ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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為すべき事

 使い魔であるシャーロットの目を通じてか、状況は既に理解しているらしく、閉じた扉から滑るように降り立ったカーディナルは、持っていた杖の先端で、すぐ近くに倒れ伏すアリスの背をポン、と叩く。すると、胸を貫かれていた彼女の傷が、流れ出た血溜まりごと綺麗さっぱり消え失せる。キリトのことも杖で小突くと、同様の事が起きた──素因を用いた治癒術式ではなく、管理者権限を用いてログを遡り、対象ユニットの状態をリロード、上書きしたのだ。

 

 2人の治療を済ませたカーディナルが最後に向かったのは、既に事切れ指先程のサイズに戻った小さな使い魔の元だった。残った脚を縮めて丸くなったシャーロットの亡骸を、カーディナルは大事そうに掬い上げ──最後まで戦い抜いた彼女への労いの言葉だろうか──小さく囁く。

 

 キリトは問いかける──シャーロットにも、フラクトライトがあったのか?──と。それに対し、カーディナルは首を横に振った。

 

「──この子はもう200年も生きておった。その間、ずっとわしと語らい、多くの人間を見守ってきた。お主に張り付いてからも早2年……それだけの時を過ごせば、フラクトライトなぞ持たずとも、例えその本質が単なる入力と出力データの蓄積であろうとも……そこに、真実の心が宿ることもあるじゃろう。時として、『愛』すらも」

 

 シャーロットはアンダーワールド人達のように人工フラクトライトを有してこそいないものの、システムによって擬似的な思考エンジンを与えられたAIだ。即ち、かつて浮遊城でキリト達と出会ったユイと同じ──長い時間をかけ、実際にこの世界に生きる人々の営みを、愛情を観測してきたからこそ、彼女もまたユイのように誰かを愛することを覚えていった──ということか。

 

「任を解き、労をねぎらい、これからは好きな場所で好きに生きよと言ったというのに。よもや自由の身になって尚、キリトに付いていたとは。ましてや、死ぬと分かっていながらその身を盾に……誰に影響されたのか、とんでもない頑固者よ──貴様には永遠に理解できぬものじゃろうがな、アドミニストレータ──虚ろなる支配者よ……!」

 

 カーディナルはこちらを冷ややかに見下ろすアドミニストレータを睨み上げる。彼女の言葉をどこ吹く風と涼しい顔で流したアドミニストレータは、クスクスと愉快そうに笑う。

 

「そこの坊や達を虐めていれば、いつかはあのかび臭い穴蔵から出てくるだろうと思ってたけれど、案の定ね。私を倒す為に苦労して用意した手駒に情が湧いた結果、駒として使い潰す事も出来ないなんて、本当に度し難い──所詮それがあなたの限界ということかしら、おちびさん」

 

「抜かせ。貴様の方こそ、暫く見ない間に随分と人間の真似が上手くなったものじゃな。200年間、ずっと鏡を相手に笑う練習でもしておったのか?」

 

「……図書室に篭ってただけあって、随分と口が達者になったわね──あなたの方こそ、そのふざけた喋り方は何?200年前、初めて会った時は心細くて泣きそうになっていたのに……ねぇ、リセリスちゃ──」

 

「──わしをその名で呼ぶなッ!我が名はカーディナル!貴様を消し去る為だけに存在するプログラムじゃ!」

 

「くすくす……はいはい、そうだったわね──そして私はアドミニストレータ、全てのプログラムを管理し、支配する者。挨拶が遅くなって悪かったわね、おちびさん。あなたを歓迎する為の術式を用意するのに、少しだけ手間取っちゃったものだか──ら!」

 

 ゆるりと持ち上げられたアドミニストレータの右手が、何かを握り潰すような仕草を見せる。刹那──四方八方あらゆる方向から、甲高い破砕音が一斉に響き渡った。何事かと辺りを見回したキリト達は、驚くべき光景を目にする。

 最上階を囲むガラス窓から覗いていた外の景色──満天の星が、黒と紫の混じりあった異質な空間に塗り変わっている。奥行の感じられない、凝視していると意識が吸い込まれてしまいそうな、何も存在しない虚無の世界だ。

 

「貴様……アドレスを切り離したな……!?」

 

