ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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最悪の運命

 ダークテリトリー南方の遺跡──リアルワールドからの増援を加えて息を吹き返したかに思えた人界守備軍だったが、その勢いは長くは続かなかった。

 

《PoH》と思しき黒ポンチョの男と共に現れた、数万にも及ぶ中韓のVRMMOプレイヤー達。これまでの奮闘を水泡に帰すかの如く、必死に削った戦力差が見上げる程まで突き放され、数の暴力による蹂躙が始まった──

 

 真っ先に数を減らし始めたのは、人界人に代わり前衛を務めていた日本のVRMMOプレイヤー達だ。傷ついた仲間を助けようとした所に追撃を受け、次々と戦闘不能になっていく。

 腕のある者達は防戦一方に追い込まれながらも抵抗を続けていたが、それが崩れるのも時間の問題だろう事は想像に難くない。

 

 風妖精(シルフ)の一軍を指揮していた領主サクヤは、友人でもある猫妖精(ケットシー)領主アリシャを敵の包囲から救出しようとするも、背後から腹を貫かれ倒れる。指揮官を失ったことでシルフ隊の動きも目に見えて衰え、赤い波に飲み込まれていった。

 最前線で奮戦する火妖精(サラマンダー)将軍ユージーンは、後退する味方を守るべく殿を買って出た結果、重傷を負い意識不明に。

 

 一方で、アンダーワールド人もただ守られているばかりではない。

 整合騎士レンリは率先して前に立ち、記憶解放を発動させた《雙翼刃》で多くの赤い兵士達を薙ぎ払ったが……投擲武器という性質上、得物が手を離れている間、本人が無防備になってしまうという弱点を突かれ、投槍によって負傷。戦闘不能を余儀無くされてしまう。

 既に片腕を失っている整合騎士エルドリエは、負傷した衛士や妖精達を守って単身奮闘するも、公理教会の制式剣はここまでの酷使で天命が限界を迎え折れてしまい、やむなしと腰の《霜鱗鞭》に手を伸ばした隙を突かれて肩を負傷。更に凶刃から妖精を守り、盾とした背中に剣が突き立てられた。

 

「こ…のオオオオオオオオ──ッ!」

 

 激昂するミトが、大鎌を頭上で高速回転させる範囲技《トルネード・エッジ》で赤い兵士達を一掃する。吹き飛ばされていく兵士達の亡骸を蹴り飛ばす勢いでどうにか突破口を切り拓かんとするミトだったが、そんな彼女目掛けて大勢の兵士が殺到し、自滅覚悟でミトを強引に取り押さえた。

 

「クソっ、放せッ……!」

 

 振り解こうとするも、ここまでの消耗も相まってアカウントに備わったステータスを十全に発揮出来ない。ミトは頭を地面に打ち付けられ、完全に押さえ込まれてしまった。

 

「ミトッ!」

 

 すぐさま駆けつけようとするアスナだが、背後に庇うアンダーワールド人を捨て置くことも出来ずに歯噛みする。

 

 瞬く間に追い込まれていく人界軍。そんな中、《スリーピング・ナイツ》のシウネーが意を決した表情で仲間達に呼びかける。

 

「……お願い皆。1回だけでいいから、ブレイクポイントを作って!」

 

 詳しい話を聞かずとも、何か考えがあるのだと理解した4人は、ジュンを筆頭に武器を構え、長年のコンビネーションによるソードスキルの同時発動で周辺の兵士達を吹き飛ばす。

 

 立ちあがる兵士の1人に歩みを寄せたシウネーは、振り下ろされた剣を掌で受け止めた。ステータス補正のお陰でそのまま腕を斬り裂かれる事にはならなかったが、ジクリとした痛みと共に血が刀身を伝う。

 

「──聞いて!」

 

 シウネーの声に、兵士はハッとしたように顔を上げる。彼女の口から聞こえたのが、慣れ親しんだ自国の言葉だったから。

 

「あなた達は騙されています。このサーバーは日本企業のもので、私達はクラッカーではなく、正規の接続者です!」

 

