──「死」を予感したことはある?
──…何です急に?んー…まだ騎士になりたてだった頃、先代だか先々代だかの暗黒将軍に殺されかけた事はありますが……
──でも、そいつの首は随分前に獲ってきたじゃない。それ以降は?
──…ちょいと、思いつきませんなぁ。何故急にそんな事を?猊下には無縁の感覚でしょうに。
──…
──それはそれは……最高司祭というのも、中々難儀な仕事ですなぁ。
天幕の中で目覚めたベルクーリは、着物の襟を整えながら過去の記憶に思いを馳せる。
姿形のはっきりとしない、しかしそこへ確かに存在する、漠然としたもの。理屈や道理に先んじて己の直感に届くこの感覚が、在りし日のアドミニストレータが毎日感じていたものであるのなら……
「(死の予感……なる程、これが──本当に、随分と難儀な生を送られていたようで。……差し詰め、
チラと天幕の隅へ目を向ければ、そこには己が得物である《時穿剣》ともう1つ──ベルクーリの身の丈を僅かに超える、1本の旗槍が架けられていた。
カセドラルから《東の大門》へ向かう前日──ベルクーリの夢枕にアドミニストレータが現れ、この旗槍を持っていくよう言いつけたのだ。
最古の騎士である彼も存在を知らなかった──もしかしたら忘れているだけなのかもしれないが──この旗槍。紐を解き開いてみても、肝心の旗の部分はボロボロに朽ちて穴だらけ。かつては何かが染め抜かれていたのだろう布地も今や色褪せ、過去の姿を窺う事は出来ない。
何の役に立つのかも分からない──相当に旧い物であることは分かるが、それでもただの長槍として使うのが精々だろう──コレをわざわざ持ってきたのは、ベルクーリの独断だった。
恐ろしい計画を企てていたとはいえ、アドミニストレータの先見の明は確かなものだった。ベルクーリや他の騎士達には不可解な行動でも、必ず何かしらの意味があった、という例は枚挙に暇がない。ならばきっと今回も、何か意味があるということなのだろう。
「さぁて──そんじゃまぁ、いくとするか……!」
小さく意気込んだベルクーリは、赤々としたダークテリトリーの空の下へ繰り出した。
その頃、別の天幕では──
「──良かった。キリト先輩、今日はちょっと顔色が良いみたい」
「うん。ミツキ先輩も、朝ご飯を食べる手がちょっとだけ早かった気がする」
起床のラッパで目を覚ました一同は、眠い眼を擦り擦り、もぐもぐと朝食をとっていた。よもや《情報交換》が日付を跨いだ深夜まで続く事になろうとは思わず、結局、全員この天幕で各々の相手に寄り添うようにして眠りに就いたのだ──尚、ベルグリッドだけはいつの間にか自分の天幕に戻っていたらしい。
キリトとミツキの食指がよく動いているのは、美女7人の添い寝が効いたのかも──とは、冗談めかしたアリスの言。真偽はともかく、彼らが少しでも目覚めに近づいていたらいい、というのは全員の共通認識だった。
「さ、私達も早く食べちゃいましょ。この後、今後の動きを決める軍議が──」
そんなアリスの言葉を遮るように、ラッパの音が聞こえてきた。少し前に耳にした起床を告げるものとは違う。この音色が現すのは──非常召集。
アリスとイーディス、リーナ、メディナの4人は行儀が悪いと思いつつサンドイッチを咥えて立ち上がり、食べながらいそいそと支度を始める。アスナ達もそれに倣い、合流したティーゼを含む後輩達3人にキリトらのことを任せ、待っているだろうベルクーリの元へと向かった。
果たして、到着したアリス達が目にしたのは、何とも驚くべき光景だった。
昨夜アスナが生み出した巨大な地割れ──その対岸から数本のロープが渡され、拳闘士や暗黒騎士がしがみつくように決死の綱渡りを敢行していたのだ。