「200年前、惜しい所であなたを取り逃がしたのは間違いなく私の失点だったわ。だからね、その失敗から学んだの──次に()()()と相対した時には、逆に閉じ込めてあげよう、ってね」

 

 カーディナルが200年間潜伏していた大図書館は、カセドラルからアドレスを切り離されたことで外部からの干渉をシャットアウト出来ていた。そこから座標が固定されているカセドラル内部へバックドアを開くことでキリト達を助ける事が出来ていたわけだが、同じ状況でも条件が違う。図書館がカーディナルの領域であったように、この最上階の支配権はアドミニストレータにある以上、彼女の許可無しに出入りする事は不可能なのだ。同等の権限を有するカーディナルといえど、アドミニストレータを警戒しながらアドレスを繋ぎ直すのは困難を極める。

 

 しかし、一方で……

 

「鼠を狩る猫の檻に放り込まれた気分はどう?」

 

「随分と強気じゃなクィネラ。勝った気になるのは性急過ぎると思うが?アドレスを切り離すのは容易でも、繋ぎ直すとなれば話は別じゃ。即ちここに閉じ込められたのは貴様とて同じこと。数の利を持つ我々こそが猫である、とは思わんのか?」

 

「あら、たかだか5人で数的有利を取ったと思ってるの?残念だけど不正解よ──正しくは、5人対3()0()0()()なの──私を除いてもね」

 

「300、()……?」

 

 アドミニストレータと相対する一同は、皆一様にキリトと同じ疑問を持つ──その中で、アリスとキリトの脳裏には、壁登りの最中のとあるやり取りが思い起こされていた。

 

 

 ──整合騎士ってのは、物質変換の術まで使えるのか……!?

 ──これはあくまでも形態変化です。()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 

 

 物質変換術……物質を、全く異なる性質の物質へと変化させる神聖術。

 これを使えば、石ころを柔らかい布にすることも、植物を金貨へ変えることだって可能だ──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 間もなくして同じ考えに行き当ったのだろう。キリトとアリスだけではなく、ユージオ、ミツキまでもが愕然としていた──無理もない。あの剣の巨人を構成する大量の武器達が、よもや形を剣に変えられただけの人間である、等とにわかには信じ難い話だ。しかし改めてゴーレムの躯体に意識を集中させると……声のようなナニカが頭の中に響いてくるような、そんな気がした。

 

「貴様……何と、いう事をッ──その者達は、本来貴様が守るべき民ではないのかッ!?」

 

「はぁ……あなたにはガッカリだわ。所詮記録の上でしか私を理解出来ていないのね──私はこの世界の支配者よ?何を守って何を壊すか、何をどう使うかも、私の自由に決まってるじゃない。ヒューマン・ユニットをたかが300程度物質変換したくらいで、今更何を驚いてるの?」

 

 アドミニストレータは続ける──このゴーレムはまだ試作段階であり、負荷実験に抗し得るだけの完成型を必要数量産するには、ざっと見積もって()()程あれば足りるだろう。と──その「半分」というのが何を意味するのか、最早聞く必要はなかった。

 

「さっきは『私が人界を滅ぼす』だとか言っていたけれど……どうかしらアリスちゃん。あなたの大事なこの世界はちゃんと守られるわよ?」

 

 最早、彼女に「人」の言葉は届かない──そこに生きる人々達も含めて世界とし、それを守らんとするアリス。世界は世界であり、民達は所詮替えの利くヒューマン・ユニットでしかないと言うアドミニストレータ──出自を辿れば同じ人間なのだとしても、視座が大きく乖離してしまっている。

 

 言葉での説得は不可能と割り切ったアリスは、1人の神聖術師として問いかける。

 

「──その人形を構成する剣の持ち主はどこにいるのですか?仮にあなたが単身で30本もの剣の記憶解放を行えるのだとしても、術の原則そのものは変えられない筈です」

 

 武装完全支配術も、上位術式である記憶解放術も、起動にシステムコマンドを用いこそすれ、その本質は心意同様「イメージの力」だ。キリトとユージオが術を編み上げる際、各々の剣を強く思い浮かべたように、使用者が武器の文字通り「全て」を精細に理解し記憶しなければ、イメージによる上書き(オーバーライド)が行えない。

