今回はかなり長くなりました。お付き合いよろしくお願いします。
「おい……何なんだアイツ等は……!?」
ベルクーリが小さく呻く。
突如として現れた、大量の赤い騎士。
人界軍でもなければ、暗黒界軍でもない──新たな第3勢力と言うべき存在なのだろうことは、暗黒界軍の兵を手当たり次第に殺して回る様を見ればすぐに分かった。
ただ、戦いの喧騒に混じって聞こえてくる連中の声が、300年生きているベルクーリも初めて耳にする謎の言語であることが気になった。姿形こそ同じだが、そもそも人間なのかも疑いたくなる程だ。
しかし人界陣営の中で、唯一、アスナだけがあの赤い騎士達の正体に気付いた。
「(英語を話してる──間違いない、あいつ等もリアルワールドの……!)」
思い立つや否や、アスナは細剣を掲げ、ステイシアアカウントの力を発動させる。
響く歌声に続き、赤い騎士達の足元の地面がひび割れ、せり上がっていく。槍のように大きく切り立った岩山を壁のように連ね、分断を図った。地形の隆起とそれに伴う落石でかなりの数の敵を屠ったはずだが、それでもまだあの騎士達の方が数が多い。
もう一度……もう一度地形操作を発動させ、奴らを完全に隔離しなくては──しかしアスナを苛む激しい頭痛がそれを邪魔してくる。最初に断層を作り出した時よりも痛みのレベルは数段上に感じられた。
「(でもッ……ここで、倒れるわけには……ッ!)」
痛みに耐えながら、震える腕で再び剣を持ち上げる。力を使えば、この上更なる痛みに襲われる事実を前にして尚、己を奮い立たせ──そんなアスナを制止するように、腕を掴む者がいた。
「それは無闇に使える力ではないと言ったのはあなたでしょう?なら、無理をするのはやめなさい──後は私達、整合騎士に任せて」
「アリス……でも、あの人達は……あの赤い兵士達は、私と同じリアルワールドからやって来た敵なの。だから……同じ世界の人間として、私が引き下がるわけには──」
アリスは、アスナによって倒された赤い兵士が、青白い光を残して消えていくのを目にする。その光景は、アリスの中にあるSAOの記憶──あの世界で
「……だとしても、よ──大義も誇りも持たず、闇雲に血と殺戮を求めて剣を振り回すだけの連中など、私達の敵ではありません」
「──嬢ちゃんの言う通りだとも。別の世界から来た敵だろうが、今戦ってる場所はこの世界だ。なら、そこに住んでる俺達が大人しくしてるわけにもいかねぇだろう。ちったァ出番を残しといてくれよ」
ベルクーリと考えを同じくするように、他の整合騎士達──イーディス、シェータ、レンリ、エルドリエも頷く。
「皆さん……ありがとう」
感謝の言葉と共に立ち上がる。剣を掲げたベルクーリの号令によって密集陣形を組んだ守備軍は、あの赤い騎士達の包囲網を突破すべく行動を開始した。
一方、対岸から赤い兵士達の凶行を目にしたイスカーンは──
「(何だよアイツ等……皇帝直属の手先か……!? どうして味方まで攻撃する!? 皇帝は何故止めない!?)」
疑問はまだまだある。
見えるだけでも1万はくだらない赤い兵士達。あれだけの軍勢を呼び出す事が出来るのなら、何故もっと早くにやらなかったのか。そうできない理由があった?
──否。
チャンピオンとして拳闘士らを率いる立場にあるとはいえ、イスカーンはあくまで戦士であり、王や将軍ではない。それでも彼なりに慣れないながらも頭を回した結果──皇帝は最初から、拳闘士団と暗黒騎士団……もっと言うなら暗黒術師も、ゴブリンも、ジャイアントも、オーガも……総勢5万の暗黒界軍全てを捨石同然に使い捨てるつもりだったのは──という考えを導き出した。
そう考えれば、あの無茶な命令にも──自軍にどれ程の被害が出ようと眉一つ動かさなかった事にも──合点が行く。
「うッ……ガ……ッ!?」
不意に、右眼に激痛が走る。視界が赤く染まり、不可解な文字が浮かび上がる。
皇帝に作戦中止を上申した所で、あの男はきっと聞き入れはしないだろう。皇帝ベクタが目指しているのは「自らの勝利」であって「暗黒界の勝利」ではない。極論、目当てである《光の巫女》とやらが手に入りさえすれば、暗黒界が滅びようと、そこに生きる者達が死に絶えようとどうでもいいという訳だ。
──それを裏付けるように、イスカーンらの上空を1つの影が飛び去っていく……皇帝ベクタだ。本陣に座して動かなかった皇帝が、目前に迫った《光の巫女》を捕らえようとわざわざ飛竜を駆ってここまで足を伸ばしてきたのだ。戦場を見下ろすベクタが、あの兵士達に何か命令を下す様子はなく……イスカーンの予想は当たっていたようだ。
だがしかし。それでも皇帝には……
「っ……ふッ、ざ……ッけんなァァァァァァァァ──!!!」
自らの肉体に、魂に刻まれたその戒めを破らんばかりに、イスカーンは吼えた──掲げた右手の指を
「チ、チャンピオン……ッ!?」
突然の暴挙に、副官である《ダンパ》が慌てふためく。しかしイスカーンはサッと持ち上げた手でそれを制した。
「ハァ……ハァ……ッ──ダンパァ……皇帝は、あの赤い兵士に関しちゃ何も命令してねぇ……そうだなァ……!?」
「え、ええ……その通りですが」
「つまりィ──俺達がアイツ等をぶちのめした所で、命令違反にゃならねぇって事だ……ッ!」
そう言って、取り出した眼球を握り潰すイスカーン。程なくして痛みにも慣れ、背後の部下達に振り返る。
「いいか──峡谷に橋が架かったら、お前ら全軍で突撃してこい!何が何でも、向こう岸にいる仲間を助けるんだ!」
「し、しかし……橋などどうやって……?」
尤もなダンパの問いに、イスカーンは笑みを浮かべる。
「決まってンだろ──出来る奴に頼むんだよ……!」
深呼吸したイスカーンは、峡谷目掛けてゆっくりと走り出す。
