ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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広がる世界

 時は流れ、2025年5月16日──俺は1人、学校の屋上で紙パックのストローを咥えながらボーッと空を見上げていた。

 

 SAO以前に学生だったプレイヤーを対象とした特別学校──通称《帰還者学校》。俺やキリト、アスナを始め、多くの少年少女がここに通っていた。

 

 キリトなんかは「板書はモニターで、教科書はタブレット。課題も無線LANで送られてくるんだから、自宅で授業受けるのと一緒じゃないか」と、わざわざ学校に出向く労力に文句を垂れていたが、生徒の大部分はこういう「普通の学園生活」自体に価値を感じているようだ。青春(アオハル)、というやつだろう。

 

 ……尤も、俺達SAO帰還者が社会的には問題視されているのもまた事実で、定期的にカウンセリングという名目でやれ「あの世界に戻りたいか」だの「まだあの世界にいる気分になるか」だのと、嫌な事を根掘り葉掘り聞いてきたりする。

 

 SAOに戻りたい、なんて願う者はそうそういる筈もないだろうに。いるとすれば、あの世界で多くの命を手にかけた殺人者(レッドプレイヤー)くらい──そこまで考えて、一瞬思考の歩みが止まる。もし、またあの世界に戻れると言われたら……俺は──

 

 昼休み終了を告げる予鈴が鳴り響き、咥えたストローごとパックのお茶を落としそうになっていた俺の意識を引き戻す。頭を振って思考を打ち切った俺は、残ったお茶を勢いよく吸い上げながら教室へ向かうのだった。

 

 

 ──あの雪の日以降、多くの事が立て続けに起こった。

 

 

 まず、須郷はあの後駆けつけてきた病院のガードマンに確保され、然る後に逮捕。最初は事実を否認し、全ての罪を茅場晶彦に着せるつもりでいたようだが、部下の1人が重要参考人として引っ張り出された途端、全てを諦めたかのように自白していった。

 

 幸いにも囚われていたSAOプレイヤー達に実験中の記憶は無く、致命的な精神へのダメージも無いとのことで、社会復帰は十分可能らしい。

 

 一方、VRMMOというゲームジャンルは最早回復不可能とさえ言える大ダメージを被った。SAOに続き、ALOでも人の尊厳を踏みにじる許されざる犯行が行われていたのだから、当然の帰結ではある。当然ALOは運営中止。開発元である《レクト・プログレス》も解散。母体の本社もかなりの打撃を受けた。その動きが波及するように、ALO以外にも運営されていた数々のVRMMOも存続が危ぶまれている。

 

 そして、全ての始まりとなった茅場晶彦に関してだが……長野県の山奥にある山荘で、死亡しているのが発見された。自殺と発表されている。

 

 SAOがクリアされ、アインクラッドが崩壊するに伴い、茅場は手ずから改造を施したフルダイブマシンを用いて自らの脳に超高出力のスキャンを行ったらしい。即ち、自分の意識をネットワーク上にコピーしたのだ。成功する確率は限りなく低いとされていたが……キリトは世界樹の上で須郷と相対した際に、間違いなく茅場のデジタルゴーストに救われ、会話もしたと言っている。成功したということなのだろう。

 

 そんな茅場から、キリトは2つのものを受け取った。1つは、茅場が《世界の種子》と呼称する謎のプログラム。そしてもう1つは──

 

「──おい、翠月!」

 

 ふと背後から呼び止められた俺は、半ばオートパイロット状態だった足を止めて振り返る。そこには、俺と同じ帰還者学校の制服に身を包んだキリトと──

 

「ミツ──翠月君も今帰り?」

 

 その隣で手を繋ぐ、同じく制服姿のアスナがいた。

 

「ああ。お前達も?」

 

「うん。良かったら一緒に行こ。ミツキ君も今日のオフ会、行くんでしょ?」

 

 そう言ってから、うっかりキャラネームで呼んでしまった事をキリトに指摘される──まぁ、アスナを始めそこそこ名の通ったプレイヤーも帰還者学校には結構おり、何より顔はそのままということもあって、俺やキリトも既に何人かの生徒には正体がバレているのだが。

 

 俺達よりも2ヶ月余分に眠っていたアスナは、現実への帰還後、過酷なリハビリに励んだ。努力の甲斐あって、俺達と同時に入学。こうして共に学園生活を送っている。ようやく松葉杖無しで歩けるようになった、と喜んでいたのは記憶に新しい。

 

