SAOが始まってから、もうすぐ丸2年になる。
囚われたプレイヤー達は脱出不可能な牢獄と思われていたこの世界に、今やすっかり順応していた。
攻略組の練度も着実に上がり、近頃は2ヶ月もあれば2層・3層と突破する事もそう珍しくない。
そして現在の最前線は第74層──全100層あるこの浮遊城での戦いも、いよいよ終盤に差し掛かろうとしていた。
今日も今日とて迷宮区に潜ろうとしていた俺は、転移門広場でフレンドメッセージを受信する。差出人はアスナだ。
──ミツキ君、今時間ある?KoB本部に来てもらえると助かるんだけど……
──なるはやでおねがい!
珍しい相手から珍しい場所への呼び出しと、取ってつけたような文末の一行。肝心の理由は書いていない。
「(……理由だけ聞いて、めんどくさそうなら逃げよう)」
我ながら中々に最低な事を考えつつ、俺は出てきたばかりの転移門へ踵を返す。
「転移──《グランザム》」
視界が青白い光に満たされたかと思えば、次の瞬間、俺は物々しい鈍色の街に立っていた。
第55層主街区《グランザム》──別名《鉄の都》とも呼ばれるこの街は、無数の尖塔で形作られるとにかく刺々した場所だ。街の大部分が金属である都合木々は少なく、マイナスイオンとはまた違った意味で、いつ来てもひんやりとした空気が漂っている。
反射的に身震いした俺はジャケットの襟元を少しだけ寄せ、いそいそと街の中央にある巨大な要塞──KoB本部へと向かうのだった。
「──あー、っと」
「………」
威圧感と緊張感が漂う本部の入口には、2人の団員が警備員よろしく立っており、縮こまりながら間を通ろうとすると、持っていたハルバードで通せんぼされてしまう。こんな調子でかれこれ10分程足止めを食らっていた。
「さっきから部外者が何の用だ」
「何の用と言われても……それはこっちのセリフというか。お宅の副団長に呼び出されたんだよ」
「副団長に……?」
見張り達は首を傾げた後、顔を見合わせると……わざとらしく大笑いしてみせる。
「──アスナ様がお前の様なみずぼらしい輩と知り合いなわけがあるか!」
「もっとマシな嘘をつくんだったな!」
「えぇ……」
いっそそのアスナ様から頂いたメッセージを見せてやろうかと思った矢先、目の前の扉がギギギ…と開いた。
「──あ、やっぱり!もしかしたらって思ったけど……返信くれれば話を通すなりしといたのに」
「あ、ああ……そりゃそうだ。悪いアスナ、手間かけさせた」
扉の奥から顔を出した我らがアスナ様を見るなり、見張りの2人は着込んだ鎧をガシャンと鳴らしながら姿勢を正す。
「アッ、アスナ様!」
「お疲れ様です!アスナ副団長ッ!」
「お疲れ様。……あなた達、この人に何か失礼な事してないでしょうね?」
「ハ、ハッ!何も!」
まるっきり形勢が逆転した俺は先程のやり取りをチクってやろうかとも考えたが、全身しっかり鎧を着込んだ彼らに比べればジャケット1枚槍1本の俺の格好がみずぼらしいのは事実なので止めておく。
何はともあれ無事にKoB本部に足を踏み入れた俺は、紅白装備のプレイヤー達がひしめく中に若干居心地の悪さを感じつつ、アスナの後ろをついていく。
「──で。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか?わざわざ俺みたいなのをトップギルドの本部に呼びつけた理由」
「もう少しで着くわ。多分、直接見て貰った方が早いかもだから」
勿体ぶっているのか、それとも込み入った事情があるのか。俺もそれ以上の追求はせず、大人しく歩みを進める。長い廊下に並ぶドアを通り過ぎること何度目か──どうやら修練場らしい部屋に通された俺が目にしたのは、
「──次ッ!」
「は、はいッ!じ、自分はアリス様のご活躍を耳にしてから──ゥご……ッ!?」
「くだらない話を聞く気はありません。次ッ──!」
「──いや分からん。どういう状況だ?」
「えっと、実はね──」
アスナが語った事の経緯はこうだ。
まず発端は、KoBの重役達がフィールドに出向く事の多い副団長達に護衛を付けようという話を持ちかけた事。