皇帝ベクタは、各部族の指揮官である暗黒将軍及びイスカーンは最後に綱を渡るよう命令した。見ての通り、後ろにはまだ大勢の部下が残っている。右眼の痛みこそ無くなれど、根本的な解決には至っていない以上、イスカーンが綱を渡るのは不可能だ。
だがしかし、このアンダーワールドに敷かれた法というのは、解釈次第でいとも簡単にすり抜ける事が出来る。それは山脈を隔てた暗黒界の《力の掟》も同様だった。
「綱を渡るなってンなら……手前ェの脚で、跳びゃァいい話だろうが──ッ!!!」
そう意気込んだ若きチャンピオンは、全力で断崖を踏み蹴るのだった。
場所は対岸へ戻り、赤い兵士達と戦いを繰り広げる人界守備軍──。
アスナの細剣が、アリスの剛剣が、シェータの薄刃が、エルドリエの硬鞭が、レンリの投刃が、イーディスの黒刃が、赤い兵士達を次々と光の欠片へと変換していく。
しかし如何せん数が多い。一騎当千の謳い文句に違わぬ奮戦を見せる整合騎士を避けるようにして進んでくる敵を抑える衛士達だが、こういった対人戦はあちらの方に一日の長があった。
アスナから見て、アンダーワールド人の戦い方は些か正々堂々とし過ぎている。ソルティリーナ曰く、整合騎士のように日夜戦いに身を置くような環境でもない限り、人界の民は1対1の儀礼的な決闘しか経験したことがないという。事実、ソードスキルを繰り出す構えを取っている間に死角から攻撃を受けて殺されてしまう者も決して少なくない。
加えて、赤い騎士アバターを駆るリアルワールド人達のアドバンテージとして、仮初の命故の恐怖心の欠如がある。所々耳に入ってきた英語を聞くに、どうやら彼らはこのアンダーワールドを極めてリアルなゲームとして認識しており、読んで字の如くゲーム感覚で人界人、ダークテリトリー人を殺していく。
そんな相手を前にした時感じる恐怖は、アスナにも覚えがあった。
SAO最大最悪の戦いと謳われる《ラフコフ討伐戦》──殺人とPKを歪んだ認識の下に混ぜ合わせ、欲望のまま愉悦と快楽を求めて襲い来る
「ッ──!」
繰り出した細剣が赤い兵士の心臓を、顔面を、次々と貫いていく。そうして倒された敵が揃って苦悶の声を残し消えていった辺り──薄々予感はあったが──どうやらペイン・アブゾーバーが機能していないのは向こうも同じのようだった。
なんとなく予想はつく。彼らは恐らく、あの襲撃者達に都合よく利用されているだけに過ぎない。真相を知れば剣を下ろしてくれるだろう、とも……しかしこの混沌の渦中でそれは期待できない。アスナに出来るのは、せめて彼らが苦痛を感じないようウィークポイントを的確に狙い、一撃で倒すことだけ──しかし、そんな余裕も長くは持たなかった。
アスナの周囲で、1人、また1人とアンダーワールド人が殺されていく。ケタケタと笑いながら、たった1人に寄って集って凶器を叩きつける──その光景が、否応なしにアスナの中の忌まわしき記憶と重なった。
「やめて……やめてェェェェェェェ──ッ!!!」
絶叫と共に繰り出された細剣が、敵の顔面を貫き、胴を断ち斬り、首を刎ねる。
恐らくアミュスフィアでダイブしているのだろう彼らに、STLでダイブしているアスナの動きを捉えるのは容易ではない。その優位を活かし、半ば本能に任せて手当たり次第に敵兵を倒していくアスナだったが……STLの使用が齎すのは、優位ばかりではなかった。
「ッ──!?」
不意に、地面を踏み締めたアスナの足がズルリと滑る。足元に落とした視線の先では、戦いで流れた誰のものかも知れない血痕がベットリと地面に張り付いており、ニーモニック・ビジュアルによって現実と同じ粘性を帯びたそれがアスナの足を掬ったのだ。
バランスを崩して動きが止まった所へ、赤い兵士のバトルアックスが振り下ろされる。咄嗟に横へ跳んで直撃は免れたアスナだったが……動き出すのが僅かばかり遅かった。
肉厚の刃がアスナの左腕を捉え、断ち切る──ドチャッ、という湿った音と共に腕が切り落とされ、前腕部から夥しい量の血が流れ出る。灼けるような熱と凍えるような冷気が入り混じった痛みを味わいながら、アスナはチカチカと明滅する視界の中、割れんばかりに歯を食いしばって痛みに耐える。
散々暴れて仲間を殺しまくった
硬質な激突音と共に爆ぜた火の華は兵士達の頭を吹き飛ばし、バタバタと倒れては光を残して消えていく。その中心──膝をつくアスナの前に立っていたのは、鍛え上げられた赤褐色の肌に簡素な革製のベルトのみを身に着けた若者だった。
「(この人、ダークテリトリー人……!?)」
「──ケッ、見た目通りのヤワい連中だ」
そう吐き捨てた若者は、傍らのアスナを見やる。敵意のような、少し違うような気もする複雑な感情を湛えた双眸に鋭い光が宿り──
「ウ……ラアアアアアアァァァ──ッ!!!」
凄まじい気合と共に拳が繰り出される。回避が間に合わない、と盾代わりに腕を掲げたアスナだったが──厳つい手甲に覆われた彼の拳が叩いたのは、すぐ隣の地面だった。
人の身でありながら大地を揺るがす程の衝撃。そして噴き出すマグマの如き灼熱の炎が爆ぜ、新たに接近していた兵士達を数十人規模で吹き飛ばす。
その威力に呆然と舌を巻いていたアスナの意識は、若者に掴まれた腕の痛みで引き戻された。
「……あの岩山やデケェ地割れを作ったのは、お前だな?」
「え、ええ…… 」
「……取引だ──あの地割れに、狭くていいから丈夫なしっかりとした橋を架けろ──そうすりゃ、4000の拳闘士があの赤い兵士どもを1人残らずぶっ潰すまで、お前達と共闘してやる!」
突然の共闘の申し出……正直、この状況ではありがたい事この上ないが、彼は皇帝ベクタ率いるダークテリトリーの人間だ。安易に話に乗ってしまっていいのかという疑念が付いて回る。
だが気になる点も1つ──この若者は右眼を閉じており、そこから赤い血が垂れた形跡があるのだ。瞼の皮膚が窪んでいるのを見るに、恐らく彼は右眼を消失している。即ち、法への絶対服従を強いる《封印》を破ったということなのか……?
