病院の薬ってすごいっすね
アリス・シンセシス・サーティには、父親がいない。
勿論この体……アリス・ツーベルクの、という意味であれば、ガスフト・ツーベルクという立派な父がいるわけなのだが……整合騎士となって過去の記憶を失った今のアリスにとって、その存在も、記憶も、どこか他人事のように思えていた。
しかしそんな彼女でも、父親がどんな存在かという程度のことは一応知っている。その定義に当て嵌めた時、整合騎士アリスにとって父親に該当するのが、剣の、そして騎士としての師と仰いだ騎士団長ベルクーリ・シンセシス・ワンだった。
だから……アリスが、
今現在この世界に広まっている以外にも、沢山の秘奥義が存在すること。その性質を利用した新しい戦術、新しい鍛錬の方法。
まさか自分が経験するとは思っていなかった──初恋のこと。
無事に正気を取り戻したら、彼のことをちゃんとベルクーリに紹介しよう。その後ルーリッドに戻って、セルカやガスフトにも……
ベルクーリはどんな反応をするだろう。ファナティオを見るに、彼も大概、色恋沙汰には疎そうなイメージがあるが……何にせよ、ミツキのことを気に入るだろう、という確信はあった。同様にミツキもきっと、ベルクーリの……自分の師匠の凄さを分かってくれる。
2人はすぐに仲良くなって、剣の試合でも始めるかもしれない。そしてそれをファナティオが呆れた様子で横から見ている──そうなったら、自分はどっちを応援すべきだろう?
ベルクーリが凄い剣士なのは最早語るに及ばず、対するミツキだって決して負けていない。彼の槍捌きは常人のそれとは一線も二線も画しているし、戦術の相性的に考えればベルクーリがやや不利だろうか……いや、時穿剣の完全支配術を使えば──いやいや、試合を死合と間違えてはいけない──
そんなことを考えるアリスの頭に、ふと、暖かい感触が……大きくて、少しゴツゴツしているけど、暖かくて、心地良い──いつぞやミツキに頭を撫でられた時に似ているが、少し違う──
やがて頭を離れていくその温度に名残惜しさを覚え、目を開く……
「……小父、様……?」
目覚めたアリスの視界には、確かにベルクーリの姿があった。しかし、数々の古傷を残すその体には真新しい傷がいくつも刻みつけられており、左腕に至っては肩口から根こそぎ消失している。更には──鎧に覆われた胸に、赤黒い伽藍堂が出来ていた。
すぐさま安否を確かめようとしたアリスだったが、行動よりも先に、剣士としての直感が判断を下す──とうに彼の天命は尽きている。もう助からない、と。
「ぁ……わ……わたし──ッ」
──私のせいだ。私が先走って、周囲を見失ったから……そのせいで、小父様はッ……
自らの失態で敬愛する師を死なせてしまったのはもちろんだが、それ以上に、今の今まで呑気に寝ていた自分に腹が立つ。状況を鑑みるに、ベルクーリは見事ベクタを討ったのだろう。そこに自分も加勢出来ていれば、ベルクーリが死ぬ事はなかったのではないか。誉れ高き人界最強の剣士が、こんな最期を迎えることは──
「……ッ」
──アリスは泣いた。冷たくなった師の……父の骸を抱きしめて。
ごめんなさい、ごめんなさい、と……大声で、泣きながら謝った。
そんな彼女の姿を、少し離れた場所で
アリスとベルクーリを救出する役目を帯び、ひたすら南へ飛んでいたシノンは、遠目に見えた光景に胸を刺す痛みを覚えた。
降り立った崖の上には、1頭の飛竜と1人の騎士、そして力なく倒れる英雄の亡骸のみがあった。
「(間に合わなかった……)」
あの時、自分が取り乱さなければ、もう少し早く出発できていたかもしれない。もっと早く出発できていれば、ベルクーリはまだ助かったかもしれない。ああしておけば、こうしておけば──助けられたかもしれない命を取り零す胸の痛みを、シノンはそっと噛み締めていた。
