ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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伝説を撃ち抜け

《サトライザー》

 

 日本サーバーに於ける第1回BoBを、ナイフとハンドガン1丁のみで優勝するという偉業を成した伝説のプレイヤー。その正体が国外のプレイヤーだという噂は、第2回大会が始まってから囁かれ始めた。

 

 アップデート後のガイドラインに加筆された、今後永続的に国外からのログインをシャットアウトする旨と、それと時を同じくして開催された第2回BoBに彼の名が無かった事。

 これら2つの状況証拠から、GGOに熱を注ぐ上位プレイヤーは自分達が圧倒された理由を悟り、あくまでもカジュアルに楽しむ層からは、文字通りレジェンドとして語り継がれていくことになる。

 

 そして、つい最近行われた第4回大会にて……人々はその伝説を再び目にする機会を得た。

 

 この為にわざわざ来日でもしたのか、当時と同じ名前で大会にエントリーしたサトライザー。

 今度は何を得物とするのか、前回大会では無名の光剣使いを始めとするダークホース達が大番狂わせを起こしたこともあり、人々の注目が集まる──満を持してフィールドに現れた彼は、()()()()()()()()()()()。ハンドガンは勿論、ナイフの1本も持っていない、正真正銘の丸腰だ。

 

 かなりハイレベルの《軍隊式格闘術(アーミーコンバット)》スキルによる格闘術で、次々とプレイヤーが倒されていく。上げに上げた敏捷ステータスにより文字通り現実離れしたスピードを誇る《闇風》も、結果的に敗退したとはいえ前回が本戦初出場ながら実力を示した《銃士X》も、なす術なく倒されて──最後に残ったのは、シノンと彼だけだった。

 

 高所に陣取り標的の姿を探していたシノンだったが、月明かりの影に身を隠して忍び寄っていたサトライザーに背後を取られてしまう。寸でのところで察知したまでは良かったのだが……MP7による牽制射撃は躱され、鮮やかとすら言える手並みで首を締め上げられてしまう。

 

 こんなことなら、お守りとして購入していた光剣をちゃんと装備しておくべきだった……悔しげに、そして苦しげに顔を歪めるシノンの耳元で、最後にサトライザーが何か囁いた。その言葉は確か──

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ……サトライザー……どうして、ここに……ッ⁉︎」

 

 いつしか忘れていた呼吸を再開しながら、シノンは咳き込むように問う。異形の有翼生物の背に乗ってシノンと同じ高度まで昇ってきたサトライザーは、視線だけでキョロキョロと辺りを見回すと……

 

「アリスは逃げたか……まぁいい、すぐに追いつけるだろう──キミとは確か、《ガンゲイル・オンライン》のイベントで戦ったね。名前は確か……シノンといったかな?まさかこんな所でまた会えるとは」

 

「っ……それはこっちのセリフよ」

 

 彼の声を聞くだけで、胸の内から得体の知れない悪寒が全身へ広がっていく。体の震えを鎮めようと自らの肩を抱くシノンの問いに、サトライザーは薄ら笑みを浮かべて答える。

 

「何故、か……そんなもの、必然だからに決まっているじゃないか。……これは運命さ、私とキミを引きつけ合う《魂の力》──いい機会だ、色々と確かめさせてもらおう。STLを介せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして──GGOでは味わえなかった、キミの魂の味をね」

 

 ニタリ、とサトライザーの目が細められる。その視線がシノンを射抜いた瞬間、全身を凄まじいほどの悪寒が駆け抜けた。同時に、過去の記憶がフラッシュバックする。

 

 あれはそう、第4回BoBで、奴がシノンを殺す間際に囁いた言葉──

 

 

 ──Your soul will be so sweet.(君の魂は、きっと甘いだろう)

 

 

「さぁ、こっちにおいで──」

 

