ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

27 / 138
世界がおわる日

「──死ぬなよ、ミツキ」

 

「……ああ。お前もな」

 

 並び立つ少年と短い言葉を交わし──二刀双槍の勇者達は、己が得物を構えた。

 同時に、紅の聖騎士と漆黒の剣士も剣を抜き放つ。

 

 周囲の空気と共に、思考が薄く、鋭く研ぎ澄まされていく。視界には、刃を交える4人だけが残される。

 

 これはデュエルではない。ルール無用、単純明快な命を賭けた殺し合いだ。決着の条件はただ1つ。どちらかが死に、どちらかが生き残る事──厳密には、奴らのどちらか片方でも倒せれば俺達の勝ち。しかし片方を集中攻撃する事も、片方が防御に徹してもう片方が勝つのを待つ事も、不可能と思っていいだろう。片や最強の聖騎士、片や最強のモンスターなのだ。背中を見せれば即、死に直結する。

 

 どちらか片方、等と甘えた考えは捨てろ。両方だ。俺達はこいつらを……あの男を……!

 

 

 ──殺す──ッ!!

 

 

「うおおおおおお──ッ!」

 

 キリトが二刀を振りかざし、先陣を切って突っ込んでいく。対するあちらも、グラファイトが同じく2振りの剣を手に突っ込んでくる。

 それぞれ目指す先はもう1人の敵──俺と茅場だ。2つの黒い影がすれ違い、視線が交錯した瞬間──急制動と共に黒と白、4つの刃が音高く打ち合わされた。俺と茅場、互いの敵に背を向けた状態で鍔競り合う二刀流の剣士達。その背中目掛け、俺と茅場もまた同時に地面を蹴った。

 

 グラファイトの背後から大きく跳躍した俺は、2人を跳び越えた先にいる茅場目掛けて右の槍を突き込んだ。

 落下の勢いも上乗せされた刺突は奴の盾で難なくいなされ、反撃の刃が俺の背に迫る──立てた左の槍の柄で受け、腰を深く落とすと同時に左腕から力を抜く。すると剣を受けていた槍はそのまま横に倒れ、下を向いていた穂先が奴へと向く──その刹那を捕まえて槍を持ち替えると、奴の腕目掛けて抉り込むような突きを繰り出した。

 

 奴は全てのソードスキルの生みの親だ。唯一の例外たる《双槍》の技はその限りではないが、上位技である《メテオストーム・グランツァー》は先のデュエルで披露してしまった。恐らく《双槍》の大技は《二刀流》同様連撃数に比例して隙も大きくなるという性質に気づいている筈。であれば、システムアシストに頼るのは愚策だ。ソードスキル無しの純粋な技量で戦う他ない。

 

 この2年間で培ってきた全てを注ぎ込み、本能に任せて槍を振るう。対する茅場も、俺の動きに慣れてきたのか間隙を縫うようにして鋭い反撃を織り交ぜてきた。時間が掛かれば掛かる程、奴は《双槍》の動きに適応していってしまう。その前に倒すのが理想だったが、あちらも紛う事なき強者だ、そう上手くはいかない。

 しかしこれだけでジリ貧に持ち込まれてやる程、俺は利口じゃない。これはルール無用の戦いだ。奴らには出来ない、こちらだけの武器を使わせてもらう──!

 ただ自分を狙わなくなっただけのモンスターと組む茅場には出来ない、俺とキリトだからこそ使える手段──戦いの最中、背後で激戦を繰り広げる黒衣の剣士と一瞬だけ視線を交錯させた俺は、茅場の剣を避けざまに思い切り後方へ宙返りする──その下をくぐり抜けるように、ジェットエンジンめいた金属音を湛えた赤い閃光《ヴォーパル・ストライク》が奴に襲いかかった。

 

 戦う相手を入れ替え(スイッチ)した俺は空中で身を捻り、逆手に握った左の槍を肩の上で引き絞る。同じく真紅のライトエフェクトを纏った投擲技《メテオ・インペイル》がグラファイトに放たれるが、流石は99層ボスというべきか、2振りの剣で弾き飛ばされてしまう。

 

 だがこれでいい。《二刀流》の技は元より超スピードの連撃が常。2~3連撃程度ならまだしも、5連撃以上は槍が2本あっても捌ききれない。こいつと戦うには、茅場の時とは逆にソードスキルを絡めた戦法でなければダメだ。

