ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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全く関係ないですが、先日ようやっとガンダムSEED FREEDOMを見てきました。
私の見たかったシンとデスティニーの勇姿がそこにはあった。ありがとうございます。今度また見に行こ…


修羅へ誘う嗤い声

 第75層主街区《コリニア》──中世ローマを彷彿とさせる石造りの街は、所謂《街開き》の熱に満ちていた。

 74層を突破してから僅か2日しか経っていない事を考えればそれも頷けるが、今日はこの熱狂に更なる油を注ぐイベントが企画されている。

 

 

 ──最強騎士《神聖剣》ヒースクリフvs《二刀流》キリト&《双槍》ミツキ──

 

 

 俺達のKoB入団を賭けたヒースクリフとのデュエルは、いつの間にやら街のシンボルたる闘技場を舞台とした一大イベントに姿を変えていたのだった。

 

「あー、これは多分経理のダイゼンさんの仕業かなぁ……」

 

「あの守銭奴……!」

 

 どうやら賭けまで行われているらしく、苦笑いするアスナの横で、アリスはうっすらと青筋を立てる。その前方では、俺とキリトが口をポカンと開けて立ち尽くしていた。

 

「……ミツキ。どこに転移すれば、誰にも見つからないと思う……?」

 

「そうしたいのは、山々だがなぁ……」

 

 ここで逃げ出せば、俺達の名誉回復どころか一層の悪評が付いて回ることになるだろう。俺がデュエルを受けた理由からして、そういう訳にもいかない。

 この世界に囚われる以前、ニュースなどでよく見た野球場が丁度こんな感じに人でごった返していたなぁ…等と現実逃避気味に考えながら、俺とキリトは控え室に案内されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──いい?いくら初撃決着のルールでも、2人の装備で攻撃をモロに喰らったら危ないんだからね。まずいと思ったら、すぐ降参すること!」

 

「分かってるって……」

 

 控え室とは名ばかりの廊下に設えてある木製のベンチに腰かけた俺達は、アスナから念入りに釘を刺された。

 

「……キリトの《二刀流》とミツキの《双槍》──どちらも次元の違う強さである事は承知しています、しかしそれは団長の《神聖剣》も同じ事。私やアスナも一度として突破できていないあの鉄壁の防御をどう攻略するつもりですか?」

 

 磐石の防御を誇る相手への対策としては、防御が追いつかない程の速さで押すか、防御を崩す程の力強い一撃で押すかの二択になるのだが、前者はアスナが、後者はアリスがそれぞれ得意とするところであり、そのどちらも《神聖剣》を突破するには至らなかった。数々のフロアボス相手に一度としてHPをイエローゾーンに到達させなかったヒースクリフ相手には、小手先のフェイントなど通用しないだろう。

 

「こういう時は変に考えて動くより、持ち味を活かして戦うのが吉だろ。まぁ何とかするさ」

 

「呑気な事を……ですが、今回に限ってはミツキの言う通りかもしれません」

 

「ま、そーゆうことだ。とにかく全力で戦って、勝つだけさ──行ってくる」

 

 メニューを操作して白い片手剣を装備したキリトは、先陣を切って決闘の場に赴く。俺達もその後を追い、闘技場の出入り口で黒衣の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 熱狂の中行われたキリトとヒースクリフのデュエル。その結果は──キリトの敗北だった。

 デュエル開始から二刀を駆使してヒースクリフを猛撃したキリトは、最初こそ《神聖剣》の防御力に舌を巻いていたが、次第に攻撃速度で上回り始める。満を辞して繰り出された16連撃《スターバースト・ストリーム》──その最後の一撃が、大きく盾を弾かれたあの男の身体に届く──キリト自身は勿論、俺も、その横で一緒に戦いを見守っていたアスナとアリスもそう思った。

 しかしヒースクリフの盾は尋常ならざる速度で引き戻され、なんと16連撃を防ぎきる。そのまま技後硬直で動けないキリトに一撃を見舞い、決着となったのだった。

 

「キリト君でも、敵わないなんて……」

 

 呆然と呟くアスナ。俺も思いは同じくしているつもりだが、何かが胸の中に引っかかる──そんな奇妙な感覚を覚えていた。

 

「……悪い、負けちゃったよ」

 

 設けられた10分のインターバル。控え室に引っ込んだキリトは、開口一番アスナに謝った。しかし当のアスナは勿論、俺もアリスもキリトを叱責するようなことはなく、一様にいい戦いだったと賞賛の言葉を送る。

 

「──にしても、改めて見ると予想以上だな。実際戦った感じ、どうだった?」

 

「そうだな……噂通りのすごい防御力だったけど、決して倒せない相手じゃない……と思う。まぁ、俺達みたいなユニークスキル持ちって前提ありきだけどさ。盾を使った攻撃も、そうと分かっていれば対処は出来るはずだ」

 

「確かに、傍から見てもキリトの剣は団長に引けを取らない──それどころか一時的に上回っているようにすら思えました。あれ程の激しい攻撃を絶え間なく浴びせることができれば、勝機も見えるかもしれません」

 

「両手に武器持ちの腕の見せどころ、か……簡単に言ってくれるなぁ」

 

 2つの武器を同時に操るという点は《二刀流》と同じだが、槍と片手剣では取り回しの面で大きな差がある。キリトと同じことをするなら、相当頑張らないといけなさそうだ。

 

「──そろそろ時間よ。頑張ってね、ミツキ君」

 

「頼むぜ、俺の仇を取ってくれ」

 

「任せろ。その代わり骨は拾ってくれ」

 

 キリトと軽いジョークを交わし、拳をぶつけ合う。

 

 最後にアリスと小さく頷き合い、背中に2本の槍を携えた俺は熱狂の渦へ身を投じた。

 

 闘技場の中央で、俺とヒースクリフが向かい合う。

 

「ふぅ……流石に君達2人と連戦は堪える。キリト君との戦いもギリギリだった、今度こそ負けてしまうかもしれないな」

 

「……ジョークってのは表情が作れてないと嫌味にしか聞こえないからな。覚えとけ」

 

