ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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創世神ステイシア

「──《光の巫女》ねぇ。ンな名前、俺も聞いたことがねぇが」

 

「はい。創世神話やどのような歴史書にもそのような存在は記されていないと、私も記憶しています。しかし暗黒界十候の証言であることを考えれば、あちらの指揮官がそれを強く求めているのは間違いないのでは、と」

 

 アリスの大規模術式攻撃により一時の静けさを取り戻した峡谷。人界守備軍本陣では、衛士や修道士を始め、戦いに参加した者達が適宜食事を摂り体力の回復に努めていた。

 そんな中、アリスは自身の休息を後回しにしてベルクーリの元を訪れる。食事中の彼に、先程オーガ族の族長から聞いた情報を報告していた。

 

「司令官……《暗黒神ベクタ》か──よもや神話に出てくる神さんが敵とはな」

 

「正直、にわかには信じ難い話です……」

 

 副将としてベルクーリに付き添うファナティオは、「神の復活」などという突飛な話をすぐには飲み込めない様子だ。それに関してはアリスもベルクーリも同様だった。神の名を騙る何者か、というのが現実的な所だが、ベルクーリは開戦以前に感じた「とある感覚」から、その話も強ち嘘や出まかせと言い切れないのでは、と考えている。

 

「まぁ──ダークテリトリーに暗黒神が降臨して、そいつが《光の巫女》ってのを求めている。そんでその巫女とやらが嬢ちゃんであると仮定して、だ──今重要なのは、その事実がどう影響するかだぜ」

 

「……小父様。1つ、ご提案が──私が単身敵陣を突破し、ダークテリトリーの辺境へ向かいます。皇帝ベクタが《光の巫女》を欲しているのなら、少なからぬ手勢で私を追ってくる筈。十分な距離を取って分断した所で、残る敵軍を逆撃、殲滅してください」

 

 先のオーガの話を鑑みるに、暗黒界五族──特に亜人族の目的が人界への進出である事はほぼ間違いない。だがもし、皇帝ベクタの目的が本当に《光の巫女》だけであったなら……それは即ち、敵の司令官と部下とで目的に齟齬が生じていることにもなる。

 ダークテリトリーは「力」が全て。神話に語られる暗黒神であれば、十候の長全員を従えることも難しくない。即ち、皇帝が人界の侵略よりも《光の巫女》確保を優先したとて、誰もその命令に異を唱えることは出来ない道理。この際使えるものは何だって利用するべきだ、とアリスは考えた。

 

 何より──

 

「(それに、ダークテリトリーの南には《ワールドエンド・オールター》がある……)」

 

 カセドラル最上階でミツキとキリトが意識を失う直前、おぼろげに耳にしたこの名前。それが何なのかは未だ不明だが、あのような事にならなければ彼らがそこへ向かう筈だった事を考えれば……そこに2人を元に戻す──その手がかりくらいは見つかるのではないか、と期待を抱かずにはいられない。

 

 そんな私的な目的も秘めたアリスの胸中を見透かしての事かはともかく、思案したベルクーリはアリスの案を採用する決定を下した。ただし──

 

「──条件として、一緒に兵の3割を連れて行ってもらおうか」

 

「そんな……ただでさえ戦力差が大きいというのに、3割もの兵力を割いて頂くわけには……!」

 

「敵軍はまだ3万以上残ってる。いくら皇帝が嬢ちゃんを追っかけようとしても、たった1人に差し向ける追っ手の数なんざたかが知れてるだろう──敵軍を分断するってんなら、こっちも十分な数が一緒に逃げてこそだ」

 

「それは、そうですが……」

 

「あぁそれともう1つ──その遊撃部隊、俺も参加させてもらう」

 

 取ってつけたようにサラリと言い放たれたベルクーリの言葉。

 守備軍の総司令が前線へ、しかも囮の遊撃部隊に加わるという大胆過ぎる行動に、アリスだけでなく、隣のファナティオも開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大目玉のファナティオにベルクーリの説得を任せ、アリスもまた天幕へ足を向ける。

 辺りを漂う美味しそうな匂いに腹が小さく音を上げる。「ミツキ達はもう食事を済ませただろうか」等と考えながら天幕の布を捲ると……

 

「あっ──アリス様」

 

「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」

 

「え、ええ……あの、あなた達だけ?ミツキと、レイラさんは?」

 

 天幕の中では、ロニエとティーゼが甲斐甲斐しくキリトの食事を手伝っている所だった。しかしいるのは3人だけで、一緒にいたはずのミツキとレイラの姿が見えない。その事に言及すると、2人の表情が曇る。

