ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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束縛からの解放

 翌日、時刻は午後2時過ぎ──遅めの昼食を食べ終えて手持ち無沙汰になった俺は、予定より早めにALOへログインする事にした。

 今日は叔母も外へ仕事に出ているので、家には俺1人。夕飯時まではダイブに集中出来るだろう。トイレを済ませ、ナーヴギアを被る。

 

「──リンク・スタート!」

 

 虹色の光に誘われ、意識が現実の肉体から風妖精ミツキのアバターへ移り変わる。目を開ければ、昨日ログアウトした《すずらん亭》のテーブルだった。周囲を見回せば、目に入るのはカウンターで黙々とグラスを磨くNPCの店主と、同じくNPCのウェイトレスのみ。他にプレイヤーはいない。

 

 少し考えた末、約束の時間までまだ暫くある事だし、街を見て回る事に。

 土地勘が無いのであまり遠くまで行かないよう気をつけつつ、スイルベーンを練り歩く。

 立ち並ぶ店は様々あり、ポーション等を扱うアイテムショップや、《スイルベーン特産品》と銘打った土産屋のような店もある。値段も手頃っぽかったので試しに買ってみようと思い、懐を確認するべくメニューを開いた俺は、思わず変な声が出た。

 

「一、十、百、千──うへぇ……」

 

 俺のデータが初心者離れしているのはステータスだけでなく、所持金もだった。

 昨日サラマンダーのプレイヤーを1人倒しているので、初期金額から多少は増えているだろうと思っていたが、現在俺の懐にはいちプレイヤーからドロップしたとは思えない桁数が表示されている。実はあのサラマンダーがALOでも屈指の大富豪だった可能性も一応あるが、恐らくこれもSAO時代の俺から引き継いだという事──いや、待て。それはおかしい。

 確かに俺はソロでアインクラッドの最前線を渡り歩いており、かなりの額を稼いでいた。しかしその金も75層攻略前に大部分使ってしまい、最終的な俺の懐はかなり寂しくなっていた筈なのだ。にも関わらず、こうも俺の財布が潤っているのは……

 

「……そっか。共通、だったもんな」

 

 世界の終焉を間近に控えた極々短期間、俺の妻だった「彼女」とは、ストレージを共有していた。その片割れである俺がこの世界に来たことで、所持金含む彼女の持ち物も俺のストレージへ集約されたという事なのだろう。破損していたとはいえ、彼女の私物まで削除してしまった事にちょっぴり罪悪感を覚える。

 

「こりゃ無駄遣いしたら怒られそうだ……」

 

 そうは言いつつ好奇心に負けた俺は、店先に並んだ色とりどりの細長い何かの中から、緑色のものを1本だけ購入して店を後にする。よく見てみるとパイプやストローを思わせる形状をしており、仄かに甘い薄荷(ハッカ)の匂いがする。恐らく煙草よろしく咥える物なのだろうと思い、思い切って吸ってみた。

 

「……おお、いける」

 

 俺の家は誰も煙草を吸わないし、俺自身あの臭いは正直好きではない。それでも、小さい頃は大人達がスパスパと吹かす煙草に謎の憧れを抱いていたのを思い出す。当時は棒つきの飴やココアシガレットで真似するのが関の山だったが、仮想世界ならこういうのもあり──勿論限度はあるだろうが──という訳だ。

 

 道の脇で薄荷パイプを咥え過去の思い出に浸っていると、そんな俺を取り囲むように3人のプレイヤーが現れた。纏う雰囲気はお世辞にも友好的には見えない。

 

「……どちらさんで?」

 

「昨日、サラマンダーの部隊を退けたというシルフはお前か?」

 

 いきなり質問に質問で返してきた中央のプレイヤー ──緑色のマントを羽織った長髪の男は、まるで品定めでもするかの様な目で俺を見てくる。

 

「……まぁ、一応そうだけど」

 

「名前は」

 

「先に聞いたのはこっちなんだけどな」

 

「……シルフでありながら俺を知らないとは、その身なりに特に意味は無いらしいな──俺は《シグルド》、シルフ領主《サクヤ》の側近を務める者だ」

 

「はぁ……で、その側近さんが何の用だ?」

 

「端的に言えば、お前をスカウトしに来た」

 

「スカウト……?」

 

「ああ。お前が助けたリーファという女プレイヤーは俺の部下でな。その実力を見込んで、俺のパーティに加わってもらいたい」

 

 リーファの事を「部下」と称した辺りに違和感を感じた俺は、少し探りを入れてみる。

 

「……それ、俺に何かメリットあるか?」

 

