サラマンダー陣営との一悶着を経た俺達は、あれから更にもうひと騒動を挟んでからようやく目的地であった央都《アルン》に到着した。
そのひと騒動というのが、このアルヴヘイムの地下に存在する《ヨツンヘイム》という高難易度フィールドに迷い込み、そこに生息する邪神型モンスターの1体と仲良くなったり、邪神狩りのパーティと鉢合わせて、仲良くなった邪神を狩られそうになったり、それを3人掛りで助けたりと、ほんとにまぁ色々あったのだが、そこは機会があればいつかまた話すとしよう。
何はともあれ、地下での小冒険で得られたものもあったし、こうして無事《アルン》に到着できたので結果オーライ。まずは世界樹の根元まで行ってみようかと足を踏み出した所で、ゴーン…という鐘とも銅鑼ともつかない音が鳴り響いた。
《本日、1月22日午前4時~午後3時まで、定期メンテナンスの為、サーバーがクローズされます。プレイヤーの皆様は、10分前までにログアウトをお願いします。繰り返します──》
「メンテかぁ、今日はここまでだね。宿屋でログアウトしよっか」
「……ああ」
キリトは夜空の中、街の灯りを受けてぼんやりと浮かび上がる世界樹を見上げている。
アスナらしき人物が目撃されたのはあの上だ。当初は途方もなく長い道のりに思えたが、いくつもの幸運に助けられて僅か2日でここまで来られた。
「(あと少しだ……待っててくれ)」
あの樹に囚われているかもしれないアスナ、そして共にいるかもしれないアリスに心の中でそう呟いてから、俺達は宿屋へ移動を開始する。如何せん俺とキリトの懐は素寒貧の為、リーファは呆れながらも、ユイにこの街で1番安い宿を探すよう頼むのだった。
「──じゃあ、メンテ明けにね」
「ああ。またよろしく頼む」
「お疲れさん」
到着した宿屋のベッドの上──激安なだけあってベッドが雑に並べられただけの極めて簡素な共同部屋である──で口々に別れの言葉を言った俺達は、メニューからログアウトを選択。実に10時間近くにも渡る冒険に一旦の幕を下ろした。
──現実世界で目覚めた俺は、ナーヴギアを外して大きく伸びをする。
「……喉、乾いたな」
ベッドから立ち上がり、階段を降りる。時間はもう夜中の3時。1階の明かりは消えており、叔母も自室に戻っているようだ。寝ているにしろ仕事中にしろ、邪魔をしないよう静かにキッチンへ向かった俺は、グラスに注いだ水を一気に煽った。冷たい水が体へ染み渡るのを感じながら、次なる目標の事を考える。
当面の目的だった央都《アルン》──世界樹の根元へは到達出来た。
これにより計画(という程大層なものでもないが)は次のステップへ進むことになるだろう。身も蓋も無い言い方をすれば、ここまでの冒険は全て前座に過ぎない。ここからが本番だ。即ち、世界樹を上る唯一の道──グランドクエストの攻略である。
リーファ曰く、ALOがサービスを開始してから1年経った今でもクリアされていないグランドクエスト。最大勢力のサラマンダーですら返り討ちにしてみせたという大きな壁に、俺達はたった2人で──正確に言うなら、シルフとケットシーの世界樹攻略部隊が到着するまでは、2人で挑まねばならない。
俺とキリトの全財産を渡した事で、攻略の為の準備はかなり進むと言っていた。しかし「具体的にいつ」という確約は得られていない。メンテナンスが明けて以降、彼女達をただ待つよりは、まず俺とキリトで挑んでみるのもアリだろう。2年間鍛えに鍛えたSAO時代のステータスならば、或いは突破できる可能性もゼロではない筈だ。
そこまで考えて、俺はふと胸に何かがつっかえたような感覚を覚える。
「……メンテナンス」
胸の内から摘み出したその言葉。考えれば少し妙だ。
ALOのサーバーはSAOのコピー。即ちあの世界を制御しているのは──ユイ曰く、コピーされた時期の都合か、ver.は少々古いらしいが──アインクラッドと同じカーディナル・システムだ。その特徴といえば、人の手による外部からのメンテナンスを必要とせず、独力でシステムを調整・維持出来る事。俺がSAOにいた2年間、あのようなアナウンスが流れた事など一度として無かった。
「……本当に、メンテなのか……?」