 

「その、ミツキ先輩は今──」

 

 ティーゼが言いづらそうに答えようとした時、背後から足音が。振り向けば、そこには探していたレイラとミツキの姿があったのだが──ミツキの姿を見たアリスは悲鳴のように息を飲んだ。

 

「その、傷……まさか──」

 

「──申し訳ございませんでした、アリス様!」

 

 開口一番、レイラは謝罪と共に頭を下げる。彼らを守るという役目を果たす事が出来なかった、と。

 

 ミツキが身体の随所に治療の跡を残している理由は、アリス自身すぐに見当がついた。

 エルドリエとレンリが担っていた左翼側で、ゴブリンの部隊が奇策を用いて強引に戦線を突破。後方の補給部隊が襲撃を受けた事で、ミツキはやむなく応戦したのだろう。

 

 思う所こそあれ、誰のせいだと責任の所在を問う気にはなれなかった。

 前衛で単身奮闘したエルドリエも、その後方でゴブリンの長を討ち取ったレンリも、彼らと共にいた衛士や修道士も、犠牲を払いながら懸命に出来る事をした。彼らに責任を追求するなら、術式の準備に集中してたとはいえ、まともに戦ってすらいなかったアリスなど論外だろう。

 

「……頭を上げて、レイラさん。あなたが謝ることじゃないわ。あなた達もミツキ達もこうして生きている。それで十分よ」

 

 そう言ってレイラの肩に手を置いたアリスは、その隣に立つミツキへ目を向けると、かすり傷の残る頬にそっと手を伸ばした。

 

「ミツキ──補給部隊の皆を守って戦ったんですってね。無茶はするなって、何度も言ったのに、またこんなに傷だらけになって……何も出来なくて、ごめんなさい。でも──ありがとう。あなたが頑張ってくれたお陰で、たくさんの人が救われたわ。その事は、どうか忘れないでね」

 

 相も変わらず返事は無い。一部、神聖術ではなく薬を用いて処置したのだろう、腕や肩には痛々しい包帯が巻かれている。きっと痛かったはずだ、苦しかったはずだ、にも関わらず平然としている彼に、アリスはかつてのミツキの姿を見る──よりによって「あの頃」のミツキを。

 

 小さく頭を振って、込み上げてくるものを振り払ったアリスは、この話はこれでおしまい、とばかりに話を変える。

 

「さ、私達も食事にしましょう。お腹空いちゃった──食べながらでいいから、少し話を聞いてもらえる?」

 

 食事の傍ら、アリスは件の遊撃隊の話を簡潔に説明する。そして、そこにミツキとキリトを同行させる都合、出来れば彼女達にも一緒に来て欲しい、と。

 

「──勿論、無理にとは言わないわ。危険だって付き纏うだろうし、身の安全も保証は出来ない。来なければ良かったと後悔することになるかもしれない。あなた達の選択を尊重するわ」

 

 一通り話を聞いた少女達は互いに視線を交わしてから、言葉も無く頷き合う。そして3人を代表してティーゼが返事を口にした。

 

「──そういうことでしたら、私達も同行させていただきます」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……本当にいいの?」

 

「正直に言えば、やっぱり怖いです。けど……先輩達も、アリス様も、他の騎士様や衛士隊に修道士隊の方々も、それはきっと同じだと思うから」

 

「何より……今度こそ、ちゃんと先輩方をお守りしたいんです」

 

 ロニエとレイラからも各々の返事と気持ちを聞いたアリスは、持っていたスプーンを一度置いて、座ったまま深く頭を下げる。

 

「……ありがとう。彼らの後輩だけあって、あなた達は強いわね。きっといい剣士になるわ」

 

 整合騎士であるアリスからそんなお墨付きを貰った後輩達は、照れたような笑みを浮かべる。

 

 程なくして食事を終えたアリス達は、既に準備が始まっていた遊撃隊の馬車へと移動を始めた。その道すがら──

 

「む……お前達──」

 

 車椅子を押す後輩達は、その声に足を止めた。先頭を行っていたアリスもそれに続くと、緋色の髪の少女がこちらへ歩いてくる。

 

「メディナ先輩……!」

 

「良かった、先輩もご無事だったんですね……!」

 

「右翼後衛部隊への配置だったからな、まだ敵軍と直接戦ったわけではない──お前達こそ、左翼側は一大事だったと聞いたが、無事で何よりだ」

 

「確か……あなたも以前、修剣学院で──」

 

 少女はアリスへ向き直り、恭しく礼をする。

 

