コーバッツ達とはそう距離も離れていなかったはずだが、彼らを追う道すがらリザードマンの群れと遭遇してしまった俺達は、止むなく戦闘を行っていた。
「せいッ!──この先にあるのはボスの部屋だけなんだろ?もしかして連中、もうアイテムで帰ってったって事はねぇか?」
リザードマン最後の1体を斬り伏せたクラインの言う事も分かる。俺達が覚えている限り、ここからボス部屋まではそう長くない。道中に寄り道をするようなルートも無く、終点直通の一本道だ。
ここまで来て影も形も見えないとなると、可能性は2つ。クラインの言う通り《転移結晶》で一足先に街へ戻ったか、或いは──
前者であると願いたい所だが、全員の脳裏に第2の可能性がチラついて仕方がない。
少し急ごう──俺がそう提案しようとした瞬間、悲痛な叫び声が奥地から響いてきた。それを耳にするなり、俺達は《風林火山》の面々を捨て置いて全速力で走り出す。
「あの馬鹿野郎──ッ!」
警告はした筈だ。この上なくハッキリと。にも関わらず
ボス部屋にたどり着いた俺達は、その中で繰り広げられていた地獄に目を剥いた。
部屋の中を渦巻く青い炎。こちらに背を向けた状態で仁王立ちする青い悪魔。そして──悪魔の前で膝を突く、《軍》の兵士達。数を数えてみるが、安全地帯で会った時より2人少ない。先に脱出したという事なのか。
「──何してる、早く《転移結晶》を使えッ!」
兵士達は圧倒的な攻撃力を持つボスの前になす術なく蹂躙されていく。キリトは早く緊急脱出するよう叫ぶが、
「だ、ダメなんだ!──
「まさか、《結晶無効化空間》……ッ!?」
何ということだ……よりによってボスの部屋にその罠が仕掛けられていようとは。これでは緊急脱出は勿論、《回復結晶》による全回復も出来ない。ポーションによる回復はジリジリと少しずつ回復していく仕様な為、全員HPを大きく減らしたこの状況では仲間が復帰する時間を稼ぐ者がいないのだ。
遅れて合流してきたクライン達も、いきなり飛び込んできた光景に言葉を失っている。状況を聞いたクラインは何とかならないのかと必死に考えを巡らせていた。
活路があるとすれば俺達だ。俺達が戦いに介入すれば、《軍》の連中を逃がす事は出来るかもしれない。しかしその後はどうする?《転移結晶》が使えない以上、完全に臨戦態勢となったあのボスから逃げるのは至難の業だ。背を向けた瞬間、あの大剣でアバターを叩き斬られることだろう。かと言ってこの人数で倒すなど以ての外。まだベータ時代の情報を当てにできた第5層のボス戦とは訳が違うのだ。
では誰か1人を街に帰して応援を呼んでもらうか?否、プレイヤーの数が増えれば増える程、安全面から行軍の速度は落ちる。このボスを相手取るのに十分な数のプレイヤーを集め、レイドを組み、この部屋に到着するまでに一体どれだけ時間が掛かるかも不透明なまま、間に合うのかも分からない応援を待つのは愚策だ。
「──我々解放軍に撤退の2文字はありえないッ!戦え!戦うんだ──ッ!」
結晶アイテムによる脱出が行えないこの状況で、2人数を減らしているという事の意味は最早語るべくもない。この期に及んでもまだ戦闘を続けるつもりのコーバッツは、残った兵達を集める。
「全員、突撃──ッ!」
セオリーも何もあったものじゃない、無謀を通り越してただの自殺行為に等しい一斉攻撃を仕掛けるコーバッツ。
向かってくる兵士達に、悪魔《グリームアイズ》は口から禍々しい瘴気を吐き出した──キリトの予想通り、やはり特殊攻撃手段を有していたらしい──堪らず足を止めた兵士達目掛けて、ライトエフェクトを纏った大剣が叩きつけられる。
舞い上がる粉塵の中、掬い上げるようにこちらへ投げ出された者が1人──リーダーの証なのだろう赤いスカーフを巻きつけたコーバッツだった。
「お、おい!しっかりしろ!」
キリトが駆け寄ると同時に、耐久力が限界を迎えたコーバッツのヘルメットが破損。その下に隠れていた彼の目が俺達を見た。
ありえない──そんな言葉を遺して霧散していくコーバッツのアバター。その瞬間、俺の脳裏では「あの記憶」が鮮明にフラッシュバックしていた。
コーバッツの死を悲しむ暇すら与えず、ボスは残った兵士達に剣を向ける。このままでは更に死人が増え続けるばかりだ。何か、何か手を打たなければ……!
