サクヤによる蘇生魔法で元の姿を取り戻したユージーンは、短く礼を言ってからキリトに向き直る。
「──見事な腕だな。俺が今まで会った中で、間違いなく最強のプレイヤーだ。世界は広いという事か」
「そりゃどうも。──俺達の話、信じてもらえるかな?」
ユージーンは思案するように俺とキリトをジッと見つめる。それとこれとは話が別──或いは、まさか本当に負けるとは思っていなかったというのもあるかもしれない。
場合によっては、今度は俺も戦うよう言われるかと覚悟していると、彼の後ろに控えていたサラマンダーの中から1人のプレイヤーが進み出てきた。
「──ジンさん。ちょっといいか」
「カゲムネか。何だ?」
《カゲムネ》というのは、昨日リーファを襲撃したパーティのリーダーだった男の名前だ。確か、形勢逆転による不利を悟った彼は倒される事なく帰っていった筈だが……
「昨日、俺のパーティが全滅させられたのは知ってると思う。その相手がまさにこのスプリガンなんだけど──確かに、連れにウンディーネの槍使いがいたよ。同じ名前で呼び合ってたし、そこのシルフと中身は同じで間違いない」
何と……全くの予想外な事に、言葉が出ない。よもや敵であったはずのサラマンダーに便宜を図ってもらえるとは。
カゲムネ氏はユージーンからも信頼の厚いプレイヤーだったらしく、その目から何かを汲み取ったのか、ユージーンは「そういう事にしておこう」と小さく笑った。
「現状、スプリガン・ウンディーネとまで事を構えるつもりは俺にも領主にも無い。ここは引くとしよう。だが、
「……その時は、是非お手柔らかに頼むよ」
ユージーンの実力は確かだ、武器の性能に寄り掛かっているだけではない。今回の戦いで露呈した魔剣の弱点を次はカバーしてくるだろう。それが楽しみであると同時に恐ろしくも感じながら、俺とキリトは順番に握手を交わした。
自分達の領地へ飛び去っていくサラマンダーを見送る傍ら、俺はもう1人の刺客──カゲロウに目を向ける。
「……で、お前はどうするんだ?」
「別にどうも?本命のサラマンダーは帰ってったし、ここで無駄死にする程バカじゃない。帰っていいなら帰るよ──領主殺しの失敗も、依頼主さえ消しちゃえば問題無いし?」
「……だそうだけど、領主様?」
「君はあくまで雇われただけだろう。恨むのは筋違いというものだ」
「そうそう。2人共無事だし、結果オーライ!」
快くお許しをくれた領主達を他所に、カゲロウは小柄な体で俺を真っ直ぐ見上げてくる。
「……君とはなんか気が合いそうだし、友達になったげてもいいよ?」
「何で上からなんだよ……まぁ、よろしく
「ん、じゃ決まり。フレンドになろ」
──《Kagero》からフレンド申請が届いています──というシステムウィンドウが表示され、その下の《○》ボタンを押す。暗殺者という中々に物騒なパーソナリティだが、俺のALOに於ける初めてのフレンドが出来た瞬間だった。
「んじゃこれで。もし殺して欲しい奴がいたら言って。友達料金でまけたげるからさ──」
そんな言葉を残してそそくさと飛び去っていくカゲロウ。大分距離が離れた辺りでご機嫌そうにクルリと1回転したのを見るに、まさか彼女も俺が初めてのフレンドだったのだろうか。
何はともあれ、これで直近の危機は去った。後は事後処理だ──
「──なる程な。確かに、以前からシグルドの態度に苛立ちめいたものを感じていた。まさかここまで強攻手段を取るとは思っていなかったが」
シグルドはパワー志向の男だ。勢力的にサラマンダーの後塵を拝するシルフの現状──ともすれば、グランドクエストをクリアして自由に大空を飛び回るサラマンダーを地上から見上げるという屈辱的な未来が許せなかったのだろう。
キャラクターの数値的ステータス及び能力だけではなく、プレイヤーとしての権威にも固執していたシグルドは、領主投票に毎回参戦しているのだが……結果は見ての通り、ここ最近はサクヤの連勝続きだ。只でさえ領内でナンバー2に甘んじているというのに、この上種族間競争でも他所に出し抜かれる事を嫌って、こんな行動を起こした──。
リーファから一連の件の真相を聞かされたサクヤは、シグルドの動機をそう推察した。
「でも、だからってどうしてサラマンダーのスパイなんか……」
「近く導入される《アップデート5.0》の話は聞いているか?あくまで噂だが、予てより要望のあった《転生システム》が遂に実装されるらしい」
「転生……アカウントを作り直さなくても種族を変更出来るってことか」
