幸運にも学院時代の後輩達と出会えたことで、キリトとミツキの身柄を預ける当てが出来た。
アリスからその旨を伝え聞いたベルクーリは、それでも尚、彼らの心が戻りはしなかったと聞いて、どうしたものかと腕を組む。
「──正直俺には、この戦の趨勢を決めるのは、あの2人の若者なんじゃないかと思えてならんのだ」
「彼らが、ですか……?」
「ああ。嬢ちゃんや相棒、他にも様々な助けや幸運があったことを踏まえても、あの元老長と最高司祭を倒したってのは途方もない事だ。純粋な心意強度のみで言やァ、俺より上かもしれん。心意を打ち合わせたあの時、確かに感じたよ──あいつら2人共、俺と同じかそれ以上に実戦を経験してやがる。特に一瞬だけ感じた、あの紺色の髪の少年の剣気……喉元に刃を突きつけられた気さえした。話せば分かる奴で良かったぜ」
ベルクーリの言う「実戦経験」というのは、読んで字の如くだろう。そしてその正体に、アリスは見当が付いている──SAOでの2年間に渡る戦いだ。
あの世界にはアンダーワールドと違い痛覚が存在しない。そして自身の
そんな世界の最前線で、彼らは2年間戦い抜いたのだ。時に苦しみ、時に悪意に晒されながら。死と隣り合わせの中を懸命に戦った。
弟子として師匠贔屓な点を差し引いても、ベルクーリの実力が彼らに劣っているとは思わない。寧ろ──整合騎士としておよそ300年の間戦ってきたベルクーリに、たった2年で自身に匹敵すると言わしめる程の経験を積んだ彼らの境遇が異常、と見るべきか。
キリトもミツキも、長いこと最前線での単独レベリングという危ない橋を渡ってきた人間だ。死にかけた回数は両手の指では足りないだろう。
例え両者の合意を得ていようと、天命が全損するまで戦うことは禁忌目録で禁止されている以上、このアンダーワールド内で──ましてや騎士でもない少年2人が何故それ程の実戦経験を積んでいるのか。というベルクーリの疑問に、アリスは回答すべきかどうか迷った。
全てを明かそうとするなら、当然アリスが経験した事も話さなければならない。あの蒼穹の空に浮かぶ浮遊城の事、そこでアリスは2年もの間戦った記憶があること。そして……恐らく、このアンダーワールドとは異なる世界が存在し、ミツキ達はどうやってかそこから来訪したのだということも。
しかし当事者であるアリス自身、まだ全貌を完全に把握できているとは言い難い上、常識的に考えて話が突飛過ぎる。もしベルクーリに余計な混乱の種を植え付けるような事になっては、いざ開戦した時、指揮に支障が出るやも……
アリスが内心で難しい顔をしていると、ベルクーリの元へ1人の騎士がやって来る──身に纏う薄紫の鎧と猛禽を思わせる兜が特徴的なこの騎士は、アリスもよく覚えていた。
「──閣下、そろそろ軍議のお時間です」
「ファナティオ殿……ご無沙汰しております」
兜に象られた猛禽の目がチラとアリスに向くと、ファナティオは兜を脱ぎ去った。
カセドラルの中でも頑として兜を被り続けていた彼女が、公衆の場で素顔を晒すなんて珍しい──そう思ったのも束の間、アリスは決して小さくない驚愕に見舞われた。
兜の下から現れた彼女の素顔は、記憶と変わらず美しく──否、何かが違う。
「(ファナティオ殿が……化粧を……!?)」
声もなく唖然とするアリスへ追い打ちを掛けるように、ファナティオは口を開いた。
「久しぶりね、アリス。元気そうで嬉しいわ」
「(『ね』……『わ』……!?)」
更なる衝撃を受け、アリスはぽかんと口を開けてしまう。
ファナティオが自分と同じ女性であることはとうの昔に知っていたが、彼女は自身が女である事にある種の劣等感を覚えており、性別をひた隠しにしていたと記憶している。事実、過去に数度、彼女の素顔を目にした際は、飾り気のない──生まれ持った美貌は変わらずだったが──容姿だった筈だ。
それがどうか……今目の前にいる彼女は、薄らと口元に紅を差している。たった1箇所に彩りが加えられただけで、こうも印象が変わるものか、と、アリスは同性ながらに感心していた。