 現在アドミニストレータは300年にも上る膨大な記憶を保持しているせいで、記憶容量が危うい状態にある。そこに30本もの剣の情報をねじ込む余裕など無い……アリスに言わせれば、剣と心を通わせ、剣に愛される筈がないのだ。無辜の民を無理矢理剣へ変えたというなら尚の事。

 

 やはり、あの剣達の所有者は他にいる。しかし空間アドレス切断という尋常ならざる手段で外部と隔絶されたこの部屋には、いなければならないはずの30人の姿は見られない。隠れられるような場所も見当たらなかった。

 

「ふふ……答えは、あなた達の目の前にあるわよ──ミツキ(その子)は気づいてるみたいだけど」

 

 キリト達は怪訝な表情でミツキへ目を向ける。天井をジッと見つめていたミツキは、手の中にある水色の水晶──先程アドミニストレータから返却された《記憶の欠片》に視線を落とす。

 

「ミツキ……一体、どういう事なのですか」

 

「……最初、俺が99階で戦ってた時……俺の頭の中は、1つの事で一杯だった──アリスに会いたい。アリスを取り戻したい。アリスを死なせたくない──あれは俺に挿入ってたモジュールとやらが生み出したもんじゃない。あくまで俺の中から湧き出る望み……だったように思う。……あのゴーレムは、それと同じって事だろ」

 

「同じ、だって……!?」

 

 愕然とするユージオに、ミツキは目線で天井を指し示す。

 

「天井に埋め込まれた水晶が見えるな?……ありゃただの飾りじゃない。俺の欠片(コイツ)と同じ──人間だった頃の整合騎士達から引っこ抜かれた、《記憶の欠片》だ」

 

 ミツキの推測を聞いたキリト達は、揃って天井を見上げる。壁一面に散りばめられた青い輝き……確かにミツキの手にある水晶と同じものに見える。あれら全てが……!?

 

「クィネラ……貴様、どこまで──ッ!!」

 

「あら、今度は意外に早く気づいたのね?なら、詳しい解説をお願いしようかしら」

 

 悠然と笑みを浮かべるアドミニストレータに向かって、カーディナルは吐き捨てるように答えた。

 

「フラクトライトの共有パターン、そういうことじゃろう──!」

 

 キリトやミツキが聞かされた通り、抜き取った記憶ピースを真っ新な精神原型に挿入すれば、擬似的な人間ユニットとして扱うことは可能ではある。しかしそうしたとて、生まれるのは部分的な記憶を持つだけの赤子だ。有する知性は極めて限定的、武装完全支配術などという高度なコマンドを使う事は出来ない。しかしそれにも抜け穴はある。

 アドミニストレータは、その穴を残酷極まりない手段で以て突いてみせたのだ。具体的には──

 

「──整合騎士達の記憶に刻まれた、最愛の人間その人をリソースにして剣を作った!そうじゃなッ!?」

 

 完全支配術を発動する為の条件は、持ち主が剣の情報を完全に記憶していること……抜き取った《記憶の欠片》に最も強く、最も精細に刻みつけられているのは、肉親、妻、恋人といった最愛の人間……ならばその対象を丸々剣に変えてしまえばいい──後は《欠片》の中に渦巻く思念が、術を発動させてくれる。その思念こそが、先程ミツキが言っていた「会いたい、触れたい」という願望なのだろう。

 

「滑稽よね……すぐ近くに求めるものがあると感じてるのに、触れられない、1つになれない──狂おしい程の飢えと渇きと苦しみの中、見えるのはそれを邪魔する敵ばかり──だから邪魔者はみんな斬り殺すの。斬って、壊して、殺し尽くせば、欲しい誰かが自分のものになると信じて……何度倒れても、永遠に立ち上がり続ける……そんな醜い《欲望》の力が、この剣人形を動かしているのよ」

 

 

「違うッ!!──それは……それは純粋なる《愛》じゃッ!貴様ごときが欲望などという言葉で気安く穢していいものではないッ!」

 

