世界樹へ向かう道すがら、《ルグルー回廊》にてサラマンダーの襲撃を退けた俺達は、休憩地点の鉱山都市《ルグルー》への滞在を僅か数分で切り上げ、出口に向かってひた走っていた。
発端は、ここに来るまでの道中にて、リーファがレコンから受け取った書きかけのメッセージ──現在ログアウト状態らしいレコンにリアルの方で事情を聞いた事だった。
曰く──《スイルベーン》を出る際、俺達と一悶着あったシグルドは、サラマンダーと内通していた。
レコンが突き止めた情報によれば、シグルドとその仲間達は街の地下水道でサラマンダーのプレイヤーと密会しており、そのサラマンダーの胸には、通商目的の他種族が領地に入る際、PKされるのを防ぐ為の
サラマンダー達とシグルドの会話から分かった事は2つ──1つはリーファにトレーサーを付けたという事。リーファの予想通り、《スイルベーン》を出る前の時点で追跡が始まっていたらしい。
そしてもう1つは、本日中立域で行われるシルフ・ケットシー同盟の調印式を、サラマンダー達に襲わせるという計画だった。
「──って事で、今から40分後に《蝶の谷》を抜けた辺りで領主同士の会談が行われるらしいの……!」
3人揃って走りながら事情を聞かされたキリトは、前を向いたまま後ろのリーファに声を投げる。
「事情は分かった。2、3、質問いいか──?」
「どうぞ──!」
「シルフとケットシーの同盟を邪魔する事で、サラマンダーには何のメリットがある?」
「まずは単純に、同盟そのものを邪魔出来る事。シルフとサラマンダーの関係は今更言うまでもないけど、逆にケットシーとは領主同士が友達ってこともあって仲がいいのよ」
「なる程……シルフ側から漏れた情報でその会談が襲われたとなれば、ケットシーからの印象は最悪になる。仲違い程度で済めばいいが、最悪種族間で戦争か」
プレイヤー同士の対立を煽り、無用な軋轢を生み出す──俺達もかなり手を焼かされた《扇動PK》と似た手口だ。
「それだけじゃないわ。他種族の領主をキルすれば、領主館に溜め込まれた資金の3割を入手出来て、10日間街を占領、税金も自由に掛けられる。文字通りやりたい放題よ……!」
「それ、前例は──!?」
「ALOが始まって以来、過去に1度あったきり──シルフの初代領主がサラマンダーの罠に掛かって殺されたわ。奴らが最大勢力になれた1番の理由がそれって言えば、ヤバさ伝わる?」
「そりゃ仲悪くもなるな……」
「だから……これはあたし達シルフ族の問題よ。君達が付き合う必要は無いわ。多分、会談場に着いたら生きては帰れないだろうし。もっと言えば──」
ふと、リーファが走る足を止める。
「……世界樹の上に行きたいなら、サラマンダーにつくのが最善かもしれない。もし奴らがこの作戦を成功させれば、きっと万全の状態で世界樹攻略に挑むはずよ。キリト君はスプリガンだし、ミツキ君はちょっと難しいかもだけど……あたしを差し出せば、手土産くらいにはなるかな……君達がどう決断しようと、文句は言わないわ」
「そうか。なら考える必要はないな──早く助けに行こう」
「え……?」
間髪入れず返ってきた俺の言葉に、リーファは目を丸くする。
「なんで……どうして?世界樹の上にどうしても行かなきゃいけないんでしょ?」
「ああ。そう言った」
「だったら──!」
「──勘違いするな。確かに俺達は世界樹の上に行かなきゃならないし、必要なら何かを犠牲にする事も辞さない。けどその犠牲も、責任も、俺達が自分で負うべきものだ。どんな理由があっても、それを仲間に押し付ける気はさらさら無い」
「ミツキの言う通りだ。所詮ゲーム、たかが遊びなんだから何でもアリ。殺すのも奪うのも自由──そんな風に言う連中を、嫌って程見てきた。一面ではそれも事実だし、俺もそう思ってた時期があったよ。けど、そうじゃないんだ──」
仮想世界の中であっても──そうであるからこそ、守らなくてはならないものがある。
プレイヤーとキャラクターは一体なのだ。この世界で醜い欲望に身を任せれば、その考えは少なからず現実の人格へも影響を及ぼす。最初の内は自制が効いても、10回、20回と繰り返すに連れて、その影響はどんどん大きく、引き返せないものになっていき──やがては元あった自分を完全に塗り潰してしまう。