「俺のパーティはシルフの中でも粒揃いだ。初心者のお前でも、そう時間の掛からん内に上級装備を手に入れられる程度の稼ぎは約束しよう」

 

 なるほど、確かにビギナーにとっては魅力的な提案ではある。

 経験値という概念が存在しない完全スキル制のALOでは、主にレベル制MMOで問題になりがちな所謂《寄生プレイ》をするのが困難になっている。経験値さえ入れば勝手に強くなっていくレベル制と違い、キャラを育てるには自分の手でスキル熟練度を上げていくしかないからだ。

 そんな一見手間のようにも思える序盤の進め方のベストアンサーが、熟練者パーティに加えて貰って少しでも早く良質な装備を手に入れる事。一見これも寄生行為に見えるが、自分の熟練度上げと並行してパーティの稼ぎに貢献することで、程度の差はあれどWin-Winの関係を築けるという訳だ。

 

「──悪いけど、遠慮させてもらうよ」

 

「……何だと?」

 

 まさかこの反応を予想してなかった訳ではないだろうが、一切の迷い無くスカウトを蹴った俺にシグルドは驚きを隠しきれていない。

 

「その口ぶりじゃ、あんたのパーティに入るって事は、あんたの部下になるって事だろ?パーティプレイで上司と部下とか、俺そういうの嫌いなんだ」

 

「たった1人で生き残れる程、アルヴヘイムは初心者に優しくないぞ」

 

「ご心配どうも。別に1人じゃないから大丈夫だ」

 

「レベルの低いプレイヤーと群れた所で、お前の才能を腐らせるだけだ」

 

「……あんたの下でなら輝けるとでも?」

 

「そうだ。俺の見立てでは、お前はいずれ《シルフ五傑》に名を連ねてもおかしくはない、他のプレイヤー達から一目置かれる存在になるだろう。だがそれも俺のパーティで力をつければの話だ。努力次第ではシルフの執政部に関われるよう領主に推薦してやってもいい」

 

「権力には興味ないし、あまり目立つのもご免だな──もういいか?こっちにも予定があるんだ」

 

「……仕方あるまい。後日また返事を聞こう。精々よく考える事だ」

 

「いや、だから断ってんじゃん……」

 

 俺の言葉に耳を貸さず、不満げに口を曲げたシグルドは、仲間達を引き連れて去って行った。

 

 

 

 

 

 そろそろいい時間なので《すずらん亭》に引き返していた俺は、その道すがら街を駆けるリーファと鉢合わせる。どうやら世界樹まで移動するに当たり、必要になるであろうアイテム類を方々の店で買い込んでくれていたらしく、諸々の解説を聞きがてら俺も一緒させてもらう事に──

 

「──HPの回復って、魔法とアイテムで優劣はあるのか?」

 

「そうねぇ……どっちにしてもピンキリだから、一概には言えないかな。一応、戦闘中は支援担当のメイジによる回復魔法、それ以外では各自でポーション、ってのが一般的ね」

 

「なる程……メイジってのは魔法スキルを集中的に上げてるんだよな。やっぱMPの上限も高いのか?」

 

「まぁ高いといえば高いけど、HPと同じでドカンと増える訳じゃないわ。MP回復用のポーションは勿論、装備の特殊効果とかで消費MPを軽減出来るの。他には時間経過で少しずつMPを回復するアイテムを装備したり、色々工夫してる。って知り合いから聞いた事あるよ」

 

「支援職は前衛よりも大変だって聞くよなぁ……実は俺、キャラ作る時ウンディーネとシルフで迷ったんだ。結局、直感的に動ける方が楽って事でシルフにしたんだけどさ」

 

「ふふっ、それは懸命かもね。君、後ろでジッとしてるとか出来ないタイプでしょ。バトルジャンキーって言われてたし?」

 

「真に受けないでくれよ……これでも一応、キリトと違って戦闘スタイルは受け主体なんだからな」

 

「へぇ……もしかしてリアルではフェンシングとかやってる?」

 

「いや、やってないけど……何でフェンシング?」

 

「昨日の戦いでサラマンダーを倒した時、突き技だったでしょ。構えも剣のそれとはちょっと違ったし、大分我流の入ったフェンシングスタイルなのかなって思ったんだけど」

 

「あの状況でよく見てるな──お察しの通り、剣はちょいと苦手なんだ。練習すればもっとマシになるだろうけど……剣より槍の方がしっくり来る」

 

「なる程、槍──って、槍で受け身スタイルなの?リーチを活かして間合いの外から攻めるんじゃなくて?」

 

