ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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皆さんそろそろ「アレ」が不足してきたでしょう。ええ、私もです


幕間EX:追想

「いやぁ、夏だねぇ……」

 

「そうですねぇ」

 

 照りつける太陽の下、里香と珪子はしみじみと呟く。

 

 季節は夏真っ盛り──帰還者学校も夏休みに突入し、早くも8月が近づいてきた。

 学生の多くは、有意義な夏休みを脅かす宿題(仇敵)をとっとと倒し、残るひと月を存分に謳歌しようと戦うか。仇敵から目を逸らしつつ、待ちに待った夏休みを早速謳歌するかの2通りだろうが、里香と珪子、そして明日奈は、夏休みにも関わらず帰還者学校のプールを訪れていた。この学校に水泳部は無く、また他に使用者もいない為貸切状態である。

 

 折角の夏休みなのだからレジャー施設にでも行けばいいだろう、というのはごもっとも。彼女達も当初はそのつもりでいたが、誘うはずだった2人の少年が急遽特別カウンセリングということで学校に呼び出しを受けてしまったのだ。

 残念とは思いつつ、目的は遊ぶ事ではない。と場所を学校のプールに変更し、今に至る。

 

 そう、楽しむのは重要だが、あくまで主目的は別にある。

 ズバリ、水が苦手な直葉の特訓である。

 

 高校に進学してからも日々剣の道に勤しむスポーツ少女である直葉だが、そんな彼女が唯一苦手な運動が水泳だった。丁度今日の夜にはアルヴヘイムで水中クエストに臨む事もあり、せめて精神的にだけでも水を克服しておかねば同行出来ない。と彼女を助けるべくこうして明日奈達が集ったというわけだ。

 

 教え上手な明日奈の指導の甲斐あって、取り敢えず水に顔を浸けられるようにはなった。今はプールサイドに腰を並べて休憩中である。

 

「──確か今日のクエストも暑いトコなんだっけ?」

 

「うん。シルフ領のずっと南の方だから、まさに南国って感じみたい」

 

「キリトとミツキがはしゃぎ過ぎないよう、見張っとかないとねぇ。あいつらああ見えて結構ガキだから──こういう時、アリスが居てくれれば安心なんだけどねぇ」

 

「そういえば……アリスさんってどんな人なんですか?」

 

 ふと、直葉がそんな質問を口にする。

 

「あーそっか。直葉は会ったことないのよね」

 

「私もです。新聞なんかでお名前は見たことありますけど、実際にお会いしたことは無いんですよねぇ。確かファンクラブがあって、明日奈さん共々写真はかなりの高値で取引されてたとか」

 

 珪子もSAO帰還者ではあるが、アリスやアスナといったトッププレイヤー達は遥か雲の上の存在と思っていた。そんな彼女とも今ではこうして仲良くお喋りをする仲なのだから、世の中分からないものだ。

 

「あはは……ファンクラブはともかく、確かに中層ゾーンにいたシリカちゃんはよく知らないのも無理ないかな」

 

「直葉は確か……ミツキから聞いたんだっけ?」

 

「あ、はい。と言っても──ミツキさんの彼女さん…で、すごく強い人──って事くらいしか」

 

「アイツめ、自分の彼女の事くらいもっとしっかり説明しときなさいっての──よし、それじゃあアインクラッド2大最強カップルを見守ってきたこのリズベット先生が、休憩がてらアンタ達が知らないあんな事やこんな事を教えてしんぜよう……!」

 

「あんな事や……」

 

「こんな事……」

 

「もう、リズ!変な事言わないの!──けど、いい機会かもね。2人にもアリスの事は知って欲しいし。私が知ってる範囲で良ければ教えてあげるよ」

 

「それじゃあ、2人がどんな風に出会ったのか……とか?」

 

「う、流石に私も知らない部分だわ……アスナ、任せた」

 

「はいはい。えっと、私もアリス本人から聞かされた話なんだけどね。2人が出会ったのは、アインクラッド第1層の《ラグル》って村で──」

 

 アスナはミツキとアリスがどのようにして出会ったのかを語って聞かせた。

 あてもなく1人でひたすらオオカミと戦っていた所へ、偶然クエスト中だったミツキが通りがかり、オオカミ型Mobの習性も知らなかったせいで危うく囲まれる所だったアリスを助けてくれたのだ。