「再びお目にかかれて光栄です、整合騎士殿。私はメディナ・オルティナノス、オルティナノス家9代目当主であると同時に──おっしゃる通り、以前お会いした時は、北セントリア修剣学院で上級修剣士の席に着いておりました」

 

 人界守備軍は、半ば形骸化していた人界四帝国近衛軍を再編したものだ。

 しかし中には、いざ戦いに出ると言われた途端、あれやこれやと理由をつけて身を引いたり、各国皇帝直属の兵として外部へ引き抜かれるなどし、ここから更に大戦中の央都の警備にも人員を割くとなると、元々あった戦力から数割分が目減りしてしまうことになる。

 そこでベルクーリは央都のみならず、人界全土に義勇兵として守備軍へ参加する者を募った。集まった数は決して多くなかったものの、央都の外にある村や町で《衛士》の天職に就いていた者や、更には一部の志ある貴族達が名乗りを上げてくれたのだ。

 

 そうした中の1人であるメディナへ、アリスもまた改めて名乗ると同時に、この場に駆けつけてくれた事への感謝の言葉を送った。

 

「それで、メディナさん。もしかしてあなたも遊撃部隊に?」

 

「どうぞ、私のことはメディナと呼び捨てて頂ければ。──お察しの通り、私の部隊も別働隊として行動を開始するよう仰せつかりました」

 

「右翼後方ということは……確かシェータ殿の部隊ね。小父さ──騎士長閣下は兵の3割を同行させると言っていたけど」

 

 少女達を先に馬車へ向かわせ、忙しなく準備を進める兵達の中からベルクーリの姿を見つけたアリスは、遊撃隊に参加するメンバーについて尋ねる。

 発案者であるアリスは当然として、どうやらファナティオでも止められなかったらしいベルクーリと、両翼後方で待機していた2人の整合騎士──シェータ・シンセシス・トゥエルブと、レンリ・シンセシス・トゥエニセブン。そこへ、本人の極めて強い希望からエルドリエまでもが名を連ねていた。

 

「最前線で戦った直後だ、疲労も溜まってるだろうし、エルドリエを連れてくのは正直気が進まねぇんだがな──嬢ちゃんを囮にするなら、より守りを固めていた方が敵を多く引き付けられるはずだ──なんて正論かましてくるモンだからよ」

 

 当然、ファナティオやデュソルバート、更にはフィゼルとリネルの双子も同行を申し出たが、副司令であるファナティオは言わずもがな、デュソルバートも先刻の戦いで矢を使い果たし、まだ補充が出来ていない。双子に至っては自分の飛竜も持ってない事に加え、事と次第では騎士団の未来を担う立場でもある事から、ベルクーリ直々に「後を頼む」と丁重に断られた。

 

「……時に騎士長、イーディス殿はどこへ?開戦以降姿が見えないようですが」

 

「ん?あぁ──開戦直後、山脈の南の洞窟に向けて敵の別働隊が出たっつー報告があってな。イーディスにはその確認と対処に行ってもらった。アイツの騎竜は脚が速ぇし、遅くとも日を跨ぐ頃にゃ戻ると思うんだが……」

 

 ならばエルドリエの代わりにイーディスを──そう思ったアリスだったが、運悪くタイミングが噛み合わなかったようだ。

 

「となると、合理でエルドリエを説き伏せるのは難しそうですね……」

 

「ああ。あの様子じゃ、ダメっつっても勝手について来そうだ──こんな状況じゃなけりゃ、ホネのある若者で頼もしいんだがな。せめて、俺と嬢ちゃん、シェータとレンリの4人で前を張って、エルドリエには1歩後ろで後続の部隊を守ってもらうつもりだ。そうすりゃちっとは負担も減るだろう」

 

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 アリスとしても、エルドリエにはここに残って大門の防衛に専念して欲しいというのが正直な所ではある。しかし彼がアリスのみならず騎士長であるベルクーリに直訴してまで同行しようとした──原則として法や規則に従順なアンダーワールド人でありながら──のは、きっと、彼もまたキリトやユージオと剣を交えたことで影響を受けたのだろう。

 与えられた命令をただ粛々とこなす傀儡ではなく、れっきとした1人の騎士、1人の人間として、自分の道を歩み始めているのだ。そう考えると、アリスの胸にハラハラとした気持ちだけでなく、嬉しさも込み上げてくる。

 

 ファナティオから準備完了の報を受け、ベルクーリとアリスも各々の飛竜の元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、補給部隊の馬車では──

 

「──どうやら出発のようだ、私も行かなければ。世話をかけてすまないが、こいつらの事を頼むぞ」

 