 槍が1本減って両手を使える様になった分、小回りが効くようになった。ギリギリ奴の剣の間合いに入らない距離で攻防を繰り広げるが……分かってはいたものの、化物じみた強さだ。スカルリーパーやフェイタルサイズ程ではないにしても、一撃一撃が重くて速い。この上更にソードスキルまで使ってくるのだ。

 純粋なパワーや速さといった各パラメータだけにスポットを当てればこれ以上のボスもいるだろうが、それら全てを引っ括めた総合戦闘力という点では、間違いなく今まで戦ってきたどのモンスターよりも強かった。

 

 グラファイトの繰り出した二刀流2連撃《ダブルサーキュラー》の初撃が俺の槍を弾き上げる。続く本命の2撃目が俺のガラ空きの胴を斬り裂くより先に、オレンジ色のライトエフェクトを纏った穂先がその剣を叩き落とした。

 どうやらモンスターとしてはかなり複雑にAI化されているらしく、のっぺりとした赤いバイザー状の目が微かに見開かれた──ような気がした。

 

 茅場の言っていた《無限槍》から引き継いだ《双槍》の能力の1つ。それは《双槍》使用中に槍が1本だけになった場合、単発技に限ってソードスキルの技後硬直がキャンセルされるというものだ。代償として《双槍》のソードスキルが使えなくなるのは勿論、クリティカルボーナスの効果も半減するが、それでもメリットは大いにある。

 

 なまじ敵の力が強いだけに、ただ打ち合っているだけではいずれ押し切られる。だが攻防の中にソードスキルを織りまぜれば、一部の技の相殺やシステムアシストを利用して弾かれた槍を引き戻すことも可能だ。更には──

 

「おおおおォォォ──ッ!」

 

 強烈な踏み込みによる一刺し《フェイタルスラスト》──それが避けられたと見るや、踏み出した足を軸に体をグルリと回し、槍を体の右側に引いた姿勢を取る。すると先程とは別の色のライトエフェクトが灯り、横薙ぎの範囲技《ヘリカルサイス》が発動。槍の横に逃げていたグラファイトはそれを剣で迎撃、対する俺は跳ね上げられた槍を一定の位置で止めると、紫のライトエフェクトが灯された。単発縦斬り技《エッジフォール》──跳ね戻るようにして振り下ろされた穂先は交差させた剣で受け止められ、俺は即座に槍を引き戻す。単発直線突き《スイフト・ランジ》が黒鉛の剣士の脇腹を浅く斬り裂いた。

 

 恐らくこれが《無限槍》本来の力なのだろう、硬直キャンセルの強みを存分に活かして繰り出されるソードスキルの連撃。

 ただスキルを連続発動すればいい訳ではない。次のモーションに移行するまでの時間が長くなれば反撃を食らう危険性も上がる以上、その場その場で最適なスキルを瞬時に選択する必要がある。武器カテゴリ1つとっても大量に存在するソードスキルの中から、最短最小限の動きで繋がる且つ軌道や威力等から効果的な技を選び取るのは、我ながら並大抵の事ではない。

 

 しかしグラファイトもまた、並大抵の剣士ではなかった。ダメージを受けつつも、両手の剣に緑の光を纏わせる──二刀流水平2連撃《エンド・リボルバー》──咄嗟に体を限界まで仰け反らせ直撃を避けた俺は、そのままバク転して距離を取った。

 

 不意に、背中に何かがぶつかる。振り向かずにその正体を察した俺は、

 

 

「「──スイッチ!」」

 

 

 異口同音の言葉を合図に、背後のキリトとまたも位置を入れ替えた。振り向きざまに背後に突き立っていた黒槍を掴み、二槍状態で再び茅場と相対する。

 

 ──そこからの戦いは目まぐるしさを増した。2手、3手と短い攻防を経ては俺とキリトはコロコロと相手を入れ替える。間合いが全く異なる二刀流と双槍の乱舞に、茅場はともかくグラファイト側が次第に攻撃の手を減らし始めていた。このまま押し切れば勝てる……そんな時──この状況を打開せんと、グラファイトは二刀に一際眩い光を纏わせた。あの構えは……二刀流の最上位剣技、27連撃技《ジ・イクリプス》……ッ!