 

「──オオカミの群れを切り抜けた後、ミツキ君がSAOの事を教える代わりにクエストを手伝うようアリスと取引をしたのが始まりだったんだって。最初は単に『自分に有益な情報をくれる相手だから仕方なく』程度の間柄だったみたいね。何度剣を向けようとしたか覚えてない、って言ってたわ」

 

「結構ビジネスライクな関係だったんですね……」

 

「それから暫くの間パーティを組んで、ミツキ君から色んな事を教わりながらレベリングをしてたんだけど……1度パーティを解散したきり、ミツキ君と急に連絡が取れなくなっちゃったんだって──」

 

 ビギナープレイヤーからのベータテスターに対する不平不満を敏感に察知したミツキは、アリスの成長度合いを見た上で自分から関係を絶とうとした。これ以上自分と一緒にいては、彼女まで巻き添えを食ってしまう。思えば、この時から既にミツキの性分が垣間見えていたのだろう。誰にも何も言わず、ひっそりと姿を消したのは彼なりの気遣いでもあった。

 一方、同時期に同じ事に気付いていたアリスもまた、ミツキの身を案じていた。自分と彼の間にある実力差を感じながら、彼がもう無用な気を遣わずに済むように──その隣に並び立てるようになりたいと。そう思い始めた時には、既に彼女の中でミツキという少年の存在は大きなものになっていた。

 

「取引相手から、目標に……先の事を知った上で聞くと、ロマンチックですね」

 

「私がキリト君と出会ったのが丁度この頃ね。それから、第1層の攻略会議で2人と知り合ったの。傍目には、かなり仲が良いんだなぁ、って思ったわ。戦闘では息ピッタリだったし。アリスに至っては陣頭指揮の才能も見せてたの」

 

「第1層の時点で既に頭角表しまくりだったって訳ね。そりゃあ天下のKoBにスカウトもされるわ」

 

「KoB……?」

 

「アインクラッド最強って言われてたギルドの事ですよ。《血盟騎士団(Knights of the Blood)》の頭文字を取って、KoBです」

 

「何を隠そう、その副団長を務めてたのが目の前にいる《閃光》のアスナ様と《姫騎士》アリス様なのよ。最強ギルドの更に最強角ね」

 

「名前はお兄ちゃんから聞いたことありましたけど……アスナさん、そんな凄いギルドの副団長さんだったんですね……」

 

「お、大袈裟だよ……どちらかっていうと、『女性プレイヤーが副団長』っていう事実の方が重要視されてた部分もあるだろうし」

 

「所謂アイドルってやつですなぁ──確か、アスナのユニフォームも特注品だって聞いたわよ?」

 

「そうなのよ……私抜きで勝手に話が進んでて、聞かされた時にはもう完成してたの。恥ずかしいって言ったんだけど、諸々の費用が~って経理の人に泣きつかれちゃって……」

 

 KoBには他にも女性プレイヤーがいたが、アスナのような大きく肩を出したユニフォームは他に類を見ない。時が経った今でこそあのデザインに愛着があるものの、当時は全力で拒否したのを覚えている。

 

「格好って言えば、アリスも中々だったわよねぇ。なんせあのKoBの中で唯一青かったんだもの」

 

「青かった……って、何か問題があったんですか?」

 

 またも首を傾げた直葉に、今度はアスナが説明する。

 

「KoBは赤と白がイメージカラーでね。だから全員紅白カラーの装備で統一してたんだけど、その中でアリスだけは唯一、白と青の装備だったのよ。団長に直談判までしてね」

 

「そこまでして……何か理由でもあったんでしょうか?」

 

 そんなシリカの言葉に、アスナはクスクスと笑う。

 

「そうね。きっと、アリスにとって大きな意味があったんじゃないかな──」

 

 

 

 

 

 

 ──ねぇアリス、どうしてあそこまでしたの?

 

 ──…何の事です?