「だめ──だめよ、もう……ッ!」
アスナの震える声を耳にした俺の手が、次第に槍へ伸びていく。
──止せ!
心の中で俺が俺を制止する。ここで出て行ったところで状況が悪化する可能性の方が高いのだ。動くにしてももっと冷静になれと。しかし浅い呼吸を繰り返す俺の頭の中は、既に死に際の「あの目」で満たされており──
「だめェ───ッ!!!」
「ッ───!!!」
──気付けば、俺はアスナと共に得物を抜いて駆け出していた。
「アスナッ!」
「ミツキッ!」
キリトとアリスは慌てて俺達の後を追う。クラインも仕方ないといった様子で後に続いた。
無防備なボスの背中目掛け、俺とアスナは全力の刺突技を見舞う。完全な不意打ちだったにも関わらず、ボスのHPは微量しか減らない。予め《軍》が削っていた分を合わせても、5割程残っていたゲージの1段目が4割5分になった程度だ。
幸いというべきか、それでもあの兵士達の攻撃よりは幾分か効いたらしく、青眼の悪魔は攻撃の矛先をこちらへと向けた。跳躍して未だ滞空中のアスナへは横薙ぎに振るわれた大剣が、地上の俺には尻尾として悪魔と同化している蛇の牙が襲いかかる。
蛇の噛み付きをステップで避けた俺だったが、一方のアスナは大剣こそ上手く受け流したものの、次いで襲い掛かる鉄拳には対応できず、大きく殴り飛ばされてしまう。間髪入れず大剣が突き入れられ、その間に2人の剣士が割って入った。
「キリトッ!」
「ああッ!──おおおおおッ!」
キリトとアリスはボスの剣を受け止めるのではなく、側面に刃を沿わせた。激しい火花を散らしながら全力で己が剣を支える2人の判断は功を奏し、剣の軌道を逸らすことに成功する。
「下がれッ!」
明確にダメージを貰ったアスナは一旦前衛から離脱、残ったキリトとアリス、俺の3人でボスの攻撃を捌いていくが──
「くっ……!」
ボスが剣を振る度にキリトの、アリスの、俺の体にダメージ痕が増えていく。俺は攻撃に逆らわず受け流すことでどうにか大ダメージは避けているが、俺よりも筋力寄りにステータスを振っているはずのキリト達でさえ完全には受けきれない。その上このボスは行動パターンに微妙なカスタマイズが施されているのか、繰り出す技はどれも大振りなのにタイミングが読みづらいのだ。お陰で防御に徹していてもこちらのHPはジリジリ削られていた。
「グルルルラゥッ──!」
「ぐッ……!ううううう……ッ!」
獰猛な唸り声と共に振り下ろされた大剣を、俺とキリトの2人掛かりで受け止める。どうにか止められたが、少しでも気を抜けば防御ごと崩されそうな凄まじい怪力だ。
「アリ、ス……ッッ!」
「ッ──!」
作り出した僅かな隙。ガラ空きの腹に、アリスが至近距離からの《ヴォーパルストライク》を叩き込む。片手剣スキルの中でも上位に位置する技をモロに食らった《グリームアイズ》は、ここで初めて怯んだ様子を見せた。HPバーがこれまでより大きく減少し、残り3割5分程になる。
「はぁ、はぁ……どうやら、腹は比較的攻撃の通りが良いようです」
「それが分かったのは収穫だがっ……これを続けるのは骨だな……ッ!」
「それでもやるしかない……ッ!せめてクライン達が《軍》の連中を全員避難させるまで、俺達で奴を釘付けにする!」
キリトの言う通り、こうなってしまった以上はやるしかない。何より俺には
現状取れる策としては、大剣を2人で抑え、残った1人が腹に攻撃を加えていくしかない。防御越しにもHPをジワジワ削ってくるボスの攻撃を出来る限り分散させるべく、俺達は目まぐるしく役目を交代しながら必死に攻撃を続けた。
そして何度目かの攻撃──ようやくHPバーの1段目がゼロになる。周囲を伺えば、ボスの背後──部屋の奥で倒れていた者達は着実に数を減らしていた。しかし中央で戦う俺達の位置も相まって、まだ全員退避には至っていない。
