ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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託されたもの

 シャーロットが死んだ──カーディナルに後を託して。

 

 カーディナルが死んだ──キリト達に未来を託して。

 

 アリスは傷つき倒れた──ユージオに望みを託して。

 

 そして……決死の覚悟で戦いに臨んだユージオも、今まさにその命を燃え尽きさせようとしている。

 

 愛剣の力で胴回りを丸ごと凍らせることでどうにか命をつなぎ止めている彼を背に、俺とキリトは手にした得物を突きつける。切っ先が示すは、このアンダーワールドの支配者アドミニストレータ──またの名をクィネラ。

 

「……1つ、聞かせてくれるかしら?──何故そうも無為に、醜く足掻くの?何をしようと結果は揺るがない。敗北という決められた終わりへ向かう過程が少し変わるだけの事に、一体何の意味があるというの?」

 

「確かに結果は大事だ。どんなに辛い思いをして、どんなに頑張っても、その末に結果が実を結ばなきゃ意味がない。だが──」

 

 俺の言葉を、キリトが引き継ぐ。

 

「──望んだ結果にならないなら尚の事、過程が重要なんだ。……全てを諦めて地に這いつくばり、大人しく首を差し出すか……最後の最後まで剣を握って戦い、抗って死ぬか……人間ってのは、少しでも満足して死にたい生き物だからな」

 

 その言葉と共に、キリトの姿が塗り変わっていく──同じ黒衣でも、上質な布製だった服が一転、年季を感じさせる黒いレザーコートへ──記憶に強く焼き付いたあの頃の姿を取り戻し、一層黒く染まったキリトは、突きつけていた黒い剣を強く握り締める。

 

「……そう。いいわ──あくまでも苦痛を望むというのなら、その通りにしてあげる。いっそ殺してくれと懇願したくなる程の、永く、惨い結末を与えてあげるわ」

 

「生憎だな──()()はもう、とっくに通り過ぎてる」

 

 俺の言葉を皮切りに、空気がピリリと張り詰めていく──俺が前に出るから、ミツキ(お前)は隙を突いて攻撃してくれ──そんなキリトの声無き言葉を目線だけで受け取る。

 場合にもよるだろうが、片脚を負傷した今の状態では攻撃はもちろん、カウンターによる防御も満足に行えるか怪しい。神聖術師としては間違いなく一級品であるクィネラの剣の実力がどれ程か分からない以上、下手に前に出てキリトの足手纏いになるのは避けるべきか。

 

 無言で半歩下がり、キリトに前を譲る。あちらとしてもそう来るのは予想内だったらしく、小さく笑ったクィネラは、左手の長剣を大きく上段に掲げた。この世界に広く浸透した《ノルキア流》《ハイ・ノルキア流》を始めとする剣技は、その殆ど全てが大振りの単発技──クィネラもその例に漏れないのならば、こちらにとって大きなアドバンテージだ。

 

「ッ──!」

 

 タイミングを見計らい、キリトが先に仕掛ける。

 真っ直ぐ突っ込んでくるキリトに対し、クィネラは掲げた剣を振り下ろして迎え撃つ──ライトエフェクトを伴った彼女の攻撃が単発縦斬り《雷閃斬(バーチカル)》と睨んだキリトは、システムアシストによる弊害で追従しづらい体の外側へ回避。すれ違うように過ぎ去っていくクィネラの身体へ一撃を見舞うべく踵を返し、剣を振り上げるが──

 

「キリト、まだだッ!」

 

 俺の声を受け、キリトの目が見開かれる──次の瞬間、振り下ろされたクィネラの剣が跳ね戻り、振り向きざまの横薙ぎの一閃が黒い剣を弾いた。間髪入れず、またも跳ね戻った純銀の刃が踏み込みと共に繰り出され、咄嗟に後退するキリトの胸を真一文字に浅く斬り裂く……最後に身体ごと大きく旋回させた渾身の垂直斬りを、キリトは咄嗟に発動させた《スラント》でギリギリ相殺した。

 

 威力を完全には殺しきれず、大きく後退するキリト。その表情は愕然と強張っていた──丁度クィネラを挟んだ反対側にいる俺と同様に。

 

「(今の技……まさか──!?)」

 

 答え合わせをするように、クィネラが悠然と口を開いた。

 

「片手直剣4連撃()()()()()()、《バーチカル・スクエア》──だったかしら?」

 

 耳に届いた技の名前は予想通り。それとは別の点で、俺とキリトは微かな驚きを隠せなかった。

 事実上単発技しか存在しないはずのアンダーワールド生まれであるクィネラが連撃技を繰り出してきた事も勿論だが、《ソードスキル》という名称が出てきたのは予想外としか言いようがない──否、情報源ならある……()だ。彼女は直近で俺をシンセサイズするにあたり、記憶を走査している。その過程で連撃技並びにソードスキルという名前に行き着いたと考えれば納得がいく。

 

 この推測が正しいなら、話が大きく変わってくる……単発技から連撃技まで多種多様なソードスキルに精通しているというこちらのアドバンテージが無くなり、条件はほぼ対等になってしまった。権限レベルも加味するなら、寧ろクィネラの方が有利とさえ言えるか。

 

 しかしまだ勝機が潰えたわけではない。ただソードスキルの知識を有している事と実戦で使うのとでは話は別だし、今のクィネラは片腕を欠損したことで剣を振った時のバランスが上手く取れていない。そして何より──

 

「──か弱い女1人に男2人掛り……随分と必死ねぇ?」

 

 今度こそクィネラは1人なのに対し、こちらは2人だ。数的有利を活かして、彼女が今の状態での戦いに慣れる前に押し切れば……!