「笑わせないでッ!!──これが純粋なる愛だというなら、何故彼らは最愛の(相手)を血に濡らすのかしら?どうして『戦わないで』という意思が出てこないのかしら?──あなたの言う純粋な愛とやらは、所詮相手を単なる物としか見ない醜い欲望を聞こえのいいように飾っただけの紛い物じゃない!この剣人形がこうして動いているという事実こそがその証拠よッ!!」

 

 

 ここまで上位者然とした余裕を崩さなかったアドミニストレータが、初めて感情らしきものを露わにした。同時に、キリトは彼女の言葉に対し何かを言い返す事も出来なかった。それは違う、と言いたい気持ちは確かにある。しかし理屈を捏ねれば捏ねる程、アドミニストレータの言葉もまたある種の真理なのではないかと思えてきてしまう。

 

 純粋なる愛──言葉にするのは簡単だが、いざ示そうとするとこれ程困難なものも無い。

 

「……まぁいいわ、そんな事よりも重要なのは──このゴーレムの正体を知った以上、おちびさんには人形を破壊できないという事よ」

 

 平静を取り戻したアドミニストレータは、愉快そうに細めた目でカーディナルを見下ろす。

 

「当然よねぇ?だって──この剣1本1本は、ただ形を変えられただけの生きた人間なんだから!」

 

 明確に告げられた事実に、カーディナルは悔しげに歯噛みする。

 いくら管理者権限を有していようと、出自を辿れば同じアンダーワールド人、同じ人工フラクトライトだ。そこに刻みつけられた、創世より存在する原始的な命令──殺人を禁じる規律を、カーディナルは破れない。勿論方法はある。『あの剣人形は人間ではない』と、そう認識を改めるだけでいい。アドミニストレータなら造作もない事だろう。

 しかしカーディナルには……200年に及ぶ永い時の中で多くの人々の営みを見守ってきた彼女には、今になって彼ら彼女らを人ではないと断ずる事など出来るはずもなかった。

 

「ッ……そうじゃな。わしに人は殺せぬ。人ならざる貴様を殺す為だけに200年準備をしてきたが、それも全て、無駄だったようじゃな──」

 

 カーディナルは持っていた杖を投げ捨て、独り前に進み出ると、背後の4人を庇うように両腕を広げた。

 

「わしの命はくれてやる。代わりに……この若者達の命は奪わんでやってくれ……!」

 

「カーディナル、あんた何を──ッ!?」

 

 幼き老賢者を制止しようとするキリトを、剣の巨人が牽制する。

 

「交換条件になってないわね。何をしようがあなたを殺す事に変わりはないし……大体、そんな要求を呑んで、私に何かメリットがあるのかしら?」

 

「戦いを望むのなら、その哀れな人形の動きを封じながらでも、貴様の天命を半分は削ってみせる。それ程の負荷がかかれば、ただでさえ残り少ない記憶容量が更に危うくなるのではないか?」

 

「ふぅん……その《逃がす》っていうのは、この閉鎖空間から下界のどこかに飛ばしてやれば条件を満たすって事でいいのよね?──今後永遠に手を出すな、なんて意味なら拒否するわよ」

 

「ああ、一度退避させるだけで良い」

 

「そう……いいわ、譲歩してあげる。その条件を呑みましょう」

 

 カーディナルの言葉が真だったのか否か、少し考えたアドミニストレータはゴーレムを下がらせる。しかし──

 

「けど、それならこっちの条件も呑んでもらおうかしらね?」

 

「なんじゃと……?」

 

「何、簡単な事よ──そこのミツキ(坊や)の記憶の欠片を戻してあげなさいな」

 

「クィネラ……貴様何のつもりじゃ」

 

「言葉通りの意味よ──私は記憶を返して欲しい、というその子の要求に応じた。ただ記憶の欠片を返却するだけじゃ、それを果たしたとは言えないわ──支配者たるもの、やると決めた事は完璧にこなさないとね。あぁ、勿論私がやってあげてもいいわよ?」

 

「たわけ……やれというのならやってやる」

 

「言っておくけど……何か妙な真似をしたら、その瞬間問答無用でゴーレムに皆殺しにさせるからそのつもりでね?」

 

「分かっておるわっ……!」

 

 踵を返したカーディナルは、ミツキの元へ歩み寄る。

 

