ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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女剣士アリス

「ありがとうございました、旅のお方。お礼と言ってはなんですが、こちらを」

 

「ありがとう」

 

 あれから程なくしてオオカミ狩りのクエストを終わらせた俺達は、村にいる村長NPCから報酬の金と経験値、そして目玉である《アニール・スピア》を受け取った。

 ここまでの役目を立派に果たしてくれた《ブロンズ・スピア》に心の中で礼を言い、新たな相棒を装備すると、ベータの時感じていたあの頼もしい重みを再び味わい、自然と笑みが溢れてしまう。

 

「終わりましたか?何をニヤニヤしているのです、気持ち悪い」

 

「少しくらいいいだろ。クエストクリアの余韻に浸らせてくれよ」

 

「私には関係のないことです。それで?」

 

 村長の家の外で俺を待っていたアリスは、些かの苛立ちを覚えているようだ。無理もない。本来ならクエストクリアに必要分のオオカミを倒してすぐに帰るはずが、帰り道に見かけたオオカミの群れを迂回したり、その先で何度か別のMobと遭遇して武器の耐久値にヒヤヒヤしながらの戦闘になったりと、日にちを跨ぐ結構な回り道をしてしまったのだから。お陰で彼女のレベルもぐんぐん上がり、今ではお互いレベル6。そろそろここでの狩りでは経験値効率が下がってくる頃合だ。

 

 しかしこの時の俺は、懐かしき相棒が我が手に戻ったという事実に浮かれており……

 

「ん?」

 

 などと、気の抜けた生返事を返してしまった。それを聞いた女剣士アリス様は──SAOのシステム上不可能なことではあるのだが──人を殺せそうな目つきで俺を睨む。

 

「まさか私を騙したなどと言わないでしょうね。斬りますよ?」

 

 そう言って腰に下げた剣の柄に手をかけた彼女を、俺は必死で制止した。

 

「待て待て!それは本当にシャレにならない」

 

「命が惜しいならとっとと話しなさい。この世界の情報を」

 

「分かった、次の村に移動しながら話す。だから取り敢えず柄から手を離してくれないか……」

 

 疑わしげな目で俺を見つめるアリスは、渋々剣にかけていた手を下ろす。しかし俺がまた彼女の機嫌を損ねることがあれば、本気で剣を抜きかねない。そうならないよう、できる限り言葉を選びながら、俺はこのSAOの世界のことを手短に、1つずつ解説していった。アリスはそれを真剣な表情で、時折質問を挟みながら聞いている。

 

 説明している中で分かったことがいくつか。

 まず、彼女はそもそもゲーム知識に疎いということ。RPGに触ったことのある人間なら本能的に理解できるであろう基本用語にすら首を傾げる程に。

 そしてもうひとつ。これが一番驚いたのだが、どうやら彼女は現実世界──リアルでの記憶が無いらしい。覚えている事といえば、自分の名前と剣での戦い方のみだという。このゲームをプレイしている以上絶対に避けては通れないナーヴギアのことも知らない様子だったことから、嘘ではないようだ。

 

 にわかには信じ難い話だが、ナーヴギア──フルダイブは生まれて日も浅く、まだまだ発展途上な技術だ。人間の脳に干渉する以上、何らかの不具合によって記憶をなくしてしまう……そんな事故も起こり得るのかもしれない。

 

「──それと、さっきは俺とあんただけだから何もなかったけど、今後は他のプレイヤーに対して無闇に剣を抜かない方がいい」

 

「何故です?自衛の為にも必要なことだと思いますが」

 

「それは勿論なんだが…俺の頭の上に緑色のマークが浮いてるの、見えるか?これはこのゲームにログインしたプレイヤー全員につく目印で、通常は緑色に設定されてる。けど、特定の条件を満たすとこいつがオレンジ色に変わるんだ」

 

「条件…どのような?」

 

「色々あるが…顕著な例が『自分と同じプレイヤーに対して傷害行為を行うこと』だ」

 

 元よりこのSAOはPK(プレイヤーキル)を禁止していないゲームだ。《犯罪防止(アンチクリミナル)コード》で守られている街の中は絶対の安全が保証されているが、そこから一歩でもフィールドに出ればシステムの加護は無くなり、自由にプレイヤーを攻撃することができる。

 

 PK行為を始めとした、システムに定められた犯罪行為を犯した者は頭上のプレイヤーカーソルがオレンジ色となり、恒久的にシステムの保護を受けることができなくなるのだ。それはつまり、クエストや経験値稼ぎを終えて疲弊した状態でも尚、外敵を警戒し続けねばならないことを意味する。