 

 体を横向けたクィネラの視界の両端で、俺とキリトが武器を構える。

 ゴーレムとの戦いでの無理が祟ったか……この短時間で申し訳程度の治療は施したが、まだ左脚の痛みは消えておらず、灰色の槍の武装完全支配術も実質使えないと見ていい。しかし、文字通り俺の横槍を警戒して注意が分散するだけでも、キリトが攻撃を通す糸口になる筈だ。

 

「ハアァァッ──!!」

 

 裂帛の気合と共に、キリトが再び床を蹴る。あの構えは確か──片手剣最上位剣技、10連撃技《ノヴァ・アセンション》。特に初撃の上段斬りの速度は凄まじく、あれに勝る速度の技は全武器カテゴリの中でも限られる──こと片手剣のスキルで最速を誇るあの技で先手を取った以上、クィネラに対抗策は無い……その筈だった。

 

 彼女の手にある得物が一瞬光を発したかと思えば、腕が霞むような速度で閃く。縦横に走った超高速の6連突きが、キリトの腹に十字状の傷を残した。

 

 カウンターをモロに食らったことでキリトはソードスキルをキャンセルされ、後退る。

 

 ありえない……あの技相手に後の先を取れるスキルは片手剣カテゴリに存在しない筈──そう考えてから、俺はクィネラの手にある得物にある変化が現れていることに気づく。

 公理協会の紋章を象った十字状の鍔を有していたはずの長剣が、形を変えていた。刀身は先の半分程に細く、鋭く。鍔は刀身の根元をグルリと囲むリング状に……あれはまるで──

 

「ふふ……残念だったわね──()()6()()()()《クルーシフィクション》よ」

 

 数ある武器の中でも、とりわけスピードに特化した細剣カテゴリのソードスキル──確かにそれならば《ノヴァ・アセンション》の初撃を潰すことは可能だ。しかし腑に落ちない……仮にクィネラが俺の記憶を情報源としてソードスキルの事を知ったのなら、今現在までの短時間でこうも使いこなせるものだろうか?

 構えの時点でキリトの技の特性を見抜き、瞬時に最適な形へ武器を変化させ、スキルを放つ……俺の記憶を覗くより前からソードスキルを知っていたとしか思えない。

 

 そんな思考と並行して、俺は床を蹴っていた──左脚に割れるような痛みが走るが、構わず踏み込み、キリトへ追撃を加えようとしていたクィネラの剣を横から弾き上げる。クィネラは腹を蹴って俺を押し退けると同時に、しなやかな身のこなしでバク転すると、左足にライトエフェクトを纏わせた。

 

「ぐ…ぅッ──!」

 

 後ろ回りで横薙ぎに繰り出されるは《体術》スキル中段蹴り《水月》──斧の如き勢いで迫る踵を右腕でガードするものの、左脚の踏ん張りが利かず、そのまま真横へ蹴り飛ばされてしまう。

 

 床に槍を突き立ててブレーキを掛けた俺は、引き抜いた槍を大きく引き絞る。一方キリトも同様に黒い剣を引き絞っており──

 

 

「「ウ…オオオオアアァ──ッ!!」」

 

 

 力の限り吼えながら、重単発技《ヴォーパル・ストライク》と《コンヴァージング・スタブ》が放たれる。射程、威力、速度、いずれもトップクラスの技による十字攻撃。仮に回避されカウンターを受けたとて両方を捉える事は出来ない、攻撃を食らった方が無理にでもクィネラを押さえておけば、もう一方がトドメを刺せる。当然、剣1本で防御できる程ヤワな技でもない。

 

 これならば──そう思った矢先、クィネラの口元に不敵な笑みが浮かんだ。

 

 彼女が選んだのは回避──ただし、前でも横でも後ろでもない、()へ──

 

 上空へ身を踊らせた彼女の武器が、またも変化した。刃の幅と厚みが増加し、一直線だったそれが緩く湾曲する……両刃から片刃へと変わったその得物を構え、クィネラはギリリ…と大きく身を捻った。刀身を血のように赤いライトエフェクトが覆っていく──まずい、と思った時にはもう遅かった。

 

「はァ──ッ!!」

 

 着地と同時に、身体の捻りを利用して叩きつけるように刃が繰り出される。刹那、赤い衝撃が辺りを駆け抜け、後を追うように凄まじい旋風が俺達を襲った。

 

「カタナ重範囲技──《旋車(ツムジグルマ)》」

 

 告げられた技の名前を、果たしてちゃんと認識できていただろうか……鋭い刃と化した風に斬り裂かれた胴の傷は勿論、脳裏を駆け巡る衝撃と動揺でそれどころじゃなかったかもしれない。

 