幾度とない話し合いを経ても「議会で決定した事だ」と譲らないお上にアスナが根負けした一方で、アリスはあくまでも断固拒否の姿勢を崩さなかった。かくなる上はと説得に団長まで引っ張り出そうとした所で、アリスはとある条件を提示。
曰く──「私より弱い護衛などいるだけ足手まといです。どうしてもと言うのなら、私から1本でも取ってみせなさい!」と。
そういった経緯があり、アリスはこうしてデュエル100人組手──何なら100人以上いそうだが──の真っ最中というわけらしい。
「じゃあ、入った時から後ろで俺をめっちゃ睨んでくるあちらさんは……?」
「……うん、私の護衛。はぁ、私もアリスと同じようにすれば良かったなぁ……」
顔を寄せ合いヒソヒソと話す俺を敵意剥き出しの目で睨む三白眼のプレイヤーを出来るだけ刺激しないよう、アスナから半歩距離を取る。
「……けど、経緯を聞いてもまだ分からないぞ。俺に何をしろと?」
「見ての通り、アリスの護衛の志願者が予想以上に多くて。いつまでやっても終わらないからすっかり気が立っちゃってるのよ。ミツキ君を見たら、ちょっとは落ち着くんじゃないかなぁ……って」
「……お前、今時人身供犠とか信じるタイプか?」
要は荒ぶる《姫騎士》様を鎮める生贄になれ、という事だ。《閃光》様は一体俺を何だと思っているのか。
とは言え、確かに俺の目から見ても今のアリスは少々危ない──主に相手をする団員達が。
例えばたった今伸された団員なんかは胴を逆袈裟斬りにされたわけなのだが、少し軌道がズレていれば顔までザックリとやられていた。例え《初撃決着》のルール下であろうと、体を真っ二つにされかねないアリスの斬撃は彼らに強力なトラウマを植え付けてしまうやもしれない。まさかアリスに限ってこんな事にはならないと思うが、最悪手元が狂って相手が死亡するケースも考えられる。ここは俺が骨を折るしかなさそうだ。
今も尚長蛇の列を成すKoBメンバー達の先頭に割って入った俺は、次の相手を待つアリスの肩を叩く。
「ッ──気安く私にさわ──!」
相当気が立っていたのだろう。まるで触れるもの全てに牙を剥く獣の如き敏捷さで、振り向きざまに喉元へ剣を突きつけられる。その勢いに乗って彼女の特徴的な金髪と、青いロングスカートがフワリと舞った。
「──る、な……」
「……あー。すみません、でした」
堪らず両手を上げる俺を見たアリスは、ポカンとした顔でたっぷり3秒程動きを停止し──
「ミッ…ミツキッ!?な、何故お前がここにいるのです──ッ!?」
「話せば長──くはないな。アスナに呼び出されたんだよ」
慌てて剣を下ろしたアリスは、俺をこの場に呼びつけた張本人──アスナに目をやる。そのアスナはというと、やや苦笑いと言った様子で手を振っていた。
「話は大方聞いた。少し休憩した方がいい」
「問題ありません。ここまでの立ち合いは全て3手以内に終わらせています。消耗は最小限で抑えられている……筈、です」
歯切れ悪い締め方になったのは、アリス自身冷静さを欠いていたのを今になって自覚したということか。聞けば、およそ3時間はぶっ通しでデュエルを続けているという。何故そんなハードワークをと聞いたところ、
「……あ、あまり時間をかけたくなかったのです。本来なら今日は、迷宮区の攻略にお前を誘う予定でしたから──まさかここまで長時間拘束された挙句、あのようなみっともない姿を見せてしまうなんて……」
「……別に攻略くらい、言ってくれればいつでも付き合う。だからまずは休め、一時休憩」
今の言葉に何か惹かれるものがあったらしく、シュンとしていたアリスは忽ち顔を輝かせる。
「ほ、本当ですね?嘘だったら斬りますよ」
「いやそれは勘弁……てかこんな事で嘘ついてどうする」
「ま、まぁともかく。そういう事であれば是非もありません。予定が潰れたのは残念ですが、今は一刻も早くこの騒ぎを収める事に努めましょう」
そう言って歩き出そうとしたアリスは、不意に足を止めた。
「……どうした?」
見れば、あの美しい碧眼に影が差している。一転して剣呑な雰囲気を漂わせる彼女に困惑する俺だったが、その理由はすぐに分かった。
──おい、アイツ《ビーター》だろ?
──あんなイカサマ野郎がアリス様に近づくなんて…!
──でも、結構仲良さそうじゃないか?