 

 ──その装備のことよ。わざわざ団長に直接掛け合ってまで青に拘ったの、何か理由でもあるのかなって。アリスなら赤も似合うと思うけど。

 

 ──…その、出来れば他言無用でお願いしたいのですが……

 

 ──言わない言わない!……あ、でも言いたくない事なら無理には……

 

 ──いえ、特別後ろめたいという訳ではありませんし、アスナなら構いません。……私にとって、この色は特別なのです。

 

 ──特別?

 

 ──ええ。アスナは、私が第1層で纏っていたケープを覚えていますか?

 

 ──…そう言えば、アレも青だったわね。

 

 ──あれは私がミツキと出会って間もない頃、彼に貰ったものなのです。それも、ボスとの戦いで無くなってしまったのですが。…この色を身に纏っていると、あの時の気持ちをいつでも思い出せそうな…そんな気がして。

 

 ──…ミツキ君に追いつきたい、っていう……?

 

 ──はい。私の進む道を指し示してくれる星のようなもの、とでも言えばいいでしょうか。ですから、いくらギルドの方針と言えど、この色を取り払う事はしたくなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 今にして思えば、あの群青色はミツキとの繋がりを感じられる大切な色だったのだろう。「どうしても赤でなくてはいけないのならギルドを抜ける」とまで言ってヒースクリフを困らせたのも頷ける。

 

「──代わりに、アリスは実力でギルドに貢献していったわ。最初こそ和を乱してるみたいに言う人もいたけど、皆最終的にはアリスの事を認めてた。そうやって、副団長としてだけじゃなくて1人のプレイヤーとしても信頼を勝ち得ていったの」

 

「なんだか、ちょっとジャンヌ・ダルクに似てますね」

 

「実際、そのイメージは間違ってないわよ。一部じゃアリスのことを《聖女様》なんて呼ぶ人もいたんだから。アリス程その表現がハマる女の子なんて、そういないわよ」

 

「確かにね。ジャンヌ・ダルクは男性にも物怖じしない勇ましい性格だったって言われてるけど、アリスもまさにそんな感じだったわ。戦闘スキルだけじゃなくて、心も強かった。けど、可愛い所も沢山あったのよ?例えば──」

 

 

 

 

 

 

 ──某日、アインクラッド61層《セルムブルグ》。

 

「──いらっしゃいアリス。さ、上がって」

 

「お邪魔します……アスナ、本当に良いのですか?一緒に夕飯を、という申し出は嬉しいのですが……」

 

「勿論。料理スキルももう少しで完全習得(コンプリート)だし、誰かと一緒に食べた方が楽しいもの──すぐ作るから、適当に座ってて」

 

「な、何か手伝える事は……?」

 

「ありがとう。でもSAOの中での料理はスキル取ってないと何も出来ないのよね……それに料理自体かなり簡略化されてるから、時間も手間もあまりかからないし」

 

「そう、ですか……一方的に饗されるだけというのは、どうにも落ち着きませんね」

 

「真面目に考えすぎよ。もっと気楽に、ね?」

 

 程なくして、アスナの手料理が完成。食卓に並んだ料理を口にしたアリスは、アスナ曰く「こんなにキラキラした目のアリスは初めて見たわ」という程、幸福感に満ちた顔をしていたそうな。

 

「ごちそうさまでした──ふぅ……街の料理屋も悪くありませんでしたが、アスナの料理はこれまでアインクラッドで食べたどの料理よりも美味しかったです」

 

「ふふっ、お口に合って良かった──良かったらまた食べに来て。アリス、美味しそうに食べてくれるから作りがいもあるわ」

 

 そう言われたアリスは、食後のお茶を持ち上げる手を止める。

 

「……そ、そんなに、でしたか?」

 

「うん。すっごく嬉しそうにしてくれて、私も嬉しかった」

 

「そ、そうですか……なら、良かったです……」

 

 はしたない姿を見せてしまった、と恥ずかしそうに縮こまるアリスを、アスナは微笑みながら宥めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──ああ見えて、アリスも結構美味しい物に目が無いのよ。後になってキリト君とミツキ君も一緒に招待した時なんか、ラグー・ラビットのシチューを見て3人一緒にお腹鳴らしてたもの。思わず笑いそうになっちゃった」

 

「へぇ、気高い姫騎士の意外な一面ね。──そういう事なら、私も心当たりあるわよ」

 

「里香さん、アリスさんと話した事あったんですか?」

 

