ガブリエルに飲み込まれたミツキはいつの間にか意識を失っていたらしく、目覚めて最初に感じたのは浮遊感──それが、底の見えない奈落へ落ちているのだということに気付くのに、然したる時間はかからなかった──気付く、というには、イマイチその感覚に確証が持てなかったが。
ひとまず、まだ手の中にあった剣だけは離さないようしっかり握りしめた。
『──目覚めたか、少年』
ふと聞こえた威厳ある男の声。辺りを見回せば、手の平に収まる大きさの紫の炎が静かに揺らめいていた。その傍には一回り小さな、やや明るい色味の紫炎が付き従うように燃えている。
「……あんた達は?ここは……」
『ここはあの怪物の中よ。奴に喰らわれた魂が行きつき、消えていく場所……』
こちらは女性の声を発した小さな紫炎の言葉を受け、ミツキは自身もまたガブリエルに取り込まれてしまったのだということを思い出す。
「差し詰め、魂の胃袋ってとこか……クソ、しくじった……っ」
『お前もまた、奴に挑み敗れた──という訳ではないようだな。突然強い光が飛び込んできた時は驚いたぞ』
「まぁ負けたつもりは無いけど……このまま何もしなけりゃ実質負けだ──あんた達、ここには詳しいのか?」
『少なくともあなたよりは。と言っても、無知に毛が生えた程度の差でしょうけどね』
「ここはあいつの中なんだろ。何か、内側から攻撃とか出来ないのか?」
どこかに出口は無いのか、とは聞かなかった。そんなものがあるなら彼らもとっくに抜け出しているだろうし、そもそも取り込んだ魂を消化し吸収する為の場所であるなら、出口なんて必要ない。聞くに、今のミツキは彼らが守ってくれているお陰で消化速度が緩やかになっているらしく、答えの分かりきった質問に無駄な時間を割く必要はないだろう。
何か内側からできる事はないか、という問いを受け、2つの篝火はミツキをある場所へ誘った。
何も見えない暗闇の中を漂うこと暫く……やがてたどり着いた場所に、ソレはあった。
闇の中にあって一層深い闇、とでも言えばいいだろうか。闇すら飲み込まんばかりの虚無がぽっかりと口を開けているように見える。さながら宇宙に浮かぶブラックホールだ。
『この男の在り方はおおよそ常人とかけ離れたものではあるが、それでも一応、人間ではある。人間であるならば魂がある──コレはいうなれば、奴の《魂の核》だ。我らが最後に見た時より、随分変質しているようだがな』
「つまり、こいつをぶっ壊せば……?」
『理論上はな、だが上手くいくかは話が別だ──』
──光と闇、表と裏のように、物事というのは往々にして表裏一体となる事で初めて成り立つ。
「死」という概念に対する認識がそもそも歪んでいるガブリエルの場合、即ちその裏返しである「生」の概念も正しく成立しない。
殺人行為で他者の命を奪ってきたのだって、ガブリエルからすれば手段や工程に過ぎず、言ってしまえば肉体という「卵の殻」を割るようなもの。そこに生死という認識は介在していない。自らに襲い来る刃や銃弾でさえも適切に対処すれば問題なく、精々が傷を負わせるもの、という程度だろう。あの男の魂は「生きていると同時に死んでもいる」というあやふやな状態なのだ。
だがしかし……そんなガブリエルの魂に、つい先程小さな変化があった。
『奴の魂の核に、一点だけ小さな揺らぎが生じているのが見えるか?これまでは無かった──丁度、お前がここへ飲み込まれる前に現れたものだ』
「……なる程、推測は当たってた訳だ」
ガブリエルが天使の姿と共に獲得した、全ての攻撃に対する
それは先述のガブリエル本人の持つ歪な自己認識が心意によって形を得ただけでなく、彼の持つ圧倒的な実力と、傍から見た異質さ──どんな攻撃も通用しない相手に対する「恐怖心」によって補強されている。
このアンダーワールドに於ける《心意の力》とは、