 この3人に、駅で合流した直葉を加えた4人でやってきたのは東京都御徒町──エギルの店だ。

 

《本日貸切!》となぐり書きされた看板が掛けられた扉を開くと、十数人の視線が一斉に俺達を出迎えた。

 

「……遅刻は…してない、よな?」

 

「ああ……その、はず……」

 

「──ふっふ~ん。主役は遅れて登場するもんですからね。アンタ達には遅めの時間を伝えといたのよ。ほら、入った入った──!」

 

 そう言って俺達の腕を引くのは、篠崎里香──SAOでは《リズベット》の名で武具店を営み、俺達も大いに世話になった少女だ。

 

 リズだけではない。《クライン》こと壺井遼太郎を始め、彼の仲間であるギルド《風林火山》のメンバー、SAO攻略終盤に第1層で出会った《シンカー》、《ユリエール》、《サーシャ》、そして75層では共に肩を並べて戦った《サーニャ》と、アインクラッドで俺達と知り合った者達がここに集められていた。中にはキリトの知り合いなのだろう初対面の者もいるが、どうやらあちらは俺の事も一応知っているらしい。

 

「えー、さてさて……それでは皆さん、ご唱和下さい!せぇーの──ッ!」

 

 

 ──キリト!ミツキ!SAOクリア、おめでとうー!!

 

 

 簡素なお立ち台に上がらされた俺達へ、クラッカーが鳴らされる。間髪入れず、リズによる《アインクラッド攻略記念パーティー:前半戦》乾杯の音頭が取られた。

 

 乾杯の後はまず全員の簡単な自己紹介に始まり、キリトによる予定に無いスピーチ──俺にもお鉢が回ってきそうだったが、キリト1人に押し付けることに成功した──本格的にワイワイと歓談が始まれば、俺もキリトも方々から引っ張りだこで、早々に体力が限界を迎える。

 

「──エギル。バーボン、ロックで」

 

「こっちはウォッカをくれ。ストレート」

 

 フラフラとカウンターに座り、適当に頭に浮かんだ酒の名前を口にした俺達へ、エギルがグラスを滑らせてくる。まさかと思いつつ恐る恐る飲んでみると……

 

「……烏龍茶かよ」

 

「当たり前だ。ウチの店潰す気か」

 

 そりゃそうだ、と烏龍茶を一気に煽る。そこへ、長身の男が横の席に腰を下ろした。

 

「──エギル、俺には本物くれ」

 

「おいクライン……この後また会社戻るんだろ?飲んでていいのか」

 

「はッ、残業なんざ飲まずにやってられっかよ。それに……こんないい肴があるんだぜ?飲まなきゃ逆に失礼だろうが」

 

 SAOの時と寸分違わぬ赤いバンダナと無精ひげが特徴的なクラインは、酒をちびちびと煽りながら幸せそうに背後の光景を眺める──そこでは、アスナやリズ、サーニャを始め、ここに集った女性プレイヤー達が楽しそうに談笑している所だった。

 

 確かに、基本的に男っ気ばかりなMMOのオフ会であれだけの女性プレイヤーが一堂に会するこの光景が目の保養になるといえばそうだ。願わくばもう数人、ここにいて欲しかった顔ぶれもいるのだが──

 

「──キリトさん、ミツキさん。お久しぶり」

 

 ふと、そんな言葉と共に俺の横の席に腰を下ろしたのは、ユイの一件で知り合ったシンカー氏だった。最後に見たのは軍のユニフォームに身を包んだ姿だったが、クラインとは違いスーツ姿も様になっている。

 

「そう言えば、聞きましたよ。ユリエールさんと入籍されたとか──遅くなりましたが、おめでとうございます」

 

「いやぁ、まだまだ現実に慣れるのに精一杯って感じなんですがね。仕事もようやく軌道に乗ってきました」

 

 かつて彼が運営していた日本最大手のMMO情報サイト《MMOトゥデイ》は、SAO事件を受けて一時解散。帰還したシンカーの手で復活を遂げた。しかし今現在のMMO──主にVRゲームを取り巻く世情も相まって、中々厳しい部分もあるようだ。

 

 宇宙は全てが壊れ、グチャグチャに混ざり合った混沌から生まれたという話もあるが、まさにそれに近い状況なのだ。

 

「──エギル。《種》の方はどうだ?」

 

 キリトの言葉に、エギルは傍らのタブレットPCを点ける。

 

「すげぇもんさ。今ミラーサーバーがおよそ50、ダウンロード総数10万、実際可動まで漕ぎ着けた大規模サーバーは300ってとこだ」

 