「はい……メディナ先輩も、どうかお気をつけて」

 

 キリトとミツキ、そして後輩達3人を乗せた馬車を後にしようとするメディナ。踵を返しざま、視界の端にミツキの姿が入る。

 

 ──イーディスから彼もまたここに来ているということは聞いていたものの、いざ実際に会ってみて、メディナは全身の力が抜けそうになった。

 全身傷だらけなのもそうだが、学院で共に過ごした頃とは真逆といっていい……どこか抜け殻のようなミツキが信じられなかったのだ。何を言っても返事は無く、何をしようと表情1つ変えない。かつて、あれだけしつこくメディナに絡んできたのが嘘のようだ。

 何故こんな状態になったのか、確たる事はわからない。禁忌を犯し、カセドラルに連行された先で何かがあったのは確かだろう。レイラ達はいくらか事情を知っているようだが、口止めされているのか、詳細を明かす事は出来ないようだった。

 

 1つだけ教えてくれたのは、彼らもまた、己の信じたものの為に戦った結果なのだということ。そうやって誰かの為に奔走して、知らない所で傷ついて、なのに当の本人は平然としている……今にして思えば、これはかつてミツキの目に映っていたメディナそのものとも言えるのかもしれない。それを聞いたメディナは自分でも無意識の内に小さな──どこか哀しくも見える──笑みを形作り、心の中でミツキに語りかけた。

 

 ミツキはかつて、友達としてメディナに力を貸したい、とそう言っていた。メディナが『これは私達の問題だ』『お前達には関係ない』と何度言っても、『力になりたい』『黙っていられない』の一点張りだった。当時は単に鬱陶しいと思いつつ、どうしてそうも頑ななのかと困惑していたが──今なら、その気持ちが少しは分かる。

 

「(お前が一体何を胸に、何の為に戦い、こうなってしまったのかは分からない。だがそれが、誰かの為であった事だけは分かる。キリトか、ユージオか、後輩達か……或いは、私の為……などと思うのは自惚れが過ぎるか)」

 

 メディナは横目で、ミツキの目をじっと見つめる。

 

「(お前が何も言わないというのなら、私も私のやりたいようにやらせてもらう。学院で散々付き纏われた仕返しだ。私は、お前を守る為に戦う──貴族として、オルティナノス家の当主として、そして……お前の、友達として──お前がどう思おうが、踏み止まってなんかやるものか)」

 

 

 ……それが嫌ならとっとと目を覚ませ。この馬鹿者が。

 

 

 最後に、誰にも聞こえない声量で小さく毒づいたメディナは、ひと思いに馬車を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして、人界守備軍から別たれた3割の兵力。

 5人の整合騎士が率いるその別動隊は、大門を抜けるなりダークテリトリーの南へ移動を始めた。

 

 そして予ての手筈通り、移動中に見つけた小規模な林へ小休止も兼ねて布陣、アリスの読み通りこちらを追って来たダークテリトリー軍の迎撃を試みる。

 目論見通り事が運んだのは何よりだが、その上で予想外だったのは、皇帝ベクタが主力であるはずの暗黒騎士団と拳闘士団を、アリスのいる遊撃隊の追撃にフル投入してきたこと。整合騎士同様鎧を身に着け、また有する飛竜の数も多くない暗黒騎士はともかく、鎧の類を一切身に着けず、身軽そのものと言っていい拳闘士団は、とりわけ脚に自信のある者がすさまじい勢いで追い縋ってくる。

 

 長きに渡る鍛錬で身に着けた心意により、剣による攻撃をものともしない拳闘士の先遣隊にどう対処したものか、と考えていたベルクーリとアリスだったが、ここで意外にも名乗りを上げたのが整合騎士シェータ・シンセシス・トゥエルブだった。

 あろうことか部隊を率いずに単身で拳闘士を抑える。と言ってのけたシェータは、これを有言実行。本来斬撃の効かないはずの拳闘士達を、神器である《黒百合の剣》で軽々と斬り伏せていく。殺さないよう加減する余裕すら見せる彼女相手に、並の闘士では歯が立たない、と、先遣隊を率いていたチャンピオン《イスカーン》が対峙。大将同士の一騎打ちという形で、敵本隊が追いつくまでの時間を稼いでいた。

 

 この場は彼女に任せても大丈夫だと判断したベルクーリは、陣取った林の南側で敵を待ち伏せ、奇襲する準備に取り掛かる。その作戦の指揮を請け負っていたレンリとエルドリエは、

 

