ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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悪魔の証明

 直葉に連れられやって来た桐ヶ谷家は、現代ではやや珍しい伝統的な日本家屋といった風情の一軒家だった。

 

「今タオル持ってくるので、ちょっと待っててください!」

 

 直葉がパタパタと廊下を駆けていく後ろで、俺は玄関口に置かれた靴を見やる。直葉の物とは別の──男物の靴だ。恐らく家族が在宅中なのだろう。娘がどこの誰とも知れないずぶ濡れの男を連れてきた、と変な誤解に発展しなければいいのだが。

 

「──お待たせしました。コレどうぞ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 差し出されたタオルで、取り敢えず頭を拭く──不意に、小さなくしゃみが出た。

 

「まずは身体、温めないとですね。シャワーだけならすぐ入れますから、上がってください──」

 

 流石にここまで来て断るのも失礼だと思い、ありがたくシャワーを使わせて貰う事にした。脱衣場で濡れた服を脱ぎ──可能なものは軽く絞ってから──事前に直葉に言われた通り洗濯機に入れて乾燥のスイッチを押す。浴室へ入り、温かいシャワーを頭から被った。

 

 冷え切った身体にお湯が染みる。無言でお湯に打たれながら、今一度自分の気持ちを省みた。

 

 今思えば、無意識とはいえあんな自殺紛いの行動に出たのは我ながら短絡的過ぎると感じるが、だからといって他に何が出来る訳でもない。この胸にポッカリと空いた穴は、元あった存在(もの)以外では決して埋められない。

 彼女の存在を証明するものは何も無い──あるのは、存在したという記憶(あかし)だけ。実証しようにも、どこをどう探せばいい?何か……何かないのか。何でもいい、彼女に繋がる何か──希望さえ、あれば……

 

 ……いや。出来る事なら、ある。考えろ。諦めるな。少なくとも彼女は諦めなかった。1人で暗闇に落ちようとしていた俺を救ってくれた。俺がここで諦めたら本当に全てが終わってしまう。希望が見えないなら、見つけ出すまでだ。

 

 シャワーに打たれながら思考を巡らせる。まずは情報の整理から。

 

 アリスという人間は存在しない──菊岡がそう判断した理由は何だ?

 プレイヤーデータに紐づいているはずの個人情報が見つからない事と、本来存在しないはずの10000人目のデータの存在。根拠としては特に前者が強いのだろう。

 悔しいが俺の力では彼女を探すのは無理だ。菊岡の力を借りるしかない。アリスは架空の存在であると決定づけた菊岡をもう一度動かすには、これらの情報を否定する──せめて断定するのは早計だと思えるような可能性を示さなくてはならない。

 

 個人情報を残さずにダイブする方法……ナーヴギアに細工を施した?だが一介のプレイヤーがそんな事をする意味が分からない。これでは菊岡の言っていた茅場の共犯者説を補強することになってしまう。

 ではナーヴギア以外のデバイスを用いてダイブを?しかしあの当時、ナーヴギア以外でフルダイブを可能にする機器は流通して……いや、流通していなくとも、存在はしているのではないか?

 確か、俺達がSAOにいる間にナーヴギアの後継機であるVRヘッドギアが発売されたと聞いている。例えばその後継機のプロトタイプのテスト中に不慮の事故が起きてSAOに囚われてしまったと考えれば……だが、ROMカードが無ければSAOのサーバーにログイン出来ない。もしこの線を考えるなら、対策本部で回収されたパッケージが使われている必要がある。

 

 ソフトの現物無しでサーバーにログインでき、意図的か否かはともかくログイン元の個人情報を抹消する──1つだけ、そんな事に成りうる可能性に思い至った。

 

 余りに都合がよく、屁理屈じみていると自分でも思う。だがこれならば、現状を踏まえて尚アリスが現実に生きているかもしれない可能性に一応の説明はつく──まだ、抗える。

 

 シャワーを止め、しっかり温まった身体をタオルで拭く。浴室から出ると丁度洗濯機から乾燥終了の電子音が鳴った。

 

 先程とは打って変わって暖かくなった服に着替え直し、頭をタオルで軽く拭いてから脱衣所を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「──シャワー、ありがとう」

 

 リビングにいた直葉にお礼を言うと、彼女はホッとした表情を浮かべる。

 