「ふむ、気に留めておくとしよう──雑談はここまでにして、始めようか」

 

 キリトの時と同じように、ヒースクリフがデュエル申請を飛ばしてくる。それを受諾し、ルールオプションで《初撃決着》を選択すると、俺達の間にデュエル開始のカウントダウンを刻むメッセージが表示される。

 

 俺は背中から、奴は手にした盾から得物を抜き、構える。

 

「──この戦いに勝ったら、ちゃんと覚えてるだろうな?」

 

「無論だとも。全力で来たまえ」

 

 俺は思考のレバーを戦闘状態へシフトさせると、戦いに不要なものを順次意識から排除していく。

 周囲の喧騒が次第に耳から遠ざかっていき、終いには客席自体が視界に入らなくなる。続いて()()()()()()という意識──これも要らぬ緊張の元になるので排除。

 

 意識のチューンを終える頃には、カウントは3秒前となっていた。

 

 

 ──《DUEL!!》──

 

 

 戦いの開始を告げるブザー音が鳴り響くと同時に一瞬だけ観客達の声が盛り上がったが、それもすぐに静まった。

 真っ先に突っ込んでいった先のキリトと違い、両者共に動いていないからだ。

 

 俺もヒースクリフも、ジッと相手を見据えて動かない。その状態がおよそ10秒~20秒程続いた。

 

 客席から「早くしろー!」「寝てんのかー!?」等と野次が飛ぶが、俺の意識には一切届いていない。

 このまま待っていても千日手だと判断した俺は、構えを解いてゆっくりと歩き出した。対するヒースクリフも、少し驚いた顔をしてから、同じようにこちらへ歩み始める。

 

 1歩、また1歩と、両者の距離が詰まっていく。そしてある地点でその足は止まった。

 ここから1歩でも前に踏み出せば、俺の槍の間合いに入る。同時にヒースクリフから見ても、盾による打突攻撃の射程圏内だ。

 

 俺と奴の視線が交錯し──次の瞬間、槍と盾が激しく打ち合わされた。

 

「ッ──!」

 

 盾に阻まれた右の槍は引き戻さず、そのまま手を滑らせて穂先の根元を握り直す。同時に一気に距離を詰めた俺は、同じく短く持ち直していた左の黒槍を振り上げた。黒い刃は十字剣に受け止められ、各両手で4つの得物がせめぎ合う。

 

 ヒースクリフが盾を左に傾け、その表面に沿って槍は外へ逃げていく。すると俺の体も前へと倒れ込むことになり──十字盾の横面が俺の顔面を出迎えた。

 

「くっ──!」

 

 寸での所で踏みとどまった俺は、前に突き出された盾を()()()()()。俺の貧相な脚で威力を殺せるはずもないが、押し出された盾の力を利用して後方に跳び、距離を取った。

 

「……ふむ、キリト君に負けず劣らずの反応速度。咄嗟の機転も効くか──ますます我がギルドに欲しくなった」

 

「そりゃどうも──ッ!」

 

 今度は同時に地面を蹴り、真っ向からぶつかり合う。右の槍で繰り出す攻撃は尽く奴の盾に阻まれ、逆に十字剣の攻撃は俺の左の槍が尽く打ち払い続けた。

 一見膠着状態に見えるこの状況だが、俺には一縷の望みがある。そして恐らく、奴はそれに気付いていない。この望みを勝機へと変えるには、奴を防御に徹させなければ……ッ!

 

 奴とて人間。両手と頭をフル回転させるこの攻防を続ければ、嫌でも限界が訪れる筈だ。その限界──恐らくシールドバッシュでブレイクポイントを作るその時が勝負。それまで絶対に気を抜くわけには行かない。

 

 視野を広く持て、奴の一挙手一投足から目を離すな。もっと攻撃のスピードを上げろ、もっと強く奴の剣を弾け!

 

 もっとだ、もっともっともっと──!

 

 俺の世界から色が抜け落ちていく。俺の世界から音が遠ざかっていく。槍の間合いを超えた至近距離でひたすら武器を振るう無音の攻防がスローに引き伸ばされていく。この状況ならば──!

 

 俺はここで、手数で並ばれている都合使用していなかったカウンターを攻防に織り交ぜ始めた。右の槍は絶えず攻撃を続け、奴の剣を受ける左の槍を巧みに操って攻撃を()()()いく。

 流石というべきか、僅か数回の打ち合いで俺のカウンターの性質を掴んだらしいヒースクリフは、威力を抑えるのではなく、カウンターで受けづらい刺突攻撃にシフトし始めた。だがまだ甘い──!

 

 繰り出される銀色の切っ先を全て打ち払う。極度の集中状態且つ、アインクラッドで最速といっていいアスナの剣を何度も見ている俺にとって、奴の突きはあくびが出るほど遅く見えた。

 次第に左の槍はカウンターではなく、奴の攻撃を出だしから潰す形になっていく。俺の反応速度が奴のそれを上回っているのだという事を実感する間も無く、ついに待っていた瞬間が訪れた。

 

「──ぬんッ!!」

 

 巨大な十字盾を横に構え、シールドバッシュの構えを取る。奴の盾が突き出されるより早く──俺の槍に光が灯った。

 

「おおおおおおおお──ッ!!」

 

 双槍15連撃《メテオストーム・グランツァー》──絶えず降り注ぐ流星群の如き連撃が、純白の盾を押し返す。この15連撃が終了するまで奴は防御に徹する他ない。同時に、俺もこの15連撃に全力を注ぐ必要がある。

 

 

 4──5、6──!

 

 

 左右の槍から繰り出される刺突、斬撃──その力の全てを余すことなく盾に叩き込んでいく。

 

 

 8──9──10!

 

 

 残り5連撃に差し掛かった辺りで、微かに手応えが変化する。以降攻撃を加える度にその手応えは大きく、確かなものになっていき、同時にヒースクリフの表情にも変化が見られた。

 

 ──今更気づいても遅いッ!

 

 

「(いける──ッ!!)」

 

 

 そんな確信と共に、最後の一撃である全力の刺突を繰り出す──ッ!