「──レンリ殿、飛竜達の待機も完了しました。いつでもいけます」

 

「分かりました。──僕らは引き続き、ここで敵の様子を伺う。短いけど、衛士や修道士隊の皆は交代で休息を。すぐに動けるよう準備はしておいて」

 

 傍らの衛士に指示を伝えたレンリを、エルドリエはどこか目を丸くして見ている。

 

「……エルドリエ殿?」

 

「いえ、失礼。──開戦前に顔を合わせた時と、レンリ殿の顔つきが変わったように見受けられました故」

 

「そんなことは──いえ、そうかもしれませんね。あの時の僕では、こうして兵を率いるなんて真似はできなかったと思います。きっと、開戦直後にゴブリンに殺されていたでしょう」

 

 レンリは意識はそのまま、目線だけをチラリと後方へ向ける。雑木林の向こうには、巻き込まれないよう退避させた補給部隊がいる。

 

「彼ら彼女らのお陰で、僕はまだ《騎士》でいられている──そのお返し、というわけではないですが、あの人達のことは絶対に守らないと」

 

「……あの少年達、ですか」

 

「あ……すみません。エルドリエ殿は確か──」

 

 彼らの行いに対し懐疑的だった──そう続けようとしたレンリの言葉の先を、エルドリエは手で制した。

 

「確かに、私も当時はそう思っていました。しかし今は、その罪を問うている場合ではありません。我々はこの人界を、そこに生きる民達を何としても守り抜かねばならない。その為には、少しでも腕のある者が、少しでも多く必要な時だというのに、あの少年は……」

 

 エルドリエとて、先のゴブリンによる補給部隊襲撃の折、レンリや双子達と共にミツキも戦っていたという話は聞き及んでいる。少なくない数の味方が彼に助けられたということも。

 正直に言えば、ミツキの事はその一件である程度認めている。問題はキリトの方だった。半年前、カセドラルで一戦交えた際は若輩の身ながら神器を用いた上で彼らを取り逃がした。その上最高司祭アドミニストレータをも打倒した。

 それ程の力がありながら──仲間であるはずのミツキがすぐ近くで傷つきながら戦っていたというのに、キリトはあの車椅子から立ち上がる事は無かった。それがエルドリエには解せないと同時に、少なからず憤りを感じていたのだ。

 

「──彼だって、きっと戦いたいはずです。大切な人を守る為に。でも、それが出来なかった……あの時の僕と違って、立ち向かう勇気も、力もあるのに、体が全く言う事を聞いてくれない……そんな現状に対する怒りというか、やるせなさみたいなものを、彼から感じたんです」

 

 レンリは、キリトもまた心身喪失状態でありながらあの状況に抗う意思を見せていたことを伝える。それを聞いたエルドリエの脳裏では、開戦前、ベルクーリが放った《心意の小刃》をキリトが同じく心意で防いで見せた時の事が思い起こされた。

 

「この戦場に集った人は、全員が戦う意思を持っている。それは彼らだって例外じゃない。時が来れば再び立ち上がる──僕も、騎士長と同意見です」

 

「レンリ殿……」

 

「エルドリエ殿は、少々気負い過ぎでは?──整合騎士といえど感情があります。緊張も、恐怖だってある。それを恥じることはないんです。それら全てを受け入れた上で立ち向かう勇気を持てさえすれば──その勇気を、他の誰かから貰ったっていいんですよ」

 

 あの天幕の中で、ティーゼは「整合騎士だって怖くないはずがない」と言って、レンリが逃げてきた事を糾弾しなかった。自分の中にある戦いへの恐怖は、あって当たり前のものなのだと……そんな些細な言葉が、レンリの中の勇気を呼び起こす一因になったのは確かだ。

 

「──って、ただ番号が先なだけの僕が言ってもあまり説得力は無いですね」

 

 そう言って小さく笑うレンリ。

 そこへ水を差すような一報が舞い込んでくるのは、もうすぐ後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇襲に備える遊撃部隊から離れた場所で待機していた補給部隊。

 敵に見つからないよう灯りを点けておらず、時間も相まって捻くれた木々の茂る林は薄暗くなっていた。

 

 その中を、1人の少女が歩いている。辺りを見回しながら怖々と歩く焦げ茶色の髪の少女──その背後で、不敵な笑みを浮かべる人影が。

 

 暗黒騎士の証である紫を基調とした金属鎧に身を包んだその男の名は《ヴァサゴ》──暗黒神ベクタことガブリエル・ミラーと共にオーシャン・タートルを襲撃し、ダークテリトリー側の上位アカウントを用いてアンダーワールドへダイブしてきた外部の人間だ。

