「──補給部隊を前に通したら、衛士隊は左右両翼を前後衛に分けて布陣して!修道士隊は治癒術式の準備をお願いします!何としてもここで敵を食い止めましょう!」
アスナらの率いる遊撃部隊は、シノンが教えてくれた遺跡に到着した。
これまでは開けた荒野だったが故に物量で勝る敵に包囲されてしまっていたが、一直線の細い通路のみであるここに陣取れば、相手取る敵を入口から来る正面のみに限定出来る。あとは地道に削っていくだけ──奇しくも、かの有名な《テルモピュライの戦い》に倣う形だ。
相違点を挙げるならば、歴史に名高き300人のスパルタ兵は誰もが屈強且つ勇猛な戦士であったのに対し、こちらの戦力には大きなムラがある事。敵は対人経験も豊富だろうVRMMOプレイヤーである一方で、こちらは整合騎士とアスナ達を除けば、実戦経験が圧倒的に不足している。加えて、合流した整合騎士エルドリエは左腕を喪失してしまい、現在ミツキ共々緊急で治療を受けている状態だ。
本人は「止血だけ済ませたら直ちに復帰する」と言っているが、武器を振るう際の重心の変化等、片腕を失ったことで生じる影響は決して少なくない。五体満足の時と同じ戦いぶりを期待するのは無茶というものだろう。
「ミト、中央は私達が──!」
「ええ、精々暴れてやりましょう……!」
ミトが左手の月齢盤を稼働させると、部隊の後方を囲い込める最低限の範囲に薄闇が広がり、煌々と月の光が降り注ぐ。ルナリアの満月の加護によって生み出される空間リソースがあれば、負傷者の治療もずっとスムーズに行くはずだ。もし優勢に持ち込めれば、神聖術による火力支援も期待出来る。もっと領域を広範囲に設定すれば、時間あたりに生み出すリソースの量も増えるが……「敵の暗黒術師の生き残りがいる」というエルドリエの報告もある。
管理者権限を発動させるには月齢盤を切り替えねばならない以上、《生成》と《抹消》というリソース操作の力を2つ同時に行使することは出来ない。下手に範囲を広げて、生成したリソースを敵に利用される事だけは避けなければ。
幸いにも、件の暗黒術師以外──アメリカ人プレイヤーが操る赤い兵士のアカウントにメイジタイプは存在しないようなので、もし術師が介入してきた際は多少無茶をしてでも優先的に処理すれば問題ない……はずだ。
懸念として残るは、術式ではなく物理の遠距離攻撃手段──確認できていないだけで、弓兵タイプが存在している可能性だが……
「──来たぞ!」
前方を見据える衛士の声で、アスナは意識を引き戻す。視線を持ち上げれば、あの赤い兵士達が遺跡目掛け、大挙して押し寄せてくる。
「迎え撃てッ──!」
レンリの号令で、待機していた衛士達が一斉に突撃。両戦力がぶつかり合う。
力の限り奮戦する守備軍の衛士達だが……やはりというべきか、損耗率はこちらの方が高い。
精神的な諸々は言わずもがな、相手が全身鎧を着込んでいるのに対し、こちらの衛士達が身に着けているのは簡素な防具のみ──得物である教会支給の剣だけでも相応に権限レベルを要求する為、整合騎士程の権限を有さない彼らがこの上金属鎧や盾を装備しては却って身動きが取れなくなってしまうのだ──加えて、敵の使うアカウントは下位のものといえど暗黒騎士、人界の衛士と比べれば基礎スペックで上回っている……条件だけ並べれば、はっきり言ってこちらが圧倒的不利だ。
それでもどうにか持ち堪えられているのは、右翼の最前線で投刃を繰り出すレンリと、彼に負けず劣らずの気迫を以て中央で武器を振るう2人の女神の存在が大きかった。
「シッ──!」
アスナの突き出した細剣の切っ先が、ナイトヘルムの細く小さなスリッドを正確に貫く。剣を引き抜きざまに体を反転させ、旋回させた刃が背後から近づく兵士の首を落とした。
3方向から同時に斬りかかってくる兵士は、周囲に三角形の軌跡を走らせる斬撃技──細剣3連撃《デルタ・アタック》で纏めて始末した。
技後硬直の隙を狙ってアスナに迫る兵士だったが──その体は、胴の中程からスッパリと断ち切られた。驚く間も無く霧散していく兵士、その後ろには、身の丈程の大鎌《バイオレント・デュアリティ》を振り抜くミトの姿が。
やはり、あの世界で身に着けた
