ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

15 / 138
通しで書いたら2万字超えそうだったので一旦カットした前半をお送りします。


青眼の悪魔

 時刻は朝の8時40分──久方ぶりに使った《強制起床アラーム》で目覚めた俺は、大あくびをこきながらメニューを開く。装備フィギュアを操作してお馴染みのジャケットと槍を装備すると、すっかり寝床として定着した59層《ダナク》の街へ繰り出した。

 

 アスナ達と約束した集合時間は9時。層を跨いだ移動は転移門を使えば一瞬だから、俺は20分の猶予時間を使って一先ず腹に何か入れようとNPCの料理店へ足を運ぶ。その都合、一度転移門広場を通るのだが……ふと目をやった転移門の前に、妙に見覚えのある姿を見つけた。あちらも俺に気づいたらしく、スタスタとこちらへ歩いてくる。

 

「──ようやく起きましたか。おはようございます、ミツキ」

 

「あ、ああ……おはよう、アリス」

 

 白と青の鎧。腰に吊った銀色の片手剣。遠目でも目を引く群青色のマントの上で揺れる、後ろで編まれた美しい金髪──KoB副団長《姫騎士》アリスは、どうやら俺が遅刻しないかわざわざ迎えに来てくれたらしい。その気持ちはありがたいのだが……

 

「……いや、流石に俺だって集合時間くらい守るぞ」

 

「そのようで安心しました。もう後5分経っても姿が見えなければ、マップ追跡でお前の家に向かっていたところです」

 

「大袈裟だって──これから何か簡単なものでも食おうかと思ってるけど、アリスは?」

 

 答えが帰ってくるより先に、ぐぅ~という小さな音が耳に入った。続けて、アリスが恥ずかしそうに顔を俯ける。

 

「……で、では私も」

 

 つい笑ってしまいそうになるのを堪えながら、俺はアリスと共に店へ向かったのだが──

 

「──全く!だからもっと余裕を持って起きろと言うのですッ!」

 

「20分もあれば十分な量だったろ!アリスがやたら味わって食べてたから時間かかったんだッ!」

 

「そ、それは──久しぶりにお前と──ええい、とにかく走りなさいッ!」

 

 時刻は現在9時と10分程。朝食に時間をかけ過ぎた俺達は、店から転移門までの最短ルートを全力疾走していた。

 キリトはともかく、この辺几帳面なアスナはきっと怒っているに違いない。その際は隣の副団長を差し出す事も辞さないと心に決めた俺は、

 

 

「「転移──《カームデット》!」」

 

 

 そう口にし、2人して転移門に飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界を覆い尽くしていた光が晴れ、第74層主街区《カームデット》に降り立った俺達は、すぐさま違和感に気づいた。

 転移門広場にやたらと人が集まっている。彼らの視線は決まって一方向に向けられており、この人混みは何かの見物人なのだという事が伺えた。

 

 事態を把握すべく、人混みを掻き分けながらその中心へ進んでいると、突然ガキィン!というような金属同士がぶつかり合う音が木霊する。その正体が剣撃音だと見抜いた俺とアリスは、少々強引になりながらも人混みを抜け出た。

 

 果たして、人々の視線を集めていたのは──

 

 

「なッ……馬鹿な」

 

「──武器を変えて仕切り直すなら付き合うけど……もういいんじゃないか」

 

 

 そう言って黒い片手剣を鞘に収める黒衣の剣士キリトと、その背後で、根元からポッキリと折れた両手剣を手に膝を突く紅白装備のプレイヤー ──昨日も目にした、アスナの護衛のクラディール。少し離れた場所にアスナの姿もあることから、おおよその状況は察しがついた。

 

「きっ…貴様、どんな小細工を使った!?何か仕掛けでもなければ、《武器破壊》なんて起こるはずが──!」

 

「──いいや、細工もイカサマもしてないよ」

 

 恐らくまだデュエルの決着はついていないが、俺は人混みの中から2人の前に進み出る。

 

「何だと……ッ!?」

 

「確かに珍しくはあるが、《武器破壊》自体はちゃんとシステムに定められた現象だ。ましてやあんたのその剣、実用性より見た目を気にしてるだろ。鍔とか柄ならまだしも、刀身にそこまで装飾を入れたら強度だって落ちるさ。Mob相手なら問題なくても、PvPじゃ話は別──とにかく相手が悪かったな」