ましてやここは仮想世界。操るのは同じく仮想の体であっても、それを動かすのはキーボードでも、コントローラーのボタンやスティックでもなく、紛れもない自分の意志だ。そこに現実との差異はない。
「──俺、リーファのこと好きだよ。友達になりたいと思う。そんな相手を、自分の利益の為に切り捨てるような真似は、絶対にしない」
「キリト君……」
薄らと涙を滲ませたリーファの目が、キリトに続いて俺にも向けられる。首肯1つで同意を示すと、リーファは胸の前で両手を握り締めた。
「っ……2人共、ありがとう……!」
「──少し時間食ったな。走るか」
「オーケー。──リーファ、ちょいとお手を拝借」
俺とキリトはそれぞれリーファの両手を手に取ると、足にグッと力を込め──
「ユイ、出口までナビよろしく──ッ!」
ズバンッ!というような音を残し、俺とキリトはユイが示す出口への最短ルートを全力で走り出した。俺達が揃ってSAOから引き継いだ《疾走》スキルはいずれもハイレベルで、余りの速さに後ろ手に引かれるリーファはほぼ地面と平行に浮かんでいる。
「ねぇ!前、前──ッ!!」
前方では大量のモンスターカーソルが出現し、その正体であるオークの集団が俺達を待ち受ける。しかし今は時間が惜しい。キリトと一瞬だけアイコンタクトを交わすと、俺達は肩を寄せ合い低姿勢を取る。そのままオーク達の隙間を縫うようにして駆け抜けた。
「きゃあああああ───ッ!!!」
追いかけてくるオークの武器が足先を掠めているらしく、後ろで絶叫の尾を引くリーファ。その更に後ろでは、優に20体を超える数のモンスター達が群れを成して追いかけてきていた。
もし進路上に他のプレイヤーがいれば、所謂《トレイン行為》──またの名を《MPK》としてマナー違反で通報を食らっても文句は言えないが、幸いプレイヤーの影は1つとして見られない。
「前方、間もなく出口です──!」
「あれか──!」
スピードを緩めることなく、そのまま洞窟を飛び出す──勢いに乗って数メートル程滞空した俺達は、落下が始まる前に翅を広げて飛行する。後方を見てみれば、追いかけてきていた大量のモンスター達がこちらを恨めしげに睨んでいるのが見えた。その内数体は急に止まれなかったのか、出口すぐの断崖からダイビングしていた。
「もう、寿命が縮んだわよ!普通あの手のダンジョンはもっと敵を警戒しながら──」
「でも時間短縮にはなったろ?お陰でほら──」
キリトが指さす先には、天に向かって屹立する巨大な塔──いや、樹があった。
「あれが、世界樹……」
「残念ながら、絶景を楽しんでる時間は無いぞ──リーファ、領主会談の場所は?」
「あ、うん──場所は《蝶の谷》の内陸側の出口って話だから……あっち」
「残り時間は?」
「大体20分ってとこ」
リーファが指した北西方向に対し、サラマンダー達は自領のある南からの最短ルート《龍の谷》を通って進行してくる筈だ。俺達より先行しているかどうかは微妙な所だが、とにかく急ぐに越したことはない。
飛び続ける事暫く──《蝶の谷》に差し掛かった辺りで、俺は感じていた違和感を口にした。
「──そう言えば、モンスターがいないな」
「ああ、この《アルン高原》にはモンスターは湧かないのよ。だから会談の場所に選んだんだと思う」
もし会談中にモンスターに水を差されては堪らない。そこの安全管理はしっかりしているようで何よりだが、こと今に限って言えば素直に喜べなかった。
「最悪、その辺の適当なMob引っ掛けてサラマンダーにぶつけるのも手だったんだけどな……」
「仮に間に合ったとしても、ギリギリだろうね。ケットシー領に逃げ込む間にも追撃してくるだろうし、どうにか領主の2人だけでも逃すか、皆揃って討ち死にかの二択になると思う」
「──前方、プレイヤー反応です!大集団68人、恐らくこれが、サラマンダーの強襲部隊と推測されます!」
ユイの声と同時に眼下の雲が途切れ、その下に大量の赤い人影が見えた。更にその向こうにはシルフ・ケットシー両陣営の会談出席者と思しき反応も確認され、双方が接触するまで推定50秒──