「まぁ、別にそこまで徹底してるわけじゃないよ。攻める時は攻めるし、槍のリーチだって全然使う。だたこう、何て言うかな……定石に対処出来るよう練習してたら、こうなってた──みたいな」

 

 実際、SAOベータテスト初期の頃の俺はセオリー通りの槍使いだった。ひたすら間合いを維持しながらチクチクとつつく典型的なスタイルを徹底していたのだが──それだけでは通用しないと俺に思い知らせたのが、黒髪の片手剣使いだったのだ。

 当時のプレイヤーの中でも抜きん出た実力を持っていたキリトは、突進系ソードスキルで一気に間合いを詰めてインファイトを挑んできた。すっかり自分の間合いで戦うことに慣れきっていた俺は成す術なく圧倒され、結局キリトのHPを大して削れないまま大敗を喫した。

 やはり取り回しに秀でた片手剣に転向すべきなのかとちょこちょこ練習したものの、どうもしっくり来ない。結局両手槍に戻り、槍のままインファイトに対応出来るよう、攻略と並行して特訓を重ね、ベータテストも折り返しといった頃に今のカウンターヒッターのスタイルが形になったのだ。

 

「──そう言うリーファは、多分剣道経験者だろ?」

 

「……何で分かったの?あたし、君の前で実際に戦ってみせた事無いわよね……?」

 

「俺がサラマンダーに捕まってた時、両手で剣を上段に構えてたろ。妙に様になってるというか、手馴れてる感じがしたからさ」

 

「……君も大概よく見てるわね、正解よ──ALOの影響で、最近じゃ『剣が我流に寄ってきてる』って注意されてるんだけどね」

 

「そういうのってダメなのか?」

 

「ダメって事はないと思うけど……ほら、教える側の立場を考えるとさ?」

 

 そう言われて、あぁと納得する。セオリーから外れたスタイルはその持ち味を伸ばすのが良いのだろうが、その為には同じスタイルの事を熟知している必要がある。本人の中にしか正解が存在しない我流は、王道に慣れきった指導者からすれば良くも悪くも困った存在なのだろう。

 

「でもまぁ、無理に矯正しろって言われてる訳でもないし、あまり気にしないことにしてる。最近、相手の打突がよく見えるのは間違いなくALOのお陰だろうしね」

 

「奇遇だな。俺もそういうの、覚えあるよ。自分の中から色とか音が抜け落ちて、世界がスローになる感覚」

 

「そ、そこまで……?確かに、あたしも相手の動きがゆっくりに見える事はたまにあるけど……」

 

「まだまだ修行が足りんぞ──まぁ逆に、俺の場合は仮想世界限定なんだけどな。リアルじゃ多分無理」

 

「それこそ修行が足りないわね」

 

 すぐさま意趣返しを食らった俺と一緒に、リーファも小さく笑う。

 

「もし機会があったら、リーファとは1度戦ってみたいな──あぁけど、同族同士じゃ戦えないんだっけか?」

 

「あくまでキルが出来ないってだけで、デュエルは出来るわよ。スイルベーンでも定期的に武闘大会やってるし」

 

「へぇ、リーファはどの辺なんだ?」

 

「ふふん、何度か優勝してるわ」

 

「おぉ……じゃあシルフ最強格って事か──そんな凄いプレイヤーに道案内とか、やっぱ申し訳なくなってくるな」

 

「あたしがやるって言ったんだから、気にしないの。それに優勝経験あるって言っても、楽だった事は1回も無いしね。特に厄介な相手がいてさー、《シグルド》ってプレイヤーなんだけど──」

 

 不意にリーファの口から出てきた名前に、俺は思わず足を止める。

 

「……そのシグルドって、こう、長い緑髪でマント羽織って、頭にサークレット着けた厳つい男シルフ……?」

 

「そうだけど……え、もしかして──」

 

「……さっき会ったよ。パーティにスカウトされた。勿論断ったけどさ」

 

「シルフにしても耳が早過ぎでしょ……レコン辺りが話しちゃったのかなぁ」

 

 あの場にはいなかった筈のシグルドが、一体どうやってあの襲撃の顛末を知ったのかと思っていたが、確かにレコンがリーファの欠席を伝える都合、諸々説明したのかもしれない。

 

「何にしても、ごめんね。変に絡まれたりしなかった?」

 

「特に手荒な真似とかはされなかったし、大丈夫。ただ……あいつ、リーファのこと自分の部下だって言ってたけど、それホントか?」

 

「え、何よそれ」

 

「やっぱりか……尚更断って正解だった。リーファも早いとこ抜けた方がいいぞ。あの手のパーティは深入りしないのが吉だ」

 

