ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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共有する世界

 アルヴヘイムシルフ領《スイルベーン》──別名《翡翠の都》とも呼ばれるこの街の中央に屹立する《風の塔》の根元に、2人のプレイヤーが目を回して倒れていた。

 1人は黒い髪を逆立たせたスプリガンの少年、キリト。そしてもう1人は、深緑の髪のシルフの少年──俺ことミツキ。

 

 猛スピードの全力飛行の末この街にたどり着いたまでは良かったが、着陸の仕方を知らなかったせいで塔の壁に激突した俺達は、折り重なるようにして石畳の地面に伸びていた。

 

「うぅ……顔面ぶつけるの今日2回目だぞ……」

 

「俺は3回目……」

 

「そりゃ災難だな……そろそろ下りてくれ。重い」

 

 キリトがゴロンと寝返りを打ち、俺の上から退く。そこへ気まずそうな顔のリーファが駆けてきた。

 

「いやぁ、ごめんごめん──でも意外と生きてたね。キリト君がスプリガン領まで送り返されなくて良かったよ」

 

 仮にあの事故でHPを全損しても、俺はこの街がリスポーン地点になっている筈なのですぐ合流出来ただろうが、キリトの場合は世界樹を挟んだ反対側にあるスプリガン領で蘇生されるのだという事に今更ながら気付き、また合流する所からやり直しにならずに済んで良かったと内心安堵する。

 

「せめて旋回するよう言ってくれても良かったじゃないか……」

 

「ま、まぁまぁ……ほら、回復(ヒール)してあげるから──セアー・フィッラ・ヘイル・アウストル──」

 

 こちらに手を翳したリーファが呪文を詠唱すると、俺達の体が緑色の優しい光に包まれ、半分弱減っていたHPが回復していく。

 

「おお……これがALOの魔法か」

 

「高位の治癒魔法になるとウンディーネ専用だったり、魔法スキルの要求値がかなり高かったりするんだけどね。ALOじゃこれくらいは必須スペルだから、覚えておいた方がいいよ」

 

「んじゃ、また今度教えてくれ──ッと」

 

 弾みをつけて起き上がり、大きく伸びをする。周囲を見回すキリトは、小さく簡単の息を漏らした。

 

「ここがシルフの街かぁ……!」

 

「改めて見ると、ホント綺麗な所だよなぁ……」

 

「でしょ!」

 

「ああ。何かこう、親近感が湧くというか」

 

 理由は恐らく、俺のリアルネームに「翠」の字が入ってるからという極めて安直なものだろうが、それを差し引いてもここがいい街だという認識に変わりはない。

 

「さて、それじゃあ──」

 

「リーファちゃ~~~ん!」

 

 ふと、遠くからリーファの名を呼ぶ声が。見れば、俺よりもやや小柄なシルフの少年が手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「良かったぁ、無事だったんだね。流石リーファちゃん──って、スプリガン!?なんでここに……!」

 

 異種族であるキリトを見た少年は警戒した様子で腰のダガーに手を伸ばすが、リーファがそれを制する。

 

「あぁ、大丈夫よ。この2人に助けてもらったの」

 

「へ……?」

 

 リーファ曰く、目の前でポカンとするこの少年は《レコン》。リーファのフレンドであり、俺と出くわす直前まで同じパーティで戦っていた友人なのだという。

 俺とキリトも名乗り、それぞれ握手を交わす。気安く応じてくれた辺り、リーファの友人だけあって良い奴なのだという事が伺えた。ALOの仕様上警戒こそするが、彼個人としては特別他種族への偏見や差別意識のようなものは無いのだろう。

 

「そうそう──シグルド達はいつもの店で集まってるみたいだけど、どうする?」

 

「あ、そっか…──」

 

 ALOでPK行為を行うと──武器や防具等装備フィギュアにセットされた物は対象外との事だが──敗者はストレージの中から所持金とアイテムの3割がランダムにドロップしてしまうらしい。救済措置として《パーティ共通保管枠》的なものが存在しており、事前に設定しておけば死亡しても生きてる仲間の誰かへ自動的に所持品を託す事が出来る。パーティ唯一の生存者であるリーファはまさにその役目を負っていたという訳だ。

 

「うーん……あたし今回はいいわ。戦利品はあんたに預けるから、そっちで好きに分けて」

 

「えっ……来ないの?」

 

「うん。助けて貰ったお礼に、2人に1杯奢る約束してるんだ──ミツキ君はともかく、キリト君まで一緒に連れてったらシグルドがうるさいでしょ」

 