 

「──と、そんなわけだ。もし犯罪者(オレンジ)プレイヤーになったら街に入れないからアイテムの補充もできないし、寝床にも困る。一応救済措置で元に戻る方法もあるが、長ったらしくて正直やってられない」

 

 ベータテストの時、パーティを組んでいた他のテスターが喧嘩で味方を攻撃してしまい、カーソルをグリーンに戻すためのカルマ回復クエストに付き合った経験がある。あれはクリアしたところで経験値も(コル)もアイテムも何も貰えない、本当にただ長いだけの巡礼クエストだった。

 

「なるほど。この世界のことはある程度把握しました。──それより、先程から怪物や獣に遭遇しませんね」

 

「ああ、安全な道を通ってるからな。この辺は夜になると、今の俺達じゃまず倒すのが難しい強力なMobが湧くんだ。このルートは超歩くけど、まず死ぬことはないと思う」

 

「お前が突然道を外れて茂みの中に入っていった時には驚きましたが、まさかこんな道があるとは……」

 

「多分もうちょいで次の街に着く。そしたらすぐに武具屋に行くぞ」

 

 やがて道を覆っていた木々が晴れ、暖かい光のちらつく街が目に入った。

 

 第1層は円錐状のアインクラッドの中で最大の面積を誇る階層だ。故にフィールドも多様さに溢れている。最南端には俺達が一番最初に立った《はじまりの街》周辺はイノシシや昆虫系モンスターが出現する草原地帯。そこから北西に進むと、俺達がクエストを行っていた森林地帯が。北東に行けば湖沼が広がっている。更には遺跡や山や谷など、ゲーム序盤のステージとは思えない広大さだ。

 

 そんな第1層に於いて、どこからでもその姿を確認できる存在が1つだけある。エリア最北端にそびえ立つずんぐりとした塔──第1層迷宮区だ。あの塔の最上階に住まうフロアボスを打ち倒せば、上の層への道が開けるのだ。

 

 そんな迷宮区の最寄りにある中規模な町──《トールバーナ》が、現在俺とアリスの目指している場所だった。《はじまりの街》より規模は小さいが、NPCが経営するアイテムショップの品揃えや鍛冶屋のレベルはこちらの方が上だ。第1層で最も栄えている場所と言える。

 

「街に入ったら走るぞ。まだゲームが始まってそう日にちも経ってないから、人も殆どいないと思うが、急ぐに越したことはない」

 

 ベータ時の記憶より入口から最寄りの武具屋への最短ルートを脳裏に呼び起こして町の北門をくぐり抜けると、アリスの答えを待たず一目散に走り出す。当然困惑するアリスだったが、考える暇もなく俺に背中を押され、現時点での敏捷ステータス全開で石畳の地面を駆け抜けた。

 

《トールバーナ》のNPC武具店は、北門から100メートル程の所にある。そこまでを全力疾走した俺は、肩で息をつきながら買い物を始める。

 

「はぁ…はぁ…一体何なのです。先程の話では、こういった町中は安全なのでしょう?」

 

「そうなんだが…はぁ…ある意味モンスターよりも怖い連中がいるかも分からないからな。その予防策は打っておくべきだと思ってさ」

 

 取引ウィンドウを操作する俺を訝しげな目で見るアリスは、何度目かもわからない疑問符を浮かべている。買い物を終えた俺は、アリスにとあるアイテムを渡した。

 

「それ、装備してみ」

 

「これは……」

 

 俺がアリスに渡したのは、フード付きの腰まですっぽり覆える群青色のケープだった。特徴的な腰に届くほどの金髪を完全に隠すことはできないが、フードを目深に被れば人相を隠すことはできる。

 

「何故このようなものを?受け取る際に詳細を見ましたが、これといって特別な効果は無さそうでしたが」

 

「この世界じゃ、まず女性プレイヤー自体がかなり少ない。大部分は《はじまりの街》に引き篭って会うことはないと思う。ここまでは分かるか?」

 

 アリスはコクリと頷く。

 

「つまり、この世界じゃ女プレイヤーってだけである程度注目を集めてしまう。中にはお前をか弱い女プレイヤーと見て、言い寄ってくるような奴もいるかもしれない」

 

 今度はムッとした表情になると、背中を冷や汗が伝う錯覚を覚える程の威圧感が静かに放たれる。やはり彼女は「女だから」という理由で侮られるのが嫌いなようだ。

 

「つ、つまり、顔を隠しておけば不必要に絡まれたりする心配が減るってことだ。あんたにとっても悪くない話だろ?」

 

