ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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今回は少し時間を遡ったお話です


幕間:とある鍛冶師のデジャヴ

 アインクラッド48層《リンダース》──数多くの水車が立ち並ぶのどかな街で、リズベットは今日も仕事に励んでいた。

 

「──ありがとうございました、またどうぞー!」

 

 本日受け付けていた予約分の仕事はこれで最後。接客NPCにカウンターを任せ、自分は奥の工房に引っ込む。

 

「──さて、と。今日もやりますか」

 

 意気込むと共に、金床の上にひっそりと鎮座していたインゴットを炉に入れる。やがて熱されて赤熱化したインゴットを金床の上に乗せると、愛用のハンマーで叩き始めた。

 実際の鍛刀では熱くなった鉄を打っては熱しを繰り返し徐々に形を整えていくものだが、SAOでは熱したインゴットを規定回数ハンマーで叩くことで武器が完成する。

 

 眩い光を残して出来上がった片手剣をまじまじと見つめるリズベットは、小さく溜息をついた。

 

「──やっぱりダメかァ」

 

 一応パラメータも確認する。いち武器として見れば決して悪くない、寧ろいい出来と言えるものだが、リズベットの期待値──以前手がけた「あの剣」には及ばない。

 

 リズベットは「あの剣」を生み出して以降、その再現を試みようと、毎日最低1本はこうして片手剣を作ることを日課にしていた。

 

 SAOに於けるプレイヤーメイドの各種アイテムの出来を決める要素は、大きく分けて以下の3つである。

 

 1.作成者のスキル熟練度

 2.使用する素材

 3.運

 

 まず第1に《鍛冶》スキルの熟練度。これに関してはスキル完全習得(コンプリート)している彼女に一切の問題は無いと断言できる。

 では次に素材となる金属。これは「あの剣」に用いたものより数段グレードは下がるものの、信頼性抜群の優秀な金属だ。実際、知り合いの鍛冶師が同じ金属を使って手がけた武器が、現在も最前線で活躍中と聞いている。

 となると、残るは3つ目だが……リズベット的にこれが原因だとは認めたくない。

 

 紛う事なき自分の最高傑作となったあの水晶のような片手剣が、単なる偶然の産物であると思いたくなかった。

 

「うーん…やっぱあのレベルの金属じゃないとダメなのかしら……?」

 

 55層に住むドラゴンの巣で手に入る《クリスタライト・インゴット》──《ドラゴンの()()》という正体には目を瞑るとして、あれは間違いなく最上級クラスの金属だった。無論、今後攻略が進んでいけばその限りではないだろうが、少なくとも現時点でアレに並びこそすれ、勝るという金属の存在は聞いたことがなく、今も尚欲しがる鍛冶師は多く存在する。

 

「また採りに行こうにも、あたしのレベルじゃとても1人でなんて無理だし……」

 

 当時から少しはレベルも上がったものの、あの深い白竜の巣穴に単身で乗り込む勇気は無い。

 

「またキリトに頼むのも悪いし……あ~もう、せめて条件が何なのかさえハッキリすればなぁ……!」

 

 リズベット自身は特別のめり込む程ゲームが好きという訳ではないが、自分の携わる《鍛冶》という分野で分からない事があるとなれば、それを解き明かしたくなるのが人間の──職人の性というやつだ。

 

 あーでもないこーでもないとうんうん唸るリズベット。そんな時、不意にドアベルの音が耳に入る。次いですっかり聴き馴染んだ接客NPCの挨拶が。

 考え事は一旦ここまで、と作業用の手袋を外し、鏡で営業スマイルの確認をする。まるであの時の様だ──ぼんやりとそんな事を考えながら、リズベットは工房を出るのだった。

 

「──いらっしゃいませ。リズベット武具店へようこそ!」

 

 店に戻ると、見慣れたNPCとは別の姿が目に入った。リズベットに気づいたらしいその客は振り返ると、

 

「──あー、知り合いに紹介されて来たんだけど。武器のオーダーメイド、頼めるか?」

 

 と、注文してくる。それを聞いたリズベットは、とてつもない既視感(デジャヴ)に見舞われるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──なる程、キリト(アイツ)からの紹介ね」

 

《ミツキ》と名乗ったこの少年は、キリト──あの最高傑作を渡したその人であり、自分にとって特別な人──からの紹介で武器制作を依頼しに来たのだという。

 見た所、装備は両手槍のみで盾は持っていない。加えて格好も少し裾が長い、明るいグレーに緑の差し色が目を引くジャケット1枚だけ。極めつけには背中に背負ったドロップ品らしい槍を見せて「これと大体同じくらいのスペックで」と来た。何から何までキリトを想起させる彼の言動に、思わず眉間を押さえる。

 

「そうね……すぐに渡せる両手槍の中じゃコレが1番だけど」

 

 壁に掛けてあった槍を手渡す。それを受け取った少年は、数回試し振りをした後、

 

「ちと軽いな。もう少し重いやつだといいんだが」

 

