──《Mitsuki》とのフレンド登録が解除されました──
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まさか、そんな、嘘だ──お願い……ッ!
祈りの言葉をがむしゃらに羅列し、彼の家へひた走る。到着するなり、扉を力任せに叩いた。
「──ミツキ!いるなら開けなさいッ!ミツキッ!!」
やはりというべきか、返事はない。無駄と思いつつもドアに手を掛けると──何の抵抗もなく扉は開いた。
プレイヤー所有の家は、原則として家主以外ドアを開けることはできないとされている。一定時間のみ自由に家を出入りできる《インスタントキー》というものも存在しているが、そんなものを受け取った覚えもない。
恐る恐るドアを開けて中に入ってみる。アスナの様に調度品を弄る事はしていないのだろう。一目で備え付けと分かる家具が鎮座する部屋の中は手狭で、あまり生活感は感じられない。唯一後から追加されたらしい大型のアイテムチェストだけが異彩を放っている。
そしてこの部屋の主であるはずのミツキの姿は、どこにも見られなかった。
突然のフレンド登録解除、自由に出入り可能な無人の自宅。考えられる可能性は2つ──私は焦燥感に駆られ転移門へと走り、
「転移──《はじまりの街》!」
第1層《黒鉄宮》へと足を運ぶのだった。
その翌日──
「悪ィ、遅くなっちまった──って、何だよ。おめぇらもいんのか」
「そりゃこっちのセリフだ、クライン」
「あのアリっちがこんな場所にクラインだけ呼び出すわけないだロ──これで全員かイ?」
《グランザム》の宿の1室に集められた3人──クライン、エギル、アルゴをテーブルにつかせた私は、その理由を説明する。
「……まずは確認させてください。あなた達のフレンドリストに、ミツキの名はありますか?」
「あぁ?ンなもん、あるに決まって──あれ……?」
メニューを操作するクラインは、ブツブツと呟きながらフレンドリストを仔細に眺めるが……
「嘘だろ……何でねぇんだよ。解除なんかした覚えねぇぞ俺ァ!?」
慌てふためくクラインを見て、エギルとアルゴもフレンド欄を確認するが、やはりそこに彼の名は無いと言う。
「まさか──いや、アイツがそう簡単にくたばるとは思えん。自分からフレンドを解除したってことか……?」
「……訳ありっぽいナ。教えてくれ、アリっち」
「……一昨日、KoBに入ったばかりのキリトがラフィン・コフィンの残党に襲われる事件がありました。より正確には、キリトへ恨みを持つKoB団員が奴らからPKの手段を教わり、同時にミツキを襲う手引きをした…と」
「……あのKoBからオレンジが──それもラフコフの連中とつるんでたとはな」
「確かにあいつ等、KoBってだけで周りを見下すような態度取ってたけどよ……超えちゃなんねぇ一線ってもんがあるだろうが」
「それをアリっちに言ったって仕方ないヨ──続けてくれ」
「事態を察知した私とアスナは、2手に分かれてそれぞれキリトとミツキの元へ向かいました。キリトはアスナのお陰で無事に助けられたようですが、ミツキは…──私は、間に合わなかった」
ミツキが行方を眩ませてすぐに《黒鉄宮》へ向かった私は、石碑に刻まれた中から彼の名前を探した。《Mitsuki》の名に横線は刻まれておらず、彼が自ら命を絶った訳ではないということは確認できているが……
「ただ……最後に見たミツキは、
「あの目……?」
事情を知らないアルゴとエギルが首を傾げる一方で、唯一クラインだけは心当たりがあるようだった。
「あの目、ってのは……討伐戦の時の、か……?」
私が頷くと、クラインも「なんてこった……」という言葉と共に顔を手で覆う。
「……ラフコフ討伐戦の時、ミツキの奴、すげぇ殺気立った目ェしてたんだよ。──人を殺せそうな目、なんて言うだろ?まさにそんな感じでよ。あん時の俺ァすっかりビビっちまって、碌に話しかけてやれなかったんだ……」
「討伐戦があったあの日、ミツキはずっと剣呑な雰囲気を纏っていました。それでも、あくまで拘束して牢獄へ送るという本懐は忘れていなかった筈です。しかし……こちら側に犠牲者が出た瞬間、内に秘めていた衝動が弾けたように、彼は槍を振るった──」
私自身、あの状況ではミツキの事を気にかける余裕は無かった。あの地獄の中で数人のレッドプレイヤーを手にかけたのだろうという事は、事態が終息した後の彼の表情から痛いほど伝わってきたのを覚えている。
「その時と同じ目をしてたって事は、一昨日あったっていう襲撃──ラフコフ絡みと見て間違いはなさそうだナ」
