「──ここに来るのも、随分と懐かしい気分です」
「ああ。まだひと月も経ってない筈なんだけどな」
およそ2週間ぶりに訪れたKoB本部。相変わらず厳格で冷たい空気の漂うこの場所に俺とアリスを呼び寄せたのは、他ならぬ団長ヒースクリフその人だった。
曰く──75層フロアボス攻略が始まる為、至急前線へ合流されたし。と。
「──ま、とっとと勝って帰ろうぜ」
「全く……その呑気さが、少し羨ましくなってきました」
差し出した俺の手をアリスが握る。2人の左手の薬指には、以前47層のクエストで入手した、花の意匠があしらわれた指輪が小さく輝いていた。
これまた懐かしく感じる会議室でヒースクリフから聞かされた状況は、思っていたよりも深刻だった。
75層迷宮区のマッピング自体は、時間こそかかったものの犠牲者ゼロで完了。発見されたボスの部屋には、攻略組5ギルド合同のパーティ20人を以て慎重を期した偵察が行われたのだが──
「──偵察隊が全滅……!?」
「うむ。厳密には、実際にボスと相対する役目を担っていた前衛の10名が全員死亡した。これは《黒鉄宮》の石碑からも確認が取れている」
「何故そのような……撤退は出来なかったのですか!?」
「帰ってきた後衛プレイヤー達の話によれば、前衛10人が部屋の中央に到達し、ボスらしき影が見えた瞬間、部屋の扉が閉まったらしい。封鎖されていたのはおよそ5分、その間、鍵開けスキルや直接攻撃による突破を試みたものの、一切効果はなかった。そしてようやく開いた部屋の中には──
例えどれ程の強敵だろうと、送り込まれたのは歴戦の攻略組プレイヤーだ。誰か1人でも脱出させ、偵察隊としての役目を果たそうとする筈。それすらも出来なかったという事は……
「また、《結晶無効化空間》か……」
「74層のボス部屋でも結晶アイテムが使えなかったと聞いている。もし、先の戦いが75層ボス戦の予行であるとすれば……以降、全てのボス戦に於いて緊急脱出は見込めないと考えるべきだろう」
絶対に負けられない1発勝負で抜き打ちの予行演習などされては堪ったものではない。只でさえ74層はいちかばちかのギリギリの戦いだったのだ、あんな運任せに近いゴリ押し戦法は二度と通用しないというのが、当人である俺の見解だった。
「……今回のボス戦、どう当たるつもりだ?」
「困った事にボスに関する情報が一切無い状態だ。攻撃方法は勿論、姿形すらも分からない。この上退路を絶たれ脱出も不可とあれば、統率を取れる範囲で、現攻略組上位プレイヤーを可能な限り集めた大部隊を以て立ち向かう他あるまい──その為に、君達を召喚させてもらった。あのような事件があって尚ギルドに残ってくれた君達には、もっと心身共に英気を養った上で復帰してもらいかった所ではあるが……急な呼びつけに応じてくれた事、改めて感謝するよ」
「協力するのは勿論だが……1つだけ条件だ。事と次第じゃ、パーティ全体よりも相棒の命を優先させてもらう──そうならないよう、あんたも全力を尽くしてくれ」
「無論だとも。君こそ、《双槍》の力を存分に振るってくれたまえ。奮戦を期待している」
ヒースクリフは既に方々へ声をかけていたらしく、ボス戦決行は今日。3時間後に75層転移門広場に集合するよう言いつけられた俺とアリスは、誰もいない無人の部屋で2人だけの時間を過ごしていた。と言っても、特別何かするわけでもない。与えられた3時間という準備時間が過ぎ去るのを、緊張と共に待っていた。
「……32人、か」
ふと、そんな言葉が俺の口から溢れる。32人というのは、今回ボス攻略に臨むに当たってヒースクリフが集めた攻略組上位層──即ち、トッププレイヤーの数だ。