恐らく、俺の考え過ぎなのだろう。メンテナンスは定期的に行われているとリーファは言っていたし、ALO運営の《レクト》はカーディナルに頼らず、あくまで人力によるシステムメンテに拘っている可能性も大いにある。
だが、もしかしたら──世界樹の上で、アスナ達が戦っているのではないか。ただの囚われの籠の鳥に甘んじず脱出の為の抵抗を続けており、メンテナンスはそれに対処する為なのではないか──そんな希望的観測を捨てきれなかった。
……何にせよ、日が昇ってメンテナンスが終わり、世界樹を突破すれば全て明らかになる筈だ。今は待つしかない。
もう1杯水を飲んだ俺は洗面所で歯だけ磨き、風呂は起きたらにするという事で自室のベッドに潜り込むのだった。
翌朝──軽くシャワーだけ浴びた俺は、携帯にキリトからのメッセージが届いているのに気付く。内容は一緒にアスナのお見舞いに行かないかという誘いで、どうやら今回は直葉も同行するらしい。この前のお礼もちゃんと言いたかったし、断る理由も無い。短くOKの返事を返した俺は、手早く朝食を済ませた後に着替えて家を出た。
電車に揺られる事暫く──所沢駅で降りると、駅前のバス停に見覚えのある姿を見つける。
「──あ、三島さん。おはようございます!」
「おお、おはよう。翠月」
「2人共おはよう。──直葉ちゃん、こないだはありがとう。泊まらせてもらったのに、黙って帰っちゃってごめん」
「いえ、気にしないでください。どうせお兄ちゃんが引っ張ってったんでしょうし」
そう言う直葉に、キリトはおいおいとツッコミを入れる。そこへ病院行きのバスが到着し、俺達は最後部の座席に腰を並べた。病院到着までの間、他愛ない雑談をしていると、
「──そう言えばお兄ちゃん。学校はどうするの?」
「ん?ああ、確か──」
俺とキリトはSAOに囚われる以前、15歳と14歳──まだ中学生だった。あの事件がなければ今頃高校へ進学していた筈で、同じ境遇の元SAOプレイヤーも多いと聞く。
そんな中高生を対象に、統廃合で使われなくなった校舎を再利用した臨時学校を開設するという話がある。試験無しで入学でき、卒業すれば大学の受験資格を獲得。その他就職に役立つ様々な資格取得をサポートしてくれるらしい。
それを聞かされた直葉は、いい話ではないかと感心すると同時に、何か思う所があるようで……
「……なんか、十把一絡げな対応じゃない?」
眉を潜める直葉に、今度は俺が感心する。
「その読みは合ってると思うよ。何せ俺達は2年間、あの世界で殺伐としたデスゲームをやってたわけだし。身体的なもの以上に、心理面・精神面での影響が大きいと考えるのが普通だ。問題なく元の生活に戻れるのか、現実世界でもゲーム気分で他人に害をなさないか──成人済みの大人はまだしも、俺達みたいな若年層はその辺が特に問題視されてるんだろうな」
早い話が、犯罪者予備軍をまとめて監視しておく為の
「何それ…そんなの……」
顔を俯ける直葉に、少しストレートに言い過ぎたかと思った俺は慌ててフォローを入れる。
「ま、まぁ意図がどうあれ、そういう受け皿を用意してくれるのは俺達側からすればありがたい話だよ。さっきの話だって任意制で、ちゃんと受験して進学したいって人もいるだろうけど……」
「実際問題、必要な努力は他所の比じゃないからな……そういう、社会的な意味での2年分を取り戻すってのは、きっと言う程簡単じゃないんだよ」
学生ならまだ勉強で取り返す事も出来るが、その点、社会人だったプレイヤーは俺達より何倍も苦労してる筈だ。自営業のエギルは奥さんが店を守ってくれていたそうだが、まだリアルでは顔を合わせていないクライン等、正直心配な部分もある。
「まぁそういう事で。俺達も多分、来年度からそこに通う事になると思う」
「そっか……それまでに、目を覚ますといいね。明日奈さん」
「ああ……そうだな」
やがてバスは病院前に停車し、料金を払って降車。初めて目にするらしい所沢総合病院の大きさに感嘆の声を上げていた直葉を連れて、俺達は面会の受付を済ませた。エレベーターで上の階に昇り、アスナの病室に到着する。
もしかしたら既にアスナは目を覚ましているのではないか──そんな淡い期待は容易く裏切られ、彼女は以前と同じように、ナーヴギアを被ってベッドに寝かされた状態で俺達を出迎えた。