「だが、それで何故俺達とのフレンド登録を解除する?仮にその犯人を追うつもりなら、協力した方が確実だろう」
「……その判断が出来るなら、ツキ坊もキー坊も《ビーター》になんかなってないヨ」
尤もなアルゴの言葉に、全員押し黙ってしまう。ここにいるのは、彼らの決死の行動に救われた者達だ。その行動に報いようと今も尚努力している者達だ。肝心な時に力になれない無力感と歯痒さは、私にもよく分かる。
「だったら…だったらよ!これ以上アイツ等に──ミツキに背負わせるわけにゃ行かねぇだろ!」
「それは勿論だが……実際問題どうする?今の俺達にはミツキの目的を突き止める手掛かりが余りにも少ない」
「……いや。1つだけ、可能性として高いものはあるヨ。皆も薄々察しはついてたんじゃないのカ」
ラフコフ残党による襲撃を受けたという情報を知った時点で、全員の脳裏に過ぎった可能性。思い至っていながらも、意図的に目を逸らし続けていたそれは……
「
「なっ……いくらなんでも無茶だろ!どこに何人いるかも分からねぇ元ラフコフにお礼参りってか!?」
「或いは……その中の特定の誰かに、か。襲撃を受けたと言うなら、少なくとも顔は見ているはずだ」
「特定の誰か……そう言えば、討伐戦が終わった後、捕縛したプレイヤー達を1人1人確認していたような……」
「……ああ、思い出したぜ。顔を隠した奴の仮面やらスカーフやら全部ひん剥いてたよな。やけにイラついてたっぽかったが……」
「フム、少しずつ見えてきたナ……」
ここまでの情報を総合して、アルゴは1つの仮説を立てた。
・ミツキは討伐戦以前から、あるラフコフメンバーと浅からぬ因縁があった。
・討伐戦でその決着をつけるつもりだったが、自分が殺した中にも、生存し捕まった中にも、そのプレイヤーはいなかった。
・先日の訓練中の襲撃でその因縁の相手と再会。パーティメンバーが殺され、ミツキだけが生還。その復讐の為に1人で姿を眩ませた。
「──とまぁ、こんな所か。討伐戦は酷い混戦状態だったって聞いてル。自分の知らない所で、別の誰かと戦って死んだ可能性を真っ先に考えた筈ダ。多分、当時のツキ坊はそうやって無理矢理自分を納得させてたんだろう」
「だがその相手は生きていて、未だにPKを続けていた……ミツキの奴、やりきれなかったろうな」
「どうせそれも『自分のせいだ』って背負い込んでんだろ──悪ィのはレッドの連中で、あいつが責任感じる必要なんざねぇってのに。何でアイツが手を汚さなきゃなんねぇんだ!」
「……アリっち。ツキ坊の家、今は誰でも入れる状態なんだよナ?」
「ええ……」
「ちょいと調べたい事がある。皆付いて来てクレ」
宿屋を後にした私達は、アルゴに連れられ、59層へ向かった。
「──ん~、やっぱ《ダナク》は静かでいいナァ。ツキ坊の奴、良いトコ見つけたじゃないか」
「呑気な事言ってる場合かよ、目的はミツキん家だろ?早く行こうぜ」
「分かってるヨ」
人通りの少ない街はずれにあるミツキの家──既に引き払われているらしく、厳密には「家だった場所」に到着したアルゴは堂々と中に入ると、部屋の中をぐるりと見渡す。
「えーっと……ツキ坊の私物は全部この中か。開けてもいいかい、アリっち?」
「え、ええ……」
何故私に許可を取ったのかはさておき、アルゴはアイテムチェストを開き、中を確認した。
「フムフム……なる程ねェ」
「何かあったのかよ?」
「いンや。大した物は入ってなかったヨ。──アリっち、ここ最近ツキ坊は何かでっかい買い物とかしてたかイ?或いはそのつもりで貯金してるとか」
「私が見た限りでは、そんな素振りはありませんでしたが……」
「そっか……となると、こりゃちょいと急がなきゃかもダ」
「それはどういう……?」
「このチェストの中には大した物は入ってないって言ったロ?それは言葉通り、実用性もなければ売り捌いたところで大した金にもならないって意味ダ。最前線に潜ってるツキ坊の懐がこんなシケた状態ってのもおかしい。ストレージの中に不自然な空白がいくつもあった辺り、多分中にあった金目のものを持てるだけ持ち出したと見るのが妥当なトコだろ──多分、ツキ坊はもう戻らないつもりダ。6000人近いプレイヤーの中から1人を見つけ出すのが無謀だって事くらい、あいつも分かってる筈だからナ。下手すりゃ二度と前線に顔を出さないかもしれなイ……」
武器や服装等、追い求める相手が何か特徴を持っているのなら、情報屋を使って見つけ出すことも或いは可能だろう。しかし討伐戦時の様子を鑑みるにそうではない。そうなると必然的にオレンジプレイヤーを片っ端から当たっていく他ないわけだが……その過程で彼はどうするのか?