 確かに、俺達はアインクラッド流の剣技──《ソードアート・オンライン》に存在した殆ど全てのソードスキルを頭に叩き込んである……()()()、と言う方が正しいか。

 無知がそのまま死に直結すると言っても過言ではないあのデスゲームでは、とにかく情報が重要だった。「知っていること」こそが、ともすればステータス以上の最大の武器だったのだ。だから死に物狂いで頭に叩き込んだ。生きる為に必要なことだったから。

 ゲームがクリアされ、元の世界に戻ってから数年……ソードスキルそのものにはALOでも触れ続けていたものの──特に俺は一時期ログインすらしていなかった事もあり──SAO当時と比べて、培った知識が部分部分で欠けていたという事だろう。あの頃は全て余さず思い出せたはずの数々のソードスキルが、記憶から抜け落ちている。

 基本の武器カテゴリに加え、《カタナ》や《体術》といったエクストラスキルまで習得しているとなると……全く記憶に無いスキルが出てくるのも時間の問題だ。ましてや俺はクィネラに一度記憶を覗かれている。もし俺の知らない技を繰り出されたら……ただでさえ大きなハンデを負った今の状態で対処出来る可能性はゼロに等しい。

 

 本当に勝てるのか…?── 一瞬だけ浮かんだ弱音をかき消す。勝てるかどうかは最早関係ない。例え勝てなくとも、命が尽きるその瞬間まで足掻き抜くと決めたばかりではないか。せめて、刺し違えてでもアリスの記憶だけは取り戻す。

 

 歯を食いしばって体を起こす。立ち上がろうと力む度、刻みつけられた傷口から血が滲み出る。ジクりと焼けるような痛みのお陰で意識を失わずにいられるのが、一周回ってありがたかった。

 

 だが……傍らのキリトは中々動こうとしない。俺よりも傷が深かったか、或いは……

 

 

「ど──したんだよ……らしく、ないぞ……諦める、なんて──」

 

 

 ふと、掠れた声が聞こえた──すぐ横で倒れていた、瀕死の状態にあるユージオだ。延命措置として血を止めていた氷は溶けて随分小さくなり、もう長くは持たない事を示している。そんな状態で、ユージオは血の気が薄れた手をキリトに向けて伸ばした。俺は2人の手を取り、握り合わせ、己の手を重ねる。

 

「キリト……僕は、アリスと……ミツキが、整合騎士に連れて行かれる時……何も、出来なかった……君だけは、立ち向かおうとしたのに……」

 

「ユージオ……?」

 

 8年前にあったという一件の事を言ってるのだろうと理解は出来たが、何故そこに俺やキリトの名前が出てくるのだろう。他の誰かと混同してしまっているのか──そんな俺の疑問を他所に、ユージオは続ける。

 

「君は……君達は、いつもそうだった……勇敢で、優しくて、暖かい……物語の中の、英雄みたいで……臆病で、弱虫な僕の……背中を押して、引っ張ってくれた……」

 

 キリトの手を握るユージオの手に、キュッと力が込もる。

 

「だから……今度は、僕の番──僕が、背中を押すよ……キリト」

 

 繋いだ手が徐々に下がっていく──床に転がった、折れた《青薔薇の剣》の柄に、そっと触れた。

 

 その瞬間、剣の柄が眩い光を放った──暖かな赤い光が俺達を包み、それと呼応するようにユージオを覆う氷がドクン、と脈打つ。

 

 クィネラも何かが起きている事は察知したようだが、この光を前にどこか呆然と立ち尽くしている。

 

 その間にも光は激しさを増し、辺りに広がっていた血溜まりが、その源を塞き止めていた氷が、小さな光の粒子と化して青薔薇の剣に吸い込まれていく……光は失われた刀身を形作り、やがて剣全体を鮮やかな赤に染め上げた。

 物質組成変換──管理者権限を持つクィネラやカーディナルにしか行えないとされていた神の如き御技を、ユージオはやってのけたのだ。その力の源は、キリトへの想い……自らの命を捧げてでも友を助けんとする深い愛情が、折れた剣を《赤薔薇の剣》として蘇らせた。

 

「君なら、出来る……何度倒れても、きっと……さぁ立って、キリト……僕の──英雄」

 

 激励の言葉と共に、ユージオは握っていた手を解き、剣の柄に俺達の手をそっと乗せる──黒いグローブに覆われた手が、柄をしっかりと握り締めた。

 

「──ああ。立つさ……お前の為なら、何度だって……っ!」

 

 目尻に涙を滲ませたキリトと視線を交わす──最早言葉は必要無い。重ねたキリトの手を通じて感じる、熱いナニカ……空間リソースとは違う、しかし確かにそこに存在するエネルギーの奔流が、キリトの意思を雄弁に物語っていた。

 右手に黒い剣、左手に赤薔薇の剣を携え二刀流となったキリトの横に並び立つ。傷は治ってないにも関わらず、不思議と痛みは感じない。赤薔薇の剣から流れ込んできたエネルギーが、痛みすら置き去りにして俺の中を駆け巡っていた。

 

 一転して気力を取り戻したキリトに、クィネラが問う。

 

「……何故だ。何故、そうやって愚かにも運命に抗おうとする」

 

「抗う事が……それだけが、今俺がここにいる理由だからだ」

 

 次いで、矛先が俺へ向けられる。

 