「……まあ、そういうことなら」

 

 なんとか納得してくれたらしいアリスは、ケープのフードを被る。因みに彼女に渡したケープは詳細テキストを見ても特殊な効果は無いが、比較的暗い色のため、茂みや暗がりに隠れれば少しだけ隠蔽(ハイディング)補正がかかる。精々普通よりちょっと見つけにくくなる程度で、索敵スキルを使えば1発でバレてしまうが、それはおまけなので問題なし。いつか役立つ時があるならそれでいい。

 その後は鍛冶屋に行って、ボロボロだったアリスの剣のメンテナンスを行う。思えば初期装備の《スモールソード》で単身よく戦い抜いたものだ。同じ片手剣使いでSAOでの戦闘に長じたベータテスターでもあるキリトですら《はじまりの街》を出てすぐに上位武器である《アニールブレード》へ乗り換えるつもりでいたというのに。

 

「……なぁ。もう少し強い剣、欲しくないか?」

 

 NPC鍛冶屋の手で修繕されていく剣をジッと見つめているアリスに、それとなく聞いてみる。

 

「あるのですか?」

 

「ある。俺の知り合いも真っ先に向かおうとするくらい頼もしい剣が。ただ俺の槍と同じクエスト報酬だから、それなりに危険は伴う」

 

「危険は承知の上です」

 

「分かった。なら今日はもう休んで、明日の朝に出発しよう。宿の場所、分かるか?」

 

「分かるはずがないでしょう。私はお前程知識を蓄えていないのですから」

 

「OK。じゃあついて来い。金はまだあるはずだよな?」

 

 アリスを伴って店を後にした俺は、町の中央にある広場へ足を運ぶ。町中の施設の配置を覚えるなら、この方が分かりやすいはずだ。

 

「ここから向こうに行くと、回復ポーションなんかが売ってるアイテムショップがある。んで、最寄りの宿屋はそこ。でもあそこは値段の割に部屋が窮屈でな。道なりにもう少し奥まったところに行けば、値段相応の宿がある。目印は『INN』って書いた看板だ」

 

 我ながら色々と早口で喋ってしまった感があるが、意外にもアリスは全て記憶したようだ。生真面目な性格や言葉遣いといい、リアルの方では成績優秀な学級委員長あたりなのではないだろうか。

 

「じゃまた明日な」

 

 そう言って俺は宿屋方面の通路をまっすぐ進んでいく。今夜のうちに《森の秘薬》クエストのターゲットである植物型Mob《リトルネペント》との戦い方をもう一度浚っておいた方がいいだろう。何なら寝床を確保し次第、だいぶ歩くが《ホルンカ》まで行ってMobの偵察をしてみるのもいいかもしれない。

 

「一体どこまで歩く気ですか?」

 

「この先に宿屋よりいい条件で泊まれる場所が……え?」

 

 背後の声に振り向くと、そこには先程宿にチェックインしたはずのアリスが怪訝な顔で立っていた。

 

「え、何でいるんだよ」

 

「広場近くの宿より、離れた場所の方がいい宿があるのでしょう?お前のことですから、そちらへ行くのだろうと思いずっとついて来たのですが……そうですか、宿以外でも泊まれる場所があるのですか。それも好条件で」

 

 口元に微笑みをたたえるアリスは、「まだ何か隠していますね?話しなさい」と言外に告げている。変に誤魔化してまた彼女の機嫌を損ねるのも嫌なので、俺は観念してアリスを連れたまま目的の宿へと向かった。

 

 暫く歩いて到着したのは、《トールバーナ》の東側に位置する牧草地にそびえ立つ巨大な風車小屋だった。ここに住むNPCに街の宿の相場より少しだけ高い額を払うと、小屋の2階を1日貸してくれるのだ。しかも農家を営んでいるNPCの厚意でチーズが無償(タダ)で食べ放題なのに加え、共用ではあるが風呂付きである。

 NPC民宿とも言うべきこういった場所は、ベータテストの時にも一時期話題になったことがあった。もっとも、当時はゲーム内生活より攻略優先で、何より自由にログアウトすることができた為、大した需要はなかったのだが。

 

「当面はここが拠点になるから、宿賃はできる限り前払いしといたほうがいい。最大10日分いけるけど、いくら残ってる?」

 

「色々と教えてくれるのはありがたいですが、所持金まで詳らかにしなければなりませんか?」

 

「無理にとは言わないけど、明日クエスト行くのに回復Potとか買う金は残しとかないといけないからな。足りない分は狩りで稼ぐしかない」

 

「……2100コルと少しです。問題ありません」

 