「それは、そうだけどさぁ……」

 

 レコンは俺とキリトへ何やら疑り深い目を向けてくる。スプリガンであるキリトだけでなく、俺にも向けられるその目には先程とは違うニュアンスが含まれているような気がした。

 

「……言っとくけど、変な勘繰りしないでよね。──じゃ、任せたから。お疲れ~」

 

 リーファに手を引かれる俺とキリトは、後ろで寂しそうな声を上げるレコンにどこか既視感(デジャヴ)を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「──なぁ、さっきの彼ってリーファの彼氏?」

 

「コイビトさんなんですか?」

 

「おぉ、ド直球に聞くな……」

 

 リーファが贔屓にしているというNPC酒場《すずらん亭》のテーブルについた3人。キリトが開口一番聞いたのがそれだった。親子は似るということなのか、ユイも興味津々といった様子だ。

 当のリーファは「そんなんじゃない」と即座に否定。曰く、レコンとはリアルでも友人らしく、VRMMOを始めようと思ったリーファにALOを勧めてくれたのも彼なのだそうだ。

 

「と、とにかく!改めて、助けてくれてありがとう」

 

 そう言ってグラスを持ち上げる。俺達もそれに倣い、ワイン入りのグラスが3つ、カツンと打ち合わされた。

 

「にしても、さっきのあの連中だけど……」

 

「サラマンダーね」

 

「ああ。随分好戦的だったけど、ああいう集団PKはよくあるのか?」

 

「まぁ、元々シルフとサラマンダーが仲悪いっていうのもあるけど……ああいう組織だったPKが始まったのは割と最近よ。多分、近い内に世界樹攻略に挑むつもりなんじゃないかな」

 

「そう、その世界樹について聞かせてくれ。あれはどういうものなんだ?」

 

 キリトの問いに、リーファはきょとんとする。

 

「そういやそんな事言ってたね。何か理由でもあるの?」

 

「世界樹の上に行きたいんだ」

 

「……それは君に限らず、全プレイヤーが思ってる事だよ。それがALOのグランドクエストだから」

 

 既存のRPGとは違い、プレイヤーの数だけ物語を内包するMMORPGに於ける、大筋の目標──SAOで例えるなら「第100層を突破してゲームクリアを目指す」がこれに当たる──それがグランドクエストと呼ばれるものだ。

 

「滞空制限があるのは知ってるでしょ?どの種族も、連続して飛べるのは精々10分そこらが限界なの──」

 

 ──しかし世界樹の上に存在する空中都市に到達し、そこに住まう《妖精王オベイロン》に最初に謁見した種族は全員、上位種族の光妖精《アルフ》に生まれ変わり、文字取り無制限に空を翔ける事が出来るようになるのだ──とリーファは説明した。いつまでも自由に飛ぶ為の真の翼を求めて9種族で相争う……それがALOというゲームなのだと。

 

「……世界樹の上に行く方法は分かってるのか?」

 

「うん。木の根元がドームになってて、その真上に上へ続くゲートがある──けど、そこを守ってるNPCのガーディアン軍団が鬼のように強いのよ。1対1ならともかく、数がね……今まで色んな種族が挑んでるけど、漏れなく返り討ち」

 

「そんなにか……」

 

「あたしも1回だけ参加した事あるけど、もう無茶苦茶よ。サービス開始から1年経つのに誰もクリア出来ないクエストなんてありえると思う?」

 

 運営のバランス調整ミスだという意見を同じくした有志達が署名を集め、開発元のレクトへ改善の要望書を提出したそうなのだが、帰ってきたのは「ゲームバランスは適切です(要約)」という定型文だったという。

 

「ふむ……なら、クエストクリアに必要なフラグを見落としてるか──」

 

「もしくは、端から単一種族での攻略を想定してないか、だな……」

 

 俺とキリトの言葉に少し驚いたような目をしたリーファは、

 

「へぇ、いいカンしてるじゃない。前者の方は今躍起になって検証中、でももし後者だとすると……クリアは絶望的ね」

 

「……そういう事になるな、前提条件と矛盾してる」

 

 グランドクエストをクリアすればアルフになれる──そんな条件であったなら光明も見えただろうが、「1番最初に」という余計な一文が種族間の協力を拒ませる。例え共同戦線を張ったとしても、相手をどう出し抜くかという腹積もりでいては必ずどこかで瓦解するのは火を見るより明らかだ。

 

「じゃあ、世界樹の上に行くのは事実上不可能、って事か……?」

 