一切の前情報無し、退路も無し、脱出不可、過去にも攻略組へ大きな損害を齎して来たクォーターポイントのボス──頭を抱えたくなるような悪条件の揃う戦いへ挑むにしては、少ないと感じざるを得ない。
「思い出しますね。第1層の頃を──」
俺の心の声が全て聞こえていたかの様に、アリスも言葉を零した。
「あの時も、レイド1つ分にも満たない人数での戦いでした。攻略本による事前知識こそありましたが、あの場の全員が初めて経験するボス戦に不安を感じていた筈です」
「そうだな……俺やキリトなんかはベータテストの時にも戦ったけど、絶対に死ねないっていう条件が1つ加わるだけで、不安で仕方なかった──思い返せば、アリスはいつも冷静だったよな。1層の時も、ビギナーなのに俺より落ち着いててすげーって思ったよ」
「……そう、見えていましたか──?」
その言葉に、俺はボーッと虚空を見つめていた目をアリスへ向ける。俺の隣では、アリスが自分の手をジッと見つめていた──白い篭手に包まれたその手は、微かに震えていた。
「私も、不安でしたよ。第1層の時は特に。それでも──」
彼女の手が俺の手を取る。互いの指を絡ませ、手の平をぴったりと密着させると、アリスの手の震えは嘘のように収まった。
「──それでもここまで戦ってこられたのは、お前がいたからです。時に前に、時に後ろに、時には隣に……お前の存在をずっと感じていたから、臆せずに戦えた」
「……ああ。俺も、君を死なせないように、君にカッコ悪い姿は見せられない──そんな事を考えると、頑張ろうって気持ちになれたよ。あの時は不思議に思ってたけど……今にして思えば、俺は1層で出会ったあの瞬間からずっと、君に惹かれていたんだ──だからこそ怖い。もし君を失ったら、俺はもう二度と戦えないかもしれない。また、あの地獄みたいな日々に戻ってしまうかもしれない。……なぁ、アリス──」
一緒に逃げようと言ったら、来てくれるか?──そう続けようとした俺の口に、アリスの指がピタリと当てられる。
「……それはダメ。あなたはもう、自分で思っている以上に皆にとっても大きな存在なの。確かに今回の戦いはかなり危険だわ。生きて帰れる保証は無い。でもね?そんな戦いに32人ものプレイヤーが集ったのは、先頭に立つ者がいるからだと思うの。2年前、私達が第1層を突破した事で『この世界からの脱出は不可能ではない』と証明してみせたように……団長とキリト、そして
「でも、希望なんて大層な役目、俺には……」
「大丈夫──だって、あなたの中には私がいるでしょう?」
繋いでいないもう片方のアリスの手が、俺の胸にそっと触れる。
「そして、私の中にもあなたがいる。私達は誰よりも近い場所でお互いを守り合っている。──私はあなたに勇気をあげる。だから、あなたも私に勇気を頂戴?」
微笑むアリスを空いている腕で抱き寄せる。
「……絶対に、生きて帰ろう。この戦いも、その先もずっと」
「ええ……きっと出来るわ……約束、したものね」
この世界を終わらせて、元の世界で俺達は再び出会う。そしてこの世界では出来なかった事を沢山、沢山経験して、思い出を重ねていく──それが本当に果たせるのかと泣いていた彼女の姿は見えないが、きっと心の奥底に隠れているはずだ。そんな彼女が安心出来るように、未来を信じられるように、俺の勇気が少しでも多く伝わるようにと、アリスを抱きしめる腕に力を込めるのだった。
──75層主街区《コリニア》へ向かう俺達は、転移門の前でキリトとアスナと鉢合わせた。
「……そりゃ、お前らもいるよな」
「そっちこそ」
小さく笑ったキリトは、チラと俺達の手に目をやると、
「こんな状況で言うのも何だけど──結婚おめでとう」