「それ、少し前にレコンにも言われた。……元々、近く抜けるつもりではいたから、丁度いいわ──どうせなら、勝手に部下にされた仕返しに、脱退届代わりのひと太刀を食らわせてから抜けてやりたいけどね」

 

 リーファ曰く、シグルドは先述のシルフ武闘大会でリーファと頂点を争う間柄らしく、圧倒的なプレイ時間に物を言わせたスキルとハイレベル装備による頑強さを以て相手の攻撃を耐えつつ攻撃を加えていくバリバリの前衛型。対するリーファは相手の攻撃を回避しながら攻撃を加えていく対照的なスタイルな為、彼と戦う時はいつもしんどい長期戦を強いられるのだという。

 対照的なのは戦闘スタイルだけでなくALOのプレイスタイルもで、リーファは種族間の政治問題や他種族との競争にあまり積極的ではないのに対し、シグルドは領主の側近を務める事から分かる様に、権力志向の強い超アクティブプレイヤー。

 少々パーティメンバーに対する束縛がキツい事もあって、リーファも内心で辟易としていたようだ。

 

「でも、シグルドにスカウトされるっていうのは一応凄い事ではあるんだよ?あたしも、大会で戦ったのが切っ掛けでパーティに誘われたし。少なくともシグルド目線じゃ、君はしっかり強いプレイヤーって事」

 

「そりゃ光栄だが……なんか引っ掛かるんだよなぁ……」

 

 胸に残った違和感がもう少しでハッキリしそうなのだが、今はまだ固まりきっていない。考えるのもそこそこにリーファの買い物が完了し、2人で《すずらん亭》に戻る。ドアを開けると、2階に続く階段から丁度黒髪のスプリガンが降りてきた所だった。

 

「お、2人共お揃いだな」

 

「観光がてらブラついてたら、偶然な」

 

「道具類は一通り揃えておいたけど、まず君達の装備をどうにかしないとね」

 

「ああ、俺も是非そうしたい……正直、この剣頼りなくてさ」

 

 SAOでは筋力要求の高い重い剣を好んで使っていたキリトにしてみれば、初期装備の剣はちょっと高性能な棒きれレベルなのだろう。片手剣スキルをほぼ上げてない俺目線でも、この剣の貧相さはよく分かる。

 

「あ、でもお金ある?もし足りないようなら、貸しておくけど」

 

「俺は大丈夫。多分、キリト(こいつ)も大丈夫」

 

 メニュー画面から所持金を確認したキリトは、先の俺と似たり寄ったりな反応をしている。俺の懐にアリスの金が流れ込んでいたという事は、恐らくキリトの方にもアスナの金が移動している筈だ。《セルムブルグ》の家の内装に多額の金を掛けていたアスナの蓄えがあれば、足りないという事にはならないだろう。

 

「えっと、キリト君は剣でいいとして、ミツキ君は槍だから……うん、あの店かな──じゃ、早速行こっか!」

 

 リーファに案内され、俺達は街にあるプレイヤー経営の武具店に赴く。

 防具に関してはすぐに決まったのだが──キリトはお馴染みの真っ黒コート、俺もまたお馴染みの灰色ジャケット…は無かったので、キリトと同型のライトグレーのコートにした──問題は武器だった。

 

「──取り敢えず、重い片手剣をくれ」

 

「──両手槍(ロングスピア)。出来る限り重めのを」

 

 揃いも揃って同じような注文をして、プレイヤーの店主から渡された武器を片っ端から試し振りしていく。しかし渡される武器をいくら振れども、SAOで重めの武器を使っていた俺達にとっては軽いものばかり。武器の重量が変わると扱いにも影響が出る為、出来る限りSAOでの相棒──《エリュシデータ》と《ハウヴェード》に近い重量のものがいい。

 

 しかし店にある剣を全て試しても理想の一振りは見つからず、最終的にキリトは大振りの黒い大剣《ブラック・プレート》で妥協。俺の方も、「これ以上重いのだと突撃槍(ランス)しかない」と言われてしまったので、試した中では1番好感触だった《ウィンド・パルチザン》を購入した。

 懐かしき相棒達に比べればまだ軽いが、あの初期装備の剣に比べれば格段に頼もしい重みが背中に加わる。リーファは身の丈程もある大型剣を背負ったキリトの姿を見て「なんか小さい子供が剣士の真似してるみたい」と笑いを噛み殺していた。

 

 斯くして。無事に装備を整えた俺達は、リーファに連れられて街の中央にある巨大な《風の塔》を訪れていた。リーファが言うには、長距離を飛ぶ時はこの塔の最上階から出発することで、高度を上げる時間を削減出来るらしい。

 