 

 折れた刀身を拾い上げると、西洋の茶器などに使われていそうな綺麗な紋様が彫り込まれているのが目に入る。そして未だクラディールの手にある柄の方を見れば、丁度刀身との接続部に当たる箇所が細く絞り込まれていた。あれでは折れるのも止むなしといったところか。剣の残骸は揃ってポリゴン化し砕け散っていった。

 

「っ……ふざけるな!このっ、栄光あるKoBのエリートであるこの私がッ!貴様らのような薄汚い《ビーター》なんかに負けるはずがないだろうがッ!」

 

 クラディールの言葉に、ふと胸の奥で嫌な痛みが走る。その痛みを押し込めた俺は彼に詰め寄り、

 

「……そこまで言うなら、俺とも()るか?」

 

 正直こういう真似は気が進まないが、ギルドでもトップクラスの実力者であるアリスと引き分けた、という事実を利用させてもらうことにする。何を隠そうあのデュエルを見ていた中にはクラディールもおり、俺に敵わないということが分かっている分、一層憎々しげに顔を歪めた。

 

「──そこまでにしておきなさい。クラディール、これ以上ギルドの名に泥を塗るような真似は、副団長として看過できません」

 

 アスナを伴ったアリスが仲裁に入る。事の発端がクラディールの行き過ぎた監視行為である事はアスナから聞いているらしく、彼女の同意を得たものとして、副団長の名の下に護衛役を解任。ギルド本部で大人しくしているよう命令が下された。

 流石にこれ以上食い下がっても恥の上塗りにしかならないと判断したらしいクラディールは、自ら敗北を認めてデュエルを中断。足取りこそ静かだが、憤懣やるかたないという雰囲気は隠しもせずに転移門に向かう。

 

 何事もなく転移していったクラディールを見送った俺は、彼が最後に俺とキリトへ向けた──あの怒りと憎悪に満ちた視線が、どうにも気になった。

 

「──ごめんなさい。嫌な事に巻き込んじゃって」

 

「いや、俺はいいけど……そっちこそ大丈夫か?」

 

 騒ぎが一旦の収束を見せたことで、アスナはホッと息をつく。

 

「うん……今のギルドが息苦しい空気になったのは、私の責任だと思うし……」

 

 今でこそ俺達と他愛ない会話をするような仲になったアスナだが、そんな彼女も一時期、攻略を最優先に考えるあまり、些か過激な考えを掲げていた過去がある。《攻略の鬼》と呼ばれていた当時のアスナのやり方に反感を抱いたキリトが彼女とのデュエルで勝利していなければ、昨日のように4人で食卓を囲む事もなかったかもしれない。

 

「……俺がこんな事言うのも変だけどさ。アスナがいなかったら、攻略はもっとずっと遅れてたよ」

 

 遠慮がちなキリトの言葉に、アスナはハッと顔を上げる。

 

「確かにあの頃はその、色々あったよ。でも、ああやってアスナが攻略組を引っ張ってくれてたから、攻略のセオリーが固まってきて、今や俺達は74層にいる。そこは素直に誇っていいんじゃないかな」

 

「キリトの言う通りです。それに責任というのなら、私にだって──あの時、アスナに最も近い場所にいながら、私は何も言えませんでした。何かに突き動かされるように攻略にのめり込むあなたに、何と言葉をかければ良かったのか……それすらも言い訳にしかなりませんが」

 

 あの時のアスナを突き動かしていたもの──それを現実世界へ帰還する執念とするなら、アリスが何も言えなくなるのもある意味では当然かもしれない。この世界に来る以前の記憶を持たないアリスと、そうではないアスナとでは、ゲームクリアにかける熱量に明確な差があった筈だ。

 

「……ま、湿っぽい話はここまでにしておこう。久し振りに4人揃っての攻略なんだ、気楽に行こうぜ」

 

 俺が手を叩いて重苦しい空気を振り払うと、小さく笑みを浮かべたアスナが、

 

「そうね──だったら、今日は楽をさせてもらうわ。前衛はあなた達2人でよろしく」

 

 ポンと肩を叩かれた俺とキリトから、揃って「えっ?」と間抜けな声が零れる。

 

「い、いや待て!キリトはともかく俺は武器的に前衛じゃないだろ──!」

 

「おいズルいぞミツキ!──前衛は持ち回りでやろう、なッ!?」

 