「おめでとう、2人とも」
祝福の言葉を受け取ったアリスは、少し照れくさそうな顔をする。
「……あ、ありがとうございます。アスナ、キリト」
「どうせ祝ってくれるなら、パーっと頼むよ──76層でな」
「なら、とっとと終わらせて良い店押さえとかなきゃな──行こう」
ゲートの上に並んだ俺達は、タイミングを合わせるでもなく、ピッタリ同時に同じ言葉を口にした。
「「「「転移──《コリニア》!」」」」
転移してきた俺達4人を出迎えたのは、今回の戦いに参加する28人のプレイヤー達の視線だった。
KoBの副団長2人は勿論、その横に並ぶ俺とキリト──《ビーター》であり、《ユニークスキル》使いの2人が揃っているとなれば、注目を集めるのも仕方ないと言えるか。
だがそんな彼らの視線から悪意めいたものは感じない。ジッと見られる事に多少の居心地の悪さこそ覚えるが……その視線には、尊敬と畏怖のようなものが感じられた。正直半信半疑だった「俺とキリトは皆の希望」というアリスの言葉は本当だったという事だろう。
「──おう!新婚夫婦お揃いで登場だな」
背後から聞こえた陽気な声に振り向くと、そこには見知った3人のプレイヤーが並んでいた。
「──なんだ、お前らも参加するのか」
「おいキリト、なんだとは何だ?今回は相当苦戦しそうだって聞いたから、こっちは商売投げ出してまで加勢しに来たんだぜ?この無私無欲の精神が理解できないたァ、悲しいねぇ」
「あら、ではエギルさんの分の戦利品は
「い、いやそれはだなァ……!?」
「ハハッ、サーニャっちもいい感じに強かになってきたじゃねぇの!LAも狙っとくか?」
「勿論、そのつもりでしてよ」
そう言って笑うクライン、エギル、サーニャの3人。エギルとサーニャに関しては個々の事情からボス戦を休む事もあったが、その実力はヒースクリフの目から見ても信頼に足ると判断されたらしい。
俺はサーニャに、ふと気になった事を聞いてみる。
「サーニャ、教会の方はいいのか?」
「……ええ。あの1件以来、シンカーさんが新しく立ち上げたギルドが本格的に互助活動を再開してくださいました。サーシャも子供達も、『自分達のことは気にするな』と言って送り出してくれたのですわ」
「そうか……頼りにしてるよ」
「こちらこそ、ですわ」
サーニャと握手を交わした所で、転移門に新たな光が灯る。光の中から姿を現したのは、紅白カラーの防具に身を包んだ一団──ヒースクリフ率いるKoBの精鋭達だ。
トップギルドと名高いKoBの中でも、今回の戦いに参加できると判断されたのはヒースクリフを除いて僅か4人──アリスとアスナ、一応俺やキリトも含めれば倍の人数になるが、それでも少ない。奴としても、それ程までにこの状況を重く見ているという事なのだろう。
「──欠員はないようだな。急な招集にも関わらず、この場に集まってくれた事を感謝する。状況は既に聞いての通りだ。最後のクォーターポイントとなる今回の戦いはこれまで以上に厳しいものになるだろうが、諸君の力ならば、必ず切り抜けられると信じている──解放の日の為に!」
ヒースクリフの声に、皆が鬨の声を上げる。相変わらず底の読めない男ではあるが、こういった状況でも平時と変わらず冷静に集団を率いてくれる存在というのはありがたい。アスナやアリスならまだしも、俺やキリトには到底真似出来ないだろう。
ヒースクリフは巨大な結晶を宙に掲げる。少し前まで俺も大いに世話になった《回廊結晶》だ。行き先は偵察隊がボス部屋前の安全地帯に設定したらしく、リスクヘッジも徹底されていた。
「では、行こうか──」