「いえ、落ち着いたみたいで良かったです。出てきてからもあの顔のままだったらどうしようかと……」

 

「……俺、そんな酷い顔してたかな……?」

 

「はい──この世の全てに絶望した顔──みたいな」

 

 あの時の俺の心境をドンピシャで言い当てられ、小さく苦笑いする。

 

「改めて、助けてくれてありがとう。……君がいなかったら、本当に何もかも終わってた」

 

「……あの、お節介かもなんですけど──私でよければ話、聞きましょうか?」

 

「……気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」

 

 命を救われ、シャワーを貸してもらい、この上悩み相談にまで乗ってもらうのは流石に悪い。幸い薄らと希望は見えたことだし、SAO内部での事を話したとて彼女には何が何やらといった所だろう。困らせてしまうだけだ。

 

「──雨、少し収まったみたいだから、そろそろお暇するよ」

 

「えっ?あの、まだ結構降ってますけど……!?」

 

「川越駅まで行ければ後は電車だし、お陰様で服も乾いてるから、走ればいける」

 

「じ、じゃあせめて傘……ッ!」

 

「途中のコンビニで買ってくよ。……それじゃあ、お邪魔しました」

 

 直葉の制止を振り切って玄関の戸に手を掛ける──その引き戸が、独りでに開いた。

 

「──あら、お客さん?」

 

 扉の向こうにいたのは、ラフな格好をした黒髪の女性だった。

 

「お母さん!取り敢えず一旦その人止めて!」

 

 どうやら直葉の母親らしいこの女性は、彼女に言われるまま俺の肩を掴み、俺はそのままリビングへ連れ戻されてしまう。

 

「──と、いう訳で。一旦ウチに来て貰ったの」

 

 直葉から事情を聞かされた母親──桐ヶ谷翠は、得心のいった顔で頷く。

 

「なる程、そういう事ね──いつの間にか彼氏でも出来たのかと思って一瞬慌てちゃったわ」

 

「そッ、そんなんじゃないってば!失礼でしょ!」

 

「冗談よ──ねぇ、あなた西条さんの甥っ子さんでしょ?」

 

「え……?」

 

「私は雑誌の編集をしててね。西条佳苗さんはそのライターなの。いつだったか、あなたが事務所に忘れ物を届けに来てたのを見たんだけど……もしかして人違いだったかしら?」

 

「い、いえ。確かに佳苗は俺の叔母です…──そうですか。いつも叔母がお世話になってます」

 

「いえいえ。彼女、締切ギリギリになる事こそ多いけど、そういう時は高確率でいい記事になるから内心ちょっと楽しみにしてるのよ──勿論、余裕を持って記事を上げてくれた方がずっといいんだけど」

 

「……よく、言い聞かせておきます」

 

 よろしくね。と冗談めかして笑った翠は、少し遠い目をする。

 

「──でも、そう。やっぱりあなただったのね」

 

「……何か?」

 

「佳苗さんも、家族がソードアート・オンラインに閉じ込められたって聞いてたから。それって多分、あなたの事でしょう?」

 

「え、えぇ、まぁ…──あの、『も』って事は……?」

 

「ウチの息子もそうなの。もしかしたら、ゲームの中で会ってたりするのかしらね?」

 

 その言葉を聞いて、脳裏に電流が走った。

 ……何故、桐ヶ谷という苗字の時点でもっと早く気付かなかったのだろう。まさか、この家は──

 

「……失礼ですが、息子さんの名前ってもしかして──桐ヶ谷和人、ですか?」

 

 翠と、そして直葉の目が驚きに見開かれる。どうやら当たりだったらしい。

 

「お兄ちゃんの事、知ってるんですか……!?」

 

「知ってるというか……向こうで一緒に戦ってたんだ。今日も昼間、病院で会ったよ──そっか、じゃあ君はアイツの……」

 

「私、お兄ちゃん呼んで来ます──!」

 

 直葉は階段を駆け上がり、2階にあるらしい和人の部屋へ向かう。部屋の中へ呼びかける声が微かに聞こえるが、どうやら出てこないらしい。

 良かったら行ってあげて──翠にそう言われ、緊張の面持ちで階段を上がる。廊下の奥と言われた和人の部屋のドアは微かに開いており、遠慮がちにドアノブへ手を伸ばした時──

 

