ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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世界樹の守護者

 アルヴヘイム中心地、世界樹の上──枝に吊るされた鳥籠の中で、アスナは黙して祈り続ける。

 確かに聞こえた、愛しい愛娘の声。それが届いていると伝える為に、周囲を囲う鉄格子の隙間からカードキーを投下した。

 先程脱出を図った際、《実験体格納室》なる場所で辛くも入手したものだ。あと1歩でログアウト出来る筈だったが、不運にも職員に見つかり、思い出すだけで鳥肌が立つような目に遭った後、ここに連れ戻された。

 

「(ユイちゃんがいるって事は、きっとキリト君も一緒にいる筈。お願い、早く助けに来て……!)」

 

 一刻も早い解放を望んでいるのは、何も自分の為だけではない。《妖精王オベイロン》に身を窶した須郷は、アスナを含む元SAOプレイヤー300人の意識をこのゲーム内に閉じ込め、非人道的な技術の人体実験に利用しているのだ。

 現状、こうして人の姿をとっているのはアスナだけで、他のプレイヤー達は物々しい機械の中に意識を移され、日夜人為的な感覚信号の嵐に苛まれ続けている。

 

 ──いや、アスナだけではない。もう1人、いた。

 

 実験体収容室の中に突貫で作られたのだろう小さな牢屋。そこに1人の少女が囚われている。顔は深く俯けられ、両手足を無骨な鎖に繋がれた彼女に対話を試みても反応が無かった為、その正体は不明だが……

 

「(彼女……どことなく、アリスに似てたような……)」

 

 SAOで長らく戦友として肩を並べた彼女の特徴といえば、長く美しい金髪だが、アスナが目にした少女は眩しい銀色の髪をしていた。しかし、アリスの髪色をそのまま銀色にすれば、あの少女と重なるような気もしないでもない。顔さえ見えていれば……。

 

 何にせよ、あんな場所に囚われている以上は助けなければならない。……想像したくないが、アスナ自身がその身に受けた仕打ちを鑑みるに、あの少女はもっと酷い事をされた可能性もあるのだ。

 

「(仮に彼女がアリスだとして、キリト君がこの世界に来ているなら、きっと──)」

 

 ──きっと、彼もいる。アリスと最も長い間共に戦い、最も深く強い絆を育んだ「彼」が。SAOを終わらせる2人の英雄がこの世界に揃っているのなら、この状況を打開するのも不可能ではない筈だ。

 ……勿論、ここに囚われた300人の中に彼も含まれている可能性も否定出来ないが、キリトが現実に帰れているのなら大丈夫だ。という謎の確信があった。

 

「(お願い……キリト君、ミツキ君……!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 央都《アルン》中央市街──世界樹の根元までの最短ルートを、俺とキリトは猛スピードで低空飛行していた。

 

「……パパ、ミツキさん。本当に2人だけでいいんですか?今までの情報から類推すると、グランドクエストはかなりの高難易度と予測されます」

 

「まぁ、やるだけやってみるさ。ここじゃ失敗しても命まで取られるわけじゃない」

 

「それにな──もう1秒でもグズグズしてたら、発狂しておかしくなっちまいそうだ──ユイだって、早くママに会いたいだろ?」

 

「……はい」

 

 程なくして着陸したのは、《アルン》の中心──大きな階段を上がった先には世界樹の内部へ入れるのだろう大扉があり、騎士を象った妖精の石像が両サイドに2体、門番のように建っていた。

 

 扉に近づくと、石像が動き出す。持っていた剣を掲げ、兜に灯った眼光が俺達を見下ろしてくる。

 

 

『──未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へ至らんと欲するか……?』

 

 

 そんな石像の言葉と共に、グランドクエスト──《世界樹の守護者》挑戦の是非を問うウィンドウが表示される。俺達は頷き合い、《○》ボタンを押した。

 

 

『──されば、そなたが背の双翼の天翔けるに足る事を示すが良い』

 

 

 重々しい音をたてて扉が開く──その光景は、SAOのボス戦を嫌でも思い出させた。先も言ったが、この世界ではゲームオーバーになっても現実の命は失われない。しかし必ず成功させなくてはならないという点は、SAOと何ら変わりはない。この先に待つというガーディアンを突破し、世界樹の上に──アスナと、アリスの元へ行くのだ。

 

「ユイ、しっかり頭引っ込めてろよ──行くぞ、ミツキ」

 