開いたゲートへ紅の聖騎士が足を踏み入れる。それに続き、紛う事なきこの城の最強パーティ32名は戦いの地へ赴くのだった。
──ゲートを抜けた先で、プレイヤー達は各々メニューを開き装備やアイテムの最終チェックを行っている。その表情が一様に硬い理由は、眼前の扉の内から感じるプレッシャーによるものだろう。
緊張から無意識の内に手を握り締めていた俺の腕に、そっとアリスが触れる。言葉は無い。しかし言いたい事は伝わった──大丈夫、という気持ちが。
その手に自分の手を重ね、互いの中にいる互いを感じていると──集団の先頭に立ったヒースクリフが十字盾を地に突き立てた。
「戦闘の指針だが──敵の攻撃パターンも一切不明な状態だ。基本的には我々KoBが前衛を務め、攻撃を食い止める。諸君はその間に可能な限り敵の動きを見極め、柔軟に対応して欲しい」
全員、無言で頷きを返す。それに対しあちらも頷きを返したヒースクリフは、純白のマントを翻して扉に手をかけた。ゴゴゴ…という重々しい音を立てて扉が開いていく──それに伴い、プレイヤー達は一斉に武器を抜いた。
「──死ぬなよ」
「ヘッ。お前らこそ、くたばんじゃねぇぞ!」
「今日の戦利品で一儲けするまで、ンな気はねぇぜ……!」
「ええ。子供達を悲しませるわけには行きませんもの」
「勝ったらキリトの奢りでパーティだ。精々暴れて腹空かせとけ」
「あのな…──いや、そうだな。ちゃんと全員に奢らせてくれよ……!」
キリトの言葉を最後に、扉が開ききる。束の間の静寂を、ヒースクリフが破った。
「戦闘開始──ッ!」
レイドが部屋の中へなだれ込む。薄暗いボス部屋の中に散っていった面々は、各々パーティメンバーと陣形を組んだ。
同時に、通ってきた扉がガシャン、と閉ざされる。恐らく、もう二度と開くことはないだろう──ボスを倒すか、俺達が全滅しない限り、永遠に。
油断なく武器を構え、周囲を警戒する。ボスはまだ姿を現さない。情報では部屋の中央に到達し、扉が閉まると同時にボスが出現したというが……。
この状況なら目よりも耳だ。瞳を開けたまま、聴覚に意識を集中させた。風ひとつないボス部屋の中は静まり返っており、聞き取れるのはプレイヤー達の息遣いと、防具等が発する小さな金属音だけ……否──
どこからともなく耳に入った、カサカサ、カラカラ、という小さな異音──目を閉じ、集中のレベルを1段上げて音の発生源を探る。
距離は離れている……場所は……後ろ──いや違うッ──!
「上よ──ッ!!」
アスナの声で全員が天井を仰ぎ見る。あれは──
史上最多である5段のHPバーと共に、ボスの名が表示される──《
骸骨の刈り手の名を冠する大百足は、4つある眼窩の奥に不気味な赤い光を灯すと、取り付いていた天井からプレイヤー達目掛けて落下してきた。
「固まるなッ!距離を取れ──ッ!」
ヒースクリフの指示に従い、プレイヤー一同は散開。大百足の落下予測地点から距離を取る──がしかし、余りにも悍ましい敵の姿に気圧され、移動が遅れた者がいた。
「何してる!早く来いッ!」
「こっちだ、走れッ!」
俺とキリトの声で我に帰った2人のプレイヤーが慌てて走り出す。だが恐怖で足が竦んでいるのか、足取りはどこか覚束ず──大百足が背後に降り立った衝撃に足をすくわれてしまう。
直後──横薙ぎに振るわれた大鎌が、2人の背中を深々と斬り裂いた──余りの威力に吹き飛ばされた2人を受け止めようと、アスナやクラインが手を伸ばすが……落ちてきた2人のHPバーは恐ろしい勢いで減少し、やがてゼロとなる。最期を看取る暇も与えられず、まるで落下したガラス細工のように2人のアバターは砕け散った。同時に、薄暗かった部屋の中がまるで地獄を想起させる真っ赤な色に染まっていく。