──ああ……ミツキは、「コレ」をずっと耐えてきたんだ。
実際に味わって初めて理解できた。どんなに仕方のない理由があったとて、どんなに最善を尽くしたとて……それはただ、自分1人を慰める言い訳にしかならない──目の前で膝をついて涙を流す少女の悲しみと喪失感が晴れる事はないのだ。
沈痛な面持ちで歩みを寄せたシノンに気づいた少女──騎士アリスは、目尻に涙を浮かべて顔を上げる。同じ女性であるシノンからしても──この表現は不謹慎だろうが──悲しみの表情すら絵になるような美しさだと、一目見て思った。
「……あなたも、リアルワールドから来たのですか」
シノンの出で立ちからそう推測したらしいアリスに、シノンは首肯を返す。
「私はシノン。アスナに、あなたとベルクーリさんを助けるよう、言われたんだけど……ごめんなさい。間に合わなかった」
「……いいえ、これは私の愚かさが招いた結果です──戦局は、どうなっていますか?」
悲しみの中でも心を強く持っているのか、或いは相応の時間泣き続けた末に平静を取り戻しつつあるのか──目元の涙を拭ったアリスに、シノンは状況を説明した。
現在、人界軍はアスナの指揮の下、新たに現れた赤い兵士をどうにか敵を押し止めていること。
自分同様にリアルワールドからの応援として、ルナリアの力を有するミトが戦線に加わっているものの、依然として戦力差は歴然。加えて、シノンの知る限りでは戦闘可能な整合騎士がレンリ1人のみということ──率直に言って、劣勢と言わざるを得ない。
「そうですか──ならば、私もそちらに合流します」
「──ダメよ。あなたはこのまま、《ワールドエンド・オールター》に向かって。そこにあるコンソールに触れれば、リアルワールドにいる私達の味方から呼びかけがあるはずだから」
「何故です……!? 私を狙う皇帝が討たれた以上、戦線を放り出してまで祭壇へ急ぐ必要は無くなったのではないのですか。それに、向こうにはミツキが──」
アリスがミツキの名前を口にした瞬間、シノンの胸にチクリとした痛みが走る。しかし今この状況に於いて「ソレ」は邪魔だと胸の奥へ押しやったシノンは、努めて冷静に、残酷な真実をアリスへ告げる──
「……私達リアルワールド人は、このアンダーワールドの中で死んでも、本当の意味で死ぬわけじゃないの。言うなれば、仮初の体を操ってこの世界で活動している状態よ。確かに皇帝ベクタは倒された。けど、その皇帝の肉体に宿っていたリアルワールド人の魂まで消えたわけじゃない──こうしてる間にも、いつ別の姿を得てこの世界に戻ってくるか分からないの。だから──」
「……何ですか。それは」
震える声と共に、アリスは1歩、また1歩とシノンに詰め寄る。
「小父様が命を犠牲にしてまで刺し違えた敵が……死んでいない──ほんの一時姿を消して、何事も無かったかのように蘇ると……そう言うのですか」
シノンの肩を掴んだ彼女の手は、小さく震えていた。悲しみや恐怖によって齎されたものではない、彼女の中にある最も強い感情は、きっと──
「ではッ……小父様は、何の為に死んだのです!?──私には、ここではない別の場所で戦った記憶があります。そこが、ある1人の人間によって生み出された仮初の世界だったということも、知っています──しかしそこで行われた戦いは、文字通り命懸けの、本物の戦いだった!誰もが等しく、死と隣り合わせの中で必死に戦っていた!──だというのに……どちらか一方の命しか懸かっていない戦いなど……そんなの、ただの茶番ではないですかッ!!」
──彼女の言う通りだ。シノンは返すべき言葉が見つからなかった。