「見守ってきたって言ったでしょーが。何を隠そう、2大カップルの武器を鍛えたのはこの私なんですからね!日々の手入れもやってたわよ。……と言ってもまぁ、ミツキとアリスが2人揃って店に来た事は1回も無かったんだけどね。アスナからあの2人がデキてるって聞いた時には、そりゃあもうビックリしたわ」

 

 里香の脳裏に、かつてアインクラッドで何度も聞かされた言葉が蘇る──

 

 

 

 ──聞いてくださいリズ。またミツキが──

 

 ──聞いてくれよリズ。アリスの奴またさぁ──

 

 

 

「──ええ、そりゃあもう。『何でこの2人とっとと告白して付き合わないんだろうなァー、絶っっっ対両想いなのになァー』って何度も思いましたよ。メンテの度に愚痴を聞かされ、時にはアドバイスもしてきた私の苦労が報われて本ッ当に良かったわ……!」

 

「そ、それはご苦労様でした……」

 

 ホロリと涙を流す里香を、直葉と珪子が慰める。

 

「くぅ~!思い出したら何か無性に腹立ってきた!特訓終わったらミツキに全員分のアイスでも奢らせなきゃ収まんないわ!」

 

「ふふっ──さ、そろそろ休憩は終わりにしよっか。しっかり運動した後の方が、きっとアイスも美味しいよ!」

 

「ですね!」

 

「……はいッ!」

 

 果たしてどんなアイスを奢らせるか、口々に相談しながら、少女達は特訓を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド第47層《フローリア》──街の端にひっそりと建つ一軒家のベッドで、俺は目を覚ました。

 窓から覗く朝日も朧げで、まだ日が昇り始める直前らしい。俺の隣には、愛しい彼女が安らかに寝息を立てている。その幸せそうな寝顔にそっと手を這わせてから、彼女を起こさないよう静かにベッドを抜け出した──そこでようやく、今の自分が何も身につけていない事に気づく。そう、()()だ。

 

「(そうだ…そう、だよ……俺、昨日──)」

 

 気を利かせたつもりか、昨晩の記憶が蘇る。

 真っ暗な寝室、差し込む月明かり、潤んだ瞳、重ねた肌の暖かさ──詳細は省くが、その……俺とアリスはつまり、また1つ、階段を上った……という訳だ。……詳細は、省かせてもらう。

 

 急に顔が熱くなっていくのを感じながら、俺はいそいそと部屋着を装備スロットに叩き込んで着替えた。ひとまずホッと息をついてから、ダイニングへ向かう。アリスはまだ寝ているようだし、時間は早いが朝食を買ってこよう、と思い至った俺は、メニューから「朝ご飯買ってきます」と書き込んだ羊皮紙アイテムをオブジェクト化し、書置きとしてテーブルに置いてから静かに市街エリアへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──手早く買い物を済ませて足早に帰宅した俺は、ドアを閉めると同時に何者かの突進攻撃を受けた。ぐぇッ、と声を漏らしつつ、何事かと視線を下に向けると……

 

「……どうした、アリス?」

 

「っ……お前こそ、どこに行っていたのですか……ッ」

 

 縋り付くように俺の服を掴み、胸に顔を埋めるアリスは、小さく開いた口から震えた声を漏らす。

 

「起きたら、お前の姿が見えなくて……家のどこを探しても、いなくて……これまでの事は、全部夢だったのではないかと……」

 

「一応、書置きは残したんだけど……ちゃんとひと声かけてくべきだったな、ごめん」

 

 昨晩の経緯を考えれば、アリスが不安に思うのも無理はない。そこは俺の配慮が至らなかったと反省する。同時に、書き置きにも気付かない程取り乱した事実に──それ程、彼女は俺を想ってくれているのだという事に、真に不謹慎ながら嬉しさも感じた。

 

「俺はちゃんとここにいるよ。夢なんかじゃない。君が俺を救ってくれたのも、俺が君を愛してるのも、全部現実だ」

 

 アリスの手に自分の手をそっと重ねる。言葉だけではなく、行動を以て、俺は君の傍にいると示すように。

 

「……ごめんなさい。朝からみっともない姿を見せてしまいました。私はお前を守らなくてはならないのに、この体たらくでは……」

 