「さ、行こっか!夜までに森は抜けときたいねー」

 

 足を踏み入れた塔の内部では、周囲をぐるりと囲むようにしてショップや掲示板が並んでおり、シルフのプレイヤー達が他愛ない雑談に興じる等していた。

 中央には天井を突き抜けるエレベーターが設置され、これを使って最上階へ向かうようだ。足早にエレベーターへ乗り込もうとする俺達だったが……

 

「──リーファ!」

 

 不意に背中を呼び止められたリーファが振り返ると、そこにはマントを羽織った厳ついシルフの男──先程俺に接触を図ってきたシグルドが厳しい表情で立っていた。

 

「……こんにちは、シグルド」

 

「パーティを抜ける気なのか、リーファ」

 

「……まぁね。お金も大分貯まったし、暫くはのんびりしようかなって」

 

 機嫌の悪さを隠そうともしないシグルドは、意志の強い眉をキツく寄せる。

 

「そんな身勝手な理由で、他のメンバーに迷惑だとは思わないのか」

 

「勝手って……パーティに参加するのは都合の付く時だけ、抜けたくなったら自由に抜けていい──元々そういう約束だったはずだけど?」

 

「だがお前は、既に俺のパーティメンバーとして名が通っている。大した理由もなく抜けられて、その上他のパーティに入られては、こちらの面子に関わる」

 

「……どうして、あたしがあなたの体裁を気にしないといけないのかしら?パーティに入るよう声を掛けたのだってそっちからだったでしょ。条件を呑んだ上でそれを反故にしたら、それこそ評判に関わるんじゃないの?──大体、あたしはあなたの部下になんかなった覚えはないわ!」

 

 シグルドの目に小さく驚きの色が浮かぶ。「何故知っている?」とでも言いたげだが、横に動いたその目はすぐに鋭い眼光を宿した。

 

「……そうかミツキ(貴様)か──リーファ、そうまでしてパーティを抜けたいなら勝手にするがいい。ただしこちらも条件だ。お前の代わりに、そこの槍使いに俺のパーティに入ってもらう」

 

 真っ直ぐ俺を見るシグルドは、どうも冗談を言っているようには見えない。本気でリーファに俺を差し出せと言っているのだ。

 

「はぁ!?どうして彼が……!」

 

「実力はシルフの中でも五指に入るリーファ(お前)が抜ける穴は大きい。その損失を補えるとすればその男だ。磨けばお前以上に強くなるだろうからな」

 

「これはあたし達のパーティの問題でしょ!無関係の彼まで巻き込まないで!」

 

「ならどうすればいいか、分からないお前ではあるまい?」

 

「ッ……分かっ──」

 

「待った」

 

 悔しげに顔を俯けるリーファを制止した俺は、前に進み出る。

 

「なんだ。リーファの代わりに俺のパーティに入る気になったか?」

 

「いいや、尚更入りたくなくなったね。けど、そんな場所に彼女を置いておくのはもっと嫌だ」

 

「ならどうする。土下座でもするか?」

 

「まさか──生憎、あんたみたいな上司に下げる頭は持ち合わせてないんだ」

 

 不遜に言い放った俺に、シグルドは不愉快そうに口元を歪める。

 

「……所詮は屑漁りのスプリガンとつるむ愚か者か。どうせ領地を追放された《レネゲイド》だろう?俺に楯突けば、お前も同じになるぞ。今なら謝れば許してやる」

 

「言ったろ、下げる頭は持ってない。持ってるのは──これだけだ」

 

 俺は背中から槍を抜き、シグルドに突きつける。

 

「貴様……それがどういう意味か、分かってやってるんだろうな?ヒーローを気取るつもりなら止めておいた方が身の為だぞ」

 

「見ての通りだよ──あんたが勝てば、俺をこき使うなり追放するなり好きにすればいい。だが俺が勝ったら、あんたンとこのお姫様を頂く。まさか逃げるなんて真似しないよな、魔王さん?」

 

「ひ、ひめ……ッ!?──じゃなくて、無茶だよそんな……!」

 

「まぁまぁ、ここはあいつに任せとけって」

 

 呑気に笑みまで浮かべてリーファを宥めるキリト。明らかに状況を面白がっているが、それだけではない──黒い瞳の奥には、確かな信頼が見て取れた。

 

「どうやら本気らしいな……初心者風情が思い上がった事、後悔させてやろう……!」

 

「あぁもう……っ──待って!」

 

「引っ込んでいろリーファ!最早お前の意思など関係ない。礼儀も弁えんこいつにはキツくお灸を据えてやらねば腹の虫がおさまらん!」

 