 これまで現地人に戦いを任せきりだった事に痺れを切らしたヴァサゴへ、ガブリエルはこの林で待機しているよう指示を出した。具体的な意図こそ説明されなかったが、「ここにいれば面白い事が起きる」と直感で感じ取ったヴァサゴは意気揚々と移動を開始。いざ待ってみれば、人界軍の別働隊がやってきたではないか。

 暗がりに溶け込みやすいロケーションも手伝い、完璧に闇に紛れたヴァサゴは、程なくしてこの世界で初めて殺人(PK)を行った。その感触たるや、現実でも経験したそれと全く遜色がない。もっと言えば、かつて経験した《あの世界》のそれにも匹敵する。

 

 背筋を上るゾクゾクとした興奮に任せ、しかし思考は至って冷静なまま、ヴァサゴは立て続けに5人の人界軍の兵士を殺した。背後から忍び寄り、標的の口元を押さえて素早く喉元を掻っ切る──断末魔の叫びすら上げさせない、お手本のような潜伏からの奇襲(アンブッシュ)

 そうして次の獲物に定めたのがあの少女だ。ここまでは揃いも揃って年の食った男ばかり。ああいう若い女の恐怖に歪んだ表情は何とも格別だったのを思い出す。

 

「(そうだ。そのまま真っ直ぐ、こっちに来い……)」

 

 木の陰から少女の様子を伺う。身を隠した木を通り過ぎた所で、ヴァサゴは音1つ立てずに少女の背後へ躍り出た。そのままジリジリと距離を詰め──

 

「(これで、シックスダウ──)」

 

 伸ばした左手が少女に触れようとした瞬間、彼女の脇から鋭い刃が突き上げられる。驚きながらも踏み止まり後退したヴァサゴの喉元を、剣の切っ先が掠めた──気取られない静かな抜剣といい、不意打ちを仕掛けるタイミングといい、明らかに狙った行動だ。つまり、完璧だと自負していた隠蔽(ハイディング)がこんな子供に見破られた……?

 

「っと──ヘイ、ベイビー。何で分かった?」

 

 言い切ってから、そういやこの世界じゃ英語はまともに通じないんだったか、と思い直す。後半の質問に少女が答えた。

 

「『目だけに頼るな、全体を感じろ』──先輩がそう教えてくれたから」

 

「せ、先輩だぁ……?」

 

 期待していたようなものとは違う少女の回答に小さく面食らう。その短い間に、少女は大きく息を吸い込み──

 

 

「敵襲!敵襲──ッ!」

 

 

 呼びかけに応じ、辺りから10人程の兵が駆けつけてくる。個々のステータスで見ればヴァサゴの方が圧倒的だが、話に聞いた整合騎士がそうであるように、数で押されてしまっては流石に分が悪い。ヴァサゴはしくじってしまった、と小さく舌打ちした──尤も、その真意は一般的なものと異なっていたが。

 

「──お前ら、仕事だ!」

 

 ヴァサゴの声に応じ、彼の背後からゾロゾロと人影が姿を現す──通常の暗黒騎士よりも軽装の、ヴァサゴが見繕って同行させた偵察兵だ。その数、およそ30人。

 

「出来ればもうちょいアサシン気分でキルスコア更新したかったんだがなぁ。こうなりゃ仕方ねぇ──こっからはジェノサイドと洒落こもうや。精々楽しませてくれよぉ?」

 

 数的有利が一瞬で逆転してしまった補給部隊に、ヴァサゴは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「ヒュゥ──!」

 

 最も近くにいたあの少女──ロニエ目掛け、ヴァサゴの短剣が繰り出される。表情と口調は享楽的なものだが、それに反して武器の扱いは驚くべき鋭さだった。得物の軽さを最大限活かした刺突の連続、しかも狙いは的確。見る者が見れば、相当な場数を踏んでいる事が伺い知れる。

 

 彼我の実力差は歴然。ロニエはヴァサゴの連撃を3度防御したものの、続く4撃目で手から剣を弾き上げられてしまう。宙を舞う剣を器用にキャッチしたヴァサゴは、勢いに押されて倒れ込んだロニエに剣を突きつける。

 

「ロニエ──!」

 

「おぉっと動くなよ嬢ちゃん達。なぁに、大人しくしてりゃ殺さないどいてやるさ。女は色々使い道があるからなぁ」

 

 助けに入ろうとしたティーゼとレイラだが、ロニエを人質に取られては迂闊に動けない。悔しそうに歯噛みする少女達を見て、ヴァサゴはニヤリと口元を歪める。

 