思案するアスナの下へ、小さな金属音と共に足音が──
「──その人、多分、嘘はつかない」
静かに紡がれたその言葉の主──シェータを見た若者は「しっかり生きてやがったか」と笑みを浮かべる。「当然」と短く返すシェータと彼との間に、何か友情めいたものを感じ取ったアスナは、若者の提案を飲み、細剣を峡谷に差し向けた。
歌声と共にオーロラが出現し、女神の力が行使される。2つに分たれた峡谷の対岸同士から四角く細長い柱がせり出すように出現し、丁度峡谷の中央で繋がった。
峡谷に4本の橋が渡され、例の如く頭痛を堪えるアスナ──その脳裏を、猛々しい鬨の声が小さく揺らした。
アスナらが思わぬ応援で僅かに戦況を巻き返す一方、守備軍の最前線では整合騎士達が引き続き大暴れしていた。
「ハァ──ッ!」
アリスの振るう黄金の剣が、赤い兵士の得物をいとも容易く弾き上げ、返す刃で体を両断する。もう敵を何人倒したのかも分からない。この赤い兵士達は間違いなく数を減らしているはずだが……倒しても倒しても次々湧いて出てくる。
何より厄介なのは、アリスを始め整合騎士達が感じ取った、奴らの異常性だった。
「(何故だ……これだけやられて何故勢いが衰えない……!?)」
「(こいつらは本当に人間なのか……!?)」
既に100人以上は赤い兵士を屠っているエルドリエとレンリの元へ、後続の兵士達が向かってくる。その足取りが衰えることはなく、寧ろ時が経つに連れて活発化しているようにさえ思えた。
「(仲間を助けようとする素振りもない……そういう意識が端から無いの……!?)」
イーディスの一太刀が赤い兵士を横薙ぎに一掃する。それでも尚、奴らは歩みを止めない。
あの赤い兵士達は止まらない。
普通、整合騎士達のような圧倒的な相手を前にすれば、恐怖心などから多少なりとも慎重になる。その慎重さが進軍の勢いを緩める。しかし奴らにはその常識が通じない。
命惜しさに恐怖するどころか、消えていく仲間の亡骸を踏みつける勢いで進んでくる。仇討に燃えているのかと思いきや、奴らの剣は揃いも揃って「軽い」の一言に尽きた。アリスの言ったように、大義も、誇りも、何も宿っていない──開戦直後に戦った亜人族にも劣る、空虚な剣。
まるで、戦いと殺戮そのものを目的として、死すら厭わず楽しんでいるかのような……
これがリアルワールドの人間だというのなら、なる程確かに……アスナの言っていた通り、あちらは楽園や理想郷とは程遠い世界なのだろう。ともすればアンダーワールドよりも醜いのかもしれない。
だがそれでも、まだ「世界」そのものを見限るには早い。このような人間がいる一方で、キリトやアスナ、ミツキのような人間だっている。何より、善い人間もいれば悪い人間もいるというのは、このアンダーワールドも同じではないか。
全てを理解したわけではないが、とにかくアリスはあちら側の世界を見定めなくてはならないらしい。肩を並べて戦う戦友が、この世界の為に命を賭して戦った少年が、そしてアリスが心から愛する少年が生まれた世界を。その為にも──こんな所で、こんな連中に邪魔をされるわけにはいかないのだ。
「そこを──退けェッ!」
振るわれた黄金の刃が赤い兵士の首を纏めて斬り飛ばす。続けて背後から迫っていた敵を斬り伏せたアリスは、両手に生成した10個の熱素を束ね、5本の槍を矢のように番える。
「──ディスチャージッ!」
放たれた炎の槍は、辺りに群がる兵士達を吹き飛ばし、包囲網に小さな穴を開けた。その先に、小高い丘を目にする。
このままチマチマ倒し続けてもキリがない。幸いここには、大門での戦いの時同様に戦死した者達の残した神聖力が漂っている。それを使って、あの丘の上からもう一度《反射凝集光線》を放ち、消耗戦に持ち込まれる前に一気にカタをつける──!