「あたしはそう思ってる……でも、諦めきれないよね。一度飛ぶ事の快感を知っちゃったらさ。例え何年掛かっても、いつかは──」

 

「それじゃ遅過ぎるんだ……ッ!」

 

 急に語気を強めたキリトに、リーファはビクッと肩を震わせる。テーブルの上で両手を強く握り締めるキリトの肩に、ユイが気遣わしげに寄り添った。

 

「……リーファ。俺達は出来る限り早く世界樹の上に行かなきゃならない。実の所、この世界に来たのはそれが理由だ」

 

 簡単な事情を説明した俺に、リーファは訝しむような目を向ける。

 

「……何で、そこまで?」

 

「全部説明するのは難しいんだが……そうだな、人を2人探してる──あの樹の上に行ければ、少なくとも何か手がかりが掴めるかもしれない」

 

「人って……リアルでの知り合い、とか?」

 

「……ああ。俺やキリト(こいつ)にとって、かけがえのない存在だ……」

 

 脳裏に2人の姿が浮かび上がる。彼女達を──アスナを取り戻す為には、少しでも早く世界樹の上へ到達しなくてはならないのだ。

 

「……急にごめん。ありがとうリーファ、色々教えて貰って助かったよ。それじゃ──」

 

 平静を取り戻したキリトはそう言って席を立つ。それに続いた俺と、キリトの手をリーファが掴んだ。

 

「待ってよ。世界樹に行く気なの……!?」

 

「ああ。この目で確かめないと」

 

「無茶だよ、そんな……もの凄く遠いんだよ?途中には強いモンスターだっていっぱい出るし、そりゃ君達も強いけど……ッ」

 

 リーファの制止をやんわりと振り解き、店の出口へ向かう。そんな俺達の背中に、

 

「じゃあ……じゃあ、あたしが連れてってあげる!」

 

「……気持ちはありがたいけど、会ったばかりの人にそこまで世話になるのはな……」

 

「世界樹までの道のりは知ってるの?」

 

「や、でも……」

 

「ドームを守ってるガーディアンだって、1人2人じゃ絶対敵いっこないわよ」

 

「そ、れは……何とかするよ」

 

 俺とキリトの口々の遠慮の言葉を斬り伏せ、つかつかと歩み寄るリーファは、

 

「いいの、もう決めたのッ!」

 

 頑として譲らないリーファに根負けした俺達は、彼女の厚意をありがたく受け取ることにした。

 

「あの、明日もログイン出来る?」

 

「あ、うん。俺は大丈夫。ミツキは?」

 

「俺も大丈夫だ」

 

「なら、午後3時にここで待ち合わせましょ。あたし、そろそろ落ちなきゃだから。キリト君はここじゃ即落ちできないから、ログアウトには上の宿屋を使ってね。えと……それじゃあ、また明日!」

 

「あ、ありがとう、リーファ!」

 

 矢継ぎ早にまくし立てたリーファがログアウトボタンを押す直前に滑り込ませた感謝の言葉。彼女のアバターが消える前に表情に変化があった辺り、ちゃんと届いていたようだが、また今度改めてお礼を言っておこう。

 

「──じゃ、俺達も落ちるか」

 

「待った。森で聞いた事、覚えてるか?」

 

 メニューを開こうとした俺を止めたキリトは、先程まで座っていたテーブルに俺を手招きする。

 

「えっと、確かステータスがどうたら……だったか。新規アカだし、全部初期値だとおも──えっ?」

 

 俺のステータスはHPとMPこそ初期ステ然とした値だが、その下に続く習得スキル一覧が妙な事になっていた。特に何かスキルを取った記憶もないのに、いくつかのスキルが登録されている。その内数個は熟練度が最大の1000になっているではないか。

《両手槍》《投剣》《武器防御》《体術》《戦闘時回復》《索敵》《追跡》《隠蔽》《暗視》《軽業》《疾走》《限界重量拡張》等──1つは完全に文字化けを起こして読み取れないが、このラインナップとスキルの育ち具合には見覚えがあった。これは……

 

「──これは、ミツキさんがSAOで使っていたキャラクターのステータスです」

 

 ユイの言葉に、やっぱりそうかと嘆息する。

 曰く、このALOのサーバーはSAOのそれをコピーしたものであり、セーブデータのフォーマットが同じせいで両ゲームに共通したステータス──主にスキル周りがこのキャラに上書きされたのだろうと説明を受けた。つまり、唯一文字化けしたスキルは《双槍》という事なのだろう。流石にユニークスキルまでは存在しないようだ。