 サトライザーの手元から闇のように黒いモヤが湧き出し、シノンの元へ漂ってくる。闇は彼女の腕を、腰を、肩を絡め取り、サトライザーの元へと運び始めた。

 ゆっくりと、しかし着実に迫るサトライザーの姿。その瞳は、最初に目にした時と違っていた。一才の光を跳ね返さず、飲み込む《闇》……否、これは《虚無》だ。目にしたもの全てを吸い込むような、ひたすらに暗い虚無が広がっている。

 

 まずい、抵抗しなければ──そう思ってはいるのだが、シノンの体は何かに縛られたように動かない。辛うじて手にできた弓の弦に掛かる指も、それ以上後退する事はなかった。

 

 遂に眼前まで迫ったサトライザーは、そのままシノンを優しく抱き止める──手つきこそ優しいものの、触れられた箇所には氷のように冷たく、不快な感触が広がった──弓に掛かった手も引き離され、手元をしっかり押さえられてしまう。

 

「シノン……このアカウントに付けた《サトライザー》という名前の意味を考えてくれた事はあるかな?《研ぐもの》《薄くするもの》《選ぶもの》、いくつかあるが──その中に《盗むもの》という意味もある」

 

 解放されたシノンの腕が、ダラリと落ちる。腕だけではない、全身から力が抜けていく……弓を手放さずにいられてるのが、自分でも不思議だった。

 

「その名の通り、私はキミを盗む。キミの魂を盗み、味わい、私のモノにする。さぁ、全てを委ねるんだ。何も考える必要はない。身も、心も、キミの全てを、私に差し出すんだ──」

 

 頬にかかった髪をかき分け、冷たい指先が頬を撫でる。最早その感触さえも、シノンは知覚出来ていなかった。出来たことといえば1つだけ──

 

「(やめて……盗まない、で……これは──コレは、ミツキの………)」

 

 視界がぼやけ、意識が飲み込まれる。底の見えない、冷たい虚無の深淵へ引き込まれる。自力で這い上がることも、もがく事もできず……完全に光を失う直前に、力なく手を伸ばす。

 

 

 ──不意に、その手を掴まれた(暖かさを感じた)気がした。

 

 

 刹那、シノンの魂を食らうべく、彼女の唇に口を寄せていたサトライザーを拒絶するように、青白い電光が走った。その光は戒めを断ち、体の自由を取り戻したシノンは後退する。

 小さく煙を上げる自らの手を不快そうに見つめながら、折角の獲物が手を離れたことを訝しむサトライザー。一方シノンもまた呆然とした様子だった。彼女の視線は自らの胸元──威嚇するように光を放つ、小さな円盤状の首飾りに向いていた。

 

「この、ペンダント……何で」

 

 コレは、去年の暮れに「彼」の命を救ってくれた物だ。自分を救ってくれた「彼」を。

 

 だがおかしい。コレはあくまでもリアルワールド──現実世界の朝田詩乃が身に着けている物で、GGOやALOは勿論、このアンダーワールド内に持ち込めるはずのない代物。事情を知らない赤の他人からすれば単なるアクセサリーにしか見えないコレが、何故アンダーワールドに……?

 

 

 ……これは、シノンの知らない真実だ。

 STLを用いてアンダーワールドにダイブしたリアルワールド人の姿形は、自己認識によって決定される。キャラメイクも、コンバートもしていない直葉と詩乃、深澄らがそれぞれ《リーファ》《シノン》《ミト》の容姿で降臨したのはそれが理由──この姿こそが、仮想世界での自分の姿である、という自己認識(セルフイメージ)が反映された結果というわけだ。

 即ち……現実世界は勿論、仮想世界にいる間でもあのペンダントを「精神的に」身に着けていた──そこに込められた「彼が自分を助けてくれる」というシノンの強いセルフイメージが、この現象を引き起こしたのだ。

 

 

「ほんと、あなたって人は──」

 

 理屈はさておき、「彼」が自分を助けてくれたということを直感で理解したシノンは、指先で掴んだペンダントにそっと口付ける。

 

「──どれだけ好きにさせれば気が済むのよ、全く」

 