──バカ言え。きっと弱みか何か握られてるんだ。可哀想に…
列に並んでいたKoB団員を始め、周囲から俺に向けられる数々の言葉。
「……気にするなよ。もう慣れた」
「……お前はそうでも、私は違います」
そう言ってウィンドウを開いたアリスはメニューを操作し──
「──ミツキ。私と立ち合いなさい」
俺の目の前に、アリスからのデュエル申請が出現した。
「いや、休めって言ったばかりだろ」
「休息なら今ので十分です。それよりも、早く承認を」
周囲にも聞こえるよう声のボリュームを上げ、アリスは言葉を続ける。
「何度でも言いますが、私には護衛など必要ありません。ルールは同じ《初撃決着》の1本先取──この立ち合いが終わっても尚、私の護衛になる等と嘯く愚か者は、自惚れも甚だしいと知りなさい」
アリスの狙いを汲んだ俺は、やれやれと申請を受諾。カウントダウンが始まり、所定位置に移動しながら槍を抜く。
「全員、その目に焼き付けておくことです──」
5──4──3──
「──私の護衛を名乗るならば、最低限これ程の実力が必要なのだということを」
2──1──《Duel!!》
戦いの幕が上がると同時に、アリスが突っ込んでくる。
「──やぁッ!」
気合一閃、上段から振り下ろされた銀色の刃を真っ向から受け止める。ギリギリと火花を散らす得物を前に押してみるが、
単純な力押しでは勝てないだろうというのは、予てより思っていた事だ。ここは俺のやり方──ベータ時代、やろうと思っても中々真似できないと言わしめた、俺流デュエル殺法(今名付けた)で立ち向かう他ない。
力と力が押し合う中、俺は不意に槍を傾け、受け止めていたアリスの剣を身体の外へと逃がす。当然アリスの体は剣ごと前へ倒れていくが、向こうもこの対応は予想の範疇だったらしい。踏み留まるなり返しの下段横薙ぎで俺の脚を狙う。
が、予想の範疇なのはこちらも同じだ。傾けた槍をそのまま床に突き立て、下段斬りを受ける。
しかしこの建物の床は《破壊不能オブジェクト》として保護されており、突き立てるといっても本当に穂先が突き刺さっているわけではない。ギャリィッ!と火花を散らしながらアリスの剣に払い除けられるかと思いきや──無意識の内に、俺の口元が小さく笑みを作っていた。
アリスの剣が槍に触れた瞬間、俺は上へスライドさせた手で槍を軽く押してやる。下でアリスが槍を払うと同時に、その少し上で俺の手がアリスとは丁度反対方向に力を加えた形だ。すると何が起こるかというと──
「ッ──!?」
弾かれた穂先に対し、その勢いを利用して回転扉の様に襲いかかる槍の石突を、アリスは寸での所で回避。地を這うような低空跳びで距離を取った。
「今のは……」
「中々面白い芸当だろ」
SAOの世界に働く物理エンジンは、主に慣性周りにちょっとしたクセがある。これを利用すると、十分な勢いさえあれば壁も走れるし、クルクルと回る武器を数秒間滞空させる事だって可能だ。《スピニングシールド》という武器防御カテゴリのソードスキルが分かりやすい例だろうか。
今しがた俺がやった芸当はタイミングがズレると、ただ地面と接地した側がスコーン!と足払いされるだけに終わるのだが、適切なタイミングで反対方向の力を加えてやれば、相手の攻撃の威力をそのまま乗せたカウンターが可能になるのだ。
「……お前とは長い付き合いですが、いつの間に曲芸師に転向したのです?」
「強いて言うなら、ベータ時代からずっとだよ──ッ!」
距離が開いたなら今度はこちらの番だ。一気に距離を詰め、低姿勢から槍を突き上げる。躱されたと見るや即座に引き戻し、もう一度──手数重視で刺突を繰り返すが、アリスはその全てを見事な反応で回避、または剣で受け続けた。
やがて俺の一突きを回避すると同時に大きく踏み込み、槍の間合いの内側に潜り込む。そのままガラ空きの土手っ腹に一撃を貰いそうになった俺は手首のスナップを使い、突き出していた槍を僅かに上向けた。すると今度は鹿威しの様に石突側が床に接地、柄が丁度アリスの剣の軌道──比較的力の掛かっていない切っ先と重なる。
それだけでは流石に防げまいと、石突を踏んづけて固定した事で、アリスの剣は俺の腹から僅か数センチの所で止まった。
小さく舌打ちしたアリスは体の捻りを利用して切っ先を槍から外そうとするが、それよりも早く俺の槍が剣の鍔元まで移動し、完全に動きを抑えられてしまう。