「いいねぇ、これだよこの感じ……!人の命を、絆を、剣先で弄ぶこの愉悦──これだからプレイヤー・キルはやめられねぇ……!」

 

 身を屈めてロニエの喉元にヒタリと刃をあてがえば、そこを通じて少女の恐怖が、屈辱が伝わってくる。これまでリアルの方でも何度か殺しの経験があるヴァサゴだが、ロニエの表情はそのどれよりも味わい深い──かつて《あの世界》で何度も目にして味わった最上級の愉悦感を、彼の中に思い起こさせた。

 

「あん──?」

 

 しかしそれでいて、ロニエは決して目を瞑りはしなかった。なす術なく組み伏せられ、生殺与奪を握られているこの状況に於いて尚、涙を滲ませた瞳で気丈にヴァサゴの事を睨んでいる。

 

 その様子に、ヴァサゴは「ある剣士」の姿を重ねた──どんなに絶望的な状況に陥っても、決して折れず、汚れず、諦めなかったあの少年の姿を。

 年端もいかない少女が思った以上の抵抗をしてみせたことで、もう少し楽しんでみてもいいかと考えていたヴァサゴは、その思考を改めた。どこか狂気や妄執めいたものを滲ませた笑みを湛え、あてがった刃を少しずつ、少しずつ、ロニエの首筋へ押し込んでいく……まだ一度として使用されていない剣が、初めて血に触れようとしたその瞬間──

 

 

 

バギャッ──!!

 

 

 

 何かを踏み砕くような音と殆ど同時に、灰色の影がヴァサゴを突き飛ばした。

 

「うぉ──ッ!?」

 

 受身を取って体勢を立て直すヴァサゴ目掛け、その影は手にしていた灰色の剣を横薙ぎに振りかぶる。咄嗟に短剣で受けたものの、見た目にそぐわぬ凄まじい重量がのしかかり、いとも容易く押し切られてしまう。寸での所で頭を引き、頬を浅く斬られるだけに留めたヴァサゴは、地面に手を着いて身を捩りざま、闖入者の腹に蹴りを入れ跳び退る。微かな苦悶の声を漏らして後退した闖入者に、背後の少女達が駆け寄った。

 

 

()()()()()──!」

 

 

 長い濡羽色の髪の少女が口にしたその名前。ヴァサゴは頬に走る痛みも忘れ、闖入者の姿を凝視する。全く同じでこそないが、灰色づくめの装いに、同色の得物。そして何より、この暗がりでも爛々と輝く殺意に満ちた眼光──かつて自分が引き起こした戦いで目にしたものと同じだった。

 

「ミツキ……は、はは……ッハッハッハッハ!What the fuck(どういうこった)!? ヘイヘイ、まさかこんな所で会えるとはなァ──《裂槍》ォ!」

 

 かの英雄が現れた。ならばもしや──ヴァサゴは辺りを見回し、意中の少年の姿を探す。

 

「(どこだ。どこだよいるんだろ()()も──!)」

 

 しかし見つからない。どんなに目を凝らしても、あの黒衣の少年の姿はどこにもなかった。

 だが……ヴァサゴの勘は告げていた。間違いなくここに──このアンダーワールドに「彼」もいる、と。

 

 ──見つからないなら、引きずり出すまで。

 

「オーケー……お前ら、殺れ」

 

 この一声で、ヴァサゴの後ろに控えていた暗黒騎士達が一斉に動き出す。

 衛士達は応戦するも、流石ダークテリトリー軍の主力というべきか、暗黒騎士相手では歯が立たない。どうにか致命傷を防ぐので精一杯だった。

 既に待ち伏せ地点へ通達を向かわせているので、距離的にはじき救援が来てもいい頃だが……果たして間に合うかどうか。ただでさえ数で劣っているのだ、全滅するのは時間の問題だろう。

 

 唯一、暗黒騎士に太刀打ち出来るだろうミツキは、またも率先して味方の救援に回ろうとするが……

 

「──ヘイ《裂槍》!どこ行くんだよ遊ぼうぜぇ!」

 

 このように、しつこくヴァサゴが張り付いてくるせいで満足に動けない。味方を助けに向かおうとすると、その瞬間ヴァサゴの短剣が腕や脚、背中を斬りつけ、或いは突き立てられる。挙句の果てには後ろ襟を掴んで引き止められ、手近な木に投げ飛ばされてしまった。

 

「ッ……ッ……」

 

 血を滴らせながら尚も立ち上がり、戦おうとするミツキ。持ち上がった視線の先では、後輩達3人へ暗黒騎士が迫っており──

 