「い、一撃……だと……ッ!?」
ヒースクリフは言っていた。現攻略組でも上位のプレイヤーを集めると。その指標として最も分かり易いのがレベルだ。俺達は勿論、この戦いに参加している全員が《階層+10》以上の安全マージンをしっかりと取っている。「レベル差の暴力」という言葉があるように、レベルさえ高ければまず死ににくくなるのがレベル制MMOの大原則だ。死にさえしなければ、どれだけ強い相手だろうと活路を見い出せる──その筈だったのに。
読んで字の如く最強レイドに名を連ねる者でさえ一撃で葬り去るあの大鎌は、最早レベル制というゲームシステムの根幹に喧嘩を売っているようなものだ。あんな化物をたった32人で倒せというのか。
次なる獲物に目を付けたスカルリーパーは、気色の悪い雄叫びを上げながら無数の脚を蠢かせ猛進する。その進路上にいるプレイヤー達が挙って逃げ出す中、迫る骨百足の前に躍り出る者がいた。紅の鎧を纏ったその男──ヒースクリフは十字盾を構え、再び振るわれた鎌を真っ向から受け止める。《神聖剣》の防御力はあの恐るべきボス相手にも引けを取らず、叩きつけられた鎌の衝撃でヒースクリフは1メートル程後退したものの、一撃必殺の攻撃を防いでみせた。
しかし敵の動きは止まらない。片方の鎌が防がれたとみるや、もう片方の鎌を振りかざし、後方に退避していたプレイヤーを屠る。いくら《神聖剣》といえど、プレイヤーを優に超える巨大な百足の突進を完全に止めるには至らないようだ。これではまともに近づくことすら出来ない……!
ヒースクリフの横を通り抜けながら百足らしからぬ大ジャンプをかましたスカルリーパーは、逃げ惑うプレイヤーの前に回り込み、巨大な鎌を振りかざす──!
「キリト──ッ!」
「クソッ──!」
間に割り込んだ俺とキリトが、得物を交差させて鎌を受ける。2人掛りでなら受けきれるはずだと思っていたが、攻撃を受け止めた瞬間、予想以上の凄まじい重みがのしかかって来た。
「ぐッ……!?」
「重、過ぎる……ッ!」
重量級の片手剣を2本扱うキリトは言わずもがな、俺もキリト程ではないにせよ筋力ステータスを上げている。74層のボスの攻撃も大概ふざけた威力だったが、それでも2人掛りならどうにか受け止められた。しかしこの骨百足の攻撃はその比じゃない──体感では、以前第1層の地下ダンジョンで遭遇したあの死神の攻撃に匹敵する重さだ。即ち、攻撃力に関しては90層クラスという事……!
今にも地に着きそうな膝を根性で支え、懸命に鎌を押し返そうと抗うも、ジリジリと刃が肩口に食い込んでくる……そんな俺達を嘲笑うように、もう片方の鎌が襲いかかる──!
マズイ…!──そう思った時、視界に赤い影が割って入った。掲げた十字盾が鎌を受け止め、間髪入れず俺達を圧し斬らんとしていた鎌が大きく跳ね上げられた。
カウンターによる痛撃を受けたことでスカルリーパーは大きくノックバックし、僅かながらのインターバルが発生する。後ろを見れば、剣を振り抜ぬくアリスとアスナの姿があった。
「私達ではあの攻撃を受けきるのは不可能です──」
「でも、2人で同時に迎撃出来れば──行ける!
あの攻撃は一度「受け」に回ってしまうと、その圧倒的な重さで押し切られてしまう。アリスの言う通り、受けきれるのはヒースクリフだけだろう。同時にアスナの言う通り、2人分のソードスキルを重ねた同時迎撃であれば、今しがた彼女達がやったように鎌を弾くことも可能だ。それには発動タイミングや速度の異なるソードスキルをぴったりと重ねる必要があるが……
「そうだな……
キリトとアスナ、俺とアリス──互いに心の奥深くで繋がったコンビならば、不可能ではない!