GGOでもALOでも、何度も死んだ経験がある。それを受け入れられたのは、自分には「次」が保証されていたからだ。ここで死んだって、本当に死ぬわけじゃない──VRMMOプレイヤーにとって至極当たり前なその価値観は、今まさにたった1つの命を賭して戦っているアンダーワールド人からすれば侮辱以外の何物でもない。
もし、彼女の言葉に否を返せる者がいるとするなら、それはきっとミツキやキリト、アスナといった《SAO生還者》だけだろう。生還者でないシノンにその資格は無い。
だが……それでも、これだけは言わなければ、と、シノンは口を開く。
「……確かに、あなたのその認識は間違ってないわ。命をかけて戦ってるこの世界の人達からすれば、私達のやってる事なんか遊び同然に見えると思う。でも思い出して、アイツらも──ミツキとキリトも、そうだと思う?」
ハッとしたように、アリスの肩が小さく震える。
「あの2人もリアルワールド人よ、あなたの記憶にあるアインクラッドの戦いを生き抜いて、命懸けの戦いから解放された。今の彼らもベクタと同じ、この世界で命を落としたって本当に死ぬわけじゃない。それでも──それでもッ、アイツが感じた痛みは、苦しみは、偽物なんかじゃない……!」
シノンの声もまた、微かに震え始めた。
「アイツね……本当に馬鹿なのよ……もう傷つかなくていいはずなのに、これまでも沢山、沢山傷ついてきたのに……本当は辛くて苦しくて堪らないくせに、私達の前では平気な顔してるの。そりゃあ思ったわよ──何でアイツが傷つかなきゃいけないの、何でそこまでしなきゃいけないの──って」
「シノン、さん……あなた──」
「……ええ、私はミツキのことが好き。人間としても、1人の男としても──まぁ、しっかりフラれちゃったけど」
シノンは膝をつき、崩れ落ちたアリスの顔をまっすぐ見据える。
「でもね、私がアイツを好きな気持ちは今も変わらないし、アイツに助けてもらった分、アイツを助けたいと思ってる。その為には、あなたがリアルワールドへ向かわないといけないの──アイツがあんなにボロボロになってまで戦ったのも、こうしてベルクーリさんが命を犠牲にしてまでベクタを倒したのも……全部、あなたの為だから」
シノンの言葉を受け、アリスはもう一度、ベルクーリの亡骸を見やる。改めて見ると、その表情はどこか安らかで、満足そうに思えた──彼はベクタを打倒し、アリスの為に時を繋ぐという、自らに課した役目を立派に果たしたのだ。
意を決して立ち上がったアリスは、傍らに寄り添ってくれていた愛竜の頭を撫でてやってから、背に飛び乗る。
「……1つ、聞かせてください──私がリアルワールドへ渡り、この戦が無事終結した暁には……私は、またこの世界へ戻って来られますか?」
「……ごめんなさい。私はそれに答えられる程、詳しい事情を知らされてないの。けど少なくとも──あなたが生きていて、このアンダーワールドが存在しているのなら、いつかはきっと」
逆説的に、まずはアリスが無事にこの世界を脱出しなければ、その望みも潰えるということだ。
「……分かりました。ならばこのまま、南へ向かいます。《
「祭壇までついて行ってあげたいところだけど……きっと、新しい姿を得たベクタはここに復活するはず。私はここに残ってそいつを抑えるわ。例え倒せなくても、出来る限り時間は稼いでみせるから」
「……頼みます。あなたの御心を、無駄にはしません。それと──」
「ん?」
「──リアルワールドで再び顔を合わせた時には、あなたの知るミツキの話を聞かせてください」
「……なら、SAOでのミツキのことも詳しく聞かせてもらうわよ。情報交換は
互いに小さな笑みを残し、アリスは雨縁に乗って南へ向かう。
その背を見送るシノンは、彼女の姿が砂粒ほどに小さくなった所で小さく息をついた。