「……アリス?」
「あ、は、はい……ファナティオ殿は……少し、変わられましたね」
「そういうあなたもね──好きな男の子でも出来た?相手はあの黒髪の坊やか……彼と一緒に連れてきたっていうもう1人の子かしら?」
「なッ……ゴホン──か、彼らの事は既にご存知でしたか」
「ええ、閣下からね──ちょうどいいわ、軍議が終わった後、少しだけ会わせてくれるかしら?黒髪の坊やにお礼を言いたいし……そのもう1人の子にも、挨拶しておきたいしね」
「はあ……別に構いませんが、お礼とは……?」
ファナティオは、カセドラルでのキリトとの戦いが性別に対する自分の悩みを振り払う切っ掛けになったことをアリスに語った。そういうことなら、と二つ返事で了承しようとしたアリスだったが……
「──それに、坊やが私の素顔を見ても女らしさを全く感じなかったっていうのは、少しだけ癪だしね」
「私も、キリトがどんな人間か深く知っているわけではないですが……これといって変わらないと思いますよ?」
「あら、それじゃあ、あの子の友達だっていうもう1人の坊やに試してみようかしら。年上のお姉さんにあれこれされたら、何か反応があるかも──」
「ダッ──ダメですッ!」
ファナティオの言葉を遮って差し込まれたアリスの声。その鋭さの意味を、ファナティオは即座に理解したようで、少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「へぇ……どうしてダメなのかしら?何か理由でもあるの?」
「あっ、いえその……キ、キリトもミツキも、今は非常に繊細な状態にあるのです。特にミツキはその、口下手といいますか……初対面ということもありますし、ファナティオ殿に何か粗相があっては……」
「私は別に構わないわよ?あの子達がどういう状態かも聞いているし、寧ろそれをどうにか出来ないか、って提案なのだけど」
もし、仮に、万が一にも、ファナティオにアレコレされた事でミツキが正気に戻ったら……アリスが半年付きっきりで手を尽くしてダメだったにも関わらず、ファナティオの手で目覚めでもしたら……彼が元に戻って嬉しいと思う反面、控え目に言って寝込みたくなる。そして正気に戻ったミツキを丸1日問い詰めなければならない。
こんな事を言うのもおかしいが、大丈夫だろう、とは思っている。だが今となっては何がきっかけになるか分からない状態、そのきっかけが自分であって欲しいという願望が僅かながらあるのも事実だった。
「と、とにかくダメですッ!──ファナティオ殿のお気持ちは、私が後ほど、責任を持って伝えておきます故!」
「ファナティオ、嬢ちゃんをからかうのもその辺にしといてやれ。ほら行くぞ──」
ベルクーリに窘められ、ファナティオは小さく笑いながら軍議の行われる天幕へ向かう。その後ろ姿を見送るアリスは、ここでようやく、自分がいいように遊ばれていたのだという事に気がついたのは余談である。
ソルスが傾き、地平の向こうへ沈み始める夕刻。
天幕に集められた整合騎士及び各部隊の隊長は、総勢およそ30人弱。
その内整合騎士はベルクーリを始め神器持ちが8名。そこへファナティオ配下の神器を持たない騎士である《四旋剣》の4人と、故あって見習いながら番号を有するリネルとフィゼルを加えた14人だけ。
最も新しい番号を冠するエルドリエが31であるように、本来整合騎士は総勢31人いるはずなのだが、以前よりアドミニストレータによって記憶の再調整を施され眠っている最中の騎士が予想以上に多く、また戦いの最中だろうと、央都及び四方の山脈の警備にも人員を割かねばならない。ベルクーリの人徳でどうにかここまで立て直したものの、やはりというべきか、人界側の戦力はお世辞にも万全とは言い難いのが実情だった。
しかしそれでも戦わねばならない。アドミニストレータ亡き今、人界の最後の砦はカセドラルではなく、剣士たちが集ったこの場所なのだから。
