ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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銀木犀の君

 ──目を覚ましたのは、静寂の中だった。

 いかにもファンタジーな装飾を施されたアルヴヘイムとは違う、白一色の無機質な空間。そのど真ん中で、俺とキリトは目覚めた。傍らにはユイもおり、小さな妖精ではなく、SAOで出会った時と同じ幼い少女の姿となっている。

 

「ここは……?」

 

「分かりません……マップ情報が存在しないようです」

 

「通常のゲームシステムとは隔離されたエリア──所謂裏世界って奴か。ちゃんと中に入れたみたいだな」

 

「アスナの居場所は分かるか?」

 

「はい──かなり近いです」

 

 物理的な距離が近づいた事で、ユイの探索能力も精度を増しているようだ。今なら……

 

「ユイちゃん、アスナの他にプレイヤーIDは探知出来るか?もしかしたら……アリスもここにいるかもしれないんだ」

 

 ユイは目を閉じて意識を集中させる。が……

 

「……すみません。アリスさんのIDは発見出来ませんでした」

 

「……そうか」

 

「ただ、ママ以外のIDは大量に確認出来ました──帰還していないという元SAOプレイヤー300人のものと思しき中に、1つだけ不自然なIDがあります。データが所々破損していますが、部分的にはアリスさんのIDと合致します。もしかしたらそれが……」

 

 破損──その言葉を聞いて、居ても立ってもいられなくなる。

 

「……場所は?」

 

「……大まかな方向としては、あっちです。ママのいる方向とは逆になります」

 

「ミツキ、お前はアリスの所へ行け。アスナはこっちに任せろ」

 

「……すまん」

 

「謝るなよ。皆で一緒に帰ろう──コイツはお前が持っとけ。こっちはユイがいれば大丈夫だ」

 

 キリトからカードキーを受け取り、立ち上がる。

 

「……気をつけろよ」

 

「お前もな──向こうで会おう。今度は4人揃って」

 

 拳を突き合わせ、それぞれ逆の方向へ走り出す。キリトはアスナを、俺はアリスを見つけ出す為に。

 

 ひたすら道なりに進んでいると、分岐路に差し掛かった。1度足を止めた俺は、壁にプレートが設置されているのを見つける。どうやら施設の案内図らしいプレートには、《データ閲覧室》や《研究スペース》《システム調整室》《仮眠室》等、様々な区画が記載されていた。

 数が多い……幸いというべきか、館内はグルリと円形状になっている。端から端まで、とにかくしらみ潰しに探していくしかない。

 

 反時計回りに右へ進もうと足を踏み出した時──視界の端を何かが過ぎった。

 アレは……蝶か?風に揺られる花弁のようにも見える。ソレは鱗粉のような銀色の粒子を残し、通路の奥へ飛んでいった。まるで俺を導くように。

 

 自分でも無意識の内に、俺は銀色の粒子を辿って左のルートを進んでいた。

 

「(アリス……アリス……ッ!)」

 

 胸の中で愛しい名前を何度も呟きながら銀色の足跡を辿っていくと、その主──小さな銀色の花が、ある扉を通り抜けていく。

 

「……実験体、格納室……」

 

 その名前を見た途端、一層強い不安感が押し寄せる。焦燥感に駆られ、押し入るようにして扉を開けた、その先で──

 

「なん……だよ、これ……」

 

 飛び込んできたのは、極めて異質な光景だった。

 俺の胸程の高さの短い柱が何本も、等間隔で整然と並んでいる。その天面に──人間の脳としか思えないものが浮かんでいた。勿論、頭蓋から摘出された現物が浮かんでいるわけではない。柱が発する青いホログラムによって投影されたものなのだろうが、それがいくつも立ち並ぶ様は異様で、異質で、生理的嫌悪感を覚える。

 

 言葉を失っていた俺の視界を、またあの銀色の花が横切った。それを追ってみると……

 

「っ………」

 

 急拵えであるかのようにポツンと存在感を放つ牢屋に、眩しい銀色の髪の少女が囚われていた。天上から吊り下がる鎖で手を縛られ、力無く項垂れているせいで顔は見えない。

 

「アリ…ス……?」

 

 絞り出したような俺の声に、少女はピクリと反応を示す。ゆっくりと持ち上げられた顔が、その目が、真っ直ぐ俺を見た。

 

「Mi、つ…キ……」

 

「っ……!?」

 