今はとにかく戦闘に集中を──ボスに視線を戻そうとした俺の視界が、ふとある物を捉えた。
「(アレは……剣、か?)」
その瞬間、脳裏にアリスの言葉が蘇る。
──壁に他の武器が仕掛けられている可能性──
瞬時に駆け巡った嫌な予感。それはすぐさま現実となった。
尻尾の蛇が2本に分裂し、左右の壁へ伸びる。そこに掛かっていた2振りの長剣を咥え込んだ蛇は、青眼の悪魔の新たな腕となって俺達にその刃を振り下ろした。
「(速い──ッ!)」
間一髪で防御に成功する。手応えからしてどうやら得物の重さは大剣に劣る様だが、その分速度が速い。加えてボス本体は人型の都合、まだ攻撃の軌道をある程度予測できたが、ユラユラと動く尻尾はいつどの方向から襲い来るかタイミングを掴みにくく、左右の俺とアリスはそれぞれ相対する剣の迎撃に集中を余儀なくされる。
そうなれば必然、中央で大剣を捌くキリトの負担も増える。パターン変化により1つの体で3本の剣を操るこの悪魔は、俺達を完全に押さえ込んでみせた。
「クソ、このままじゃ……ッ──!」
同時に振り下ろされた3本の剣を、それぞれ1本ずつ受け止める。長剣の方は軽いと言っても比較対象はあの大剣だ。油断すればガードを弾かれ、返す刃で痛撃を貰う事必至だろう。
「(使うしかないのか、
「アレ」はこれまで、決して衆目には触れさせまいとひた隠しにしてきたものだ。この際アスナやアリス、百歩譲って《風林火山》の面々はいいとしても、周りにはまだ《軍》の連中の目がある。全員の口に戸を立てられるわけでもなし、この状況で解禁してしまえば、もう隠し通せるものではなくなってしまう。
しかしこのままでは確実に死人が増える。《軍》の連中に限った話ではなく、俺達側からも犠牲者が出るかもしれない。
それは──それだけは、絶対にダメだ。
俺は《ビーター》だ。これまでも、これからも。今更投げられる石がたった1つ増える程度……ッ!
「……アリス。
逆側で同じく剣を受け止めるアリスは、俺の声に目線で反応する。同様にキリトも──こちらは俺の考えまで察したようだ。
「ッ……誰に向かって、言っているのです。私は──私は
いくらアリスとて無敵ではない。この悪魔の攻撃を凌ぐのは、彼女の技量を以てしても容易ではないだろう。それでも、気高き《姫騎士》は笑みを混じえて俺の頼みを聞いてくれた。ならば、全力でその心意気に報いるだけだ。
「──アスナ、クライン!頼む、アリスと3人で10秒持ち堪えてくれッ!」
こちらも覚悟を決めたらしいキリトと共に全力を振り絞り、俺達を上から押さえ込んでいた剣を弾き上げる。反撃の一太刀を、俺達は全力で後ろに跳んで回避した。
そこへアスナ達が横から飛び込み、決死の10秒間が幕を開ける。
ここからは一切のミスも許されない。ステータスウィンドウを開き、逸る気持ちを抑えながら装備フィギュアを操作。次いでスキル一覧からとあるスキルをメインスロットにセットした。
「──よし、いいぞッ!」
キリトの声を受け、アスナとクラインは両脇の長剣を
ギリギリで剣を割り込ませたお陰で致命傷ではないようだが、最奥の壁に叩きつけられたアリスのHPはレッドゾーン手前にまで達していた。
──これ以上、仲間を傷つけさせはしない!
「「──スイッチ!!」」
その思いを胸に俺達は飛び出す──背中に加わった、新たな重みへ手を伸ばしながら。
2振りの長剣がアリスを狙っていると見るや、俺は漆黒の片手剣に払われ、石畳の床に突き立った大剣を駆け上がる。悪魔の頭上を跳び越えざまに、背にした
振るわれた長剣を左右の槍で受け止め、そのまま滑るようにして剣の持ち手──柄を咥える蛇の頭を斬り付ける。視界の端で、ボスのHPが目に見えて減少した。どうやら腹だけでなく、尻尾の先端も弱点だったようだ。
ならば──ッ!!