「紹介するよ。彼女はギルド《血盟騎士団》の副団長──《閃光》のアスナ。剣の速さと正確さじゃ俺よりずっと上の、強い剣士だった。──アスナ、俺の妹の直葉だよ」
「あ……は、初めまして。アスナさん」
キリトに促され、緊張の面持ちで挨拶する直葉。ふとキリトへ向けられたその目が、一瞬だけ曇ったような……そんな気がした。
見舞いといっても、俺達に出来る事はほぼ無いに等しい。出来る事といえば、今も眠るアスナの手を取って少しでも早く目を覚ますよう祈るくらいだ──しかし俺の場合、そこに1つの役割が加わる。
須郷伸之──形式上アスナの婚約者にあたり、現状彼女の命を握っているも同然な男。
奴はキリトに、もうアスナの見舞いに来ない事と、家族である結城家の人間とも接触しないよう脅しをかけた。アスナ本人に対して愛もなにも抱いていないその男が病室に足繁く通う事などするはずがない、とキリトは言っていたが、万が一という事もある。
もしまた須郷が病室を訪れ、キリトと鉢合わせたりしたら──その時は、俺がなんとかしなければ。適当に煽って情報を吐かせ、携帯の録音機能で記録すれば証拠になるだろう。
極論、須郷とアスナの結婚を破談に出来さえすれば、こちらとしてもアスナ救出までの時間にいくらかの猶予が生まれる。事と次第ではそのままアスナの覚醒に繋がるかもしれない。
とはいえ、詳しい事情を知らない直葉もいる。部屋の中であまり気を張り続けるのも考えものだ。パトロールではないが、飲み物を買うついでに須郷らしき人物がいないか見てくることにする。
エレベーター前の自販機で温かいコーヒー2つとココアを購入し病室へ戻ると──因みに須郷らしき人物は見られなかった──入口で直葉とすれ違う。何か所用だろうかと思い待ってみたが、中々戻ってこないのでキリトの分のコーヒーを置いて部屋を出てみると……直葉は1人、廊下のベンチにちょこんと座っていた。
「──ご注文のココアです」
「へっ?あっ……ありがとうございます。ごめんなさい、頼んでおいて」
浮かない表情の直葉はココアの入ったカップを両手で受け取り、コクリと一口。俺もその横に腰を下ろし、自分のコーヒーを口にした。
「……何か悩み事でも?」
「悩みっていうか……自己嫌悪っていうか……」
「話して楽になるなら聞くけど」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。もうちょっとで、整理つきそうなので。──三島さんの方こそ、大丈夫ですか?」
「ん?」
「その、前会った時に落ち込んでた理由、分かりませんし。お母さんとお兄ちゃんからは、大丈夫そうだったって聞きましたけど……」
「あぁ……うん。こっちも大丈夫だよ──少なくとも、今の所は」
少しだけ、嘘をついた。
今の俺は、世界樹を突破した暁にアリスと再開できるという希望的観測に縋っているだけで、ダメだった時の事を考えないようにしているだけに過ぎない。
それはきっとキリトも同じはずで、だからこそ俺が弱音を吐くわけにはいかない。今キリトに必要なものがあるとすれば、それは同じ不安を一緒に抱える事ではなく、弱気になりそうな時に叱咤して引っ張ってくれる存在だろう。その役目を負うべき俺が不安そうにしていてはダメだ。
「……あの、すごい無神経な質問だと思うんですけど……三島さんって、今もVRMMOやってるんですか?」
「えっ?……あー、そうだな。うん、一応やってる──SAOじゃ中々酷い目に遭ったけど、やっぱりVRMMOは楽しいよ」
「その……実は、私もやってるんです。VRMMO」
そんな直葉の言葉に、俺は正直意外と思ってしまった。今の時代、どんな人間がゲームをやっていてもおかしくはないのだが、キリトからは彼女はスポーツ系でゲームには無関心と聞いていたからだ。
「へぇ、タイトルは?」
「ALO──アルヴヘイム・オンラインって言うんですけど……知ってます?」
「人気タイトルだからな、知ってるよ──っていうか、俺がやってるのもALOだし」
「そ、そうなんですかッ!?」
声を荒らげた直葉は、すぐにここが病院だという事を思い出した様子で縮こまる。
「う、うん。まぁ最近始めたばかりだけど……」
「なら、丁度良かったです。三島さんの事、ALOに誘おうって思ってたので」
「……何で俺を?」
