今度こそ、全部忘れさせてあげる……私が、守ってあげるから──」

 

 アドミニストレータの細く柔らかい指が、ミツキの頬から顎先を撫でる。手つきこそ優しくも、ひんやりと冷たい感触に、ミツキは目を瞑った。訪れた闇の中で、アリスとの記憶がいくつも過る。

 

「……断る。あんたはアリスを『人形』と呼んだ……最低限それを撤回しない限り、あんたはどこまで行っても俺の敵だ……ッ!」

 

 そう言って、ミツキは気丈にアドミニストレータを睨め上げる──が、引き締められた翡翠色の双眸は小さく見開かれた。底の見えない鏡の如き瞳の奥に、愚かな選択をするミツキを嘲笑う嘲弄の色ではなく……悲しみを湛えた、憐憫の情が見えたから。

 

 しかしそう感じたのはほんの一瞬で、彼女の表情は予想していた通りの酷薄な笑みに塗り潰される。アドミニストレータはミツキの襟首を掴み上げると、

 

「そう……せっかくこの私が目をかけてあげたのに、それを不意にするだなんて……お馬鹿さんに用は無いわ。望み通り──死になさい」

 

 アドミニストレータはミツキの体を無造作に投げ捨てる。床を転がったミツキの前には、次なる命令を待っていた《ソード・ゴーレム》がいた。獲物が差し出されたのを次なる命令と判断したのか、剣の巨人が剣腕を振り上げ、無慈悲に振り下ろす──その瞬間を目にすまいと、ユージオがきつく目を瞑ったその時だった。

 

 

 ──短剣を使うのよ、ユージオ!

 

 

 どこからともなく聞こえた、馴染みのない謎の声。

 

「けど、アドミニストレータには……!」

 

 

 ──違う、通路よ!()()()()()()()()()!時間は私が稼ぐから!

 

 

 次の瞬間、またも驚くべき事が起きた。キリトの頭から飛び降りた指先ほどの小蜘蛛が、その体を見る見る巨大化させ、剣の巨人目掛けて疾駆する。ミツキに襲いかかろうとしていた凶刃を、その前脚で受け止めた。

 

 

 ──逃げて、早く!

 

 

 覆い被さるようにして自分を守る蜘蛛の言葉を受け、ミツキはどうにか後方へ退避する──それと同時に、蜘蛛の前脚がすっぱりと断ち斬られた。甲高い声を上げながら、蜘蛛は尚も巨人に立ち向かう。しかし読んで字のごとく全身凶器であるゴーレムに、生物の肉体で立ち向かえるはずもなく……突き出したもう一方の前脚だけに留まらず、躰を支えていた脚までもが、血飛沫を上げながらいとも容易く斬り飛ばされていく。勝ち目がないのは誰の目にも明らかだった。それでも、あの蜘蛛は戦うことを止めない。残った武器である牙を突き立てんと飛びかかるが──その背に、ゴーレムの剣腕が深々と突き立てられた。

 

「ぁ……ぁ……」

 

 辛うじて意識を保っていたキリトが、血溜まりの中から必死に手を伸ばす──キリトとユージオだけが、あの蜘蛛の正体を知っていた。アンダーワールドで過ごした2年の時を、ある意味ではユージオよりも僅かばかりに長く共にした観測者……有事の際はキリトを助けてくれた彼女の命が、燃え尽きようとしている。

 

 ──不意に、部屋の隅で紫の光が点った。見れば、99階へ続く昇降盤に、ユージオが短剣を突き刺している。攻撃力など無に等しいあの短剣が持つ力は、たった1つだけ……()()()()事。

 

 光は柱となって天井まで伸びていき、やがて中に1つの扉を浮かび上がらせる。

 

 

 ──あぁ……よかった、間に合った……

 

 

 傷つき、後は消えるに任せるのみの蜘蛛は、最後の力を振り絞り、首を動かす──ルビーを思わせる赤い眼に、黒衣の少年を映した。

 

 

 ──最後に……いっしょに、たたか、えて……うれ──し……

 

 

 今際の際に言葉を遺し、観測者《シャーロット》はその長い生に幕を下ろす。

 そして彼女と入れ替わるように、現れた扉が開き──刹那、純白の雷撃が奔った。

 空気を揺るがす衝撃と轟音、そして閃光が、ユージオに近づくゴーレムを軽々と吹き飛ばす。最強の兵器と称していたソード・ゴーレムが打ちのめされても、後ろに控えるアドミニストレータは表情1つ変えない……否、その口元が、不敵につり上がっていく。まるで、ずっと探していた獲物がようやく姿を現した時の狩人を彷彿とさせる──そんな表情だった。

 

 雷撃の余韻が残る中、開ききった扉の奥から小柄な少女が現れる……キリトとユージオを助け、アリスに記憶という力を与え、永きに渡りアドミニストレータを打倒すべく雌伏の時を過ごしてきた賢者カーディナル。

 

 この世界に於いて神にも等しい管理者権限を持つ2人が、悠久の時を経て再び対峙するのだった。

 




・キリト達がアドミニストレータと問答中のミツキ…
 「(なんか小難しい話してるな…俺詳しい事知らんし、黙っとこ)」
この状態じゃアリス最優先で正直世界の事とか二の次なので、ユージオ共々取り敢えず黙ってた。
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