確かに、断層の幅はおよそ100メルにも達する。おおよそ人の身で跳び越せるような距離ではない。暗黒騎士の飛竜がいれば話は別だが、ただでさえ絶対数が少ない所をイーディスによって更に減らされている。何より如何に騎士の飛竜といえど、同時に運べるのは乗り手を含めて精々4人が限度。飛竜の消耗も加味すれば、大した数は運搬できない。
であれば必然、断層の端まで大きく迂回するのが、犠牲を最も少なく済ませる回答なのだが……指揮官である暗黒神ベクタは構わず最短ルートを取ったようだ。
……率直に、無謀と言う他ない──それはアリスやアスナだけでなく、この光景を見た者全員が意見を同じくしていた。谷の上は風も強まる。万が一振り落とされでもすれば一貫の終わり。何より、敵陣へ乗り込む為とはいえあんな大隙を晒していては、どうなるかなど目に見えているだろうに。
それでもベクタはこの手段を取った。
一見愚行と取れるこの命令の向こうに何か意図があるのかもしれないが……少なくとも、このまま敵軍がこちら側へ渡りきるのを待つという選択肢など、あるはずもない。
「──レンリ、お前さんの《雙翼刃》の最大射程はどれくらいだ」
「は──通常時で30メル、武装完全支配術を使えば……100メルまでは」
「よし。決まりだな──全員出撃準備だ!」
レンリの神器……それがどのような武器か知っている者であれば、ベルクーリの考えを読み取るのは容易い。これまで実戦とは縁遠い生き方をしてきた人界軍の者は、そのやり方に一抹の疑問を覚えざるを得ない──敵とはいえ、こんな方法で……?──と。
しかしここは戦場、そしてこれは戦争だ。敵がどんな意志で攻め込んでくるか、アスナを除く全員が身を以て知っている。下手な情をかけてしまえば、こちらの命が危ういのだ。ならば……ただでさえ劣勢なこの状況、悠長に手段を選んでいる余裕などありはしなかった。
直ちに馬を駆り、出撃する遊撃部隊──中央にレンリを配置し、彼を囲むようにベルクーリ他整合騎士とアスナで固めた陣形を対岸から遠目に目撃した拳闘士団チャンピオン《イスカーン》は、先に待ち受けるだろう未来をこの上なく鮮明に予見した。
「やめろ……やめろ、やめろやめろやめろやめろォォォォォォォ──ッ!!!」
絶叫虚しく、レンリの手から投刃が放たれる。空中で1つに組み合わさった2枚の刃は谷を駆け抜け、文字通り命綱に等しいロープを1本、また1本と切断していく。当然、綱渡りの途中だった者は一切の例外なく、谷底へ落ちていった。
……イスカーンとて、まさか人界軍に対して「卑怯、卑劣」等と罵るつもりはない。これは戦争。戦力差で劣る以上あちら側も必死なのだという事は重々理解している。しかし、それでも……ッ
「(アイツ等は……断じてッ!こんな死に方をする為に、辛い修練に耐えてきたわけじゃねェ……ッ!拳闘士たる者、強えぇ奴と戦って、闘って、戰いの末に死ぬんなら本望だッ……これじゃあ──まるッきり、犬死にじゃねぇか……ッ!アイツ等の死に、何の意味があるってんだ……ッ!)」
「どれだけ被害が出ても構わない、綱渡りを強行しろ」──皇帝からの命令を聞いた時、イスカーンは「上手くいくはずがない」と思った。それはきっと、シャスターの後釜に収まった新しい暗黒将軍も同様だったろう。
あんな隠れる場所も何も無い荒野で峡谷の上を綱渡りなど、敵に「どうぞ襲ってください」と言っているようなものではないか。百歩譲って、やるなら視界の悪い深夜の内にすべきだった。
だがイスカーンも新将軍も、圧倒的な力を持つベクタの命令に異を唱えることは出来ず、唯々命令を了解することしか出来なかった。
こうなる事は目に見えていた。皇帝の命令が如何に愚かで無謀か理解していた。にも関わらず、従わざるを得ない。人界侵略という暗黒界五族の悲願を叶える為だというならまだ飲み込めたものの、こんな命令を下した皇帝の目的は唐突に出てきた《光の巫女》なる詳細不明の存在だ──そんな訳の分からないものの為に、こんな馬鹿げた作戦を部下達に遂行させなければならないとは……割れんばかりに歯を食いしばり、掌から血を滴らせながら、若く強きチャンピオンは、