「ああ──行こう」

 

 俺達は揃って武器を取り、扉の中に足を踏み入れる。真っ暗だった内部に突如光が灯り、俺達の目を一瞬だけ眩ませた。

 世界樹の根元のドームは思った以上に巨大で、直径で言えば巨大な骸骨の百足と戦ったアインクラッド75層のボス部屋より大きいだろう。遥か見上げる程の天井からは眩い光が差し込んでおり、逆光の中心に丸いゲートが見えた。あそこがゴールというわけだ。

 

 俺とキリトは深く深呼吸し、力を溜めるように腰を落とす──

 

 やっとここまで来た……この上にアスナがいる──アリスだって、きっといる。確証が無くても、そう思わなければ俺の方こそどうにかなりそうだ。

 もう久しく目にしていない彼女の姿が瞼の裏に浮かぶ。彼女の笑顔が、彼女の声が、抱きしめた時の温もりが、鮮明に蘇る。

 ……取り戻すのだ、約束を果たすのだ。邪魔する存在は、何であろうと排除する……!

 

 各々の胸に、愛しい相手を思い浮かべた刹那──

 

 

「「行ッ……けェ───ッ!!!」」

 

 

 広げた翅を全力で震わせ、ロケットのように飛び上がる。

 猛スピードで過ぎ去っていくドームの壁。無数のレンズのような窓がついたその壁が光を発し、中から生み出された白い鎧の騎士がこちらへ向かってくる──話に聞いていたNPCガーディアンだ。

 

「そこを──退けェェェェェッッッ!!!」

 

 咆吼したキリトが大剣を振るう。重さに秀でた肉厚の刃を自らの剣で受けた白騎士は大きく後退するが、キリトはその襟首を掴んで引き寄せ、のっぺりとした白一色の顔面に刃を突き入れた。

 容易く首を飛ばされ、エンドフレイムを残して爆散していく白騎士──それを他所に、俺の方にも別の白騎士が襲いかかる。

 剣に勝る槍のリーチを活かして先制の刺突を胴体に叩き込んだ俺は、そのまま槍を捻って垂直に斬り上げる。上半身を真っ二つに分たれた白騎士は無温の炎と共にその身を散らせた。どうやらステータスは然程高いわけではないらしい。

 

 これならば──そう思った矢先、俺達を嘲笑うかのように周囲に無数の光が点った。360度全方位の窓から、夥しい数の白騎士がこちらを睨んでいる。

 思わず呻いてしまったが、立ち止まる訳には行かない。圧倒的なステータスを持っている訳ではないという事は確認済みなのだ。そして何も、出てくる敵の全てを一々相手する必要も無い。

 

「落ちろォ──ッ!!」

 

「邪魔だァァァ──!!」

 

 磨き抜かれた闘争本能に身を委ね、最小の手数で白騎士を倒し、やり過ごし、一直線にドームを翔け上がる。目指すは天井のゲートただ一点──!

 

 しかし白騎士達は倒しても倒しても無尽蔵に湧いて出てくる。個の力はともかく、数で圧倒的に劣る俺達は、次第にその勢いを落としつつあった。

 このままではマズい。敵を1体倒す間に3体、4体と新手を吐き出されては数の暴力ですり潰されるのも時間の問題だ。この際多少のダメージには目を瞑るしかない……!

 

「キリトッ!露払いは俺がやる!後ろに続けッ!!」

 

 そう言うなり上昇を再開する。キリトも悠長に聞き返すような真似はせず、ピッタリと俺の後ろにつけてきた。

 そんな俺の前に白騎士が立ちはだかる。当然、俺はその顔面に槍を突き入れた。白騎士はまだギリギリ生きているらしく、刺さったままの槍を掴んで俺に取り付こうとするが──

 

「ゥォ──らァッ!!!」

 

 腕の力と、翅を使って体ごと大きく槍を振るう。その勢いで白騎士を振り払った。

 その後も現れる白騎士を倒し、あしらい続ける。飛行速度は決して緩めない。飛行速度ではシルフに劣るというスプリガンだが、キリトならしっかり付いて来ているはずだと信じ、邪魔者の排除に全神経を集中させた。

 

「どけッ!どけえええええッ!!!」

 