「68人……」
先程洞窟で襲撃してきたメイジ部隊とは雲泥の差と言える圧倒的戦力数が相手では、俺達が介入したとて多勢に無勢は免れない。正面戦闘は愚策だろう。であれば……
「間に合わなかったね──ありがとう、キリト君、ミツキ君。ここまででいいよ。君達は世界樹に行って。──短い間だけど、一緒に冒険できて楽しかった」
思案する俺を他所に、リーファが別れの言葉を口にする。
「生憎、ここで逃げ出すのは性分じゃないんだ。それにほら、そこで考え込んでる
「聞こえてるぞ、バカ1号──けどまぁその通りだ。乗りかかった船だし、最後まで付き合うさ」
「ミツキ君……」
「そうと決まれば……行くぞ──ッ!」
《アルン高原》に点在する円形の台地──その1つの上でまさに同盟を結ぶ会談に勤しんでいたシルフ・ケットシー両陣営は、突如としてあらわれたサラマンダーの大部隊に困惑していた。
偶然にしては数が多過ぎるし、彼らも同盟に名を連ねたいというなら考えなくもなかったが、こちらに向かって突撃槍を構える様子からして、お世辞にも友好的とは言えなかった。
何より気がかりなのは、一体何故、今このタイミングで、この場所に現れたのかという事。まさか、情報を流した者がいる?──各領主と共に出席していた両陣営のプレイヤー達の間に、疑念が走る。そんな中、現シルフ領主の《サクヤ》と同じくケットシー領主の《アリシャ・ルー》は互いを疑うことはせず、現状をどう切り抜けるかだけを考えていた。
彼女達も過去にシルフの領主が討たれた結果、どうなったかは知っている。ここで部下の代わりに命を差し出すような真似は何の解決にもならず、結果的に自陣営を苦しめる事になると理解している。しかし、だからといって部下に「その身を犠牲にしてでも自分を助けろ」等と命じるつもりは無い。そんな事をしたとて戦力差は歴然、ただでさえ少ないこちらの戦力を無駄に減らすだけだ。
一体どうすれば……そんな折──突如として空から「何か」が降ってきた。
轟音と共に辺りを土煙が舞う。その中から現れたのは、領主であるサクヤも見た事のない灰色の装備に身を包んだシルフと、真っ黒な格好のスプリガンだった。
「──双方、剣を引けッ!!」
ビリビリとしたキリトの第一声が響き渡り、この場の全員が困惑を隠せない。キリトと背中合わせの状態で立っていた俺は、一先ずシルフ・ケットシー側がキリトを攻撃する様子はない事を確認してからサラマンダー達に向き直る。
「そちらの指揮官と話がしたい」
続いたキリトの言葉を受けて進み出てきたのは、色こそ同じだが他とは明らかに性能が違うと分かる赤い鎧に身を包んだ大柄な戦士──赤い短髪をキリト同様に逆立たせ、背中にひと振りの両手剣を背負ったその男は、猛禽を思わせる鋭い目でこちらを睨んでくる。
「──シルフは分かるが、スプリガンがこんな所で何をしている?……まぁ、理由がどうあれ殺すことに変わりは無いが──その度胸に免じて、話だけは聞いてやろう」
思いの外理性的な様子の敵指揮官。この交渉次第で事態は良い方にも悪い方にも転ぶ。さてどう切り出したものかと少し考えた俺だったが……
「──俺の名はキリト。
「(──はいッ!?!?)」
先んじて口を開いたかと思えば、いきなりとんでもない事を言い出した
「この場を襲うからには、我々4種族との全面戦争が望みと解釈していいんだな?」
「スプリガンとウンディーネが同盟だと……?ならばそのウンディーネはどこにいる?」
当然の質問に、今度は俺が口を開く。
「──ここにいるよ。
勿論真っ赤な嘘だ。しかしリーファは言っていた──「他種族のプレイヤーが別アカウントでスパイ活動を行うこともある」と。サラマンダー目線では、シルフ側の内通者であるシグルドの手引きでシルフに扮した俺が内偵を行っていたと考えれば、筋は通る。それをサラマンダーに教えていなかった理由も、用心深さで通せるだろう。「シグルドがシルフだけでなく自分達の情報までウンディーネに流していた」と勘繰ってくれれば、いくらか楽に済みそうだったが……
「……護衛の1人も付けず、大した装備も持っていない貴様達が大使だと?」