 

 

 が、突如として俺の──いや、奴の世界が停止した。

 時間を削り取られた、とでも言うべきだろうか?まるで映像をコマ送りにしたかのように、空間の連続性を断ち切ってヒースクリフの身体が横へ流れた。

 

 俺の最後の一撃はむなしく空を切り、翠緑の光芒が粒子となって散っていく。鮮やかな赤い光を湛えた刃が、俺の体をしっかりと斬り裂いた。

 

 ここまでの攻防でお互いHPはジリジリと削られていたらしく、ギリギリ緑色だった俺のHPバーは黄色く染まり、同時にデュエル決着を告げるブザー音が音高く鳴り響いた。

 

「はぁ…はぁ……ッ──!」

 

 今、何が起こった?──頭の奥の痛みに顔を顰めながら、地に伏した俺を見下ろすヒースクリフに目をやる。敗者に向けた言葉は無い。ただ勝負が始まる前とは一転して、油断ならない相手に向けるようなキツイ視線を残し、紅の聖騎士は立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ──裏へと引っ込んだヒースクリフは、ふと耳に入ったパキッという音に足を止める。左腕に携えた盾に目をやると……

 

 2人のユニークスキル使い達の猛攻を防ぎきってみせた十字盾に、大きな亀裂が入っていた。

 

 連戦に耐えかねた、というわけではない。数々のフロアボスの攻撃を受け止めてきたこの盾は、同じユニークスキル使いであろうとそう易々と壊せるものではないと自負している。タイミングを考えるなら……やはりあの二槍使いの少年だろう。

 

『ヒースクリフの盾を貫ける矛なし』──どんなに強力なモンスターも、どんなに強いプレイヤーも成し得なかった偉業。

 

 にわかには信じ難いが、盾に阻まれる攻撃の全てを一点に重ね続けるという離れ業を以て、彼はこの盾を文字通り貫かんとしていたのだ。現に、あの15連撃最後の一刺しを防御していれば、ヒースクリフは盾諸共あの灰色の槍に貫かれていたことだろう。

 

「存在しないはずの2人目の英雄──よもやこれ程とは」

 

 

 

 

 

 

 2日後──臨時の避難場所として使わせて貰っているエギルの店の2階に顔を揃えた俺とキリトを、アスナとアリスが訪ねてきた。理由はもう分かりきっている。アスナから受け取ったアイテムを装備した俺達は、鏡に映った自分の姿を見て絶句するのだった。

 

「………」

 

「いつまでむくれているのです。アスナも似合っていると言っていたではないですか」

 

「そこじゃない。いや、それもあるけど──」

 

 今やすっかり見慣れたあの灰色のジャケットではなく、目が痛くなりそうな純白に赤の十字が染め抜かれたKoBユニフォームに袖を通した俺は、アスナを除く3人でKoB本部に向かっていた。

 

「……団長に敗北したこと、まだ根に持っているのですか?お前らしくもない」

 

「だってさぁ……もう少しだったんだぞ?最後の1発が当たってれば、絶対──」

 

「それは何度も聞きました。納得がいかないのなら、また挑めばいいでしょう。いつまでも敗北を引き摺るなど、みっともない真似はよしなさい」

 

 尚もぶーぶーと文句を垂れる俺に、横を歩くキリトが小さく笑う。

 

「でも、俺との戦いで付いた傷が切っ掛けであいつの盾をぶっ壊す一歩手前まで行ったって考えると、俺だって悔しいよ。こういう気持ちはアリスだって分かるんじゃないか?」

 

「それはまぁ……そうですが──ん、アスナ?」

 

 先頭を歩くアリスの言葉に顔を上げると、遥か前方の正門前で、綺麗な栗色の髪が風に揺れているのが見えた。先んじて本部に向かっていたアスナだ。

 

「お待たせしました、アス──何か、あったのですか?」

 

 アスナは先程の俺に勝るとも劣らぬ不機嫌そうな顔で、議会からの通達を俺達に伝える。

 

「……ギルドの決まりでね、新しく入った人は皆、各ポジションの隊長の訓練を受けることになってるの。実力を測る為のテスト、みたいな感じなんだけど」

 

「……この2人にもそれを受けさせろ、と?」

 

 声もなく頷いたアスナに、アリスも呆れたように顔を覆った。

 

「実力なら団長とのデュエルで見たはずだし、そんな必要ない。って私も言ったんだけど……ルールだからって押し切られちゃって──2人ともごめんね」

 

「……その訓練とやらは、この1回だけか?」

 

「うん。流石に日頃の攻略パーティにまでは口を出しては来なかったわ」

 

 向こうとしてもある程度譲歩してくれているのなら、俺達が変に要求を突っぱねてはアスナやアリス達の立場も悪くなってしまう。今日1日付き合うのは仕方ないと割り切るべきか。

 

「まぁ、こっちは勝負に負けて入った身だしな……サクッと終わらせよう」

 

「だな。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

 

 キリトは西門、俺は東門でそれぞれパーティメンバーが待っているとの事で、2手に分かれた。

 

「……私からも謝ります。まさかここまで頭の固い連中とは思っていませんでした」

 

 せめて見送りくらいはと付いて来てくれたアリスだが、その口元は微かに緩んでいるようにも見える。

 

「……なんか嬉しそうだな?」

 

「あっ…いえ、その──不謹慎なのは承知ですが、お前の言う通り、少し嬉しく感じていることは認めます。これまでお前やキリトは《ビーター》という肩書きだけが独り歩きして、謂れのない中傷を受けてきました。実際に肩を並べて戦うことでその誤解も解けるのではないかと、密かに期待しているのです。このKoBが、お前達にとって少しでも心安らげる場所になればと、そう思っています」

 

 確かに、ボス戦やクエスト攻略で肩を並べた経験のあるKoBメンバー達は、仲が良いとまではいかずとも、他のプレイヤー達と同じように接してくれている。死線を共にすることで見えてくるものもある、なんて言葉を聞くが、アレは本当なのかもしれない。

 

「……じゃあ、今回くらいは優等生でいないとだな」

 

「くれぐれも、レアモンスターに目が眩んで他のメンバーに迷惑をかけないように」

 