「──この4ヶ月、あらゆる作戦を検討してきましたが……やはり、現存の戦力では敵の総攻撃を押し戻すことは困難です」
東の大門周辺は開けた草原と岩場が広がるのみ、もし山脈を突破されれば、なだれ込んだ5万の敵軍にあっという間に包囲、すり潰されてしまう。
よって、作戦立案を担当するファナティオは、主戦場を大門によって隔てられた狭い峡谷に定めた。
「この峡谷に縦深陣を敷き、向かってくる敵の攻撃をひたすら受け止め、削りきる……これを作戦の基本方針とします──ここまでで何か意見は?」
質疑を求められ、数人の騎士が手を挙げる。
敵が歩兵だけならば問題ないだろうが、大弓を放つオーガ族の軍団、そして危険且つ強力な術を行使してくる暗黒術師達の遠距離攻撃にはどう対処するのか──というエルドリエの問い。
「危険な賭けにはなりますが、手はあります──峡谷の底は、日中であってもソルスの光が殆ど届かず、地面には草花1本生えていない……つまり、空間神聖力の回復が限りなく遅い環境にあります。開戦前に我らが残った神聖力を根こそぎ使い果たしてしまえば、敵の暗黒術師団は強力な術式を使えなくなる」
無論、それは人界陣営も同じこと。しかしこちらには神聖術師は100人前後しかおらず、術式の撃ち合いとなれば、術師の数で上回る敵方の方が、要求される神聖力が遥かに高くなる筈──ファナティオの回答に対し、次に手を挙げたのはデュソルバートだった。
神聖術が使えないということは、即ち治癒術式も使えなくなる。後方からの補給があるといえど、総戦力数で劣る以上、負傷した兵の復帰が遅れるのはまずいのではないか──当然の疑問にも、ファナティオは毅然と答える。
「故に、危険な賭けと言いました──ここにはカセドラルに備蓄されていた高級触媒と治療薬をありったけ運び込んでいます。こちらの術師隊は、原則として使用する術を治癒術式のみに限定し、薬を補助的に使用すれば、触媒だけでも3日は持つ見込みです」
言った通り、これは賭けだ。こちらへの被害が大きくなれば、それだけ触媒や薬の消費速度は上がる。目算通り3日は凌げたとしても、それ以上に戦が長引かないとも限らない。即ち、3日以内に敵軍を殲滅ないし撤退へ追い込み、戦いを終結、あわよくば和平交渉に持ち込むのが大きな目標でもある。それを実現させる為には、この場に集った全員が全力を尽くす他ないというわけだ。
そうであるなら尚の事、先述の「神聖力の枯渇」は何としても果たさなければならないが……ここでアリスが手を挙げた。
「いかにソルスとテラリアの恵みが薄いとは言え、絶無というわけではありません。永い時の中で蓄積された膨大な空間神聖力を、開戦前の短時間で、誰が、どのように使い尽くすというのですか?」
先程ファナティオが言った通り、こちらが擁する神聖術師は僅か100人程、術師総出で術式を行使しても、神聖力を使い切るにはかなりの時間がかかるだろう。かと言って、一度で大量の神聖力を消費する程の大規模術式を使える者がいるわけでもない。その筆頭であった元老長チュデルキンも、アドミニストレータも、既に死しているのだ。
ファナティオは、真っ直ぐアリスに向き直って答える──
「──あなたです、アリス・シンセシス・サーティ」
「は……?」
ファナティオの回答に、ベルクーリを除く全員がざわめく。ほかならぬアリス本人でさえも。
「自分では気付いていないかもしれませんが、あなたの力は整合騎士の域を大きく超えています。今のあなたなら振るえるはずです、天を裂き地を割る──神の如き力を」
遡って、軍議が始まる暫く前──アリスと別れた整合騎士イーディス・シンセシス・テンは、1人の剣士と刃を交えていた。
得物である《闇斬剣》の漆黒の刃と打ち合わされるは、対照的に白い刃──深い緋色に縁どられた、緩く弧を描く長刀だ。
「──ほら、脇が甘いわよッ!」
「ッ──!」
すれ違いざまに振るわれたイーディスの刃が、相手の喉元へ迫る。あちらも反応してそれを叩き落とそうとするも、間に合わない──!