 そう……これこそが、キリトが茅場から託されたものの1つ──《世界の種子(ザ・シード)》だ。

 

 キリトがエギルの元へ持ち込み、彼のコネで徹底的に解析。危険が無いと判断した上で全世界に無償公開されたこのプログラムの正体は、フルダイブ型VRMMO環境を動かす為のプログラムパッケージだった。

 

 SAOを制御していたカーディナル・システムを走らせるにはかなり大きなサーバーを必要とするのだが、小規模サーバーでも扱えるようそれをダウンサイジング。更にオブジェクトやらを設計する開発環境までもがパッケージングされている。

 

 即ち、そこそこ回線の太いサーバーとPC1つさえあれば、このパッケージをダウンロードして内部世界を構築。システムを走らせるだけで1つのVRワールドを生み出すことが出来るというわけだ。

 

 世界初のVRMMOとして誕生したSAOと、そのサーバーを流用したALO。その他数個存在していたVRMMOは、全て茅場の開発したカーディナル・システムによって制御されている。外部によるメンテナンスを必要としない完全自律可動プログラムという画期的な発明には当然、巨額のライセンス料が設定されており、それを預かっていたレクトの解散に伴って新たな受け入れ先を探していたのだが、馬鹿みたいに高いライセンス料とVRMMOそのものに対する社会的な向かい風も相まって、手を挙げる者は中々いない。

 

 VRMMOというゲームジャンルは、SAOと共に衰退、消滅の一途を辿るかに思われていたが……そこに登場したのが完全権利フリーを謳うこの《ザ・シード》というわけだ。

 

 一体茅場は何を思ってこのプログラムを開発、キリトに託したのか──真実は奴本人しか知りえない所だが……キリトと、プログラム公開にあたって相談を受けた俺は、1つの推測を立てていた。

 

 真なる異世界を求め、夢想する心──彼がアインクラッドを創造するに至った、たった1つのシンプルな感情が、この種子を生み出したのではないだろうか。あの夕焼けの中で語られた彼の胸中を思い出すと、それが1番しっくりきた。

 

 VRMMO界隈に於ける新たな創世の火種となった《ザ・シード》だが、既存のVRMMOもただ大人しく絶滅を受け入れたわけではない。

 

 特に消滅が危惧されていたALOは、プレイヤーでもあったベンチャー企業の関係者達が共同出資で《ユーミル》という会社を立ち上げ、目の上のたんこぶを一刻も早く取り払いたかったのだろうレクトから無償同然の低価格でALOに関する全権を譲り受けた。

 

 広大なアルヴヘイムを愛した彼らによって妖精の大地は再生され、そこに生きたプレイヤー達のデータも引継ぎがなされた。どうやら事件を受けてあの世界を去ったプレイヤーは全体の1割にも満たなかったらしい。

 

 こうして復活を遂げたALOに続くように、今も尚仮想世界は広がり続けている。場所によって有料・無料の違いはあれど、誰もが気軽に仮想世界を創造し、体験する事が出来るようになった。

 

 茅場が生み出し、キリトが植えた世界の種子は、顔も名前も知らない多くの人々の手によって芽吹き、育ち、広い広い世界へと根を伸ばし続ける。その根は相互に絡み、繋がり、巨大な連結体となっていく──今はまだ実現前だが、やがては1つのVRMMOで作ったキャラを別の世界へコンバートする事も可能になるらしい。

 

 無限に広がる仮想世界。その行く末は分からないが……きっとそれを見届けるのが、あの世界で戦い、生き延びた俺達の役目なのだ。

 

「──きっと我々は今、新たな世界の創生に立ち会っているんですね。端くれとはいえ界隈に名を連ねる者として、誇らしいですよ。差し当たって、サイトの名前も新しくしようかと思ってるんですが、中々いい案が浮かばなくて……」

 

 苦笑いするシンカー。クラインが命名しようとするが、キリトに止められる。クラインには悪いが、《風林火山》というギルド名からして、あまりネーミングセンスが高いとは俺も思えなかった。

 

「──そういうおめぇらはどうなんだよ。なんかいい名前考えつくのか?」

 

「え、えっと……」

 

 クラインを弄りつつ、自分もネーミングセンスには自信が無かったらしいキリトは口篭る。正直その辺は俺も似たようなものなのだが……

 

「──明日、はどうです?」

 

 ふと、そんな言葉が口を突いて出た。

 

