「──おーおー、カッコいいねェお嬢ちゃん。必殺技かい?」
「油断すんなよ、整合騎士について話したろ。ありゃあ下手すりゃマジでヤベェやつだ」
PoHの言葉を裏付けるように、メディナの手にある《陽炎の剣》の輪郭が揺らめいている……あの剣から超高温が発せられているのだということは容易に想像できた。
それを手袋も何も無しに平然と握るメディナの横に、もう1人の剣士が並び立つ──かつてキリトやミツキと対立し、戦った過去を持つ闇妖精の剣士《エイジ》だ。
お互い素性や名前も碌に知らない間柄だが、少なくとも味方である事と、あの男達を討つという目的は一致している。今はそれ以上のことを気にする必要はない──言葉もなく意見の一致を得た2人は、各々の相手であるPoHとリューゲに剣を向ける。
「……ま、どんだけ強ェ奴だろうが、数の暴力にゃ勝てねェなァお決まりだよな──」
不敵に笑ったPoHは、得物の肉包丁を掲げると、
『──同志達よ!卑劣な日本人を殺せェ!』
響き渡る言霊が赤い兵士達の頭に入り込み、意識を蝕む。
扇動された中韓のプレイヤーらがにじり寄って来る中──膝をつく日本人プレイヤー達の間を縫うようにして、小さな影が飛び出してきた。全長にして手の平程だったその影が光を発すると、数行のデジタルコードからなる光の柱が出現。収束する光の中から姿を表したのは、1人の少女だった。
黒を基調とした、アンダーワールドの文化にそぐわない近代的──否、近未来的な装い。赤いリボンと共に風に揺れる白い長髪、悪戯っぽくウィンクする赤い瞳……エイジ達の間に降り立った彼女の名は……
「──ユナ……」
「エイジ、お待たせ!」
当のエイジを始め、突然の乱入者に驚きを隠せないアスナ達だが、中韓のプレイヤー達の間にはそれ以上のどよめきが……
──ユナだ!
──マジ、本物!?
──何でここに?
O.Sに端を発するARアイドル《YUNA》は、ネットさえあればコンテンツに触れることが出来る都合、その人気は現在進行形で国外へも広がっている。
原則として日本国内でしかその姿を拝めない彼女がここにいる。そしてこの仮想世界が《ザ・シード》によって形作られたものであろうと、国外から日本の
そして、ユナの登場に驚く者がもう1人……
「な、何だ今のは……!? 小さな人間が、急に大きく──に、人間、なのか……?」
困惑するメディナにキョトンとしたユナは、気安い笑みを浮かべる。
「んー、厳密に言えば違うんだけど……でも、精神的にはそのつもり。あなた達と同じ、人間だよ──今のはほら、ちょっとした手品的な?」
「て、手品、か……そういうものか」
まだ納得は出来ていない様子だが、今はユナが何者かを追求している場合ではない。エイジ同様に、味方であるという事だけ確認出来ればそれで良しとする。
「……さぁ2人共、準備はいい?」
「……あぁ!」
「勿論だ!」
「うん!じゃあ行くよ──ミュージック・スタート!」
ユナが腰のマイクを手に取り、掲げた指をパチン、と鳴らした瞬間──どこからともなく美しい旋律が聞こえてくる。
──手に入れるよきっと──♪
「これは……!? 力が、湧いてくる……!」
ユナの口から紡がれる歌声が、メディナ達に力を与える。彼女の支援を受けたエイジは、PoHに向けて不適な笑みを浮かべた。
「待たせたなPoH、2ラウンド目だ……!」
駆け出すエイジとメディナに、苛立ちを滲ませるPoHは周辺の兵士達を差し向ける。
「させるかッ──紅焔よ、邪悪を清め、灼き払えッ!!」
メディナが陽炎の剣を横薙ぎに一閃すると、彼女の求めに応じて刀身から炎の斬撃が放射状に放たれた。エイジ諸共巻き込んだその焔は、彼の体に一切の傷をつけることなく、赤い兵士達のみを包み込む──しかし苦悶の声は1つとして上がらず、焔を浴びた兵士は皆一様に、我に帰ったかのように動きを止めた。
──何処へ行けるのか 僕らはまだ知らない──
「あぁ!? 何だってンだよッたく──!」
「へぇ!差し詰め《洗脳解除》ってトコかい、すごいねェ!」
「Shit!ならもう一度動かしゃいいだけだろうが──!」
PoHは再び自慢の舌鋒で赤い兵士達を扇動しようとするが、その声に反応を示す者はいない。
「無駄だッ!お前の言葉なんか、もう誰も耳を貸しはしないッ!」
──強く 高く 君は 飛べる──
──憧れよ 側にいてずっと──♪