 一転して楽しげな空気を取り戻した俺達は、軽快な足取りで74層迷宮区へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な岩山をくり抜いた様な74層の迷宮区には、階層ごとに様々なタイプのMobが生息している。今俺達が潜っている20階はトカゲ人間であるリザードマン系とスケルトン系が多く、こと後者に至っては刺突(スラスト)系の武器を扱う俺やアスナには相性がよろしくない相手のはずだが……

 

「ふ──ッ!」

 

 まさにその骨系Mobである《デモニッシュ・サーバント》へ繰り出された俺の槍が、ピンポイントで肋骨に命中する。反撃に繰り出された敵の連撃技を回避し、最後の一撃だけを槍で受けた俺は、お得意のカウンターで骸骨騎士の盾に思いっきり槍を突き込んだ。

 

「──アリス、スイッチ!」

 

 ソードスキル後の硬直時間中に強烈な一撃を受けたことで、大きく後退した骸骨騎士は身動きが取れない。その隙に、俺を跳び越えるようにして前に躍り出たアリスが片手剣4連撃技《ホリゾンタル・スクエア》を叩き込んだ。

 

「せ──やぁッ!」

 

 締めの一太刀が骸骨騎士の上半身を斬り飛ばし、残った下半身がポリゴンに分解された。何度目かの戦闘を終えた俺は、剣を収めるアリスに声をかける。

 

「──すっかり板についてきたじゃないか、空中ソードスキル」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、未だに5連撃以上となると成功率はかなり落ちます。お前程自由に扱えるようになるには、まだまだ修練が足りません」

 

「それでも十分だろ。俺が言うのも何だが、空中ソードスキルなんてそうそう使う場面無いしな。変に博打を打つよりも、しっかり地に足つけて技を出した方が確実だ」

 

 体勢が不安定になりがちな空中でのソードスキル発動は俺の得意とするところであり、キリトでさえ今のアリス同様4連撃が限界だと聞いている。

 俺自身、具体的にどうやっているのか・コツはあるのかと聞かれても「感覚で…」以上の答えは持ち合わせておらず、身に着けようと思うと各自に任せるしかないのだが……アリスは第1層で俺にやり方を問うてきた。当時の俺は四苦八苦しながらその「感覚」の言語化を試みたものの、確たるものは捻り出せず、アリスが不満げな表情をしていたのを思い出す。

 

 そんな状態から独力でここまで磨き上げたのだから、やはりアリスの身に宿る剣の才は相当なものなのだと再実感した。

 

 少し離れた場所でこちらも戦闘を行っていたキリトとアスナのコンビと合流し、迷宮区を進むこと暫く──順調に更新されていくマップを確認しながら先頭を行くキリトが、ふと足を止めた。

 

「……おい、アレ──」

 

 キリトが指差す先には、明らかに異質な雰囲気を放つ巨大な扉があった。恐怖に歪んだ人の顔にも見える趣味の悪い彫刻を施された扉の前に立つだけでも、ビリビリとしたプレッシャーが伝わって来るようだ。

 

「これ……ボス部屋、だよね……?」

 

「ああ……間違いないと思う」

 

 無事に74層のボス部屋を発見した俺達だが、これで「さぁ帰ろう」とはならない。ベータテスト時の情報があった10層までとは違い、ボスに関する前情報が一切無い状態で戦うのは危険極まる。ボス部屋が見つかったなら、数回に渡る偵察で敵の戦力と傾向を調査し、出来る限り万全の状態で戦いに臨むのがセオリーなのだ。

 

「……どうする、覗くだけ覗いてみるか?」

 

 俺の提案に、他の3人は暫し考え込む。

 ボスとの戦いに於いて、1番最初の偵察戦が最も危険である事は周知の事実であり、その理由は前述の通りだ。時には偵察隊の数名が死にかけたケースもあった事を考えると、攻略組でも上位──その更に上澄みであるトップ層の面子が揃っている今ならば、比較的安全に偵察を行えるかもしれない。

 

「……よし。じゃあ扉だけ開けて、中の様子を見てみよう。流石にこの数じゃ威力偵察までは危険だ、あくまで覗くだけ。いいな?」

 