「ゆるして、くれ……ゆるしてくれ……ッ」
既に消えてしまった命達と、これからすぐ消える事になる命達へ、消え入るような懺悔の言葉を絞り出す事しかできなかった。
「(……まぁ、当然の展開だな。やはりAIの性能では人界側のユニットの方がやや優秀なようだ──状況対応力で言えば『段違い』と評すべきか)」
最後方の戦車で事の行く末を眺めていた皇帝ベクタことガブリエル・ミラーは小さく嘆息する。元よりあんな馬鹿な作戦──策とも呼べない馬鹿の所業──が上手くいくなどと期待はしていなかった。何か偶然が重なって万が一にも上手くいけば儲け物、好奇心から来るちょっとした実験程度のつもりで命じたものだ。予想通りのつまらない結果に終わった。
開戦以来、複雑な内容の行動を取っていないとはいえ、人界陣営はこちらの作戦を尽く見抜き、手痛いカウンターを決めてくる。所詮CPU相手の戦術シミュレーションゲームのようなものと思っていたが、その前提は改める必要がありそうだ──と、ようやくその考えにたどり着くまでに、ベクタは自軍の戦力のおよそ7割を損耗、もといドブに捨てているわけなのだが……当の本人は、そんな事全く気にも留めていない様子だ。
それもその筈、ベクタに──ガブリエルとってダークテリトリー軍などただの前座、本命は別にいる。
「(
予ての計画通り事を進めているだろう部下の働きに期待しながら、ガブリエルは今暫し、この退屈な光景を眺め続けるのだった。
──同刻。リアルワールド、《オーシャン・タートル》メインコントロールルーム。
「──なぁクリッさんよォ、さっきからなァ~に陰キャオタクみてェにPC弄ってんだァ?ボスからの言いつけサボってエロサイトでも見てんのかよ?」
「ンな訳あるか、仕事なら終わったっつーの。たった今な──ほい、同期完了、っと」
ガブリエルとヴァサゴがアンダーワールドにダイブしてからというものの、襲撃チーム電子工作担当の《クリッター》はある作業に取り掛かっていた。
まず1つは、1000倍になっているFLA倍率を下げてアンダーワールド内の時間経過を現実のそれと同期させること。しかし一息に倍率を下げてしまえば、恐らくサブコンで同じように状況をモニタリングしているだろうラースの連中に気づかれてしまう。よってゆっくり、少しずつ、時間をかけて倍率を下げていく必要があった。それが今しがた完了した所だ。
「これであっちとこっちの時間の流れが同じになった、って訳か──なぁクリッさん。俺も……」
「ダメだ。命令に無い事してポカやらかしたら、大目玉程度じゃ済まねぇぞ。あとその訳分かんねぇ呼び方やめろっつったろ──ほれ、
「んじゃその坊やってのもやめてくれよォ。いくら自分が40迫ったおっさんだからって、成人男性を坊や呼びすンのは早いと思うぜェ?」
襲撃チームの一員である若者は、不満げに唇を尖らせながら、隣のコンソールに表示されたダークテリトリーのハイレベルアカウント一覧を眺め始める。
ヴァサゴの知り合いという事でコネ入社同然にガブリエルの下へ転がり込んできたこの若者だが、クリッターはヴァサゴ程じゃないにしろイマイチ反りが合わない。人を小馬鹿にしたような態度、ベラベラとよく回る舌。戦闘技術に関してもヴァサゴやガブリエル、他の面々と比べて抜きん出るものはない。しかし……技術とは違う点で、彼もまた「イカれた人間」なのだという事は薄々感じ取っていた。
一度、彼と同じチームで「仕事」をこなした際──彼は、標的の相手を殺すまでの間、あれやこれやと質問を投げかけては、怯えながら答える相手を見て楽しそうに嗤っていたのだ。その質問というのも趣味の悪いもので、まるで人の本性を暴き立てるようなものばかり。