「一体何が、お前達を絶望から引き戻す。何度這い上がろうと、待ち受けるのは逆境だけだというのに」

 

「仲間が……友達が命張って繋いだモンを託された……他に理由が要るか?」

 

「……理解不能ね」

 

「いいや、分かるはずだクィネラ──あんただって、託され、抗う側の人間だろ」

 

 クィネラの表情がほんの微かに動く──それはすぐに酷薄な笑みで塗り潰された。

 

「ふ…ふふッ……何を言い出すかと思えば──託された?絶対の支配者であるこの私が、私以外の誰かの言い付けに従う訳ないじゃない!──我が名はアドミニストレータ、全てを愛し(支配し)、全てを支配する(愛する)もの!我が愛を受け入れぬものに、存在する価値は無いッ!」

 

 クィネラの掲げた得物が形状変化──幅広に肥大化させた刀身を、赤いライトエフェクトが包む。片腕ではあるが、あの構えは忘れもしないハイ・ノルキア流《天山烈波》……またの名を、両手剣重突進技《アバランシュ》だ。

 

 スキルが立ち上がるなり振り下ろされた刃を、前に出たキリトが交差させた両の剣で受け止めた。

 

「っ……オオオオォォォ──ッ!」

 

 初撃を弾いたキリトは、久方振りの二刀を以て猛然と攻撃を始める。権限レベルの話をするなら到底振れるはずのない2振りの剣を操るキリトに対し、クィネラも手数で劣りながらも互角に渡り合う──しかしその均衡もすぐに傾き、次第にキリトが優勢になっていった。

 

「小癪なッ……小癪なあああああァァァ──!!」

 

 感情を剥き出しにして叫ぶクィネラは、再び片手剣に戻した得物を肩の上で引き絞る。刀身がライトエフェクトに包まれたのを見るや、キリトも同じ構えを取った。

 

…ゃアアアアアァァァ──ッ!!」

 

 呼吸を読み、鏡合わせのように繰り出された《ヴォーパル・ストライク》──2条の赤い閃光が交錯し、互いの肩を全く同時に貫いた。噴き出す鮮血、潜り込んだ刃が下へと滑り──キリトは右腕を、クィネラは残っていた左腕を根元から切り落とされた。

 

 

「ッ……おのれえええええぇぇぇ──ッ!!!」

 

 

 半狂乱状態に陥ったクィネラは、足まで届く程に長い銀色の髪を手足のように操り、キリトを拘束する。残った左腕と剣を抑えられ、無防備なまま首を締め上げられるキリトの口から、嗚咽にも似た声が──

 

「ま…だッ──ま、だ…だあああああああああァァァ──!!!」

 

 心意の力によるものか、構えを取らずとも発動させた2撃目の《ヴォーパル・ストライク》は、クィネラの拘束を断ち切り、ジェットエンジンめいた音を響かせながらその切っ先を胸に叩き込んだ。

 

「こッ…んのおおおおおおォォォ……ッ!!!」

 

 攻撃を受けながらも、クィネラはもう一度髪を操り、今度は鋭利な刺のように寄り集める。尖端が差し向けられた瞬間、キリトが叫んだ。

 

 

「ミツキイイイイイイィィィ──ッ!!!」

 

 

 友の呼び声に応じ、俺は後方から全力で跳躍した勢いを乗せ、灰色の槍を引き絞る。

 翡翠色のライトエフェクトを纏う槍が、システムアシストに加え、武装完全支配術による引力を得て放たれる──最大まで威力を増した渾身の《コンヴァージング・スタブ》が、キリトの赤薔薇の剣を後押しするように、柄頭をピンポイントで打ち抜いた──!

 

 

「「ォ…オオオオオオァァァ──ッッッ!!!」」

 

 

 刹那──根元まで深々と突き刺さった赤薔薇の剣から、膨大な力が爆ぜるように解放された。

 

 もう何度目か、壁に吹き飛ばされた俺達。強かに打ち付けた背中の鈍い痛みに顔を顰めながら──キリトは片腕を失い、俺は遂に左脚が完全に逝ってしまったが──取り敢えずお互い命は無事だと確認する。最後に、ユージオが注ぎ込んだ全リソースを解放した赤薔薇の剣は、その役目を終えたように、刀身の根元から先を霧散させていく……同時に色も元の純白に戻った。

 

 そして、そんな攻撃を受けたクィネラはというと……先の爆発の中心で力無く立ち尽くしていた。丁度心臓があったであろう場所には大きな穴が空き、そこから壊れかけの陶器のような亀裂が全身へ広がっている。

 まだ戦えるなんて言ってくれるなよ……と内心で構えていると、ぐらり、と体が傾き、膝をつく。あちらもしっかり重症のようだ。

 

 俺は──形状変化が解けて剣と鞘に分かれてしまっている──遠くへ転がっている灰色の剣の代わりに、手近な場所にあった旗槍を支えにしてどうにか立ち上がると、ひょこひょこ足を引き摺りながら、アリスの安否を確認しに行った。

 壁に背を凭れて眠るアリスの身体にあれ以降目立った外傷は無く、俺やキリトみたいに体の一部がぶっ壊れてたり、割れて砕けた大理石の破片が刺さったりしていないかと心配だったが、どうやら大丈夫のようだ。