エイジの初撃を迎え撃ったPoHに、間髪入れず次撃の蹴りが叩き込まれる。凄まじい威力に大きく後退させられたPoHの横では、こちらもリューゲがメディナの猛攻に晒されていた。
「邪悪な囁きで彼らを支配しようと無駄だッ!オルティナノスの信念の焔は、あらゆる偽り、あらゆる邪悪を灼き尽くすッ──!!」
「──そしてッ!ユナの歌がある限り、彼らの心は誰にも支配されることはないッ!お前達の薄っぺらな言葉なんかより、彼女の歌はもっとずっと強く、皆の心に響き続けるんだッ!!」
──彼方に輝く 星が導く場所へ──
──誰よりも早く 辿り着くよきっと──♪
リューゲの短剣を切先でいなしたメディナは、大きく踏み込むと同時に手首を返し、真一文字に振り抜く。切先が脇腹を掠め、小さく奇声を上げながら飛び退るリューゲを視線で追うメディナは、体を向き直ると同時に陽炎の剣を一度鞘に収め、突進と共に居合い抜きする。
「フぅッ!──惜しいねェ!後隙も〜らったァ!」
「がァ……ッ!?」
恐らくリューゲは攻略組──こと当時のミツキやキリト程、ソードスキルに精通していたわけではなかったのだろう。メディナのカタナスキルに於いて「居合い抜きの連撃技は存在しない」という程度の知識しか持ち合わせていなかった。
しかし1つだけ、カタナスキルの使用者及び情報屋を始めソードスキルに造詣の深い者達の間で物議を醸した技があったのだ。
鞘に収めた刀を居合い抜きする単発技──言葉にすればそれだけだが、その技は唯一、
今や懐かしい、修剣学院入学前、ザッカリアで別れる際にミツキに口酸っぱく注意された。禁忌目録違反になるから絶対に対人戦で使ってはならない、その技は──
「──アインクラッド流……《
倒れたリューゲ目掛けて一気に距離を詰めるメディナ。カタナスキルの初動として多用される下段斬り上げ技《
「つェア──ッ!」
上段から横に斬り込み、素早く斬り返す。鋭角なくの字状に奔った斬撃を縦に両断する締めの一太刀──アインクラッド流3連撃技《
躱しきれずに浅く数撃をもらいこそすれ、直撃は回避。陽炎の剣から迸る焔は物理的な炎では無いらしく、触れても熱感を感じるだけだが……
「ッ……クソが。ンだよこの炎……!」
直接その身に受けたことで、リューゲは感覚で理解した。この焔は、喰らった者の
その辺にいる凡庸な人間であれば、所謂憑き物が落ちる程度で済むだろうが……リューゲやPoHにとっては、行動原理そのものを掻き消されるも同然だ。あの太刀をまともに喰らえば、その瞬間ゲームオーバーと思っていい。
「……おいお嬢ちゃんよォ。《正義》だの《正しさ》だのと言っちゃあいるが、それが自分達だけのモンだとでも思ってんのかァ?自分が正しいと思ったなら、それにそぐわないモンはぜェ〜んぶ間違いです、ってか!如何にもバカらしくて短絡的だねェ、頭ン中のお花畑が目に浮かぶぜェ!」
「私とてそこまで自惚れてはいない。自らの行いが、万人にとって正しいものであるなどと。貴様達からすれば、寧ろ我らの方が悪として映るのやもしれん。だがッ──!」
最上段に掲げた陽炎の剣に光が灯り、不可視の力がメディナを後押しする──オルティナノス家が発見し、磨き上げてきたハイ・ノルキア流秘奥義《天山烈波》が、リューゲの予測を大きく上回る速度で迫る。割り込ませた短剣はいとも容易く叩き割られ、右腕が上腕部から斬り落とされた。
「グぅッ……あ、ぁアアアアァァァ……ッ!」
斬られた痛み以上に、魂を浄化する焔による苦痛に悶える。
「──人を騙し、操り、自分1人の欲望の為に他者の命をも踏み躙り使い潰すその性根で誰が救える、何を守れる?……ただ壊し弄ぶだけの理念に──《義》の文字を冠する資格など無いッ!!」
そしてエイジもまた、PoHを追い詰めていた……
「──確かにあの頃の僕は、何も出来ない弱虫だった。でもッ──!」
繰り出された重単発技《ヴォーパル・ストライク》をPoHは回避。しかしこれまでは余裕を持って回避できていた筈のエイジの斬撃は、PoHの纏うポンチョの端を確かに捉えていた。
「──人間は、誰もが心のどこかに弱さを持っている、強さだけの人間なんかいない。弱さだけの人間だって──彼がそれを教えてくれた!だから……僕は信じる。自分の中にある、強さをッ!!」
気迫と共に駆け出すエイジの装いが、赤と白という対照的なカラーリングのものへ塗り変わっていく──あの日までのエイジにとって、忌まわしい過去の象徴だった、あの鎧に。