単身で包囲を抜けようと疾駆するアリス。先走る彼女を引き止めようとしたベルクーリだったが、一歩間に合わず──突如、アリスの頭上に影が差した。
「ッ──!?」
見上げれば、鋭い鉤爪がすぐそこまで迫っていた。その持ち主である漆黒の飛竜は、アリスの身体を掴み上げると、再び空高く飛翔する。
風に煽られながらも飛竜の背に目を向けると、マントと冠、そして暗黒騎士のものより上等と分かる、闇のように黒い鎧を身に着けた男が手綱を握っていた。恐らく、この男が──
「(皇帝ベクタ──!)」
偶然にも敵の指揮官に肉薄できた。この機を逃すまいと、アリスは金木犀の剣の武装完全支配術を発動させようとするが──それより先に、ベクタが右手を無造作に差し向けた。すると手の平から黒い瘴気が発生し、アリスを包み込む……瘴気は瞬く間に意識を覆い隠し、アリスは剣を握り締めたまま、ガクリと気を失ってしまった。
「嬢ちゃんッ!」
「アリスッ!」
「アリス様ッ!」
アリスが攫われるという緊急事態に、真っ先に動いたのはベルクーリだった。次いでイーディスとエルドリエが、進路上の敵を排除しながら合流する。
ベルクーリの前にも赤い兵士達が立ちはだかるが……ピゥッと、特徴的な風切り音を残して、銀の一閃が敵の首を凪いだ。
「──行ってください!後は僕達が!」
雙翼刃の記憶解放術を発動させたレンリが付近の敵を一掃した隙に、後方に待機させていた各々の騎竜を呼び寄せた3人の騎士と、主を救うべく共に駆けつけた
「貴様……!?」
「ミツキ……!?」
彼もまたアリスの危機を察知したのだろう──まだ傷も治りきっていないミツキが離陸しかけだった雨縁の足に掴まり、くるりと身軽な動きで背に飛び乗った。
もしや正気に戻ったのか──そう期待したイーディスだったが、ミツキの瞳はまだ光を失ったまま。それでも彼の中に確かに残っていたアリスを守るという意志が、彼をこうさせたということか。
部隊から一気に整合騎士4人が欠けてしまう事になるが、それでもまだここにはレンリとシェータ、そしてアスナがいる。それに加え、どうやらダークテリトリー軍の拳闘士団までもが一時休戦してあの赤い騎士達と戦っているようだった。戦力数的にはまだ不安が残るものの、仲間達を信じて後を任せる他ない。何せ皇帝ベクタがアリスを手に入れれば、この世界が滅んでしまうのだから。何としてでもアリスを奪還しなければ。
「──行けッ!」
手綱が鳴らされ、ベルクーリの駆る《
アリスが敵の指揮官に拉致された──アスナ達の耳にその報せが飛び込んできたのは、ベルクーリらが飛び立ったすぐ後だった。
「チッ……野郎、やっぱそういう腹積もりだったかよ──おい女!アリスってのは《光の巫女》のことだろ、何で皇帝はそうまでして巫女を欲しがる!? そいつが野郎の手に渡ったら何がどうなるってんだよ!?」
「……この世界が、滅びます」
暗黒神ベクタが《光の巫女》を手に入れて《果ての祭壇》にたどり着いた時、人界もダークテリトリーも関係なく、この世界に存在する全てが無に帰する──アスナの回答を聞いたイスカーンは、悔しげに拳を握り締めた。
アリスがベクタの手に渡ってしまった以上、相手は目的達成にリーチがかかった。ベルクーリ達が追いかけていったと言うが、アスナのステイシアと同じスーパーアカウントであるベクタの能力も未知数だ。いくら一騎当千の整合騎士でも、事と次第では……
出来ることならアスナ達も後を追いたい。しかし赤い兵士達はまだまだ残っており、遊撃部隊を南へ進ませる猶予など与えてはくれないだろう。第一、陸路で飛竜のスピードに追いつけるかどうか……
「──飛竜も、永遠には飛べない。連続飛行は半日が限界、皇帝の他に騎士アリスを乗せてるなら、その分消耗する」
アスナの懸念を汲んだようなシェータの言葉、それを聞いたイスカーンは、不敵に笑みを浮かべる。
「なら……アンタらが死ぬ気で追っかけるっきゃねぇな」
「追いかける、って──あなた達、ダークテリトリーの人でしょう。どうしてそこまで……?」
アスナの問いに、イスカーンは答える──皇帝は「望みは《光の巫女》だけ」と暗黒界十候の前で確かに言った。巫女であるアリスを捕まえた以上、その目的は達せられたといっていい。
「なら、その後は俺達が何をどうしようが勝手、ってワケだ──皇帝から巫女を奪い返そうとする人界軍に協力しようが、な」
だが一方で、まだ《力の掟》に縛られているイスカーン達暗黒界軍では、直接皇帝に逆らう事は出来ない。もし改めて「人界軍と戦え」と命令されてしまえば、三つ巴の血みどろの戦いに発展するだろう。
「だから、俺達拳闘士団はここに残って、あの赤い連中を押し止める。アンタ等は皇帝を追え。そんで……野郎に教えてやってくれ──俺達は、てめぇに使い捨てられる為の道具じゃねぇ、ってな!」