アレだ──参加者が命惜しさに醜い争いを繰り広げる様を肴にワインを楽しむデスゲーム主催者、という例えが相応しいだろう。そういう手合いは往々にして、いざ自分が窮地に立たされると情けなく泣き叫ぶのが相場だが……
「(コイツがそうやって命乞いしてるイメージ、どうしてか湧かねぇんだよなぁ……嗤ってる方がしっくり来る辺り、コイツも相当イっちまってる──ってのはまぁ、ヴァサゴの野郎の知り合いって時点でお察しか)」
一見遊んでいるように見えて仕事はきっちりこなすし、タイムキープも時計無しで完璧に守る。何より逃げ足が速い。チームだという事を想定してないのではと思えるくらい険しい逃走ルートになりがちなのは勘弁して欲しいが、その点だけはクリッターとしても評価している。
今回のような任務の際、奪ったブツを彼に任せておけば、最低限ブツだけは無事に持ち帰ってくれる──まぁ、今回はボスであるガブリエルを含む腕利き総出での仕事なので、そういった事にはならないだろうが。
「確か……ヴァサゴの旦那が使ったのは暗黒騎士だっけか──お、他にも色々あんじゃん。暗黒術師に拳闘士……うっわ、ご丁寧にオークとかゴブリンもあんのかよ。ゴブリン垢はクリッさんに取っとくから安心してくれよなァ」
「へいへい、いらねぇよ──」
そう言いながら2つ目の作業──クリッターは倍率調整作業と並行して作っていた「あるもの」を人気MMOニュースサイトに投下する。
貼り付けられたURLをクリックすると、たどり着くのは1つのサイト。
血飛沫や血痕でおどろおどろしい装飾の施されたホームページには、新しいVRMMOの時限式ベータテストが行われる旨が記載されており、
《史上初、殺戮特化型PvPゲーム!》
《完全人型アバター使用。レーティング無し、倫理コード無し》
と、URLの投下されたサイトのユーザーを多く占める米国人にとって、垂涎もののワードが羅列されていたのだ。
VRゲームが普及する以前より、海外のホラーゲームはゴア表現が過激と感じる者は多いだろう。某名作ゾンビゲームシリーズに始まり、パニックホラー、サスペンスホラー、いずれも名前を聞けば納得の人気タイトル達。
しかし実際の所、日本よりもアメリカを始め諸外国の方が、表現に対する規制は厳しかったりする。プレイヤーへの思想的な影響だったり、過度にグロテスクなものだったり、或いは宗教的なものなど、理由は様々ある。そしてそれは、VRMMOも例外ではない──
その代表的なものが、倫理コードの適用義務──こと残虐表現及び性的表現に関しては一際厳しい目でレーティング審査が行われる。
《プレイヤーの手足が千切れ飛び、流血や断面がリアルに描写される》というようなゴア表現を行いたければ、プレイヤーが操作するアバターは人型ではなく、《インセクサイト》のように虫などを始めとする別の生物に限定する必要があった。ゾンビですらギリギリのラインなのだ。
今や発祥の地である日本よりも規制が厳しくなっている米国のVRMMOユーザー達は、そんな状況に日々フラストレーションを溜め続けていた。
──折角のフルダイブゲームなのだから、現実ではできない体験をしたい。
──アドベンチャーRPGも悪くないが、もっと刺激が欲しい。
──映画の中に入ったかのような非日常を楽しみたい。
──例えばそう……格闘ゲームのような派手な戦いを。
──アクション映画のような大立ち回りを。
──ポストアポカリプスのような混沌を。
──本能に任せた闘争を。
──煩わしいルールに縛られない、真の自由を。
それら全てが、このゲームのベータテストには詰まっている。どこぞの恐れ知らずの運営がやってくれた。例え製品化には漕ぎ着けられなくとも、ベータテストが行える程度まで完成されているのなら十分。