 刺突から斬撃と打撃主体に切り替え、SAOから引き継いだ《体術》スキルも駆使して、敵を倒すよりもあくまで進路上から弾き出す事に注力する。

 最悪の場合キリトだけでも世界樹の上に届けることが出来ればいい。勿論、2人でゲートにたどり着くのが理想だが……クエスト開始から1分も経たない内にそんな甘い考えは捨てていた。

 

「(あと少し……ッ!!)」

 

 最初は遥か彼方に見えたゲートも、今やハッキリ目視出来る距離まで近づいた。目測でおよそ100メートルと少しといった所だろうか。

 もうひと踏ん張り──そう思った俺の視界を、一筋の光が駆け抜けていった。鋭利な先端と、尻についた羽を見れば、その正体に気づくのは簡単だった。

 

 後方に出現した弓持ちの白騎士達が、一糸乱れぬ動作でこちらに向けて矢を番えている。息を飲んだのも束の間──読んで字の如く無数の矢が放たれる。

 その瞬間、俺は眼下を見下ろすキリトの襟首を掴んで引き上げていた。入れ替わるようにして矢面に立った俺は、

 

「行けッ!キリト──!!」

 

 そう言って、後退しつつ両手で槍を高速回転させた。足を中心に光の矢が俺を射抜くが、まだ致命傷ではない。後ろのキリトへ向かう矢は回転させた槍が弾き落とす。流石に全弾防御とはいかず、数本の矢はキリトへ通してしまうが、あちらも深刻なダメージではない筈だ。たかが100メートルそこらを駆け抜けるのに十分──

 

 そう思っていた俺は、不意に重い手応えを感じた。矢ではない、もっと重く、質量のあるもの──白騎士が持っていた剣だ。矢の雨を受けて尚飛翔を止めない俺達に、剣を投げつけてきたのだ。

 重量など無いに等しかった光の矢の中に紛れ込んだ1振りの剣を弾く事には成功したものの、俺の槍も大きく弾かれてしまう。すぐさま防御を再開しようとするが、間に合わなかった──

 

 脚だけでなく、腕、腹、胸、頭──全身余す所なく大量の矢に射抜かれた俺のHPが凄まじい勢いで減少していく。この時点で俺は一緒には行けないという事を悟った。それでも、アバターが消える最後の瞬間までキリトの盾になるべく、両手を出来る限り大きく広げる。

 

 ──もう少し……ッ!

 

 矢が喉に突き刺さり、声が奪われる。

 

 ──もう、少し……ッ!

 

 矢が左目を貫き、左の視界が完全に奪われる。右目も、刺さった矢が視界を遮ってよく見えない。

 

 ──も……すこ、し……

 

 もう射抜かれていない箇所が無い。

 それでも、少しでも長く耐えなければ……その一心で矢の雨に身を晒し続けた。

 HPが減少する速度が遅く感じるが、本当に遅くなっているのか、戦闘に際して加速した意識がそう感じさせているだけなのか、それすらもはっきりしない。

 そんな中、辛うじて生きている右目がある物を捉えた。アレは、先程俺の槍を弾いたのと同じ白騎士の剣──

 

 伸ばした手は剣に届かず、キリトの背中を貫く。次いで2本、3本と新たな剣が投擲され、小柄な影妖精の全身を深々と貫いた。

 

くっ…──」

 

 無力感に苛まれながら、俺のアバターは緑色のエンドフレイムと共に霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘇生猶予時間を示すタイマーが刻一刻と減少していく。

 リメインライトとなり全身を満たす虚脱感に揺られ、俺はひたすら自分の無力さを痛感していた。

 

 ──俺は、弱い。

 

 どれだけレベルを上げても、どれだけ経験を積んでも、どれだけハイレベルな装備を身に着けようと、強くはなれない。

 皆が俺を強いとはやし立てるのも、俺自身が強いと感じていたのも、全てはレベルやパラメータといった数字の齎す恩恵に肖っていただけだ。こんな強さ、ログアウトボタン1つで簡単に消えてしまうというのに。

 本当に俺が強いのなら、キリトを守り抜けていたはずだ。今頃アスナを助けられていたはずだ。SAOでも……もっと救えたものがあったはずだ。奪わずに済んだものがあるはずだ。

 

 ──ごめん……俺は、君がいなきゃこんなにも弱いんだ……

 

 それでも──だからこそ、俺は挑まねばならない。アリスを取り戻さなければならない。自分がどんなに弱くて、無力だという現実に打ちのめされても、抗い続ける。諦めるという選択だけは絶対に無い。