「鎌は私達が食い止めます!他の者は側面から攻撃を──ッ!」
この状況下でもはっきり通るアリスの凛とした声が、聞いたものを恐怖の呪縛から解き放つ。己を奮い立たせたプレイヤー達が、百足の体に攻撃を繰り出した。これにより、ようやくHPが僅かながら減少する。しかし奴の武器は両腕だけではなかった。
頭部とは逆側──先端が鋭利な槍となっている尻尾が突き立てられ、攻撃を食らった者がまたしても散っていく。
声もなく、目線すら交わさず、互いの心を文字通り重ねたような一体感の中で大鎌に対処していた俺は、小さく歯噛みする。
大鎌は勿論だが、あの尻尾も相当厄介だ。グネグネとのたうつ尻尾側は可動域が胴体よりもずっと広い。奴が少し体を左右に曲げるだけで、尻尾攻撃の射程範囲に収まってしまう。
プレイヤーを蹂躙し続けるスカルリーパーは、胴体を大きく擡げて勝ち誇るように咆哮する。
傍らに表示される5段のHPバーは、1番上が僅かに減っているのみ──攻撃力だけでなく防御力も高いときた。
……ダメだ。これでは勝てない。この恐るべき大百足を打ち倒すには、このままでは無理だ。
両手の槍を握り締めた俺は、傍にいる戦友達に向かって口を開く──
「……キリト、アリス、アスナ……お前達は攻撃に回れ──鎌は俺とヒースクリフで抑える」
「ミツキ、お前何言って──!?」
「馬鹿言わないで!キリト君と2人掛りでも止められなかったのよ!?あなた1人で耐えられるわけが──!」
「受け止めるのは無理だが捌く事は出来る。俺の得意技、知ってるだろ」
「……あの大鎌を、
「このまま耐え続けてもジリ貧で負ける。これ以上犠牲を増やさない為には、少しでも早くアイツを倒すしかない──その点お前らなら適任だろ。幸いこっちには団長様がいる、いざとなったら泣きつくさ」
「……信頼してくれるのは光栄だが、些か無謀と言わざるを得ないな──しかし一理あるのも事実だ、君が出来るというのなら付き合おう」
ヒースクリフは同意してくれた。後は3人だ。
「──分かりました」
「アリス……!?」
「ただし──やるからには死ぬ事は許しません!私達があの怪物を倒すまで、絶対に生き残りなさいッ!」
「当然。……おしゃべりはここまでだ、頼んだぞ──ッ!」
3人と別れ、俺とヒースクリフはスカルリーパーへ真っ直ぐ突っ込む。それを察知した奴は、左の大鎌で俺達を横薙ぎに一掃しようとする──その攻撃は十字盾に阻まれ、間髪入れず右の鎌が襲いかかる──!
恐ろしい速度と威力を持つ鎌だが、目で追う事は十分可能だ。タイミングも先の攻防でおおよそ掴めた。斜め上から襲い来る鎌に対し、俺は槍の石突を攻撃の軌道に重ねた──。
──俺の獲得した《双槍》スキルには、熟練度上昇に伴う追加効果の中に2種類の《クリティカル威力上昇ボーナス》がある。1つは名前通りの珍しくもないものだが、もう1つは「敵の攻撃に対し1秒以内の反撃時のみ有効」というかなりクセの強いものだった。更に使って初めて分かった事だが、どうも反撃までの時間が短ければ短い程クリティカルの威力が増すらしい。
本来ならば回避してからの反撃を想定して設定されているのだろう。これら2つのクリティカルボーナスが重なる事などそうは無い筈だ──使うのが、俺のような異端の槍使いでもなければ。
骨百足の大鎌が槍を押し込む──次の瞬間、これまでにない勢いでグルンッ!と回転した槍が鎌の横腹を叩いた──!