「──あの人に……明日奈さんに、何かあったの……?」

 

 そんな直葉の声が聞こえてきた。言葉の内容に、つい手を止めて耳を峙たせてしまう。

 

「っ……アスナが、遠くに行っちゃうんだ──俺の手の、届かない所に……っ」

 

「……ね、頑張ろうよ。好きになった人の事、そんな簡単に諦めちゃダメだよ……」

 

 漏れ聴こえてくる和人の涙に濡れた嗚咽をドアの外で聞いていた俺は、不意にそれが止んだことに気付く。不躾とは思いつつ静かにドアを開けると、泣き疲れたのかベッドに横たえられた和人の横で、直葉も寝息を立てていた。2人を起こさないよう、直葉の体にもそっと毛布を掛けてやってから部屋を出る。

 

 カチャン、と閉じたドアの前で、先程の直葉の言葉を胸の中で反芻する。

 

「だよな……諦めたら、ダメだよな──」

 

 結局、その後も雨が止む気配は無く、夕飯までご馳走になった挙句翠の勧めで今日は桐ヶ谷家に泊まらせて貰える事になった。今日会ったばかりなのに何故そこまでしてくれるのかと聞いた所「娘を助けた後に娘に助けられた人で、仕事仲間の家族で、息子の友達だから」という理由で通されてしまい、家にいるはずの家族へ連絡を入れた。

 

 夜中──電気の消えたリビング。寝床として提供もとい、自ら進んで選んだソファの上で毛布に包まった俺は、携帯端末で菊岡宛にメールを打っていた。ざっと文章を流し見て抜けがないか確認した後、送信する。

 

 直接彼女に繋がる訳ではないが、話の筋は通っている筈だ。後はこれを見た菊岡が再び腰を上げてくれる事を祈るのみ。

 

「……俺、頑張るよ。必ず君を見つけてみせる」

 

 小さく独り言ちた俺は、そのまま眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝──慣れない環境だからか早くに目を覚ました俺は、傍らの携帯端末の時計を確認する。時刻は午前7時と少し、寝入ったのが確か夜中の1時を過ぎた辺りだったから、約6時間程寝た事になる。すぐに目が冴えてきた俺は毛布を畳み、ソファから下りて大きく伸びをする。

 

 洗面所で顔を洗っていると、2回からドタドタと足音が聞こえた。

 直葉が起きたのだろうか……?兄の横で眠る程だ、兄弟仲はすこぶる良いのだろうが、年頃の女の子的にはやはり恥ずかしさもあるのだろう。

 

 もしかしたら兄の方も起きてるかもしれないと、俺はまたも不躾と思いつつ階段を上がる。数回ノックしてから、ドアを開いた。部屋に入るなり、ベッドに腰掛けた和人とバッチリ目が合う。

 

「──お、おはよう……」

 

「な、なんでお前がウチに……?」

 

「あー、まぁ……色々あってな──起き抜けで悪いが、少し話、いいか?」

 

 まず最初に俺がこの家に招かれた経緯──流石にアリスの件に関しては話す気になれなかったが──を説明してから、昨日キリトが直葉に零していた言葉の意味を聞いた。

 

 俺がアスナの病室を出た後の事だ──発端は彼女の父親と共に見舞いにやって来た須郷伸之という男。そいつは昔からアスナの家と付き合いがあり、いずれアスナと結婚するという話も持ち上がっていたとか。

 しかしずっと前からアスナに嫌われていた須郷は、アスナが未だ目覚めないこの状況に乗じて結婚の話を押し進めようとしている。加えて、須郷が務める電子機器メーカー《レクト・プログレス》はSAO事件が起きて程なく消滅してしまった《アーガス》に代わってSAOサーバーの管理を委託された会社だ。今も尚眠り続ける300人のプレイヤー達の──アスナの命を握っているも同然、という事実を材料に、和人に脅迫めいた言葉を投げかけたのだという。

 

「……そうか、そんな事が……その場にいてやれなくて、悪かった」

 

 俺がその場にいたとて何が変わった訳でもないだろうが……とにかく聞くだに腹立たしい話だ。仮にも結婚相手となるアスナの心を無視するどころか、その命すらも弄ぶ須郷という男の所業に怒りがこみ上げる。

 