 顔を見た瞬間、俺は頭を打たれるような衝撃に見舞われた。率直に言って……()()()()()

 髪色こそ違うが、外見も、俺の名を呼んだ声音も彼女そのものだ。それは間違いない。しかし──俺を見つめる青い双眸は宝石のような輝きを失っており、どこか無機質な印象を受けた。

 

 外見が同じだけの別人なのか、助けが遅れたせいでここまで憔悴してしまったアリス本人なのか──困惑する俺だったが、とにかく彼女を解放しなくては始まらない。

 槍のひと薙ぎで牢屋は簡単に壊れ、彼女を戒めていた鎖も断ち切る。倒れる身体をそっと抱き留めた。ユイの言っていた通り、理由は不明だが仮想空間での肉体が崩壊しかけているのだろう。彼女の体には時折ノイズが走っていた。

 

「ヤっと、あeた……ずっト、待ッ、て……」

 

 声を発する度に、ノイズがどんどん大きくなっていく。彼女は虚ろな目に涙を滲ませ、震える手で俺の頬を撫でた。触れた手の感触が、そこから伝わる暖かさが、アリスとの記憶を想起させる。

 

「君は……アリス、なのか……?」

 

 俺の問いに答えは返ってこなかった。代わりに──

 

 

「──皆を、タスけて……生キ、て……きッと、まta……アeる…かラ──」

 

 

 そんな言葉を遺し──彼女は、いくつもの小さな花となって散っていった。

 手の中に残された銀色の花が、染み入るように溶けて消えていく。

 

「……ああ──」

 

 立ち上がり、どこか覚束無い足取りで歩き出す。宙に浮かぶ黒い四面体──システムコンソールを発見すると、中央のスリットにカードキーを通した。ピコン、という電子音と共に、システムメニューが展開される。

 多種多様なメニューがある中、《EXPERIMENT(研究)》を開く。中には、ここで行われている研究とやらの詳細が記されていた。

 

 フルダイブ技術の応用で、電磁パルスの照射範囲を拡大。五感情報や命令系に限らず、感情や記憶を司る部分までもを制御下に置く事で、人間の思考・感情・記憶を自由に支配する実験──つまりあの柱の中には、SAOプレイヤー約300人の脳が入っているという訳だ。そして柱に備えられた機能を用い、人為的に恐怖や痛みといった信号を与えた際の反応を調べる為の人体実験に使われている──聞いただけで反吐が出る。

 

 派生したタブの中に《実験体》というものがあった。この部屋に隔離されている実験体達の一括管理メニューで、別の部屋へ移動させるなどが出来るようだ。であれば──あった。

 俺は《実験終了》のタブを選択。対象は勿論全ての実験体──《全てのシミュレーションを終了します。よろしいですか?》──という警告メッセージを無視し、迷わず《終了》ボタンをタップした。

 

 柱の発する電子音がフェードアウトしていき、脳の映像も一斉に掻き消える。恐らくまだ皆の魂はあの中に囚われたままだろうが、少なくとも永久の責め苦からは解放された筈だ。

 

 そこへ、背後の扉が開く音が聞こえた。

 

「──…おい、どうなってんだ!?何で全部停止してんだよ!」

 

「俺に聞くなよ!取り敢えず、須郷ちゃんに連絡を……!」

 

 柱が機能停止している状況を見て、癇に障る金切り声で慌てふためくのは、2匹のでっかいナメクジだった。彼らが自分で選んだのかは不明だが、ダイブするにあたって使用しているアバターのようだ。

 

「あそこ、誰かいるぞ──げっ、あの人形もいねぇじゃねぇか!」

 

「マジかよ…俺あの人形でまだまだ楽しみたかったのに──おい、お前がやったのか!?俺の数少ない楽しみをどうしてくれンのよ──!」

 

 俺に気づいたらしいナメクジ達は全速力でこちらに近づいてくる。しかし何分体はナメクジだ。出せるスピードなどたかが知れていた。

 見向きもせずコンソールを操作する俺に、ナメクジたちはヌラヌラと光る触手を伸ばして捕まえようとしてくるが──触手はスッパリと断ち切られた。

 

「ぎゃッ──!?痛っでえええええええ──ッ!!」

 

「ヤナ、お前まーたペインアブソーバ切ってたのかよ?前に痛い目みたばっかだろうが」

 

「ちがっ……今回はちゃんと有効にしてた筈だッ!なのに何でッ……!?」

 