自身を圧倒的な強者、上位存在として認識した事で作用する自己強化の心意に加え、相対した者がガブリエルに向けて抱いた印象から来る「この男にはどんな攻撃も通用しないし、この男は恐るべき強大な力を持っている」という認識までもが、ガブリエルの力を増大させている。
あの天使の姿にこれといった能力は無い。言ってしまえば、アレは周囲に対し恐怖や畏怖を煽る為の着ぐるみでしかない。ガブリエルに立ち向かう為には、奴に対する恐怖を消し去る必要があるのだ。
……言葉にするのは簡単だが、そこは行うは難し、というやつだ。
何せ奴はそもそも強い。基礎的な実力で劣っている状態から、あの男に対する恐怖を消し去れというのも土台無理な話だろう。
しかしそれを前にしても尚、自らの力を信じる強い意志を抱き続ける事ができたなら──既に吸収属性を獲得していたガブリエルをヘカートの銃弾で撃ち抜いたシノンのように、奴にダメージを与えることが可能になる。
と、ここまでがガブリエルと戦う者が行える対策。奴に立ち向かう為の方法は、もう1つある。
先も言ったように、心意の力は自己強化等プラス方向だけでなく、利敵を始めとしたマイナス方向にも作用する。他者の内に芽生えた恐怖がガブリエルの力を増大させているということは──ガブリエルの中に恐怖を芽生えさせ、己の絶対的優位な認識を揺るがすことが出来れば、同じ理屈でこちらの力が増大ないしガブリエル本人の自己強化が減衰するということだ。
そしてそれを可能にした者こそが先のミツキだった。
どれだけ攻撃を加えようと止まらず、眼を抉り抜かれて尚笑ってさえみせるという常軌を逸したミツキを、ガブリエルは理解する事が出来なかった──もっと言うなら、ガブリエルもまた自分自身を客観的且つ正確に理解出来ているわけではなかったが故に、ミツキが思い至ったこのロジックに辿り着けなかったのだ。
人間は、理解出来ないものに対して不快感を覚え、排除しようとする。その根底にあるのは、本能的な恐怖だ。ガブリエルの中に芽生えた「恐れ/怖れ」が彼の纏っていた全能感を乱したことで、ミツキは天使化したガブリエルにも攻撃吸収を貫通してダメージを与えることができた。
それがまた恐怖を呼び起こし、更なる弱体化を招く──その恐怖から逃れようと、ガブリエルはミツキを強引に飲み込むという強硬策に打って出た。
通常なら殺してから魂だけ喰らう所を、まだ生きた状態で肉体ごと取り込んだせいで──そこへ更に2つの篝火達の助けが加わり──こうして内部でミツキが動ける猶予を与えてしまった。
あの魂の核に打たれた小さな揺らぎは、その恐怖が未だカブリエルの中に残っていることを意味している。
であるなら、キリト達にも勝機はある──そんなミツキの考えは、首を横に振るように揺らめく紫炎に否定された。
『確かに、お前の働きで恐怖という楔を打ち込むことには成功した。今のままでも多少なりとも影響が出ているかもしれんが……』
『楔を打った当人であるあなたは、こうして奴に飲まれてしまった……今我らがこうしている事に気づいてない以上、あくまでもあの男の中であなたはもう死んだものと見ているでしょうね』
「また無敵状態が復活してる──寧ろ、俺を倒したつもりで調子付いて強化されてる可能性すらある──って訳か……厄介な奴め。……でもまぁ、それならそれで、俺がまだ死んでないぞって事を分からせればいいんじゃないのか。この魂の核に一太刀入れてやれば吐き出してくれるかもしれない」
御伽噺の一寸法師みたいな事を考えるミツキに、紫炎達は暫しの沈黙を経てから答える。
『仮に上手くいったとして……ここに来た時点でお前の肉体は消え去り、魂だけの状態だ。そのままここを抜け出したとて、魂だけでは何も出来ずに消えていくしかない』
これには流石のミツキも暫し絶句した──否、全く以って予想だにしなかった、という訳ではないのだが──よもや、今の自分は幽霊だと真っ向から言われる日が来ようとは。