「へいへい──行ってくるよ」

 

 東門の前に集まった2人のプレイヤー達。今日限りながらも肩を並べることになる彼らの元に緊張の面持ちで歩みを進める俺は、

 

「あー……新人のミツキ、です。ヨロシク」

 

 ぎこちなくも挨拶をしてみたが、返答はない。やはり歓迎はされていないようだ。代わりにと言ってはなんだが、パーティリーダーらしい長身の男から、訓練の概要が説明される。

 

「我々のパーティは、東側のルートから55層迷宮区を目指す。迷宮区前でゴドフリー隊長のパーティと合流し、そのまま6人で迷宮区を突破、56層に到着するのが目的だ。危機対処能力も見せてもらう為、諸君らの結晶アイテムは全て預からせてもらう」

 

「全てって、《転移結晶》もか?」

 

「そう言ったが?」

 

《回復結晶》や《解毒結晶》ならまだしも、緊急時の生命線である《転移結晶》まで取り上げられるのは流石にやり過ぎではなかろうか。やんわり意見しようとするが、もう1人のメンバーは大人しく結晶アイテムを預けているのを見て断念。

 ストレージからアイテムを取り出す際、どうせ他人には見えないのだからこっそり各結晶を1つずつ残しておくことも考えたものの、「可視状態にして確認させろ」と言われた時が怖いので大人しく全て渡した。ご丁寧にポーチの中まで確認された辺り、この判断は正解だったようだ。

 

「では出発だ。遅れるなよ」

 

 それはこっちのセリフです。という、彼らよりレベルもステータスも上な俺の言葉は小さなため息として吐き出され、KoB入団後初の任務(と言っていいのかはさておき)が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、KoB本部の一室──不本意ながらギルドの大型新人2人を見送ったアリスとアスナは、彼らが戻ってくるのを今か今かと待ち続けていた。アスナに至っては、追跡機能をオンにしたマップ画面にずっと食いついている。

 

「……アスナ。キリトに対して些か過保護なのでは?」

 

「うぅ……そう言われると痛いなぁ。でも、心配でしょ?ほら、私達以外の人とちゃんとやっていけてるか~とか」

 

「何故私がミツキを心配している前提なのですか……」

 

「へ……?」

 

「え……?」

 

 不意に流れる沈黙。

 

「……私、別にミツキ君が~とは言ってないんだけど──ふぅ~ん……?」

 

「なっ…何なのです、その目は……何故こちらへにじり寄ってくるのですかっ!?」

 

 見事に墓穴を掘ってしまったアリスは、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべるアスナから顔を逸らす。

 

「……前々から思ってたんだけどさ。アリス、ミツキ君のこと好きでしょ?」

 

 ガタッ!という音をたてて、アリスが立ち上がる。真っ白な頬はすっかり赤くなっており、答えは聞かずとも分かった。

 

「なっ、なっ……何を言うのですッ!?わ、私がミツキをす、す──い、いえ。その、人間的に好感が持てるという意味なら──!」

 

「そうじゃなくて。ちゃんと1人の男の子として、恋愛対象としてミツキ君を見てるんじゃないの?」

 

「……い、色恋に関してはその…全くと言っていい程知識が無く……私がミツキに抱いているのは、れ、恋愛感情、なのでしょうか……?」

 

 遠慮がちに零した疑問。次の瞬間、アリスはアスナに肩をガッシリ掴まれていた。

 

「それを確かめる為にも、2人の馴れ初め、教えて!」

 

 無二の友人の心底楽しそうな目に圧倒されるアリスだったが、少しでも気分転換になるのならと、自分と彼の出会いを語り始めた──。

 

「──と、このような感じなのですが……」

 

 根掘り葉掘り聞かれ、結局馴れ初めだけに留まらず彼との思い出まで白状させられた。目の前で腕を組むアスナはそれらを総合して、1つの結論を下す。

 

「……うん、間違いないわ。これは『愛』ね」

 

「あッ……愛……!?」

 

「ごめんなさいアリス。私、あなたのミツキ君への想いを甘く見てたかも。これはもう恋を通り越して愛よ!」

 

「アスナ、声が大きいです……ッ!」

 

 SAOでは基本的に部屋のドアが閉じてさえあれば、一定の防音性が保証されている。しかし大声で叫んだりすればその限りではない。もし通りがかった誰かにこんな話を聞かれてしまえば、副団長としての威厳もなにもあったものではなかった。

 

「ねぇ、告白はしないの?傍目にはミツキ君もアリスの事、結構意識してるように見えるけど」

 

「それは……しない方がいいのではと、思っています」

 

 理由を問うアスナに、アリスはゆっくりと胸中を語り始める。

 

「今のミツキは多くのものを背負っています。救えなかった者達の命、生き残った者達からの恨み、下らない風説を鵜呑みにした愚か者達の心無い言葉さえも。それが自分の受けるべき罰だとでも言うかのように、全てを受け入れている──同じ境遇のキリトの身は案じるくせに、自分の事となると悪い意味で潔すぎるのです、あの男は」

 

「……そうね。それは私も思う。ミツキ君もキリト君も、きっと私達に話していない事、沢山あるよね。私達に余計な心配かけないように、ずっと隠してる」

 

「正直に打ち明けてしまった方が、きっと楽なのでしょう。ですが今のミツキに、私の身勝手な想いまで背負わせたくはない。だからせめて、彼が倒れそうな時、支えを必要としている時に、安心して寄りかかることの出来る存在でありたいのです。相棒として彼の背中を支えることができれば、私はそれで……十分です」

 

「アリス……」

 

「74層のボス戦でミツキが私を頼ってくれた時──キリトでもアスナでもなく、真っ先に私を頼ってくれた事が、とても嬉しかった。私は彼が頼れる存在になれているのだと、初めて実感できました。この気持ちを糧に、もっと精進せねばなりません。追いつけそうだった背中が、また少し遠のいてしまいましたから」

 

 そう言って微笑むアリスを、アスナは衝動的に抱きしめていた。

 

「あ、あの……?」

 

「アリス、私も頑張る。頑張ってキリト君達を支えるから──アリスがその気持ちをミツキ君にちゃんと伝えられるように」

 