「……ALOが、空を飛べるゲームだってことは知ってますよね?それが楽しいのは勿論なんですけど──あの世界の空にいると、胸の中でごちゃごちゃになった色んなものが解けていくような感じがするんです。だからその、悩みの解消の助けになれれば、なんて思ったんですけど……」
遠慮がちに告げられた直葉の言葉に、俺は思わず笑みを零す。
「……ありがとう。直葉ちゃんは優しい子だな」
「い、いえそんな!極論ただのお節介ですし、断ってくれても全然──!」
「そういう事なら、色々案内とか頼むよ。まだ知らない事も多いからさ──ただ、今はちょっと立て込んでるから、それが片付いたら連絡させてもらう、って事で構わないかな?」
「はい!」
差し当たって直葉と連絡先を交換した俺は、ふとある事が気になった。
「和人──お兄さんは知ってるのか?君がVRゲームやってるって知ったら、喜ぶと思うけど」
「……お兄ちゃんには、まだ言ってないんです。こんな状況ですし。アスナさんが目を覚ましたら、ちゃんと言おうと思ってます。なので……」
「分かった、あいつには黙っとくよ」
「ありがとうございます」
そのまま時間は過ぎ、俺と直葉が病室に戻ってからも須郷が病室を訪れる等といった事は起きず、無事病院を後にする。
一見何とも無いように振舞う直葉だが、その目には病室で垣間見た曇りが微かに残ったまま。大丈夫と言っていたものの、そうは見えない。あそこは多少無理にでも聞くべきだったのかもしれないが……斯く言う俺も、直葉に自分の抱えるものを打ち明けることはしなかった手前、それも憚られた。
彼女とALO内で会った時、まだ悩みが解消出来ていないようなら、その時は──そう決めた俺は、所沢駅で桐ヶ谷兄妹と別れるのだった。
午後3時──昼食を済ませて自室のベッドに横たわった俺は、すぐさまALOにログインする。
前回ログアウトした宿屋のベッドで目を覚ました俺は、少し早くインしていたらしいキリトとリーファと居合わせたのだが……リーファは、キリトの肩に頭を預けて泣いていた。
突然の事に戸惑う俺に気付いたらしいキリトが、しぃー、と口の前に指を立てる。事情は分からないが、この状況で気軽に挨拶するような真似は空気の読めない事この上ない。小さく頷いた俺は、そっと部屋の壁に背を預け、リーファが泣き止むのを待った──。
「──…みっともないとこ見せちゃったね。ごめんね」
「気にしないでくれ。リーファにはここまで付き合ってもらったし、これくらいはな」
「ミツキ君も……びっくりさせちゃったよね」
「それなりには。けどまぁ、誰しも泣きたくなる時くらいあるだろ。気にしない気にしない」
ふと、「痛いなら痛いと言え、辛いなら辛いと言え──」そんなアリスの言葉が脳裏を過る。
「──どうする?ここからは俺達2人だけでもどうにかなると思うし、今日は落ちとくか?」
「ううん、大丈夫。ここまで来たんだもん、最後まで付き合うよ──さ、行こ!」
リーファに手を引かれて宿を出た俺達は、アルヴヘイムで最大の規模を誇る《アルン》の街を練り歩く。辺りには様々な妖精達が種族の分け隔てなく楽しそうに交流しており、単一種族のみしかいない各種族のホームタウンではまず見られない光景だ。
こういうプレイヤー達を《レネゲイド》と呼び蔑む風潮があるようだが、当の本人達はそんな事気にも留めていない様子だった。
賑わう街を道なりに進み、階段を上がる。その先で俺達を待ち受けていたのは──
「わぁ……!」
「アレが、世界樹……」
「いざ目の前にすると、本当にデカいな……そりゃ上に街も出来るわけだ」
複雑に捻くれた幹を天まで伸ばす巨大な樹木。あの樹の上には空中都市があり、そこに住む《妖精王オベイロン》に最初に謁見した種族は、光妖精《アルフ》の仲間入りを果たして真なる自由の翼を手に入れる──それがグランドクエストの目的だと聞いた。
リーファが言うには、まず樹の周囲は進入禁止エリアに指定されており木登りは不可。飛んで行こうにも、1番下の枝に着くより先に滞空制限が来てしまう。事前にエギルから聞いた「多段ロケット方式で限界を突破しようとした一例」が影響して、現在は雲の上にシステム障壁が張られてしまった為、裏技的な方法で世界樹の上に行くのは不可能なようだ。