「気にする必要は無いよ。寧ろ、これからはそういう所も遠慮なく見せてくれ。言ったろ、俺も君の力になる。一方的に守られる立場に甘んじる気はないからな」

 

「ミツキ……」

 

「──って事で。そこは安心していいから……取り敢えず、何か着よう、な?」

 

「ッ……は、はい……」

 

 今の今まで、自分が一糸纏わぬ姿だった事に気付いたアリスは、顔を真っ赤にしながら寝室へ引っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 斯くして、かなり早い朝食を済ませた俺達だが……その空気はお世辞にも明るかったとは言い難い。

 こうして顔を合わせた途端、昨夜の記憶が次々と浮かんできたのだ。お互いとても会話など出来る状態ではなかった。俺がこの家に住み始めた最初の日も大概だったが、そんなもの比ではない。

 

 気まずさの中、食後のお茶をぎこちなく啜る俺はチラとアリスに目線を向ける──すると、同じくこちらを見つめていたサファイアの双眸とバッチリ視線が交錯した。反射的に逸らそうとするも、彼女の美しい瞳がそれを許さない。気付けば、俺達はたっぷり10秒程無言で見つめ合っていた。

 

「な、何だよ……」

 

 誘惑を振り切り目を逸らした俺を見て、アリスは小さく笑う。

 

「……すみません、嬉しいのです。私の知らなかったお前を、沢山知る事ができて」

 

 アリスが何の事を言っているのか、最早考えるべくもない。

 

「わ、忘れてくれ……!」

 

「当然、嫌ですが?」

 

「くっ……!」

 

「ふふっ、日頃お前のペースに乗せられてばかりですから。その仕返しです──余裕の無いお前の表情、中々可愛らしかったですよ?」

 

 余裕の表情でそう言い放ったアリスだが、その後すぐに勝ち誇ったような笑みが赤くなっていく──恥ずかしがるなら言わなければ良いのに。と思いつつ、これをチャンスと捉えた俺は反撃に転じる。

 

「そ、そういうアリスだって?普段からは想像もつかないくらい甘えてきたじゃないか」

 

「なッ……そ、そんな事ありませんがッ!?」

 

「いーや大アリだね!猫みたいに必死に顔を擦り寄せるアリスの方こそ、そりゃあもう可愛かったよ!」

 

「それを言うならミツキも──!」

 

「アリスの方だって──!」

 

 朝っぱらからギャイギャイと言い合いを始めた俺達。以降数分に渡ってバトルを繰り広げた結果、フィールドに出てもいないのに疲れ果ててしまった。

 

「──オーケー……一旦頭冷やそう、お互いに……ほらお茶」

 

「はぁ…はぁ……そう、ですね……いただきます」

 

 2人揃って冷たいお茶を一気に煽り、ふぅ、と息をつく。

 ……今更ながら、とんでもないやり取りをしていたのではと思えてきた。

 

 

「「アリス(ミツキ)──」」

 

 

 全く同時に口を開き、全く同時に言葉を止める。数秒間見合ってから発言権を譲られたアリスは、遠慮がちに言葉を続けた。

 

「必要ないと分かっているものの……確認、なのですが──私とお前は、恋人という間柄なのですよね?」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

「私達はお互いに気持ちを伝え合って、同じ屋根の下で暮らしています。同じ食卓を囲み、同じベッドで眠りに就く。そして……お前は、私の我儘を聞いてくれました。ですから──その……」

 

 何も言わず、言葉の続きを待つ。逡巡した後に、アリスは口を開いた──

 

「──ッ…お返しに、私もお前の我儘を聞いてあげます。何か、して欲しい事などありませんか?」

 

 そう言った彼女の笑顔を見た俺は、少し考えてから徐に立ち上がると、メニューを開いて各種装備を身に着けた。

 

「ミツキ……?」

 

「ちょっと出かけよう。装備を着けてついて来てくれ」

 

 半ば強引にアリスを家から連れ出した俺は、彼女の手を引いて薄明るい早朝の《フローリア》を足早に移動する。《圏外》に出て、何度か遭遇したMobを無双ゲーよろしく一撃で薙ぎ払いながらフィールドを南に向かって進んで行くと──