「……じゃあ、こっちは?」

 

 またも数回試し振り。こちらは感触は良かったようだが、すると今度は曲芸のようにクルクルと槍を回し始めた。

 

「うーん、重心のバランスがしっくりこない。穂先と石突側で7:3くらいの奴はないか?」

 

 随分具体的な注文をしてきた少年に、とうとう仮想世界で頭痛を覚える。

 

「……気を悪くしないで欲しいんだけど、両手槍ってそんなに重さとか気にする武器なの?」

 

「普通はそんなに気にしないだろうな。精々全体的な重さくらいか」

 

 言外に「自分は普通じゃない」と宣言してるも同然な事に気づいているのかはさておき、彼の欲する槍を既製品で提供するのは難しいようだ。リズベットの手で一から鍛え上げるしかない。

 

「それで?作るのはいいけど、その槍と同等レベルってなると素材も高レベルのやつが必要になるわよ」

 

「そこは心配ない──」

 

 彼がメニューを操作すると、両手で抱えられる程の大きさの麻袋がオブジェクト化される。見た目からしてズシリと重そうな袋の口を開くと、黒光りする塊が顔を覗かせた。

 

「ちょ、コレって──《アタナシアン・インゴット》!?しかもこんな大量に……あんた、これ全部1人で採ってきたわけ!?」

 

「ああ。マジで大変だった……軽く罠ノイローゼになったよ」

 

 ホラー系と名高い第65層のクエストに「呪われた館にいる怪物に奪われた一族の家宝を取り戻して欲しい」というものがある。ただクエストをクリアするだけならそこそこのレベルがあれば問題ないのだが、館の地下室には怪物が方々から奪ってきた宝石やらが大量に保管されており、プレイヤーはそれを持ち帰って換金するなり自由に出来る。その中にこの金属が紛れ込んでいるのだ。

 地下室には実害系~ビックリ系まで大量の罠が仕掛けられており、もし反射的に叫ぼうものなら主である怪物が怒り心頭ですっ飛んでくる。ホラー耐性のあるプレイヤーであっても、大量の罠の中インゴットを見つけないといけない手間から進んで行きたがる者がいないせいで、入手手段こそ判明していながら稀少とされていた──あの《クリスタライト・インゴット》に並ぶこの金属を、まさか直接目にする日が来るとは。

 

「基材と添加材も、これだけあれば足りるか?」

 

「足りるもなにも、十分過ぎるけど……あんた、槍何本欲しいわけ?」

 

「欲しいのは1本だけだけど……ほら、一口に槍って言っても色々あるだろ?」

 

 SAOでの槍は、大きく2タイプに分けられる──今まさに彼が背負っている《両手槍(スピア)》と、西洋の騎兵が持っているような《突撃槍(ランス)》だ。

 そしてその《両手槍》もまたいくつかのタイプに区分けされ、斬撃に特化した薙刀や、一部の両手斧スキルも使用できる斧槍(ハルバード)等、武器カテゴリの中では最もバリエーションに富んだ武器と言えるかもしれない。

 

「俺が欲しいのは両手槍──薙刀でもなければ、三叉槍でも十字槍でもない、流線型の奴なんだ。正しくコイツみたいな」

 

 そう言って背中の槍を指し示す彼に、リズベットは開いた口が塞がらなかった。

 SAOに於ける武器作成の、ある意味困った点と言えなくもないのが、武器の外見だ。鍛冶師はあくまで作る武器カテゴリを指定してスキルを行使するだけであり、インゴットを剣に変化させる工程はシステムが担っている。パラメータに関しては基材や添加材によってある程度方向性を絞る事は出来るが、色や形状までは実際武器の形になってみるまで分からないのだ。

 事実、理想通りの性能ではあるが外見には納得していない、といった様子で帰っていったプレイヤーをリズベットも見たことがある。

 

 つまり、以前キリトに作った片手剣《ダークリパルサー》も、あの流麗なシルエットとは真逆の太く肉厚な刀身になっていたかもしれないし、色も透き通った白ではなく、ビビッドなショッキングピンクになっていた可能性も極僅かながら存在していたということだ。

 

「……え、じゃあ何?あんたまさか……」

 

「うむ。理想の槍が出来るまで世話になる。お茶汲みは任せてくれ。何なら店番も代わる」

 

「はっ──はァァァ~~~!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少々早いが外の看板を《Closed》に裏返したリズべットは、工房に篭ってひたすらハンマーを振っていた。

 このインゴットを叩くのはかれこれ7回目。壁に掛けられた6本の両手槍はどれも業物と言って申し分ない出来なのだが、全て穂先が十字だったり、三叉だったりしているせいで彼は首を横に振るばかり。

 

「全くもう……ソロの攻略組ってあんなのしかいないわけ……!?」

 

 この怒りの気持ちをハンマーに込めて叩きつけたくもあったが、「最高の1本を期待してる」という彼の言葉を思い出し溜飲を下げる。

 

「(……そうよ、落ち着きなさいリズベット。武器の扱いは真剣にやらなくちゃ)」

 