「ッ……嘘をつけ。さっきこの目で見たぞ、お前達はさっき、俺達と同じ色のプレイヤーを皆殺しにしていただろうッ!」

 

「彼らはあなた達と同じように、偽の情報に騙されてダイブしてきたアメリカ人プレイヤーです!悪意ある企みで日本企業の妨害をさせられているのはあなた達の方なのよ!──もう一度よく考えて。今あなた達を動かしている感情は、本当にあなた達の中にある感情(もの)なのか!」

 

 父方の母国である韓国語で語りかけられたシウネーの訴えを聞いた兵士達の中に、この状況に対する疑念が生まれる──人混みを掻き分けて、1人のプレイヤーが進み出てきた。

《ムーンフェイズ》と名乗った韓国人の男性プレイヤーは、予てよりこの話が妙だと考えており、シウネーの話を聞いてそれが確信に変わりつつあると語る。そこへ彼の知り合いらしい《苺苺香(メイメイシャン)》という中国の女性プレイヤーも合流し、彼女もまたこのゲームはどこかおかしいと口にする。

 

 中韓のプレイヤー達を言葉巧みに煽ってみせたあのフードの男が本当にこのサーバーの管理者であり、この日本人達が本当に悪質なクラッカーであるなら、外部からサーバーの電源を切れば、クラッキングを継続することも不可能になる。だというのに、どうしてわざわざ同じ仮想空間内で戦うなどという悠長な真似をしているのか?

 ムーンフェイズ達がログインを決めるきっかけとなったのは、大手ネット掲示板に投下された動画だ。それにはこの世界で戦うプレイヤー達の姿が映し出されており、即ち、内部の状況を外部に知らせる事も出来ている。仮にクラッキングでログアウト機能が一時的に働かなくなってしまっているのだとしても、リアル側でサーバーを管理しているスタッフなりがこの事態を把握していないというのはありえない。

 

 以上の点から浮かび上がる疑念──あのフードの男の言葉は真実なのか?

 そもそも彼が誰なのか、どこの企業の人間なのかすら、ムーンフェイズ達プレイヤーは知らされていないというのに。

 

 冷静に考えればこの疑問に辿り着く。事実、ムーンフェイズらの言葉を聞いた他のプレイヤー達も、同様の疑問を持ち始めている様子だ。

 しかし、中韓からログインしたプレイヤーの総数を考えれば、この疑念は極めて小さなシミ程度。ここにいる全員へこの事を知らせるには、もっと確定的な、誰の目から見ても明らかな証拠が必要だ。

 

 この世界の全容を話さずとも、せめてここが日本のサーバーであることだけでも証明する方法──真っ先に思いついたのは火妖精のジュンだった。

 

「シウネー、アンダーワールド人だ!ここの人達が日本語を話してる所を見せれば、きっと!」

 

 ジュンの名案に、善は急げとムーンフェイズらをアンダーワールド人の元へ案内しようとするシウネー ──そんな彼女に向けて飛来した大型の中華包丁めいたタガーを、危うい所で割り込んだタルケンの槍が弾いた。

 

 地面に突き立った包丁は、くるくると回りながら独りでに持ち主の手元へ戻っていく──それを掴んだ黒ポンチョの男は、周囲にも聞こえるボリュームで叫ぶ。

 

 

『──そこで日本人と話している奴。まさか祖国を、同胞達を裏切るつもりか?』

 

 

 黒ポンチョの男──PoHは続ける。

 

 

『裏切り者はこの戦場にいらない!お前達、卑劣な日本人に騙されるなよ!──大体、ここが本当に日本のサーバーで、お前達が正規の接続者だったとしてだ。同じテスターなら装備も同じになる筈だよなぁ?だってのに、どうしてンなGM装備ばりにピカピカな姿(ナリ)してやがるんだぁ?──どうせチートで作り出したに違ぇねぇぜ!』

 

 

「違います!私達の装備が違うのは、別のゲームのキャラクターをコンバートしたからで──!」

 

 

『ハッ!たかがテストプレイにわざわざメインキャラをコンバートする馬鹿がいるか!──お前ら!こいつらの言うことは全部嘘だ!騙されるな!卑劣で残虐な日本人も、そんな奴らに協力する裏切り者も!全員殺せェ!』

 

 

 ──そうだ!日本人は敵だ!