そこへ、対岸から橋を渡って来た拳闘士団が、赤い兵士の人垣を切り開くようにして進んでくる。待ってました、というように進み出たイスカーンは、大きく息を吸って指示を飛ばした。
「てめぇらァ!その突破口を保持しろォ!──オラ、アンタ等も早く行け。そう長くは持たねぇぞ」
彼らの行動に感謝の言葉を残して部隊後方へ戻るアスナ。
さぁ正念場だ、と踏み出したイスカーンの横に、並び立つ足があった。
「……私も、ここに残る」
「あァ?」
てっきりアスナと一緒に皇帝を追うと思っていたシェータが、なに食わぬ顔で残っていた。
「あなたを斬るのは私。あんな奴らにはあげない」
「……へっ、言ってろ女」
「……名前、教えたはずだけど」
「へいへい、言ってろシェータ──そんじゃ精々、決着つけるまで死ぬんじゃねェぞ──」
拳闘士団が作った突破口を遊撃部隊が駆け抜けていく。
その背を見送ったイスカーンは、ガチンッ!と両の手甲をぶつけ合わせた。
「っしゃァ!テメェら気合入れろォ!!──円陣を組め!──全周防御!──舐めくさったツラで寄ってくる阿呆共を!1人残らずッ!片っ端からぶちのめしてやれェェェェェェ───!!!!!」
拳闘士達の鬨の声を背に赤い大地を駆けるアスナ。彼らの無事も勿論だが、部隊出発の折に聞かされた、ミツキが馬車を飛び出して行ってしまった、というのも気がかりだ。タイミング的に恐らく、連れ去られたアリスを助けようとベルクーリらに同行したということなのだろうが……今の状態のミツキがスーパーアカウントと戦って勝てるとは思えない。
今はとにかく、一刻も早くベルクーリ達に合流しなければ……その一心で馬を加速させたアスナは、前方に「ある光景」を目にした──アスナだけではない、飛竜に乗って先頭を飛ぶレンリも、後ろに続くリーナも、メディナも、遊撃部隊の全員が──更なる地獄の到来を告げる、
その光は、ベクタを追跡中のベルクーリ達の目にも入っていた。あの峡谷の時と同じ、天から降り注ぐ赤い光──その中から、例の赤い兵士達が現れる。
「またあいつら……!どれだけいるのよ本当に……!」
空から見下ろした所、数はおよそ2万。先程よりは少ないが、それでも多い──そんな敵達が、上空のベルクーリ達に気づくなり、意味不明な言葉を喚きながら槍を投擲してくる。
一行は高度を上げて逃れるが、赤い兵士達はゾロゾロとこちらを追いかけてくるではないか。
「クソ、厄介な事になりやがった……」
ベルクーリが小さく毒づく。
こちらの目的はアリスの奪還だ。即ち、最終的にはベクタと戦わねばならない。このままあの兵士達を引き連れて行っては、ただでさえ強敵だろうベクタに加えて余計な敵を相手取ることになってしまう。飛竜の消耗を考えれば、ずっと空中戦という訳にもいかないだろう。
更に後ろでは包囲を突破したらしい遊撃部隊が合流目指して追いかけてきているのが見える。やがてはこの大量の兵士達とカチ合うことになるだろう。それでも大勢は変わらない。アスナがもう一度あの時のような大規模地形操作を行えれば話は別だろうが……大きな負担を強いるあの御技に期待するのは躊躇われた。
何か方法はないかと考えを巡らせる中、意を決したイーディスが足止めを買って出ようとしたその時──不意に、横を飛ぶ雨縁の背に乗っていたものが、消えた。
全員揃って目を剥き、すぐさま視線を後方へ向ける──灰色の騎士服に身を包んだ少年が、たった1本の剣を手に空中へ身を踊らせたのだ。落下の勢いを乗せた渾身の力で剣が叩きつけられ、衝撃で多数の兵士が吹き飛んでいく。
「ミツキッ!?」
「あの男、何を考えて……!?」
驚いたのも束の間、ここから立て続けに事態が動き始める──
「──えぇ~っとォ……こーして、こうか。……そォら、ヒッ、ヒッ、フゥ~ってな」
突如、東の方向に怪しげな光が灯る。あの兵士達の時とは違う、禍々しい光──その中から現れたのは、筆舌に尽くしがたい、巨大な異形の怪物だった。
ワニとも蛇とも取れる頭部。そこから下に繋がる胴体はブクブクと太っており、腹には巨大な口が備わっている。気味の悪い鳴き声で咆哮した怪物は、開放した腹の口から異形の獣を大量に吐き出し始めた。あれはまるで……出産のような……
「ダークテリトリーに住まう魔獣……あれ程までに巨大な……!」
「しかも小型をどんどん産み落としていってる、このままじゃ遊撃部隊が…──ッ!」
しかし単身あの兵士達の足止めに向かったミツキをこのままにしておく訳にも──歯噛みするイーディスは、断腸の思いで愛竜
「イーディス殿ッ!」
「大元の母体みたいな奴さえ叩けば、魔獣の増殖は止まるはずだわ!すぐ全滅させて追いかけるから、アリスのこと、頼んだわよ!」
「っ……任せたぞ、イーディス!」