しかし直撃コースだった切っ先は、身体から数センの所でピタリと静止した。
「1本──私の勝ちね」
「……はい、完敗です。流石は音に聞こえし整合騎士殿、やはり私程度では足元にも──」
「はいはいそーいうの禁止。何度も言ってるけど、私をおだてさせる為に声をかけた訳じゃないのよ?」
「し、失礼致しました」
剣を収めたイーディスに、同じく剣を収めた緋色の髪の少女──メディナ・オルティナノスはペコリと頭を下げる。
彼女が配属されているのは、ティーゼ達と同じ後方の補給部隊──ではなく、実際に戦場で剣を振るう戦闘部隊だ。学生として志願した後輩達に対し、メディナは学生ではなく、二等爵家オルティナノス家の当主として、貴族の使命を果たすべくこの場に馳せ参じた。
ここ数日に渡って人界守備軍の兵達と訓練をする最中、偶然通りがかったイーディスに「面白い剣ね」と目をつけられ、他の兵では訓練にならないだろう、と彼女直々に相手をしてもらっていたのだ。
当然、畏れ多いとメディナは断ろうとしたのだが、命の保証のない戦が目前に控えている状況で、下らない遠慮なんかしてる場合ではない。とイーディスに諭され、こうして実戦形式の手合わせを行っている。
「──にしても、ホント珍しいわねぇ。上級貴族の剣はどうせ見掛け倒しだろうと思ってたけど、あなたの剣はしっかり実戦を想定されてる。確か……《アインクラッド流》だっけ?」
「はい。といっても、《アインクラッド流》の技を教わったのはほんの数年前ですが。まだまだ未熟だと自覚しています」
「教わった、ねぇ……その流派を教えてくれた人の名前って、もしかしてキリトかミツキ──だったりする?」
「ミツキをご存知なのですか……ッ!? いやそれ以前に……生きて──!?」
「やっぱり──剣筋っていうか……こう、雰囲気が似てる感じがしたのよね。秘奥義に頼きりにならないで、臨機応変に立ち回る所とか。攻撃の捌き方なんかは特にね」
ミツキが生きている──それを知ったメディナは目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭った。
「お、教わったのはあくまで基礎だけで、他は手探りと見様見真似なのですが……そうですか、あいつの剣と、似ていますか」
しみじみとした表情で、メディナは腰の《陽炎の剣》をそっと撫でる。
「知り合いなら顔くらい見せてきたら?彼、来てるわよ」
「……お言葉はありがたいですが、今は来る戦に備えて少しでも腕を磨かねばなりません。あいつと再び会うのは、戦いのあとでも遅くはない──いいえ、次あいつに会う時は、少しでも強くなった私でありたいのです。私の手を掴んでくれたあいつの心意気に、胸を張って報いる為にも」
……率直に言って、彼女の考えは甘い。希望的観測というやつだ。
いくら実戦向きの剣術を使うからといって、本当に実戦経験が豊富というわけではないのは明らか。上級貴族ともなれば狩りを嗜む事もあったかもしれないが、これから自分たちが相手取るのは本能任せの獣とはわけが違う。時に卑劣に、狡猾に自分達を騙し、明確に悪意と殺意を向けてくる闇の国の軍勢なのだ。こと実戦経験という点に限れば、オークやゴブリンの方が彼女よりも優っているだろう。
さも「次」が──「明日」が約束されているかのような物言いのメディナに、イーディスは厳しい言葉を投げかけようとして、やめた。