アリスの存在を知ってから、シノンの胸にポツンと存在していた影──ミツキがこれまで頑張ってこれたのは、アリスがいたから……裏を返せば、アリスがいたせいでミツキは幾度となく傷つき、苦しんできた。彼に想いを寄せる人間として、そのことについて2、3文句も言ってやりたい気持ちも少なからずあったし、もし話を聞いてくれないなら1発くらい頬を張るのも辞さないつもりでいた。しかし……
「……聞いてた通り、すごくいい子。あんな顔見せられちゃ、文句なんか言えないじゃない」
彼女との話はまた今度。その為にも、シノンもシノンの役目を果たさなくては。
少し北へ戻り──人界軍が迎撃戦を行う遺跡。
人界守備軍はリアルワールドからの援軍を迎え、それを踏まえたアスナの采配もあって着実に戦況を持ち直しつつある。前衛を務める友軍はあの赤い兵士達にも引けを取らない戦闘能力を有しており、後方支援に人手を割けるようになった事で、戦いが安定するようになったのだ。
「──アスナ様のご友軍のお陰で、何とかなりそうです。あの剣士達には感謝してもしきれません」
「ええ、本当に。──メディナさん、負傷者の治療は今、どれくらい進んでるの?」
「守備軍の衛士で重傷だった者の治療は完了しているそうです。じきに支援部隊にも余裕が出始めるかと」
部隊後方に展開されたルナリアの結界により、今や内部には空間神聖力が潤沢にある。お陰で重傷者の治療も想定以上にスムーズに進んだそうだ。
「そう……なら、本格的に火力支援を検討してよさそうね。リーナさん、結界の範囲を少しだけ広げてもらうよう、ミトに伝令を──」
そうリーナに言伝ようとしたアスナは、視界の端に何か黒い影が横切ったのを見逃さなかった。すぐさま視線を追わせれば、遺跡の柱の上に何者かが立っている。数は2人、その内片方の出で立ちに、アスナは酷く過去の記憶を擽られた。
「ね、ねぇ……クラインさん。アレ──あの人、どこかで見覚えない?」
近くで治療を受けていたクラインの元へ駆け寄り、件の人影を指し示す。その指の先には、黒い革製のポンチョを被り、目深に被ったフードで顔を隠す何者かの姿が。そいつは後ろ腰から大型の包丁めいた得物を引き抜き、クルクルと手元で弄び始めた。
「んん……見覚えつっても、顔が隠れてちゃ───待て」
突如、クラインの顔に嫌な緊張が走る。
「いや、ンな馬鹿な……ありえねぇよ──」
「クラインさん、あいつが誰かわかるの!?」
「分かるも何も……
「そんな……どうして」
クラインに言われて思い出した──あの出で立ちは確かに、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のリーダーである謎の男《PoH》そのものだった。
しかし何故?リアルワールドのVRMMOプレイヤーが使用しているアカウントは、現在3種類──ALO及びGGOで以前から使用していた個々人のアカウントか、或いは襲撃者サイドが用意したのだろう外国人プレイヤー用の赤い兵士の共通アカウントだ。格好だけならSAO当時のものを再現出来るかもしれないが、あの武器はSAOにしか無かった──新生アインクラッドの今現在解放されている階層では手に入らない代物のはずなのだ。
即ち、あれは正真正銘、旧アインクラッドで多くのプレイヤーを殺して回った狂気の殺人者そのものということになる。だが……日本のVRMMOプレイヤーがこのアンダーワールドへコンバートする為のルートは極めて限定的だ、事前にラース側が認証したアカウントでしかコンバートできない。ALOでもGGOでもないアカウントでログインする方法──唯一の例外がアスナ同様にSTLを用いる事だが、ユウキやミトからもそんな話は聞いていない──とすると、残る可能性は1つだけだった。