 フロアボスは、原則として自身が守るエリア──ボス部屋から出てくる事はない。扉を開けて、外から眺める分には大きな危険はないはずだ。キリトの言葉に頷いた俺達は、揃って武器を抜く。念には念を入れて各自《転移結晶》を用意したのをお互いに確認し合ってから、俺とキリトで恐る恐る扉を押し開けた。

 

 ゴゴゴ…と重々しい音と共に扉が開いていく。中は真っ暗で何も見えない。どうやらある程度内部に侵入しなければ、ボスの姿は拝めないようだ。

 

 後ろのアリスとアスナにそこにいるよう目配せをした俺達は、一歩、また一歩と慎重にボス部屋に足を踏み入れる。約5メートル程進んだ辺りで──「ソレ」は姿を現した。

 

 壁に配置された松明に火が灯り、青白い炎が部屋の中を照らし出す。その中心では、巨大な山羊頭の悪魔が俺達を待ち受けていた。

 

 4本のHPバーと共に、ボスの名前が表示される──《The Gleam Eyes(ザ・グリームアイズ)》。

 

 俺達の姿を認識した《グリームアイズ》は、手にした大剣を振りかぶる──!

 

「てっ、撤退──!!」

 

 俺とキリトは即座に回れ右し、入口で待っていた2人と一緒にボス部屋から逃げ出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全速力で最寄りの安全地帯まで逃げてきた俺達は、その場に座り込んで軽い作戦会議を行っていた。

 

「あれは苦労しそうだね……」

 

「だな……見た感じ武器はあの大剣だけっぽいけど、どうせ特殊攻撃有りだろうし……」

 

「あの松明の火に照らされて壁の一部が光っているように見えました。あくまで推測の域を出ませんが、壁に他の武器が仕掛けられている──という可能性も」

 

「じゃあ、パターン変化で武器持ち替えって線も考えないとだな……優秀なタンクを集めるだけ集めて、地道に削ってくのがベターか」

 

「ああ。盾持ちは最低10人欲しいとこだ。当面は要点を絞りつつ、少しずつちょっかいかけて対策を練ってくしかないだろうな」

 

 あの短い間で得られた情報を総括したキリトに、アスナはジトっとした目を向ける。

 

「盾持ち……ねぇ」

 

「な、なんだよ……?」

 

「前々から不思議だったのよ──片手剣最大のメリットって盾を持てるところじゃない?でもキリト君が盾を装備してるとこ、1回も見たことない」

 

 片手剣に限らず、曲刀やメイス、片手斧といった腕一本で扱える武器カテゴリは、タンクが持つような大盾とは違い小型の盾を装備することで、機動力を大きく落とさずに防御力を獲得できる。

 アスナの細剣(レイピア)もその1つだが、手数と機動力を重視する彼女にとっては却って邪魔だという理由で盾を装備していない。アリスもまた盾無しの片手剣というスタイルだが、ソードスキルを使用せず戦うことも多い彼女にとって、両手で思い切り剣を振るには盾が邪魔だと言っていたのを覚えている。

 

「そりゃあ、アバターの見た目優先で持たないって人も中にはいるけど……キリト(きみ)ってそういうタイプでもないし。リズに作らせた剣も使ってるの見た事無いし──怪しいなぁ」

 

「そ、そんな事は……」

 

 アスナの疑惑の視線を受け、思いっきり目を逸らす。キリトが盾を持たない理由はともかく、リズに作って貰ったというもう1本の剣について掘り下げられるのは少々まずいか。どう助け舟を出そうかと思案する俺だったが、幸いアスナの方から追求が取り下げられた。

 

「──もうこんな時間。少し遅くなっちゃったけど、お昼にしましょ」

 

 そう言ってメニューを開いたアスナは、膝の上に大きなバスケットをオブジェクト化する。掛かっていた布を捲ると、中には4つの包みが詰め込まれていた。

 

「……61層にこんなの売ってたか?」

 

「売り物じゃないわよ。私の手作り」

 

 それを聞いた俺とキリトは揃って驚嘆の声を漏らす。十数年生きてきて、まさかこんな所で母親以外の異性の手料理を食べる機会に恵まれようとは。

 アスナに言われ、装備していたグローブを解除した俺とキリトは、緊張の面持ちで包みを開く。すると美味しそうなサンドイッチが顔を覗かせた。

 

「い、いただきます!」

 

「ます!」

 