 

「キリト──」

 

「っ……分かってる」

 

 キリトの助けを借り、どうにかアリスを運ぶ──満身創痍のクィネラの元へ。

 

「……本当に大丈夫か?」

 

「後は俺がやるから、お前は早くユージオのとこに行け」

 

「……悪い」

 

 踵を返し、あちらもフラフラとした足取りでユージオの元へ向かう。向こうも向こうで気がかりだが、今はこっちが優先だ。

 

「──クィネラ」

 

 俺達の会話を聞いていたのか、キリトがいなくなった途端にクィネラは目を覚ました。

 

「あーあ……私の負け、ね」

 

「……一応聞くが、治せそうか?」

 

「答えが分かってて聞いてるなら中々に悪趣味ね──無理よ。心臓を丸ごと消し飛ばしてくれたんだもの、ここにある空間リソースを全部かき集めても足りないわ。消えるのも時間の問題でしょう」

 

 そう言いつつもどこか余裕があるように感じるのは、300年にも渡る年の功というやつだろうか。

 

「そうか……なら手短に済ませよう──あんたが持ってるアリスの記憶、返してもらえるか」

 

 俺の要求に、クィネラは小さく嘆息して答えた。

 

「……返すのはいいけれど、心理防壁の解除はどうするつもり?アリスちゃんが目覚めるのを待ってる暇はないわよ」

 

「……そこは、多分大丈夫だ──」

 

 俺はアリスの手を握り、静かに瞑目する……意識を集中させ、彼女の心のずっとずっと奥深くへ──そこにはきっと、彼女の中の「俺」がいる筈だ。彼女の内なる俺と意識を接続し、魂を覆う障壁を内側から解錠する。

 すると、アリスの額に小さな窓が開いた。以前俺がカーディナルに記憶の欠片を戻してもらった時と同じ状態だ。

 

「っふぅ……これでいいか?」

 

「……随分と見せ付けてくれるわね」

 

 少し拗ねたような表情をするクィネラは、俺と同じように目を閉じて意識を集中させる──すると、彼女の額から青い結晶が迫り出てきた。まさか、これが……

 

「……察しは付いてるみたいね──えぇそうよ、あの子から取り出した記憶の欠片は、ずっと私の中にあったの……その方が、あなたを手玉に取るのに都合が良かったものだから」

 

 排出された結晶を俺に渡したクィネラは、貼り付けたような嘲笑の顔で続ける。

 

「……私の、記憶領域を…無駄に圧迫しないよう、あなたに関する記憶以外は……全部、削除させてもらったけど……別に問題っ……ない、わよねぇ?だって……大事な2人の思い出は、残ってるんだもの──それから、ええと……それ、から……」

 

「…………」

 

 欠片をアリスの中へ戻した俺は、アリスをそっと横たえてから立ち上がる──支えにしていた旗槍の穂先を、クィネラの胸元……穿たれた孔の少し上に、ヒタリとあてがった。

 言葉がどんどん辿たどしくなっているのは、限界が近いからか──そんな状態にあって尚、必死に言葉を探し続ける彼女が痛々しくて、見てられなかった。

 

「私……わた、し……あなたが、き…らい、だか…ら……」

 

「……もういい、クィネラ。──ありがとう」

 

 一言だけ言葉を残し、槍を突き入れる。金属製のオブジェクトは通さなかったはずの彼女の体に穂先が食い込み、最後の灯火を貫いた。突き立てられた槍を、輝きの殆どを失い虚ろになった瞳がジッと見つめる。自分の命を奪うものだというのに、その目線からはどこか愛おしさのようなものを感じられた。

 

「ぁ……そうだわ──そこ、に……」

 

 視線がゆっくりと上向き……言葉が最後まで形になる前に、クィネラの身体は砕け散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 介錯を終え、一息つく間もなく、次なる問題が飛び込んでくる──キリトの切迫した声が、それを知らせてきた。

 

「──くそ……くそッ、クソッ!止まれ!止まれよッ!!」

 

「ッ……ユージオ──!」

 

 這う這うの体で駆け出し、殆ど倒れ込むようにしてユージオの元へ辿り着く。

 

「ミツキッ……血がっ──血が、止まらないんだ……ッ!」

 

 小さく声を震わせながら、無慈悲にも分たれた肉体の切断面に必死に《光素》を送り込むキリトだが、その手に宿る輝きはなんとも弱々しかった。

 

「空間リソースが足りてないのかッ……天命を分ければ少しは──」

 

 ユージオの手を握り、天命譲渡の術式を口にしようとしたその時……冷たい指が、震えながらも俺の手を握り返してきた。

 

「こういう、時こそ……ステイ…クール……だろ……」

 

「ユージオッ……待ってろ、今助ける……!」

 

 薄らと目を開けたユージオは、まともに力の入らない手でやんわりと俺の手を振り解こうとする。

 

「いいんだ……これで、いいんだよ──」

 

「何言ってんだいい訳あるかッ!」

 

「ここで……こうなる事が、僕の…運命、だったんだ──これが、僕のすべき事なんだよ……」

 

「ンなクソみたいな運命放っとけよ!ここで死ぬのがお前のすべき事だなんてっ……そんな運命、絶対に認めてたまるかッ……!」

 