 現在グラファイトと相対するキリトもそれを察知し、それならばと自身も同じ構えを取る。

《ジ・イクリプス》は強力な反面、発動中及び発動後の隙が大きい技だ。キリトが奴の剣を同じ技で相殺し続ける間に背後からグラファイトを貫く事が出来れば、それで勝負は決する。しかしそれは向こうにとっても同じ事。よって俺がすべきは、キリトがあの27連撃を全て捌ききった末に生まれる僅かな隙を逃さない事と、それまでの間茅場をきっちり抑えておく事──そう思った時には、奴は動いていた。

 

 オーバーアシスト程の無茶なスピードでこそないが、恐らく奴のステータス補正を全開にした全力の突攻は、俺の虚を突くのに十分過ぎる効果を発揮し……紅の聖騎士は黒鉛の剣士を突き飛ばし、キリトの眼前で十字盾を掲げる。

 

 一方、弾き出されたグラファイトも姿勢は大きく崩れておらず、両手の剣には未だライトエフェクトが灯ったまま……このままではキリトが危ない……ッ!

 

 考える間も無く、俺は半ば反射的にキリトとグラファイトの間に身を割り込ませ──刹那、太陽のコロナの如く荒れ狂う剣閃が解き放たれた。

 

《二刀流》スキルの生みの親である茅場は言わずもがな、俺もキリトと共にユニークスキルの熟練度上げに付き合っていた都合、一通りの剣技は見せて貰って頭に入っている。剣の軌道も見えているが……

 

「(クソッ……凌ぎきれるか……ッ!?)」

 

 反撃のカウンターなど挟む余地もなく、可能なものは回避しつつも両手の槍をフルに使って怒涛の27連撃をひたすら逸らし、受け流す。しかし剣が槍に触れる度にビリビリとした衝撃が伝わり、俺のHPをジリジリと削ってくる。ダメージレースはこちらが劣勢だ。もし一撃でも受け方をミスれば俺は死ぬだろう。

 

 目測ではあるが、技を発動させたのは僅かながらグラファイトの方が先だった。つまりグラファイトのソードスキルの方が先に終了し、茅場より俺の方が先に自由になるという事だ。グラファイトの攻撃が終わった瞬間、防御に集中してガラ空きとなっている茅場の背中に一撃を見舞う事が出来れば……!

 

 チャンスは一瞬……しくじればキリトの命は無い。2人揃って勝つ為にも、俺が先にへばる事など絶対に許されない。

 

「(そうだ……皆で帰るんだッ……元の、世界に──ッ!!)」

 

 不意に、俺の視界から色が抜け落ちる。音も遠ざかり、背後の剣撃音が微かに聞こえるのみとなる──灰の領域(グレースケール)と勝手に名付けて呼んでいるこの世界は俺の感覚を加速させ、迫る刃が目に見えて遅くなる。

 

 

 19──20、21──残り6連撃。

 

 

 剣が遅く見えているのはあくまで俺の認識内だけだ。相変わらず返し技を混ぜる余裕などありはしないが、お陰で剣を迎える槍の角度を意識出来るようになった。素早く、出来る限り丁寧に、剣線と平行に近くなるよう槍を沿わせ、少しでもダメージを減らす。

 

 

 24、25、26──残り1撃……!

 

 

 27連撃の最後を締める左突きが繰り出される。俺はその刀身の腹に左の槍を突き込み、軌道を逸らす──その勢いのまま体をクルリと向き直ると、右の槍を大きく引き絞った。

 

 まだ茅場はキリトの攻撃を防いでいる最中。この距離ならば確実に仕留められる──!

 

 そんな確信と共に、両手槍重単発技《コンヴァージング・スタブ》を放つ──放とうとした俺は、不意に体の内部に何か異物が入り込んだのを感じた。異物感の源である胸元を見れば、黒光りする刃が俺の胸から真っ直ぐ突き出ていた。それを見た瞬間、視界に色が戻ると同時に頭の奥に鈍い痛みが走る。

 

「な───」

 

 なんだ?どういう事だ?グラファイトの27連撃は全て捌ききった。奴は今技後硬直で動けないはず──いや、まさか……奴も同じだと……!?先の俺と同じように、こいつもソードスキルの硬直をキャンセル出来るというのか……ッ!?いや、構うな!今は早く奴を──!