 因みにアイテム類に関しては全部漏れなく破損しているらしく、システムにエラー検知される前に全て破棄するよう勧められて断腸の思いで削除した。

 

「──じゃあつまり、こうしてまたユイちゃんが実体化出来たのも、この世界がSAOのコピーサーバーだからって事でいいんだな?」

 

「はい。GM権限の行使等は出来ませんが、ナビゲーション・ピクシーとして出来る限りサポートします!」

 

「心強いよ。一緒にアスナを助けよう」

 

「はい!」

 

 少しずつではあるが、あの世界で手に入れ、失ったものを取り戻せている。ある意味では1番不安だったユイともこうして再会出来た。後はアスナとアリスさえ取り戻せば、それでようやく俺達の戦いは終わる。今度こそ全てを終わらせて、皆で現実に戻るのだ。

 

 キリトは酒場のカウンターで宿の利用手続きを済ませ、2階への階段を上がっていく。その背中を見送った俺もメニューからログアウトを選択し、妖精の世界を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界で目を覚ましたリーファ──桐ヶ谷直葉は、今しがたのやり取りを思い出し羞恥に悶絶していた。彼らを助けたいという気持ちに偽りはないが、だとしてももう少しマシな言い様があっただろうに。

 

「(変に思われてないかな……?子供っぽいとか笑われてたらどうしよ……!)」

 

 もう一度ダイブしてこっそり様子を見に行きたい衝動に駆られたが、グッと堪えて深呼吸。自らを落ち着かせる。

 今日会ったばかりで少し話した程度の仲だが、あの2人がそんな事をするとは思えない──キリトの方は冗談めかしてイジってきそうな気もするが、一方のミツキは多分、そんな事はしない……と思いたい。

 

 こんな事考えてもキリがないので、別の事を考える──そう、あの2人と一緒に飛んだ時の事だ。

 

「楽しかったなぁ……」

 

 これまで、リーファが全力で飛ぶ時は必ず1人だった。飛行速度に定評のあるシルフの中でも、リーファのトップスピードに付いてこれる者が1人もいなかったからだ──レコンからは「飛ぶと人格が変わる」「スピードホリック」等と評されている──飛ぶこと自体が好きなリーファとしては別にそれでいいと思っていたし、最近では寧ろ、誰かと一緒に飛ぶのを煩わしく思う事も少しずつだが増えてきたように思える。

 

 しかしあの2人は自分の速度に難なく付いてきた。それどころか楽しんでさえいた。自分しか感じることの出来なかった世界を、初めて誰かと共有出来た。それが堪らなく嬉しかった。

 リーファはALOが好きだ。しかし最近は種族間の競争だけでなく、シルフ領内部でも何かが変わってしまったと、そう感じる。その部分だけは余り好きになれない。

 あの世界に行けば誰もが自由に大空を飛べる筈なのに、その実みんな息苦しそうにしている。思い返せば、人と飛ぶのが煩わしくなり始めたのはこの事に気づいた頃だったか。

 

 世界樹攻略──妖精達に真の翼を授けるというグランドクエストをクリアできれば、あの広大で窮屈な世界も良い方向に変わるのだろうか。もしあの樹の上で妖精王と会った時には、全ての妖精に永遠の翼を与えるよう頼んでみようか。

 

「……なんてね。妖精王なんて言ってもNPCかゲームマスターだろうし、聞いてくれる訳ないか」

 

 外したアミュスフィアをヘッドボードに置き、弾みをつけて起き上がる。母は帰りが遅くなると聞いているから、ぼちぼち夕食の準備を始めなくては。

 

 そう言えば、仕事に出る母から翠月が昨日ウチに泊まっていったという話を聞いた。

 自分で招いておきながらロクにもてなしもせず寝落ちしてしまった事に申し訳なく感じる一方、特に落ち込んでいる様子も無かったと聞いて一先ず安心した。

 だが、彼がああも憔悴していた理由は遂に聞けず終いだ。本人は遠慮していたが、やはり助けになりたい気持ちはある。しかし一度断られた手前、しつこく聞くのも悪い。そもそも、まだ自分と彼は大した交流も無いではないか。

 

「(……誘ったら、始めてくれる、かな……?)」

 

 彼にもあの世界を体験して欲しい。大空を自由に飛び回る解放感を、現実世界にはない美しさを楽しんで欲しい──直葉の脳裏に、ふとそんな考えが浮かんだ。

 




「続きどうしよっかな~」と考える時、ずっと先のストーリーの事ばかり浮かんじゃって、結局今書いてる部分については何も進展しない事が割とよくあります。良くないですねぇ…w
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