奴は横へ弾かれた鎌を引き戻し、もう一度振るう。今度は下段から掬い上げるように──その攻撃も、跳躍から体ごとグルンと回転した俺の槍によって上に跳ね上げられた。
垣間見えた奴の赤い目が憎々しげに細められた気がして──俺は思わず獰猛な笑みを浮かべていた。
そうだ、こっちを見ろ──イラつくだろう?気持ち悪いだろう?俺を虫のように蹴散らせるはずの必殺の攻撃が通用しないという事実が信じられないんだろう?もっと打ってこい、もっと強く──!その尽くを、全てお前に返してやる──ッ!!
──部屋の中を疾走しながら、スカルリーパーは鎌を振るう。しかし紅の騎士の盾と、灰色の槍使いの奇怪な技によって周囲に群がるを虫ケラ達を斬り裂く事は出来ない。その間にも、腕のある者が間隙を突いて光り輝く攻撃を見舞ってきた。
刀を持つ甲冑の男は腹の下で縦横無尽に刃を振るい、深紅の剣の娘は背に飛び乗り、胴を斬り付ける。斧を持った大男は尻尾の根元を叩きのめした。しかしそれ以上に恐ろしかったのは、先程から鬼気迫る勢いで得物を振りかざす3人の
この時……ただプログラムに従って圧倒的な力でプレイヤーを殲滅するだけの存在だった筈のスカルリーパーは、初めての感覚を覚えた──恐怖という感覚を。
鋭い閃光が突き刺さる。白と黒が乱舞する。銀色の刃が、強靭な骨で出来たこの体を断ち斬る勢いで襲いかかる──!
自分の力はこの虫ケラ共を圧倒していたはずだ。現につい先程までこいつらは恐怖に慄いていたではないか。なのに何故、今になってこうもコイツらが恐ろしい?
そんな恐怖を振り払うように、もう何度目かも分からない鎌を振るう──まただ、叩き付けたはずの力が吸い取られるような奇妙な感覚……かと思えば、あの矮小な体では到底出せない強大な力で鎌を弾かれる。
何故…何故、何故何故何故何故ッ──何故──ッ!?!?
──この戦いが始まってから1時間以上が経っただろうか。俺とヒースクリフが鎌による蹂躙を食い止め、且つキリト達がアタッカーとして獅子奮迅の活躍をした事で、スカルリーパーのHPは大きく減少していた。絶望的な量に思えた5段のHPバーも残す所最後の1段──それもレッドゾーンに染まり、まさに後ひと押しという所まで追い詰めた。
鎌や尻尾による攻撃も最初程の激しさは見られず、奴も明らかに消耗している事が見て取れる。それは俺達プレイヤーサイドも同じ事ではあるが、あの理不尽の権化のような暴れっぷりさえ落ち着いたのならば、対処することは難しくなかった。
「今だッ!全員突撃──ッ!」
ヒースクリフの号令で、すっかり動きの鈍った骨百足へ全プレイヤーが殺到する。色取り取りのライトエフェクトを纏った斬撃、打撃、刺突が、残り少ないHPを削りきらんと繰り出される。
俺もまた、合流したアリスと共にここまで散々暴れてくれた事への鬱憤を晴らすかの如く、全力のソードスキルを叩き込み続けた。
やがて、骸骨の刈り手はその首を擡げ──断末魔の咆哮と共に、その巨体を爆散させた。
宙に浮かぶ《Congratulations!!》の文字が目に入るが、歓喜の声を上げる者は誰1人としていなかった。
元の静けさを取り戻したボス部屋の中で、プレイヤー達が倒れている。あの地獄が終わった事への安堵と、戦いの疲労感が一気に押し寄せてきたのだ。
キリトも、アスナも、俺とアリスも──最早減少したHPを回復しようという気力すら起きない。今はただ、自分の命が助かったという事実を噛み締めている者が殆どだろう。
だが……そんな状況下でも、確認しなければならない事が1つだけある。