しかし、それでもミツキの表情は絶望していない……寧ろ、小さく笑みを形作ってさえいた。
「『肉体は、魂の容れ物に過ぎない』──こうして魂が無事なんだ、何とでも出来るはずさ」
同じ頃──遅れて追いついてきたキリトは、ミツキを飲み下したガブリエルと交戦開始。同行したアスナがアリスを祭壇へ連れて行くまで、引き続き時間稼ぎを行なっていたのだが……
「はぁ…はぁ……ッ……!」
二刀を携えた黒衣の痩躯は、今や地に落ち天を仰臥していた。
視線の先には虚無を纏いし死の天使、ガブリエル・ミラー。かれこれ3分は粘れた筈だが、如何せんこちらの攻撃が全く通らないせいで防戦一方。アタッカー偏重のキリトはその強みを潰され、こうして大地に叩き落とされた。
「ふん……威勢は良かったが、それだけだな。反応速度は目を見張るものがあるとはいえ、そんなもの、私には何の意味もありはしない」
「ッ……まだ、まだ……こっちはやれるぞ……」
「虚勢だな、はっきり伝わってくるぞ。剣を握る手の、地面を踏み締める脚の震えが──お前の中に渦巻く恐怖が」
「──
キリトの言葉に、ガブリエルがぴくりと反応を示す。
「生憎っ……お前みたいな手合いとは前にも戦った事があってな──こっちの攻撃はほとんど通用しない、まさに神様みたいな力の持ち主だった」
「それがどうした?まさか、その者に勝ったのだから私にも勝てるとでも?」
「いいや……随分違うんだなと思ったのさ──そいつはお前みたいに、あからさまに力の差を見せつけるような真似はしなかったからな」
「……何が言いたい?」
「相手を脅して恐怖心を煽るような言動をとる奴の心理ってのは、大方相場が決まってるんだよ──ガブリエル、お前
「……笑えないジョークだな。私が、お前如きを恐れていると?」
「いや俺じゃない──あの時、お前が《化け物》と呼んだアイツのことだよ」
ガブリエルの青白い火のような双眸が、大きく揺らいだ。同時に、これ以上キリトに口を開かせまいと翅を羽ばたかせる──冷静さを失ったその隙を、見逃すキリトではなかった。
「──エンハンス・アーマメントッ!」
掲げた《青薔薇の剣》から無数の氷の荊が伸び、ガブリエルを拘束する。荊を引き千切ろうとする端から新たな荊を生成し続ける間、起き上がったキリトは右手の《夜空の剣》を鞘に収め、空いた手を念じるように虚空へ伸ばした。
声なき呼び声に応じるように飛来したのは、1本の槍──ミツキが使用していた旗槍だった。
「教えてやるよガブリエル。アイツは……俺の友達は、丸呑みにされた程度で終わるようなタマじゃない。アイツは諦めが悪いんだ──甘く見てると痛い目見るぜ……!」
そう言い放つキリトは、旗槍を天へと掲げるのだった──。
ほんの少しだけ、時は遡る──キリトがPoHとの戦いを制し、アスナと共にミツキとアリスを追いかけて行った後……あの地獄が嘘のように静まり返ったダークテリトリーの遺跡では、生き残った誰もが固唾を飲んで南の空を見上げていた。
遥か遠方の空で、光と影が幾度となくぶつかり合うのが見える──青白く力強い輝きを放っているのがミツキだと、レイラは直感で理解した。そして、その輝きを与えてくれたのは敬愛する師である事を、ティーゼも直感で理解する。
空から、7つの光が降り注ぐのが見えた。次いで小さな地響き。
残る6つの光が黒い影に次々殺到し、ミツキと思しき一際強い輝きを湛えた光が突っ込んでいって──忽然と、消えた。
緊張の中、周りにいる者達が小さくざわめき出す。徐々に、少しずつ、不安が広がり始める。
「……っ」
レイラは胸の前でキュッと両手を重ね、祈りを送った。自分達を導いてくれた、大切で大好きな先輩達の無事と勝利を。彼女に倣い、隣にいるティーゼとロニエも瞑目して祈る。