X状に繰り出される大鎌2連撃《クロスモウ》が立て続けに兵士の首を斬り落とし、そのまま身を屈めて振るう鎌が足元を刈り取る。転倒する兵士の顔面に、体ごと大きく回転しながらの斬り上げ攻撃《ムーンライズ》が突き刺さった。
「やああああ──ッ!」
跳び上がった状態から、最上段に振りかぶった鎌を叩きつける。地面に突き立った鎌を支点にして身を翻すと、しなやかな脚が繰り出され、次なる兵士の頭を鋭く蹴り抜いた。
ただ戦力として集められただけに過ぎないアメリカ人プレイヤー達は戦略的目標を持たず、ひたすら殺戮を求めるのみ……「強い敵は無視してとにかくターゲットだけ倒しさえすればいい」というような思考は取らないと思っていいだろう。即ち、アスナとミトがこうして最前で暴れている限り、敵の注意を釘付けに出来る。
少しでも多くの敵を引き付けることが出来れば、それだけ他の者の負担が減る。その分アスナ達が敵を倒していけば、もしかしたら戦況を盛り返せるかもしれない。
この状況を切り抜ければ、先行したシノンの助けに行ける。そしてベクタを打倒し、アリスを助け、この戦争を終わらせる。最後にはきっと──彼らだって元に戻るはずだ。
──その一心で戦場を駆ける2人の女神を、柱の上から楽しげに見下ろす者達がいた。
「おぅおぅ、盛り上がってんなぁ。あの女、相ッ変わらずキレると容赦ねぇこと──で、そっちはどうだよ?」
「んー……やっぱいねぇンだよなァ──おい旦那ァ、あの話ホントかよ?嘘だったら俺、流石に泣いちゃうぜェ?」
「何度も言わせんな、マジだよ。ツラもはっきり見たし、他の連中が名前だって呼んでた。ま、俺の記憶にあるアイツより随分雑魚になってたけどな。おもしれーくらいに攻撃が当たりやがった。あの《
意気揚々と語る黒ポンチョの男──別のアカウントで再ログインしてきたヴァサゴは、突如むんずと胸ぐらを掴まれる。
「──旦那よォ、間違っても殺しちゃねェだろうな」
「……ハッ、ヘイヘイ落ち着けよボーイ、ステイクールだぜ──安心しな、殺しちゃいねぇよ。その前に《閃光》の奴に穴に落とされたからな。そもそも、端から殺さず生け捕りにして、ひと段落着いたらお前に教えてやろうと思ってたんだぜ?本当だ」
ポンチョのフードの下、間近で視線が交錯する。先のヴァサゴ同様に高位の暗黒術師アカウントでログインしているガブリエルの部下は、数秒間ジッとヴァサゴの目を凝視してから手を離した。
「そりゃよかった──旦那との《勝負》も、ようやっと決着つくといいなぁ」
「だがよヘルト、さっきも言ったが、あの灰野郎別人みてぇに弱くなってんぜ?まぁ得物が槍じゃなかったってのもあるかもしれねーが……それを踏まえても楽に相手できた。ステカンストしたアカを買ったニュービーがイキってるような感じだ」
「ほォん……ま、そりゃ相手が旦那だったからかもなァ。アイツの本気を引き出せるのは──アイツを《完成》に導けるのは俺だけだ、俺じゃなきゃいけない、俺以外認めない──もし旦那相手に本気になってたりしたら、怒りのあまり旦那をぶっ殺してたかもなァ……」
「……お前、全然変わってねぇな」
「そりゃお互い様ってもんだ──旦那だって内心じゃずっとあの黒いケツを追っかけてンだろ?」
「まぁな、まだ直接ツラを拝めちゃいねぇが……《裂槍》と《閃光》がいるなら、アイツも絶対にいる。俺の勘がそう言ってんだ」
「どうせなら
各々の中で未来を思い描く2人。まだ直接手出しはしない。英雄を最高の状態へ引き上げる2つの要素の1つは《窮地》だ。
目標達成に王手を掛けたガブリエル、多勢に無勢を絵に描いたような戦力差、遺跡に迫りつつある魔獣の群れ……とことんまで追い込んで熟成させたあの英雄達は、きっと想像以上の味わいを齎してくれるだろう。
今暫し、この血と殺戮の混沌を愉しもうではないか。
「っ……ハァ、ハァ──」
もう何人目か分からない敵を貫いた剣を支えに、アスナは荒い息をつく。壮麗だった女神の輝きは既に無く、美しい真珠色だった鎧には血がこびり付き、額からも紅い雫が伝う。目に入りそうになったそれを乱雑に拭った。
すぐ近くで戦うミトも大小様々な傷を作っており、明らかな疲労の色が見て取れる。
本来、仮想世界で感じる疲労感というのはあくまで精神的なものだ。どれだけ全力疾走しても息が上がらない代わりに、アバターが重く感じるようになる……要は「気力」を消耗するのだ。SAOで何度も経験した息を荒げるあの感覚は、所詮リアルのそれと誤認した反射的反応に過ぎない。