「……必要な事とは言え、お主の魂を覗き見ることを許せ。シンセサイズされる直前に唱えたコマンドは覚えておるか?」

 

「ああ……頼む、やってくれ──システム・コール、リムーブ・コア・プロテクション──」

 

 記憶の欠片をカーディナルに預けたミツキは、目を閉じて式句を唱える。すると額に小さな四角い窓が開き、そこから流れ出た光のラインが頬、肩、腕を伝い、差し出されたカーディナルの手に伸びていく。彼女は手の中にある欠片を、そのライン──光の河にそっと放った。

 

 曰く、記憶の欠片を戻すだけならば、時間のかかる複雑な作業は必要無い。欠損した記憶が元の形を取り戻そうと、独りでに繋がり始める、と。

 

 ラインを辿って、ミツキの額に欠片が吸い込まれていく。やがて光が収まると、ミツキの体はグラリと傾いた──

 

「ミツキッ!」

 

 真っ先に飛び出したアリスが、倒れるミツキを受け止める。

 

「カーディナル様、これは──ミツキは大丈夫なのですか!?」

 

アリス(お主)の時と違い、欠片というには大きい記憶じゃからな──案ずる事はない、じきに目覚めよう」

 

 事を済ませたカーディナルは、再び踵を返してアドミニストレータに向き直る。

 

「言う通りにしてやったからには、貴様も約束を守ってもらうぞ」

 

「はいはい分かってるわよ……ステイシア神に誓えば満足かしら?おちびさんを──」

 

「──いや。神ではなく、貴様が唯一絶対の価値を置くもの……自らのフラクトライトに誓え」

 

 アドミニストレータが自らを神話に登場する創世三神すら超える存在であると自認している事を、同じフラクトライトより分たれた存在としてよくよく理解しているカーディナルは、鋭く釘を刺す。

 

「それじゃ──私のフラクトライトと、そこに蓄積された大事なデータに誓うわ。おちびさんを殺した後、後ろの4人は無傷で逃がしてあげる」

 

 しっかりと言質を取ったカーディナルは、チラと背後のキリト達を一瞥する。

 

「……すまぬな」

 

 ポツリとそれだけ言い残し、部屋の中央へと歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 始まったのは、一方的で、残酷で、一切の容赦のない暴力による蹂躙だった。

 

 

 

 

 

 

 アドミニストレータは虚空から銀色のレイピアを出現させると、その切っ先を無防備に立ち尽くすカーディナルに差し向ける。刹那、放たれた暗黒の稲妻が幼き老賢者の胸を貫いた。

 意図的に加減をしているのだろう、外見の上では幼き少女の体に、幾度となく稲妻が突き刺さる。

 

 

 何度も、何度も──

 

 何度も、何度も、何度も──

 

 何度も、何度も、何度も、何度も──

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も──

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も──200年間の鬱憤を晴らす勢いの心底愉しそうな高笑いを伴い、稲妻は弄ぶように賢者を打ちのめし続けた。

 

 

 見ていられない、と駆け出そうとしたキリトを、カーディナルは苦悶の声で制する。

 分かっている。ここで出て行ってしまえば、カーディナルの覚悟が全て無に帰すことくらい、分かっているのだが……目の前でただただ無抵抗にその命を散らしていくカーディナルを前に、キリトも、アリスも、ユージオも、果てしない無力感に苛まれていた。

 

 

 こんな無力感を感じるのは何度目だろうか。

 

 この剣は、この力は、虐げられる誰かを守り、救う為のものであるはずなのに。

 

 何も出来ない。清々しいくらいに、何も。

 

 

 自分達が積み上げて来たものは、圧倒的な力の前では何の意味も成さないのだと、今まさに思い知らされている──「否」と真っ先に思い浮かべたのは、意外というべきかユージオだった。

 

 確かに、このまま何もせずにいれば自分達は生きながらえるのかもしれない。だがそれも束の間のことだ。一度でも反逆の刃を振りかざした自分達を、アドミニストレータが捨て置くはずがない。きっと4人をバラバラの場所に送って、教会の名の下に絶え間なく追っ手を差し向けるだろう。《不朽の壁》に隔てられた四帝国それぞれに分断されでもしたが最後、ユージオは単身で戦わねばならない。なったらなったでどうにかしてみせる、と今なら言い切れるが、いざ実際にそんな状況に置かれても同じ事を言えるか考えた結果、即座に首を縦に振れない程度には、ユージオは自分の力量を把握していた。