「ああ、そうだ。
「なる程、筋は通っている。だがにわかに信じる訳には行かんな──」
そう言って、指揮官は背中から両手剣を抜いた。
「抜け、スプリガン。俺の攻撃を30秒耐え切ったなら、貴様を大使として信じてやろう」
「へぇ、随分気前がいいね──」
同じく剣を抜いて飛び上がったキリトを見送った俺は、後ろのリーファ達の元へ合流する。
「30秒……キリト君なら余裕っぽく思えるけど……」
「そう簡単じゃないだろうな……アイツ、パッと見ただけでも他とは違うってのが伝わってくる」
「──その予感は当たっているよ」
横で口を開いたのは、俺は初めましてとなるシルフ領主の女性プレイヤー《サクヤ》。その目は上空でキリトと向かい合うサラマンダーの得物をジッと見つめている。
「あのサラマンダーの両手剣……恐らく
「950って、カンスト寸前じゃない……!」
俺やキリトは特殊な事例により既にカンスト状態のスキルをいくつか保持しているが、本来スキル熟練度というのは長い時間をかけてMAXの1000まで育てていくものなのだ。その為にどれ程の努力が必要かは俺自身、骨身に染みている。
「そんな代物を扱える程の戦士は、サラマンダーでも多くない。恐らく、あれが《ユージーン》将軍だろう」
サクヤ曰く、彼はサラマンダー領主《モーティマー》の実弟らしく、権謀術数に長けた知の兄に対し、武の弟──純粋なプレイヤースキルではサラマンダーの中でも突出しているという。現状最大勢力であるサラマンダーの頂点という事は、即ちALOの全プレイヤー中最強という事に他ならない。
「(赤い鎧の最強プレイヤー……数奇なもんだな)」
俺と胸中を同じくしてるか否か、ユージーンと睨み合うキリト。
雲の切れ間から差す陽の光がユージーンの剣に反射し、眩しさでキリトが僅かに目を細めた瞬間──
「でやあああああッ──!」
力強い気合と共に、ユージーンが動いた。突進の勢いを乗せた最上段斬りを、キリトは頭上に掲げた剣で受けようとするが──刹那、ユージーンの刀身が霞がかる。そのままキリトの剣を
轟音と共に叩き落とされたキリト。本人は勿論、それを見ていた俺達も目を疑った。
「今、受け損ねた……!?」
「いや、100パー防げる軌道だった。何だ今の……!?」
俺の疑問に、ケットシー領主の女性《アリシャ・ルー》が答える。
「《魔剣グラム》の《エセリアルシフト》──武器や盾で受けようとすると、非実体化してすり抜けるエクストラ効果があるんだヨ!」
「嘘、そんなのアリ!?」
ユージーンの魔剣の前には、防御が意味を成さない。盾を持たない俺やキリトを幾度となく救ってくれた武器防御が使えないとなると、ダメージを減らすには回避しかない。ここまでの戦いで空中戦にもいくらか慣れてきたとはいえ、習熟度で言えばプレイ歴の長いユージーンの方が上だ。
すぐさまダメージから復帰したキリトも流石の対応力でユージーンの剣を躱すが、2年の戦いで染み付いたクセというのは中々抗えるものではなく、反射的に武器で防ごうとする度に魔剣の能力でHPが削られていく。
ユージーン自身が最初に提示した「30秒耐え抜く」という条件もあっさり破棄され、どちらかが明確に敗北するまでこの戦いは続く事に。
「──マズイな。プレイヤースキルは互角と見えるが、武器の性能が違い過ぎる」
武器──そんなサクヤの言葉で、ある考えが脳裏を過る。
「(二刀流なら、行けるか……?)」
あの世界に於けるキリトの最終形態。2振りの剣を携えた二刀流状態なら、或いは……。
それには一定以上の重さを持つ剣が必要かと思い、辺りを見回す──次の瞬間、俺は半ば反射的に動いていた。
隣にいるサクヤを強引ながら抱き寄せると、飛び退きざまに槍を切り上げる──穂先が何かを掠める手応えを感じた。踏み止まってすぐさま槍を振り下ろすと、剣戟音と共に空中で静止する。
「ハイディングだ!領主を守れッ!」
鋭い俺の声に、周囲のプレイヤー達は各々の領主の元へ集い守りを固める。サクヤの身柄をシルフ達に引き渡した俺は、槍を受け止めていた力がフッと抜けたのを感じた。
「──ふぅん、気付くんだ。これはちょっと予想外かも」