「真正面から乗り込むしかないみたいだな……取り敢えず、根元まで行ってみようぜ」
キリトの言葉に頷き、移動を再開する。
人混みを掻き分け掻き分け、いよいよ世界の中心地たる中央市街に差し掛かった所で──不意に、ユイがキリトの胸ポケットから顔を出す。あどけなくも真剣なその目は、ジッと食い入るように空を見つめていた。
「ユイ、どうした?」
「……ママ」
こぼれ落ちたその2文字に、俺とキリトは目を見張る。
「ママが……ママがいます!」
聞き間違いではない。彼女はここにアスナはいると、そう言っているのだ。
「本当か、ユイちゃん!?」
「はい、間違いありません!このプレイヤーIDはママのものです!」
「場所は!?」
「真っ直ぐこの上空です!」
この上──即ち、世界樹。あそこにアスナがいる。朧げだった希望が、ここに来て明確な形を得た。
「ッ──!」
キリトは翅を広げ、空へ飛び出す。真っ直ぐ上──ユイが示した、アスナがいる場所へ。
「キリト待て──!」
「キリト君──ッ!」
俺達の制止も聞かず、瞬く間に雲を抜けたキリトだったが、その体が突然何かに弾かれた──最近設定されたという障壁だろう。これ以上は、何人たりとも上に行くことは出来ない。しかしキリトは何度行く手を阻まれても、障壁へ突っ込むのを止めない。
全力の急上昇で追いついた俺は、その肩を掴んで引き止めた。
「ッ──落ち着けキリト!リーファの話を聞いただろ、ここで何をしても無駄だ!」
「でもッ!でもあそこに……ッ!」
「分かってる!アスナを助けたいのは俺も同じだ。だがここで変に事を荒立てれば、最悪GMに勘付かれるぞ」
「ッ……くそッ!」
怒りを乗せた拳が障壁を叩くが、割れるどころか傷の1つも付きはしない。そこへ、遅れてリーファが合流する。
「……キリト君。下に戻ろ?外からじゃどうやっても上には登れないよ」
「警告モードで呼びかけてみます!それなら…!──聞こえますかママ!?私ですッ!ママーッ!!」
ユイの必死の叫びにも、返事はない。アスナがこの上にいるのは確定として、この呼びかけが届いているのか、彼女は無事なのか──それだけでも知りたいのは、俺も同じだった。
「……とにかく今は、彼女がここにいると分かっただけでも──」
「……おい、なんだアレ?」
キリトの呟きに、揃って上を見る。目を凝らすと、青空に茂る木々の間から何かが落ちてきた──
キリトがキャッチしたそれは、1枚のカードキーだった。ファンタジー路線のALOにしては随分と近代的な見た目で、タップやスワイプをしてみてもポップアップメニューは出てこない。勿論、リーファもこんなアイテムを見た事は無いと言う。カードに触れたユイだけが、唯一その正体に気づいた。
「これは……システム管理用のアクセスコードです!」
「システム管理……じゃあ、これを使えばGM権限を行使出来るって事か!?」
「いえ……これはあくまでアクセス用のキーですから、対応した端末が必要です。今の私では、システムメニューは呼び出せないんです……」
言うなれば、宝箱の鍵だけを手に入れたような状態という訳だ。肝心の宝箱が無ければ意味がない──だが、コレが落ちてきたという事実には大いに意味がある。
「……こんな代物が理由も無く落ちてくるはずがない。タイミング的に考えて、さっきのユイちゃんの声が届いたと考えるべきだ」
「ママは、無事なんですね……!」
「ああ。そして助けを求めてる──そこまでの道は分かってて、こうして手段も手に入れた」
「だったら、やることは1つだ……!」
カードキーをポケットに仕舞ったキリトは、リーファに向き直る。
「……本当にありがとう、リーファ。ここからは俺とミツキだけでやってみるよ」
「君がいなきゃこんなに早く世界樹に来れなかった。感謝してる──全部終わったら、また会おう」
リーファの手を握るキリト。俺もそこに手を重ね、感謝を伝える。返事は無い。
ひと思いに手を離すと、俺とキリトは翅を鋭角に畳んで急降下を始めた。
「ユイちゃん、世界樹の根元のドームってのは──ッ?」
「はい。この下の階段を上がってすぐに──!」
「よし……行くぞ──ッ!」
2人の妖精は猛スピードで世界樹の根元へ向かう。あっという間に遠ざかるその背中を見送るリーファは、キュッと口を引き結ぶのだった。