そしてそれは、少女達だけに限った事ではなかった。リアルワールドから駆けつけた日本人プレイヤー達もまた、空に向けて祈る──彼らの脳裏には、一様にとある一節が浮かんでいた。
『命の危険を感じたら、空に向かって俺の名を呼べ。この槍を流星に変えて、お前達の願いを叶えてやる──生きたいという願いをな』
《SAO事件記録全集》にて描かれた《裂槍》の言葉。
かの本に綴られる彼は、そのセリフが示す通り、力無き人々の願いを背負い自らの力に変えて戦う、《黒の剣士》と並び立つ英雄だった。
明確に語られることの無かった2人の英雄の正体が彼らである事は、最早疑いようもない。
故に祈る、故に願う。英雄達の勝利を。
願ったのは勝利だけではない。
だって彼ら彼女らはもう知ってしまった。目の当たりにしてしまった。
輝かしいばかりと思っていた英雄譚の裏側を、英雄達が背負っているものの大きさを。
彼らにこれ以上求め、背負わせる事の残酷さを。
それでも祈るしかない。願うしかない。英雄達を信じるしかない。
故に祈る。故に願う。平和な明日を、もう彼らが背負わなくていい、笑顔の絶えない未来を。
勝利以上に、強く、強く……かの英雄達の凱旋を。若き少年達の無事の生還を。
「伝わってっか。キリト、ミツキよぉ!もうお前ら2人だけに戦わせやしねぇ!俺達も一緒だぜェ──ッ!!」
祈りは瞬く間に波及していった。遺跡に集った者達だけに止まらず、ダークテリトリー全土、人界全土──平和を願う者達は皆、空に向かって祈りを捧げた。
人も──
「お兄、ちゃん……ミツキさん……ッ」
亜人も──
「ミツキ……っ」
女神も──
「ミツキ……キリト……!」
平和を願う想いに、生まれも種族も関係無い。
「信じてるよ、キリト君……っ!」
「ミツキ……信じていますからね……っ!」
祈りは希望の光となり、空へ昇る。
その希望は何よりも強く暖かな力となって、英雄達の元へ集うのだった。
時は現在。旗槍を掲げるキリトは、小さく息を吸う……
戦いの最中、ユージオが教えてくれた──
ならば、今必要なのはそれだ。
あらゆる敵を撃ち滅ぼす強大な力ではない。奴の中に広がる無限の虚無を満たし、溢れ返させるほどの光……膨大で、純粋な「希望」が必要だ。
キリトは瞑目し、徐に口を開く──
「──システム・コール、アグリゲート・ホープフル・メモリーズ──」
このアンダーワールド全土に生きる人々……今この瞬間、祈りを捧げている全ての人々の、希望に満ちた記憶の光が、
「──ロード・トゥ・オブジェクト、ID: 010──」
キリトは旗槍を逆手に持ち直すと、顔の横で大きく引き絞る……その目は、今も尚収束し膨れ上がる光を見据えていた。
──その輝きは、天使の胸中にいるミツキにも届いていた。
「さすが、信じてたぜ……!」
小さく呟いたミツキは、ガブリエルの魂の核に向き直る。
『本当にやる気か?上手くいく保証は無いぞ』
「ああ。こちとら愛しの相棒との約束が溜まりに溜まってるんでな」
『そう……なら、これでお別れね』
「……本当に、一緒に来る気は無いのか?」
ここまでミツキを守り、導いてくれた大小2つの篝火達は、首を振るように炎を揺らす。
『……私達は、結構な時間をここで過ごしてしまった。今や消えかけの残火に過ぎないわ。気持ちは嬉しいけれど……』
『ああ。何より、我らは既に人として死を迎えた者だ。未来を歩む生者の道行を邪魔するつもりは無い。だが……そうだな、折角の厚意だ、2つ、頼めるだろうか?』
頷いたミツキに、大きな紫炎は伝言を託す。
『帝宮オブシディアの城下街の外れに、身寄りのない子供を集めた小さな孤児院がある。俺や彼女が個人的に面倒を見ていたんだが……生憎このザマだ。俺の下に、そこ出身の若い暗黒騎士の娘がいてな、彼女が恐らく面倒を見ていくことになるだろう……助けてやって欲しい』
「その騎士の名前は?」