「ああ。大方モーティマーに乗せられたんだろうな。領主の首を差し出せばサラマンダーに転生させてやる──とまぁそんな所だろう。実際転生するには膨大な額の金が要るそうだから、そこまでしてシグルドを引き入れるメリットがサラマンダー側にあったかは疑問だが」
取引が反故にされる可能性をまさか考えなかった訳ではあるまい。それでも、シグルドはアルヴヘイムの頂点に立つ事に拘った。サラマンダーへの転生はその為の足掛かりというわけだ。
「何て言うか……プレイヤーの欲を試す陰険なゲームだな。ALOって」
「同感。これ作ったデザイナーはさぞやいい性格してるんだろうさ」
「ふ、全くだ」
キリトと俺の言葉に、サクヤは小さく笑って同意を示した。
「それで……どうするの?さっきの子、シグルドを消しに行く的な事言ってたけど」
「まぁ、それに関しては完全に奴の自業自得だ。しかし、抵抗した挙句また無関係の者に飛び火するとも限らんからな──」
少し考えたサクヤは、アリシャに闇属性魔法の《月光鏡》を発動するよう頼む。2つ返事で了承したアリシャが呪文を詠唱すると、辺りをドーム状の夜空が包み込み、差し込んだ月光が大きな鏡を形作った。そこに写るのはサクヤの美貌ではなく──
「──領主の椅子の座り心地はどうだ、シグルド?」
遠く離れた《スイルベーン》の領主館──現状はサクヤのものとなっている長の部屋でワイン片手にふんぞり返っていたシグルドは、突然聞こえたサクヤの声に慌てて跳ね起きる。
『サ、サクヤ……ッ!?』
「ああ。残念ながらまだ生きている」
『なぜ──い、いや。無事で何よりだ。か、会談は……?』
「無事に話は付いたよ。条約の調印はこれからだがな」
『そ、そうか……』
驚きつつも平静を装うシグルド。どうやら知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだが……
「そうそう、予期せぬ来客があったぞ──サラマンダーのユージーン将軍と、スプリガンの暗殺者《影狼》だ。随分と仲が良いようだな?2人共君によろしくと言っていたよ」
『なッ……!?』
今度こそ隠せない程の驚愕に見舞われたらしいシグルドは、《月光鏡》に映し出されたサクヤの後ろにリーファを始めとする俺達の姿を認め、憎々しげに顔を歪める。
『ちっ……元よりレネゲイドの犬コロ風情は保険程度に思っていたが、あのトカゲ共まで無能だったとはな……!──だが、それを知ってどうする?懲罰金か?それとも執政部から追い出すか?言っておくが、軍務を預かる俺がいなければお前のような腰抜けの政権などすぐ──』
「いいや?シルフでいるのが耐えられないなら、その望みを叶えてやる事にした」
サクヤは領主専用のメニューウィンドウを開くと、迷いのない動きで操作を加える。空間を超えて映し出されたシグルドの目の前に、システムウィンドウが出現したのが見えた。
『き、貴様正気かッ……!?俺を、この俺をッ、追放するだと……!?』
「そうだ。レネゲイドとして中立域を彷徨うといい。いずれはそこでの楽しみも見つかるだろう。──元側近のよしみで忠告しておくが、《影狼》は何やら怒っている様子だったぞ。奴がお前を見つけ出すまでに、謝罪の言葉を考えておく事だ」
『ッ……このやろ──!』
恨みの言葉を喚き立てようとしたシグルドだったが、それより先に姿が掻き消える。中立エリアのどこかにある都市へランダムに転送されたらしい。
いちプレイヤーによる、いち種族の未来を脅かす目論見は、これで完全に潰えたのだった。
緊張の糸が解けたように息をついたサクヤは、まずアリシャにシルフの内輪揉めに巻き込んでしまったことを謝罪。次いで救援に来てくれたリーファにも謝罪と感謝の言葉を口にした。
「──あたしは特に何もしてないわ。お礼ならこっちの、キリト君とミツキ君に言って」
「そうだ。君達は一体……?」
「ねぇ君達。スプリガンとウンディーネの大使って言ってたけど、ホントなの?」
半ば答えを見透かしたようなアリシャの問いに、俺は少々バツの悪そうに頭を掻く。
「あー、それはだな……」
「──勿論大嘘。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション」
得意げに胸を張って答えたキリトに、サクヤとリーファは呆れたような顔をする一方、アリシャは面白そうに笑う。
「大嘘つきクンにしては、
「そんな大それたもんじゃないさ。しがない流しの用心棒だよ」
「ふぅん……フリーならさ、ケットシーで傭兵やらない?3食おやつに昼寝付きダヨ?」