 気を入れ直したシノンは、手にした大弓《アニヒレート・レイ》に意識を集中させる。

 そうだ……シノンはもう独りではない。シノンの中には多くの友がいる──自分を支え、助けてくれる人がいる。そして何より、今自分をここに立たせている「彼」がいる。

 つい先程、恋敵に豪語したばかりではないか──彼に助けられた分、今度は自分が助ける番だ、と。ならば、こんな所で怯んでいる暇などない。

 ()れるはずだ。だって自分は、GGO最強のスナイパー。彼はそれを信じてくれた。彼のお陰で、シノンは自分の中の強さを信じることが出来た。そんな彼がこうして、すぐ近くにいるのだから──戦えないはずがない。

 

 そんな最強の自分が持つべき「最強の相棒」の姿を、シノンは描き出す。

 

 光と共に、緩く湾曲していた弓が真っ直ぐに伸び、形状が変化していく。

 細い円筒状になった上部先端には、四角いマズルブレーキ。持ち手が変化したスコープが接続されているのは、ゴツゴツと物々しいレシーバー。そこから下へ伸びるウッドストック──

 

「──私の魂を盗む?……冗談じゃないわ」

 

《PGM ウルティマラティオ・へカートII》──氷の狙撃手シノンの相棒にして、多くの敵を屠ってきた冥界の女神の銃口をサトライザーに差し向ける。

 

 

「私の魂を好きにしていいのはミツキ(あいつ)だけ!お前なんかに、絶対渡さないッ!」

 

 

 明確なる敵意を乗せて放たれたへカートの銃弾を、サトライザーは掲げた手の平で受ける。岩すら容易く撃ち砕く巨大な銃弾が何事も無かったかの様に消滅した事なんか気にも止めず、シノンはボルトハンドルを引いて次弾を装填、引き金を絞った。

 

 ──サトライザーの怪しげな力のカラクリは予想がついている。ダイブ前に説明を受けた、イマジネーションの力を使って、シノンのフラクトライトに干渉したのだろう。悔しいが、一足先にこの世界で活動していた分、この仕組みへの習熟度ではあちらに分があると認めざるを得ない。

 

 だがしかし、イメージ力と集中力であれば、相手がサトライザーだとて負けないという自負があった。

 

 極めて現実と近しいGGOの射撃の中で、とりわけ難しい長距離狙撃を磨き続けてきた。風向きや湿度等、弾道は些細な条件で変化する。スコープに捉える標的だって棒立ちしているわけじゃないし、決まって同じ動きをするわけでもない。それらを脳裏でイメージし、修正し、標的を撃ち抜いた回数は最早数えきれない。

 

 怯むな──負けるなッ!──信じろッ!

 

 へカートに破壊できないものなど存在しない。自分に撃ち抜けないものなど存在しない。何故なら自分は最強の狙撃手なのだから。「最強」の前には、たかが「伝説」如き──!

 

 轟く砲哮。ありったけのイメージを込めたシノン2発目の銃弾は、見事、サトライザーの手を撃ち抜いてみせた。再ログインして初めての負傷……奴の表情に微細ながらも変化があったのをシノンは見逃さなかった。

 

「お前は神でも悪魔でもないわ──ただの人間よッ!」

 

 正真正銘の神様や悪魔、人智を超えたバケモノには敵わないかもしれない。だが同じ人間であるなら、少なくとも戦うことは出来る。戦えるのなら、勝つ事だってきっと出来る──

 

「(──そうよね、ミツキ……ッ!)」

 

 先の恐怖が嘘のように、シノンの中を熱い力が駆け巡る。無二の相棒たるへカートと、ミツキへの想いがあれば決して負けない──そんなシノンを冷めた目で見据えるサトライザーは、あの黒いモヤで手に穿たれた穴を埋めると、レッグホルスターに収められていた小型のクロスボウを抜く。

 威力でも弾速でも劣るクロスボウで、へカートに敵う筈がない──そう思ったのも束の間、サトライザーの放つ黒い闇がクロスボウを包み込み、その姿を変質させた。

 