「いや、お前が謝る事じゃないよ。それにスグの──妹のお陰で、ちょっと元気も出たしな。俺にもやれる事はある筈だ。アスナが目を覚ましさえすれば……」

 

 アスナの父親はSAO内でのキリトとの関係を認知しているようだが、それを引き合いに出したところで「所詮はゲーム内のお遊び、そもそも彼女が本当にそんな事を言ってたかもわからない」と須郷に一蹴されてしまうだろう。ここはやはり、和人の言う通りアスナ本人の意識を呼び覚ます他無いが……

 

 何か手段はないかと2人揃って考え込んでいると、不意にポーン、という電子音が耳に入る。どうやら和人のパソコンにメールが届いたらしく、メーラーを立ち上げた和人は今しがた受信したメールを開き──

 

「なッ……!?」

 

「どうした…──ッ!?」

 

 何やらただならぬ様子の和人に、俺もメールが表示されたモニターを横から覗く。メールの差出人が《エギル》だった事にも驚いたが、それ以上に衝撃を受けたのは、本文も何も無いメールに添付された1枚の画像だった。

 

 元の画像からかなり拡大されているのか、荒い画質でぼやけた金色の鉄格子。その内側に設置された白い椅子とテーブル。そして──その上で手を組み、白いドレスに身を包んで悲壮感を漂わせる()()()()の女性──

 

「アス、ナ……!?」

 

 今も尚眠り続ける、《黒の剣士》の相棒──そして俺の仲間でもある《閃光》のアスナ。

 

 画像に映る女性は、彼女に瓜二つの──いや、彼女そのものと言える容姿をしていたのだ。

 

 キリトはすぐさま携帯を掴み、連絡先を交換していたらしいエギルに連絡を取る。応答したエギルからは、電話で話すには少々長い話になるという事で、今から会いに来れるかと言われた。

 

 頷き合った俺とキリトは、すぐさま家を出てエギルの元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──都内某所。

 菊岡は、自分のアドレスに1件のメールが届いていた事に気付く。差出人は昨日も会ったあの少年だった。取り敢えず無事家に帰れたようだと安堵した菊岡は、メールの文面に目を通すと困ったような笑みを浮かべる。

 

「全く……悪魔の証明というのはこういうのを言うんだったかな。とんだ諦めの悪さだ──だからこそ、キリト君と一緒にSAOをクリア出来たのかもしれないが」

 

 

 

 ────────

 

 

 世界初のVRMMORPGであるSAOは、当然海外でも注目を集めていた。

 その注目度に対して初回ロットは国内のみでの少数販売となり、日本在住でなれば手に入らないものだったが、正規品のROMからデータをコピーした所謂《海賊版》を使用すれば、理論上ROMカード無しでもサーバーにログインが可能だ。

 当然、ログイン元の個人情報を運営側に辿られれば1発でアカウント停止処分、なんなら法廷沙汰もありえない話じゃない。海賊版を使用したという事実は絶対に伏せておきたい情報だ。故に、海賊版のデータには個人情報が残らないよう細工が施されていたと考えれば、アンタ達の手元にある材料を踏まえて尚、彼女が生きている可能性はある。

 海賊版使用の件に関しては、現状のSAOが置かれた立場を考えれば無罪放免にすることも不可能じゃないだろう。

 

 取引はまだ果たされていない。

 俺が諦めない限り、あんたにも最後まで付き合ってもらうぞ。菊岡さん。

 

 

 ────────

 

 

 




・コピーデータでログインして、カーディナルに検知されないのか。
・そもそも海賊版でSAOにログインなんて出来るのか。
これらを証明するには開発者の意見が必要ですが、茅場は行方不明。

海賊版データがどのようにして譲渡されたのかも分からない(ネット上にばら蒔かれたのか、コピーROMを手渡ししたのか、等)
そもそも日本中探していないのだから、アリスがいるとすれば海外。いくら総務省の役人でも海の向こうまではおいそれと手が出せない。

菊岡さんも言ってますが、ミツキが考えついた可能性は否定するのが難しい悪魔の証明ってやつです。最終的にはアリスを見つける手助けをさせるつもりですが、今はとにかく「アリスが存在しない」という結論へ否を投げる事に重点を置いたというわけですね。

一先ず、どん底から這い上がろうという姿勢を取ることはできました。後はスタートして、ゴールするだけです。
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