「えっと……」
キリトにピッタリとくっついたアリシャは、猫撫で声でそんな交渉を持ちかける。
まぁ、最強プレイヤー相手にあんな大立ち回りを演じた後ならこうなるのも無理はないかと思っていると──
「ミツキ君、と言ったかな。他人事のような顔をしているが、君の実力も見事なものだったぞ」
関心した様子のサクヤが、俺に声をかけてくる。
「ど、どうも──お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なものか。《影狼》のターゲットが我々に向かないよう、常に気を配りながら戦っていただろう。このゲームでは攻めるよりも守る戦いの方が難しい事くらい、我々も分かっている。その上で彼女を退けたんだ、素直に誇るべきだと思うがな」
図星を突かれ口篭る俺に、サクヤは言葉を続ける。
「本命にウンディーネのアカウントがあるような事を言っていたな……どうだろう、次のアップデートで本格的にシルフへ転生するというのは?歓迎するよ。勿論、その為の金はこちらで持とうじゃないか」
「あー、アレも嘘なんだ。俺のアカウントはこれ1つだけで、生まれも育ちもスイルベーンだよ──まぁ言う程長くプレイしてる訳じゃないし、キャラ作る時にウンディーネと迷ったのも事実だけど」
「ふむ、それはいかんな──」
そう呟いたサクヤは、スルリと腕を絡めてくる。必然的に、非常に女性的な体つきをしたサクヤの体の感触が伝わってきた。
「折角同じシルフだというのに、万が一ウンディーネに転生されてしまっては悲しい──君さえよければ、お礼も兼ねて街を案内しよう。スイルベーンの良さを知ってもらいたい。……何なら、その後私の私室で酒でもどうかな?……少々恥ずかしいが、君の胸に抱かれたあの時、不覚にもときめいてしまったものでな……」
「や、えと、その……」
何分こうも直球にアプローチをかけられたのは初めての事で、どうしたものかと返答に困っていると、背後からグイと謎の力を感じる。振り返れば、小さく頬を膨らませたリーファが俺とキリトの服の裾を掴んでいた。
「ダ、ダメです!2人はあたしの…──あ、あたし、の……」
反射的な行動だったのか、言葉に詰まるリーファ。そんな彼女を見て、アリシャが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「わぁお……
「ほう、意外と大胆なんだな、リーファ?」
「ちっ、違います!や、違うというかその……!」
明らかに遊ばれている様子の彼女を見かねた俺は、助け舟を出すことに。
「えっと、お2人さん。お言葉はありがたいんですが……俺達、彼女に世界樹まで連れて行ってもらう約束をしてるんで」
「そうか、それは残念だ。──リーファは物見遊山か?それとも……」
「……領地を出る──つもりだったんだけどね。いつになるかは分からないけど、きっとスイルベーンに戻るわ」
「……それを聞いてホッとしたよ。必ず戻ってきてくれ──
腕を解いた領主達は背筋を正すと、流麗な仕草で頭を下げる。
「──改めて、助けてくれた事を感謝する。リーファ、キリト君、ミツキ君。何か礼をしたい所だが……」
「そうだ──ねぇ、今回の同盟って世界樹攻略の為なんでしょ?」
何かを思いついたらしいリーファ。
「ああ、まぁ究極的にはな。2種族合同で挑み、共にアルフになれればそれで良し。片方だけなら、次のグランドクエストも協力する。というのが骨子になっている」
グランドクエストはMMOの核とも言えるもので、1度クリアされたからといってハイおしまい。とはならない筈だ。ゲームの運営を続けていく為にも、何かしら次のグランドクエストが実装されると読んでの同盟だったのだろう。
「だったら、その攻略にあたし達も同行させて欲しいの。それもできる限り早く」
「同行は構わない──というか、寧ろこちらから頼みたい位だが……何故そうも急いでいる?」
尤もなサクヤの疑問を受け、リーファから返答を譲られたキリトが答える。
「俺とミツキがこの世界に来たのは、世界樹の上に行きたいからなんだ──そこにいるかもしれない、ある人に会う為に」
「人……妖精王オベイロンの事か?」
「いや、多分違うと思う。王様ってガラじゃないしな。──訳あって、リアルで連絡が取れない状態なんだが、世界樹の上にいるかもしれないって情報を掴んでね。確かめる為に、どうしても行かなきゃならない」
相変わらず詳しい事情は話せないが、取り敢えず訳ありという事は理解してくれたらしい。しかし──