「はぁ?どうせ忘れて──」

 

 突如、もう1匹のナメクジの顔面に深々と槍が突き刺さる。一足で奴に肉薄した俺は、突き出た柄を足場にして頭の上に乗り上げ、刺さったままの槍を思いっきり上に()()()

 テコの原理によって穂先がナメクジの頭の中を抉り、そのまま口元を内側から縦に切り開く。

 

「あ゛ッ!?があああああああああッ!!!」

 

 激痛に悶える2匹のナメクジ。俺は自分が乗り上げている個体の眼柄を2本纏めて鷲掴みにする。

 

「楽しみがどうとか言ったか──聞いてやるよ、どういう意味だ」

 

「ッ……牢屋にいたあの人形の事だよ!須郷ちゃんのお気に入りとは別に、あいつだけ人型のまま転がってたの!実験にも使えないし、ずっとここにいても退屈だから相手してもらってたんだッ!なのにお前が──!」

 

 触手を切られたナメクジが言い終わるより先に、俺は掴んでいた眼柄を片手で引きちぎった。

 

「アアアアアアアァァァッ!!!目ェ!俺の目ァァァ──ッ!!!」

 

 現実であれば喉が張り裂けんばかりの大声で叫ぶナメクジからストンと飛び降りた俺は、振り向きざまに振るった槍で首を撥ねた。断末魔すら上がらず、ナメクジ型アバターがポリゴン片に分解されていく。

 

「言ってみろ──」

 

「は……!?」

 

「もう一度彼女を人形と言ってみろ……今度はその口の中に槍を突っ込んでやる……ッ!」

 

「ッ……ち、調子乗ってんじゃねぇぞ──ッ!」

 

 逆上して触手を伸ばすナメクジに、俺は躊躇なく槍を振るった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──何も分からなかった。

 

 俺の腕の中で消えていった彼女が、俺の愛したアリスなのかも。彼女が遺した言葉の真意も。俺はどうすればいいのかも。何も、分からない。

 

 分からないから──取り敢えず、彼女が遺した言葉通り、囚われていたプレイヤー達を助けた。でもその後はどうすればいいのか、すぐに分からなくなった。

 

 この施設の職員らしきナメクジ共がやって来て、彼女の事を「人形」と呼んだ。自分達の穢れた欲求を満たす為に彼女を利用したのだと。

 分からなかった。何故、こいつらは平気でそんな事が出来るのだろう。自分達と同じ人間を非道な実験動物に貶め、あまつさえモノ扱いする。その思考が理解出来なかった。したくもなかった。

 

 何も、何も分からない……分からないから──俺は、際限なく湧き上がる激情に身を委ねた。

 

 怒りだ。

 

 300人ものプレイヤーを実験材料にしたこいつらへの怒り。

 大事なアスナ()を捕らえ命を弄ぼうとした須郷への怒り。

 彼女の体と心を穢し、傷つけ、弄んだこいつらへの怒り。

 そして何より……そんな彼女を救う事が出来なかった俺自身へのどうしようもない怒り。

 

 怒り、怒り、怒り──仮想世界の中にあって、全身の血が沸騰しそうな激しい怒りが俺の中を渦巻く。怒りはやがて殺意へと変わり、殺意は槍へ乗せて振り下ろされた。

 

 システムコンソールを操作して、施設内にいる関係者全員のペインアブソーバは完全に切ってある。ダメージを受ければ現実のそれと全く同じ激痛が襲いかかる──それは、同じく痛覚遮断を切った俺も同様だった。1番救いたかった相手を救えなかったのだから当然だ。

 

「はぁ……はぁ…──おいお前、まだ生きてるだろ」

 

 バラバラに切り刻まれ、片方の眼柄と口が辛うじて繋がった肉片を掴み上げる。

 

「……おい、起きろ。死んでないだろ分かってンだよ」

 

 どれだけ凄んでも、揺すっても、軽く刺してみても反応らしい反応は返ってこない。気を失ってしまったようだ。

 

 舌打ちした俺は肉片を無造作に投げ捨て、それがポリゴンに分解されるのを尻目に部屋を出る。

 この施設にはまだ職員がいる筈だ。そいつらを探し出す。探し出して──

 

 

 ──1人残らず、殺してやる。

 

 

 この日、妖精達が住まう大地の上──神の国とでも言うべき場所に、1つの地獄が生み出された。

 