 

 時間にしてほんの一瞬、1秒にも満たない僅かな時間──攻撃を防ぎ切った茅場が剣を振りかざすには、それで十分だった。

 

「さらばだ──キリト君」

 

 鮮やかな赤い光を纏い、振り下ろされる刃──その前に、白い影が躍り出た。

 

 キリトを庇うように両腕を広げる白い影──アスナの肩口から胸にかけて、深々とダメージエフェクトが刻み込まれる。こぼれ落ちる光は茅場の剣から散る赤い残光も相まって鮮血が噴出したようにも見えた。

 

 後ろに倒れ込むアスナをキリトが受け止める。彼女のHPバーは凄まじい勢いで減少し──やがてゼロになった。

 

「嘘……だろ……そんな……ッ」

 

 掠れた声を漏らすキリトに、アスナは小さく何かを言い残し──彼女のアバターは、無数のポリゴン片へと分解されていった。キリトはアスナを形作っていた破片をかき集めようと手を伸ばすが、その手は虚しく宙を掻くだけだ。

 

「これは驚いた……自力で麻痺から回復する手段は無かった筈だが。こんな事も起きるものかな」

 

 遂には膝を着いてしまったキリトを前に、茅場はメニューを開いて呟く。その表情には驚きと称賛の色が見えた。

 

「──さてキリト君。まだ戦うというのなら剣を取り、立ちたまえ」

 

 答えは無い。アスナの死という出来事が齎した衝撃は、キリトから戦う気力を根こそぎ奪ってしまったようだった。それでも何かが彼を動かしたのか、徐に立ち上がったキリトは右に黒の愛剣《エリュシデータ》を、左にはこの激戦で破損してしまった白の剣《ダークリパルサー》に代わってアスナの形見であるレイピア《ランベントライト》をそれぞれ手に取る。しかしそこからは力無く剣を振るのみで、繰り出される攻撃は攻撃とすら呼べないものだった。

 

 小さく嘆息した茅場はキリトの手から黒の剣を弾き飛ばすと、その胸の中心へひと思いに剣を突き立てた。

 

「キリ、トッ……!」

 

 俺の体を、グラファイトは剣のひと振りで無造作に投げ捨てる。されるがままに打ち捨てられた俺のHPバーは既に真っ赤。それももう残す所あと僅かだ。もう後10秒程もすれば、俺もアスナの後を追う事になる。

 刺し違える事すら出来なかった……あの時、何があろうと意識を揺るがずにいられたのなら、アスナが犠牲になる事はなかったのだろうか。キリトを死なせる事にもならなかったのだろうか──

 

 彼女を、残して……くそ、考えが纏まらない……っ

 

 思考にモヤがかかる。意識が深い闇に沈んでいく……最早完全に閉ざされた視界の中、俺のHPバーがゼロに──

 

 

 ──ミツキッ!

 

 

 遠くに、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。彼女の……そうだ、アリスの声だ。

 

「ア…リ、ス……」

 

 

 今際の際に口にした名前が、俺の意識にかかっていた靄を晴らし──小さな炎を灯した。

 

 ──認められるものか。決めたではないか、2人揃って勝つと。皆揃って帰るのだと。

 

 震える腕に力を込め、体を起こす。体は妙に重いし、締め付けるような頭の痛みは強まるばかり。

 

 ──例え、俺はここで死ぬのだとしても……だからといって、諦めていい理由にはならない。

 

 

 まだ体は動く。まだ、俺は死んでいない──ここでようやく気づいた。視界の左上に表示された俺のHPバーが、不自然な点滅を繰り返している。HP全損という、システムに定められた逃れようのない結末に抗うように。最後の最後、搾りカスのような1ドットが消えたかと思えば現れ、また消えたかと思えば現れる、その繰り返しだ。

 

 傍らに転がっていた槍を拾い上げ、立ち上がる。未だに死なない俺の元へグラファイトが迫る。中々消えない小さな灯火を完全に消すべく、自らの名と同じ艶のある黒鉛の剣を構えた。俺も懸命に槍を持ち上げ──

 

…おおおぉぉぉ──ッ!」

 

 2つの刃が突き出される。

 

 ──その瞬間、目の前で金色の風がふわりと舞った。

 

 俺の槍はグラファイトをしっかりと貫き、俺より一瞬早く繰り出された奴の剣は──俺ではなく、俺の前に躍り出たアリスの胸を貫いていた。奴のHPと共に、彼女のHPもまた緩やかに減少していく。

 

「……本当に、馬鹿だな……君は」

 

「こちらの、セリフです……っ……言ったでしょう──お前を独りにしない、傍にいる。と──」

 

「……ああ……そう、だったな……」

 

 灯火を守っていたものが遂に消え去り、僅か1ドットの命が吹き消される。同時に、眼前にいる2人の剣士のHPもゼロとなり──俺達の体は、美しい破片となって散っていった。

 

 

 

 

 

 ──《11月7日 14時55分 ゲームはクリアされました》──

 

 ──《ゲームはクリアされました》──

 

 

 

 