ここから更にイーディスが離脱。残るはベルクーリとエルドリエ。そこへ更なる追い打ちが襲いかかる。
「おっと、釣れたの1人かァ……頑張ってっトコわりぃけど、ボスの邪魔はしないでもらいたいんだわ」
1人の暗黒術師によって、謎の「黒い塊」が空中に生み出される。よく見ると、羽の生えた大量の長虫のようなナニか──暗黒術師の中では《死祖蟲》という名で知られるソレが、夥しい数蠢いている。
光素を用いた攻撃術の極致がアリスの《反射凝集光線》なら、この《死祖蟲》は闇素術の極致──《天命》を直接喰らう性質を持つ、物理防御不可能の攻撃術式だ。
まさに死の具現化ともいえるその奔流が少しずつ膨れ上がりながら、ベルクーリ達目掛けて放たれようとしていた。
満を辞してログインしてきたアメリカ人プレイヤーの第2波。
NPC相手に極めてリアルで臨場感ある戦いが出来ると胸躍らせていた2万人が相手していたのは、たった1人の若い男のNPCだった。
しかしこのNPC、やたらと強い。盾や鎧といった防具の類を一切身に着けておらず、持っているのは灰色の片手剣1本だけ。どう見ても簡単に倒せそうなのに、剣のひと振りで多数のプレイヤーがゴミのように薙ぎ払われていく。
ゲーマー歴の長い者は「こういう敵は見た目に反してバカみたいに強いのがお約束」として一時静観を決め込み、意気揚々と挑みかかる他のプレイヤー達を使って行動パターンを分析しにかかっていた。
見た所、特筆すべきは攻撃力。こちらに盾持ちのタンクはいないが、与えられた武器で防ごうにも武器ごと叩き斬られてしまう。その上斬撃の速度も凄まじく、回避も容易ではない。
だがしかし、どうも奴は物理攻撃特化のようだ。剣だけではなく格闘も織り交ぜてくる一方、魔法のような広範囲特殊攻撃の類は使ってこない──であれば、やりようはある。
剣を振るう。首を刎ねる。
剣を振るう。胴体を両断する。
剣を振るう。腕を切り落とし、返す刃で斬り伏せる。
殺す、殺す、殺す──向かってくる赤い兵士を、手当たり次第に殺す。
そこに何の感慨も無い。ただ機械的に、自らに与えた役目を遂行するだけ。
最優先事項であるアリスの無事は、あの整合騎士達に任せる。自分よりも彼らの方が、アリスを救える確率が高いと判断した。よって自分がすべきは、この赤い兵士共を──リアルワールドからの尖兵を、全滅させること。
足止めではダメだ、後方の遊撃部隊と衝突してしまう。よって1人残らず殺しきる。こいつらの刃を、二度とアンダーワールド人に振るわせてはならない。
「──
高々と振りかざされた戦斧を剣で迎え撃ち、そのまま首を断つ──その瞬間、背中に灼けるような痛みが走った。
「ッ──」
振り向きざまに繰り出した剣が、背後で血濡れた剣を振り抜く赤い兵士を屠る。
踏み止まる足取りが僅かに揺らぐ……決して浅くはない傷だが、問題ない。戦闘続行は可能だ。
「
この一撃を機に、奴らの行動が変わった。こちらが攻撃した瞬間に重ねるように、別の兵士が常に死角から攻撃を仕掛けてくる。犠牲を前提にした戦い方……効率重視のゲーマーらしいプレイングだ。
兵士を屠る度、体に傷が刻まれていく。それでも、この程度ならまだ……
正面から真っ直ぐ突っ込んでくる兵士を袈裟斬りにする。即座に、また背後から迫っているだろう兵士へ剣を向けようとした時──1本の槍が、腹を貫いた。
「ッ……ゴホッ……」
込み上げてくる血を吐きながら正面に視線を戻せば、今しがた斬り伏せられた兵士の背後にもう1人……
「
「ッ──!」
何やら悪態をつく兵士の槍を掴み、力任せに振り払う。持ち主のいなくなった槍を引き抜き、次に迫る兵士へ突き刺した。
「ッ……ハァ……ッ……」
痛撃をもらったことで多少なりともパフォーマンスは落ちるが、戦闘続行は可能。
今度は脚を斬られる。しかし切断されたわけではない。まだ戦闘続行は可能。
次は腕。斬撃は骨で止まった。戦闘続行可能。
腕、脚、肩、胴──次々と生傷が増えていく。だが問題ない。傷1つに対してそれ以上の数を屠ればいいだけのことだ。
斬る 殺す 斬られる
斬る 殺す 痛い
斬る 殺す 突かれる
痛い 斬る 殺す 刺される
斬る 斬られる 殺す 刺される 殺す 痛い 殺す 抉られる 斬られる 突かれる 刺される
痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い
全身に傷を負いながら、もう何人目かも分からない兵士を斬った時──遂に、その時は訪れた。
「
兵士の持つ剣が、胸を貫く──瞬間、咳き込むようにして泡のような血を吐き出した。
上手く呼吸が出来ない。痛い。息を吸おうとするだけで、凄まじく痛い。致命傷だというのは体感で分かった。
視界がぼやけ、意識が次第に沈んでいく。
Per──sion t──d──?
Permi──ion to ──e?