「分かってる、止める気は無いわ。けど、彼はALOでまともな対人戦は初めてよ、最低限のアドバイスくらいはさせて。──あなただって、何も知らない初心者を甚振って勝った。なんて言われたくないでしょ」

 

 リーファの言葉にも一理あると感じたのか、シグルドはフンと鼻を鳴らし、了承する。だが小さく貧乏ゆすりしている辺り、余り長いこと待ってはくれなさそうだ。

 

「──いい?プレイヤー同士の戦闘は、累積ダメージで勝敗が決まるの。基本的にお互いのHPに大きな差は無いから、文字通り、どちらが先に相手のHPをゼロにするかの勝負になるわ。一撃辺りのダメージ量を決めるのは、武器そのものの攻撃力と、それを振るうスピード──極論、スピードさえ出てれば、当たり所次第では昨日みたいに一撃で決める事も出来るけど……」

 

 ちらりとシグルドの方を伺ったリーファは、声を潜める。

 

「……シグルドは高いスキル値とハイレベル装備で固めた典型的な前衛(フォワード)よ。あたしでも力勝負になれば押し負けるし、防御を崩すのは簡単じゃないわ」

 

「なる程、大体分かった──待たせたなシグルドさん。ここじゃ何だし、表に出ようか」

 

 塔の外──入口の真ん前に場所を移した俺は10メートル程の距離を挟んでシグルドと向かい合う。その間に、立会人兼報酬(という表現が適切かはともかく)のリーファが立った。

 

「確認よ。ルールは1vs1の《半減決着》、お互いに魔法禁止、ジャンプはありだけど翅は無し。これらを破った方は即、敗北と見做すわ。異存は無いわね?」

 

 双方頷く。やがてシグルドの方からデュエル申請が飛んで来たので、ルールオプションで《半減決着》を選択。カウントダウンが始まった。

 

「こいつを片付けたら、次は貴様だスプリガン……!小虫が這い回る程度捨て置くつもりだったが、のこのこと他種族の領地に入ってきたのが間違いだったな!」

 

「おいおい、今あんたの前に立ってるのは俺じゃないぜ?戦いに集中しろよ」

 

 飄々としたキリトの言葉に、舌打ち混じりにブロードソードを抜刀したシグルドは、剣を持つ体の右側を前にした半身状態で構える。対する俺は、水平に倒した槍の穂先をやや上向けた。他に構えらしい構えは取っていない。そんな俺を見て自分を侮っていると感じたのか、シグルドはギリリと歯噛みした。

 

 カウントは残り3秒──2、1──

 

 

 ──《DUEL!!》──

 

 

「でぇぇぇぇいッ──!!」

 

 戦いが始まるなり、シグルドは力強い気合と共に突っ込んでくる。俺の武器が槍である事を受けてのアクションだろう。懐に潜り込んで槍の強みであるリーチを潰すつもりだ。

 右上から繰り出された斬り下ろしを槍で受け止める──なる程、確かに重い。シグルドの剣は見た目こそ普通のブロードソードだが、外見よりも重量があるのだろう。そしてそれを軽々扱えるこの男の片手剣スキルはかなり高いと見える。

 SAO時代の癖でつい力勝負に持ち込もうとしてしまった俺だが、すぐに切り替えて槍を傾け、剣を流しざまにシグルドの後方へ逃げる。

 

「フン、小手先は器用らしいな──ッ!」

 

 踏み留まったシグルドは、そんな言葉と共に振り返って俺を追ってくる。俺に間合いを取らせまいと、距離を詰めながらガラ空きの背中目掛けた上段斬り──肩越しにそれを確認した俺は、急制動をかけて向き直ると同時に、右手の槍を真一文字に掲げた。

 振り下ろされたブロードソードを槍の柄が受け止め、シグルドの腕力、剣の重さ、突進の勢いが槍を通じて伝わってくる──刹那、俺は槍から手を離し掌外沿の部分で槍を押し込んだ。俺の手を軸にして槍がグルン!と勢いよく回転し、穂先がシグルドの背中を斬りつける。奴のHPが2割程減少した。

 

「ッ──貴様、何をした……!?」

 

 攻撃した筈が攻撃されるという奇妙な現象に戸惑うシグルドへ、俺は一気に反撃に出る──!

 両手で大きく振った槍による打ち下ろし──それを掲げた剣でガードしようとしたシグルドだったが、得物がぶつかり合う直前に俺は手前側の腕を引く。すると槍が剣をすり抜けた──実際には、大きく引き絞る事で槍を擬似的に縮ませたのだ。そして掲げた剣の下、ガラ空きとなったシグルドの胸元目掛けて、即座に槍が突き出される──!