 急速に遠ざかる無機質なアナウンスを耳にしながら、俺は意識が閉じるのに身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──燃えるような夕焼けとはこういうのを言うのだろう。気づけば、俺は謎の空間にいた。

 どこまでも広がる空を鮮やかな夕日が照らすだけの、だだっ広い空間。しかし燦然と輝く太陽と上空を漂う雲のお陰か、言う程殺風景には感じない。透き通った足元に一瞬ギョッとしたが、夕日の光を反射しているのを見て、今俺が立っているのは分厚い水晶盤か何かなのだと思い至り、ほっと息を吐いた。

 

「……まぁ、関係ないけどな。もう死んだんだし」

 

 あの時確かに俺のHPはゼロになった。ベータテスト以来久しぶりの、アバターが砕け散るあのなんとも言えない感覚も味わった。システム的に見れば、今の俺は間違いなく死んでいる。てっきりゲームオーバーと同時に即お陀仏かと思っていたのだが……

 

 そんなことを考えていると、ふと背後から足音が聞こえた。足音はどんどん近づき──やがて俺の背後で止まる。

 

「……改めて言うけど、本当に馬鹿だよ。君は」

 

「こちらのセリフだと言ったでしょう……この大馬鹿者」

 

「……ごめんな」

 

 背後に佇むアリスへ、謝罪の言葉を口にする。

 

「本当に……っ……ごめん──君を守るって……2人で元の世界に帰るって、約束…したのに……っ」

 

「……確かに、元の世界でまた出会うという約束は果たせなくなってしまいましたが……それでも、別の約束は果たせます──」

 

 アリスは俺の隣に移動し、俺の手を取る。

 

「私はお前の傍にいる。この命が尽きる最後の瞬間まで、ずっと一緒にいます」

 

「っ……」

 

 微笑む彼女を抱き寄せる。長いようで束の間のような口づけの後、アリスはきょろきょろと辺りを見回す。

 

「──ところで……ここはどこなのです?」

 

「俺にもよく……そうだ──」

 

 試しに右手を縦に振ってみる。すると聴き慣れた鈴のような音と共に、メニュー画面が出現した。

 

「……少なくとも、死後の世界とかじゃないみたいだ」

 

 メニューのトップには装備フィギュアではなく、《最終フェイズ進行中》という一文の下に、進捗を表すパーセンテージが表示されている。この最終フェイズというのが茅場の言っていた「脳破壊シークエンス」であるなら、これが100%になれば俺達は晴れて死ぬということなのか。そういう事なら、今は精々この景色を堪能させてもらうとしよう。

 

「……ミツキ、あれを──」

 

 アリスが指さす先には、眼下に広がる雲の上で崩壊していく円錐状の城──アインクラッドがあった。

 

「……最初は牢獄みたいに思ってたし、実際そうではある訳だけど……こうして壊れてくのを見るのは、なんかこう、アレだな」

 

「ええ……どこか、寂しい気持ちです」

 

「──そう言って貰えるのなら、製作者冥利に尽きるな」

 

 不意に聞こえた声に、俺とアリスは横を見る。そこには、白衣に身を包んだ細身の男が立っていた。

 

「……茅場、晶彦」

 

「まずは報告だ。現在、アーガス本社地下5階にあるSAOメインフレームの全記憶装置で、データの完全消去を行っている。あの城が崩れているのは、その比喩表現だ」

 

「消去……あの世界に生きていた人々は、どうなるのです……?」

 

「心配には及ばない。先程、生き残った6147人のプレイヤー全員のログアウトが完了した」

 

「いえ、そうではなく……!」

 

「……そういえば、アリス君はNPCにも人間として接していたな。残念だが──」

 

「──浮遊城アインクラッドは、《大地切断》によって地上から遥か空へ浮かび上がった城だ。ラスボスが倒された今、あの城に生きていた人々は元いた地上へ帰れるはずだよ──そうだな、茅場?」

 

「……ああ。そうだな」

 

 俺が語ったのは、アインクラッド創生にまつわる逸話──身も蓋もない言い方をすればただの《設定》だ。だが茅場はそんな俺の言葉を否定することはなく、口元に極小さな笑みを浮かべて首肯を返した。

 

「……ちゃんと聞きたかったんだ。アンタはなんで、こんな事を?目的は虐殺でも監禁でもない、この世界の鑑賞と言っていたが、その実アンタはああして俺達と共にあの世界を生きていた。その意味はなんだ?」

 

「何故、か……私も長い事忘れていたよ──」

 