確かに彼女の考えは甘い。彼我の戦力差は圧倒的、ファナティオがどのような作戦を立てるか次第ではあるが、いずれにせよ苦しい戦いを強いられるのは想像に難くない──きっと、それは彼女も分かっている。分かった上で、「明日」を語ったのだ。
今更何をしようと、待ち受ける現実の厳しさが変わらないのなら……胸に抱くのは悲観ではなく、希望がいい。例えそれが形の無い、ひと薙で掻き消える霞のようなものであったとしても、本人が信じる限り、そこに希望は在る。希望が在るのなら、戦える。
「……なら、あなたもしっかり生き残りなさい。その為にも、最後にもう1本行くわよ──!」
「はい──お願いしますッ!」
軍議の時間が近づく中、イーディスとメディナは再び剣に手をかけ、身構えるのだった。
現在に戻り──軍議を終えた人界守備軍は、準備を終えたものから続々と峡谷へ向かっていた。
「──それじゃあ、キリトの事をよろしく頼むわね。頼めばミツキも手伝ってくれるはずだから」
「はい、お任せ下さい!」
「先輩方の事は、私達が必ずお守りします!」
「アリス様も、どうかお気をつけて」
自分を気遣うレイラに頷いたアリスは、まずキリトに挨拶をしてから、傍らに立っているミツキに向き直った。
「ミツキ、ちゃんとここにいてね。あなたは戦わずに、ここでキリトと、彼女達を守ってあげて。私は大丈夫、私が……あなたを守るから」
この野営地には誰1人敵を通しはしない。ミツキが戦わざるを得ない、そんな状況を作り出させはしない──そう決意するアリスだったが、ふとその表情が陰る。
「……ごめんなさい。最後に少しだけ、弱音を吐き出させて──」
そう言って、コツン、とミツキの胸に頭を預ける。
「……本当の事を言うと、不安で仕方ない。これは決闘ではなく戦争だから、私1人がどんなに頑張っても、どうにもならないのかもしれない。私はッ……私は、あの時から何も変わっていないの──あなたがいないと、私は……ッ」
声を震わせ、言葉を詰まらせる。
「だから……っ──だから、ごめんなさい。もし、私があなたの名前を呼んだら……その時は、もう一度、あなたの力を貸してくれる……?私のことをどれだけ恨んでも、憎んでもいいから……皆を、この世界を、守ってくれる……?」
答えはない。ただ、トクン、と……ミツキの心臓が強く鼓動を刻んだような……そんな気がした。
「──なんてね。……ありがとう、今のは全部忘れて」
ひと思いに体を離し、アリスは気丈に笑うと、両手でミツキの顔をそっと包んだ。
「言った通り、私があなたを守ってみせる。あなたやキリト、ユージオが守ったこの世界は、誰にも傷つけさせはしない。私も、必ず生きて帰ってくるわ……戦いが終わったら、あなたの本当の名前を呼ばせてね。そしてあなたも、私の名前を呼んで」
最後に短い抱擁を残し、アリスは天幕を出る──その背中を追いかけるかのように、小さく1歩だけ足を踏み出したミツキだったが、その足はそれ以上前に進む事はなかった。
天幕を出たアリスは、丁度エルドリエと鉢合わせた。驚いているのか、しどろもどろになりながらも、若き騎士はアリスを前線へと誘う。
待機させている
「エルドリエ──」
「はっ……?」
呼び止められ振り向いたエルドリエ。自分より頭半分ほど高い位置にある双眸を、アリスは真っ直ぐ見据えた。
「私は……ハッキリ言って、弟子だとか護衛だとか、そういったものは煩わしいと感じていました。百歩譲って教えを請われるならまだしも、この身を守ろうなどと、私より強くなってから言いなさい、と」