 ──日本人なんかに協力する奴らも敵だ!

 ──裏切り者には死あるのみ!

 

 

「おい皆、頭を冷やせッ!」

 

「落ち着いて、冷静になって!」

 

 ムーンフェイズとメイシャン、彼らに同調した他数人の呼びかけも、最早大衆には届かない。

 

 正義や大義は、往々にして視野狭窄を引き起こす。狭まった視野に見えるものが正しいのだと信じ込む──それが、他の何者かによってぶら下げられた落書きである事に、気付けないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは、まるでドミノ倒しのような勢いで事が進んでいった。

 リアルからの援軍プレイヤー達も皆傷を負い、あっという間に人界軍は制圧されてしまった。

 

 クラインは斬り落とされた左腕を苦悶の表情で押さえている。止血の為に傷口を縛る、彼のトレードマークであるバンダナには赤黒いシミができていた。

 その横では、数本の槍で胸を貫かれ倒れるエギルと、そんな彼に必死に呼びかけるシリカとピナの姿が……エギルが盾になってくれたお陰で重傷には至らなかったようだが、彼女もまた随所に血を滲ませていた。

 

 そして……ほんの数時間前、彼らに頭を下げ助けを乞うたリズも、ボロボロの体で膝をついていた。「皆がこんな目に遭ったのは自分のせいだ」──涙ながらに懺悔するリズを励ますアスナの目からも、涙がこぼれ落ちる。

 

「──武器を捨てて投降しろ。そうすれば、お前達も後ろの連中も、殺しはしない」

 

 進み出てきたPoHの勧告に、リーナ達を始めアンダーワールド人は尚も抵抗の意思を見せるが、即座にアスナに制される──どんなに屈辱的だとしても、せめて生きてくれ──彼女の悲痛な懇願に、リーナら衛士は悔しげに顔を歪めながら剣を手放した。

 

 歓喜に沸く中韓のプレイヤー達。その様子をどこか冷めた様子で眺めるPoHは、アスナの元へ歩みを寄せる。

 

「──よぉ、久しぶりだなぁ《閃光》?」

 

「PoH……ッ」

 

「おお、覚えててくれて嬉しいぜ」

 

 アスナは問う──これは《ラフィン・コフィン》を潰した攻略組への復讐なのか──それを聞いたPoHは、堪えきれなくなったように笑い出した。

 

「──ばァっかじゃねぇの!? 俺が復讐なんぞに走るタマに見えるかよ!」

 

 PoHは嬉々として語った──あの時、ラフコフのアジトの場所を攻略組にリークしたのは、他ならぬ自分なのだと。薄っぺらな正義感を振りかざす攻略組に手を汚させ、その正義を踏み躙り嘲笑いたい……その為の生贄として、ギルドを丸ごと捨て石にした。

 

「そんな……そんな事の為に、キリト君とミツキ君を……」

 

「イエース、だがちっとばかし違うなぁ。──確かに俺はあの戦いをハイドして見物してた。あのブラッキー先生が怒りに任せて2人ぶっ殺した時は、危うく爆笑してハイドが破れそうにもなった。けどよ、何も俺だけじゃなかったんだぜぇ?俺が興味あったのは《黒の剣士》だけだからなぁ──だろ、ヘルト?見つかったかよ」

 

 アスナらの背後に向けた声、まさかとそちらを振り向けば──

 

 

「──はいはーい♪ようやっと見つけたぜェ、旦那ァ」

 

 

 人界軍が必死に守っていた補給部隊の馬車──その1つから、車椅子に座ったキリトと、それを押すロニエが姿を表す。そして別の馬車からは、深い紫のローブに身を包んだ男が出てくる。背後には全身に包帯を巻かれたミツキが担架に乗せられて赤い兵士達に運ばれており、ハラハラとした表情のレイラが付き添っている。