 

 即ち──カーディナルの犠牲に甘んじ、おめおめと逃げ帰るのは、最善且つ最悪の結末だと。

 

 考えろ。何かあるはずだ。

 キリト達のような剣技も、アドミニストレータ達のような術力も持たないユージオにだって、出来る事が。

 

 ふと、ユージオの脳裏を、とある記憶が過ぎった──修剣学院でキリトとミツキと一緒に稽古をしていた時の事だ。

 

 

 ──いいかねユージオ君。技の練習も大事だが、秘奥義に頼りきりになるようじゃあダメだ。

 

 ──そうだな。アインクラッド流は例外だが、秘奥義ってのは本来、その名の通りとっておきの技だ。それを沢山使えれば強くなる、なんて事は無い。

 

 ──言いたい事は分かるけど……じゃあ、どうすればいいんだい?神聖術を織り交ぜるとか?

 

 ──うむ、そいつも非常に面白そうだが……前にちょろっと話したろ、大事なのは、剣に何を込めるかだ、って。

 

 ──うん。心意の力の話、だったよね?意志の力で、剣を強くする……って、まさか意志の力だけで秘奥義を押し返せるようになれ、なんて言わないだろうね?

 

 ──あー、流石にそれは極端だが……でもま、強ち不可能でもないと思うぞ?何の為に剣を振るうのか……そいつを強く思い描けば、大抵の事は何とかなる……気がする。それこそ、ただの打ち込みで秘奥義並の威力を出したりな。

 

 ──肝心な所で締まらないなぁ……

 

 

「(剣に込めるもの……何の為に、剣を振るうのか……)」

 

 これまでのユージオは、アリスを取り戻したい一心で努力を続けてきた。しかしそれではダメだ。あの哀しき剣の人形を打ち倒すには、足りない──適していない、と言った方がいいか。

 アリスを取り戻したいのは今も同じだ。しかし今現在、ユージオの中で最も強く渦巻く気持ちはアリスに対するものではなかった。

 

「(もし、このままカーディナルさんを見殺しにして、逃げ出したら……人界に生きる半数の命が、あの剣人形に変えられてしまう……沢山の家族が、恋人が、友達が、永遠に引き裂かれてしまう……そんなの、絶対にダメだ)」

 

 ユージオは大切な人と引き離される辛さを、その悲しみを身を以て知っている。これと同じ──ともすればそれ以上の思いをする人間を数え切れないほど生み出すアドミニストレータの計画を、断じて許すわけにはいかない。そしてそれを未然に止められるのは、今ここにいる自分達だけなのだ。

 

 

 ──ユージオ。

 

 

 その決意と呼応するように、頭の中へ声が響いた。妙に耳に馴染んだ、懐かしい声……ユージオの視線が、自然とその源である天井へ向く。

 

 

 ──ユージオ!

 

 

「(あぁ……そこに、いたんだね──力を、貸してくれるかい?)」

 

 

 この瞬間、ユージオは己の行き着く場所を──為すべき事を悟った。

 

 

 幾度となく雷に打たれ、身体のあちこちが焼け焦げ炭化したカーディナルが転がってくる。

 宿敵を甚振って気分を良くしたアドミニストレータは、最期に遺言でも何でも遺すがいい、と笑った。

 

 傷ついたカーディナルをせめて看取ろうと、キリトとアリスは涙ながらに彼女へ謝罪と感謝、そして決意の言葉を送る。

 

 そこへ歩みを寄せたユージオは、死に体のカーディナルへ、ある頼みを口にした。

 

 

「カーディナルさん。あなたに残された力で──僕の肉体(からだ)を、剣に変えてください」

 

 

「なッ……おい、何言ってんだよユージオ……!?」

 

「ここで逃げるわけにはいかないんだ。僕には──果たさなきゃいけない使命がある」

 

「使命、ってお前……!」

 

「……可能では、ある。が……元に戻れるか、わからぬぞ……それでも──」

 