──
「ッ──!」
誰のものとも知れない──否、確かに聞き覚えのある、それでいて久しく聞かずに忘れてしまったような声──機械的にデフォルメのかかったその言葉が、沈みゆく意識を強引に引き戻した。
「ァッ……ぐううァ──!」
剣を握る兵士を蹴って押し退け、刺さったままの剣を引き抜き、お返しとばかりに突き刺す。
「ゲホッ、ゴホ──ぜェ……ヒュ……ッ」
ガラつく喉で懸命に呼吸しながら、倒れないようふらつく脚で踏ん張る。そこへ、赤い兵士達は無慈悲に攻撃を加えてきた。
辛うじて躱した剣が、肩の肉を削ぐ。
突き出された槍が耳を切り裂く。
いずれも重傷、致命傷といって差し支えない傷を負う度に、意識が落ちそうになる度に、あの言葉が脳裏を過る。
──
──
滅茶苦茶に振り回された剣が、左眼を奪う。
槍が叩きつけられ、肋骨を折られる。
剣の柄頭で顔面を殴打され怯んだ所に、首を切り落とそうとバトルアックスが振り下ろされる。
筆舌に尽くしがたい、普通に生きていればまず聞かないだろう音が、耳のすぐ近くで聞こえた。
「フ──ッ……フ──ッ……!」
血走った眼が赤い兵士を睨む。その尋常ならざる形相に、兵士は武器を握る手を緩めてしまった。
──
──
「ァ゛……アアア゛ア゛アアアアア゛アア゛アアアア゛──ッ!!!!」
腕と首の筋肉を硬直させてバトルアックスを受け止め、首筋から血が噴き出るのも構わず、相手の腕を捕まえると、振り上げた左手で敵の腕を両断した──手刀、なんて大層なものではない。ただ力任せに腕を叩きつけて引きちぎったのだ。切り離した腕は持ち主の顔面にくれてやった。
蹈鞴を踏んで仰向けに倒れそうになるのを、どうにか堪える。
もう傷ついていない箇所を探す方が難しいだろう。腹から、胸から、首から、体中の至る所から血を流しながらも、決して倒れることはない。倒れてはならない。
「ハァ゛……ハ゛ァ゛……ッ──」
天命なんかとっくにゼロになっている。
死ねない。
死んではいけない。
死など許されてはいない。
死んで終わりにして楽になろうなんて甘えは許されていない。
全てをやりきった末の満足な死など、許されていない。
そんな、歪も歪な心意の力が、自分をここに繋ぎ止めていた。
仰け反っていた上体をやっとの事で前に戻し、次の敵に備える──が、さっきまであれだけひっきり無しに向かってきた兵士達の勢いが、少しだけ減衰しているように感じられた。
「
「
敵が何か言っている……が、関係ない。こいつらが殺戮を求めるというのなら、同じく殺戮を以て応じるだけだ。
「ァ゛…アアア゛ア──AAAAAHHGGHHAAAAARRRGGHHHAAAAAAAGH──ッ!!!!」
理性も何もかなぐり捨てた獣の如き雄叫びと共に、変わり果てたかつての英雄は地を蹴った。
ベルクーリ達を追いかけていたアスナら遊撃部隊は、新たに現れた赤い兵士の大群へじきに突っ込まんとしていた。この事態へ追い打ちをかけるように、東側には巨大なモンスターが出現。ベクタを追っていた整合騎士達は止むなく手分けし、イーディスが東のモンスターに対処へ向かったのが見えた。それだけではない……恐らく、彼女の他に、誰かがあの兵士達の足止めを行っている。
それが誰なのかまでは分からない。だが……早くしなければまずい事になる、という漠然とした焦燥感がアスナを逸らせる。
果たして、遊撃部隊が赤い兵士の群れと接敵しようという瞬間──三度、事態が動きを見せた。
どこからか、ドス黒い奔流が1つの生き物のようにうねりながら、南の方へ飛んでいく。向かう先にはベクタを追うベルクーリ達が……
「嘘……ダメェ──ッ!」
アスナの叫びが届いてか否か──遠方に見える飛竜の影が1つ、別の方向へと別れた。
「アレは、神聖術……!?」
「暗黒術師の生き残りがいやがったのか──!」
うねうねと蠕動しながら迫る黒い奔流を振り切ろうとするベルクーリとエルドリエだが、決して短くない距離を飛び続けている飛竜達の消耗も相まって、徐々に距離が詰まっていく。
「ッ──
エルドリエの呼びかけに応じ、騎竜滝刳は上昇。ベクタ追跡から外れる。
「エルドリエ、無茶をするなッ!」
「行ってください騎士長!あの術は私が引きつけますッ!──皇帝を倒せるのは、あなた様しかいないッ!」
ベルクーリも直接目にするのは初めてだが、恐らくあれは《死祖蟲》──強力な光素術のみでしか相殺できない、天命を喰らう死の蟲だ。まだ騎士として若いエルドリエに、その対処が出来るとは思えないが……
──皇帝を倒せるのは、あなた様しかいないッ!
ベルクーリは人界最強の剣士として、整合騎士の頂点に君臨する者だ──正直言えば、もうアリスには抜かされているような気もしているが、その彼女はここにいない──ならば、その務めを……ベルクーリでなければ出来ない役目を果たさなければ。
エルドリエと同じ考えを持っていたからこそ、イーディスも、ミツキも、ああやって足止めを買って出てくれたのだから。
「ッ……死ぬんじゃねぇぞ!嬢ちゃんを悲しませるなよ──!」
せめてもの激励を残し、先行するベルクーリ。残ったエルドリエは、尚もベルクーリを追いかける《死祖蟲》の大群を見下ろし、腰から外した霜鱗鞭を差し向けた。
「古の神蛇よ!お前もまた
繰り出された鞭は内包せし記憶を解放。幾枝もの純白の大蛇の
《死祖蟲》はより多くの天命を有するものを優先して狙う、という性質を持っており、記憶解放により神獣としての姿を取り戻した霜鱗鞭は、蟲達にとって格好の餌だった。
尤も、それは神蛇からしても同じ事。太古よりこの世界を守り、一度は敗れ神器に身を窶した古の神蛇は、自らが見初めた若き騎士と共に、今一度この世界を救うべく、その力を振るう──!