淡々としつつもどこか気の抜けた声と共に、姿を隠していた隠蔽魔法が解ける──青みがかった紫を基調とした軽装備の上に、黒いフーデットケープ。頭と口元をすっぽり覆うフードからは、銀灰色の髪と同色の双眸が覗いていた。
「君、誰?サーチャーも無しに見抜かれたの、初めてなんだけど」
「さっき一応名乗ったんだけどな」
「興味無いから聞いてなかった。今はあるからさ、教えてよ」
「……ミツキだ。そういうお前は?」
「私は《カゲロウ》──雇われで暗殺者的なことやってる」
「風の噂で聞いたことがある……領地を追放されて以降、中立域を拠点に暗殺稼業を行う腕利きのスプリガンがいると。通り名は《影狼》──なる程、君がそうか」
「お、シルフ領主にも知ってもらえてるんだ。ご用命の時はヨロシク」
「依頼主はサラマンダーか?」
「さて、どうだろうね?てか別にそんなのどうだっていいじゃん──ね、何で気付けたの?足音も完璧に殺してたし、索敵スキルが高いだけじゃ無理な筈だよ」
「別に特別な事はないさ──嫌な感じがした。それだけだ」
カゲロウと名乗った小柄な襲撃者が女性プレイヤーだった事もまぁまぁ驚きだが、それ以上に驚いたのは彼女のハイディングの完成度だ。SAOから引き継がれた俺の索敵スキルはカンスト状態。システム的にはほぼ全ての隠蔽を見抜く事が可能だ。
しかし相手側の隠蔽スキルが高ければ高い程、看破するのに時間が掛かる。仮に彼女の隠蔽スキルもまたMAXだとすると、姿を隠した状態の彼女を最長で約10秒程ジッと凝視し続ける必要がある筈だ。皆が上空の戦いに集中しているあの状況で、そんな真似は不可能だった。俺も意識を離していたとはいえ、頭の中では別の事を考えていたのだから。
それでもサクヤを守る事が出来たのは、単に「嫌な感じがしたから」──これに尽きる。
SAOでも何度か感じたことがある。時に頭の中だったり、うなじの辺りがチリっと焦げるような謎の感覚──その後は高確率で良くない事が起こった。
今回もその感覚に救われて内心ホッとしてる俺だが、対するカゲロウはというと……
「……は?何それ、要は当てずっぽうって訳?」
「あー、まぁぶっちゃければそうだな」
「………あっそ」
そう言うなり、彼女の姿が掻き消える──気づけば、俺の懐に肉薄していた。
「ッ──!?」
真下から斬り上げられたダガーナイフを、仰け反って回避する。そのまま地面に手を着いた俺は、バク転すると同時に足を振り上げた。こちらも躱されてしまう。
「あーあ、折角私を本気で楽しませてくれる奴が出てきたと思ったら、とんだ期待外れ……プライドだけ傷ついちゃったよ。責任とって──死んでくれる?」
ナイフを構えながらサムズダウンしたカゲロウは、地を這うようなダッシュで開いた距離を瞬時に詰めてくる。先程は虚を突かれたが、今度はしっかりと槍で防御──速いが、目で追えない程ではない。しかし一方で、その速さに俺は舌を巻いていた。
カゲロウの攻撃は一撃が軽いが、その分スピードがとんでもない。速度的にはソードスキルに
迫る勢いの連撃が浴びせられる。打たれる攻撃が軽い以上カウンターも使えず、下手に攻勢に回れば領主達への守りが手薄になる、ここは防御に徹するしかない。
「へぇ──この距離、しかも長物でよく防ぐじゃん!前言撤回、本気出せそう──!」
彼女の動きは他のプレイヤーとは明らかに違う。仮想世界に働く物理エンジンにクセがあるのは以前にも語ったかもしれないが、その最たるものが重力だ。仮想世界のアバターは現実の体よりも軽く、またその身に掛かる重力にも違いがある。仮想世界を初体験する者は、よくその違和感に適応出来ず思うように動けなかったり、酷いと「VR酔い」を起こしたりするのだが、彼女にはそんな素振りが一切無い。一言で言うなら、仮想世界慣れしている。それも俺やキリトに匹敵するレベルで──ふと、俺の中に1つの疑念が浮かんだ。
まさか、そんな筈は──そう思うが、考えれば考える程疑念は深まっていく。
ナイフを操る腕前。マントやケープで人相を隠す出で立ち。プレイヤーを対象とした暗殺者。
そして──空中戦がウリのALOで、こうも地上戦に適応した動き。
まさか、コイツは…──!