両手の得物にライトエフェクトを纏わせ、俺はキリトと共に一気に反撃に出る──!
右の槍を突き入れ、外へ斬り払う。間髪入れず左の槍を勢いよく回転させると、その勢いを利用して斬り付けた。刺突を中心に斬撃を織り交ぜた流星群の如き怒涛の攻撃を、小さな弱点目掛けて叩き込んでいく──!
だが敵もやられてばかりではない。間隙を縫うように長剣が襲い掛かり、鈍色の刃が俺の肩や脇腹を斬り裂いた。
只でさえ紙装甲と言える俺とキリトは、ソードスキル発動中は完全な無防備を晒すことになる。きっと俺のHPは凄まじい勢いで減少していることだろう。しかし今の俺はその事すら意識の外に放り出していた。考える事は僅か3つ──
──もっと速く!──もっと強く!!──もっと的確に──ッ!!!
このスキルを発動した時点で、戦いは時間との勝負に切り替わった。俺達と
もっと速く動ける筈だ。もっと力強く振るえる筈だ。もっと、もっともっともっと──!掠る程度では意味がない、1撃1撃を正確に、全力で!──ただ一点を、斬り穿てッ!!
不意に視界がスパークしたかと思えば、俺の世界が灰色に染まる。一切の色を排した
水色と翠緑、2色の光芒が乱舞し、ボス部屋の中を駆け巡る。
「「う──おおおおおおおおおおッッッ!!!」」
獣のような雄叫びと共に、最後の一撃が繰り出される──!
──《二刀流》16連撃技《スターバースト・ストリーム》
──《双槍》15連撃技《メテオストーム・グランツァー》
実に31連撃にも上る攻撃を一身に受けた《グリームアイズ》は、壮絶な断末魔を上げながらその巨体を爆散させた。
「はぁッ…はぁ……ッ」
「ハッ…ハッ……」
これまでボスを撃破すれば必ず聞こえてきた大歓声は無い。ただ宙に浮かぶ《Congratulations!!》の表記だけが、俺達の勝利を静かに祝福してくれる。
しかし当の俺は眩む視界と酷い頭痛でそれどころではなく──程なくして、俺達2人は揃って意識を手放した。
何かに鼻先を擽られるようなむず痒い感覚で目を覚ました俺は、美しい碧眼とバッチリ目が合った。
「アリ、ス……?」
「……ええ。私です」
飾り気のない言葉を交わしてから、ゆっくり体を起こす。まだ視界はうっすらと霞がかっているし、頭の奥のズキズキとした痛みも消えていない。視界の左上に目を向ければ、俺のHPは僅か数ドット分しか残っておらず、今なら小石に躓いた程度でもポックリ逝ってしまう気さえした。
横には同じく倒れていたらしいキリトに涙ながらに抱きつくアスナがおり、周囲ではクライン達《風林火山》と、生き残った《軍》の兵士達が揃って心配そうな目でこちらを見ていた。
アリスから受け取った回復ポーションを飲み干し、視界のモヤを晴らそうと数回瞬きした所で、神妙な面持ちのクラインが進み出てきた。
「生き残った連中の回復は済ませたが……コーバッツと、あと2人死んだそうだ」
やはり犠牲者は出てしまっていたようだ。見れば、《軍》の1人が仲間の形見なのだろう剣を大事そうに抱えていた。
瞳を伏せたキリトが、思い出すように口を開く。
「……ボス攻略で犠牲者が出たのは、67層の時以来か」
「こんなのが攻略って言えるかよ。コーバッツの馬鹿野郎がッ……」
重苦しい空気に満たされるボス部屋。
「──そりゃそうと、おめぇらさっきのは何だよ?」
少しでも空気を明るくしようと、クラインが話題を切り替える。しかし俺達としては、そちらもそちらで中々難しい話であり……
「……」
「あー……どうしても、言わなきゃダメか?」
「ったりめぇだ!あんなん見た事ねぇぞ!」
元より覚悟はしていたつもりだったが、やはり言い逃れはできないらしい。
「……エクストラスキルだよ。俺のは《二刀流》で──」
「……こっちは《双槍》だ」
周囲が小さくどよめく。即座に出現条件を聞かれたが、分かっていればとっくに公開してる。と答えた。
「情報屋の最新スキルリストにも載ってねぇってこたァつまり……おめぇらだけの一点もの──《ユニークスキル》ってことじゃねぇか!水臭ぇなァ、こんなすげぇ裏ワザ黙ってるなんてよ」