「構いません。この先に待ち受ける悲劇を防げるのなら──システム・コール、リムーブ・コア・プロテクション──」

 

 ユージオはボロボロになったカーディナルの手を取り、先程ミツキが唱えていたのと同じ詠唱を口にする。額から漏れ出た光が、カーディナルの手へと伸びる──今この瞬間、ユージオは自らのフラクトライトに対する全権を彼女へ委ねたのだ。

 

「お願いします、カーディナルさん。あの怪物を動かしている力より、僕達の絆の方がずっと強いはずです……!」

 

 尚も止めようとするキリトだが、ユージオの意思は固い。顔を見合わせたアリスもまた、ユージオの覚悟と決意を尊重した。

 

「……よかろう、ユージオ──我が生涯最後の術式……そなたの決意に、捧げる──」

 

 カーディナルによってフラクトライトへ手が施され、ユージオの体が淡い光に包まれる。

 

「そうだ、これは言っておかないと──最高司祭に金属の武器は通じない。もらった短剣も、ミツキの槍も、そのせいで届かなかったんだ」

 

 最後に大きな情報を残したユージオは、未だ目覚めないミツキを一瞥してから、立ち上がって天井を仰ぎ見る。体を包む光が真っ直ぐ──天井のただ1箇所を目掛けて伸びていった。

 その行先にある小さな輝きは、整合騎士達から奪った記憶の欠片の1つ。この状況で、ユージオと惹かれ合うように天井から抜け降りてくるこの欠片の持ち主は、きっと──

 

 伸ばした手の指先に欠片が触れた瞬間、光が強さを増した。眩しさに顔を覆ったキリト達が次に見たのは、紫の光に覆われたユージオの体に、彼の愛剣である《青薔薇の剣》が溶けるように融合していく様だった。続いて、ユージオの肉体が末端部からリボンのように解けていく……

 

「死に損ないが、何をしている──ッ!」

 

「させないッ──!」

 

 異変に気づいたアドミニストレータが稲妻を放つも、間に割って入ったアリスが金木犀の花を展開し、受けた雷撃をそのまま床へ流す。雷撃が効かないと見るや、アドミニストレータは実に20個もの《熱素》を生成し、両腕に余る程の巨大な火球と化してぶつけようとしてくる。

 

「全員、燃え尽きなさい──ッ!」

 

「させないと、言ったはずッ──!」

 

 アリスは花弁を盾状に凝集させ、果敢にも自ら火球へ突っ込んでいく。着弾と同時に広範囲を巻き込む筈だった火球は空中で弾け、衝撃と熱波だけがキリトらを襲った。

 見事3人を守りきってみせたアリスだが、元が樹木である《金木犀の剣》の完全支配術は炎に対して若干の不利を見せ、倒れたアリスの手から十字の柄がカラン、と転げ落ちた。

 

 押し負けたものの、時間を稼ぐという目的を達したアリスは、息も絶え絶えながらに傍らの光を見上げる……

 

 ユージオを象徴するような青い光のリボンは、宙に浮遊する記憶の欠片を中心として寄り集まり、新たなる姿を形作る──青薔薇の剣を想起させる、純白の刀身。翼のような鍔を持つ巨大な十字剣の刃の根元に、彼の大事な幼馴染であるアリス・ツーベルクの記憶の欠片がピタリと収まった。

 

 

「リリース……リコレクション」

 

 

 カーディナルの口から術式が結ばれ、力強い輝きを湛えた純白の大剣は、それ自体が意思を持ち、鋭い切っ先をソード・ゴーレムへ差し向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、一緒だった。

 どんな時も、ずっと、ずっと一緒だった。

 キラキラ光る黒の中を、みんなと一緒に駆け抜けた。

 これからもずっと、ずっと一緒だと、そう思ってたのに……

 

 熱い。

 熱い。すごく熱い。けど……みんながいれば大丈夫。

 そう思って、必死に手を繋いだ。けど……1つ(ひとり)、また1つ(ひとり)、繋いだ手が解けて、バラバラになっていく。ひび割れて、あっという間に燃え尽きていく。

 これで終わりなんだと、そう思った。もうあの光る黒の中をみんなと飛べないのは残念だけど……みんな一緒なら、消えてもいいかな、って。

 

 