しかしこのアンダーワールド──STLが齎す極めてリアルな仮想空間は、肉体の疲労感も現実のそれを完全再現していた。迎撃戦が始まった時は羽根のように軽かった体が重く感じるだけでなく、筋肉の痙攣や手足の痺れ、次第に詰まっていく呼吸までもが忌々しいほど精緻なクオリティで付き纏ってくる。何度も打ち合った剣を握る指先に至ってはもうまともに感覚が無い。
この戦いに於いて、その点は間違いなくSTLを使うデメリットと言えるだろう。アミュスフィアでダイブしているアメリカ人プレイヤーは従来のVRMMOと全く同じ感覚で、気力の持つ限り戦い続けられるのだ。1対1ならいざ知らず、こうも戦力差が開いていれば十分過ぎる程のアドバンテージになる。
中央のアスナとミト、右翼先頭を担うレンリは抵抗できているが、個の戦闘力を数でカバーするべく厚くした左翼側が危うい。
先頭に立つリーナとメディナ、宣言通り無理を押して復帰した隻腕のエルドリエが加勢に入った事で多少持ち直したものの、彼の主武装である鞭をこの乱戦状態で扱うには、片腕というハンデが効いてくる。文字通り意のままに鞭を操る武装完全支配術も使えない以上、万が一にも味方を巻き込まないよう、腰の剣に持ち替えて戦っている状態だ。
「アスナ……まだやれる……ッ!?」
「大丈夫……この程度、どうってことッ……ないッ!」
刺さったまま折れた剣の破片を引き抜き、投げ捨てる。歯を食いしばって痛みに耐えながら、アスナとミトは前方を見据える。殺された人界軍の衛士達の亡骸を踏みつけん勢いで、赤い兵士達はまだまだやってくる。その流れが途切れる様子は全く無い。
「ハァ……この
「──なら……私達は、まだ戦える……!」
精一杯己を鼓舞し、闘志を奮い立たせる。そうだ、この程度で怯んでいる場合ではない。
つい先刻まで、ミツキは文字通り命を捨てんばかりの覚悟で単身戦っていたのだ。目を覆いたくなるような酷い傷を負って尚、シノン達の助けが来るまで戦い抜いた。自分達はそんな彼を、キリトを、アリスを、この世界を救いに来たのだから。
かつてあの2人が背負い抜いた英雄の2字──今度は、アスナ達が背負う番だ。
2人は腰を落とし、突進系ソードスキルの構えを取る。アスナが細剣最上位技《フラッシング・ペネトレイター》で切り込もうと駆け出したその時──空に、光が差した。
「ッ……!?」
反射的にブレーキをかけバランスを崩しそうになったアスナを、ミトが慌てて支える。向かってくる兵士達も同様に足を止め、挙って空を仰ぎ見た。
ヴゥン…というような振動音と共に、細く、真っ直ぐな光──正確には、デジタルコードの羅列が地上に向かって降りてくる。これと同じものを、アスナは既に2度、目にしていた。
「てき、の……増、援……」
これ以上はもう無理……脳裏を過ぎったそんな言葉を慌ててかき消す。どう対処するべきかを必死に考えようとするが、消耗の酷い今の状態でまともな案など出てくるはずもない──果たして万全であったとしても、何か策を考えつけたかどうか。
震える手から遂に力が抜け落ち、切っ先が地に着きそうになる。視界が歪み、脱力感は徐々に全身へ広がって──
「ぉ…ルァアアアアアアア───ッ!!!」
着地と同時に振り抜かれた刃が、衝撃と共に凄まじい旋風を巻き起こす。斬撃は巨大な竜巻と化し、赤い兵士達を次々飲み込んでは吹き飛ばし、斬り刻んでいく──荒れ狂う風の刃は、アスナ達人界陣営を1人として傷つけることはなかった。
呆然と立ち尽くす2人……消え去った竜巻の中心に見える後ろ姿に、アスナは思わず息を漏らしていた。
赤と黒で彩られた和服調の装いに、風に揺れるハチマキ──残身を解いて肩に担いだ刀は、アスナ達皆で苦労して灼熱のダンジョンで入手した代物だ。
「クライン……さん……?」
「応──待たせたな、アスナ」
俺だけじゃないぜ──そんな言葉を込めてニカッと笑うクライン。その視線の先では、同じく青い光の中から褐色肌の巨漢が姿を現す。
「フンッ!──悪いアスナ、遅くなっちまった」
手近な所にいた赤い兵士をバトルアックスで両断したエギルに続き、アスナ達の傍らに2つ、青い光が降り立つ。中にいたのは、すっかり見知った友人達だった。