「大体お前、アリスはどうする気だ!幼馴染を取り戻すんだろ!?未来を信じるんだろ!?こんな所で死んでる場合かッ!」

 

 アリス・ツーベルクを引き合いに発破をかける俺に、ユージオは乾いた笑いを零した。

 

「僕は……君程、強くないから……多分、ルーリッドを出る前と……同じ事になってたと思うよ……それか──お互いのアリスを、賭けて……戦う事に──」

 

「──そう言うセリフは実際に戦ってから言え!傷を全部治して、生きて俺と本気で戦えよッ!お前が勝つまで、何度だって相手になってやる!だから……だから死ぬなッ──お願い、だから……っ」

 

「僕の剣は……もう、折れちゃったよ……」

 

「それだけじゃない!俺は……俺は自分勝手な行いでお前達を傷つけたッ、その事だってちゃんと謝れてないんだぞ!頼むよユージオッ──諦めないでくれ……ッ!」

 

 握り締めたユージオの手に額を擦りつけ、何度も何度も懇願する。

 

「諦め……じゃ、ない……よ。これは……僕が──僕らが、選んだ──」

 

 ユージオのもう片方の手が持ち上げられ、そこに握られた青い水晶──アリス・ツーベルクの記憶の欠片が、俺とキリトの手に触れる。

 

 その瞬間、俺達の中にとある光景が流れ込んできた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩い光が収まると、そこは燦燦と降り注ぐ陽光の下だった。ルーリッド村の森にある小さな芝生の上で、3人の子供が何やら作業に没頭している。

 

「ちょっとキリト、手が止まってるわよ──ほら、私はもうすぐ完成するけど、そっちはどうなのよ?」

 

「へへん、俺の方が速いもんね!ほれ、もうあとたったこれっぽっちだ!──ミツキはどうだよ?」

 

「あー、っと……うん、あともうちょいで終わる」

 

「うわ、テキトーな返事。俺が手伝ってやろうか?」

 

「絶対ダメにするからヤダ」

 

「えぇ~?」

 

「そうよ。キリトってお裁縫なんか絶対向いてないじゃない──ミツキ、もし大変なら私が代わるからね?」

 

「ンにゃ、アリスじゃ多分、力弱くて針が通らな、い……っと──ほら、もうあんま時間ないんだぞ、自分のに集中!」

 

 金髪、黒髪、紺髪の子供達はそれぞれ違うものを手がけており、それらをあと3日以内に完成させなくてはという所だった。

 

 金髪の少女──アリスが「全員残り少しなんだから。もうちょっとだけ頑張って完成させてしまおう」と提案し、無心で作業を進めていくこと暫く……最初に黒髪の少年キリト、次にアリスが無事に完成させた。残るは紺髪の少年ミツキの担当分だが……ここで、思わぬ闖入者が。

 

「──あ、3人ともこんな所にいた」

 

「げっ!?」

 

「大変、ほら隠して──!」

 

「キリトアリス任せた!ホント、ホントあともうちょいだから!」

 

「おい無茶言うなよ……ッ!」

 

 慌てふためく3人の元へやってきたのは、亜麻色の髪が特徴的な少年──3人の幼馴染であるユージオだった。

 

「何やってたの?」

 

「あ、え…っとユージオ、これはだな……」

 

 キリトはしどろもどろになり、ミツキは構わず作業中。見かねたアリスはキリトから例のブツを奪い、自分が完成させたソレと組み合わせた。

 

「3日くらい早いけど──ユージオ、お誕生日おめでとう!」

 

 満面の笑みと共に差し出されたのは、革製の鞘に収められた小振りな木剣だった。

 先端に白竜の刺繍が入った鞘はアリスが、本体である白金樫(シラカネガシ)の木剣はキリトが2ヶ月かけて手がけたものだ。

 

「えっ……これ、僕に……?」

 

「ほら、前父ちゃんに買ってもらった木剣が折れた、って言ってたろ?──ソイツはな、店に売ってるどんな木剣よりスゲェんだぜ!……まぁ衛士の連中とかが持ってるような本物には負けるけど……」

 

「わぁ……!──で、ミツキはさっきから何してるの?」

 

「……ちょっとミツキ、まだなの?」

 

「急かすなって、もう終わるから──ッし出来たァ!」

 

 道具を置いて立ち上がったミツキは、ユージオにあるものを差し出した。

 

「剣士たるもの、やっぱコレが無きゃ格好付かないだろ──早速着けてみろよ」

 

 言われるまま、ユージオは渡された革製のベルトを巻く。丁度腰の辺りにある大きな輪っか状のソケットに、もらった木剣を差し込んだ。

 

「これでお前は今日から、《剣士》ユージオだ!」

 

「おお~、様になってんじゃん!」

 

「似合ってるわ、ユージオ!」

 

「凄いや……僕、大事にするよ。ありがとう3人共!──こんなに嬉しい贈り物、初めてだ……っ」

 

「お、おいおい泣くなよ……!」

 

 感極まって涙を滲ませるユージオは、涙をごしごしと拭ってもう一度笑顔を浮かべる──その様子を見ていたキリトとミツキ、アリスもまた、同様に目尻に涙を浮かべた。

 