「けど、グランドクエスト用に全員分の装備を整えるってなると、暫くはかかると思うんダヨ。1日2日じゃとても……」
「ま、だよな……サラマンダーの連中もそんなこと言ってたし」
「取り敢えず、まずは木の根元まで行くのが目的だから。そこからは俺達で何とかしてみるよ──そうだ」
キリトはメニューを開き、ストレージから両腕で抱える程の革袋をオブジェクト化する。
「これ、資金の足しにしてくれ」
余りの重さに受け取ったアリシャがよろめいた袋には、大量の硬貨が詰まっていた。
「10万ユルドミスリル貨がこんなに……!?一等地に軽く城が建つぞ。本当にいいのか?」
「ああ。俺にはもう必要ない」
「──んじゃ、俺のも」
俺も所持金全額をオブジェクト化してサクヤに渡す。この使い道なら、元の持ち主も許してくれるだろう。
「これだけあれば、目標額目前ダヨ!」
「大至急装備を揃え、準備が出来次第連絡させてもらう。極力、君達の希望に添えるよう努力すると約束するよ」
「よろしく頼む」
感謝と別れの挨拶を残して飛び去っていく領主達を見送り、辺りには環境音だけが響き渡る。大きな祭りが終わった後の静けさにも似た感覚を覚えていた俺とキリトに、リーファが寄り添う。
「なんか、さっきまでの事が嘘みたい。洞窟でサラマンダーに襲われて、ここでまた戦って、かと思ったら皆仲良くなって──8時間前までスイルベーンにいたとは思えないよ」
「色々あったからなぁ……ま、それも冒険の醍醐味ってやつだろ」
「そっか……そうかもね──ねぇ、君達が探してる人ってさ──」
「──全く、浮気はダメって言ったです!ママとアリスさんに怒られちゃいますよ!」
リーファの言葉を遮って飛び出してきたユイに、俺とキリトはギクリとする。
「う、浮気って。別にそういうつもりは……それにほら、男ならしょうがないっていうか……!」
「少なくともパパは領主さんにくっつかれた時、ドキドキしてました!だからミツキさんも同じです!」
「待ってくれユイちゃん。その理論には異議ありまくりだ。俺とキリトはリンクしてるわけじゃないからな?」
「パパとミツキさんは似てますから!」
「あくまで部分的なものです!あと何でもかんでもパパの言葉を鵜呑みにするもんじゃありませんよ!おじさん心配です」
やいやいと言い合いを始める俺達に、リーファはすっかり毒気を抜かれた様子だったが、何かに思い至った様子で口を開く。
「ねぇ、ユイちゃん。私はいいの?その……パパと一緒にいて」
「リーファさんは……はい。大丈夫なようです。なので多分、ミツキさんも大丈夫です」
「な、なんで……?」
「何でですか、パパ?」
「んー……怒らない?」
「内容によるわ」
「えと……リ、リーファはあんまり女の子って感じがしないというか……」
俺でも分かる。キリトのこの返答はバッドコミュニケーションだ。その証拠に、リーファは無言で長刀に手を掛け今にも抜刀しそうだ。
「いやその、親しみ易いって事だよ!良い意味、良い意味だから!──そ、それよりほら!早くアルンまで行こうぜ──!」
「あっ、待ちなさい──!」
逃げるように飛び立つキリトを追って、リーファも翅を広げる。俺もそれに続き、空の旅を再開した。
「……一応聞いとくけど、ミツキ君はどうなの?」
「え?」
「その、あたしの事どう思ってるわけ?」
飛びながら俺の横につけてきたリーファの質問が先の続きであると理解した俺は、キリトと同じ轍は踏むまいと少し考える。
「んー……リーファって、ちょっと子供っぽいからかな──ぐぇっ!?」
言い終えるなり襟首を掴まれ、目の前に手が翳されたかと思えば、どこかトーンの落ちたリーファの声が呪文を詠唱し始める。
「待った待った!違う!ガキっぽいってことじゃなく!その、アレだよ、近所にいる年下の子、とかそういう系のニュアンス!妹っぽい感じ!」
大慌てで釈明したのが功を奏したのか、詠唱は破棄される。しかし──
「……妹って、やっぱり恋愛対象には入らないのかな……?」
「……リーファ……?」
「……ううん、何でもない。──ユイちゃんの言う通り、やっぱり君達似てるわ。デリカシー無さ過ぎ!」
「す、すみません……」
「……さ、早く行こ!」
そう笑ってキリトの元へ合流するリーファだが、先程一瞬だけ覗かせた憂いの表情が、どうも気になった。
これで原作3巻が終わり、フェアリィ・ダンス編も折り返し地点ですかね。
もう暫しお付き合い頂ければと思います。
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