「リズ……シリカちゃん……来て、くれたの……?」
「そりゃ来るに決まってるでしょ──数年来の
得意げに答えたリズの目が、アスナの隣に向く──かの城の中では、同じ商人であり職人であり、構えた店も1層違いという縁を持つ、リズにとって3人目の親友へ。
「リズ……」
「はぁー全くもう……アスナだけじゃなくミトまでこんな頑張っちゃってさ……誰に影響されたんだか」
「で、でも2人共。その姿……まさか──」
「おっと、野暮な事は言いっこ無しよ──ユイちゃんからちゃんと全部聞いてる」
「聞いた上で来たんですよ、
シリカの言葉を受け空を見上げたアスナとミトは、次々と降り注ぐ青い光を目にする──現れる姿はどれもこれも見覚えのある顔で……
「──アスナさん、ミト!助けに来ましたわよ!」
「サーニャさん……!」
ツインテールに結わえたプラチナブロンドの髪からぴょこんと猫耳を覗かせる
ALOからは
「てめぇらにゃ個人的な恨みは無ぇけどよ……俺のダチと、ダチのダチを散々痛めつけてくれた礼は、きっちりさせてもらうぜェ──ッ!」
クラインを一番槍として、皆が戦闘を開始する。
……見ての通り、彼ら彼女らはVRMMOのキャラクターデータを、このアンダーワールドにコンバートしたのだ。基盤こそ《ザ・シード》規格とはいえ、ゲームではないこの世界に足を踏み入れれば、無事データを再コンバート出来るかも分からないというのに。
「あの赤い連中が敵という事でいいんだな?──前衛部隊、前進!戦線を押し返せッ!」
「あれま、サラマンダーと同じ色だネェ?同士討ちしないよう気をつけなヨ~」
「冗談を言っている場合ではないぞ──後衛部隊はアンダーワールド人の部隊と合流し、
各領主達が自分達の部下へ指示を飛ばす中、アスナの元へ歩みを寄せる数人のプレイヤー……種族の統一されていない5人組の先頭にいた
「ごめんなさいアスナさん。遅くなってしまいました」
「シウネー……《スリーピング・ナイツ》の皆も──」
「ちょっとちょっと、泣いてる場合じゃないよアスナさん!──でもま、アタシらが来たからにはもう安心だかんね!」
「おうよ!アスナさん達にはいっぱい助けてもらったしな!」
「その恩を、ここでまとめて返しましょう……!」
ノリ、ジュン、テッチ、タルケン、そしてシウネー……ギルドの面々が武器を取る。ここでアスナは、遅まきながらある事に気がついた。
「ねぇ、ユ──」
「──ご心配なく、ちゃんと来ますよ。ただ……私達とはちょっと違う方法で、ですが」
刹那、上空に一際眩い光が現れる。コンバートによる外部からのログインではない。あれは……あの輝きは、アスナ達と同じ──
「で──やぁあああああああああああああああッ!!」
裂帛の気合と共に振り下ろされた長剣が、人垣のみならず大地をも斬り裂く。
普段の彼女とは対照的な純白のドレスと、仄かに浅黒い肌──しかし華奢で小柄な体と、その細腕から放たれる神速の斬撃は変わっていない……否、アスナの記憶よりも更に磨きが掛かっているように思えた。
「ごめんねアスナ、すっかり遅くなっちゃったや──こっからは、ボクらも一緒だよッ!」
アンダーワールドを生み出した真なる神たるラースが生み出したスーパーアカウント。
全8つ存在する内、暗黒神ベクタ以外の7つは人界側の神として設定された。
世界を創り、その創造物を意のままに操る《創世神ステイシア》
太陽の恵みを以て世界を照らし、その輝きで闇を祓う《太陽神ソルス》
大地の恵みを以て万物に癒しを与える《地神テラリア》
静かなる月の力で恵みと裁きを司る《月神ルナリア》
熱き炎から文明の象徴たる器物を生み出す《火神イグニア》
優しき風で天候を操作し、恵みと試練を与える《風神アエリア》
そして8つ目のアカウントは、他7つとは少々立ち位置が異なる。
神が人を救うのではなく、人が人として人を救うべく、災厄を斬り払う為の力を授かった存在。
《剣神グラディア》──またの名を、《絶剣》ユウキ。
アンダーワールド最後の女神の降臨を以て、ここに役者は出揃った。
サーニャのALOでの種族をどうしようか悩みに悩んだ結果、安牌的にケットシーになりました。
インプとかもアリかなとは思ったんですがね。