「ッ──!」
俺の集中が途切れたと判断したらしいカゲロウが、ナイフを突き入れてくる──俺はその攻撃を躱すのではなく、細腕を素手で掴んだ。
「えっ……!?」
彼女が驚くのも束の間、翅を広げた俺は地面を蹴ると同時に小さく飛行。コンパクトな軌道でカゲロウの頭上をクルリと飛び越して着地した。当然、掴んだままの腕は後ろへ引かれ、やがて可動域の限界を迎える。仮想世界で関節を極めたとて痛みは感じない。強引に身を捩って抜け出すことも可能だが、体感覚はそのままなのでかなりの度胸が要る。
それでも、もし俺の予想通りなら──そう思ったが、カゲロウは悔しげな顔で藻掻くだけだった。
「くっ──!」
どうやらフリーの左手にも武器を隠していたらしいカゲロウは、逆手に持ったナイフを突き刺そうとしてくるが、1歩身を引くだけで腕の長さが足りずギリギリ届かない。
「……取り敢えず、情報を吐いてもらおうか。お前の雇い主は?」
「一応こっちも信用ってのがあるからさ、負けてもないのに教えらんないな──ッ!」
カゲロウは背中を使った体当たりで俺の姿勢を崩すと、僅かに曲がった俺の膝を足場にしてクルリと飛び上がる。体の方を回転させる事で捩じ上げられていた腕を元に戻すと同時に、俺の胸を蹴って拘束から逃れた。
「ちぃ──ッ!」
逃すまいと、俺は槍を引いて刺突の構えを取る。間髪入れず繰り出された高速の4連突きが滞空中のカゲロウの四肢を正確に貫き、穂先が幅広だった事も相まって、右腕を斬り飛ばした。
着地したカゲロウに、槍を突きつける。
「……まだやるかい?」
「……なる程、そういう事か。なら一応、納得かな」
カゲロウの言葉に眉を潜めた矢先──突如背後から黒煙が押し寄せ、周囲を覆い尽くした。
「幻惑系の範囲魔法──!?」
そんなリーファの声が耳に入る。同じスプリガンでも、カゲロウは詠唱の素振りすら見せていなかった事から、恐らくキリトがユージーンとの戦いの最中に発動したのだろう。
少しは加減しろよ…!と胸の中で悪態をつきながら、意識を前に戻す──この煙幕に紛れて、カゲロウがまた領主達を狙わないとも限らない。一旦合流すべきか──という考えは、あっさりと杞憂に終わった。カゲロウは武器すら構えず、一歩たりとも動いていなかったからだ。
「……何のつもりだ?」
「片腕飛ばされちゃったしね。一応、降参のつもりなんだけど。もしかして土下座とかさせたいタイプ?」
「……いや、引いてくれるならそれでいい。──それはそうと、俺の勝ちなら質問に答えて貰うぞ。まず、雇い主は誰だ?」
「
恐らくスプリガンであるキリトの存在を受けての行動なのだろう。同じスプリガンのカゲロウが領主を殺すことで、キリトに対する信頼を揺らがせるのが狙いか。
サクヤ達もカゲロウの噂を知っていた為、仮にこの目論見が成功したとて、レネゲイドである彼女はスプリガン陣営となんの関わりもないという事はすぐに見抜けただろうが、余程急いでいたのだろう、シグルドはそこまで考えが回らなかったようだ。
「質問はそれだけ?ならこっちの質問にも答えてもらおうかな」
「いや、もう1つ──」
俺の言葉を無視し、カゲロウは口を開く。
「──さっきの技、《ホロウ・ランバス》だよね?両手槍4連撃の。システムアシスト無しでよく再現できてるじゃん」
その言葉と同時に、辺りを漂う黒煙が晴れた。その勢いに煽られ、彼女の頭を覆っていたフードがはだける。後ろでポニーテールに結わえた銀灰色の髪が日の下に晒された。
一方、直前の言葉を聞いた俺は、半ば反射的に槍を構える。やはり、やはり彼女は……!