「アスナ……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は戻り、ミツキ(おれ)のパーティは小さな渓谷エリアを進んでいた。道中何度かMobと遭遇することもあったが、最前線を想定して安全マージンを大きく取っている俺にとって55層のMobなど雑魚でしかなく、リーダーが指示を飛ばすより先に全て槍の一刺しで倒していく。

 

「(迷宮区までは……このペースじゃ後15分そこらか)」

 

 街を出てから30分ちょい──予想よりも遅い進行速度に、俺は無音のため息をつく。キリトと同じパーティであれば──せめて走って移動するだけでも迷宮区に到達できていたはずだが、背中に両手剣を背負った眼前のリーダーは慎重な性格らしい。

 

 まぁ安全に気を配る分には悪いことはないか。と思い直した俺は、何の気無しにマップを開いた。完全習得(コンプリート)された《索敵》スキルのお陰で、もし周辺にMobがいれば100メートル離れていようとマップ上に反応が示される。安全重視のリーダーさんに協力しようと俺なりに歩み寄っての行動だったのだが……

 

「……ん?」

 

 マップを開き、広範囲サーチをかけた瞬間──5時方向に一瞬だけ、オレンジ色のカーソルが見えたような気がした。

 足を止めた俺はすぐさま後ろを見上げ、崖の上をジッと凝視する。生半可な熟練度の隠蔽(ハイディング)ならこれだけで見破れるはずだが、プレイヤーらしき姿は見えてこない。

 

「──おい、どうした?」

 

 俺が止まったことに気付いたらしいリーダーに、事情を説明する。しかし「KoBが本部を構えるこの層で犯罪行為を働く命知らずがいるとは思えない」と一笑に伏されてしまった。それは確かにそうだし、あのカーソルだって俺の見間違いという可能性もある。それでも万が一を考えて、俺だけでも崖の上を確認させて欲しいと申し出たのだが、

 

「いつまでもお気楽なソロの気分でいられては困る。今は訓練中だ、私の指示に従ってもらう。それに万が一本当だったとしても我々の敵ではないさ」

 

 中層ゾーンで犯罪行為を働く犯罪者(オレンジ)は、往々にしてレベルが低いとされている。プレイヤーをいくら攻撃したところで、経験値は入らないからだ。しかしステータスの不足を奪った装備品である程度補える以上、油断は出来ない。リーダーもそれは分かっているはずだが、あくまで訓練を優先させるつもりのようだ。

 

 預けている《転移結晶》だけでも返却すべきと言うか?しかしこれ以上反発して仲間割れでも起こせば、外敵への警戒も緩んでしまう。ここは引き下がるしかない。

 

 せめてもの抵抗としてこまめに広域サーチをかけながら進んでいく。出来るだけマップから意識を逸らしたくなかった俺は、進路上に捉えたMobを片っ端から薙ぎ払っていき、それが功を奏したのかはさておき、無事に合流ポイントの迷宮区前に到着した。

 

「隊長のパーティは……まだ来ていないようだな。あちらが来るまで休憩としよう──食料を配布する」

 

 投げ渡された袋に入っていたのは街で売ってる硬焼きパンと水入りの瓶。74層で食べたアスナのサンドイッチと比べれば何とも味気ない内容に、心の中でトホホと肩を落とす。

 

 瓶の栓を抜きながらマップに目をやり、フレンド追跡をONにしてみる。もう一方のパーティの中で唯一フレンドであるキリトの居場所が表示されたが、道のりの半分程で動きを止めていた。街でキリトと別れた際、反対側で彼を待っていた大柄の斧使いがリーダーの言うゴドフリー隊長なのだとすれば、敏捷値を捨ててそうな見た目からして行き脚が遅くなるのも頷ける。あちらもあちらで苦労していそうだ。

 

 そんな事を考えながら水を飲む──その瞬間、それぞれ壁や岩に背を預けていた2人のパーティメンバーがその場に崩れ落ちた。一体何事かと考える間もなく、俺の体からもフッと力が抜け、力なく倒れ込んでしまう。

 

 この感覚には覚えがあった、これは──

 

「麻痺毒ッ……!?」

 

 俺のHPバーの傍らには黄色いデバフアイコンが表示されていた。状況的に、今飲んだ水に毒を混ぜ込んであったという事だろう。

 

「おい、これはどういう事だ……ッ!?」

 

「わ、私にもわからんッ……!この水を用意したのは…()()()()()()()……!」

 

 その名を聞いた俺の脳裏に衝撃が走る。聞けば、もう一方のパーティにはキリトとゴドフリーに加え、クラディールも参加しているというではないか。あの男とキリトの間に何があったか、まさか知らないはずはなかろうに。

 

「とにかく、早く《解毒結晶》を……!」

 

 リーダーにそう進言しようとした俺の背筋を、冷たいものが走った。

 

 

「さァて問題です──」

 

 

 背後から聞こえた声と足音。同時に、他の2人の元へも茶色いボロ布で身体を覆った2人のプレイヤーが現れる。そのカーソルは──オレンジ色。

 

「──これからそこで麻痺ってる馬鹿2人は死ぬわけですがァ……それは一体誰のせいでしょーか?」

 

 うつ伏せに倒れる俺の身体を跨ぐようにして足を止めた「ソイツ」は、おもむろにしゃがみこむと愉快そうに笑った。

 

「正解はァ──お前のせいだよ、《裂槍》さん。今は《双槍》さんって呼んだ方がいいのか?槍1本しかねぇけど」

 

「ッ…リューゲ……ッッ!!!」

 

「オォ、覚えててくれて嬉しいぜ。お前ら攻略組がカチコミかけてきた時は会えなかったからなァ。もし忘れられてたら悲しみの余り、この場の全員皆殺しにしてるところだった。──お前ら《裂槍》さんの記憶力に感謝しろよ?」

 

 その言葉はKoBの2人ではなく、仲間であるはずのオレンジ2人に向けたものだった。その2人は面白そうに笑い声を返す。

 渓谷で見たオレンジカーソルはやはり見間違いではなかったのだ。距離が離れていたことに加え、あの岩と同色のボロ布を被って隠蔽率(ハイドレート)を底上げすることで、俺の《索敵》を掻い潜った……!