 

「はいゴクローさん。そのミイラはくれぐれも丁重に扱えよォ?──って、こいつらに言ってくんね?旦那。俺ちゃん中国語わかんなーい」

 

 とは言いつつ、どうやら意図は伝わったらしく、兵士達はそっとミツキを乗せた担架を地面に下ろした。戦場の只中に、2人の英雄が揃う……しかしその有様はとても残酷なものだった。

 

「おぉ…おお、おお!会いたかったぜキリトぉ!」

 

 狂気を孕んだ笑みを浮かべ、PoHが歓喜の声を上げる。その一方でミツキの元へ、ローブを纏った暗黒術師が迫っていた……

 

「あーあー、ずいぶんこッ酷くやられたなァ《裂槍》?包帯取ったら干からびてるとか、マジ勘弁だぜェ」

 

 PoHに《ヘルト》という名で呼ばれていた男は、肩に担いでいた旗槍──ベルクーリが馬車に積んでいたあの槍だ──を地面に突き立てる。

 

「えーっとォ、確か……システム・コール──」

 

 何か神聖術を発動させる気だと察知した者が制止の声を飛ばそうとするも、間に合わず──発動された術が、ミツキの傷を()()()()()()

 

「ほ〜れ痛いの痛いの飛んでけ〜ってなァ──ん?おいおいなンだよ《閃光》様、ンなじっと見られたら照れちまうじゃねェの」

 

「あなた……何のつもり」

 

「おいおいご挨拶だなァ。見てわかんねェかよ?」

 

「ミツキ君がそんな目に遭ったのはあなた達のせいでしょ!それだけじゃない──彼がずっと苦しみ続けてきたのだって!」

 

「お、それ知ってんのォ。どこから聞いたんだァ?まさか本人?──カァ〜〜ッ!少し見ねェ間に腑抜けちまったのかよ《裂槍》の兄貴ィ〜。ヒーローたる者1人で戦わなきゃだろ、頼むぜマジで」

 

「テメェが……てめぇミツキに何しやがったッ!? テメェのせいでコイツがどんな思いしてたか、分かってんのかよ!?」

 

 怒号を飛ばすクラインの頭を、兵士の1人が殴りつけて黙らせる。ヘルトはミツキへの治癒を続けながら、小さく咳払いをした。

 

「そんじゃァ語って聞かせましょー!俺とコイツの運命の出会いってェやつを──の前に……まず大事なことから。俺は馬鹿の他にもう1つ、どーしても嫌いなモンがある。それが何か分かる人ー?──そこでぶっ倒れてるデカいハゲ君、分かるかな〜?腕チョンパされちゃった似非サムライ君は〜?──はいザンネーン!正解はァ……《正義の味方》」

 

 嘲笑の色をこれでもかと混ぜた声音のヘルトは、明らかにふざけた態度で言葉を続ける。

 

「あーっと、勘違いすんなよォ?俺はヒーローもの大好きだぜェ、数える程度だがよォ。俺が嫌いなのは、薄っぺら〜い上辺だけの正義を掲げてる奴ら──攻略組みてェな連中のコったよ」

 

「私達が何を──」

 

「──()()()()()、お前らの掲げるパチモンの正義は。浅くて浅くて水溜まりレベルだ──いいかァよ〜く思い出してみろ。『あの世界でプレイヤーを殺せば本当に人が死ぬ、だからPKはやめましょー』つッてたのはお前らだよなァ?」

 

 言葉を遮り、アスナを睨むヘルトの目からは、並々ならない執念と執着が見てとれた。

 

「ッ……それの何が間違ってるっていうのよ」

 

「いいや?な〜んも間違っちゃいねェ。でもよォ……お前らがそれにちゃァ〜んと向き合ってたかどうかは怪しいもんだよなァ?まさか忘れたわけじゃねぇだろー?討伐戦の時、お前らラフコフの連中殺してるよなァ?なのに……なァにのうのうと日常送っちゃってんのォ?何事も無かったかのようにさァ」

 