 無骨に角ばったシルバースチールのフレーム、グリップより後ろに配置されたマガジン。フレームから突き出る、特徴的な細い銃身(バレル)……へカートと同じく、それでいてより後世に対物狙撃を目的として開発された巨大な狙撃銃《バレットXM500》。

 

 比較的小型のマズルブレーキを装着した銃口をシノンに向けるサトライザーの表情に、先程の余裕は見られない。シノンの事をただの獲物というだけでなく、明確な敵と認識したのだろう。

 

「対物ライフルには対物ライフル、ってわけ……上等じゃない」

 

 不敵に笑いながら、シノンはボルトハンドルを引く。互いにスコープを覗き込んだ状態で動くタイミングを図り……先に動いたのは、シノンだった。

 

 スコープを介してサトライザーの視線を注視していたシノンは、僅かに視線が下向いた瞬間、急上昇。頭上を押さえて有利を取ろうとする。あわよくば慌てて無駄弾を使ってくれればと思ったが、──以前ミツキ達が言っていた、サトライザーは「本職」の人間という予測はやはり正しかったようだ──奴はすぐさまスコープから目を外し、肉眼でシノンを捉えながら、足場となっている有翼生物を上昇させる。程なくして、アンダーワールド史上初となるドッグファイトが幕を開けた。

 

 互いが互いを常に照準した状態で、どうにか死角へ回るべく、グルグルと縦横無尽に空を飛び回る。乗り物に乗った状態であるサトライザーは振り落とされないギリギリの速度で、シノンの動きに付いてきていた。

 

 膠着状態を崩そうと、シノンが撃つ──合わせるようにサトライザーも射撃。両者の銃弾は射線上で接触し、弾道を大きく逸らす。

 次はサトライザーの方から動いた。シノンの動きを読み、軌道上に狙いを定める。霞むような速度と精度で行われたそれを見逃さず、シノンは半ば本能に任せて思い切り身を捻った。刹那、放たれる銃弾──螺旋回転しながら迫る必殺の鉄塊は、シノンの胸の僅か数センチ前を通過していった。

 

「(避けたッ──!)」

 

 敵の弾を1発浪費させたと内心で喜んだ矢先、瞬いた光と、鳴り響く轟音──次の瞬間、シノンの左脚は膝の辺りから先が跡形もなく吹き飛ばされていた。

 

「ァぐ──ッ!」

 

 更なる追撃の1射をシノンは辛くも回避。片脚を失ったことで姿勢を崩しながらも、どうにか体勢を持ち直す。

 

 通常、スナイパー同士の戦いは先に相手を見つけた方が、若しくは先に痺れを切らした方が負ける。既に正面から接敵している今の状況であれば、勝敗条件は後者。しかしそれはあくまで陸の話……

 

 使う得物はお互い、一撃必殺の対物ライフル。

 お互い、自由に空中を飛び回る手段を有している。

 

 これら2つの条件により、とりわけシノンは勝利条件が一段と厳しくなってしまった。

 

 まず、銃の性質──シノンのヘカートがボルトアクションなのに対し、サトライザーのバレットは近代銃らしくセミオート。シノンは速射性でハンデを負っている。射撃後の隙という絶好のチャンスを掴む頻度はあちらの方が多いだろう。

 

 次に、継戦力──ソルスアカウントに備えられた飛行能力は、イメージの力で制御している。対してサトライザーは有翼生物に乗った状態……確かな事は不明だが、ある程度飛行をあの生物に一任できる可能性を考慮するなら……あちらが多少の傷なら回復出来る事といい、戦いが長引いて天命(HP)と精神力を消耗するに連れ、シノンが不利になっていくのは明らか。

 

 そして最後にして最大の条件──装弾数。

 

 シノンのへカートの装弾数は7発。当然、GGOにある現物をそのまま持ってきた訳ではない為──GGOでも装備重量の関係で携行していないのだが──予備マガジンは無い。

 予備弾薬が無いのはサトライザー側も同じではあるのだが、あちらの操るバレットは1マガジンに10発入る。単純計算でシノンが不利だ。

 