 

 俺達はここに着いてからリスポーン地点を変更していない為、このまま蘇生猶予時間が終われば、恐らく各ホームタウンで復活するはずだ。そうなればまた《アルン》までの長い道のりを移動しなくてはならない訳だが……道程はちゃんと覚えている。2人ないし1人だけでも何とかなるだろう。

 

 思考を切り替えた俺は、グランドクエストをどう突破したものかと考える。

 話には聞いていたが予想以上だ。とにかく敵の数が多い。少数戦力での突破は困難を極める。やはりサクヤ達の応援を待つしかないのだろうか。《スイルベーン》に戻ったら、直接聞きに行ってみようかと思ったその時だった──役目を果たし、続々と窓に帰還していた白騎士達が、最早気持ち悪い程ぴったりと揃った動きでとある方向を見る。

 

 何事かとその視線を追った先では、無謀にも1人のプレイヤーがドームに飛び込み、こちらに向かって飛翔してきていた。

 

 ──リーファ……ッ!?

 

 緑がかった髪を風に揺らし、長刀を手にドームを翔けるリーファは、白騎士達の攻撃を上手く受け流すことで痛撃を防ぎ、ぐんぐん上昇してくる。その目が、ゲートに程近い場所で浮遊する俺とキリトのリメインライトをしかと捉えた。

 

 まさか……俺達を回収しようというのか……!?

 無茶だ、止せ!──そう叫ぼうにも、ちっぽけな火の玉の状態では身動きどころか声すらも出せない。

 

 やがて見事な飛行技術を以て俺達の元へたどり着いたリーファは、揺らめく2つの灯火を両手で包み込み、間髪入れず急降下を開始した。

 

 ゲート前に待機していた白騎士達が、追い立てるようにあの光の矢をリーファにも降らせる──最初の数発は避けてみせたリーファだったが、次第に数を増す矢は点ではなく面での攻撃に変わっていく。避けるのは限界があった。

 

 矢がリーファの肩を射抜く。次いで背中、腰──古参とはいえ数値的ステータスはあまり高くないと言っていた彼女のHPはこれだけでもかなり削れているはずだ。何よりあの矢は刺さると、体の中を焼き切られるような嫌な熱感を齎すのだ。システム上は軽傷でも、心理的・精神的には決して小さくないダメージを受ける。

 

 にも関わらず、リーファは懸命に飛び続けた。勢い余って床に身を打ち付けても尚、超低空飛行で出口を目指す──俺達を抱える彼女の手の隙間から白い光が漏れ入り、そこがドームの外なのだということに気付いた。脱出出来たのだ。

 

 ドーム内からプレイヤーがいなくなった事でクエスト終了とみなされたのだろう。音を立てて閉まっていく扉の前で、リーファは荒い息をつきながらアイテム欄を開き、そこから《世界樹の雫》というアイテムをオブジェクト化する。蘇生魔法はかなり高い魔法スキル値を要求される為、本職はあくまで剣士のリーファには使えない。そういったプレイヤーの為の蘇生手段が、こういったアイテムなのだ。

 

 黒と緑──2つの火の玉に、瓶の中身を振りかける。すると蘇生魔法と同じエフェクトが発現し、俺とキリトのアバターが再構築された。閉じていた目を開け、確かめるように手を握って開く。

 

「キリト君……」

 

「……ありがとう、リーファ。でももうあんな無茶は止めてくれ。俺達は大丈夫だから」

 

「け、けど……」

 

「──俺達と違って、君は死んだら失うものがあるはずだ。さっきだって危なかったろ。これ以上迷惑をかけるわけには行かない」

 

 このゲームにはデスペナルティがある。対Mobであっても死ねばスキル値が減少するのだ。このゲームに於けるスキル値は、プレイヤーの努力の証──即ち、この世界で積み上げてきた時間そのものと言っていい。ここまで協力してくれたとはいえ、本質的には無関係のリーファが俺達の為に、積み上げてきたものを棒に振る姿は見たくなかった。

 

「迷惑だなんて、そんな事──!」

 

 リーファは俺の言葉に反論しようと口を開くが、それを遮るようにキリトは立ち上がり、再び扉に向かっていく。

 

「──またやるのか?」

 

「ああ」

 

「そんな……無理だよたった2人じゃ!」

 