唐突なカミングアウトに、エルドリエはぽかんと口を開けて固まっている。
「ですが……其方が私を師と仰ぎ、アレコレと理由をこねてついて来た数ヶ月──その時間は、存外悪くないものでした。それというのも、私の心を案じる其方の優しさ故でしょう」
「そ、そのような不遜なことは決して……!私はただ純粋に、アリス様の剣に敬服したからこそ……!」
エルドリエが騎士として目覚めたのは──彼がシンセサイズによって記憶を封じられ、整合騎士としてアリスと初めて対面したのは今年の春先の事だ。今でこそこのようにアリスを慕ってくれているが、最初からそうだったわけではない。寧ろ、最初は避けられていたようにすら思う。
それが180度逆転したのはいつだったか──そうだ、確か……
タイミングを考えれば、おそらく彼はその様子を目にして、アリスを気遣うようになったのだろう。だからといってアリスのことを露骨に庇護する存在として扱わなかったのも、現実問題として自分はアリスより実力も経験も劣っていることをしっかり認識していたからか。
「ですから……ありがとう。私が今、こうしてここにいる為には、其方の存在が不可欠でした」
「……不肖の弟子には、勿体無きお言葉です」
「私がいない間、其方は1人で自らを鍛え、大きく成長した。それは見れば分かります。故に──整合騎士エルドリエ・シンセシス・サーティワン。其方に、師として最後の命令を与えます」
「最、後……?」
真意を問い質そうとしたエルドリエを遮り、アリスは言葉を続ける。
「──必ず生き延びなさい。どれほど辛く、どれほど苦しい戦いになろうとも、決して生きることを諦めてはなりません。自身を助け、周囲で戦う同胞を助け、この人界を救いなさい。そして……その先に訪れる世界をその目で見届けるのです」
アリスの命令を聞き届けたエルドリエは、手を胸に当てて恭しく頭を垂れる。
「……ご命令、しかと聞き届けました。しかし、その命令を承服するには条件がございます」
「条件……?」
頭を上げたエルドリエは、アリスを真っ直ぐ見つめ返す。
「……アリス様も、必ずや生き延びてくださいますよう。もし此度の戦で命を捨てるおつもりなら、このエルドリエ、あなた様の命に背いてでもお供いたします」
「元よりそんなつもりはありませんでしたが……ならば尚の事、生き延びねばなりませんね」
そう言って、アリスは握りこんだ拳をエルドリエに突き出す。きょとんとするエルドリエに、アリスは意味を説明した。
「お前も拳を出しなさい──遠い異郷の世界では、このように拳を突き合わせる事で、互いの無事と健闘を祈り、讃えるそうですよ」
「そのような風習が……では、失礼致します──」
アリスがミツキとSAOで何度か交わしたこのやり取りは、もっとフランクなニュアンスだったのだが、エルドリエは厳粛な儀式であるかのように神妙な面持ちで左手を差し出す……黄金と白銀の篭手に包まれた拳が、小さな音を残してコツン、とぶつけ合わされた。
「では、行きましょうか」
「はっ……!」
アリスは雨縁に跨り、これから共に大仕事をすることになる愛竜の首を撫でてやってから、手綱を鳴らして離陸する。《果ての山脈》にポッカリと口を開ける峡谷──その奥で怪しげな光を発する《東の大門》に向けて。
斯くして、時は訪れた。
門は拓かれ、2つの世界が今、衝突する。
あーしてみようこーしてみたいと後から色々思いつくも、そこに至るまでの筋道立てがまぁ難しいこと。どうしたものか。