ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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 必要であれば心が辛くなった時用の清涼剤をご用意ください。


幕間:生と死

 ディー・アイ・エルという女は、率直に言ってプライドが高い。ゴブリンやオーク、巨人といった亜人族は勿論、同じ人間である暗黒騎士や拳闘士までもを見下している。傍から見ればおおよそ好感を抱く点の存在しない女だ。

 そんな彼女の根底にあるのは、生への執着──奇しくも、かのアドミニストレータに通ずるものだった。そしてこの暗黒界で生きる為に最も必要なものこそが、圧倒的な「力」だったのだ。

 

 最強と言える誰かに取り入る、その庇護下に入る──ただ生きるだけならそれも良かっただろう。だが彼女は生を望むのと同じくらい、死を恐れていた、それを齎す裏切りを恐れていた。

 誰かに取り入るだけでは、その庇護を受けられなくなった瞬間、死に向かって一直線。だから、結局は自分が力を手にして強くなるしかない。

 

 では実際に力を手にして、暗黒界を統べる存在になった暁には、従来の傲慢な性格が鳴りを潜めるのかというと、そんなことはない。

《力の掟》は確かに絶対だが、所詮は個々の認識に基づくものだ。下手に優しさを見せて「こいつは自分より弱い」と判断されたが最後、玉座を奪おうと魔の手が伸びてくる。頂点に立って尚、安全も安寧も保証されることはない。それが暗黒界という場所なのだ。

 

 特に亜人族は、暗黒界でも負の歴史とされる《鉄血の時代》に於いて、暴虐の限りを尽くした恐ろしく醜悪な種族。今でこそ十候会議の席に着き、表向きは対等な立場にいるが、隙を見せれば何をされるか分からない。

 だからこそ……強くある(生きる)為には他者を徹底的に踏みにじり、力を誇示し続けなくてはならないのだ。「逆らえば死ぬ」──そう思わせる程の圧倒的な力を。

 

 その点、暗黒神ベクタの降臨はディーにとって非常に好都合だった。

 長らく目の上の瘤だった暗黒騎士団長ビクスル・ウル・シャスターの謀反──実際に他の種族の長が数人犠牲になり、ディー自身も片脚を消し飛ばされた──を涼しい顔で一蹴した皇帝は、それ程の力を持ちながら暗黒界は勿論、人界を支配する事にも興味がない。望むのは破壊と殺戮、そして《光の巫女》とやらのみ。それを差し出した者の望みを叶えると言った。

 すぐさま、ディーは皇帝に取り入った。この美貌と肢体、或いは部下の女術師を何人か侍らせて篭絡できれば話は早かったが、皇帝は本当に《光の巫女》にしか興味がないらしく、ディーの蠱惑的な仕草にも一切の反応を見せない。それならそれ、寧ろ余計な策謀を練らなくて済む、と考えを切り替えたディーは、皇帝及び彼の側近らしい《ヴァサゴ》なる暗黒騎士に求められるまま情報を与え、献策し、結果、大戦中の指揮権を得ることに成功した。

 

 皇帝から直接全権を委ねられている以上、一兵卒は言わずもがな、同じ十候の長だろうとディーの命令に逆らえない。

 皇帝の名の下に見事敵共を滅ぼし、ついでに目障りな亜人族を使い潰し、然る後に暗黒界を制する。やがては人界を含むアンダーワールド全土を支配し、亡きアドミニストレータがその身に施していたとされる天命無限化の術式を手にするのだ。その為に、敵を殲滅する《広域焼却弾》術式も開発した。夢が、野望が、遠巻きながらも見えるところまで来ていたというのに。

 

 暗黒術師ディー・アイ・エルは、暗黒界一の術式使いである自分にも不可能な──神の威光としか表現出来ない大規模術式によって、その野望を焼き払われたのだった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ダークテリトリー暗黒界軍本陣。その更に後方に位置する戦車の上で、1人の人間が皇帝の前に傅いている。

 

「──先程峡谷を焼き払ったあの光は何だ。あのような攻撃兵器が存在しているのか?」

 

「は……し、素人知識の予想で恐縮ですが……恐らく、敵の術式によるものかと……」

 

「ふむ……ディー・アイ・エルは、敵軍に強力な術式を扱える者は存在していないはず、と言っていたが」

 

「お、恐れながら陛下……あのような卑しい女の言葉は信用に値しませぬ。敵の戦力を読み違え、高をくくった結果死んでいるようでは……」

 

 あのレーザー攻撃は確かに凄まじい威力だった。まともに触れれば一瞬で蒸発してもおかしくない。しかし確証も無い内からディーが死んだ、と断定している辺り、この男の言葉も大概信用に値するか怪しいものだ。

 皇帝ベクタはか細く、どこか癇に障るような声で喋る目の前の痩せぎすの男──先の暗黒界十候との謁見で死亡したフ・ザに代わる新たな暗殺者ギルドの総長を無感情に一瞥する。

 

「確かに奴がしくじったのは事実。しかし、だ……戦いに不測の事態というのは付き物。開戦前に聞かされたディー・アイ・エルの作戦は、私としても妥当なものだと感じた。それを否定するからには、貴様も相応のものを示すべきではないのか?──御託も世辞も不要だ、無様に敵に背を向けてまで、我が前に馳せ参じた理由を述べるがいい」