「ッ──!」

 

 せめて彼女達だけでも──全力で地面を踏み蹴り飛び出すミツキだが、その腹にヴァサゴの爪先がめり込んだ。

 

「ガ……ッ──」

 

「ハッ、目線でバレバレだぜ──何だよ随分と弱っちぃじゃねぇか。ステはハイレベルだが、動きはニュービーレベルときた、読み易いったらないぜ。昔のお前はもっとクールでスマートだった気がするんだがなぁ?使ってンのが剣だからか、んん?」

 

 地面に転がり、嘔吐きながらも立ち上がろうとする。そんなミツキとヴァサゴの間に、レイラが立ちはだかった。

 

「なんだよ、今度はお嬢ちゃんが遊んでくれるってか?見た所……こういうのには向いてねぇみたいだけどなぁ?お嬢ちゃんが戦えるのはベッドの上くらいじゃねぇか?」

 

 値踏みするようにレイラの身体を眺め回すヴァサゴ。冗談めかした言葉を口にしているが、その気になればレイラなど一瞬で殺せるだろう。それは彼女が1番よく分かっている。足は震えているし、緊張と恐怖で心臓の鼓動は早まるばかり。剣を握る手はじっとりと汗で濡れている。

 

「ハァ、ハァ……確かに、私は弱いです。あなたは勿論、きっとゴブリンにすら勝てません。でも……それでも……ッ、先輩を、守る事くらいは、できます……ッ」

 

「ヒュウ──健気だねぇ。その勇気に免じて、ちょいとばかし遊んでやってもいいが……モンスター騎士にやって来られても面倒だ、邪魔しねぇでもらおうか──!」

 

 短剣を構え、レイラ目掛けて飛びかかるヴァサゴ。

 刹那──空から小さな光の粒子が舞い散る。

 

 神聖力の光にも似た、暖かな光……何事かと空を見上げた守備軍の衛士も、暗黒騎士も、この場の全員が、同じものを目にした。

 

 人だ。眩い光に包まれて輪郭しか伺えないが、長い髪の女が空からゆっくりと舞い降りてくる。次第に距離が近づくに連れて、詳細な姿が見えてきた。

 羽のようにはためく長いスカート、身を覆う真珠色の軽鎧。そして──特に目を引く、長い栗色の髪。

 

 その姿を目にした者──特に人界人は、揃って全く同じ名前を脳裏に思い浮かべていた。その名前を、ロニエが零す。

 

 

「……ステイシア、様……?」

 

 

 まさかその声に応じたわけではないだろう、神話に伝わる創世の女神を思わせる光の女は、地上を一頻り見渡すと、

 

 

 

La───

 

 

 

 およそ人のものではない、しかし悍ましさのようなものも感じない不思議な歌声が、ダークテリトリーの夜空に木霊する。同時に、持ち上げた腕が虚空を撫でると、その軌跡に沿って七色の光のベールが出現した。

 

 光のベール──リアルではオーロラと呼ばれるそれを呆然と見上げるヴァサゴらダークテリトリー軍。次の瞬間、地響きと共に大地が裂け、上に立っていた暗黒騎士達を深い深い深淵へと飲み込んでいく。ヴァサゴはギリギリの所で跳び退き難を逃れた。

 

「何だ……!? 何が起きてやがる……!?」

 

 その間にも、女は別の方向──ちょうど追っ手の本隊が向かってくる方角目掛け、もう一度虚空を撫でた。

 

 

 

La───

 

 

 

 再び響く歌声。それに伴い現れたオーロラが、またも大地を割り拓く。

 

 そして最後に──残っているヴァサゴを見下ろした女は、真っ直ぐ手を差し伸べて三度あの歌声を響かせた。

 

 ヴァサゴの足元が何の前触れもなくポッカリと口を開け、底があるのかさえ知れない暗闇へヴァサゴを飲み込んでいく。

 

 重力に引かれ落下しながら、ヴァサゴは誰にでもなくブツブツと言葉をこぼしていた。

 

「おい……オイオイマジかよ……!」

 

 穴に落とされる直前、ヴァサゴはあの女の顔を見た。

 

 見間違うはずも無い、あの顔、あの髪、あの気配。あれは……あの女は……

 

「──KoBの……《閃光》じゃねぇか……!」

 

 ヴァサゴは、胸の中に確信と喜びを抱きながら、地の底へと消えていった。

 




ようやっとアスナ様が降臨なさいました。
つまり、もう1つの戦いが幕を開けようとしています。
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