小さな紫炎が答える。
『ドロシー……ドロシー・イザヤ・エリシュヴァ……長い白髪の娘よ。とても仲間思いで、頑張り屋で、優しい娘……1人にしておくと、きっと頑張り過ぎて潰れてしまうかもしれないから』
「そりゃ他人の気がしないな。分かった、気にかけておくよ──2つ目は?」
2つ目の頼みは、極めてシンプルなものだった。
『暗黒界と人界の和平を実現させて欲しい。本来なら俺やベルクーリのような年長者がすべきだった事を、若者に押し付けるのは心苦しいが……子供達が安心して暮らせる世界の為に……どうか、頼む』
「……言われるまでもない。和平は絶対に実現させてみせる。任せてくれ」
『……感謝する。勇猛なる若き剣士よ』
「……あ、そうだ。あんた達の名前は?そのドロシーさんに会うなら、聞いておきたい」
『そういえば、まだ名乗っていなかったな──我が名はビクスル・ウル・シャスター。暗黒騎士団長だ、元だがな』
『私は元・暗黒騎士第11位、リピア・ザンケール──若き剣士よ、其方の名を聞きたい』
リピアと名乗った小さな紫炎から騎士として名を聞き返され、こちらも修剣学院仕込みの最上級の騎士礼と共に堂々と答えた。
「剣士ミツキ──平民の出故に姓は持っていない。このような形ではあるが、誇り高き暗黒騎士殿2人と目見え、言の葉を交わせた事、心より光栄に思う──託された望み、必ずや果たすと誓おう」
少し間を置いてから礼を解いたミツキは、ガブリエルの魂の核へ足を踏み出す。剣を真っ直ぐ水平に引き絞り、虚無の中に混じった小さな揺らぎの起点を捉えた。
深く息を吸い……吐く──意識を集中させると、やがて刀身に赤い光が灯った。
「は…ああああああァァァ──ッ!!」
裂帛の気合いと共に、握り締めた片手剣から繰り出される両手槍直線突き《スイフト・ランジ》が、揺らぎの起点を正確に貫いた。
魂の奥の奥に押し込めていたものを刺激されたことで、ガブリエルもここに気づいたのだろう。空間が蠕動するように震え始めた。このままミツキを吐き出してくれれば──その期待を裏切るように、足元の虚無がミツキを完全に取り込もうと手を伸ばしてきた。
「こいつ、吐かずに飲み込むタイプかよ……ッ!」
毒づきながらその場を飛び退き、流星の剣の武装完全支配術を発動させる。上に向かって逃げようとするミツキを逃すまいと、虚無はしつこく手を伸ばしてくるが──その手が、一斉に断ち切られた。
『彼の邪魔はさせない……!』
『彼には未来を託させてもらったのでな、引き留めるというなら、我ら暗黒騎士が相手になろう。今や燃え滓が残るのみだが、容易く押し通れるとは思わん事だッ!』
その声に下へ目を向ければ、闇色の鎧に身を包んだ屈強な壮年の男騎士と、彼に並び立つ黒髪の若い女騎士の姿が。幻のように輪郭を霞ませながら剣を振るう男騎士──シャスターは、ミツキを見上げると小さく笑みを作った。
『征け、剣士ミツキ!』
『世界の未来を、其方に託す!』
シャスターとリピア……2人の騎士に背を押されたミツキは、流星の剣に手を引かれて虚無の中をひたすら駆け上がっていく。その後ろ姿を見送った栄光ある暗黒騎士達は、満足気な顔でその姿を霧散させる。
そこにはもう、あの暖かな火は一片たりとも残っていなかった。
「ゥ……っぐ、ぬぅ……ッ!」
一方その頃──外界では、魂の核を刺激されたガブリエルが苦しんでいた。胸を押さえようにも、先程からしつこく絡みつく氷の荊が邪魔をしてくる。
何か……ナニカが、内側で暴れている。ガブリルを突き破って、外へ這い出ようとしている──その正体は、最早1人しか思い当たらなかった。
「ヴっ…ェオアアアアアアァァァ──!!!」
身動きも取れず、嘔吐くように叫びをあげるガブリエル。その苦しみが逆に作用したのか、凄まじい力で氷を割り砕き、まずはキリトを排除すべく腕を振り上げる──!