 

 ドスッ!という確かな手応えを感じ、少し捻りを加えながら槍を引き抜く。そのひと捻りが決め手となり、シグルドのHPはきっちり半減。勝敗を告げるブザー音が鳴り響いた──結果は勿論、俺の勝利だ。決着がつくやいなや、戦いを見ていた周囲のプレイヤー達が賞賛混じりにザワつき始める。

 

「馬鹿な……俺が、負けただと?こんな、初心者に……ッ」

 

 膝をつくシグルドは、自分が敗北したという事実を上手く飲み込めていないらしい。リーファのような実力者ならともかく、先程まで初期装備だった俺に負けたとなれば無理もないというべきか。

 

「約束だ。彼女を無理に縛り付けるのはやめろ」

 

 流石にこれだけの衆目がある中で食い下がっても不利になるだけという事は理解しているらしいシグルドは、無言で立ち上がり剣を収める。

 

「……精々外では逃げ隠れることだ。──リーファ、こいつらと共に行くという事は、お前も領地を捨てて《レネゲイド》になるという事だ。本当にいいんだな?」

 

「……ええそうよ。あたし、ここを出るわ」

 

「シルフ族を──俺を裏切れば、近く必ず後悔することになるぞ」

 

「かもね。けど、それが間違いだとは思わない。彼らは──ミツキ君とキリト君は、誰が何と言おうとあたしの新しいパーティメンバーよ!」

 

 本人の口からきっぱり拒絶されたシグルドは、表面上は溜飲を下げて踵を返す。そのまま捨て台詞も何も残すことなく、仲間達と共に去っていった。

 

「──お疲れミツキ。腕は落ちてないみたいだな」

 

「ごめんね。変な事に巻き込んじゃって……」

 

「別に気にしなくていいよ。俺もキリトもこのゲームじゃ知り合いなんていないし、追放されたって特に問題も無いからさ」

 

「寧ろ、リーファの方は大丈夫なのか?領地を捨てるって……」

 

「あー、うん。まぁ……」

 

 言葉を濁したリーファに背中を押され、俺達はエレベーターで塔の最上階へ向かう。展望デッキに降り立った俺とキリトは、視界一杯に広がった光景に思わず感嘆の声を漏らしていた。

 

「すごいな……これは」

 

「ああ。すごい……すごいしか、言えない」

 

「でしょ。あたしもこの景色、好きなんだ」

 

 人間、本当に美しいものを見た時には語彙力が低下するとよく聞くが、こうして自分の身で体験してみるとそれも納得だった。眼下に広がるアルヴヘイムの大地と、それを覆う無限に広がる青い空。手を伸ばせば触れられそうな程天に近いこの場所は、俺達から言葉というものを奪い去った。

 

「この空を見てるとさ、なんて言うか──ちっちゃく思えるよね、色んな事が」

 

 恐らく先程の件が蘇っているのだろう。リーファはどこか寂しそうに空へ手を伸ばす。

 

「──いいきっかけだった。どの道、いつかここを出ようとは思ってたんだ。まぁ、あたし1人じゃ中々決心つかなかったんだけど」

 

「……俺がこんな事言うのもおかしいけど、ごめん。もう少し穏便に済ませられたかもしれない」

 

「いいのいいの。あの様子じゃ何をどうしたって衝突はしてたろうし。逆に、ミツキ君に嫌な役目やらせちゃって……」

 

「それこそいいよ」

 

「そうそう。ミツキが出てってなければ俺が出てったし。結局同じ事になってたよ」

 

 シグルドが頻りに口にしていた《レネゲイド》という言葉──2つに大別されるALOのプレイスタイルの片割れの事だが、基本的に各種領地を拠点として種族間競争に明け暮れる者がいる一方で、俺やキリトのように種族の壁を越えてパーティを組み、中立域を拠点として純粋に冒険を楽しもうという層も存在している。そういった層や、領内で何かよからぬ事をしでかし、追放処分を受けた者を一括りにして脱領者(レネゲイド)と称し、目的意識に欠ける遊び人として蔑む傾向にあるという。

 

 俺やキリトは元より種族への帰属意識等無いに等しいのだが、古参のリーファは領内に親しい間柄のプレイヤーもいる筈で、場合によってはそちらとの関係にも影響が出てしまう可能性も危惧したが、本人曰くああいうタイプの知り合いは逆にシグルドくらいだと言うので、こちらもこれ以上の心配はしないよう努める。

 

「何で、ああやって縛ったり縛られたりするんだろうね。折角翅があって、自由にどこへだって飛んで行けるのにさ」

 