「ッ……先にプレイヤーを殺したのはあなた達じゃない!私達は最後まで、殺さずに投獄しようと──!」

 

「向こうが殺したんだから殺していいってかァ?──何だかんだと御託を並べちゃいるけどよォ、所詮お前らも、理由さえあれば人殺しだろうがなんだろうがやれちゃう人間で、その責任を原因側にぜーんぶおっ被せて自分達は悪くありませーんってツラしてんのがいけねェのよ、わかるゥ?」

 

 ヘルトは更に大勢に聞こえるよう声高に口を開く。

 

「──世間じゃラフコフは殺人者の集まりだった、なんて言われちゃいるがよォ。お前ら本気でそれ信じてンのかよ?だとしたら想像力が足りないねェ……あの時、攻略組が殺したプレイヤーの中には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて可能性、全く考えなかったんだろ?」

 

 ヘルトの言葉に、この場にいるSAO生還者──討伐戦に参加していたアスナとクラインは息を呑む。

 

 自分達を惑わす為の嘘に決まってる──そう言い返したい気持ちはある、しかしアスナ自身、その可能性を完全に否定できなかった事に加え……

 

「……アスナ」

 

「アスナさん……」

 

 傍のリズと、シリカが向けてくる視線が物語っていた──「その男の言っていることは事実だ」と──彼女達はALOで、まさにそんな境遇だったSAO生還者と交流を持っているのだ。

 

「で、でも……そんな人達なら、真っ先に武器を捨てて投降したはず。例えオレンジだろうと、私達は戦う意志のない相手を殺してなんかない!」

 

 まるでアスナのその言葉を待っていたかのようにヘルトは口元を釣り上げた。

 

 

「贔屓はダメだねェ副団長さん。いるじゃねぇか──()()によォ」

 

 

 そう言ったヘルトの視線の先にいたのは、今も彼の手で治療を施されている最中のミツキだった。

 

 

「まさか知らねェとは言わねェだろ?──コイツは、討伐戦で1番最初にラフコフプレイヤーを殺した攻略組なんだよ。しかもそれだけに止まらず、追加で4人殺った──その中には、武器を捨てて降参した奴もいたってのになァ。ンで、その降参したプレイヤーがまさに……ってワケだ」

 

 

 明かされた衝撃の事実に、アスナ達は言葉が出ない。

 勿論、あの男の言葉が本当に全て真実という保証はない。しかし……あの時の戦いで、ミツキが怒りに我を忘れて殺した5人のラフコフ構成員の中に、降参したプレイヤーもいたという話を、アスナは他ならぬ本人から聞いている。つまり……全てとはいかなくても、8割方事実なのだ。

 

「でも……でもそれはッ、あなたがそうなるよう仕組んだからじゃないのッ!あなたさえ彼に手を出していなければ、ミツキ君がそんな真似する事も──!」

 

「無かったと言い切れるかい?《閃光》さんよォ、あんたコイツのこと本当に全部知ってんのかァ?コイツが本当に、俺が何もしなきゃ人っこ1人殺さないような聖人君子だって?──人間の本質は嘘の集合体だ、ンな人間が生きる世界も嘘ばっかりだ。《正義の味方》なんてモンは所詮、利益と利害と承認欲求で動く連中を聞こえのいい言葉でラッピングしたモンに過ぎねェのさ。人間、《悪》だけが、唯一嘘のない純粋な真実だ。正義にゃ裏があるが、悪には裏が無いからなァ──そんな俺に付けられた名前がヘルト(ヒーロー)だぞ、堪ったもんじゃねぇ!だから向こうじゃ、リューゲ()って名乗ってたんだ」

 

 ここまでの話を聞いてもアスナ達にはまだわからない──何故、ミツキだったのか?

 キリトと並ぶ攻略組の実力者だったから?《ビーター》だったから?はたまた、ただの偶然?

