ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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最強の称号

 噂というのは、得てして広まるのが早いものだ。誰かが飲みの席でポロリと漏らした些細な話が、人から人へ伝わっていく。

 そして噂というのは、広まるに連れてどんどん尾ひれが付いていくものでもあった。

 

《軍の大部隊を壊滅させた青い悪魔!それを僅か2人で撃破した新たな《ユニークスキル》使い!二刀双槍の100連撃!》

 

 昨日俺達がボスを倒してから、こんな一文がでかでかと掲げられた新聞が出回るまでにかかった時間、推定約10時間。

 なんだそんなに短いわけでもないじゃないかと思ったかもしれないが、寝て起きたら家の前に見知らぬ人々が詰め掛け、慌てて閉じたドアを鬼ノックされる恐怖を味わえばそんな事は言えなくなるだろう。改めて「他人の口に戸は立てられない」とはよく言ったものである。

 

 この日、俺は秘密という秘密を全て墓場まで持っていく覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──相変わらず寒いな、ここは」

 

 55層主街区《グランザム》のKoB本部。以前も訪れたことのあるこの場所に、俺はまたも呼び出されていた。

 しかし、どちらかというとアスナからの個人的な呼び出しに近かった前回とは違い、今回は俺の胃(勿論仮想の、だが)をキリキリと締め付ける嫌な緊張感が付きまとっている。

 

「しゃんとなさい。下手な隙を見せれば、議会の狸共の格好の餌です」

 

 俺を本部まで連行、もとい付き添ってくれたアリスに言われ、小さな気合と共に背筋をピンと伸ばす。聞けば、KoBの議会の連中は攻略よりも組織強化に目が行きがちらしく、ともすれば《軍》と然して変わらないという。

 

 今日も今日とて見張りが立っている正門をくぐり抜け──今度は通せんぼされずに済んだ──ほんの数日前も通ったはずの長い廊下を進んでいく。俺とアリスがデュエルした修練場行きとは別の道を曲がり、これまた長い廊下に面した一際大きな扉の前で、アリスは足を止めた。

 

「準備はいいですか?」

 

「……ああ、行こう」

 

 俺の言葉に小さく頷いたアリスは、ノックしたドアを押し開ける。その中──Kob本部会議室へ足を踏み入れると、厳かな雰囲気が俺を包み込んだ。

 

「団長、彼を連れて参りました」

 

「ご苦労、アリス君。──急な呼び出しに応じてくれた事を感謝しよう。こうして直接話をするのは50層以来かな、ミツキ君」

 

「……いえ。67層ボス攻略の時、少しだけ」

 

 議席の中央に腰を下ろす赤いローブの男。彼こそはKoBの団長である《ヒースクリフ》──今日、俺をこの場に呼びつけた張本人である。

 

「ああ、そうだ。キリト君と一緒にいた君へ挨拶だけさせてもらったな」

 

 小さく笑うヒースクリフ。彼を一言で表すのなら「よくわからない」といった所か。有力なプレイヤーを見定める目、多くの団員を従えるカリスマ性と指揮能力、そして本人の戦闘能力と、攻略組トップギルドの団長に相応しい資質の欲張りセットのようなこの男だが、その内面を知る者は殆ど──このアインクラッドに1人もいないのではなかろうか。

 

「……それで、俺に何の用ですか?」

 

 言外に「無駄話に付き合うつもりはない」と宣言した事で、1つ咳払いをしたヒースクリフは本題に入る。

 

「では単刀直入に言おう──ミツキ君、KoBに入りたまえ」

 

 やはりか──そんな所だろうとは思っていた。

 

「以前もお断りしたはずですが」

 

「あの頃とはまた状況も違うだろう。長らく私のみだったユニークスキル使い、それも現攻略組でトップクラスの実力を有している君達を無所属で遊ばせておける程、我々も戦力的余裕はない。最強ギルド等と呼ばれているが、その内情はギリギリなのだよ」

 

「……つまり、今いる連中が思ったより使い物にならないから俺にその穴埋めをしろ、と?」

 

 突然発せられた俺の侮蔑的な言葉に、横のアリスは驚いたような顔をする。俺を囲むように座っている議会の面々も、不快そうに顔を顰めた。

 

「……そのように聞こえたかな?」

 

 ヒースクリフは涼しい顔でそう聞き返してくる。

 

「確かにギルドの構成人数で言えば聖竜連合(DDA)の方が多い。それでもKoBが最強と言われているのは、数より質を重視したメンバー選考を行っているからだな。ヒースクリフ、他でもないアンタ自身の目で」

 

「その通りだ」

 

「だが、今や100人以上が所属してる筈のこのギルドの中で、実際にボス戦で見るのは10人前後、それも大体決まった顔だ。フロアボスだけじゃない、クエストやフィールドボス戦ですら、ここ数層で見た新顔はたった3人──ステータスはともかく、ボスと渡り合えるだけの経験が不足しているからじゃないのか?」