「──全く、ニンゲンというのは複雑ですね」

 

 キリトの胸ポケットからモゾモゾと出てきたユイは、肩に着地すると小さく伸びをする。

 

他者(ヒト)を求める心を、ああやってややこしく表現する心理は理解できません。もっと簡単な方法があるのに、何故そうしないんでしょう?」

 

「簡単な方法……?」

 

 リーファの疑問に、ユイはキリトの頬に小さく口づけて見せる。

 

「私ならこうします、とてもシンプルで明確です!」

 

 得意げな顔のユイに、俺とリーファは呆気に取られる。

 

「……少し見ない間に、大分おマセになったな……」

 

「プライベート・ピクシーって皆こんな感じなの……?」

 

「コ、コイツはちょっと変わってるんだよ。ピュアっていうか……」

 

 キリトがそう言ってユイを胸ポケットに押し込むと、背後のエレベーターが新たな人を運んでくる。中から姿を現したのは、先日も少し話したリーファの友人、レコンだった。

 

「──せ、せめて一言くらい言ってから出発してもいいじゃない……!」

 

「ごめん、忘れてた……」

 

 サラリと毒を吐くリーファにガクリと肩を落とすレコン。このやり取りだけでも、2人の関係の気安さが伺える。先のシグルドとは大違いだ。

 

「もうすっかり噂になってるよ。リーファちゃんがシグルドをデュエルで倒してパーティを抜けたって」

 

「えっ?いや、シグルドを倒したのは──」

 

「──いやぁホントすごかったぞ。リーファの事は怒らせない方がいいな。うん」

 

「ああ。鬼神の如き強さってのはああいうのを言うんだな……凄まじかった」

 

 俺とキリトは反論しようとするリーファを制止する。噂というのは広まる中で形を変え、同時にどんどん尾ひれが付いていくものだ。俺ではなくリーファ本人の手でシグルドを下したという認識が強く広まれば、同じような手合いに絡まれる心配も減るだろう。リーファはまだ納得しきっていない様子ながら、一先ず噂のことは横に置く。

 

「──それはそうと、アンタはどうするの?」

 

「勿論付いてく……って、言いたいとこだけど──」

 

 レコンは何か気になる事があるらしく、それを調べる為にもう暫くシグルドのパーティに残るという。

 

「キリトさん、ミツキさん。彼女、何かとトラブルに飛び込んでく癖があるので、気をつけてくださいね。リーファちゃんの事、よろしくお願いします」

 

「あ、ああ。分かった」

 

「世話になる分、しっかり護衛するよ」

 

「た・だ・し!くれぐれも言っときますけど、彼女は僕の──あダッ!?」

 

 レコンの言葉を遮るように、リーファが彼の足を強かに踏んづける。痛覚のフィードバックを担う《ペイン・アブゾーバー》がしっかり働いているALOでは痛みらしい痛みは感じない筈だが、反射的に踏まれた足を押さえて悶絶するレコンに暫く中立域にいる旨を伝えたリーファは、翅を広げて大空へ飛び立った。俺とキリトも、レコンにお大事にと伝えてから彼女の後を追う。

 

「──レコン()、リアルでも友達なんだっけ?」

 

「そうだけど、それがどうかした?」

 

「……いや、なんか良いなと思ってさ」

 

 キリトの言葉には、俺も全面的に同意だった。

 俺達は2年に渡り、世界初のVRMMOであるSAOの中で生死を賭けた戦いに身を投じてきた。あの世界はゲームであるが、同時に現実でもあったのだ。だからリーファやレコンのように、気の知れた友人とゲーム内だけでなく、リアルでもゲームの話を出来るというのは、少し憧れる部分もある。

 俺の場合、現状そんな事が出来る相手とすればキリトになるのだろうか。俺達がこの世界に来た理由はあくまでアスナを助ける為だが、無事に目的が果たされた暁には、引き続きこのゲームを続けてもいいかもしれない……そんな事を考える。

 

 そしてそんな俺の隣に、長らく連れ添った愛しき相棒の姿を夢想するのだった。

 




原作では「ALOでの接近戦は往々にしてノー回避で斬り合う不格好な戦闘になりがち」的な解説がされてますが、ミツキなら相手次第じゃノー回避でもノーダメ完封勝利狙えそうですね…

あ、それとミツキのプロフィールのイラストを全身絵に変更しました。
プロフではユニークスキルに触れてないので通常ver.だけですが、どこかで《双槍》ver.も公開予定です(ゆうて通常絵に槍が1本増えるだけなんで大きな変化は無いですが)
イメージ補完にでも使っていただければ幸いです。
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