「お前……ラフコフの……!」
「ラフコフ……?何それ」
返ってきたカゲロウの言葉に、とぼけているのかと思った俺だが、彼女の表情は嘘をついているようには見えない。本当に知らない様子だ。
「……あぁ、私がソードスキルを知ってる理由?簡単だよ、私、SAOやった事あるんだ。といってもベータテストだけだけど」
俺は彼女を、自分と同じSAO帰還者──もっと言えば、元ラフコフのメンバーなのではと疑っていた。あれ程仮想世界に順応出来ている理由が、それくらいしか思いつかなかったからだ。
実際に彼女の口から語られた真実によれば、SAOベータテストを終えて正式サービスを指折り数えて待っていたのだが、いざ当日になると、とある理由からログイン出来なかったのだという。その憂さ晴らしも兼ねて、SAOの波に乗るようにリリースされたVRMMOを片っ端からプレイ。最も肌に合ったALOを今に至るまで毎日長時間プレイしているのだとか。
「君、完全版のアインクラッドで戦ってたんでしょ。なら色々システム外スキルとかも身につくだろうし。だから一応納得」
「そっちこそ、ベータとはいえあの世界にいたならその強さも納得だ。相当やり込んでたみたいだし、もしかしたら当時すれ違うくらいはしてたかもな」
「かもね。……さ、お喋りは一旦この辺にしとこ。そろそろ終わるよ、あっちも──」
カゲロウが見上げる先には、太陽を背に急降下してくるキリトの姿が。それを下から迎え撃つユージーン。繰り出された魔剣はキリトの剣をすり抜け、その首筋に迫るが──寸前で、あの大剣とは違う第二の刃がそれを跳ね除けた。
振り抜いた左手には、あの煙幕の中で拝借したのだろうリーファの長刀──二刀流だ。
「ぅおおおおおおおおァァ──ッ!!!」
全力の気勢と共に両手の剣を駆使した多重攻撃が叩き込まれる。どうやら魔剣グラムには「連続での透過が出来ない」という弱点があったらしく、反撃の太刀を2振りの剣で尽く防がれてはいくつものダメージエフェクトが刻み込まれていく。
「おおおおおお──ッ!!」
両の剣を突き刺してから、引き抜いた左の長刀による高速の斬撃──片手剣4連撃《バーチカル・スクエア》が繰り出され、締めの一太刀がユージーンの体を深々と斬り裂いた──!
「ぐぉああああああ──ッ!?」
壮絶な断末魔と共に爆発染みたエンドフレイムが撒き散らされた。プレイヤーの死亡を示すその炎の中から、小さくも煌々と燃える赤い火の玉がふわふわとゆっくり地上に舞い降りる。
辺りを静寂が包み込む。その沈黙を破ったのは、手にした扇子を音高く広げたサクヤの声だった。
「見事、見事──ッ!」
「すっごーい!ナイスファイトだヨー!」
シルフ、ケットシー両陣営の長の声を皮切りに、周囲のプレイヤー達──敵対していた筈のサラマンダー達までもが、惜しみない拍手喝采をキリトへ送る。
本当に美しい景色が語彙力を奪い去るのなら、本当に素晴らしい戦いというのは、種族間に根付いたしがらみさえも取り払うという事か。それを証明してみせたキリトに、俺も拍手を送るのだった。
ここの話はどうするかすっっっっごい悩みました…
魔剣グラムって能力的にミツキの天敵とも言える武器ですから。それに対してミツキがどう戦うのかっていうプランも考えたんですが…ここはスプリガンキリトの二刀流初解禁の場でもありますし、原作通り将軍とはキリトが戦いつつ、ミツキにはオリキャラであるスプリガンの暗殺者《カゲロウ》ちゃんと戦ってもらいました。ただ戦闘は少々味気なかったかなと思う所です…