クライアントをダウンロードするプレイヤー達の脳裏には、一様に1つのゲームタイトルが浮かんでいた──同じ人間の体で、極めてリアルな戦いが出来る……そんなの──まるで《ソードアート・オンライン》のようじゃないか、と。
勿論、大部分はSAOの事はニュースや伝聞で聞き知っているだけの者だろう。ログアウト不可のデスゲームなど、いざやれと言われたら拒否する者が殆どだろう。まさか……本当にSAOのように、デスゲームをやらされるわけじゃないだろう……と、そう考えている者が殆どだろう。
事実、これはデスゲームではない。内部でHPを全損したって本当に死ぬわけではない。
だがしかし──そんなプレイヤー達に明かされていない情報が、2つ。
1つ、このゲームはペインアブゾーバーが機能していない為、仮想世界で負傷すれば現実同様の痛みが伴うこと……死ぬような傷を負えば、文字通り死ぬ程の痛みに襲われること。
そして2つ……これは本当はゲームなどではなく、新たに生まれた別の世界であり、相対するのは、仮想の命ではなく、本物の「命」であること……この戦いに於いて、彼ら彼女らは輝かしい救世主でもなければ、気楽な遊び人でもない、悪辣なる侵略者であり、無知なる虐殺者なのだということ。
ガブリエル陣営の策は見事なものだった。
ダークテリトリー側のアカウントを利用する、という所までは比嘉の脳裏を過りこそすれ、まさか全く無関係の一般人を外部から集め、下位の暗黒騎士アカウントを与えてアンダーワールドにダイブさせるなどと、機密保持的観点から見てもまず思いつかない。
《ザ・シード》が世界の核として用いられている以上、時間加速の倍率さえ合わせてしまえば、STLなど使わずともアミュスフィアでダイブすることが可能だ。違いといえばニーモニック・ビジュアルの精細なグラフィックではなく、従来のポリゴンデータで世界を知覚する事になるだけで、オブジェクトやアバターに触れる事も出来る──武器を用いて殺傷することも、同様に。
菊岡も、比嘉も、凛子も、アスナでさえ気付いていない恐ろしい作戦を、現時点で察知している存在が1人だけいた──ユイである。
通常、このオーシャン・タートルは外部のネットワークから切り離されており、アスナが中に入って以降、ユイはずっとキリトの家のPCか直葉の端末にいたのだが……つい先程、クリッターが外部のプレイヤーを受け入れる経路を繋げる際、プロテクトを一時的に解除したのだ。その僅かな時間で艦内ネットワークに滑り込んだユイは、全力で情報収集に取り掛かる──お陰で大体の状況は掴めた。
「大変……何とかしないと、パパ達が……!」
クリッターの繋いだアクセスルートを遮断することも可能ではあったが、直接手出ししては間違いなく敵に感づかれてしまう。ネットワークから弾き出されたが最後、二度と入り込むチャンスは訪れないだろう。
次善の対抗策はすぐに思いついた。しかし実行に移すまで時間がかかる。
ほんの少しでも、可及的速やかにアスナ達を助ける方法──正直、危ない橋ではある。だがこれしかない。
意を決したユイはアスナの端末に登録された連絡先から、何人かの人物にコンタクトを図った。
詳しい状況説明を省けて、今すぐ協力を頼めそうなのは2人。これだけでも十分過ぎる程心強い応援になってくれるだろうが……数は少しでも多い方がいい、と、ユイは追加でもう1人、連絡を試みる──詳しい話を聞かずとも協力を快諾してくれたが、少し時間がかかるかも、という答えが返ってきた。確約が取れただけ良しとするも、依然頭数が心許ない。
誰か、誰かいないか──彼女達2人に匹敵する実力と、仮想世界への高い適応性を持つ者──
「……あっ──」
悪いと思いつつアスナ以外の端末も探ったユイは、ある1つの名前を発見した。アスナから聞いた事がある、この人物は……!