 

 そんな心境を見透かしたかのように笑ったヘルト──リューゲは、

 

「おっといけねぇ、随分長ェ前置きになっちまった──オタクらが気になってるだろう疑問に答えてやるよ。どうして俺が《裂槍》に目をつけたのか……そりゃァ、コイツが俺の《理想の英雄》になる素質を持ってたからさ」

 

「理想……っ?」

 

「イエース!──コイツは《逃げない》《捨てない》《甘えない》!英雄に必要な3拍子揃った逸材なのさ!──《閃光》は肝心な所で折れそうなのがすぐに分かったからダメ。《黒の剣士》は中々いい線いってたが、PoHの旦那とバッティングしちまった──あわよくば横取りしてやろうなんて思ってた所で……俺とコイツは運命の出会いを果たしたって訳だ」

 

 リューゲが求めた条件──どんな困難、どんな苦しみからも逃げないこと。一度背負ったものは何があろうと投げ捨てないこと。「もう止めていい」などという甘言に惑わされず、己を律する強い意志を持っていること──幸か不幸か、ミツキはその全てを兼ね備えていた。

 素養というだけならば他にも候補はいただろうが、ミツキのそれはレベルが違った。普通なら途中で投げ出し、逃げ出し、あれこれと理由をつけて足を止め、自らを救おうとする。しかしミツキはそれをしない。可能になるとすれば──それは大切な誰かが、文字通り全てを賭けてでも、心の底からそうして欲しいと願った時──要因は外部に求めるしかない。

 

「何が運命よ……!そんなの、あなたの一方的な願望を押し付けてるだけだわ!理想の英雄にでもなんでも、あなた1人で勝手になればよかったじゃない!自分にそれが出来ないからって、彼を巻き込まないで!」

 

「お前らだってそうだろうが──弱っちくて不甲斐ないお前らが、コイツらをやれ英雄だ最強だつって祀り上げた結果がコレじゃねェの?──自分に出来ないことを他の誰かに望んだのは、お・ま・え・ら・も・だ・よ・なァ?──それとも何か、『私達はちゃんと彼らを支えるもん!』とか言っちゃうかァ?今まさにこんな目に遭ってる英雄2人から目を背けてよォ!」

 

 悔し気に顔を歪めるアスナを鼻で嗤ったリューゲは、妄執渦巻く目でミツキを見下ろす。

 

「どこまで話したっけか、そうそう──コイツに希望を見出した俺は、まず最初の傷を付けた。コイツの目の前で、コイツが助けようとした連中を全員殺してやった……ま、最後の1人に至っちゃヒスって自滅しただけなんだけどなァ。潰れちまうようならそこまで、放り出して忘れちまうようなら見込み違いだと思ってたら……ビンゴゥ!──コイツは見事、死んでった奴らの仇を取る為にラフコフ討伐戦に参加してくれた!そーりゃもう殺意ビンッビンの目でなァ!」

 

「ここだけの話、PoH()リューゲ(コイツ)は討伐戦を見物しながら賭けをしてたんだぜ──暴れ回る《裂槍》を、ブラッキーが殺してでも止めるかどうか、ってな──まぁ結果は2人して暴れ回ったっつーオチな訳だが……そりゃつまり、まだ()()()()()()ってこった。だからじっくり、時間をかけて、晴れてPK(俺達)の仲間入りをした英雄達を歓迎する準備をしてたってのによぉ……75層でクリアとかシラけた真似しやがって」

 

「全くだァ……特にアイツ。俺が丹精込めて作り上げたモンを、これからって時にぶち壊してくれやがったあのクソ(アマ)騎士……ッ!2年間でいッちゃん殺意湧いたぜ、ったくよォ……!」

 

 リューゲが言っているのは恐らくアリスのことか。聞いた話では、この男からの最後の接触の後、アリスの献身によってミツキは「戻ってくることが出来た」という。

 つまり、リューゲの目的というのは……

 

「ってな訳でェ……こうして面子が揃ったんだ、勝負再開と行こうぜ旦那ァ。まずは《黒の剣士》と《裂槍》、どっちが先に目を覚ますか。第2ラウンドはどっちの推しがより強いか。最終ラウンドは……俺とアンタ、どっちの目的が果たされるか、だ」

 