 

「貴様ッ!我々が遊んでいるとでも言いたいのかッ!?」

 

「アスナの護衛の件はどう考えてる?あの男は護衛役として俺達の攻略に同行するんじゃなく、アスナを本部に連れ帰ろうとしたらしいぞ。これこそまさに、優秀なプレイヤーを遊ばせてるだけに思えるが」

 

「ふっ、副団長は多忙な役職なのだッ!ソロでダラダラと遊び呆けているお前のような輩と一緒にするなッ!」

 

「なら、ダラダラと遊び呆ける俺は入らない方がギルドの為だな。失礼させてもらう」

 

「──まぁ待ちたまえ」

 

 議会の1人が怒った勢いに乗じて踵を返した俺だったが、ヒースクリフに呼び止められてしまう。

 

「今の礼を失する発言は謝罪しよう。クラディールのようにギルドの名に胡座をかき、己の研鑽を怠る団員が一定数いるのも残念ながら事実だ──しかしだからこそ、君に入ってもらいたいのだ。ソロとして攻略の最前線で戦ってきた君の知識と経験を、我々に教示してはくれないだろうか」

 

 つまり、本格的に団員のスキルアップを図る方向に舵を切ったということなのだろうか?それならそれで大いに結構だが、問題はまだある。

 

「……《ビーター》の俺やキリト(アイツ)を入れた所で、余計な争いの種が増えるだけだ。この事を決めた時、横に居る連中の誰かは言った筈だぞ──『気は確かか?』ってな」

 

 図星だったらしく、議会の面々は押し黙る。

 いくらヒースクリフの決定とはいえ、上層部だけで勝手に話を進めれば、末端メンバーから確実に不平不満が出る。その結果ギルドが割れるような事になれば本末転倒だ。

 

「ヒースクリフ、ここにいる議会の連中すら説得出来ていないアンタにギルド全体の手綱が握れるか?悪名高い《ビーター》と肩を組むどころか教えを乞えという命令に、団員全員を心の底から納得させられる方法を考えついているとでも?」

 

 仮に俺がKoBに入ることになったとして、「皆仲良くしろ」と言われたらその通りになる確率は限りなくゼロに近い。第1層攻略から時が経った今でも《ビーター》への風当たりが弱まる事はなく、ことエリート意識の強いKoB団員が俺達を歓迎しないであろう事は以前のクラディールや一般団員達の反応を見れば明らかだ。

 

「俺もキリトも、アンタのギルドに箔をつけるアクセサリーでもなければ、客寄せパンダになる気もない」

 

 話は平行線。筋の通った反対理由を掲げる俺の方がやや優勢といった所か。

 

「──すまないが、皆外してくれ。彼と2人で話したい」

 

 ヒースクリフの指示に従い、議会の連中は渋々部屋を出ていく。最後にアリスが心配そうな視線を残して扉を閉じ、会議室には俺とヒースクリフだけが残される。

 

「いやはや、君は周囲をよく見ている。先程の言葉の数々、団長として耳が痛い限りだ」

 

「……アリスやアスナから聞いたよ。アンタ、最近はギルドの運営から何まで部下に一任してるそうだな。唯一動くのはボス戦だけ」

 

「そうだな……私がKoBを立ち上げた時より、規模も随分大きくなった。情けない話だが、君の言う通りその全容を逐次把握できている訳ではない。だが私としても、力ある者をKoBに招く事を止めるつもりはない。ここから先、戦いは激化の一途を辿っていくだろう。それに対抗する為には、攻略組が文字通り一丸となる必要があると、私は考えているのだ」

 

 文字通り──強調されたその言葉で、俺はヒースクリフの目的に1つの予測を立てる。

 

「……攻略組のプレイヤーを全員KoBに引き入れるつもりか?」

 

「最終的にはそれが目的と言っていい。尤も、現時点で結成されているギルドを解散させようとは思っていない。聖竜連合を始めとする諸ギルドとは、同盟という形で手を結ばせてもらうつもりだ」

 

 手始めに、誘いやすいソロプレイヤーである俺とキリトに再び声をかけたということか。《ユニークスキル》の発覚は彼にとって良い切っ掛けとなってしまったようだ。

 

「ミツキ君。私に次ぐ2人目、3人目のユニークスキル使いとなった君とキリト君は、いずれ1つになる攻略組の象徴足り得る存在だと私は認識しているのだよ。──毛利元就の《三矢の訓え》は知っているかな?」

 

『1本の矢は簡単に手折れてしまうが、3本束ねれば折れることはない』──1人の力は弱くとも、力を合わせれば何者にも負けることはない。という意味で知られる有名な逸話だ。奇しくも今の俺達と重なる部分がある。

 

「だが束ねた中に毒矢があれば、その毒は他にも伝染していく──毒は時として薬にもなると言うが、そう思わない奴にとって、毒はどこまで行っても毒でしかない」

 