 

「──よし、着いた」

 

「ここは……」

 

 たどり着いたのは、《思い出の丘》というフィールドダンジョンの最奥部。中央には石造りのモニュメントがあり、その周囲を取り囲むように、色取り取りの花達が大量に咲いていた。

 

 俺はマップメニューを開き、《索敵》スキルによる広域サーチをかける。周囲にMobの反応は1つも見られないが、念には念を入れて、アイテムストレージから取り出した小瓶の中身を辺りに振り撒く──効果範囲が狭い上に僅か10分という短時間だけだが、Mobにターゲットされるのを防いでくれるアイテムだ。ついでに現在時刻を確認すると、どうやら丁度いいタイミングだったようだ。

 

「ミツキ、一体何をしにここへ…──っ」

 

 不意に、辺りを風が吹き抜ける。

 煽られた花達が、色鮮やかな花弁を宙に舞い上げた。そして──

 

「っ───」

 

 中央のモニュメントの天辺に、朝日が重なる。その姿はさながら地面に突き立つ大きなトーチのようで、暁の空を舞う花弁と合わさる事で幻想的な光景を作り出していた。

 

「凄いだろ──まぁ、俺も見るのは初めてなんだけどさ」

 

 47層にあまり人の来ない絶景スポットは無いか──と、少し前からアルゴに依頼していたのだ。そうして教えてもらったのがこの場所──《思い出の丘》で見る日の出だった。

 ここではビーストテイマーの使い魔を蘇生させる為のアイテム《プネウマの花》を入手出来るのだが、そもそもモンスターテイムに成功したプレイヤー自体数える程しかいない事と、何よりここは《圏外》という事もあり、時間帯も相まって観光目的のプレイヤーが寄り付くことはまず無い。

 

「さっき言ってたよな。何かして欲しい事はあるか、って……これが、その答えだ──」

 

 振り向いたアリスの前には、小さなシステムメッセージが表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

         ─Marriage─

 

    ─Mitsuki との結婚を承認しますか?─

 

       《○》     《×》

 

 

 

 

 

 

 

 アリスは言葉を失い、固まっている。

 家を出る直前、彼女が言おうとした言葉は何だったのか──少なくとも「俺の我儘を聞いてやる」ではなかった筈のその言葉は、きっとコレだったのだろうと、ある種の確信があった。

 しかし彼女の事だ。只でさえ自分の我儘に突き合わせてしまったのに、この上結婚までねだる訳にはいかない、と遠慮したのだろう。そんな気を遣う必要も無ければ、当の俺にとってあれは我儘の内にも入っていないのというのに。代わりにああ言ったのは、もしかしたら俺の方から結婚を切り出して欲しいという意思表示だったのかもしれない。

 

 ──まぁ元より、彼女があのまま結婚を切り出そうとしたとて、それを無理やり押し止めてでも俺の方から言うつもりでいたのだが。そこは男としてのプライドの問題だった。

 

 

「アリス──俺と、結婚してください」

 

 

 もう少し緊張するかと思っていたが、思いの外すんなりと出てきた言葉。それを聞いたアリスは、

 

 

「ッ……はい。喜んでっ……!」

 

 

 嬉しそうに細めた瞳から涙を溢れさせ、メニューの承認ボタンを押した。

 

 この瞬間、俺達は互いのステータスやレベルを確認する事が出来るし、所持金とアイテムストレージも共通化される。システム上は間違いなく夫婦になった訳だが……まだ1つだけ、やらねばならない事が残っている。

 

 俺はメニューを開き、共通化されたストレージから2つのアイテムを探し出してオブジェクト化した。

 

「これは……あの時の指輪、ですか?」

 

「ああ。一応、この世界で結婚するとお互いの名前が入った指輪が自動的に貰えるんだけど、デフォルトの奴は銀一色で味気ないし──結婚する時は、絶対この指輪にしようって決めてたんだ」

 

 以前47層のクエストで入手した、花の意匠が刻まれた2つの指輪──俺はアリスの手に片方を預け、どうやら知らなかったらしい結婚に於ける大事な儀式を彼女に説明する。

 

「……何だか、緊張しますね」

 

「はは……そうだな」

 