「そりゃ、取得条件が分かってればすぐに言ったさ。こんなスキルを使える奴が増えれば、攻略組の大きな助けになる。けど俺もキリトも心当たりがさっぱり無い。気づいたらスキルウィンドウにあったんだよ」
キリトが俺に《二刀流》の存在を明かした時は、50層を攻略した頃に出現したと言っていた。あれから暫く考え、「50層ボスのもう1つのLAボーナス」という可能性にも思い至ったが……いくらクォーターポイントのボスといっても、只でさえ強力なLAボーナスが2つというのは流石にゲームバランスが崩壊しかねない。とキリトに否定された。
斯く言う俺の《双槍》も発見時期はそう違わず、立て続けに出現したユニークスキルに2人揃って首を傾げることしか出来ずにいたのだ。
「確かに、ネットゲーマーってのは嫉妬深い連中が多いからなァ……俺みたいに人間の出来てる奴ならまだしも、妬み嫉みはそりゃあるだろうなぁ」
同感だ。俺だってSAOがデスゲームでさえなければ──いや、デスゲームとなった今の状況でさえも、こんなスキルを持つ者がいると知ったら多少なりとも羨ましいと思う。それはきっとゲーマーという人種に付いて回る、一種の呪いの様なものなのだ。
「それにおめぇらの場合は──なぁ?」
クラインが《風林火山》の仲間達に何やら意味ありげな視線を投げかけると、皆揃って俺達4人を生暖かい目で見てくるではないか。
「な、何だよ……?」
「いーや?まぁその辺の苦労は修行の内と思って、頑張りたまえ。若者よ」
そう言って話を締め括ったクラインは《軍》の兵士達に今回の事をしっかり上に報告し、同時に二度とこんな真似はするなと伝えるよう言いつける。
疲れてヘトヘトの俺達に代わり転移門の
「──キリトよ。おめぇが《軍》の連中を助けに飛び込んでった時なんだけどな」
「ああ……?」
「なんつーか──嬉しかったよ。……そんだけだ、じゃあな」
小さく鼻を啜ったクラインは、こちらには顔を向けずに去っていく。
俺達も帰ろうと言いたい所だが、アスナはまだキリトと一緒に座り込んだまま動こうとしない。
キリトの勧めで俺とアリスは一足先に迷宮区を後にする事にし、アスナへ一声かけた後にボス部屋を出て、《転移結晶》で街に戻るのだった。
1人でも大丈夫だと言ったのだが、「また道中で倒れたらどうする」というアリスの言葉に何も言い返せなかった俺は、大人しく《ダナク》まで同行してもらっていた。
「……もう《圏内》なのですから、槍を仕舞ってはどうです?身軽になれば少しは楽でしょう」
「……そうだな」
鎧を解除する彼女に倣い、槍をストレージに格納する。彼女の言う通り身軽になった体を大きく伸ばした俺は、寄り道せずにまっすぐ家路に着くのだった。
「──送ってくれてありがとな。じゃあ、お疲れ。アリスもゆっくり休めよ」
ご丁寧に家の前まで付いて来てくれたアリスに挨拶するも、返事が無い。いつもなら別れ際に「夜更しせず寝るのですよ」的な事を言ってくるのだが……
彼女もやはり疲れているのかと訝しみつつドアに手を掛けた俺は、不意に背中に小さな衝撃を感じた。
「……アリス?」
後ろを見てみれば、俺の背中にもたれる様にして、アリスがぴったりとくっついていた。
「おい──」
「──少しだけ」
俺のジャケットを握るアリスの手にキュッと力が入る。
「少しだけ、こうさせてください……お前の鼓動を感じていたいのです」
皆の前ではいつも通りに振舞っていたアリスも、内心では不安だったという事か。人通りの少ない場所を寝床に選んでいたお陰──というのも変だが、この状況を誰かに見られる心配は多分無い。背中越しにアリスの温かさを感じながら、俺は暫くその場に立ち尽くすのだった。
ミツキがリズに槍を作ってもらう時、「十字とか三叉はだめ」と言っていたのは、《双槍》使用時は片手で槍を操ることになるため、引っかかって事故る危険性を考えた結果、横方向に出っ張った形状を嫌ったからというわけでした。