これでダメならもうあの2人に任せるしかない、と、最後の望みをかけて、ユイはその人物に連絡を取った。
数回のコール音の後、通話が繋がる。
『……ちょっと、こんな時間に何……?』
「あの、初めまして、私はユイといいます!パパ……キリトさんとアスナさんの《娘》です!───さんでお間違いないでしょうか?」
『えっ?そうだけど──って、む、娘ェ……ッ!? ちょちょっと待って、その携帯──』
「突然のご連絡すみません。混乱されていると思いますが、今はあなたの力を貸して欲しいんです──パパとママ、ミツキさんを助ける為に!」
時刻は午前3時半前──まだ空も暗い内にユイからの電話で起こされた詩乃は、タクシーで六本木へ向かっていた。
ミツキ達が危ない──詳しい事情を聞かずとも、そう聞いただけで詩乃の体は勝手に動いた。すぐさま着替え、ユイが手配してくれていたタクシーに飛び乗り、目的地までの最短ルートをドライバーに提示。許す限りの全速力で、と注文までつけた程だ。
そしてそれは、同じくユイから協力の要請を受けた直葉も同様だった。
彼女達は予めアスナと一緒にキリト及びミツキの失踪について調べていた都合、アンダーワールドのことも、ラースのことも、大まかながら認知している。急を要するこの状況下で状況説明を大幅に省け、また緊急性も理解してくれるだろうこの2人が、ユイの思考エンジンが真っ先にはじき出した名前だった。
いざ、2台のタクシーが停車したのは東京六本木にあるラース支社。キリトとミツキがバイトで訪れていたビルだ。
「シノンさん──!」
「直葉ちゃん──あなたもユイちゃんから?」
「はい。今すぐここへ向かって欲しい、って。ユイちゃんが言うには、あともう1人来るそうなんですけど──」
直葉と詩乃の他にもう1人……こんな時に協力してくれる人物の名はいくつか思い当たるが──
キョロキョロ辺りを見回していると、コツ、コツ、と詩乃の背後から近づく足音が……
「──えっと……あなた達が《リーファ》と《シノン》……で、いいのよね?」
「あなたは──」
現実時間 2026/07/07 AM4:32──オーシャン・タートルのサブコントロールルームは、静けさに満ちていた。
あれ以降、これといって大きな事態の動きも無く、スタッフ達は交代で仮眠を取りながら──或いは睡魔に敗北しながら──アンダーワールドのモニタリングを続けている。
アスナがダイブしてから10時間が経過した。アンダーワールドでは1000倍の速さで時が進んでいるので、内部だとじき1年が経つ頃だが……未だに彼女がアリスを連れ帰ってくる様子は無い。
《ワールドエンド・オールター》って、人界からそんな遠かったっけなぁ…──と、あくび混じりに考えていると、突然コンソール上の受話器がベルを鳴らす。ハッとなった菊岡が慌てて受話器を取った。
「こちらサブコントロールルーム、菊岡だ──!」
『えっと──そちら、ラース本社のSTL開発本部、ですよね?こちら六本木分室なんですが……』
「ろ、六本木?──あ、ああはい。開発本部の菊岡です」
菊岡の返答がしどろもどろなのは、六本木から連絡が来たことが原因だ。
何せ、六本木支部はあくまでSTLの開発と試験運転が目的であり、そこに勤めるスタッフはプロジェクトのことも、ラースの本部がオーシャン・タートルにあることも、そこが今まさに何者かの襲撃を受けている事も知らされていないのだから。