 この風車小屋は1日80コル──道中の戦闘のお陰で10日分たっぷり支払っても余裕がある程度の額が溜まっていたようだ。他には、無謀にもアリスが回復アイテムを一切所持せず戦っていたお陰で殆ど出費がなかったのもあるかもしれないが。

 

 支払いを済ませたのを確認した俺は、自分用の宿を見つけるべく外に出ようとしたのだが……

 

「これは、一体どういう……!?」

 

 背後から聞こえてきたアリスの悲鳴にも似た声で、その足を止めた。

 

「どうした?部屋なら一度外に出たところにある階段から──」

 

「そうではありません!何故私の所持金が500コルになっているのですか!?」

 

「はあ!?何を言って……あっ!」

 

 アリスの所持金が大幅に減ったことに、思い当たる理由が1つだけ。すぐさま自分の左上に視線をフォーカスすると、そこには俺のものに加えてアリスのHPバーもしっかりと表示されていた。

 

「俺達、まだパーティー組んだままだった……!」

 

 この風車小屋の2階は通常の部屋に加え、その上に屋根裏部屋が存在している。簡素ではあるがベッドが設置されており、そこも合わせれば最大2人まで同時に泊まることが可能だ。

 

 元々は俺が1人で使う予定だったのだが、ついて来てしまったアリスに譲るにあたって、パーティーを解散しておくのをすっかり失念していた。一応、解散せずとも受付の際に詳細設定で利用者を限定できるのだが、何も知らないアリスはそれをスルーしたのだろう。現在この風車小屋2階は、自動的に俺とアリスの2人パーティーで利用することになってしまっている。

 

 つまり、アリスの懐から消えた宿賃計20日分の内半分は俺の分ということだ。

 

 それを聞かされたアリスは

 

「……その部屋、ドアはちゃんと施錠できるのでしょうね」

 

「あー、2階と屋根裏部屋は…簡単な梯子で繋がってるだけ、です」

 

「……つまり、その気になれば自由に出入り可能だと……?」

 

「えー、その…はい」

 

 次の瞬間、形のいい眉根がキツく寄せられる。同時に手入れを受けてピカピカになった腰の剣に手をかけた。

 

「今すぐ別の宿を探しなさい。お前ならば可能でしょう。でなければ私が出ていきます」

 

「いやそう言われても、もう払っちゃったし……それに一度払うと基本キャンセルできないんだよ。これ」

 

「なっ…!?で、では今からでもパーティーを解散すれば──」

 

「出来るには出来るけど…それだと、また同じ額をNPCに払ってキャンセル、改めて宿賃払わなきゃいけなくなるぞ」

 

 当然、それが出来るだけの金銭的余裕は俺にもアリスにも無い。全ては、遅過ぎたのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいですか、妙なことをすれば斬ります。《圏内》であろうと衝撃が入るのなら十分です。私が呼ばない限り、お前は屋根裏から下りないこと。これらを守ると誓うならこの部屋の利用を許します」

 

「いや、許すもなにも俺だってちゃんと金払ってるし、そもそもここに案内したのも俺──いえ、ありがたく屋根裏を使わせていただきます」

 

 弱々しくも抗議を試みた俺だが、直後放たれた有無を言わさぬ気迫にすっかり気圧され、大人しく屋根裏部屋へと引っ込んだ。

 

 殺風景な屋根裏部屋は思ったよりも広さがある。窓は無く、直立すれば天井に頭が付いてしまうが、それがかえって子供の頃憧れた秘密基地のような雰囲気を醸し出していた。これはこれで悪くない、寧ろいい。

 

「何をしているのです。早く今日の夕食を買いに行きますよ。案内しなさい」

 

「人使い荒いなぁ……」

 

 昔の思い出に浸る間もなく、部屋に続く梯子を下りる。確か《トールバーナ》にはそこまで大した食べ物は売っていなかったはずだ。ここはコスパ重視で極貧生活のお供、1個1コルの黒パンにお世話になるとしよう。

 俺がそんなことを考えているとは知りもしないアリスは脱いでいたフードを被り直すと、トントンと階段を下りていく。ご丁寧にNPCに「買い物に行ってきます」と断りを入れてから、町へと向かった。

 

 金髪の美女の後ろに俺が付いて歩く様は、さながら位の高い騎士(もちろんアリス)と、その召使(もちろん俺)といったところか。

 

 孤独なソロプレイヤーとしてスタートをきった矢先、ひと月とせずに女剣士様の指南役となった俺は、左右にゆらゆらと揺れる、ケープからはみ出た金髪を眺めながら足を進めた。

 

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