 ──そうか……お前はそうやって()()()()()んだな。ひとりだけ燃え残って(生き残って)、ずっとあの洞窟の奥に。

 

 ──俺達は似た者同士だ。大事なもの(ひと)と引き離されて、死ぬことも出来ずにずっと生きてきた……だから、惹き合ったのかもな。

 

 ──…わかってる。独りになるのは寂しいもんな。そんな辛い思いを、皆にさせるわけにはいかない……手伝ってくれるか。

 

 

 どことも知れない暗闇の中、()は星の欠片を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金属同士が激しくぶつかり合う音が、重く響き渡る。

 

 ユージオが命を投げうつ覚悟でその身を変じさせた大剣は、ゴーレムの体を形成する剣と比べて小振りでありながらも、懸命に渡り合っていた。

 しかし攻めきれない。ゴーレムの中央で輝く《敬神モジュール》を狙っているのがバレているのか、ユージオの切っ先は毎回ギリギリの所で阻まれてしまう。

 

「術式を模倣した程度で、私の殺戮兵器に対抗出来ると思ったの?その思い上がりごと、へし折ってあげるわ──ッ!!」

 

 アドミニストレータの意思に呼応するようにモジュールが一層強く輝き、ゴーレムの動きが活発化する。ヒラリヒラリと身を翻して反撃の隙を伺うユージオだが、攻撃的になったゴーレムの一撃を受け、床に叩きつけられてしまった。

 

 キリトは苦戦するユージオを見て歯噛みする。出来ることなら加勢したいが、脆い生身の肉体ではソード・ゴーレムとまともに打ち合う事すらままならない。寧ろ足手纏いになるのは目に見えている。アリスも半ば戦闘不能状態な今、ユージオに全てを任せるしか……

 

「……?」

 

 ふと、キリトは違和感を覚えた。すぐ横で寝ていた、ある人物の姿が見えないことに──

 

 

 

「──待て、ユージオ」

 

 

 

 そんな言葉と共に、尚も飛び立とうとする大剣へ手を伸ばす者がいた。

 その右手は剣の尻尾をむんずと掴み、流血も厭わず引き止める。

 

「ったく……なに勝手な事してんだよ馬鹿野郎──散々迷惑かけた挙句、呑気に寝てた俺が言えた事じゃないが」

 

 自嘲気味に呟いた少年は背後で気を失い倒れるアリスを一瞥する。そんな彼に、大剣は何かを伝えるかのように、りぃん、と刃を鳴らした。

 

「……分かってる。ゴーレム(アイツ)を倒すんだろ」

 

 もう一度、ユージオが刃を鳴らす。

 

「心配すんな。自慢じゃないが、()()()()()に関しちゃ一家言ある──解放してやろう、俺達で」

 

 少年の言葉を受け入れたユージオ。その体が、淡い光に包まれる──ゴーレムと比べれば小振りとはいえ、それでも人間が持つには不釣合いなサイズだったその身が縮小し、細く、長く伸ばされていく。翼を象った鍔は鋭角に折り畳まれ、少年が掴んでいた尻尾の部分がみるみる伸びていき……全長が少年の背丈程になった辺りで、変化は止まった。

 

「……ん、サンキュ。これで随分、戦りやすくなった──」

 

 変化はユージオだけに留まらず、少年にも表れた。指先から生じた光の波が、少年の姿を塗り替えていく──灰色の騎士服が、同じく灰色基調ながらも緑の差し色が目を引く、全く異なる革製の外套へ。両手は手袋に覆われ、足先も鋲付きのブーツへと変わった。

 

 随分と様変わりした少年は、左手に持っていた旗槍を音高く床に突き立てると、腰に吊り下げていた得物を鞘ごと外してから抜き放つ。そして何を思ったか、くるりと返した剣の柄頭に鞘の口を押し当てた。すると、またも驚くべき事が──鞘が細く捻じれ、柄と一体化していくではないか。

 

 最後に形を変えたユージオを空いた左手で掴んだミツキは、両手の剣──最早剣ではなく()と言った方がいいか──をヒュン、とひと振りすると、右手の灰色の槍を頭上へ掲げた。

 

 

 

「行くぞ──エンハンス・アーマメント──」

 

 

 

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