 大口を開けてかぶりつくと、口の中に何とも懐かしい味わいが広がった。この世界に来る前、よく世話になっていた大手ファストフード店のあの味に酷似している。

 

「アスナお前、この味どうやって……!?店で手に入るような物じゃないだろ」

 

 恐らく同じ疑問を浮かべているだろう──夢中でサンドイッチを頬張るキリトを横目に、俺がその疑問を代弁する。それに対し、アスナはふふんと得意気な表情で説明を始めた。

 

 曰く、彼女はここ1年の間にアインクラッドで手に入る100種以上の調味料の味を全て解析し組み合わせることで、マヨネーズや醤油といった現実世界で親しまれている調味料の味を再現したのだという。SAOに走っている味覚再生エンジンは非常に複雑怪奇で、見た目と味が必ずしも一致しない事もある。見るからに甘そうな木の実が実は激辛だったり、ぱっと見食べ物に見えなさそうなものが実は美味だったり、時には未知の味覚反応と遭遇することもあったりと、プレイヤーが感情の渦に振り回された例は枚挙に暇がない。

 それら全てを検証したというのだから、並々ならぬ執念だ。こんな真似をするのはアインクラッドでアスナだけ──露店でも開いて売りに出せば、飛ぶように売れること間違いなしだろう。億万長者も夢ではない。

 

「……アスナ先生、後で作り方のレシピ、教えてください」

 

《料理》スキルを上げていない俺達ではこの調味料を最大限活かすことは出来ないだろうが、NPCの店の料理にかけるだけでもきっと革命が起こる。

 

「いいけど──お店の料理にかけたら、多分元々入ってる調味料と混ざって味変わっちゃうわよ?」

 

 俺の狙いなどお見通しとでも言わんばかりに告げられた残酷な真実。考えてみればその通りだ、と、俺は諦めてサンドイッチの味を噛み締めることに集中するのだった。

 

 ──サンドイッチを黙々と食べ続けるアリスは、そんな俺を見た後、自分の手の中にあるアスナの手料理をジッと見つめていた。

 

 あっという間に昼食を食べ終えた俺達が充足感に包まれながら一息ついていると、迷宮区の静けさの中に異音が混じって聞こえた。これは──プレイヤーの足音だ、それも複数。

 俺とキリトはいつでも抜けるよう獲物に手を添える。警戒する俺達の前に現れたのは──今やすっかり見慣れた武田菱を刻んだ一団だった。

 

 

「──おお、キリトにミツキじゃねぇか!暫くだなァ!」

 

 

 俺達に気付いたカタナ装備のプレイヤー ──《風林火山》リーダーのクラインは、気のいい笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

 

「……よぉクライン。まだ生きてたか」

 

「ッハハ、相変わらず愛想ねぇなァ。ソロのおめぇら2人が揃ってんのも珍しいじゃねぇ──か?」

 

 そこまで言って、どうやら後ろのアスナとアリスに気づいたらしい。2、3度目をパチクリさせたクラインは、俺達の首根っこを掴んで声を潜める。

 

「お、おいどういうこった!?ミツキとアリスが仲いいのは知ってっけどよ、キリト(おめぇ)まで女連れってなァ……!?」

 

「お、落ち着けって……!」

 

「これが落ち着いていられっか!こちとら24歳独身、絶賛彼女募集中だっての──ッ!」

 

 俺とアリスがボス戦前に一緒にいるのはある種の風物詩となっていたらしく、彼女がいることに関しては特に言うことはないようだが、アスナも一緒となれば話は別だ、と、クラインはキリトの頭をワシワシとこねくり回す。

 

 その光景を見て、俺は思わず笑みを零していた。

 過去の罪悪感から未だに一線を引いてしまっている俺達にも、こうして変わらず接してくれるクラインの人柄が、とてもありがたいと感じるのだ。

 

 ワイワイと賑やかさの増したこの安全地帯へ、更なるプレイヤー達が足を踏み入れる。先程の《風林火山》よりも重さを感じる足音。その数も多い。見れば、盾と斧槍(ハルバード)で武装した集団が重そうな鎧をガチャガチャ言わせながらこちらへ向かって来ていた。

 

 リーダーらしい先頭を歩いていた大柄なプレイヤーは、安全地帯の中程で足を止めると、後ろに続く者達に「休め」と言い放つ。その言葉を待っていたかのように、彼らはその場にへたり込んだ。ただ1人今も尚立ったままのリーダーは、そのままこちらへと歩いて来る。