「……リーファの言うことも尤もだ。事実、俺達はあの守護騎士を突破出来なかったし、次なら行けるって確証も無い──確実性を求めるなら、シルフとケットシーの攻略部隊を待つのが最善だが?」

 

「……無理でも、無謀でも、行かなきゃいけないんだ。そうだろ?」

 

 背中越しに返ってきたキリトの意思は固かった。

 

「そうか……なら、第2ラウンドと行こう。──悪い、俺達バカだからさ、ジッと待つのが出来ないらしい」

 

 キリトを止めるはずが一転して同調した俺に、リーファは尚も声を投げる。

 

「何でッ……どうしてそこまでするの!?ここに来てから2人共変だよ!失うものならキミ達にだってあるはずでしょ!?なのにあんなッ……お願いだから、いつもの2人に戻ってよ……!!」

 

「違うんだよリーファ。失いたくないから──失わない為に、戦うんだ」

 

「失わない、為……」

 

 俺の言葉を小さく反芻したリーファは、何を思ったのかキリトの背中に抱きつく。

 

「……だったら尚更、行かせられない。あたしが失いたくないのは、アイテムでもスキルポイントでもないんだよ!2人はもう大事な友達だもん!それだけじゃない──あたしね、キリト君のこと……!」

 

 その言葉の先は聞かずとも分かった。……だがその想いが実ることは、残念ながら無い。それは例え、相手が俺であったとしても同じだ。

 俺にもキリトにも、心に決めた相手がいる。彼女達を失いたくないから、ここで諦めたら本当に失ってしまうから──だから俺達は挑み続けなくてはならない。

 

「リーファ……ごめん。──あのゲートの向こうに行かないと何も終わらないし、始まらないんだ。もう一度……もう一度、()()()に……」

 

「え………?」

 

 キリトの背中に頭を預けるリーファの目が、ハッと見開かれる。その目は何か、信じられないものを見たかのようで……

 

「……今、なんて……?」

 

「あぁ……アスナ──俺が探してる人の名前だよ」

 

「嘘……だって、その人……その人は……っ」

 

 キリトの答えを聞いたリーファは1歩、2歩と後ずさる。……何か様子がおかしい。

 

「リーファ……?」

 

「……()()()()()……なの……?」

 

 ポツリとこぼれたその言葉に、今度は俺とキリトが目を見開く。

 彼女は今、何と言った?お兄ちゃん──キリトを、兄と?つまり……それは、つまり──

 

「スグ……?直葉……!?」

 

 名を呼ばれたリーファ──直葉は、悲痛に歪めた顔を手で覆う。

 

「酷い……ひどいよ、こんなっ……あんまりだよ──っ!」

 

「おいスグ──!」

 

 キリトの言葉に目もくれず、彼女はメニューを開き、ログアウトしてしまう。誰もいなくなった虚空を呆然と見つめるキリトの肩を、俺は強く引いた。

 

「お前も行け」

 

「ミツキ……」

 

「これはお前達家族の問題だ、俺は何も出来ん。こっちで待ってるから、ちゃんと話し合って来い」

 

「……ありがとう。行ってくる」

 

 そう言い残し、キリトもまた現実世界へ帰っていった。1人残された俺は、階段の手すりに寄りかかる。

 

 リーファが──俺達がこの世界で最初に交流を持ち、仲間となり、友になった彼女が──キリトの妹、直葉だった。普通なら、何たる偶然かと思うと同時に、喜ばしく感じる所だろうが……彼女にとってはそうではなかった。そうではない理由があった。

 今ならば分かる。先日《アルン》に向かう道すがら垣間見せたリーファの表情と、今日の午前中にアスナの病室で直葉が見せた表情はぴったりと重なった。そしてその直葉の視線の先には、キリトが──彼女の兄がいた。「妹は恋愛対象に入らないのか」という言葉の意味するところは、最早1つしか有り得ない。

 

 彼女は思慕の念を抱いていたのだ。兄である桐ヶ谷和人に。

 和人は兄で、直葉は妹、2人は家族だ。直葉がその気持ちを自覚した時は、相当に思い悩んだはずだ。だが一方の和人はSAOから戻って以降、ずっとアスナの事で一杯一杯だった。あの2年の間に、和人にもまた大事な人が出来ていたのだ。