「VRMMOの『今』を発信する《MMOトゥデイ》に対して、明日──未来を発信する《MMOトゥモロー》……とか。まぁ、月並みな名前ですけど」

 

「……ちっと安直過ぎやしねぇか?」

 

「いや。寧ろそれくらいで丁度いいのかもしれません。《MMOトゥモロー》──うん。今の我々にピッタリでしょう。ありがたく採用させてもらいます!」

 

 最大手のMMO情報サイトが俺の考えた名を冠する──自分で言っておきながら、本当にそれでいいの?と思わなくもないが、シンカー本人はかなり気に入ってくれたようなので良しとする。

 

「おぉーいキリト、ミツキィー!こっち来なさいよォー!」

 

 背後から投げられた声に振り向けば、ピンク色の飲み物が入ったグラス片手にブンブン手を振るリズが目に入る。

 

「……何、アイツ酔ってんの?」

 

「まさか。ジュースだろアレ……ジュース、だよな?」

 

 キリトが確認するような声音でエギルに目を向ける。そんなキリトに、

 

「1パーセント以下だから大丈夫だ。明日は休日だしな」

 

 そう言って、見た目に違わぬアウトローな雰囲気を醸しながらニヤリと笑うエギルだった。

 

 あまりにもリズがうるさく、傍らのアスナも困ったように眉間を押さえていたので、仕方なく俺とキリトも応援に向かう。ほぼノンアルコールとはいえ場の空気も手伝ったのか、すっかりほろ酔い気分のリズは同席していた短いツインテールの少女にダル絡みしていた。

 

「ったく──ほらリズベット先生。年下の娘に絡むのはお止めなさい。みっともないぞ」

 

「あによぉー、パーティなんだからいいじゃない!」

 

「はいはい。そうでござんすね──キリト、任せた」

 

 こっちも絡まれる前にタゲをキリトに擦り付けた俺に、少しグッタリとした少女が話しかけてくる。

 

「あ、ありがとうございます。えっと……ミツキさん、って呼んでも?」

 

「好きに呼んでくれていいよ。そういう君は──シリカ、だったか。改めて、よろしく」

 

「は、はい!こちらこそ!」

 

 そう言って握手を交わしたのは、綾野圭子──《シリカ》という名でアインクラッドに閉じ込められた彼女は、SAOが2年目に突入した辺りでキリトに助けられたのがきっかけで知り合ったらしい。見ての通り俺は初対面なのだが、彼女は新聞やら伝聞やらで俺の事は知っていたらしく、初めに少し挨拶した時はまるで有名人にでも会ったかの如く緊張していた。

 

「──それにしても驚きましたわ。まさかALOであのような恐ろしい事が行われていて、アスナさんもそこに囚われていただなんて……本当に、無事で良かった。こうして、現実世界でも会えた事を嬉しく思いますわ」

 

 そう言ってアスナに笑いかけるサーニャ──本名アレクサンドラ・ユーリエヴナ・クニャゼワ──は、周囲をグルリと見渡して言葉を続ける。

 

「ただ、やはり来れなかった方々がいるのは残念ですわね──ミツキ、アリスは元気にしていまして?」

 

 何の気なしに発せられたサーニャの言葉に、アスナとキリトの顔が微かに強張る。

 

「──ああ。流石に海を越えて来るには話が急だったみたいだ。皆によろしくって言ってたよ」

 

 アリスはSAOから解放されてすぐ、海外の実家へ戻った為今回は不参加──皆にはそう伝えている。本当は俺1人の胸に秘しておくつもりだったのだが、どうやらアスナも「彼女」の事を知っていたらしく、半ば仕方なく、キリトとアスナ、そしてエギルにだけは事の顛末を伝えていた。

 

 そんな俺に気を遣って、このオフ会も一度は立ち消えになりかけた所に当の俺が待ったをかけたのだ。例え全員集合とはいかなくても、ちゃんと皆と顔を合わせたいという気持ちは確かにあったし……アリスだって、自分がいない事で中止になるのは望まないはずだ。

 

 代わりと言ってはなんだが、今回のパーティに《前半戦》の副題が急遽追加された。

 

 いつか必ず、今度こそ、全員揃ってパーティの後半戦をやろう。と。

 

 幸い、アリス以外にもプライベートの都合が付かないなどで来られなかった者はおり、自然な形で話は運んだ。

 

 ──宴もたけなわ、ドンチャン騒ぎも折り返しに入った辺りで、俺は1度外の空気を求めて店を出る。

 