「──ユナイテッド・リリース・リコレクションッ!!!」
キリトが術式を結ぶと同時に、引き絞っていた旗槍が投擲される。それと呼応したかのように、ガブリエルの胸を突き破って1条の光が空へと躍り出た。
どちらも目指すは宙に集った眩い光。果たして、そこに辿り着いた瞬間──ダークテリトリーの空を、光の波動が駆け抜けた。
堪らず目元を覆い隠すガブリエル。指の隙間から僅かに見えたのは、光の中に浮かぶ2つの影だった。
あの無銘の旗槍は、かつて人界の平和を願う象徴であったとされている。永き時の中で朽ち果てていたソレは、実に300年以上もの時を経て人々の祈りを一身に受け取り、《星光の旗》と呼ばれていた在るべき
溢れんばかりの希望の心意を集めた星光の旗は、このアンダーワールドを守るべく戦っている剣士達に力を与えた。
満身創痍の黒衣の剣士の傷を瞬く間に癒し、両の手足に漲る力を。
そして、肉体を失った剣士には──新な肉体を。
星光の旗に集められた心意の中には、彼らの無事を祈る声が数多くあった。
直接肩を並べて戦うことは出来なくとも、彼らの力になりたい、彼らを助けたいという強い想いを抱く事しか出来なかった者達がいる。思うばかりで、力になれないと嘆いた者達が大勢いる。
この旗はそんな者達の想いに形を与えた──文字通り、想いの力が幾重にも束ねられ、本来あり得ざる現象さえも実現してみせたのだ。
光が収まり、まるで胎児のように体を丸めていた英雄が再誕する。
「──リリース・リコレクションッ!」
秘めたる記憶を解放し、刀身から7つの流星の欠片が分たれる。まるでダンスでも踊るかのように、少年を中心としてクルクルと回る欠片達に、星光の旗から7色の閃光が投げ渡された。
紅、緑、桃色、赤、藤色、水色、そして純白──色取り取りの光を受けた欠片達は、その形を変化させていった……
あるものは細身で緩く湾曲した片刃の刀剣に。
あるものは先端に重厚な刃を携えた大型の戦斧に。
あるものは頑強な盾すらも打ち砕く戦棍に。
あるものは小型ながらも鋭い切れ味を有する短剣に。
あるものは、目標の尽くを射貫く大弓に。
あるものは全てを刈り取る無情の大鎌に。
あるものは閃光の如き一刺しを繰り出す細剣に。
かつて遥か宙を駆け抜けた流れ星は、祈りを託した者達の「想い」を預かり、その願いを実現すべく、担い手の元へ集う。
肩を並べるは二刀を携えし黒衣の剣士。少年と同じ黄金の瞳が見据える先は、世界を喰らう死の天使。
「待たせたな、ガブリエル──」
「──第3ラウンド、付き合ってもらうぜ……!」
「……良かった。もう大丈夫だね、僕達の役目はこれで──」
「──これで終わりだ、なんて本当に思ってる?本音が顔に書いてあるわよ」
「で、でも……今の僕には剣も無いし……」
「何言ってるのよ──剣ならあるでしょ、まさか失くしたなんて言わないわよねぇ?」
「え……え、まさか、コレ……!?」
「何よ、不足だとでも言いたいわけ?折角私がコツコツ削って磨いて作ってあげたのに……」
「ああ、ごめんよ!そういうわけじゃなくて……!」
「ふふっ……じょーだんよ。心配しなくても折れたりなんてしないわ。だってその剣は、村で売ってるどの木剣よりも強いんだから!」
「……うん、そうだね。僕が何よりも1番大事にしていた剣だ。きっと青薔薇の剣にだって負けないよ──アインクラッド流の剣士として、師匠達に恩返しをしてくる」
「ええ──行ってらっしゃい、ユージオ!」
いよいよアリシゼーションもクライマックスになってきました。
頑張ります!