 兄のことは諦めよう、兄にはもう相手がいる、自分の気持ちを伝えた所で困らせるだけだ──そんな折、彼女のもう1つの現実であるこのALOの中でキリトと出会った。リーファがキリトに惹かれたのも当然だ。2人の妖精の中に宿る魂は、直葉と和人なのだから。

 

 ログインした時リーファが泣いていたのも、もしかしたらそれ関係なのかもしれない。それを、キリトが慰めた──慰めてしまった。それが決め手となったのかは分からないが……とにかく、リーファはキリトに恋をした。兄への気持ちを完全に断ち切るきっかけになるという考えもあっただろう。しかし蓋を開ければ、その正体は兄その人だった……きっとやりきれない思いで一杯な筈だ。

 

「(ホント、何も出来ないな……俺は)」

 

 悲しむ直葉に励ましの言葉をかけるのは簡単だ。しかしその程度で立ち直れる程、彼女の痛みは軽くない。誰かが近くに寄り添ってやれれば1番良いのだろうが……その役目も、俺には出来ない。やったとしても、リーファは既に俺──ミツキに想う相手がいるという事を知っている。余計に彼女を傷つけるだけだ。

 

 彼女の事は、家族であるキリトに任せるしかない。今の俺に出来るのは、2人が変に仲違いする事のないよう祈る事と、また3人一緒にALOを楽しめるよう願う事だけだ。

 

 黙して佇むこと数分が経っただろうか──キリトが戻ってきた。

 

 リアルの方で直葉の胸の内を聞いたキリトは、「《アルン》北側のテラスで待つ」と言い残して来たそうだ。このALOの中で、もう一度ちゃんと話そう、と。

 

「ミツキ……スグがログインしてきたら、俺の所に来るよう言ってくれないか?勿論、無理にじゃなくていい。……言うだけ言って、返事、聞いてないんだ」

 

「……分かった」

 

「……嫌な役目押し付けて、悪いな」

 

 もしリーファがキリトの元へ行くのを拒むなら、それを無理に押さえつけてまで行かせるのも違う気がするが……それでも、必要ならば。

 

「損な役回りは慣れてるさ。お互いにな」

 

 冗談めかした俺の言葉に小さく笑ったキリトは、街の北へ飛び去っていった。

 

 そこから程なくして、虚空に光が灯る──現れたのは、沈んだ表情のリーファだった。

 

「はぁ……」

 

「──随分落ち込んでるな。まぁ無理もないか」

 

「ミツキく──ミツキ、さん」

 

「……その様子じゃ、俺の事も気づいてるっぽいな」

 

「……あたし、どうすればいいんでしょうか?」

 

「それは君が決める事だ。……でもそうだな、その上で、敢えて俺の意見を言わせてもらうなら──しっかり話して、ぶつかって来るべきだと思う。気持ちを呑み込む事で守られるものも確かにある。けどそれが本当に相手の為になっているのかは、答え合わせするまで分からない。そのせいで、どんなに想っている相手ともすれ違うことだってある……ありきたりでも、不器用なやり方でもいいんだ。伝える事が重要だから。──君が真っ向からぶつかれば、キリトもちゃんと返してくれるよ。何たって君の兄さんなんだからな」

 

「……分かりました。あたし、行ってきます。お兄ちゃんの所に」

 

「ああ。俺はここで待ってるよ──行ってらっしゃい」

 

 ほんの少しだけスッキリした様子のリーファは、軽快な足取りで飛んでいく。俺に出来るのはこれが精々だ。後は全面的に任せるとしよう。

 

 ひとまず安心して階段に腰を下ろした俺は、下から階段を駆け上がってくる明るい緑髪のプレイヤーを目にする。

 

「リ、リーファちゃ~~~ん!」

 

 階段を上がりきった所で荒い息をつくレコンは、傍らに座る俺に気づいたようで……

 

「あなたは確か……ミツキさん!リーファちゃんに何かあったんですか!?」

 

「あー……まぁ、うん。今丁度、キリトの奴と話をつけに行った所だ」

 

「や、やっぱり……リーファちゃんあのスプリガンと……!?こ、こうしちゃいられない──ぐぇッ!?」

 

 誤解からリーファの後を追おうとするレコンの襟首をガッシリ掴んで引き止める。

 ……どうやらもう1つだけ、出来る事があったようだ。

 




フェアリィ・ダンス編完結まで書き終えましたので、今日から毎日1話ずつ、章完結まで突っ走ります。
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