捕まえて牢獄へ送るのか、或いは──私の脳裏に、錯乱した彼が街中で一般プレイヤーに槍を振るった時の事が思い起こされた。
「ッ……連れ戻さなければ。一刻も早く、手遅れになる前に──お願いです、力を貸してください!」
「当然。ツキ坊はお得意様だし、アリっちの頼みだからナ。オネーサンは可愛い女の子の頼みに弱いのサ」
「第1層の借りはデカ過ぎてそうそう返せるもんじゃねぇが……ここらで少しでも返済しとかねぇとな」
「ダチのピンチに何もしねぇんじゃ、侍の名が廃るってもんよ!」
「っ……ありがとうございます」
私と考えを同じくしていたのかは分からない。それでも、彼を救う──その思いを確かに重ねた私達4人は、互いに強く頷き合った。
「……なぁアリスよ。この際、キリト達にも協力して貰った方がいいんじゃねぇのか?あいつらならきっと──」
クラインの言う事も分かる。事実、私もキリトとアスナを真っ先に頼ろうとした。だが2人が今この場にいないのは、何も断ったからではない。
「……あの2人には頼れません。キリトとアスナには、暫しの休息が必要です」
「ああ……オイラも同意見ダ。いくらツキ坊関連でも、新婚ホヤホヤの2人にこんな暗い話したくないダロ?」
今回の一件で心を通じ合わせた2人は一時的にギルドを脱退し、夫婦の契りを交わしたと聞いている。無論、SAOのシステムに則った形式上のものだが、そこには確かな絆が、愛がある。ここであの2人に頼り、穏やかな生活にヒビを入れるわけにはいかない。
「あいつらもいずれはミツキがフレンド解除したことに気付くはずだ。確かに時間はかけられんな。動くなら早いに越したことはない」
「確認するゾ。オイラ達の目的は、ツキ坊がこれ以上プレイヤーを殺す前に見つけ出して、ふん縛ってでも連れ戻す事。それもキー坊とアーちゃんに気づかれる前に──そうだな、個人的には明日から3日以内で終わらせたイ」
「3日以内──28日までか。何か理由でもあるのか?」
「おっと、その情報は金を取るヨ?」
「アルゴ殿……」
アルゴが指定した3日以内という目安──その真意に、唯一私だけが気づいたようだった。
「オイラは伝手を辿ってツキ坊の目撃情報と、オレンジプレイヤーの情報を洗ってみるヨ」
「俺も、知り合いの商人連中や店の客に聞いてみよう。アイテムの補給でどこかの街やショップに出向いてるかもしれん」
「……俺ァ馬鹿だからよ、そういう頭働かすのは任すぜ。代わりに、情報見つかったらすぐ教えてくれ。どこへでも行ってやらァ!」
「私はギルドに届く中層の事件報告に目を光らせておきます。クライン同様、逐次情報の共有をお願いします。──何より、皆自分の身の安全を第一に動いてください。ミツキが1人で黙って行ってしまったのは、きっと私達を巻き込まない為でもある筈です。彼が無事に戻って来ても、誰かが欠けていては意味がない」
「応よ。アイツにゃ言ってやりたい事山程あっからな、こんなトコで死んでられっかっての」
「必ず──必ずミツキを連れ戻しましょう!」
私の言葉に、3人は「おうッ!」と力強く応えてくれた。
本格的にミツキの捜索を始めて早くも2日目。昨日1日探してみても、彼に直接繋がるような情報は手に入らなかった。
手筈通り事件報告に目を通してはみたのだが、そのどれもが既に解決しており、犯人は《黒鉄宮》に収監されたという。
可能ならば直近の事件の犯人に「誰に捕まったのか」という話を聞きたかったが、牢獄の管理を担っている《解放軍》も、誰が、いつ、どこで、何の罪を犯して捕まったのかまでは一々記録していないとのことで、KoBに届いてくる犯罪報告は全体の一部であることを考えると、有用な情報源にはなり得なかった。
「(やはり情報面はアルゴ殿とエギル殿に任せるしかない……)」
片やアインクラッド最高の情報屋、片や攻略初期からの厚い人望と広い人脈を持つ商人だ。あの2人ならきっと手掛かりを見つけてくれると信じ、こちらはいつでも動けるよう準備をしておくことしか出来ない。