 

「ラフコフを潰された復讐のつもりか……!」

 

「まさか。俺にとってラフコフは都合のいい遊び場だ。あんだけ数がいるってのに、気の合う連中なんてちょびっとしかいなかったんだぜ?そのちょびっとも、お前らが牢獄にぶち込んでくれたからさァ。話し相手もいねぇし、もう暇で暇でしょうがなかったんだわ」

 

 腰から抜いた短剣を手で弄びながら語るリューゲの表情からは、確かに恨みや憎しみの類は読み取れない。それどころか何を考えているのかすら分からず、本能的な不快感を覚える。

 

「そしたらよォ、あの《裂槍》さんが天下のKoBに入ったって噂を小耳に挟んだもんだから。新しい()()()()()の助けを借りて、予定前倒しで会いに来たってわけよ──なぁアレからどうだ?あの時の光景を夢に見たりするか?ふとした時にあの馬鹿共の死に様がフラッシュバックしたりすんのか?あんな記憶とっとと忘れてェって思ってんのか?」

 

「……忘れられるわけ、ないだろ……ッ!!」

 

「ハハッ、だよなァ!?でなきゃ《ビーター》のくせして正義の味方気取ってるお前があのカチコミで5人ぶっ殺すなんて真似できねぇもんなァ!?──それを聞いて安心したぜ、やっぱりお前は()()がある」

 

 リューゲがパチンと指を弾くと、リーダー達に張り付いていた2人が待ってましたとばかりに武器を取り出す。それを見たリーダーは、

 

「き、貴様ら……何をするつもりだ!?」

 

「はァ?この期に及んでそのセリフかよ、KoBも人材不足ってか。こんな馬鹿を前線に駆り出さなきゃならないたァ泣けてくるぜ」

 

 リューゲの合図で、呻くリーダーの背中に剣が叩きつけられる。鋸のようなギザ付いた刃が付けた傷は通常のそれと違い、赤黒く明滅していた。《出血》デバフが付与されたのだ。HPが徐々に減少していくのはダメージ毒と同じだが、毒と違って時間経過では治らない。専用の止血ポーションを飲まない限り、HPを回復しても継続ダメージに苛まれ続ける。

 何より《出血》状態は毒と違い、累積していくのだ。傷が増える程、減少していくHPの値も増える。

 

「俺は優しいからさァ、遺言残す時間くらいくれてやるよ。ほら、何か言わなくていいのか?黙ってんならお前が死ぬまでザクザクいっちゃうってよ」

 

 鋸を持ったプレイヤーの目は血走っており、さながら猟犬の様にリューゲのゴーサインを待っている──なんならそれすら無視して今にも斬り掛りかねない状態だ。

 

「ッ……独房にぶち込まれたくなければ、とっとと失せろ!今にゴドフリー隊長が…──ッ!?」

 

 言葉が終わるのを待たず、再び背中に刃が振り下ろされる。新たな傷跡が追加され、《出血》ステータスが重なる。

 

「お前マジで言ってる?あー、んじゃァ問題──そのゴドフリー隊長さんがここに来ないのは何故でしょーか」

 

 呆れ半分に出題されたリューゲの問題。リーダーは本当に分かっていないのか、はたまた分かっていつつも認めたくないのか、回答を口にすることはない。

 

「言ったろ、おともだちの助けを借りたって。今頃あっちで楽しんでるだろうよ」

 

 おともだち──察するにクラディールの事か。まさか74層時点で取り込まれていたとは考えにくい。あの一件以降、キリトへの憎しみに漬け込まれたということだろう。

 

「(クソ、今何分経った!?毒はまだ消えないのか……ッ!)」

 

 毒による諸々の状態異常は平均にして大体5分もすれば自然消滅するが、最大であるレベル5の麻痺毒だった場合話は別だ。掠りでもしたが最後、約10分間に渡り身体の自由を奪われる。一応解毒ポーションもあるにはあるが、麻痺で身体が動かせない上に、迂闊な動きを見せれば奴らがどんな凶行に及ぶか分からない。

 

「ハイじゃあ三回目いきまァす!」

 

 三度、剣が振り下ろされる。出血ステータスが3つも重なれば、いくら前線プレイヤーといえどHPの減少速度は馬鹿にならない。もうリーダーのHPはレッドゾーンに差し掛かっていた。

 

「い、一体何が望みだ!?何の目的があってこんな真似をする!?現実世界に帰りたくはないのか!?」

 

「おーおー質問ばっか。ンないっぺんに聞かれても答えらんねっての。えーとォ……」

 

 わざとらしく考え込むリューゲ。その間もリーダーのHPは刻一刻と減り続けていた。このままでは彼が死んでしまう。

 

 ──ふと、リーダーと目が合った。言葉は無い。だが何かを伝えようという意思は感じる。

 

 

 ──あとは頼む。

 

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

「んー、やっぱさァ──PKにいちいち理由なんざ要るか。で大体片付いちゃうんだよなァ。じゃ、そういうことだから」

 

「ッ、止せ──!」

 

 俺の声が虚しく響き、4度目の攻撃──不揃いな鋸の刃がリーダーの首筋に食い込んだ。そこから数回刃が上下し、ゴロン、と頭が転がったかと思えば、切り離された身体諸共爆散する。同時に俺達から預かっていた結晶アイテムの数々が、遺品として地面にぶちまけられた。

 

「お、おおお……!すげぇや、これが人を切り刻む感触かよ!やっべぇ!」

 

 リーダーを殺した鋸使いは足元のアイテムには目も呉れず、恍惚とした表情で大喜びしている。およそまともな神経ではない。シリアルキラーという名称が頭に浮かんだ。

 

「ハハハッ!攻略組はあのカチコミでラフコフを完全に黙らせた気でいるかもしれねぇけどな。残党がいるって事くらい察しはついてただろ?この2人はそん中でもとりわけぶっ飛んでる2人さ──折角ゲームなんだから、リアルじゃ出来ない殺し方ってのを試してみたらどうだ?っつったら、何て言ったと思う?いっぺん人間をバラバラにしてみたかったんだと。笑えるだろ?」