「顔も名前も知られてねぇ雑魚モブ風情が、調子に乗るんじゃねぇ──ッ!」
「なら覚えておけ!僕はッ!《血盟騎士団》の──ノーチラスだッ!!!」
エイジとメディナ、2人の刃がそれぞれの相手へ迫る──その向かう先で、食い縛った歯の軋む音が聞こえたのは、奇しくも同時だった。
「…の……クッソ──」
「──があああああああああああッ!!!」
怒りか、或いは別の感情か……獣の如き雄叫びをあげたPoHとリューゲは、得物──PoHは肉包丁、リューゲは落とされた右腕の
それはまるで、窮地に追い込まれた野生動物が牙を剥くかの如き煌めきを放ち……エイジの両腕と、メディナの利き腕を捉えた。
ドチャッ、という湿った音と共に、鮮血と肉が地に落ちる。
「ッハハ……なぁお嬢ちゃん。一つ聞かせてくれよ……俺がいつ、自分が正義だなんて言った?──資格なんざ要るかよこっちから願い下げだクソ
膝をつくメディナを足蹴にして突き飛ばしたリューゲは、未だにジリジリと傷口を灼く焔を払うべく、さながらトカゲの尻尾切りのように骨刀で自らの右腕を片口から切り落とした。
「ハァ……ッ……自分達が正義だなんて思ってない、だァ?嘘つけよ……どーせ腹ン底じゃ思ってんだろォ?──罪を背負って葛藤する自分かっこいー!──ってよォ……!テメェらみてェなパチモン風情に出来る訳ねェだろ。どーせその場だけ罪背負ったフリして、少し経てば綺麗さっぱり忘れて幸せな人生エンジョイし出すンだもんなァ!?」
その怨嗟は果たして誰に向けたものなのか……ニタリと笑みを浮かべたリューゲは、メディナと、その背後にいる人界陣営に呼びかける。
「正義の為なら罪も背負うゥ?──なら……やってみろよォ!!」
リューゲの体からドス黒い瘴気が放たれ、赤い兵士たちだけでなく、人界守備軍の衛士達も巻き込んで、みるみる広がっていく……
「ッ……させる、か──!」
切断され痛む腕に鞭打って、メディナは残っている左手で陽炎の剣を掴み、浄化の焔を放つ。
「ッ──ぎゃああああああッ!? 熱いッ!熱いィィィィィ──ッ!」
──焔を浴びた者達が、挙って苦悶の悲鳴をあげた。
「な──どういう、事だ……ッ!? 貴様何をしたッ!?」
「ヒヒッ、ハハハハハ……ッ──真に善良な人間は存在しない……どんな人間だって、胸の奥底まで探せば、悪は在るんだよ……それがどんなに小さくてもなァ」
リューゲにとって、真実とは「悪」であり、「正義」は嘘である。
そして人間は、
ずっと思っていた──嘘と真、その表と裏が、ひっくり返ったら?──と。
リューゲが長らく胸に抱き続けてきたこの思想が心意の力として発露され、瘴気を浴びた人間の「嘘」と「真」が反転した──外側にあった「
「何となく察しはついてるぜェ?お嬢ちゃんのソレ、所謂《魂の悪性情報》を抹消するんだろ?」
メディナの陽炎の剣の武装完全支配術は、嘘や偽り、邪悪なる意思を灼き払う浄化の焔だ。最初にPoHに操られた赤い兵士達の正気を取り戻した時のように、通常は苦痛などダメージは皆無に等しいが……それは、あの焔を浴びた者達の心が、悪に染まりきっていなかったからだ。
分かり易く例えるなら、カビの生えた餅。
陽炎の剣の力があれば、
そしてこの例えに於ける餅とは、魂の事だ。魂の大部分を抹消された人間がどうなるかは、想像に難くない。アンダーワールド人は言うに及ばず、STLの使用者は勿論、例えアミュスフィアでダイブしているプレイヤー達であろうと、ログアウト後に少なからず影響が残る危険性は十分にある。
「クククっ…ハッハッハ!──さぁどうだい!? 悪ゥ〜い奴らが大量発生だぜ《正義の味方》さんよォ!お前らが掲げる正義とやらの為に、罪を背負ってみせろよォ!」
「抜かせッ……元凶である貴様を斬れば──」
立ちあがろうとするメディナの横面をリューゲは蹴り飛ばす。倒れ伏すメディナの向こうでは、エイジもまたPoHによって痛めつけられ、致命傷を負わされていた。
天命が全損したエイジは、ALOの彼のアカウントに紐づけられているユナ共々、アンダーワールドからログアウトしていく……
「あとは……頼──え、ゆ……」
途切れ途切れのこの言葉が、エイジの残した最後の言葉──その視線は、満身創痍の英雄に向けられていた。