「──ならば示したまえ」

 

 静かに、それでいて力強く放たれたヒースクリフの言葉に、俺は思わず構えそうになった。

 

ビーター(自ら)を毒と表し、それ故に他者と関わる事を拒むのなら、《双槍》を以て示せばいい。君やキリト君が、毒であることを知って尚受け入れるに値する存在なのだと──ミツキ君、私とデュエルをしよう」

 

 ヒースクリフが提示したのは2つ──

 

 奴が勝てば、俺はKoBに入る。

 

 そして俺が勝ったなら、二度とKoBへの勧誘はしない事に加え、《ビーター》への偏見が少しでも緩和するよう計らってくれるという。

 

「──どちらに転んでも、周囲の君達に対する認識は間違いなく変わるだろう。勿論、君が戦いで手を抜くような真似をしなければの話だが……悪い話ではないと思うがね?」

 

 実力ならばアリスとの戦いでも示したと思うが、今回の相手はあの《聖騎士》ヒースクリフだ。その実力の程は俺も直接目にしている。

『ヒースクリフの盾を貫く矛なし』──攻略組に多大な被害を齎した50層ボス戦に於いて、たった1人で壊滅寸前だったレイドが復活するまでの10分間を支えてみせた生ける伝説なのだ。

 そんな男に勝利できたとあれば……そして彼自身が便宜を図ってくれたならば、少なくともKoB内で俺やキリトに対する偏見の目はかなりマシになるかもしれない。

 

「……いや、だが待て──俺が勝てば、KoBは最強ギルドが一転してビーターに負けたギルドの汚名を被る事になるんだぞ!あんたはそれでいいのか?」

 

「私は何も、最強を目指してKoBを作ったわけではない。君を引き入れるには必要な対価と考えている。それに──もう勝った気になられるのは、私としても面白くないのだがね」

 

 鋼のような眼力が俺を真っ直ぐ貫いたような気がした。あの目は……楽しんでいる目だ。ゲーマーという人種の根底に根ざす「力を示したい」という気持ち──SAOでは往々にして強者との戦いに向けられるその欲望を、彼もまたあの涼しげな表情の裏に隠していたというのか。

 

 たった1人のユニークスキル使いとして名実共に孤高の最強として君臨していたあの男に並び立つ存在が現れた。それが俺とキリトだと言うのなら、こちらもまた1人のゲーマーとして、その頂に挑むべきなのだろう。

 絶対と言われるあの男の盾を貫けるかどうか──そんな考えが、俺の胸に炎を灯す。

 

「──分かった。そのデュエル、受けて立つ。勝ってアンタを《最強》から引き摺り下ろしてやるから覚悟しておけ」

 

 交渉成立、とばかりに小さく笑ったヒースクリフは、部屋を出ていこうとした俺の背中に声を投げた。

 

「これはKoB団長としてではなく、ただの年長者としてのアドバイスだ──責任感が強いのは結構だが、他者からの恨み節ばかり背負い込むのは感心しない。君達が、自分のせいで多くのプレイヤーが死んだことを事実として受け止めるなら、君達のお陰で救われた者が存在するという事実も素直に受け止めるべきだ」

 

「……俺を懐柔して、戦わずして勝つつもりか?」

 

「まさか。私はただ、未来の英雄が潰れていく様を見たくないだけさ」

 

「英雄、ね──忠告どうも。気に留めておくよ」

 

 会議室を出ると、ずっと待ってくれていたらしいアリスが俺を迎えてくれた。横には同じくヒースクリフに呼び出しを食らったらしいキリトとアスナの姿もあり、彼も俺と同じ提案をされ、そして俺と同じ結論になるのだろうと少々気の毒に思う。

 

 入れ替わりで議会連中共々会議室に入っていった2人を見送った俺は、アリスに事の顛末を話した。

 

「団長との立ち合い、ですか……」

 

「まぁ正直断る手もあったんだが……あの条件を出されちゃな」

 

 聞けば、アスナは暫くキリトと行動を共にするべくギルドを休もうとしているらしい。もしそれが現実になれば、麗しの副団長をかっ攫ったビーターという構図が出来上がる。

 このことを知った以上、俺は尚更勝負を投げ出すわけには行かなくなった。最強ギルドの団長様直々に《ビーター》へのヘイト緩和策を打ってもらわなければ、キリトの生活の安寧が危ぶまれる。

 

「では、微力ながら私も協力します」

 

「協力?」

 

「流石に団長の剣を模倣して仮想の相手となる事は出来ませんが、《神聖剣》の剣技を目にした回数はお前より多いですから。事前に知っておくだけでも、対処は幾分楽になるはずです」

 

 アリスの申し出をありがたく受け取り、来るデュエル当日に向け、俺はヒースクリフの情報を出来る限り頭に詰め込むのだった。

 

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