 たった1つの小さな雫が、一瞬で世界を塗り替えた──穏やかな森は跡形もなく消え失せ、暗闇の中に走る石畳の道へと。石畳はすぐ目の前で2つに分岐しており、ユージオとアリスは細く枝分かれした道へ足を向けていた。

 

「ユージオ、アリス……?」

 

「お、おい……どこ行くんだよ。道はこっちだろ」

 

 ミツキの呼びかけにも、2人は黙って首を横に振る。

 

『僕達4人は、間違いなく同じ時を生きた──』

 

『道はここで別れるけど、でも思い出は()()に永遠に残る──』

 

 

『『──あなた(きみ)の中で、生き続ける』』

 

 

 だから、ほら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから……ほら……泣かないで。思い出は──」

 

「ッ……ああ……思い出は……っ……()()にある。永遠に、ずっと……」

 

 ユージオの言葉を涙ながらに引き継いだキリト。それを聞いたユージオは、横で俯いて何も言えずにいる俺へ目を向ける。

 

「ミツキ……だいじょ…ぶ、だよ──ぼく、ら……え…え、に──」

 

 次第に声が細く……握る手が冷たく、重くなっていく……ハッと顔を上げれば、そこには虚ろな目をした友の顔があった。

 

「ア、れ……ふたり……ど、コ──」

 

 俺とキリトは堪らずユージオを抱きしめた。何も見えない暗闇の中で、自分達はここにいると伝えるように、強く、強く……

 

「ぁぁ……わかる……みえる、よ──おなじ、くらやみなのに……やさしくつつみこんでくれる、夜、と……そこで光る、たくさんの星たち……まいばん、ギガスシダーのねもと、で……ひとりでみあげてたのと、おんなじだ──」

 

 俺達の腕の中で、ユージオが小さく身動ぎする。

 

「そうだ……ふたりの、けん。なまえ、ずっとかんがえてたんだ──キリトの、黒いやつは……《夜空の剣》──この、小さな世界を……夜空みたいに、やさしくつつんで──」

 

「っ……ああ。いい名前だ──ありがとう……っ」

 

「ミツキ……みつき…のけん、は…───」

 

 ……そこで、声が途切れた。

 

「……どうしたんだよ……おい、ユージオ……?勿体ぶらないで、教えてくれよ……なぁ……っ」

 

 何度呼びかけても、答えは返ってこない。代わりに、腕に感じる重みがどんどん軽く、薄くなっていく──先程まで命だったはずの友は、その体の一片まで余すことなく、この世界の一部へと還っていった。

 

 肉体は勿論、あれだけ流れていた血の一滴さえも残っていない。

 残っているのは、彼の象徴とも言える折れた白氷の剣と……この世界で積み重ねてきた思い出。

 

 

 そして──尽きる事のない後悔だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体どれだけの時間、何をしていただろう。

 

 ただ声もなく崩れ落ちていただけか、或いは子供みたいにみっともなく泣き叫んでいたか……少なくとも、隣に居るキリトは唯々静かに涙だけを流していたような気がする。

 

 人の心というのは中々薄情なもので、どんなに辛く悲しい事があっても、時間さえ経ってしまえば、悲しみも、辛さも、徐々に薄れていく。そしてまた元の生活に戻るのだ。

 俺もその例に漏れないという事は、嫌という程知っている。あれだけ深く、大きな悲しみが胸を満たしていたはずなのに、今ではこうやって考え事まで出来るようになった。だが1つだけ違ったのは、その浮かんでくる考え事というのがとても重要なものだった事だ。

 

 クィネラを──世界を支配していた最高司祭を殺した俺達だが、それで終わりじゃない。キリトの言葉が正しいなら、いつかの未来に《最終負荷実験》と銘打たれたダークテリトリーによる人界への総侵攻が待ち受けている。クィネラがそれに備えて準備していたソード・ゴーレムのプロトタイプ1体にも苦戦していた俺達では、来る戦いを跳ね除けることは出来ない。

 

 写し身であるカーディナルも亡き今、実験を未然に止められるのは、アンダーワールドの創造主であるラース以外に存在しない、ということだ。

 どうにかして外部でモニタリングしているはずのスタッフに連絡をつけなければいけない。しかし肝心の手段が分からなかった。《ステイシアの窓》にGMコール的なオプションメニューが存在しないことはとうの昔に確認済み。管理者権限があれば話が違ったかもしれないが、無い物ねだりも甚だしい。

 

 ここが人界の中心であり始まりの地なら、何かしらの設備が設置されていてもいいと思うのだが──そこまで考えて、俺はクィネラが最後の最後に言いかけた言葉を思い出していた。

 

 彼女が消えていく直前、確かどこかへ目を向けていた筈だ。その場所は──

 

 記憶を探りながら、おおまかな方向に当たりを付ける。2人でその近辺を捜索していると……これまでの戦いでボロボロになった大理石の床が迫り上がり、同じ素材で出来ていると思しき謎のオブジェクトが出現する。形状や大きさだけ見れば、現実世界では一般的なノートPCに見えるソレに試しに触れてみると、《ステイシアの窓》と似たフォーマットのホロウィンドウとキーボードが表示される。

 