「敵」だ──《PoH》は、オーシャン・タートルを襲撃した敵勢力の人間。恐らくSTLを使い、破棄していなかったSAO時代のアカウントを使ってログインしてきたのだ。
途端に湧き上がる不吉な予感。それはすぐさま現実となった。
「おい……おいおいおい、嘘だろ」
「そんな……まだ来るの……!?」
PoHの背後──中央通路を挟んで左右にそびえる遺跡の上に、上空からいくつもの赤い光が降り注ぐ。そこから現れた赤い兵士達は、少なくとも万単位の数が認められた。クラインらリアルワールドからの援軍を加えて尚、途方もない戦力差だ。
その兵士達の言葉を耳にしたクラインは、悔しげに息を漏らす。
「クソ、厄介な事になりやがった……今出てきた兵士共は、アメリカ人じゃねぇ──中国と韓国だ……!」
「な……全く関係ない他国の人間まで巻き込んだって言うの……!?」
最初に送り込まれた兵士達がアメリカ人だったことから、ベクタ達襲撃者もアメリカが送り込んできたのだろう、という程度の推測はあった。そして、それはあくまでも秘密裏に──本来同盟国である筈のアメリカ政府が公式に指示したことではなく、下手をすればトカゲの尻尾同然に切り捨てられるのだろう、とも。
つまり、敵側としてもこのアンダーワールド及びSTL技術、そして人工フラクトライトの存在は公にしたくない機密事項ということだ。ただでさえ自国の何も知らない一般市民を騙して加担させているというのに、この上他所の国家の人民を巻き込む暴挙に出ようとは。
『──同志達よッ!! 呼びかけに応えてくれて、深く感謝しているッ!』
赤い兵士達へ振り返ったPoHが張りのある声で呼びかける。英語とも日本語とも違うその言語が韓国語であることに気づいたのは、アスナを含めほんの数人──内容まで理解できたのは、たった1人だけだった。
──このサーバーでテストプレイをしていたアルファテスター達は、日本人によって殺されてしまった。それだけに飽き足らず、他の場所でテストを行っているプレイヤーをも襲撃しようと画策している。
──連中はシステムをハックし、ハイレベル装備を好きなだけ生み出せるのに対し、こちらは低レベルな初期装備しか用意できない。しかしここに集った諸君の胸に燃える熱き正義と団結力があれば、きっと日本人を撃退出来る。卑劣で残虐な日本人から同胞達を守る為に力を貸して欲しい。
……と、そういった内容の演説を役者顔負けの演技力ででっち上げてみせた。
よくよく考えればおかしな点はいくつもある。突き詰めていけば、寧ろ怪しいのはこの男だという結論に至る事も出来るのだが……生憎、PoHがかの浮遊城にて最も得意とし、最も多くの命を奪った方法こそがコレだった──虚実を吹き込み、疑心を煽り、目を曇らせ、最後には殺し合いへ発展させる──《扇動PK》。
そう……PoHには実績がある。成功させてきたという自負がある。今度も成功させるという自信がある。……そしてこのアンダーワールドには、そんな「強いイメージの力」を現実のものとするシステムがある。
扇動者PoHの言の葉は、聞いた者の頭の中に直接作用する。さながら催眠、洗脳と呼べる凶悪な力へと進化を遂げていた。
『敵は目の前だッ!Go──!!』
PoHの号令で、堰を切ったように中韓のプレイヤー達が動き始める。狙いは部隊の後方にいる補給部隊だ。
「ダメ──ッ!」
アスナは細剣を掲げ、地形操作の力を連続発動する。手近な柱や像を数本なぎ倒し、敵の足を止めると共に──
「補給部隊は直ちに前進ッ!物資は捨てていい!人命優先で今すぐここを離れてッ!」
指示を聞いた補給部隊はぞろぞろと後ろへ下がり、南へ向けて移動を開始する。尚も追いかけようとする敵を止めるべく、再度地形操作を発動させようとして──
「ッ──ゴホッ……!」