 春ももうじき終わりだが、5月にしては過ごしやすい涼しい日だ。路地を吹き抜けるそよ風に当たっていると──ふと、俺の胸にアインクラッドでの記憶が蘇った。

 

 あれはそう……アリスと一緒に住み始めて少しした頃──47層の家に隣接した湖のほとりで、風が運んでくる花の香りと、すぐ傍にいる愛しい相棒の暖かさを感じていた。あまりの心地よさに眠くなった俺の頭を、彼女は膝の上に乗せて優しく撫でてくれた。

 

 少しずつ……じわじわと染み出すように、涙がこみ上げてくる。

 

 何もこんな祝いの場で泣くこと無いだろ、と己を叱咤した時、再びドアが開かれた。中から出てきたのは、進学先である高校の赤いブレザーに身を包んだ直葉だった。

 

「あ、ミツキさん──」

 

「直葉ちゃん……どうかした?」

 

「ちょっとだけ、疲れちゃったというか……」

 

「ははっ。皆エネルギー凄いからなぁ。2年間寝てたとは思えない──あ、もしかしてリズ辺りに絡まれたとか?大丈夫だったか?」

 

「ああいえ!私は大丈夫です!それより……ミツキさんの方こそ、大丈夫、なんですか……?」

 

「……何で?」

 

「ごめんなさい。無理言ってお兄ちゃんに聞いたんです。その、アリスさんの事」

 

「……そっか──いや、気にしないでくれ。君は今回の件の立役者だし、知る権利がある」

 

 世界樹の上にアリスはいなかった。

 

 手がかりも、何も残されていない。あるのは確たる根拠の無い屁理屈じみた理論と、不定形な「希望」という名の偶像だけだ。

 

 以前の俺なら完全に折れていたと思う。抗いようのない現実に膝を折り、諦めていただろう。

 

 そんな俺を支えてくれているのは、2つの言葉だった。

 

 1つは、世界樹の上でずっと俺を待っていた「彼女」の遺した言葉。

 

 そしてもう1つ。キリトが茅場から預かったものの2つ目──奴から俺への伝言だった。

 

 

 

 ──まずは、渡した報酬が不完全なものとなってしまった事を謝罪する。

 

 ──私はアリス君の生みの親ではない。カーディナル・システムが彼女のような存在を自発的に作り出す事もありえない。正真正銘、彼女は君達と同じ目線、同じ立場であの世界を生き、戦った。それはあの世界の創造主であり、ゲームマスターであった私が保証しよう。

 

 ──ミツキ君。私の世界で2つの不可能を覆してみせた君ならば……きっと、辿り着けるはずだ。彼女の元へ……私さえも知らない、ソードアート・オンラインのトゥルーエンドに。

 

 

 

 茅場の言う報酬とは、俺とアリスを生還させる事だったのだろう。しかしどういうわけか、俺1人だけが現実世界に放り出された。こうして俺に情報を残したのは、奴の善意──ではないだろう。きっと、ゲームマスターとしての矜持によるものだ。その割には完全な形で報酬が欲しければ頑張れ。と丸投げな事に多少怒りは覚えるが……それでも奴なりの誠意は見えた。

 

 どうやら、俺のSAOはまだ終わらないらしい。

 

「まぁ頑張るさ──好きになった人の事を、そう簡単に諦めちゃダメ──だもんな?」

 

「え、なっ、何でそれ……聞いてたんですかッ!?」

 

「いやぁ、かっこよかったぞあの時の直葉ちゃん。録音でもしておけば良かったかな」

 

「や、やめてくださいよォ!アレ割と黒歴史寄りなんですからッ!」

 

 慌てる直葉を見て、俺は小さく噴き出す。そんな俺に釣られるようにして、直葉も笑いだした。

 

「──ミツキさん。もし助けが必要なら、私も力になります。まだ、知り合って半年も経ってないですけど……ミツキさんは私にとって、もう1人のお兄ちゃんみたいなものですから!」

 

 それを聞いた俺は、無意識の内に直葉の頭に手を置いていた。

 

「──ありがとう、直葉ちゃん。従兄妹だって聞いたけど……やっぱり君はキリトの妹だ」

 

「……はい。自慢の兄ですッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティは1度お開きとなり、皆は各々の自宅や職場に戻っていった。

 

 しかしこれで終わりではない。本命とも言えるイベントがまだ残っている。

 

 時刻は午前0時前。新生したアルヴヘイムの中央に屹立する世界樹──その樹上に広がる空中都市《イグドラシル・シティ》は大賑わいだった。

 