 ──フルダイブ環境システムの開発を始めたあの瞬間……それよりもっと前から、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界の創造を夢見てきた。しかしその世界にも、現実とは異なる「その世界の法則」が存在する。そこに生きるものは総じてその法則に縛られる。その事に気づいた時点で、あの時の夢が埋もれていってしまったのかもしれない。

 

 しかしそんな中、創造主たる自分の予想を超えるものを目にする事が出来た。彼ら彼女らは文字通り世界の理に抗ったのだ。

 

 きっかけは小さな子供が胸に抱いた稚拙な空想だった。

 いつかこの大地から飛び立って、あの城に行きたい……年を経る毎にディテールを増していったその夢が、その過程で胸の奥底に埋もれて尚、確かな輝きを持って存在していたその夢だけが、茅場晶彦という男を動かす原動力だったのだ。

 

「──私はね、今でも信じているのだよ。ここではない、どこか別の世界には……あの城が実在するのだと」

 

「……だといいな。もしそんな世界があるなら、俺も見てみたい」

 

「……茅場晶彦。無辜の民をこの城に閉じ込め、戦いを強いたお前の所業は決して許される事ではありません。しかし──この2年を過ごしたアインクラッドは、少なくとも私にとって、紛う事なき現実でした。辛く苦しいことも、幸せで楽しい事も、等しく内包したこの世界は……間違いなく、本物でした」

 

「……そうか。なら、良かった」

 

 アリスの言葉を受けた茅場は、初めてはっきりと笑みを浮かべる。

 

「……時間だな。私はこれで失礼するよ。最後に──ゲームクリアおめでとう。ミツキ君、アリス君。()()は、私からのほんの囁かな報酬だ」

 

 そう言い残し、茅場は姿を消した。再び2人だけの静寂が訪れる。恐らくもう、長い時は残されていない。こうして会話出来るのも僅かな間だけだろう。

 

「そうだ、最後に教えておかなきゃな──」

 

「……何をです?」

 

三島 翠月(みしま すいげつ)──元の世界で会った時、君に呼んでもらうはずだった……俺の本当の名前だ」

 

「スイゲツ……綺麗な響きの名ですね」

 

「そうかな……個人的に、ちょっと古臭い名前だと思ってたけど」

 

「私は好きですよ。ミツキという名も、スイゲツという名も。──そちらが名乗ったのなら、こちらも名乗らねばなりませんね……といっても、私に語れるようなものは多くありませんが」

 

 夕日を背にしたアリスは俺の前に進み出ると、サファイアの瞳が真っ直ぐ俺を見つめてくる。

 

 

「私はアリス──世界中の誰よりも、お前を愛している人間の名です。どうか、覚えていてください」

 

「っ……ああ。忘れない。絶対に、忘れるもんか……っ」

 

 

 胸の奥にしっかりと刻み込んだ彼女の名は、この命が消えて尚残り続ける。

 

 願わくば、生まれ変わってもまた出会い──今度こそ共に時を歩めますように。

 

 そんな願いを胸に、互いを抱きしめ合う俺達は眩い光の中に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──電子音が耳につく。薄らと目を開けば、そこにはアイボリーホワイトの天井が広がっていた。視線を横へ移動すると、窓から差し込む光が目を焼いてくる。堪らず光を遮ろうと手を持ち上げると、異様に骨張った手が目に入った。

 

 これは……俺の手か?グローブはいつ外したっけ。こんな手じゃとても槍は操れなさそうだ。

 

 そんな考えが浮かんでは消える。腕にはチューブが繋がれ、それを辿れば金属製の支柱に吊るされた輸液パックが目に入った。こんなもの……アインクラッドにあったか?いや……無い。という事は、ここはアインクラッドではない──?

 

 掠れた息を漏らしながら、苦労して頭に手をやる。ツルツルとした感触を感じ、これまた苦労してヘルメット状のそれを脱ぎ捨てると……そこには、使い古されたナーヴギアがあった。

 

 

 間違いない……ここは、現実だ。

 

 

 俺は、帰ってきたのだ。

 

 




無事にアインクラッド編を完走できました。
皆さんの下さった感想等が非常に励みになりました。改めまして、ありがとうございます。
「アインクラッド編」は出来る限り週1以上更新を心掛けようと頑張ってきましたが、次章以降は更新頻度が少し落ち着くかもしれませんし、落ち着かないかもしれません。
取り敢えずはフェアリィ・ダンス編に向けて準備を進めていきます。

重ね重ね、ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。



追記:2024/11/7 Congratulations!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。