「──今ので、何人殺られた……?」
刀に寄りかかるようにして座り込むクラインの声に、メニューを開いたキリトがマップに表示された光点を数える。集められたレイドの人数から逆算すると──
「……10人、死んだ」
「っ……嘘、だろ……」
「このメンバーが、今のアインクラッドの最高戦力、なのでしょう……?その3分の1が、たった一度のボス戦で……」
呻くようなエギルとサーニャの声。それはきっと、この場の全員の声を代弁していた筈だ。
これだけの犠牲を払ってようやく3分の2──残る25層はこれを上回る敵との戦いになると思っていい。この調子ではどんどんボス戦への参加者は減っていき、100層へ辿り着く前に全滅──仮に辿り着けたとしても、その時にはもう攻略組はたった1人しか残っていない、という状況だって考えられる。
その場合、100層で待ち受ける筈のラスボスと相対するのは誰か──考えるまでもなく、あの男だろう。
俺は盾に手をつき、周囲のプレイヤー達を見やるヒースクリフへ目を向ける。如何に最強の《聖騎士》といえど、あれ程の激戦をくぐり抜けたことでHPは半分近く減っており、ギリギリでイエローに至らず踏み止まっていた。
「(俺もあいつも、全力を尽くして皆を守ったのに……それでもこれか──いや、待て)」
ふと、俺の脳裏が違和感を訴えた。
その問いに、俺は明確にYESと答えられる。こうして多大な犠牲者こそ出してしまったが、そうならないよう全力は尽くしたつもりだ。だからこそ、この先の戦いに不安を感じている。
しかし……
少なくとも、この戦いに於いてあの男が全力を出さなかったという事は確かだ。普通、あの戦いの中で出し惜しみなどする余裕がある筈も無い。そんな余裕があるとすれば、それはきっと──
俺は取り落としていた槍を握り直し、ヒースクリフに気付かれないよう体勢を直す。
そんな俺に気づいたらしいアリスが何か言うより先に──俺は両手槍突進技《ソニックチャージ》を発動させた。
緑の光芒を引きながら突っ込んで来る俺に気づいたヒースクリフは、持ち上げた十字盾で攻撃を受ける。ガツン!という手応えと共に、攻撃は防がれた。驚いたような表情を浮かべるヒースクリフは──僅かな時間差で繰り出された、ペールブルーの輝きを湛えた黒衣の剣士の攻撃には反応できなかった。
輝く剣の切っ先が、紅の騎士の顔面に突き刺さる……その直前で、刃は阻まれた。
盾ではない。何もない空間に突如として出現した紫色の障壁──《圏内》等で見られるシステムによる保護だ。その証拠に、システムメッセージが表示される──
──《
「不死属性……ッ!?」
「……どういう、事ですか。団長……?」
突然凶行に走った俺達を追って来たアリスとアスナも、記憶に新しいあの表示について問い質す。だが弁明も何も返って来ない。ジッと黙したままの彼に代わり、俺が説明する。
「……この男のHPは、イエローになった瞬間システムに保護されるようになってるんだよ。この状態なら、さっきのボスともサシでやり合えるだろうさ──何せ一切のダメージが入らないんだからな」
「……この世界に来てから、ずっと疑問だったんだ。『アイツ』はあの日、『この世界を創り、鑑賞することが目的』だと言っていた。だったら、ここで戦う俺達プレイヤーの様子をどこから観察してるんだろう。ってな──」
そう言ってキリトは小さく笑う。
「けど、簡単な話だったんだ。何も難しい事はない、小さな子供でも理解できる単純な心理さ──『他人のやってるゲームを横で眺めてる事程つまらないものは無い』──そうだろう、