だからといって何もせずいる事も出来ず、記録の中で唯一気になった一件に再び目を通す。
もう3ヶ月程前になるか──前線と中層、2つのレベル帯を跨ぐ同時多発的PK事件の記録だ。KoB団員にも被害が出たという事で、他よりも事細かな記録がなされている。
《ビーター》という存在そのものを利用した扇動PKという実態を知らされた時は怒りを覚えた。事件が終息する最後の一件に、ミツキが巻き込まれていたからだ。
思えばあの時も、扇動された中層プレイヤー達は、主犯格であったラフィン・コフィン構成員によって全員口封じ同然に殺されてしまったという。生き残ったのはミツキだけ──奇しくも今回と同じ状況だ。
やはりこの扇動PKの主犯と、今回ミツキを襲撃したラフコフの残党は同一人物と見るべきだろう。ここを発端として考えれば、後に起こる討伐戦での様子も合点がいく。──ここに記されていないだけで、もっと前から因縁があったという可能性も捨てきれないが。
あの時──私はミツキに気をつけるよう警告をした。彼は素直にそれを受け入れた。そこで終わらせず、行動を共にしておくべきだった?もっとよく近況を聞いておくべきだった?
ああしておけば、こうしておけば──今となっては何の意味もない後悔ばかりが浮かんでは消えていく。
自分が何かしていればミツキがこんな行動に走る未来を回避できたか?という自問自答。自信を持って「そうだ」と断言できない自分にすら腹が立つ。
……やはり、私はまだ彼にとって頼りない存在なのだろうか。74層でたった1度頼られた程度で喜んでいたのは、とんだ勘違いだったのだろうか。
「私は……私は、ミツキに何をしてあげられるの……?」
──数え切れない程彼に救われた。数え切れない程彼に憧れた。
──彼と一緒に戦うのが好きだった。共にいる時間が好きだった。
──ふとした時に見せる子供っぽい一面が好きだ。戦闘時の気迫に満ちた表情が好きだ。
正直とても心配だけど──いつも自分より誰かを優先しがちなところも好きだ。
何でも1人で背負おうとして、中々私を頼ってくれないのは少し不満だけど──それはきっと優しさの表れだから。そんな彼だから好きになった。隣にいたいと思った。傍で支えたいと思った。
もっと彼の隣にいたい、もっと彼に触れていたい。もっと私に触れて欲しい。出来る事なら少しの間だって離れたくない。もっと同じ時間を過ごしたい──もう、あんな辛い顔を見たくない。
堰を切ったように色んな想いが溢れ出す。こんなにも彼のことを想っているのに、どうして彼を救うことは出来ないのだろう。
──ミツキに会いたい。
そんな祈りが聞き届けられたかのように、私の前にシステムメッセージが表示された。アルゴからのメッセージだ。
『遅くなって悪いね、情報の精査に手間取った。最近、《黒鉄宮》にぶち込まれるオレンジプレイヤーが急増してるらしい。同時に、下層~中層にかけてオレンジだけを狙う《犯罪者狩り》の噂もあったよ──』
「……!」
《犯罪者狩り》──もしこれがミツキを指しているのだとすれば、投獄される者が増えているという情報と合わせ、彼がまだ誰も殺していない可能性が高い。まだ間に合うかもしれない。
『まだツキ坊と決まったわけじゃないけど、そいつに助けられたってプレイヤーが結構いるみたいだ。ついた渾名が《ヴィジランテ》だとさ。下層じゃちょっとしたヒーロー扱いだよ。とにかく、オイラは35層でもう少し情報を集めておく。皆も来てくれ』
35層といえば、今でも中層の下位プレイヤー達が多く集まる場所だ。それを狙うオレンジプレイヤーも少なくないと聞く。裏を返せば、その《犯罪者狩り》にとっても格好の餌場というわけだ。
ようやく掴んだ手掛かり──気を抜けばするりと抜け落ちてしまいそうなか細い糸を決して手放すものかと握り締め、私は転移門へ向かうのだった。
「ミツキ救出篇」とでも言うべきこの一連の話は、キリアスが新婚生活を送る裏で繰り広げられていきます。