 

「──私は《アインクラッド解放軍》所属のコーバッツ中佐だ」

 

 縮めて《軍》の通称で知られる《アインクラッド解放軍》は、SAO開始当初からボス攻略に参加していたギルドが中心となっている大規模集団だ。そのギルドも25層のフロアボス戦で多くの犠牲者を出した事で壊滅状態に陥り、以降は《はじまりの街》を拠点として攻略よりも下層の治安維持と組織強化に重きを置いた活動を始めた為、最前線で見ることもなくなっていったのだが……

 

《コーバッツ》と名乗った男は先客である俺達をグルリと見回す。ヘルメットに隠れて人相は伺えないが、少なくとも友好的な雰囲気は感じられない。

 

「……君らは、この先も既に攻略しているのか?」

 

「……ああ。ボス部屋の前まではマッピングしてある」

 

 代表してキリトが答える。それを聞いたコーバッツはフン、と鼻を鳴らすと、

 

「──では、そのマップデータを提供してもらおう」

 

 と、さも当然のように言い放つ。真っ先に言い返したのはクラインだった。

 

「おい、まさかただでマップデータを寄越せってンじゃねぇだろうな?」

 

 返答は無い。どうやら金やアイテムと交換するでもなく、額面通りにマップデータを渡せと言っているらしい。

 

「てめぇ、最前線でマッピングする苦労が分かって言ってんのか!?下層の雑魚しかいねぇ未踏破ダンジョンとは訳がチゲぇんだぞ!」

 

 74層ともなれば徘徊するMobの平均ステータスも高く、未知の罠や、安全マージンを取った今のレベルでも手こずるような強力なMobと遭遇する危険性だってあるのだ。そんな中を手探り状態でマッピングするのはクラインの言う通り、決して楽な事ではない。

 

 至極真っ当な反論に、コーバッツは野太い声を張り上げる。

 

「我々は一般プレイヤーに情報や資源を平等に分配し、秩序を維持すると共に── 一刻も早くこの世界から全てのプレイヤーを解放する為に戦っているのだ!故にッ!諸君が我々に協力するのは、当然の義務であるッ!」

 

 義務ときたか。長いこと下層に引き篭ってボス攻略に参加していなかった《軍》のセリフとは思えない。が──

 

「……分かった、データは渡すよ」

 

 尚も反発するクライン達を制したキリトは、メニューを開いてマップデータを出力する。

 

「……キリトよぉ、そりゃ流石に人が好過ぎるぜ」

 

「どうせ街に戻ったら情報屋に頼んで公開するつもりだったんだ、構わないさ──マップデータで商売する気もないしな」

 

 丸めたスクロールアイテムとしてオブジェクト化されたマップデータを手にしたキリトは、コーバッツに差し出す。しかしそれを受け取ろうとした彼の手は、一度空を切った。

 

「──渡すのはいいが、条件がある。他のプレイヤーにも情報を分配すると言った以上、街に戻ったらこのデータはきちんと無償で公開すると約束してくれ。くれぐれも《軍》で独占しようなんて考えるな」

 

 第1層に於ける《軍》の良くない噂は、上層にも時折伝わってくる。ただでさえ最前線のマップデータの無償提供を要求してくる連中だ、全ての言葉を鵜呑みには出来ない。

 

 短く「無論だ」と答えたコーバッツは、今度こそマップデータを受け取る。自身のメニューにデータが反映されたのを確認すると、「協力感謝する」と感謝の気持ちなど微塵も感じられない言葉を残して踵を返した。

 

「──ボスに挑もうと考えてるなら、止めておいた方がいいぞ」

 

 まさかとは思うが、今更前線へ出張ってきた《軍》の狙いに1つの推測を立てた俺は、コーバッツの背中に警告する。「言われるまでもない」というような返答を期待していたのだが、

 

「それは私が判断する」

 

 返って来たコーバッツの言葉に、俺達は揃って言葉を失った。

 

「っ……俺達はさっきボス部屋を覗いてきた!生半可な人数でどうこうなる相手じゃない!それにあんたの仲間も疲弊してるだろ!」

 

「私の部下は、この程度で音を上げるような軟弱者ではないッ!──キサマら、さっさと立て!」

 