戦況を巻き返せるかに思われたエイジとメディナの奮闘も虚しく、状況は更なる悪化の一途を辿っている。
「あの男、やっぱり……!」
「うん。ユナがいた事といい、サーバーの管理者なんかじゃない。それに見て、あいつの武器を持ってる方の手──」
「まさか……《ラフィン・コフィン》……!?」
世界的に見ても大きな騒動であるSAO事件。その内情を綴った《SAO事件記録全集》は、翻訳され海外にも出版されている。
VRMMOゲーマーであるムーンフェイズ達も各々の動機から購入しており、そこで語られる人物達の事も、一応知っている──SAOがデスゲームであると理解していながら、積極的に多くのプレイヤーを殺害したPK集団──殺人ギルド《
流石に彼が首魁である《PoH》とまではわかっていないようだが、ともすれば開発者である茅場晶彦と並ぶ大量殺人鬼というだけで、疑念を確信に変えるには十分だった。
ムーンフェイズらに続き、他にもPoHの正体に、そして自分達は騙されている事実に勘付く者達が増えていく。
そんな彼らを嘲笑うように、PoHの発する澱んだオーラが兵士達の脳内に流れ込み……どこか虚ろな様子で、1歩、また1歩と歩き始める。向かう先は日本人プレイヤー達の属する人界軍だ。
リューゲの心意によって善悪の真偽を反転させられ、真として表出した悪意に動かされる赤い兵士達。そこへ更にPoHの心意が重ねがけされた事で、影響下にあるプレイヤーは最早自らの衝動に疑問を持つ事はない。
ムーンフェイズら正気を保っている一部のプレイヤーは仲間達を制止するが、焼け石に水。遂には中韓プレイヤー達の間で殺し合いが始まってしまう。
たちまち混沌の坩堝と化した戦場の中、PoHとリューゲは愉快そうに笑いながら、各々の相手の元へ歩みを寄せ……
「そら、とっとと起きねぇとみーんな死んじまうぜ?ブラッキー」
「罪を背負う、だってよ……ンな出来もしねぇ事をよくもま〜抜け抜けと──お前だってそう思うだろ?ミィ〜ツキ」
死んでいく。死んでいく。目の前で、次々と、人が死んでいく。
口汚く罵り合いながら、最後まで必死に呼びかけながら、時には誰かを守りながら──死んでいく。
どうにかしなきゃ。戦わなきゃ。その為にここに来たのに。
……その筈なのに。動かない。動けない。手にした武器は鉄骨のように重い。震える足に力が入らない。何度叱咤しても……心に、闘志に、火が点かない。
やはり、ダメなのか──自分では、彼らのようには出来ないのか。
英雄である彼らを助けようなどと、思い上がりだったのだろうか……?
───東の空に、光を見た。
その光は十字を描き、ダークテリトリーの赤い空に堂々と突き立つ。
ここにはいない、別の場所で戦っている少女の声が、
「「ぅ……おおおおおおおおォォォ──ッ!!」」
胸の中にあるものを全てかき集め、火に焚べる。風前の灯だった戦う意志を、再び燃え上がらせる。
閃光の如きひと突きが──魂を刈り取らんばかりの牙が──狂人達に繰り出された。
寸での所で躱され、急性動と共に向き直る。
「アスナ──まだ、戦えるわね」
「うん。行こうミト── 一緒に!」
相対するはヒトの悪意の体現者。
多くの血を流し、多くの傷を残し、多くの命を奪った悪魔達。
立ち塞がるは月の女神。
己が過去を乗り越え、大事な友を助けるべく、再び武器を取った古兵。
並び立つは創世神。
愛する人を、友を、彼らが守ろうとした世界を守る為ならば、何度だって剣を取る戦乙女。
絶対に助けてみせる──そんな決意と意地を通す為の一戦が、幕を開ける。
《陽炎の剣の武装完全支配術》
オルティナノス家の掲げる「いかなる時も強く正しく」という貴族のあるべき姿を体現するかのように、紅の焔は邪悪を裁断し、相応の苦痛と共に魂に刻まれた悪しきものを灼き払う。
デュソルバートと違い焔そのものに直接的な殺傷力は無い(ただし例外あり)。
上記の家訓に加え、ミツキ達が連行された際に感じた「たった一度の過ちで、償う機会すら与えずに問答無用で処刑する」という公理教会に対する反抗心が合わさり、裁いた相手に更生と贖罪の機会を与える力でもある。
もし悪意を持つなど、オルティナノスの理念に反する目的でこの力を使おうとすれば、剣に込められた歴代当主達の残留心意により使用者自身が焔に灼かれることとなる。
超絶簡単に言えば「綺麗なジャイアン製造機」(ただし再発防止の保証は無し)