脳天から全身を貫いた激痛と、咳と共に込み上げてきたモノを吐き出す。口元を覆う手には、赤黒いシミが出来ていた。流石に無茶をし過ぎたようだ。
だが倒れるわけにはいかない──剣を支えに立ち上がろうとするアスナを制するように、前へ進み出る者がいた。
「──無理すんな、アスナ。俺達にも、もちっと見せ場をくれよ」
「そうだな、ここは俺達に任せろ──!」
先頭に立ったクラインとエギルが、得物を構えて先陣を切る。
「ウォ──ラアアアアアアアッ!!!」
「だ──ッラァ!!!」
挨拶代わりのソードスキルによる一撃が強烈な衝撃を齎し、赤い兵士達を纏めて吹き飛ばしていく。2人に続くように、後方にいた人界サイドのプレイヤー達も補給部隊を守るべく応戦を開始。長い時間をかけて育て上げた彼ら彼女らのアバターは、一兵卒アカウントに過ぎない赤い兵士に何ら劣る事はなく、次々と敵を屠っていくが……1つだけ、明確に劣っている点があった。
「ちぃ──次から次へとッ!」
アンダーワールド人と違い、彼らは対多数の戦いも経験したことがある。故にこそ、「数」が齎す利を、その恐ろしさをよく理解していた。
ましてや、ただ無秩序に殺戮を楽しむだけだったアメリカ人プレイヤーと違い、中韓のプレイヤー達は「戦い」を行っている。即ち、仲間を助け、カバーし、集団で敵をすり潰すといった、戦術的行動を積極的に取ってくる相手だ。
最初こそ拮抗しているかに見えた戦況は、早くも劣勢に傾き始めていた。
そしてそれは、
遺跡の東側──
「くっ、あーもう邪魔──ッ!」
ユウキの振るった長剣が周辺の魔獣を横薙ぎに斬り裂く。小さいながらも開いた突破口を、ユウキは一直線に疾駆した。
横から飛びかかってくる魔獣はイーディスと彼女の愛竜
「今度こそ──ッ!」
魔獣の
「やぁぁあああああ──ッ!」
右上から左下、続いて左上から右下へ──X状に放たれる神速の10連突き。
「でやあああああああああッ──!!」
一際強い輝きを湛えた最後の一撃が、中心を貫く──!!
OSS11連撃《マザーズ・ロザリオ》──本来、ラースの用意したスーパーアカウントを使用している今のユウキでは、ALOのアカウントに紐づいたこの技を使うことは出来ないのだが……事前に聞かされていた「イメージの力で事象を上書きする」というシステムに早くも順応したユウキは、《絶剣》の自分を強くイメージすることでこの技の発動を可能にした。
しかし……この至高の攻撃を受けた母体は、
神速に相応しい11連撃を以てしても、まだ足りない──ギリギリの所で核まで攻撃が届かず、再生されてしまう。既にユウキは3度に渡り《マザーズ・ロザリオ》での撃破を行っているが、その結果は見ての通りだ。構えさえ取れば技を発動できるALOと違い、イメージの力で発動する以上、11連撃という大技を発動する毎に精神力を消耗する。
しかも母体は絶えず小型魔獣を生み出し続けており、そちらにも対処する必要がある。母体への攻撃に集中しすぎて背後から首筋に噛み付かれては終わりだ。
闇雲に攻撃を叩き込むだけでは倒せない──その結論に至るのに、時間は必要無かった。
北方、峡谷周辺──
「せ──りゃあああああッ!!」
気合一閃、振るわれた長剣《ヴァーデュラス・アニマ》が赤い兵士を横薙ぎに吹き飛ばす。
1万近くが残るアメリカ人プレイヤーを単身相手取るリーファの肉体にはいくつもの刀傷が刻まれ、背には刺さったままの剣が数本ある。荒い息をつきながらも地を踏み締めると、テラリアアカウントの力によってたちまち傷が癒えていくが……その肉体を操るリーファの精神は、凄まじい勢いで消耗していた。
大地の神の癒しの力は表面的には無敵に見えるが、事ここに至っては恩恵ではなく「呪い」と言うべきだろう。どれだけの苦痛に苛まれようと、決して倒れることを許さない──生き地獄とさえ言えるその力を授かったリーファは、その責務を早々に自覚していた。