 恐らくコレこそが、俺達が求めていたもの──外部への連絡手段であるシステムコンソールだ。

 

 片脚が使えない俺に代わってキリトにアリスを運んできてもらい、手当たり次第にコンソールの中身を物色する。やがて見つけ出した《外部監視者呼出》のコマンドを選択すると、

 

《この操作を実行すると フラクトライト加速倍率が1.0倍に固定されます。よろしいですか?》

 

 という旨の確認表示が出てくる。顔を見合わせてから、キリトはコマンドを実行した。

 

 刹那、時間が急に引き伸ばされ、何とも形容しがたい感覚に襲われる。その感覚自体はすぐに収まり、頭を振った俺達はコンソールの画面に目を向ける──そこには、音声レベルを示すインジケーターと《Sound only》の文字が表示されていた。

 

 恐らく、これで外部への連絡が繋がった状態という事──

 

 そう判断するなり、まず最初にコンソールへ食いついたのはキリトだった。

 

「聞こえるか菊岡ッ!菊岡ァァァ──ッ!」

 

 コンソールが乗った台を力任せに叩きながらの呼び声。しかしそれに答えたのは、久しく聞いていないものの忘れるはずのない、あの飄々と捉えどころの無い声ではなく……

 

 

 ──バババババババッ!!!!

 

 

 という音だった。似た音が更に数度。これは……銃声?

 まさか呑気にアクション映画でも見てるわけではあるまい、とすれば……ラースが何者かに襲撃を受けていると?

 

 考える間にも聞こえてくる、聞いた事のない緊迫感に満ちた声と、意味の分かりかねる報告の数々──その中に、聞き覚えのある名前が出てきた。

 

 

『──()()()()、もう限界です!メインコンは放棄して、耐圧隔壁を封鎖します!』

 

 

 菊岡──その名前に応じる声は、確かにあの菊岡誠二郎のものだ。しかしいつになく張り詰めた声音が、ただならぬ雰囲気を醸している。

 

「一体、何が起きてるんだ……?」

 

「俺にもさっぱりだ──おい、誰か応答してくれ!菊岡!比嘉さん!」

 

 

『ぇ……?あ、あああああッ!ちょ──菊さん!中から呼び出しです!これは──桐ヶ谷君です、三島君も一緒にいます!』

 

『何ッ!?──キリト君、ミツキ君、そこにいるのか!?』

 

 

「あ、ああ……!──それより菊岡!あんたの……あんた達がやろうとしている事が何なのか、本当に──」

 

 

『──誹りは後でいくらでも受ける!今は僕の言葉を聞いてくれッ!』

 

 

 困惑するキリトに、俺は一先ず状況を把握しようと目配せする。

 

「菊岡さん、ミツキだ。今そっちで何が起きてる!?さっきから聞こえるこの銃声は何だ!?」

 

 

『ッ……すまないが、詳しく説明している時間が無い!いいかい2人共──そっちの世界で、《アリス》という名の少女を捜すんだ!彼女は──』

 

 

「アリス……!?彼女ならすぐ傍にいるぞ!」

 

 

『なんてこった……こりゃ奇跡ッスよ!』

 

『よし──よく聞いてくれ、この通信が切れ次第、FLAを1000倍に戻す。そしたら君達はその《アリス》を連れて、《ワールドエンド・オールター》に向かってくれ!』

 

 

「向かってくれ、ってアンタ──」

 

 

『いいかい、オールターの場所は、《東の大門》から出てずっと南へ──』

 

『──マズイですッ!奴ら、電気室へ侵入するつもりです!』

 

『そんな、マジヤバっすよ菊さん!もし連中が主電源ラインを切断したら、()()()が起きる!──ライトキューブ・クラスターは保護されてますが、サブコンの、リミッターを全て外して使ってる2人のSTLには過電流が──フラクトライトが焼かれちまいますッ!!』

 

『なッ……!?……ここのロック作業は僕がやる!比嘉くんは()()()()()()()()()を連れてアッパーシャフトに退避!彼らを保護するんだ!』

 

 

「アスナッ……!?」

 

 

 その名前にキリトが真っ先に反応する。彼女が何故ラースに?その場にいるのか?それに神代という名前は──

 

 

『──ダメだ!電源、落ちますッ!スクリューが止まりますッ!』

 

 

 その声を聞いた瞬間、全身総毛立つ程の悪寒が駆け抜けた。殆ど直感で、俺は隣にいるキリトを力一杯押し退けるが──

 

 

 次の瞬間、突如として上から謎の光が俺とキリトに降り注ぐ。

 痛みは無い、音も無い、ただ全身を強い衝撃が駆け抜けていった。

 

 何ら外傷を齎す事のなかったその光は、しかし致命的な損傷を残していった、と感覚で理解した。例えるならそう、魂そのものを攻撃されたかのような……

 

 混乱の最中、俺とキリトは声もなく、倒れ伏すのだった。

 




ユージオが生存するオリ主系作品は多々あれど、本作は同じ道を辿りました。
これはアインクラッド編時点から決めていた事で、ユウキが生存したんだからユージオも…と期待していた方々には本当にすみません。

《お知らせ》
来週は短い幕間1本のみとさせていただきます。
今回の話に入れたかったけど流れ優先で切り分けたやつです。
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