 

 笑えないどころか冗談にすら聞こえないリューゲの言葉は最早必要無いらしい。鋸使いはもう1人のKoB団員──片手剣使いに向かっていく。

 

「ひっ……来るな!来んなよッ!」

 

「はーい一旦ストップ。お楽しみはもうちょい後でな──お待ちかねの遺言タイムだ。何か言いたいことあるか?」

 

 不満そうに口を曲げたものの、鋸使い達は言われた通り待機する。もし生き残る可能性があるとすればここだけだと思った片手剣使いは、必死に言葉を探しているようだ。

 

「か、金ならやる!アイテムも、全部やるから!だからっ……!」

 

「うーん、アイテムはともかく、金はあんま使い道ねぇんだよなァ。ほら、俺ら街入れねぇし?」

 

「ッ……なら…だったらソイツ!ミツキ(ソイツ)を先に殺せよ!ソイツはビーターだ!お前らでも役立つアイテムとか持ってる筈だッ!」

 

「うっわァ、仮にも同じギルドの仲間を売るかよ。エリート集団のプライドはどこ行ったんだか──で、あんな事言われてっけど?どうします《裂槍》の兄貴ィ、いっちょ殺っちまいますかァ?」

 

「……そいつの言う通り、俺を先に殺れはいいだろ」

 

 この中で最もレベルが高いのは俺であり、あの鋸使い達もリューゲよりレベルが高いという事はないはず。リーダーの時間稼ぎのお陰で、俺が時間を気にし始めてから少なくとも3分は経過している。毒のレベルこそ不明だが、最長でも7分間、奴らの攻撃を耐えられれば……!

 

 覚悟を決める一方で、うつ伏せの俺からは奴が──リューゲが酷薄な笑みを浮かべているのに気付かなかった。

 

「大して仲がいいわけでもねぇ、それどころか二つ返事で自分を売った奴の為に身を切るたァ泣かせるじゃねぇの。これが英雄の器ってやつか?──そんな英雄さんを、こんな所で死なすわけにゃあ行かねぇよなァ?」

 

 パチンと指が鳴らされ、間髪入れず片手剣使いの絶叫が耳に飛び込んできた。無意識に伏せていた目を開けると──死したリーダーの形見である両手剣を腹に突き立て、地面に縫い付けられた片手剣使いがいた。

 

「おい……おい何してる!?俺を殺れと言ったはずだ!こっちに来いッ!」

 

「はァい本日のメインイベント!KoBメンバーの解体ショーの始まりだよォー!──まずは右腕ェ!」

 

 無理矢理持ち上げられピンと張った腕に、鋸が振り下ろされる。浅く食い込んだ刃が前後する度、悲痛な叫びが木霊した。

 

「ああああッ!やめろッ!いやだっ!やだああッ!──たすけろ!たすけてッ!あやまるッ!ごめんなさい!ごめんなさいッ!」

 

 赤いダメージエフェクトを鮮血のように飛び散らせ、目の前でプレイヤーの手足が切断されていく様を見せられながら。涙ながらに助けを懇願する声を間近で聞かされながら。俺は少しだけ言う事を聞くようになった左腕を懸命に伸ばす。その先にはリーダーのポーチから零れ落ちた《解毒結晶》があった。

 

「(もう、少し…ッ!届けっ…間に合え……ッ!)」

 

 俺が結晶に手を伸ばしている事にはリューゲも気付いているはずだが、だからといって何か妨害をしてくる様子はない。俺が藻掻く様を見て楽しんでいるとでもいうのか。

 何にせよ、このまま彼が殺されるのを黙って見ているわけには行かない。あと少し──指先だけでも触れさえすれば……!

 

 限界まで伸ばした俺の指が、僅かに結晶へ掛かった。

 

「解毒ッ───!!」

 

 緑色の結晶が砕け散り、麻痺毒が解除される。背中の槍を抜く過程でリューゲの足を払おうとするも、やはり躱されてしまった。だが今優先すべきは奴ではない。あの殺人鬼共を───!

 

「ぅ──ああああああッ!」

 

 地面スレスレの超低空を一足で駆け抜けた俺は、鋸使いの喉元目掛けて槍を突き上げる。灰色の穂先は根元まで深々と食い込み、奴のかすれた呻き声が漏れ聞こえる。

 そのまま槍を振り回し、突き刺した男の身体をもう1人の男へ投げつけた。2人揃って近くの木に叩きつけられ、動きが沈黙したのを確認した俺は槍を構え直す。まだ、最も油断のならない奴が残っている。

 

「おおっと、ついおしゃべりが過ぎちまったかァ?楽しい時間ってのはあっという間だねェ」

 

「楽しい、だと……ふざけるな。プレイヤーの命は、お前らを楽しませる為のおもちゃじゃない……ッ!!」

 

「……いいねェ。その目、俺好みでゾクゾクするぜ──でもまだだ。もう少し…あと少しで完成する」

 

「何をゴチャゴチャと──ッ!」

 

 リューゲに向かって足を踏み出そうとした瞬間、奴の口元が愉快そうに笑った。同時に、背後で誰かが動き出す気配──

 

 俺は咄嗟にブレーキをかけ槍を逆手に持ち替えると、振り向きざまに引き絞った槍を投げつけた──!

 

 両手槍投擲技《メテオ・インペイル》──俺が《裂槍》と呼ばれる所以にもなった紅き流星が、最早虫の息の片手剣使いに襲いかかろうとしていた鋸使い2人をまとめて串刺しにする。

 

 大きくレベル差の付いた相手から全力のソードスキルを受けた事で、奴らのHPは急速に減少し──声もなく、2人の人型はポリゴン片に分解されていった。

 

「ヒュウ──ナイスキル。いいもん見れたし、今日はこれで退散退散──()()()()()()()()

 

「っ、待て──!」

 

 逃げ出すリューゲを追おうとした俺の足を、何者かが掴む。足元に目をやれば、左腕だけという見るも無残な状態になった片手剣使いが縋るような目で俺を見ていた。

 

 彼を助けるか?それではリューゲを見失ってしまう。いや、だが……!