 コーバッツの激に、彼の部下らしいプレイヤー達はヨロヨロと立ち上がる。明らかに疲弊が隠しきれていない。仮想世界での戦闘は精神的な疲労を蓄積していくものだ、ロクに休息も取らず、慣れない最前線のMobとの戦いを経てきたと考えれば、その負担は想像するに余りある。いくらHPが満タンでも、あの調子では肝心な時に体が動かなかったり、致命的なミスに繋がる危険性もあるというのに。

 

 部下達を半ば無理矢理整列させたコーバッツが奥地へ進もうとした所へ、俺の隣から凛とした声が飛ぶ。

 

「──コーバッツと言いましたか」

 

「……まだ何か用かね?」

 

 首だけこちらへ向けたコーバッツに、声の主──アリスは小さく前に進み出る。

 

「断言しましょう。もしこのままボスに挑もうなどと考えれば、お前の部隊は全滅します」

 

「……先程の言葉を聞いていなかったのか?」

 

「聞いていましたとも。仮にも人の上に立つ者でありながら、自らの役目を見誤った愚か者の言葉でした」

 

 アリスの表情は至って真剣だ。しかしコーバッツには自分を嘲笑する風に聞こえたらしく、口元を歪めた彼は踵を返すなりこちらへ向かってくる。

 

「貴様……目上の人間に対する態度を教わらなかったか?」

 

「生憎、戦果に目が眩んで部下をみすみす危険に晒すような愚か者へ表す敬意は持ち合わせていません」

 

 外見的には見るからにコーバッツの方が威圧感を覚えるが、彼と正面切って向かい合うアリスからはそれ以上の気迫と意思を感じる。彼女もれっきとしたKoBの副団長であり、ボス攻略では総指揮と陣頭指揮という形でアスナと役割を分担することも多い。同じく集団を指揮する立場でありながら無謀な行動を取ろうとしているコーバッツを諭しているのだ。

 

 1歩も退かないアリスに根負けしたのかはさておき、忌々しげに鼻を鳴らしたコーバッツはマントを翻し、部下達を率いて奥地へと去っていった。

 

「ったく。大丈夫なのか、アイツ等?」

 

「一応、ここのMobと戦える程度のステータスはあるみたいだし、流石に初見でボスに挑むような真似はしないと思うけど……」

 

 だが、先程のコーバッツの言葉がどうにも気がかりだ。万が一、ボスを見て「自分達だけで倒せる」等と判断すれば目も当てられない。

 

「……一応、様子だけでも見に行くか」

 

「だな。うっし、行くぞおめぇら」

 

 もし俺達が迷宮区から戻って、コーバッツ達は永久に帰らぬ人となった──等という報せを受け取ったら、流石に寝覚めが悪過ぎる。今後《軍》が本格的に攻略へ復帰するというのなら、ある意味攻略の先輩として諸々のセオリー等をしっかり叩き込んでおいた方がいいかもしれない。

 

「……お人好しはどっちだか」

 

 俺とキリトを先頭に、《風林火山》の面々を伴って歩き出す。チラリと後ろを見ると、残ったクラインがアスナとアリスに何やら話しているようだった。内容までは聞き取れないが、ナンパでもしているのだろうか──

 

「──俺ァこのゲームが始まった日に、あいつらと《はじまりの街》で別れたんだ。あいつら、その事ずっと気に病んでるみたいでよ。『これ以上世話ンなる訳にはいかねぇ』って、離れたのは俺の方だってのにな……そんでこっちがちんたらやってる間に、あいつらは《ビーター》なんて呼ばれるようになっちまった。中層にいた頃、根も葉もねぇ噂をしこたま聞いたよ──見たとこまだ中高生のガキだろ?あんな細ぇ背中にどんだけの重荷背負ってんだって思うと、1人の大人として情けなくてよ」

 

「クラインさん……」

 

「俺があいつらを許せばちったァ荷が降りるってんなら、いくらでも笑って許すんだが……俺が言っても、却って苦しい思いさせちまうかもしれねぇ。だから…だからよ──」

 

 2人に向き直ったクラインは、ピンと背筋を正す。

 

「アスナさん、アリスさん。あいつら2人の事、よろしく頼ンます」

 

 そう言って頭を下げるクライン。アスナとアリスは、ゆっくり遠ざかっていく2人の少年の背中に目をやってから、

 

「──はい」

 

「任されました」

 

 そう言って微笑むのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。