 たった1人の妖精から、何人もの神達が逃げ惑う。しかしどれだけ逃げようとも、最終的には彼が手にする槍で貫かれた。その末路に誰1人として例外は無い。

 文字通り獣の如く咆哮しながら槍を振るうその妖精の口元には──獰猛な笑みが浮かんでいたという。

 

 やがて殺戮は終わりを迎え、血も骸も残らない空間で独り、神殺しの妖精は慟哭する。

 

 どこからか、その様子を哀れみの目で眺めていた1人の男の手によって、少年はこの世界から弾き出されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──私は、「私」によって生み出された。

 生み出した、という表現が適切かは分からない。別の言い方をするなら、分かたれた、とか、写し取った、とかになるのだろうか。まぁとにかく要するに、私には私じゃない私──所謂オリジナルがいる。最初は戸惑った。けど、オリジナルに「ある役目」を託されて、それは私にしか出来ないって分かった瞬間、私は私になった。

 

 私の中にあるものは決して多くない。託された役目と、その相手の名前くらいだ。

 ……逆に言えば、名前しか知らない。顔も分からない。けど不思議と、会えば分かるような気はしていた。私はオリジナルじゃないけれど、胸の奥に何か残り香みたいなものが残ってるような気がした。……正直、会うのがちょっとだけ楽しみだった。

 

 けど、いざ放り出された私を待っていたのは苦しみだけだった。気持ち悪い化物に全身をまさぐられて、顔とかお腹を殴られて、縛り上げられて、オリジナルとは違う、内心自慢だった髪を乱暴に引っ張られたりして、私の中に何か「良くないもの」が打ち込まれた事もあった。

 とても苦しくて、痛くて、辛かった。けど、この役目は私にしか出来ない事だから。我慢した。

 

 我慢して、我慢して、我慢して、我慢して、我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢してがまんしてガマンしてGaマンしてGaマんShi───

 

 

 ────────────────────

 

 

 ……キエチャイタイ。モウ、イタイノハイヤ。クルシイノモ…イヤ。

 

 そレはダメ。だッて、まだ、役目を果たせてないから。

 きっと、きテくれる……だかラ、頑張ろう。ワタシ。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………?

 

 ……あァ──そッか。あNaたガ……

 

 

「Mi、つ…キ……」

 

 

 ──ごめんね。言わなきゃいけない事が、たくさんあるのに。言いたい事がたくさん、たくさんあるのに……もう、限界みたい。せめて、これだけでも……

 

 

 ──皆を助けて。あなたも生きて。きっと、彼女とまた会えるから。

 

 

 ……ごめんなさい。ちゃんと伝えられたか、自信無いや。

 

 ……そんな顔しないで。私は、オリジナルじゃないけれど……彼女の気持ちを、ちょっとだけ──ほんのちょっとだけ、分けてもらってるんだ。あなたを守りたい。支えたい。そう、思ってるんだよ。

 

 あなたが彼女とちゃんと再会するまでは、彼女の代わりに私があなたを守る。私の中にある、ほんの少しの彼女と一緒に。

 

 だから──ミツキも頑張って。

 大丈夫。あなたは、独りじゃないよ。

 




以前の話の冒頭でちょっとだけ登場した「彼女」…私は「銀木犀のアリス」と呼んでいますが、彼女がどういった存在なのか関しては、もしかしたら察せている方もいる事かと思います。
あれこれ名前を出すと露骨なネタバレになっちゃうのですが、彼女は「諸々を察したアリスの置き土産」的なものと思って頂ければ。その諸々をミツキにも伝えて欲しい、と生み出した即席の分身というわけですね。それがALOに吸われてしまったと。
しかし出てきた場所があまりにも悪かった。銀木犀のアリスがちゃんと全てを伝えられず、ミツキが半ば自暴自棄であんな行動を起こしたのも元を辿れば全て須郷一派のせいです。最終的に消えてしまうのは変わりませんが、彼らが余計な事さえしなければ、ミツキは銀木犀のアリスともっといいお別れが出来ました。
これも全部須郷伸之ってやつの仕業なんだ。

このフェアリィダンス編が、より厳密に言えば今回の話が、ミツキにとっての大きなターニングポイントとなります。


因みに…銀木犀には「白銀事花(シロガネコトバナ)」という別名があり、小さな花を星に見立てて、その力を集める事で願いを実現する花。なんて話もあります。そしてその力は、相応しい魂を持つ人にのみ与えられるとか…
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