 

「……ッ!」

 

 頬を叩いて自らに喝を入れた俺は、目の前の命を優先した。

 

「おね、が……たす、け……」

 

「待ってろ、今助ける……!」

 

 まず《出血》状態。これは止血ポーションを飲ませれば解決だが、ストレージからポーションをオブジェクト化し、彼に飲ませるまでHPが持つか分からない。時間あたりの減少量を確かめる時間すら惜しい。ならばHPの回復が先決だ。

 1秒にも満たない時間でそう判断した俺は、今もまだ散らばったままのリーダーの遺品の中からピンク色の結晶を探す。幸いそう離れていない場所に転がっていた《回復結晶》を掴み、彼の体に押し当てた。

 

(ヒー)──」

 

 

 ──トスッ

 

 

 俺が結晶使用の文句を言い終える前に、小さな衝撃を感じた。彼の脳天に、小さなスローイングダガーが突き刺さっている。リューゲの《投剣》スキルによる最悪の置き土産だった。

 ヒール──その最後の1文字が間に合いさえすれば、彼は助かる。俺自身、ナイフが飛んできた事に驚きこそすれ、口を止めたつもりもなかった。

 

 だが無情にも、彼の体は俺の腕の中で弾け飛んだ。役目を果たせなかった《回復結晶》が、小さな音を立てて地面に転がる。

 

 何処か遠くから聞こえた嗤い声が、嫌にしつこく耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マップから彼の反応が消えた瞬間、アリスは息を呑んだ。走っていた足を止め、そんなまさかと焦る自分を落ち着かせる。

 確かにマップ上からは消えたものの、フレンドリストにはきちんと《Mitsuki》の名前が表示されている。恐らく《転移結晶》で街に戻ったのだろう。

 

 行き先を少し考えたアリスは自分も《転移結晶》を取り出し、もうキリトと合流しているはずのアスナを気にかけつつ、59層《ダナク》へ飛んだ。

 

 転移の残光を振り払い、広場を見回す。すると紅白のジャケットを着た背中が街の奥へ進んでいくのが見え、アリスもその後を追った。

 雑踏を縫うようにして進んだ先に、彼の背中を見つける。丁度家の近くだ──そう思った矢先、彼の前に建物の陰から1人の男が飛び出してきた。

 

「──フッフッフ!やっと帰ってきましたねェミツキ氏!今度こそ《双槍》スキルの情報を提供してもらいますよォ!」

 

 どうやら情報屋らしいあの男は、まだしつこく家の周りに張っていたようだ。見かねたアリスが仲裁に入るべく足を踏み出すと、

 

「……うるさい

 

「そりゃあうるさくもなるってもんでさァ!なんせ長らく秘められていたユニークスキルの新情報が明らかになるかもしれないんですからねェ!ッハハハ!」

 

「うるさい……ッ」

 

「……ミ、ミツキ氏……?」

 

 

「うるさい、うるさいうるさいうるさい……ッ──俺の前でッ…嗤うなあああああァァァ──ッッッ!!!

 

 

 鬱陶しげに耳を押さえていた彼は突如背中の槍を抜くと、あろう事か情報屋に向かって振りかざした──!

 

 

 ──ギャギィッ!

 

 

 振り下ろされた槍が情報屋に当たることはなく、風のように割り込んできた銀色の剣が代わりに受け止めていた。

 

「頭を冷やしなさいッ!お前はこんな事をする人間ではないでしょう!?」

 

 アリスの後ろで、すっかり怯え切った情報屋が逃げ去っていく。ただ力任せに叩きつけただけの槍に最早力は篭っておらず、翡翠に縁どられた穂先がガラン、と地に着いた。

 

 我に帰ったらしい彼だが、アリスを見る事なく踵を返してしまう。

 

「待ちなさい!一体何があったのですか!?」

 

 返事は無い。

 

「ミツキッ!」

 

 家に入る寸前で、彼の肩を掴んで強引に向き直らせたアリスは、言葉を失った。

 ここまで一度としてアリスを見ることは無かった彼の目は、暗く、深く澱んでいた。アリスはこの目を過去にも一度だけ見たことがある。

 

「そ、んな……」

 

 体から力が抜け、肩を掴んでいた手が滑り落ちる。解放されたとみるや彼はドアを開き、無言で足を踏み入れる。

 

「待っ──」

 

 咄嗟に伸ばした手が彼に届くことはなく、ガチャン、と扉の閉まる音だけが残された。

 

「(……どうして、何も言ってくれないのですか……)」

 

 失意の中、明日の朝にまた来ると伝えたアリスは、重い足取りで帰るのだった。

 

 家に着き、アスナからキリト共々無事だという報告を受け取っても、アリスの気は晴れなかった。逆にミツキの安否を問われた時はどう答えるか迷った末に「命に別状はありません」と返し、これで良かったのかと頭を悩ませる。

 

 夕食を摂ることも忘れ、ベッドの上でひたすら膝を抱えるだけの時を過ごすこと数時間──いつの間にか日付を跨いだ深夜になっていたことに気づいたアリスは、流石にもう寝ようと身体を横倒す。

 

 ボーッと天井を見つめる彼女の視界に、不意にシステムメッセージが表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──《Mitsuki》とのフレンド登録が解除されました──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて皆さん覚えていらっしゃるでしょうか。ミツキが装備していた灰色のジャケットが何で出来ていたか…

装備が元のままなら毒にやられず応戦できたかもしれない。迷宮区到着前に襲撃を受けていればアリスが間に合ったかもしれない。キリトと一緒のパーティだったら。そもそもミツキがKoBに入っていなければ。
あの時こうしていれば、もしこうなっていたら…。この未来を回避する事も出来たでしょう。

でもそうはならなかった。ならなかったんですね。

因みに現時点、ボス戦以外でミツキとパーティを組んだプレイヤーはアリス、キリト、アスナ以外全員死んでいます。
※60層のボスクエストでサーニャやクライン達と共闘しましたが、パーティは組んでいませんでした。
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