「ほぅ……一応聞いとくが、お前の目指すところってのは何なんだヘルト。《裂槍》を英雄に仕立て上げて、何をさせようって?」

 

 PoHの問いに、リューゲは笑う。

 

「旦那はさァ、仮想世界で培われたものが現実世界にも影響を与えると思うかい?もちろん、STRだのAGIだのっつーステータスの話じゃねェ。もっと根源的な──そうだな、ラフコフでPKをしまくった人間が、現実世界でも同じことをする人間性になると思うか?」

 

「あぁ?……その答えなら、目の前にあるじゃねぇか」

 

「いやいや、旦那の場合はSAOに行くより前からだろォ?──俺は、こいつを俺の《理想の英雄》として完成させて、現実世界に解き放つ。あらゆる罪、あらゆる悪に、一切の情を持たずに平等で絶対的な裁きを与える。……こいつにはSAOでたっぷり傷を背負わせた。ちょっとやそっとじゃ止まらねェ。背負ったモンが、コイツに止まることを許さねェ。命ある限り、悪を駆逐し続けるのさ。そうして世界に知らしめる──『これが本当の正義、本当の英雄だ』ってなァ」

 

「VRならともかく、リアルでコイツにンな真似出来んのかァ?小悪党何人か殺して捕まる未来しか見えねぇぜ」

 

「チッチッチ──活動期間はそんな重要じゃあねェ。()()()()()()()()っつー事実が重要なんだよ。人間、殊更ネットに食いついてるような連中は感化されやすいからなァ。実例が1つあれば、それに同調する奴が必ず出てくる。仮にコイツが死んじまっても、その意思をちゃァンと受け継ぐ奴らが現れりゃそれでいい──なんか宗教っぽくね?《社会の裏で秘密裏に悪を裁く正義の秘密結社》……いいねェ」

 

「相変わらずイカれてんなお前も……そんなお前が真っ先にコイツにぶち殺されねぇよう、精々気をつけるこった」

 

「……や、旦那ァそれ名案!そうだなァ!コイツが1番最初に殺す相手は俺にしよう!そんで、殺されるまでの間に大勢殺す!そうすりゃァコイツは、救えなかった連中の命まで背負う事になる……!ッくぅぅぅぅ〜〜!これってもう芸術だろゲージュツゥ!」

 

「狂ってる……理解できない……」

 

 嬉々としてそんな構想を語るリューゲに、呆然とアスナの口から溢れた言葉。

 

 ミツキの治療を中断したリューゲは、崩れ落ちるアスナの顔を覗き込む。

 

 

「《閃光》よォ。あんたはもーちょい頭いいと思ってたんだけどなァ…──理解?共感?ハッ、ンなもん要るかよしなくて結構!端から求めてねェっつのバァァァァァカ!!!

 

 

 ケタケタとアスナを嘲り笑うリューゲは、腰に携えていた短剣を引き抜く。

 

「始めようぜ旦那ァ!何人殺せば《黒の剣士》が起きるか。でもって──」

 

 

 アスナの頬にヒタリとあてがわれた刃が、凄まじい速度で閃き──ギャギィッ!──背後から迫っていた灰色の剣と打ち合わされた。

 

 剣の持ち主は、頭も覆う包帯の間から覗く鋭い眼でリューゲを突き刺す──その眼光からは、これ以上ないほどにハッキリとした殺意が見てとれた。

 

「ヒュウ!ま〜だ夢の中か!早く目ェ覚ませ、そんで絶望しろ──とっとと俺を殺さねぇと、ま〜た死んじまうぜェ──!?」

 




リューゲの過去に関しては敢えて、特に語りません。
取り敢えず、現代に於ける名ばかりの正義の味方が大嫌いで、素質のあるミツキをプロデュースしようとしてる。とざっくり覚えてもらえれば。
後は各々「こんな過去だったりするのかな〜」とか想像していただければ。
勿論、想像しなくても構いません。

確かなのは、コイツはともすればPoH以上にイカれていて、「イカれている」という一点に於いてミツキと共通している。という事でしょうか。
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