また力勝負に持ち込まれる前に、俺は極限まで腰を低く落とすと同時に槍を引き絞る。突き出されていた穂先が音を立てながらアリスの目の前まで後退し、間髪入れず突き出された。流石に完全回避とは行かず、槍が微かに彼女の頬を掠める。
「ちぃ──ッ!」
槍を大きく弾き上げたアリスは、数歩跳んで再び距離を取った。
「……なる程。お世辞にも正道とは言い難いですが、面白い」
「《姫騎士》様のお気に召したようで何よりだ」
「ですがこんなものではないでしょう?《裂槍》の名が泣きますよ」
短く軽口を叩き合った俺達は、全く同時に床を蹴った──。
──目の前で繰り広げられる《姫騎士》アリスと《裂槍》ミツキの戦いに、周囲のプレイヤー達は揃って言葉を失っていた。最初こそアリスを応援する声が多く見られたが、今や耳に入ってくるのは剣撃音と2人の息遣いのみ。
それはこの状況を作り上げた張本人であるアスナも例外ではなく、この世界では知古の仲と言える2人のプレイヤーの──初めて目にするという意味で言えば、ミツキの実力に舌を巻いていた。
「(ベータテストではキリト君とよく組んでたって聞いてるし、ボスとの戦いで十分理解してるつもりだったけど……彼、こんなに強かったの!?)」
同じギルド、同じ副団長という立場上、アリスの実力はアスナ自身骨身に染みて分かっている。こと戦闘に於いては他の追随を許さない──それこそキリトに匹敵するのではないかと。
そんな彼女と相対するミツキに関してだが、よくよく思い返せば、アスナはミツキの事をあまりよく知らない。自分の目で確認したのはどれもボス戦での戦いぶりのみで、他はキリトやアリスを介した又聞きの情報だけだ。
対モンスター戦ではあまり目立たなかったが、彼は間合いの内側に入り込まれた時の対処がかなり上手い。通常、リーチで他の武器に勝る両手槍は、至近距離まで接近を許した途端に扱いづらい武器になる。だからアリスも彼我の距離を詰めて戦っていたわけなのだが、普通なら対処できないであろう攻撃にもミツキは見事に対応していた。
秘訣は恐らく……体捌きと足運びだろうか。アリスの攻撃を躱し、受け流し、刹那の隙を見つけては、槍と体をコンパクトにクルクル回して
──ここからはアスナでも気づけていない部分になるが、ミツキのこの戦闘スタイルの恐ろしい所はまだある。
先述のシステム外スキルによるカウンターは、相手の攻撃の勢いを利用する都合、相手がそれに対処する方法は実質2つしかない。
即ち、攻撃の軌道をコンマレベルのギリギリで変えるか、カウンターに対処できるよう意図的に攻撃の手を緩めるか。一応、全力で攻撃した上でカウンターも迎撃するという方法も存在するが、現実的ではないだろう。
ミツキがカウンターを行う際、トリガーとなる攻撃の全てをギリギリで防いでいるのは、相手のフェイント対策だ。「今度こそ当たる!」と思わせた所へ槍を割り込ませ、次の瞬間にはもうカウンターが襲いかかる。かと言ってそれより早く斬撃を曲げた所で、容易く受けきられてしまう。
ならば相手としては、返ってくるカウンターの勢いを落とす為に、自分の攻撃を多少なりとも軽くしなければならないのだ。
アリスの持ち味である全力の重い一太刀を封じ込めたミツキは、徐々に優勢に立ち始めた──。
「(反撃の隙が、見つからない……ッ!)」
繰り出される槍を前にすっかり防戦一方となったアリス。何度か
時間にしてものの数分の打ち合いの中で、アリスは確信していた。
「(間違いない。この男、槍の扱いにかけてはアインクラッドで五指に──いや、頂点に位置する!)」
KoBにも同じ両手槍の使い手は数多いるが、目の前の少年と比べれば児戯にも等しい。これ程の腕前の持ち主がまさかこんなにも身近にいた事に、アリスは無意識の内に笑みを浮かべていた。
まるで槍を己が身体の一部のように操るその技。一体どれ程の修練を積んできたのだろう。
それを思うと、体は勝手に動き出す。
「(これ程の槍術を見せられては、手を抜くなど出来るはずがない──ッ!)」
アリスはもう一度、剣を横薙ぎに振るって槍を弾く。今度は加減無しの全力で。すると彼はその勢いのまま体をクルリと一回転させ、アリスの剣撃の勢いを乗せたカウンターが襲いかかるが──