「……あれ、ミツキ君それ──」

 

 アスナが指さしたのは、俺の背中──本来槍があるべきその場所に、黒塗りの鞘に収められたひと振りの片手剣があった。

 

「ああ……ほら、俺、槍のスキルはカンストしてるからさ。かなり久しぶりだけど、剣も触ってみようと思って」

 

「こうなると、いよいよキリト君2号って感じだねぇ」

 

「逆にアイツがミツキ2号って呼ばれるかもだぞ?」

 

 ALOがリニューアルするにあたり、レクトからALOのデータと一緒に譲り受けた全ゲームデータの中には、SAOのキャラクターデータも紛れ込んでいた。これにより、元SAOプレイヤーがALOをプレイする際、アバターの外見やステータスをSAOから引き継ぐ事が出来るようになった。

 

 目の前にいるアスナや、リズ、シリカ、クライン、エギル等、元SAOプレイヤー達は皆選択した種族の特徴が混じりながらもSAO当時──現実の自分達とほぼ同じ姿をとっている。

 

 そんな中、一切の引き継ぎをしなかったキリトやアスナなんかはステータスをリセットして一から鍛え直していたのだが……俺はアバターの外見も引き継がず、ステータスもリセットしなかった。

 

 ……正直、思うところはある。もうALOの中であんな状況は起きないだろうし、所謂《強くてコンティニュー》状態と言われることもあるだろう。

 

 だが先も言った通り、俺のSAOはまだ終わっていない。アリスと再会するその時まで、俺の戦いは続くのだ。行く行くは《ザ・シード》による連結体をコンバートで移動出来る事を考えると、もしどこかの世界にアリスがいて、戦う必要に迫られた際に、槍使いミツキの力が必要になるかもしれない。そう思うと、ステータスリセットには踏み切れなかった。

 

 慣れ親しんだ槍を置いて片手剣を取ったのは、せめてもの謝意の現れのつもりだ。

 

「──そろそろ時間だ。行こう」

 

「うん!」

 

 周囲の妖精達も翅を広げて次々飛び立っていく。目指す先には、月光を背に煌々と輝く鋼鉄の城──元SAOプレイヤーのキャラデータと一緒に発掘された、浮遊城アインクラッドが待ち受けている。

 

 1度完全に崩れ去り、一切の穢れを知らないまっさらな状態で生まれ変わったあの城を──この妖精達の国に蘇った伝説の城を、今度こそ完全制覇するのだ。

 

「あいつら、あんな所にいたのか──」

 

 眼下に広がる雲の上に、ポツンと佇む2人の妖精。その傍に、俺とアスナは降り立った。

 

「遅刻だぞ、リーファ」

 

「ほら、行こう!」

 

「ミツキさん、アスナさん……」

 

 リーファは少しの逡巡の後、差し出されたアスナの手を取る。アスナのポケットから飛び出したユイがキリトの肩に乗り、早く早くと急かした。

 

「よし──行こうッ!!」

 

 生き延びる為ではない。守る為でもない。純粋に楽しむ為に、俺達は空を翔ける。

 

 いつかアリスに再会した時、聞かせる思い出は楽しい方がきっといい。

 




以上、フェアリィ・ダンス編、完となります。

まず、皆様に一言……ごめんなさい。
正直言ってこのフェアリィダンス編、アインクラッド編に比べてミツキの出番が結構控えめになりました。フェアリィダンスを書くにあたって不安だったのがまさにそこで、SAOでの物語が終わり、続きを楽しみにしてくださっていた方々をガッカリさせてしまってるのではと大分前から思っておりました。本来このエピソードのメインである桐ヶ谷兄妹の話も結構端折ってしまっているので、そこも味気なさを助けてしまったかなと。重ねてごめんなさい。さぞかし暇だったことと思います、本当に。
正直、丸々カットするか終盤の話だけ描くという手も無くはなかったのですが…あくまで私の中では、ちゃんと描く必要があるだろうと判断した結果です。果たしてその意味があったかの判断は、皆様に委ねる他ありませんが…。

飽きずに付き合ってくださった皆様には感謝を申しあげます。ありがとうございます。
ここからは、幕間としてEXエディションの話を1度挟んだ後、ファントム・バレット編に入ります。新章に関してはいつになるか分かりませんが…。

重ね重ね、読んで頂きありがとうございました。
拙い本作ですが、ミツキが辿り着くゴールまで、今後もお付き合い頂ければ幸いです。
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