 弾を出来る限り節約したい所だが、だからと言って逃げ回ってばかりでは、手負いのシノンの方が先に限界を迎える。どの道、サトライザーがシノンを無視してアリスを追おうとすれば、それを引き止める為に撃たねばならず、戦いの主導権はあちらが握ってる状態だ。

 それを防ごうとするなら、シノン側から積極的に仕掛けてサトライザーを倒しに行かねばならず、そうなると装弾数の差が効いてくる……と、状況はまさに堂々巡り。

 

 その優位性を理解しているのだろう。サトライザーは自分から仕掛けに行かず、シノンの銃撃に合わせて射撃、銃弾を弾くことで、シノン側を一方的に消耗させていく策を取っていた──憎たらしいことに、そもそもの射撃技術もかなりのレベルに達していると来た。

 

 度重なる撃ち合いの末、シノンの残弾は1発。いよいよ追い込まれてしまった。

 この最後の1発でなんとしてでも仕留めなければ……!

 

 敵に照準を定めさせないよう、できる限り不規則な軌道で飛び回りながら、シノンは思案する。

 

「(考えろッ……この1発であいつに風穴を開ける方法を!──普通に撃つのはダメ、デコイも不可能、ノコノコ近づけば頭を吹っ飛ばされる、何か…何か……ッ!)」

 

 せめて奴の残弾3発を消費させられれば、最悪首筋を噛みちぎってでも──しかし、そんな最後の手段さえも実行に移す為の活路が見つからない。そして……そうやって悠長に考える時間を与えてくれる相手でもなかった。

 

 轟音と共に、サトライザーのバレットが火を噴く。直前でその気配を感じ取ったシノンもまた、へカートの引き金を引いた──()()()()()()()()()

 マガジンに残っていた最後の1発が、迫り来る銃弾と交錯する。火花を残して互いを弾き合った銃弾がどことも知れぬ地面に穴を穿つ傍ら──続く2射目でシノンの右脚が吹き飛ばされる。

 

 姿勢制御に於いて重要な役割を担っていた脚を両方とも失い、シノンは撃たれた衝撃のまま、力無く落ちていく──そんな状況にあって尚、彼女の目は死んでいなかった。

 

「(諦めるな……ッ、アイツはッ……ミツキはいつだって諦めなかった!アイツを助けに来たんでしょ!その私が、ここで諦めてどうするのッ!)」

 

 

 ──例え、先に待ち受けるのが完膚無きまでの敗北なのだとしても、最後の最後まで諦めるな、考える事を止めるな!どれほどの強者が相手だろうと、どんなにみっともなくても、足掻いて喰らいつけ!目を開けろ!希望の光を、見逃さない為に──ッ!

 

 

 そんな時──ふと、視界の端で小さな光が瞬いた。敵のマズルフラッシュではない。命を砕く銃弾とは違う、冷たいのに、どこか暖かく、優しい光……その源は、意地でも手放すまいと握り締めていたヘカートだった。

 

 この時……シノンは初めて、相棒の声を聞いた気がした。

 

 シノンは地表目掛けて真っ逆さまに落ちながら、ヘカートを構える。狙うは当然サトライザー。

 銃弾は全て撃ち尽くした。予備弾倉も無い。その事実をあちらにも悟られている以上、こんな行為脅しにすらなりはしない。

 

 だが、しかし──銃弾以外に、撃ち出せるものがあるなら?

 

 イマジネーションの力で形こそ愛銃に変化しているが、それでも、この武器に与えられたシステム的な力は変わっていない──周囲の空間リソースを自動的に吸収しエネルギーをチャージするという、太陽神の弓《アニヒレート・レイ》の性質までは……!