「(倒れるなッ……コイツら全員斬り伏せるまで、絶対にッ!)」
痛みの残響を振り切って踏み出そうとするリーファ──その左眼を、投槍が貫いた。
「ァッ──が……ッ!!!」
今、自分の神経を刺激しているものが痛みなのかもよく分からない。とにかく灼けるような熱感と今までに感じた事のない不快な異物感を感じながら、刺さった槍をひと思いに引き抜く。
絶叫と共に自ら湧き出た血の噴水を浴びながら、リーファはもう何度目かも分からない癒しの力を発動させた。抉り抜かれた眼も、鉄の棒が貫通した頭も、全てが元通りになっていく──しかしその際の感覚は、鮮烈な記憶となってリーファの脳裏に焼き付いた。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ──!」
ベットリと血の付いた槍を投げ捨てる。前を見れば、本当に減っているのかも怪しい赤い群れがこちらへ向かってきていた。
「大丈夫……まだ、やれる。あたしなら、やれる……だって……だって、あたしは──」
剣を肩に担ぐように引き絞ると、赤いライトエフェクトと同時にジェットエンジンめいた音が……
「あたしはッ!──《黒の剣士》とッ──《裂槍》のッ──妹なんだからァァァァァ──ッ!!!」
鬼気迫る気合から放たれた《ヴォーパル・ストライク》が、赤い兵士達を纏めて貫いた。
そして南方、ベルクーリによって皇帝ベクタが討たれたまさにその場所で──
「──来た」
突如、虚空から流れ落ちる汚泥の如き奔流──敵の到来を感じ取ったシノンは、大弓をいつでも射撃出来るよう待機させた。
出来ることなら敵のアバターが実体化したその瞬間に最大出力の一射で吹き飛ばしてしまいたいところだが、敵のアカウントがワンオフものなのか、或いはいくらでも替えの利く量産型なのかでその対応の成否が変わってくる。
シノンの役目は時間稼ぎだ。もし、敵が後者のタイプのアカウントで幾度となくログイン出来るのであれば、一息に倒して再ログインの機会を与えるよりも、時間を掛けてここに足止めしておく方がいい。勿論、戦闘中の動きから前者のタイプと判断したなら、その瞬間消し飛ばしてアカウントを使用不能にしてやるだけだ。
何はともあれまずは様子見、相手の出方を伺わなければ──微かな緊張と共に、アバターが形成されるのを待つ。全て流れ切ったらしい黒泥の中から、ゆっくりと人型アバターが浮上してくる。
まず最初に覗いたのは、右手──そこからして、シノンは違和感を覚えた。その右手を覆っているのが、シノンもよく見慣れたフィンガーレスグローブだったからだ。
そこから手首、前腕、二の腕と続くに連れ、シノンの推測が真実味を帯び始める。
「(まさか……ラースのアカウントじゃない……!?)」
腕だけでも分かる。あの装備は、アンダーワールドの文明レベルと合致しない。少し目にしただけだが、この世界の武器は剣や槍、斧、遠距離武器は弓矢が主流で、身に着ける防具といえば鎧だ。しかしあのアバターが纏っているのは、もっと先──現在のリアルワールドと同年代の文明で見られる、
驚くのも束の間、泥の中から上ってきたソイツの顔を見たシノンは、鋭く息を飲んだ。
「そ、んな……まさか……ッ」
間違いない、この男を、シノンは知っている。忘れるはずもない。ほんの数ヶ月前、シノンはこの男に「殺された」のだ。
GGO日本サーバー第1回BoB優勝者にして、同サーバーに於ける第4回大会でも優勝を果たした、伝説のプレイヤー。その名は──
「───《サトライザー》」
WoUも折り返しくらいまで来た頃でしょうか。頑張ります。
皆さんもホント、体調にはお気をつけて…by風邪っぴき