 

 怜悧な声音が男の首筋に刃をあてがう。下手な回答をすれば即座に首が落ちる──否、そんな終わりが幸福に思える凄惨な死を迎えるだろう事を、男は本能で理解した。

 

「は、は……!──あの凄まじい光の術を辛くも生き延びた(わたくし)は、全霊を賭した隠形を用いて、その術者の正体を確かめて参りました……!」

 

 皇帝は無言で続きを促す。

 

「人界軍の上空にて、飛竜に跨っていた1人の女騎士です!そ、その女騎士こそが……陛下が求めておられる天界より遣わされた《光の巫女》ではないかと……ッ!」

 

《光の巫女》──その言葉を聞いた瞬間、初めてベクタの表情が僅かながら動きを見せた。

 

「──見たのか」

 

「はっ……?」

 

「その女騎士の姿をハッキリ目視したのかと聞いている」

 

「も、もちろんでございます!私め、目の良さには自信がございます故──後ろで編まれた長い金色の髪、雪の如き白い肌、冬の夜空の如き蒼の瞳、何より特徴的なのは、身に纏う黄金の鎧です」

 

 男から女騎士の特徴を聞かされた皇帝ベクタ──その内に宿るガブリエル・ミラーの魂は、ある少女の姿を幻視していた。ここではない世界、今や遠い過去でありながら、ほんの数日前の事のように思い出せる……自分が初めて殺した、隣家に住んでいた幼馴染の少女が成長した姿を。

 

「……ふ、ふふ──そうか、ここにいたのか……アリシア」

 

 そこへ、人界軍から一部戦力が分かれ、南へ移動を開始したという報が入る。

 そこに彼女がいる──長らく求め続けてきたモノがそこにある、と、ベクタは魂で感じ取った。込み上げる笑いを抑えながら立ち上がったベクタは、戦車周辺で待機していた暗黒界軍を睥睨する。

 

「全軍、移動準備!拳闘士団を先頭に、暗黒騎士団、補給部隊の順で隊列を組み、南へ向かえ!黄金の鎧の女騎士──《光の巫女》を無傷で捕らえるのだ!我が命を果たして見せた部族の長には、暗黒界並びに人界全土の支配権を与える!」

 

 その言葉は現時点で生存している暗黒界軍の全員に伝わった。

 未だ戦いの熱に触れていない者は待ちかねたように歓喜の声を上げ、戦いの中で傷ついた者はその雪辱を果たさんと吼える。その中で唯一《光の巫女》確保の任から外され、引き続き大門の向こうにいる人界軍への攻撃を続けるよう命令されたオーク族だけが、悔しそうに歯噛みしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そこには、彩が無かった。

 

 あらゆるものが灰を被ったようにくすみ、その輝きを、色を失っている。

 見上げた空を埋め尽くす灰色の雲から降りしきる雨の紅だけが、知覚できる唯一の色彩だった。

 

 その雨は、鉄の匂いがした。

 

 雨は妙にドロリとしていて、粘ついたような感触を残しながら肩を、髪を、頬を伝う。

 

 紅い雨はいつしか溜まりに溜まり、辺り一面を濁った紅で満たしていた。水溜まりを通り越して池、湖……海とすら言える広大な紅の中を、ひたすら歩き続ける。

 

 両の手足は重く冷たい枷で戒められ、内側に打たれた鋭い鋲が皮膚に食い込み、1歩前へ進む度に雨と同じ色の紅を滴らせる。枷に繋がれた鎖はずっと後ろへ伸びているが……その先は紅い海に沈んでいて、どうなっているのか見えない。少なくとも途切れている訳じゃないのは確かだろう。

 

 鎖は頻りに後ろへ引っ張られる。引き止めようとしているのではない──ある意味ではそうと言えるのかもしれないが──きっと、この紅い海に引きずり込もうとしているのだろう。この海の中から鎖を手繰っているのであろうダレカの声が、頭に直接響いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コッチニコイ

 

オマエダケイキルキカ

 

コロシテオイテ

 

   ヒトゴロシノクセニ

 

ハンザイシャノクセニ

 

オマエノセイデ

 

オマエガコロシタ

 

オマエニコロサレタ

 

オマエモシネ

 

   オマエガシネ

 

ブザマニシネ

 

アワレニシネ

 

クルシンデシネ

 

ムネンニシネ

 

        トウゼンノムクイダ

 

ダッテコロシタンダ

 

シネヨ

 

 

 

 

シンデワビロ

 

 

 

 

シネ  シネ  シネ  シネ

 

 

シネ  シネ  シネ  シネ  シネ  シネ

 

 

シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……わかってるよ。

 

 

 最後には絶対死んでやるからさ。

 

 

 もう少し、もう少しだけ時間をくれ。やれるところまでやらせてくれ。

 

 

 それまでの間、好きなだけ俺を見て嗤えばいい。

 

 

 ボロボロになっても立ち上がって、ズタズタになっても戦って、グチャグチャになっても動き続ける俺を見て嗤っていればいい。

 

 

 何も、何も出来なくなって、悔しそうに、無念の内に死んでいく俺に、声を揃えて言えばいい。

 

 

 

──ざまぁみろ、ってさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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