 

 戦いの中でシノンの流した血が空間リソースとなり、ヘカートの銃口に集約されていく。

 

 その様子を目にしたサトライザーは、下ろしかけていたバレットの銃口を即座に持ち上げていた。

 同じだ……皇帝のアカウントを失う原因となったあの壮年の剣士と同じ……死の淵に追いやられて尚一矢報いようとする、獣の如き気配。

 

 同じ轍は踏むまいと、サトライザーは冷静に淡々と、引き金を絞った。

 照準したのは彼女の心臓。対物ライフルの威力であの華奢な肉体を撃ち抜けば、四肢がバラバラになってもおかしくない。即座にログアウトされ、今後彼女の魂を味わう機会は永久に失われるやもしれないが……最優先目標はアリスだ、致し方ない。

 それに、運良く体が真っ二つになるだけで済めば、ログアウトまで幾許かの猶予はあるだろう。多少潰れて変形した果実でも、果汁さえ絞れれば美味い酒になるというものだ。

 

「む……?」

 

 小さくほくそ笑みながら放たれた凶弾……しかし極上の味わいを齎すはずの銃弾が、紅い華を咲かせる事はなかった。

 シノンの胸元──小さな瞬きが、サトライザーの銃弾を受け止めている。ただ彼女を守るだけではない。まるで彼女の勝利を後押しするかのような、力強い光を放って。

 まただ……最初に彼女を喰らい損ねたあの時と同じ輝き。全てを飲み込むサトライザーの心意をも振り払える、強い意志の力……シノンが「アイツ」と呼んでいたその輝きの持ち主に、少し興味が湧いた。

 

 

 

「い…っけえええええええええェェェ──ッ!!!」

 

 

 

 全霊を込めた気勢と共に放たれたのは、シノンやサトライザーの見慣れた徹甲弾ではなく、「光」──シノンの心意によるブーストを受け、極短時間で収束、圧縮された力の奔流。流石に《東の大門》を灼き払ったアリスの術式には及ばないものの、それでも空気すら焦がさんばかりの熱量を誇る、高出力レーザーだった。

 

 続けて放っていたサトライザーの銃弾も、その全てが光に飲み込まれていく──次の瞬間、凄まじい爆発が巻き起こった。

 

 衝撃で吹き飛ばされ。今度こそ地面に叩きつけられたシノンは、すぐさまヘカートに手を伸ばして爆発の中心……そこにいるだろうサトライザーの様子を伺う。

 果たして、晴れていく爆煙の中に人影が浮かび上がる──右腕を中程から失い、右半身に酷い火傷を負ったサトライザーが、地に落ちたシノンを憎々しげな目で睨んでいた。

 

 寸での所で直撃を回避したのだろう……シノンの全身全霊を込めた致命傷狙いの攻撃で、片腕と火傷だけ。これがVRMMOならチートを疑いたくなるしぶとさだ。

 

「そう……そっちがその気なら、何度だって相手になってやるわッ……!」

 

 正直シノンとしても一杯一杯ではあるが……それでもまだ、戦える。

 スーパーアカウントに設定された膨大な天命を全て使い切るまで、何度だってお前を殺してやる──そんな意志を込めて睨み上げるシノンの視線を受け止めたサトライザーは、追撃を加えるでもなく、無言で飛び去っていった。方角的にアリスを追うつもりだろう。悔しいが、こうもボロボロでは満足に飛ぶ事すらままならない。少なくとも、戦いを中断しなければ追いつけない、と判断する程度には足止め出来たのだと思いたい所だ。

 

 やれるだけの事はやった──シノンの手からヘカートが滑り落ち、元の大弓へと戻る。同時にシノン本人もまた、地面に突っ伏すように倒れ込んだ。戦いの熱が引いたせいか、墜落時の打身と吹き飛ばされた脚の痛みが主張を始める。

 

 

「ハァ……ハァ……っ──ミツキ……私、頑張ったよ……ありがとう」

 

 

 少年への感謝の念と共に、シノンは胸のペンダントを弱々しく握り締めるのだった。

 




ユウキ&イーディスの戦いまで書けるかなーなんて思ってましたが、思ったより文量膨らみましたね…
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