 武器1つ作るのにインゴットが1つ必要な為、チャンスは残っているインゴットの数──あと4回だけ。

 もし今後も理想の槍が出来なければ、彼はまた金属を採りに向かうのだろうか。これだけの数を集めるのに相当苦労した風だった事を考えると、もしかしたら見た目には目を瞑って11本の中から選ぶのかもしれない。

 

「(そんなのダメ──妥協で武器を選ばせるなんて、鍛冶師失格だわ)」

 

 この世界で最初から最後までプレイヤー達と運命を共にする存在である武器達。それを作り、手入れする立場としては、これ程の上質な素材で試行回数を重ねられるのは間違いなく幸運と言える。

 最上級の金属と上質な素材、そしてマスタースミスである自分が合わさった時、一体どのような武器が生まれるのか。あの剣を生み出せたのは偶然か、はたまた必然なのか──そんな好奇心と探究心に、この機会をくれたあの少年への感謝の気持ちを少しと、彼を黙らせる程の最高の槍を打ちあげてやるという意気込みを混ぜ込んで、リズベットは最後の1打を振り下ろした。

 

 インゴットが眩い光を放ち、みるみる形を変えていく──ゴツゴツとしていた金属の塊は、やがて1本の両手槍へと姿を変えた。

 

「リズベット先生、お茶が入りました──っと。出来たか、7本目」

 

「ええ、出来たわよ。お望みの一本槍」

 

 金床に横たわる、穂先にうっすらと稲妻のような紋様が刻まれた黒い両手槍を目にした瞬間、彼はまるでプレゼントを貰った子供のように目を輝かせる。

 

「銘は《エクサリオン》──数値的にはその灰色の槍と同レベルのパラメータよ。試してみて」

 

 そう言われた少年は確かめるように槍を持ち、試し振りをする。続いて、また槍をクルクルと回し始めた。

 

「……良いな。重さも、振った時の手応えも完璧だ」

 

 満足そうに頷く少年の顔を見て、ホッと胸を撫で下ろす。こうして理想の武器を手にした時に見られるプレイヤー達の喜ぶ顔を目にすると、鍛冶師として全力を尽くして良かったと毎度の事ながら思う。

 

 ここで、リズベットは予てより気になっていた事を思い切って聞いてみた。

 

「……ねぇ、あんたが2本目の槍を欲しがった理由って、もしかしてキリトと同じだったりするの?」

 

 彼の動きがピタリと止まる。

 

「……あの事を知ってるのは俺だけだと思ってたけど……君にも話してたんだな」

 

「詳しくは知らないけどね。()()()()()()って事なんだろうな──程度には。勿論、誰にも話してないから安心して」

 

「君が理解のあるプレイヤーで良かったよ。──使わずに余ったインゴットは好きにしてくれ。それとあの槍達も」

 

「ホントにいいの?」

 

「ああ。俺が持ってるより、君の店でちゃんと使ってくれるプレイヤーの手に渡った方がいいだろうしな。──それで、代金は?」

 

「そうねぇ……ざっと500万コルかしら」

 

「ごひゃっ……!?ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 恐らく持ち金を確認しているのだろう。いそいそとメニューを開いた少年は、傍目にも分かるほど顔を青ざめさせた。

 

「あの……ぶ、分割払いって……?」

 

 300万もあれば足りると思ったんだよ…と肩を落とす彼に、思わず噴き出してしまう。

 

「冗談よ。確かに数は作らされたけど、素材は全部そっち持ちだし、レア金属と新商品も貰ったしね。100万で手を打ったげる」

 

「一応、念の為、ダメ元でお伺いしますが……無料(チャラ)には……?」

 

「半額以下にしてあげたあたしの温情が伝わらないのかしらねー?」

 

「100万コル、直ちにお支払いします」

 

 取引ウィンドウを操作し、ストレージに100万コルが振込まれる。

 

「まいどあり~!」

 

「──取り敢えず。ありがとう、リズベット。この槍は大切に使わせてもらう」

 

「リズで良いわよ。ここまで来たら、お互い知らない仲でもないでしょ。ミツキ」

 

「……それもそうか。じゃ、今度はメンテを頼みに来るよ。またな、リズ」

 

 礼の言葉を残して店を出ていった彼を見送り、リズは今一度工房へ戻る。

 

「結局のところ、何なのかしらね……?」

 

 一説では、インゴットを叩く際に込めた想いの強さで武器の出来が変わる──等という眉唾物の噂もある。思い返せば、キリトの剣を鍛えた時も、先程の槍を打ちあげた時も、リズは何かしら強い想いを胸に秘めていた気がする。

 

 

 プレイヤーの想いの力が、システムに影響を及ぼす──そんな事があり得るのだろうか。

 

 

「──ふっ、まさかね」

 

 オカルトは噂話程度に留めておくのがいい。と考えを打ち切ったリズは、一先ず明日から入荷することになる大量の槍達を店頭に並べることから始めるのだった。

 





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