 そう言って、俺はアリスに左手を差し出す。その薬指に、彼女は紫の花の指輪を嵌めた。

《スターチス》の花言葉は、《変わらぬ心》《永久不変》《途絶えぬ記憶》──いつまでもあなたを愛し続ける──そんな想いが、指輪を通して伝わった。

 

 今度はアリスが、緊張の面持ちで篭手を外した左手を差し出してきた。俺はその薬指に、黄色の花の指輪をそっと嵌めた。

《金木犀》の花言葉は多くあるが、《気高い心》《真実の愛》《謙虚》等が挙げられる──如何なる時も気高くあろうとする君を愛し、支え続ける──そんな想いが届くようにと、指輪に願った。

 

 嵌められた《金木犀の指輪》を愛おしそうに撫でたアリスは、自らの左手ごとギュッと胸に抱く。

 

「……ありがとう、ミツキ──私は今、アインクラッドにいる誰よりも幸せだわ……!」

 

「俺の方こそ……俺を救ってくれて、ずっと俺を見ていてくれて、ありがとう──愛してる」

 

「ええ、私も……っ!」

 

 朝焼けの下、俺とアリスは唇を重ねる──風に乗って舞う花弁が、その持ち主である花達が、俺達を静かに祝福してくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──すっかり日が傾き、夏の夕焼けがジリジリと照りつける午後の時間。

 理不尽な事に、訳も分からず女性陣全員にアイスを奢らされる羽目になった俺こと三島翠月は、自室のベッドで目を覚ました。

 ALOでの約束の時間まで仮眠を取ろうと横になっていたのだが、どうやら思い切り寝てしまっていたようだ。幸い、約束をすっぽかして寝過ごすまでには至らず、時計は約束の10分前を示していた。

 

 夢を見た気がする──内容は思い出せないが、どこか懐かしくて、幸せな夢を。

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら大きく伸びをすると、ヘッドボードに置いた携帯へ手を伸ばす。寝てる間にメールが来ていたらしく、開いてみれば、日中もカウンセリングという名の事情聴取で顔を合わせた菊岡からだった。

 開口一番、アリスの件に関する軽率な行動を謝罪された俺は、面と向かってしっかりアリス捜索への協力を取り付けることを条件に彼を許した──少なくとも表面上は。

 

 あの件を横に置いて見ても、彼の胡散臭さは拭えない。付き合い方は少し考えていかねばならないだろう──と、思った矢先。目を通したメールには菊岡からの依頼が記されていた。

 

 内容は、《ザ・シード》連結体(ネクサス)の調査依頼──あの世界の種子によって数多展開されたVRワールドにダイブして、内情をリサーチしてきて欲しい。という依頼のようだ。バイト代も出るらしい。キリトにも同様のメールを送っているらしく、「以下の中から2人で話し合ってそれぞれ担当するタイトルを決めてくれ」とあった。

 メンドクセー…という気持ちが真っ先に沸いたが、バイト代の4文字に後ろ髪を引かれる。夏休みの小遣い稼ぎ程度に考えればいいか、と自分を納得させた俺は、メールをスクロールした。

 

《アスカ・エンパイア》、《インセクサイト》、《ガン・ゲイル・オンライン》──情報サイトでも取り上げられるような有名どころから初耳のマイナータイトルまでズラリと羅列された文面を流し見た辺りで、約束の時間を告げるバイブレーションが起動。アラームを止めた俺は、携帯をヘッドボードに戻し、代わりにリング状のヘッドギア──《アミュスフィア》を掴んだ。

 

 今日はユイにALOの中で鯨を見せるべく、水中でのクエストに挑戦する。水が苦手と言っていた直葉の特訓の成果を楽しみにしつつ、俺は目を閉じて異世界への通行文句を唱えるのだった。

 

 

 

「──リンク・スタート!」

 

 




OP・ED共に名曲ばかりのSAOですが、EXエディションのED「虹の音」は「シルシ」に並ぶ2トップで好きなED曲です。

今回はレディース陣による過去回想…と見せかけて、当時描ききれなかったミツキとアリスに関するエピソードを共有する回でした。特にアリスがKoBに入ってからも青装備を貫いた理由はいつか触れようと思いつつ触れてこなかったので、いい機会でしたね。
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