アリスは即座に剣を構え直し、槍を受け止めていた。
別にそこへ槍が来ると予測していたわけではない。カウンターの速度に追いついたわけでもない。傍目には勘で置いておいた剣が運良く攻撃を防いでくれた様に見えている事だろう。
実際、その見方は9割方合っている。違うのは残る1割──数瞬前、ふとアリスの脳裏を焦がした謎の感覚だった。
「う──おおおおおお──ッッッ!!!」
掴んだ勝機を離すまいと、アリスは力強い気勢と共に剣を振り抜き、目の前の少年を武器ごと大きく吹き飛ばした──。
「くぅッ──!?」
アリスの一撃で大きく吹っ飛ばされた俺は、片手で受身を取りながら視界の外で赤いライトエフェクトが点灯したのを感じ取る。このデュエルが始まって初となるソードスキルだ。大きく距離の開いたこの状況で繰り出される赤いライトエフェクトの片手剣スキルと言えば、俺の中で1つしか思い浮かばなかった。
俺は着地するなり槍を大きく引き絞り、翡翠色のライトエフェクトを纏わせる。
「せああああああァァァ──ッ!!」
「はああああああァァァ──ッ!!」
繰り出されたアリスの片手剣重単発技《ヴォーパル・ストライク》と、同じく両手槍重単発技《コンヴァージング・スタブ》が交錯し──お互いの肩を、全く同時に抉った。
その瞬間、デュエルの終了を告げるブザー音が鳴り響く。
結果は《Draw》──引き分けだ。
「ふぅ……お疲れ。やっぱりアリスは強いな。最後のカウンターで決め切れると思ったんだが」
「……えぇ。とても心躍る立ち合いでした。これ程気分が高揚したのは初めてです」
どこかスッキリした表情のアリスは剣を収めると、周囲で戦いを見ていたKoBの団員達をぐるりと見回す。
「──さて、今一度問いましょう。この中に、今以上の立ち合いを行える者はいますか?」
凛とした声が修練場に響く。当然ながら、手を挙げる者は1人としていない。
「──よろしい。上には私が報告します。今後とも精進するように」
これでこの話は終わり。と歩き出したアリスの元へ、事の行く末を見守っていたアスナが駆け寄ってくる。
「2人共お疲れ様。一時はどうなる事かと思ったけど、なんだかすごいもの見せられちゃったわね」
「手を煩わせてしまいすみません。アスナのお陰で無事この場を収める事が出来ました」
「お礼なんていいよ。議会の人達がアリスにしつこかったの、私が先に折れちゃったのも原因だろうし……ミツキ君も、急な呼び出しだったのに来てくれてありがとね」
「んじゃ、何か飯でも奢ってくれ。久しぶりのデュエルで腹減った」
「仕方ないなぁ……それじゃあ2人の武器のメンテしたら、50層に行きましょ」
「何か用でもあるのか?」
「用って程じゃないけど……ほら、迷宮区の攻略ももう終盤でしょ?そろそろボス戦関係のあれこれが始まるだろうから、キリト君に声だけでも掛けとこうかなって」
「なる程。じゃあ50層の密かな名物《偽ラーメン》でも──」
「それは嫌。前に食べた事あるけど、すっごい微妙だったもの」
「なんだ経験済みか。じゃあアリス──」
「ぜっっったい行かない方がいいからね!?──もう、無駄話してないで行くわよ」
アリスは手早くメニューを操作し、身に着けていた鎧の類を解除する。するとその下から青いマントに覆われた同色のドレスが顕になった。ドレスといってもパーティなどで見る豪奢な物ではなく、肌の露出が殆ど無い修道服めいたデザインなので、平常時はこの格好でいる事が多いのだそうだ。
「……何を見ているのです?」
「い、いや。何でもない」
アスナに連れられ、俺達──にアスナの護衛を加えた4人は、街のNPC鍛冶屋でメンテを済ませた後、第50層主街区、昼下がりの《アルゲード》へ向かった。
フレンド追跡で表示された場所であるエギルの店に向かうと、カウンターで何やら話し込んでいる黒ずくめのプレイヤーの背中が見えた。
「キリト君──」
アスナがその肩を叩くと、気の抜けた声と共に黒ずくめ──キリトが振り返る。そして……
「──居たぞ。シェフ捕獲」
と、その手をギュッと握り締めるのだった。
そういえば書いたつもりで書けていませんでしたが、SAOでのアリスの剣はSAOIFのイベントストーリーでリズに作ってもらった銀色の片手剣《大樹の剣》、鎧は原作11巻のカラー挿絵をイメージして頂ければ。