何も知らない相手からの悠長な社交辞令を「何か問題でも?」という一言で断ち切った菊岡に、平木と名乗った六本木のスタッフはこう答えた。
──この六本木支部に、外部の人間がアポ無しで突然訪問してきた。
最初はどこぞの取引先の人間が非常識にも訪ねてきたのかと思ったが、どうやらそうではない。平木が言うには、
『その訪問者っていうのが……どう見ても女子高生なんですよ。それも3人。誰か大人が同行してる様子もありません』
はぁ?──話を聞いていた比嘉と口を揃え、ついそう返してしまう。
『勿論、すぐに追い返そうとしたんですが……彼女達の言ってる事が、明らかにその、訳知り風でして……もしやそちらの誰かのご息女か何かでは、と』
「何を言われたんです……ッ?」
『はい、えっと──ラース本部の菊岡誠二郎って人に連絡して、今すぐアンダーワールドのFLA倍率を確認するよう伝えろ──と』
そう聞くや否や、比嘉が大急ぎでコンソールを叩く──その表情が驚愕に歪んだのはすぐだった。
「とッ……等倍……!? い、いつから──!?」
「な、名前ッ!──その娘達は名乗りましたかッ!?」
『え、えぇ……といっても、明らかに偽名なんですよ。しかも見た目は完全に日本人なのに、全員揃って外国人風の──いや、1人はまぁ日本風っちゃ日本風でしたけど……もし本名だとしたら、最近はそういう名前を付けるのが流行ってるんですかねぇ?』
そんな事どうでもいいからとっとと名前を言え!──という菊岡の念が通じたのか、その女子校生達の名乗った名前が告げられる。
『えっと、確か……《リーファ》と《シノン》と──』
一方、渦中にあるアンダーワールドでは……
「──よし、次行くぞッ!」
既に綱を渡りきってこちら側へ到達していた少数の暗黒騎士及び拳闘士達を手当たり次第に斬り伏せながら、ベルクーリ率いる人界軍は峡谷に渡された縄を切断していく。
その数が5本にも達しようという時──突如として、空から赤い光が降り注いだ。
ダークテリトリーの空よりも禍々しく、赤黒い幾筋もの光は次々と地面に突き刺さり、やがて極太の光の柱を形作る。一体何事、と思ったのも束の間……収束していく光の中から現れたのは、同じく赤いフルプレートアーマーを身に纏う騎士だった──その左右に、後方に、同じ姿が続々と出現していく。
携える武器こそ剣、斧槍、槍と様々だが、全く同じ赤い鎧で身を固めたその集団は、挙って勝鬨の声を上げた。
その間にもどんどん数を増やしていく──ざっと見ても300人はくだらない赤い騎士達は、確かめるように得物を握り締めると、1歩、また1歩前進を始める。
色こそ違えど、鎧が暗黒騎士のそれとよく似たデザインであることから、少なくとも人界の味方ではない、という事をすぐに理解するベルクーリ達。逆にダークテリトリー軍は、見覚えのない風体ながら下位の騎士の鎧を身に着ける彼らを一応の味方と認識。皇帝ベクタが応援を寄越したのか、と最前にいた騎士が問いかけ──その体が、真っ二つに斬り裂かれた。
「
たった今暗黒騎士を斬り殺した赤い騎士は、微かな、しかし確かな興奮に打ち震える声を漏らす。それが波及したかのように、騎士達は猛然と走り出した。
「
「お、おいッ!お前達味方じゃ──がァッ!?」
《
その名の現す意味……文字通り、異界の者達による蹂躙と殺戮が、始まった。
本日2026年2月29日は、原作にて《絶剣》ユウキが旅立っていった日になりますね…
本作では無事未来を歩んでいる彼女が、少しでも幸せになれますように。