長虫が大蛇に噛みちぎられ、或いは飲み込まれていく。しかし如何せん数が多い。死祖蟲の一部は再びベルクーリへ向かおうとした瞬間──
「こっちを見ろ!穢らわしい蟲共め──ッ!!」
激昂するエルドリエに呼応するように、霜鱗鞭が更なる輝きを放つ。
枝分かれしていた蛇の顎、その1本1本が太さを増し、大蛇に相応しい巨大な口で複数の死祖蟲をまとめて喰らっていく。極めつけには、その中心に位置する一層巨大な蛇が、蟲達の織り成す奔流を断ち切らんばかりに大口を開けて噛み潰した──遠方からこの光景を見たアスナは、思わず脳裏にこの名を思い浮かべた──日本に伝わる伝説の存在、《
記憶解放を更に進化させるという偉業を成してみせたエルドリエの活躍により、ベルクーリに迫っていた《死祖蟲》は全て喰らい尽くされる。
気力を消耗し、荒い息をつきながら術を解除したエルドリエ──その視界の端に、
「くっ──!」
またもベルクーリ目掛けて飛んでいく蟲達を、エルドリエは身を呈してでも止めようと滝刳を急降下させる。かなりの距離まで近づいてから急旋回、蟲の第2波を引きつけることに成功した。
しかしそこで手詰まりだ。武装完全支配術は神器の天命を大きく消耗する。上位術式の記憶解放なら尚の事、エルドリエは更にその限界を突破してみせたのだ。霜鱗鞭にはもう、完全支配術に耐えうるだけの天命は残っていない。
全速力で飛び回る滝刳も限界が近く、寧ろエルドリエの無茶によくついてきてくれている。どんどん詰まっていく蟲との距離は僅か3メル程。最後の悪足掻きとして、エルドリエは左手に5つの光素を生成し、
「──バースト・エレメント!」
炸裂した光が先頭にいた蟲の数匹を焦がすが、やはりというべきか消し去るには至らない。仕返しとばかりに、蟲達は伸ばされたエルドリエの左腕に食らいついた。
「がぁッ!?……っぐ、ぬううううう──!」
肉体を内側から食い破られるような激痛に耐えながら、エルドリエはせめて、自分を食い尽くした暁にはあの赤い兵士達を狙うように、蟲の群れを引き連れて急降下する。その間にも死祖蟲はエルドリエの体を喰らい、既に二の腕まで達しつつあった。
「ッ……申し訳ありません、アリス様……!」
せめて飛竜を巻き込むまいと、エルドリエが手綱を手放そうとしたその時──突如、あたりが闇夜に包まれた。
バシュンッ!と破裂するような音を残して、あれだけいた死祖蟲の群れが
「なッ……!?」
食われた腕の痛みに顔を顰めながら、慌てて手綱を握り直す。再び高度を上げたエルドリエは、驚くべきものを目にした。
「これは……まさか……!?」
闇が晴れ、元の色を取り戻した赤い空──そこに、神々しい光を背にした2つの人影が見える。
同じものを地上から見上げていたアスナ達は、呆然と立ち尽くしながらも疑問ばかりが脳裏を駆け巡っていた。
「(誰……まさか、また敵……!?)」
そんなアスナの疑念に答えるように、影の片割れが動いた。
手に生み出した光の玉を矢に変化させ、携えていた大型の弓に番える。
一瞬の間を置いて放たれた光の矢は空中で弾け、無数にいた赤い兵士達に破壊の雨を降らせた。
着弾と共に爆発する光の矢が、広範囲に渡り赤い兵士を吹き飛ばしていく。
立て続けに先程よりも細い矢が数度放たれ、またも弓矢とは思えない大爆発を引き起こした。
あっという間に大量の兵士達を殲滅してみせた人影の姿が、次第に鮮明になっていく……装いこそ初めて見るものだが、地上に降り立つその顔には大いに見覚えがあった。
「詩乃のん……」
「……ん、お待たせアスナ」
朝田 詩乃──GGO及びALOでは《シノン》の名で活躍する、凄腕のスナイパー。どういうわけか、彼女もまたアスナ同様にスーパーアカウントを用いて応援に駆けつけてくれたのだ。
思わず駆け寄ろうとしたアスナは、彼女の背後にもう1人いることに気づく──その後ろ姿に、アスナはひどく過去の記憶を刺激された。
淡い藤色の長髪をポニーテールに纏め、その下にもう1つ、小さな尻尾が編まれている……アスナと全く同じ形で。
シノンの背後にいるもう1人は、携えた得物である身の丈程の大鎌を肩に担ぎ、おずおずとこちらを振り返る──
「………うそ」
「……えと、その──久しぶり、アスナ……助けに来たよ」
あれからずっと音信不通だった、大事な大事な親友──兎沢 深澄こと《ミト》。
アスナは涙を滲ませ、2人の友達を力一杯抱きしめるのだった。
はい、というわけで…ユイちゃんが連絡をつけたリアルからの援軍、シノン、リーファに続く3人目はミトでした。…まぁ、多分前回の時点で予想ついてた方は多いだろうなと思いつつ。
彼女のスーパーアカウントに関しては次回!
ここからは余談。
シノン降臨時の攻撃でミツキの戦っていた赤騎士集団は全滅でこそないにせよ一掃されたわけですが、シノン達が到着するまでにミツキが倒した米プレイヤーはおよそ3000人。
無限1回復ゾンビ戦法でこれだけ倒しました…当然、テラリアみたいに傷が治ってるわけじゃないので、回復した1の天命も一瞬でゼロになります。治るも地獄、治らぬも地獄。
本当に気合と根性と執念だけで無理矢理持たせてるような状態。
頑張った彼を、誰か褒めてあげてください。
では、私は先日発売されたばかりのSAOユナイタルリング編 最新29巻を読んできます!